其の八極に   作:世嗣

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二月って今年から28までしか無いんだね(すっとぼけ





聖王邂逅

 

 

人とは何故、特異な人を排斥するのだろう。

自分と他人とが異なるのは当然のことであり、そんな事にいちいち時間を割いていたらいくら時間があっても足りない。

にもかかわらずあぶれたものを恐れ、そして容易く迫害する。それは人間というのは群れる生き物であるため、ある程度は仕方ないと言えるのかもしれない。

また今まで少数派の人間は、排斥されてきたことは歴史上でも少なくない。

現に今でも魔力発生器官(リンカーコア)を持たない人間は、社会的に辛い立場に立っているのも現状で────。

 

「おう、少年なんか難しいこと考えてるな」

 

ぼんやりと外を見ていた自分に若い男性が話しかけてくる。その目はとても優しげで、何というか哀れなものを見る目だ。

 

「何だ」

「そうピリピリするなって、ほらこれでも食えよ」

 

コト、と目の前に丼が置かれる。

男性の勧めで丼のふたを開ければ、柔らかな卵に包まれた衣に包まれた豚肉が米の上に乗っている。

俗に言うカツ丼という奴だった。

 

「……うまい」

「それは何よりだ」

 

何かうまくて、あったかくて、泣きそうになる。

 

「迎え来ねえなぁ……」

「そうだな……」

 

カツ丼を咀嚼しながら、ぼんやりと窓の外を見やる。

そこには何処までも青い空が広がっていた。

 

孤高の拳士にして、現代の数少ない記憶転生者、エデル。

 

────局にしょっぴかれて二時間が経とうとしていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『あっひゃっひゃひゃ、何か捕まっとるー』

「…………」

『いやー、道聞いただけでビビられて、そこに居合わせた局員に職質、そのまましょっぴかれる、なんて事あるんやねー、くくく、笑いすぎてお腹痛い……』

「よし」

 

ゴキと拳を鳴らした。

 

「まて少年それはホログラムだ。殴っても意味はねえ。意味ねえって!」

「自分、コイツ、殴る」

「やめろ暴れるな!少年を違う意味でしょっぴかなきゃいけなくなる!」

 

局員が自分を羽交い締めにして抑え込む。その気になれば引き剥がす事もできるが、この人には良くしてもらったのでそのまま大人しく従う事にする。

自分をしょっぴいた人はそうそうに何処かに行ったが、この人はずっと話し相手になってくれたのだ、感謝して然るべきだ。カツ丼も奢ってくれたし。

八神はやては家に帰ったら殴るが。

 

「で、迎えは来てくれるのか?」

 

一応勘違いだとはわかってくれたが、局に連れてかれたのは事実。自分の身元を保証する人物が必要になる。

 

『ちょっと私もみんなも手放せへんから、知り合いに行ってもらっとるから』

「知り合い?」

 

自分が首をかしげると八神はやてが頷く。

 

『うん。そろそろ着くはずやと思うんやけど……』

「すいませーん、ここにエデルさんっていますかー?」

 

示し合わせたようなタイミングで幼い声が聞こえる。その声が聞こえると腰を上げて、声の主を出迎えた。

 

「お嬢ちゃんが迎えの人?」

「あっ、はい。そうです」

「ほい、じゃあここにサイン頼むな」

「わかりました……できた!」

「どうもー」

 

局員が署名のされた書類を受け取り棚の中にしまう。

自分はそんなやり取りをぼんやりと見ながら、思わず驚きの言葉をもらした。

 

「タカマチ……ヴィヴィオ?」

 

自分が名を呼ぶと、タカマチヴィヴィオは赤と翠の瞳をぱちくりとしてやがてにっこり笑う。

 

「はい、ヴィヴィオです。お兄さん」

 

──少し予想外だった。

 

ギロリと未だついたままのホログラムの八神はやてを睨むと、にやにやしながら手を振って通信を切った。

 

「妹か?」

「見えるか?」

「全く」

 

局員がアホな事を聞きながら今まで自分についていた魔力拘束のブレスレットを外した。

 

