ティナたちの追っ手から離れて早数時間、チヒロと眠ってるブラッドはとある部屋の片隅に座り込んでいた。
「あーら、起きたかしら。」
「あ・・・あぁ。」
チヒロは寝ているブラッドをそっと床に寝かせると、ソファに座り込んだ。
「あなたたち・・・いや」
男は目つきを変えてチヒロの横に座った。男のさっきまでのおちゃらけた雰囲気は完全に消えていた。
「お前たちは今この街で起きている現象について知ってるか?」
「起きている・・・現象?」
ロードへと人格が変わり、ヴィンセントの言葉を疑った。
夜が続いているとか、この街に関するこれまでのこととは全く違う何かを感じた。
「この世界に夜が続いていることですか?」
「違う。」
その瞬間チヒロのほくそ笑むような声が漏れたのがロードへと聞こえた。
「今笑った?」
「笑った。」
腹が立つ。君ならもっともっと的外れで頭のおかしい発言をしていただろうに・・・!!
そんなロードの的外れな言葉を一蹴するとヴィンセントはモニターを映した。
そのモニターに映し出されていたのは大きく黒い穴が空の上に出来ていてその大きさは少しずつ大きくなっていく。
「これは・・・?」
「ワールドホール-世界の穴-だ。この穴はワールドコアが二人以上存在すると出来るらしい。」
「世界の・・・穴。」
ロードはその大きな穴の大きくなっていく様に恐怖に近いものを感じていた。こんなものが放置されていて自分達が気づかなかったこと、そしてそんな中で自分たちが一人の魔術師と戦っていることに対して恐怖、そして情けなさに近いものだろう。
「そしてこの世界の穴からは別世界からの訪問者が何人も叩き落されるらしい。そのせいでこの街に起きた被害は計り知れないだろう。」
「じゃあ」
「じゃあその穴を・・・どうしてあんたは放って置いた?」
ヴィンセントとロードは壁の方へと目を向けた。目が覚めたブラッドはヴィンセントの元へと歩いて行った。
「どうして・・・あんたはそれを放置してあんな子供一人を狙うような戦いを」
その次の言葉を発しようとした瞬間、ヴィンセントはブラッドの首を掴んで強く握った。その強さは徐々に強まっていき首が折れる勢いだった。
「テメェを生きさせる意味をよくわかってねえんだなぁ・・・アァ!!?俺はテメェの為に」
「待てよ!!」
チヒロが一喝するとヴィンセントは驚いたように後ろへと下り、ブラッドへと向けていた手を離した。
「アンタがどういう理由でブラッドを拾ったのかは知らねえけど俺たちが今するべきことは」
「ブラッドの首を絞めることではないってことね。」
三人が後ろを向くと、そこには九重とファルファラが壁へともたれ付いていた。二人は少し勢いをつけて態勢を立て直すと、ヴィンセントの元へと歩いていく。
「二人とも無事だったんだな。」
「あぁ、厄介な敵には出会ったけどね。」
ヴィンセントもやっときたと待ち構えるようにソファへと座り込んだ。
「ティナちゃんのことはよく知ってる。このことを話せば長くなるんだが」
「必要なら話してもらえるかしら?」
そうファルファラに言われるとヴィンセントは頷いてモニターの映像を切り替えた。
「ならばお見せしよう。この百億ドルの街で何があったかをな。」
-20年前-
後に百億ドルと呼ばれる町はただの繁華街であり、多くの人が行き来していた。だが、そんな中に暗闇があることも一部の人間は知っていた。
「やめてくれ・・・まだ待ってくれないか?」
「・・・ジェノ一家に従った馬鹿どもは始末すんのが俺のやることだ。」
断末魔の叫びと共に男を殴り蹴る音が壁に響き、男が去る時には死体寸前の男が血まみれで倒れていた。
「・・・取ってきたぞ。」
「ご苦労だヴィーンセント!!!」
ヴィンセントは男の財布ごとスーツ姿の男に渡した。
ジェノ一家が支配するこの街の用心棒として飼われていたヴィンセントは彼らの命令に従い、ただ暴れて金を毟り取るというヤクザのようなことを繰り返していた。
だがそんな彼の目は死んでいて、まるで生きている人間ではないようだった。
「つまらねぇ・・・。」
ただ飼われるだけの人生、だがその中で彼自身が変わろうとしなかった。いや、出来なかったのだ。
変わろうとしても何に変わればいい?どうやって変わればいい?
彼はそんなくだらない自問自答を繰り返しながら毎日人を半殺しにしては金を毟り取った。
そんな時、彼を変える転機が訪れた。
彼が街に出た瞬間、その街はいつもの雰囲気の全てを破壊していた。
「これは・・・。」
ヴィンセントは唖然として声も出なかった。
繁華街のビルは砕け散り、地面には大きなクレーターやひび割れがいくつも生まれていた。
「なんだこれは・・・。」
-美しい-彼はそう感じてしまった。
初めての感覚だった。全てが破壊されていく様に絶望などどこにも感じなかった。ただつまらないものが壊されて新しいものが生み出されていく。そんな感覚に興奮すら覚えるほどに彼は魅入った。
「なんてこった・・・。」
破壊されたビルへと近づくと、そこには彼よりも背が低くてか細い少女が立っていた。彼女の足からは砕けた破片が浮かび、まるで灰にするように全てを消し去った。
-美しい-彼は女神を見て確信した。自分が変われないなら変われる人に仕えればいい、そしてその人に尽くすことによって変わればいいと確信した。
女神はそっとヴィンセントを見た。その美しさと神々しさに彼は声をかけることすらできなかった。
女神はヴィンセントへと言った。
「弟を頼む。」
そう言い、女神はまた空へと舞い上がりビルを破壊し、床を砕いた。
弟を頼む?どうすればいい?俺にそんなことが可能なのか?
