其の八極に   作:世嗣

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ラストスパート入ります。

私はファビアが好きなので幸せにしたいと思ってました。



魔拳失踪

 

 

 

 

くあ、と小さく欠伸を噛み殺した。

 

「ねむ……」

 

ファビアが八神はやてから与えられた自室からまぶたをこすりながら、階下に降りた。

 

「おはよー、お姉ちゃん……」

「おはようファビア。顔洗っておいでー」

「んぅ……」

 

もにゃもにゃと言葉にならない音で返答しながら、ファビアの足が洗面所へと向かう。そこでばしゃばしゃと顔に水をつけて、ようやく靄にかかっていたような思考が澄み渡った。

鏡を見て、少しボサついている金髪を見て後で八神はやてかエデルに髪を梳かしてもらおうと決める。

 

リビングに戻れば、時間的なこともあり八神家の面子が概ね揃い始めていた。

未だ寝ぼけ眼のヴィータとツヴァイ。既にきっちりと管理局の茶色の制服に身を包み白衣にアイロンをかけているシャマル。気分よさげに鼻歌を歌いながら朝食を作る八神はやて。そして未だパジャマのままのファビア。後床には犬のザフィーラ。

 

ここに居ないのは、未だ捜査案件を抱えているシグナムとツヴァイ。そして、未だ降りてこないエデルだけだ。

 

その三人の名前を思い出してファビアの表情が一瞬陰りを見せた。

 

少し前エデルの両親がシグナムの捜査中だった通り魔に襲われた。シグナムが魔力反応を感じて駆けつけた時には既に通り魔の姿はなく血だらけの男女二人が倒れて居たという。二人の傷は深く未だ意識は戻らず、医者曰くこの先戻るかどうかもわからないとのこと。

 

シグナムは自らの力不足を責め、八神はやてはエデルを心配した。だが、当のエデルの態度は軽いものだった。

 

『親父達が死ぬことは無いであろう。丈夫で、強い人達だ。それに心配するな。犯人探しなどしないさ。自分は管理局を概ね信じているよ』

 

真っ直ぐな瞳で、そう言ってのけた。

 

八神はやてはその言葉に嘘はないと感じたし、その言葉を信じてやるべきだとも感じた。

だから、八神はやてはそれ以上問い詰めるようなことはせずに、エデルを連れて家に帰ってきた。

 

でも、流石にファビアはそうはいかない。

 

なにせ、親である。通り魔、である。意識不明の重体、である。安心できようはずもない。

 

そこまでされて易々と引き下がるようなエデルではないことを、言葉通り長い付き合いのファビアは理解して居た。

 

ファビアの脳裏に、エデルを問い詰めた時のことが思い返される。

 

 

──────

 

 

『だから、親父達の復讐は考えていないと言っているであろう? 自分は割と管理局を信じている』

 

『それに、復讐なんぞしていたら其方との約束が守れなくなるからな。ただでさえ、世界は広いのだからな』

 

『安心しろ、()()に、そのつもりはない』

 

 

───────

 

 

 

苦笑いが添えられたその言葉に、ファビアは嘘はないと断定した。付き合いの長い、彼女だからこそ話し方、雰囲気からそれを感じ取り、信じた。

 

エデルは、自分の両親の復讐には走らない、と。

 

 

「ファビアー、何ぼーっとしとるん?」

 

八神はやてのふんわりとした調子の呼びかけにファビアの思考が断ち切られた。

 

「そろそろ朝ご飯出来たからエデル起こしてきてくれへん?」

「まだ、降りてきそうにないの?」

「そうなんよ。下から呼んでも返事一つせえへんし、まーたお寝坊さんや、あの子は」

「ふふ、わかったお姉ちゃん」

「え、何で今ファビア笑ったん? なんかおかしいことあった?」

「いや、お姉ちゃん、なんだかエデルのお母さんみたいだなぁ、と思って」

「え」

 

背中に「私まだピチピチの二十代なんやけどー」という悲痛な叫びを受けながら、未だ十代若さの絶頂、少女ファビアは軽快に階段を登っていく。

若き乙女に大人の言葉は届かないものだ。

 

「エデル、お姉ちゃんが朝ご飯だって」

 

ファビアがエデルの部屋になっている客間の一つをノックする。

しかし、中からは音沙汰もない。

 

いつものエデルであれば、ノックするまでもなくファビアがドアの前に立てば気づくものだが、今日は何の反応もなかった。

 

「エデルー、開けるよ」

 

首を傾げながら、ファビアが扉を開けた。視界に広がるのは見慣れたいつものエデルの部屋。元から置いてあったもの以外何も私物を持ち込んでいない殺風景な部屋。

 

そして、その部屋に家主の気配ない。

 

「……圏境でも使ってるの?」

 

ファビアが呼びかける。

 

返事はない。

 