「ほれ帰った帰った。もう捕まんなよ」

「世話になった」

「ありがとうございました!」

 

しっしっと局員が手を振るのでタカマチヴィヴィオを連れ背を向けて外に出た。

いい人だった。またしょっぴかれるような事があるならばあの人のところがいいな、とぼんやりと思う。

まあ、しょっぴかれない事が一番なのだが。

 

外に出ると伸びをして空気を胸一杯に吸い込み、吐き出す。

そこまでして、頭を掻いてタカマチヴィヴィオに向き直った。

 

「わざわざすまなかったな、タカマチヴィヴィオ」

「いえいえ、いいんですよ!丁度近くにいたから」

 

あたふたとタカマチヴィヴィオが手を振る。

お役に立てたなら何よりです、といってふにゃりと笑う。

 

「──む」

 

こういう笑顔を見るのは久々だった。こういう年頃の幼い少女が見せる周りを癒すような優しい笑み。

ウチには精神年齢の吊り合わぬ永久幼女(ヴィータ)達観した擦れた幼女(ファビア)年齢不詳(ツヴァイ)などしかいないため、こういうのははっきり言って癒される。

 

「どうかしました?」

「何でもないさ、タカマチヴィヴィオ」

 

ぽんぽんと頭を軽くなでるとタカマチヴィヴィオが恥ずかしそうに僅かに頰を朱に染める。

思わずファビアにやるようなつもりで撫でてしまったがこういう年頃の子はあまり触らない方が良いのかもしれない。

タカマチヴィヴィオの頭から手を下ろすと、彼女はわざとらしく咳払いをしながら話題を切り出した。

 

「お兄さん……えーとエデルさん?がいいですかね……?」

「好きに呼んでくれては構わぬが、出来れば敬語は止めて欲しいな」

「え、じゃあエデル……って呼んだ方が良かったり?」

「うむ、その方が楽だ」

 

苦笑いしながら頭を掻く。

 

「どうも敬語は慣れなくてな。ミウラ何かと話していると背中の方が痒くてならぬ」

「あはは、何それ」

 

自分が少し肩を竦めてみせると、タカマチヴィヴィオが笑いをこらえるように手で口を押さえる。

 

その姿が、一瞬ブレて、重なる。

 

「──オリ……

 

溢れそうになった呟きを歯を噛み締めて抑える。

駄目だ。此れは言ってはいけない。

彼女は彼女で、目の前の少女とは別人。重ねて考えてはいけない。

例え、その姿がどんなに似ていたとしても。

 

ぶんぶんと頭を振るとタカマチヴィヴィオが不思議そうに首を傾げた。

何でもない、と彼女に言って額を押さえる。

ズキ、と額の奥に鈍い痛みが走る。

 

「タカマチヴィヴィオ、昼食は食べたか?」

「まだだけど……」

 

一瞬だけ走った痛みを無視してタカマチヴィヴィオに話を切り出した。

 

「じゃあ、一緒にどうだ?あー、金は一応自分が出す。アルバイトはしてるしな……」

「それって私とエデルで?」

「無理にとは言わんし、家に親御さんが待っているなら是非とも帰るべきだが……」

「ううん!行くよ行きたい!どこに行く?!」

「──いいのか?」

 

タカマチヴィヴィオが余りにも簡単に承諾したため逆に自分が戸惑う。

 

「私もエデルとしっかり話してみたかったし、聞きたい事もいっぱいあるんだ」

 

タカマチヴィヴィオはそう言うと少し小悪魔めいた笑顔で自分に近寄る。

 

()()()()()()()()()?」

「──大した慧眼だな」

 

ペロ、とタカマチヴィヴィオが舌の先を僅かに出す。

 

「そこいらのふぁみれすでもいいか?」

「うん、いいよー」

 

タカマチヴィヴィオと連れ立って歩き出す。

 

「エデルって普段どんなもの食べてるの?」

「自分か?そうだなぁ、自分は──」

 