ヴィンセントは考えたが今はそんなことはどうでもいい。仕える女神のお言葉に今は従うのだ。彼は誓った。
-女神様、弟は私が預かりました-と。
モニターを見終わると、チヒロたちはなるほどな。と頷く。
「じゃあ俺の姉ちゃんが・・・。」
ブラッドの言葉にヴィンセントは頷く。チヒロと九重は少し微妙な表情を浮かべた。
「でも突き放す理由がよくわかんねえな。」
「僕も同意見だ。そんな大切なものの首を容易に絞めるなんて考えられないんだけど。」
ヴィンセントはため息をつくとソファへとゆったり座り込んだ。
「そう、俺は女神に弟を頼まれた。だが俺は考えた。本当に-守る-ことだけが弟を頼まれたことなのかと、それが本当に女神の望んだことなのかと。」
「にしてはやりすぎなんじゃねえかなぁ?」
ブラッドは引いた目でヴィンセントを見た。ヴィンセントは輝くようなドヤ顔でブラッドを見た。
「でも、お前は強くなったぜブラッド!」
これ以外の方法あったろ・・・。全員がそう思うとヴィンセントは言葉を続けた。
「これ以下の方法はあってもこれ以上の方法はなかった。俺はそう自信を持って言えるぜ。」
「まあ・・・言いたいことは分からなくはないが。」
コイツに何を言っても無駄だな。そう確信するとチヒロは言葉を濁して話題を変えた。
「で、どこにティナを狙う要素があった。」
「契機は重なるからな・・・。女神がどういう判断を下すかを考えてずっと堪えていた。」
「契機?」
ファルファラにヴィンセントは頷いてファルファラを指差した。
「まず一つは歌姫ファルファラ、あんたはジェノ一家を疑っていた。」
「!!」
まさか気付かれているのは思ってもいなかったファルファラは驚いて目を丸く見開いた。
「そして二つ、ブラッドが外からの刺激により自分の解放を望んだ。」
ブラッドとチヒロは驚いてお互いに目を見合わせた。
「そして三つ、-女神の娘-の到来。」
「・・・え?」
全員が頭が真っ白になる中ヴィンセントは話を続ける。もはや誰も話について行っていない。
「この三つが繋ぎ、女神が導こうとしている運命は何か。それをすぐに頭を回転させた。」
「おい待て重要なこと言ったよな?」
チヒロが止めるとヴィンセントは疑問符を浮かべた。
「まさかテメエらティナちゃんが女神の娘だって知らなかったのか?」
全員が頷くと呆れたようにヴィンセントは大きなため息をついた。
「・・・じゃあ話を続けるぞ。」
「待てェェェェェェ!!!!」
チヒロと九重は続けようとしたヴィンセントを無理矢理止めた。
「何でそんな重要なことを言ってねえんだよ!!どっかもっとタイミングあったろうが!!」
「待て待て待て。それを今から話す。」
二人はヴィンセントから離れるとヴィンセントは話しだした。
「実は二十年前の破壊は途中で止まってるんだ。」
ロードへと人格が変わり、険しい表情を浮かべた。
「黒幕が逃げたのか!!」
ロードとファルファラが同時に言うと二人が見合っている間にヴィンセントは首を縦に振った。
「とすれば女神の願いは一つ。-闇-を潰す!ジェノ一家が邪魔ならそれごとなァ・・・!!」
「良いのかしら?あなたはこれまでいた一家を裏切ることになるけど。」
ファルファラはヴィンセントへと問いかけた。ヴィンセントは鼻で笑い飛ばした。
「あんなクソ野郎どもに未練もクソもねえ。俺はこのためにここにいるんだからな!」
ロードと九重はヴィンセントへと近づく。彼らには攻撃を加えたこともある。恨まれるのも当然のことだろう。
「信じていいんですね?あなた自身」
「そして女神への愛、忠誠。」
ヴィンセントは二人の肩を叩いて間を通りすがった。
「俺を信じるかどうかは自由だ。だが、女神への愛は絶対に信じていて欲しい。それが俺の全てだ。」
二人は頷くと、改めてモニターを見た。
「だが、問題はティナだな。街一個滅ぼせるほどの強さ・・・僕たちだけじゃ対処できない。」
九重は冷や汗をかいているのが見えてチヒロへと人格が変わる。
「お前なんか隠してんな?」
「えっ?いや何も何も?」
明らかに焦っている様を見てチヒロは九重の肩を掴んで影へと寄って行った。
「切り札があるんだろ?教えてくれよ?」
「嫌だ。」
あるんだな。チヒロは交渉を続けた。冷や汗が止まらない九重へ掴む力が強くなっていく。
「今俺たちが戦わなきゃ世界が滅ぶんだ。今戦えるのは俺とお前だけだ。」
「・・・君が死ぬことになるぞ。」
九重の声は重くなるが横のチヒロの顔を見ると明るく笑っていた。
「問題ねえよ!そうやって俺たちは生きてきた。だから俺とロードを信じろ。」
九重は頷いた。いや、頷くしかなかった。また彼を傷つけてしまう。そう思いながら彼はポケットに入っていた-魔術回路-の設計図をそっと握り締めた。