ふぁみれすにつくまでの僅かな間、くだらない話をしながら歩く。

知り合いのように、友人のように、恋人のように、或いは──きょうだいのように。

 

ゆっくりと足を進めた。

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

──女の話をしよう。

 

 

ベルカ諸王時代、その終わりに近い時期。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは生を受けた。

聖王女、最後の聖王、彼女を冠する名は多く、信仰の対象にすらなっていながら彼女の生き様は其れほど認知されていない。

 

彼女の一生は悲劇の一言に尽きる。

 

彼女が幼少を過ごす王宮に彼女を守る大人はおらず、本来彼女を守るべき母親は他ならぬオリヴィエ自身の出産に耐え切れず死亡。

母の聖王の証(聖王核)を受け取り彼女は何処までいっても忌み子でしかなかった。

 

そんな中起きた、魔導事故。

オリヴィエはこれにより両腕を失い、身体の成長に支障をきたした。

人よりも成長が遅くなり、精神年齢と肉体年齢が釣り合わない状態となった。

()()やエレミアはこの事故は、()()だと判断している。

忌み子であった彼女の存在を快く思わない誰かが意図的に起こした事件。

だが、所詮オレもエレミアも唯の流浪人。断定する情報も得られないため、あくまでも予測の域を出ないのだが。

 

そして彼女は留学という名目でシュトゥラへと追いやられる。

それは父である聖王が娘の命を思っての行いだったのかもしれないし、何者かが厄介払いをしただけなのか、それはわからない。

ただ、オリヴィエはシュトゥラへと送られ、そこでかけがいのない友とのときを過ごす。

 

──クラウス。

後の『覇王』。

正義感に満ちた第一王子。そして彼女を想う少年。

 

──エレミア。

『鉄腕』の一族。

オリヴィエの師であり、彼女の一番の友となる少女。

 

──クロゼルグ。

クロゼルグの森の『魔女』。

悪戯好きで、オリヴィエを姉と慕う幼き子。

 

そして、エデル。

暗殺者集団『翁』の元暗殺者。

オリヴィエを主と仰ぐ、何処か歪な男。

 

シュトゥラでの暮らしは、暖かく掛け替えのない物であった。

友と暮らす何気ない、オリヴィエから最も遠かった日常(あたりまえ)

 

この日々がずっと続けばいい。

 

みんなと、守っていきたい。

 

其れは、オリヴィエだけでなく(みな)の願い。

ささやかで、それでいて大切なもの。

 

 

 

──だが、運命は其れを許さない。

 

終わらぬ戦乱、増え続ける犠牲。響く怨嗟の叫び。血に濡れる同胞(はらから)

 

彼女は其れに耐え切れなかった。

 

何処までも善良で、優しく、強かった彼女は、自分だけが友に囲まれ安穏として日々を過ごす事に疑問を覚えてしまう。

 

──民を守るべき王族が何故異国(シュトゥラ)で幸せに過ごしているのか。

 

──私の役割は、民を守ることではないのか。

 

其れは正しき思い。

穢れのない美しい褒められて然るべき思い。

 

しかしその思いは、彼女の守りたかった人たちさえも裏切ることとなる。

 

きっかけはクロゼルグの森が敵国に焼き尽くされたこと。

 

親が、家族が、友が死に涙を流すクロゼルグを見て────歯車がずれた。

 

──()()守らなければ。

 

オリヴィエは腕がない。

抱き締められても抱きしめ返せない。

 

オリヴィエは子が成せない。

愛されても、それに報いる子供(あかし)を作れない。

 

与えられるだけの人生。

奪うだけの人生。

授かるだけの人生。

 

他の人が許してくれても、他でもない自分自身を許せない。

 

──だから、守ろう。

 

──それが、私が与えられる唯一の物だ。

 

そう信じて、聖王連合の切り札(聖王のゆりかご)に乗った。

 

(エレミア)の静止の言葉も聞かず。

 

(クロ)に別れを告げて。

 

想い人(クラウス)を捩じ伏せ。

 

静かに死へ進んでいった。

 

 

打ちのめされシュトゥラに戻ったクラウスはただひたすらに武練に励む。

 

虜囚の身から解放されたエレミアは、最早手遅れなことに涙をし。

 

自身を慮る者がいなくなったクロゼルグは、静かに別れも告げずにシュトゥラを出た。

 

ゆりかごが起動し役一月(ひとつき)

 

ゆりかごの力は凄まじく戦争の趨勢は聖王連合側に傾き、終戦も近いと言われ始めていた。

 

 

──そんな矢先、『魔導国家』スエルムが反逆し、()()()()()()()ゆりかごを乗っ取る。

 

代々、『夜天の書』の主を国家元首とするスエルムは元聖王連合の敗戦国。当時の主、『騎士王』は此処に来て聖王連合に牙を剥いた。

 

元をたどれば聖王のゆりかごはスエルムの魔導士と夜天の主が作り上げた物。乗っ取りを行う技能は十分にあった。

 

聖王連合もスエルムの反逆の可能性を考えていなかったわけではない。

 

だが、スエルムの当時の王は余りにも無能すぎた。

異常とも取れる政策をいくつもとり、聖王連合に泣きつくことすらあった。

国の内外でも世紀の愚王とすら言われる姿に、いつしか聖王連合はスエルムを脅威の対象から外していた。

 

それこそが、スエルムの狙いであったことに気づかずに。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「────こんなところまでは、エレミアの手記に書いてあったんだな?」

「うん」

 

タカマチヴィヴィオが手元のジュースをストローで吸い上げる。

 

「えーっと、その『スエルム』ってところがゆりかごを乗っ取ったーってところまでは乗ってたんだけど、そこから急にページがなくなっちゃって」

 

ふむ、と息を吐いて頭を掻く。

 

ページが唯単に無くなったため次の巻に行ったのか、破りさられたのか、はたまた敢えて書かなかったのか。

それを知る術は自分にはないが、どうしても思いを馳せずにいられない。

 

「まあ、そこ辺りまで知っているなら自分も話すことは其れほどないな」

 

注文したフライドポテトを口に放り込んで、コーラで喉を潤すと「え?」という感じの顔をしているタカマチヴィヴィオに話を続ける。

 

「その後は、オレも含めた三人が集まり、ゆりかごに夜天の王(騎士王)を殴りに行った」

「──それで?」

「終わりだ」

「──へ?」

「終わりだ」

「ええええええ?!」

 

タカマチヴィヴィオが大声を上げて立ち上がる。

勢いよく立った拍子に皿やらなんやらが揺れたが持ち前の反射神経で抑えた。

 

「まだあるでしょ?!そのゆりかごの中での出来事とか!騎士王さんとかとの決着とか!いろいろ!」

「落ち着け、そして座れ。周りの視線が集まっている」

 

自分に言われてタカマチヴィヴィオが周りを見回し赤い顔をして静かに席に着いた。

 

「それにオリヴィエはどうなっちゃったの……」

途端にしゅんとして眉を寄せる。その姿に頭を掻いて言葉を探す。

此れはタカマチヴィヴィオに衝撃を与えるだろうからなるべく黙っていたかったが、この際仕方あるまい。

 

「タカマチヴィヴィオ、此れは()()()だからな」

「──わかってるけど?」

 

何を今更という感じで見つめられ少し居心地が悪くなる。

どうにもこの二色の瞳が自分のことを困らせるのだ。

動揺を悟らせぬようにもう一度コーラを飲んで少し間を置く。

 

「スエルムは夜天の書の主を国家元首とする、と言ったろう?つまりは、スエルムの王の近衛は代々『ヴォルケンリッター』。そして、スエルムが『ゆりかご』を乗っ取った時王が自ら乗っていた」

「──え、それって……」

 

うむ、と頷く。

 

「察しの通りだ。エレミア、クラウス、オレが『ゆりかご』に乗り込んだ時、オレたちはヴォルケンリッターと戦った」

 

タカマチヴィヴィオの顔が驚きと戸惑いがないまぜになったような表情で固まる。

 

「オレはザフィーラ、エレミアはヴィータとシャマル、クラウスはシグナムとそれぞれ戦った。結果は……まあ予想通りかもしれんが一応オレ達が勝った。満身創痍だったがな」

 

非殺傷設定などという便利なものは影も形もない時代だ。様子見の魔力弾すらも肉を抉り、骨を砕く。

即ち戦闘とは殺し合いを指し示す。

互いに譲れないものがあったとはいえ、オレは昔同居人と殺しあったのだ。

 

「クラウスは右腕を無くし、エレミアは腹に穴が空いていたか、オレは両の拳が砕けたな──ああ、そう驚いた顔をするなあの頃は戦闘で此れくらいの傷は普通だ」

「そ、そうなの?」

伝説の騎士(ヴォルケンリッター)と青二才達が戦って勝てたのだ、其れくらいの犠牲で儲けものであったさ」

「そういうものなのかなぁ……」

「やはりそういうのは実際に戦場に出て、仲間の負傷などを目の当たりにしなければ分からない感覚だろうな。理解しろ、とは言わんさ」

 

とんとん、と人差し指で額を叩いてオレの中の記憶を整理し、鮮烈に残る映像を、目の前の少女になるべく衝撃を与えない言葉に置換しながら話を進めていく。

 

「後は三人で死に体に鞭打ちなんとか騎士王を破って、オリヴィエに辿り着いた」

「勝てたんだ!」

「薄氷の勝利だ。どちらに転んでも可笑しくなかった」

「でも、勝ったんでしょ?」

 

タカマチヴィヴィオが目を輝かせながら話の続きを促す姿に、はあと隠す事なくため息をついた。

何というか、毒気が抜かれる。

 

「一応、勝った────だが、そこからがオレ達にとって、本当の問題だったのだ」

 

もんだい?と首をひねるタカマチヴィヴィオにうむ、と頷く。

 

「騎士王を破ってオリヴィエの元に辿り着いて彼女を助け出すと、オリヴィエ、何といったと思う?」

「え?『ありがとう』とか?」

「『帰れ』、だ」

 

皆が皆満身創痍。気を抜けばそこから意識が途切れ無様に地に転がる。

そんな状態になってすら、オリヴィエの元へと足を進めた。

体が悲鳴をあげ、弱音を吐く己を叱咤し、血反吐を吐きながら、進んだ先にかけられた言葉。

 

「後は怒り狂ったクラウスとオリヴィエが口論を起こし、オレら三人との殴り合いになるまではそう時間はかからなかった」

 

ちらりと目の前の少女を見てみると先ほどのきらきらと輝いていた瞳は影を見せ、心配そうに此方を見ていた。

 

「勝ったんだよね……、オリヴィエに」

 

自分の話し方から答えは薄々わかっているだろうに、敢えて其れを尋ねる。まるで、その答えであって欲しいと願うかのように。

 

──殴り倒してでも連れて帰る。

 

そう強い意志を持って相対した。

だが──

 

「此れが、勝てないんだなぁ……。例えボロボロとは言え此方は三人。皆一流の武芸者にも関わらず、其れでも彼女には届かなかった」

 

クラウスだって一度負けた時と同じではなかった、オレやエレミアに教えを請いその流派に磨きをかけた。

其れでも彼女との間には絶望的なまでに差があった。

 

「オリヴィエはオレ達を地に伏せると別れの言葉を告げてゆりかごから下ろし、再び戦場へと向かった。騎士王に乗っ取られていた時間を補うかのようにな────さて、()()の話はこんな感じだ。どうだった?」

 

ぱんぱん、と手を合わせて音を鳴らすと少し皮肉げな笑みを浮かべてみせる。

 

「うーん、どうだったと言われても……」

 

タカマチヴィヴィオが、困ったように頰を掻く。

 

「救われないなぁ、って」

「ま、そうだろうな」

 

此れはおとぎ話ではなく、現実の話だ。どんなに努力しても報われない事もあるし、最後まで救いがない(バッドエンド)なんてザラにある。

 

救いが無いからこそ現実。だからこそ人は自分の物語をハッピーエンドで終わるためにもがき続けるのだ。

 

また手元のコーラをとろうとし、中身がとうになくなっていた事に気付く。仕方ないので店に入った時に貰ったぬるい水で喉を潤した。

 

「ねえ、聞いていい?」

 

タカマチヴィヴィオが視線をじっと此方に向ける。

口には出さず目で続きを促すと、タカマチヴィヴィオは小さく息をついて口を開いた。

 

「何でオリヴィエを助けようとしたの?」

 

おそらく其れはタカマチヴィヴィオがオレの話を聞いて何度も思った事なのだろう。

体をボロボロにしながら、只々オリヴィエのために戦い続けた。一度は拒否されたとしても、其れでも彼女のために進み続けた理由。

自分を犠牲にして皆を救うという、()()をいう馬鹿な女を救う為に拳を振るい続けた理由。

 

「そうだなぁ、何で、か……」

 

頭を掻く。

 

どうも話すのは苦手だ。

アインハルトやファビア、エレミア何かは何処か繋がりがあったからクラウスら(友人たち)に接するように話せたが、彼女は違う。

ファビアに聞いた話によれば、彼女はクローン。

オリヴィエと寸分違わず同じ容姿を持ちながら、オリヴィエとは全く違う少女。

でも、話さなければならない。

彼女がオリヴィエの記憶を微塵たりとも継いでいないとしても、いや、だからこそ彼女には伝えなければならない。

あの日伝えられなかった、オレの想い(言葉)

 

目を閉じて、小さく息を吸った。

 

「──友達、だったからだ」

 

其れはとても簡単な事だった。

 

「友達だったから、彼女の間違いを正したかった。お前が犠牲になる必要は無いと、お前は幸せでいいと──」

 

──『私、自分の人生に後悔してないんです』。

 

「──お前の笑顔が、オレたちの幸せなのだと、もう一度伝えたかった」

 

本当はオリヴィエがゆりかごに乗る前に伝えたかった。でも、オレはその言葉を正直に伝えるには、どうにも言葉が足りなくて。結局、彼女にオレが想いを伝えられる機会は訪れなかった。

 

「ただ、其れだけだったのだ……」

 

其処まで言って、ゆっくりと目を開けタカマチヴィヴィオをみると──

 

「うぐっ、ひっく……ぅう」

 

号泣していた。

 

「待て、何故其方が泣く?と言うか泣き止め、周りの視線が痛い」

 

何故、どうして、そんな疑問ばかり頭に浮かび、どうしていいかわからない。とりあえずポケットを弄ると朝八神はやてに無理やり入れられたハンカチを見つける。

くちゃくちゃだが、汚くは無いだろう。恐らく。

 

ポケットから取り出したハンカチを手渡そうと手を伸ばした時、タカマチヴィヴィオが涙でしゃくりをあげながら言葉を発する。

 

「うぅ、えぐ、ありがとぉ……ぐすっ」

 

体の動きが止まる。

 

「何故、其方が礼を言う」

 

激しく動揺したせいか声がかすれた。

自分が問いかけるとタカマチヴィヴィオは涙を袖で拭きながら、必死に答えてくれる。

 

「何でか、わからないですけど、どうしても、どうしても……お礼を言いたくて……!」

 

ぽろぽろと紅と翠の瞳から玉のような涙を流しながら、彼女は言う。

 

「ありがとぉ、エデル……」

 

其れは、如何なる意味があったのだろう。

オリヴィエのクローンである彼女の奥底にオリヴィエの記憶があるという可能性は無いわけだろう。だが、その可能性は限りなく低い。クローンというのは同じ()()を創るのではなく、同じ()()を創る行為だ。

其処に記憶などは無い。ただ同じ形の脳味噌があるだけだ。

 

ただ彼女がオレの話に感極まった、その可能性の方がよっぽど高い。

 

でも、其れでも()()は、エデルは、今の言葉に救われた──そんな気がする。

 

固まっていた手を差し出しタカマチヴィヴィオの涙を拭う。

 

「泣くな、お前の顔には──いや」

 

こちらに顔を向けたタカマチヴィヴィオに、努めて優しく見えるように顔を綻ばせる。

 

()()には笑顔が似合うよ、タカマチヴィヴィオ」

 

自分がそう言うとタカマチヴィヴィオは一瞬目を丸くすると、やがて向日葵のようににっこりと笑った。

 

「うん、ありがとうエデル」

 

その姿がオリヴィエと重なりそうになり、幻のようにかき消えた。

 

「此方こそ感謝を。自分は、其方と出会えた事が今までで一番の幸運かもしれぬ」

「えー、大袈裟だよー」

「大袈裟などでは無いさ」

 

未だ目の端に雫を残りながらタカマチヴィヴィオがクスクスと笑う。

そんな彼女の姿を見て、一つの言葉を投げかけた。

 

「──なあ」

「どうしたの?」

 

小さく息を吸い込む。こんなに緊張するのは何時振りだろうか。久しく感じぬ、受け入れられるか不安に思う、人との交わりにより生じる不安。

そんな不安さえ今はどこか心地いい。

 

「──自分と友達になってくれないか、タカマチヴィヴィオ」

 

タカマチヴィヴィオはうーん、としばらく考えるようなそぶりを見せてやがて、ニヤリと意地悪そうに笑う。

 

「ダメ。タカマチヴィヴィオじゃない」

「──む?」

 

眉を寄せて自分が首をかしげるとタカマチヴィヴィオが得意げに胸を張ってみせる。

 

「あのね、私のママが言ってたんだけど、友達は名前で呼び合うんだ」

 

人差し指を立てて得意げに、この話が出来ることが嬉しくてたまらないと言った様子で彼女は続ける。

 

「だからね、私の事は『ヴィヴィオ』って呼んで?」

 

タカマチヴィヴィオから差し出される右手。その手をしばらくぼんやりと見つめて、自分の左手を服の裾でごしごしと拭う。

 

「よろしく────()()()()()

「うんっ!」

 

此方も手を差し出してタカマチヴィヴィオ──ヴィヴィオの手を握る。

鍛錬の跡がわかる年の割にやや硬い手のひら。

オリヴィエが失った、血の通う温かい手。

 

ヴィヴィオはオリヴィエでは無いし、オリヴィエもヴィヴィオではない。

オリヴィエとオレは友だった。

でも、自分が今友となりたいと思ったのは、オレの話を聞いて涙を流したヴィヴィオなのだ。

 

少し、ほんの少し、クラウス(アインハルト)の前に進んだ理由がわかった気がする。

 

ヴィヴィオは普通の人間だ。

オリヴィエの因縁とは関係のないただの普通の人間。

だからこそ、きっと普通の優しさに自分も、アインハルトも救われたのだろう。

 

ヴィヴィオと繋いだ手を離す。

 

「よーしっ、じゃあどっか遊び行こうエデル!」

「む、いや待て。まだ話さなければならない事は幾つかあるだろう?」

「あ、そうだね。んー」

 

勢いよく立ち上がったヴィヴィオは自分の言葉を受けて、手を顎に当てて暫く考える素振りを見せると、またにっこりと笑った。

 

「今度でいいや!今日はエデルと遊ぼう!」

 

その言葉に少し呆れ混じりに笑いを漏らし自分も立ち上がる。

 

「──行こ、エデル」

 

『──行きましょう、エデル』

 

此方に手を伸ばしたヴィヴィオに重なるオリヴィエが数度瞬きの後、消えた。

 

ヴィヴィオの手を握り二人で歩き出す。

 

「私男の子の友達なんてエリオくんくらいしかいなかったから、男の子と遊びに行くなんて初めてかも」

「自分も初めてだよ」

「初めて同士だねー。どこ行きたい?」

「自分は何処でもいい」

「そっか、じゃあ────」

 

いままでの日常が騒がしく、鮮烈になるような、そんな足音が聞こえ始めている気がした。

 

 

 

 

 





彼女はあの時の彼女ではなかった。

其れでも、彼女と彼は何度だって友となる。

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