「もう、そういう冗談はいいから早く降りてきてよ。お姉ちゃんの朝ご飯冷えちゃう」

 

ファビアが呼びかける。

 

返事はない。

 

「エデル……?」

 

ファビアが呼びかける。

 

返事は、ない。

 

「嘘、だよね……」

 

勿論その言葉にも返答はなく、誰もいない部屋に、吐息のように空気に混ざって、消えた。

 

 

 

 

この日、八神はやての家から住人が一人、姿を消した。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

白塗りの扉を軽くノックした。

 

するとほとんど間をおかずに扉が開かれ、中の様子がアインハルトの視界に広がった。

 

ダールグリュン邸の客間には既は家主の『雷帝』の子孫、ヴィクトーリア・ダールグリュン。『黒のエレミア』ジークリンデ・エレミア。『魔女』ファビア・クロゼルグ。管理局の『夜天の書の主』八神はやてが座っていた。

茶菓子や紅茶の減り方をみると待っていた時間は十五分ほどだろうか。

 

「お待たせしてしまいましたか?」

「ううん、そんなに待ってないよ。まだみんな揃ってないし」

「そやなぁ、アインハルトも充分早かったと思うで」

「まあとりあえずお掛けなさいな。エドガー、アインハルトに紅茶をお願い」

「承りました」

 

執事のエドガーに促されてアインハルトがファビアの対面、ジークの隣に座る。

 

「ハルにゃん、久しいなぁ。元気にしとった?」

「ええ、チャンピオンも壮健そうで何よりです」

「もう、ジークでええって言うとるんに」

「ええと、チャンピオンは、チャンピオンですし……?」

(ウチ)はもうチャンピオンや無いんやけどなぁ」

「た、たしかにそうですが……」

「なら、(ウチ)のことチャンピオンはおかしいと思うんよ。へい、プリーズコールミージーク」

「いいよ、アインハルト呼ばなくても。どうせエレミアの戯言だから」

「ちょ、クロ? なんか(ウチ)に辛辣やない?」

「キノセイキノセイ」

「凄い棒読みっ!」

「エレミアは心が貧しいからそう聞こえるだけ。乳ばっか育てて、減ればいいのに」

「ただの悪口! え、(ウチ)なんかしたっけ?!」

「そう聞こえるなら何か心当たりがあるんじゃ無いの」

「あー、腹立つ〜! この子なんで(ウチ)にこんな辛辣なんよ〜!」

 

ファビアが最近にしては珍しく馬鹿にするような(クロゼルグっぽい)表情を浮かべると、ジークがそれに猛烈に突っ込みを入れた。

アインハルトから見ればただの喧嘩にも見える。しかし、大人なはやてや、エデルについてきたファビアがジークに食いかかっているのをよく見ていたヴィクトーリアは、一種の親愛表現と理解していた。

 

しかし根がいい子なアインハルトは、そんな二人をどうしたものかと何度も互いの顔を見合わせた。

 

「す、すみませーん、遅れちゃいましたー!」

 

そんな中扉を勢いよく開いて飛び込んでくる小さな姿。今日ダールグリュン邸に呼び出された最後の一人『聖王女』のクローン、高町ヴィヴィオだった。

 

「重そうな荷物を持ったおばあさんとか、迷子の子供とか、バスジャック犯の逮捕とか、落し物拾ったりとか、喧嘩止めたりとか、いろんな事があって遅れちゃいました〜」

「す、凄いですねヴィヴィオさん」

「いえいえ、出来ることしただけですよ〜」

「ヴィヴィオって本当に凄い星の下に生まれついとるなぁ、なのはちゃんみたいや」

「まあ、ヴィヴィ様もやたらとトラブルメーカーだったから仕方ないんじゃ無いかな」

「ねえ、なんや途中凄いの混ざってなかった? (ウチ)の気のせい?」

「気にしちゃダメよジーク。あの子はそういう子だから」

 

えへへ、と照れたように笑いながらヴィヴィオがアインハルトの隣に腰かけた。

 

今の席は窓側に、右からヴィクトーリア、ファビア、八神はやて。対面に、ジーク、アインハルト、ヴィヴィオという形になる。

 

六人。それが、今日はやてに呼び掛けられた人数だった。

 

「んじゃあ、人も集まったしサクッと話を始めよか」

 

唯一の大人であるところのはやてが声をかけると、他の五人の視線が自然に集まった。

 

「エデルがおらんくなった。これはみんな知っとるな?」

 

はやての言葉に、特に誰も驚いたような様子は見せない。一応、呼び掛けられた時にエデルが突然いなくなった事は聞いていたため、驚くようなことではなかっただけだ。

 

「まあ、あの子はシグナムあたりが殴り倒して連れて帰る言うとったから安心し」

 

はやては今度はよっし、と言うと、口元で手を合わせて机に肘をついた。

 

「今日話すのは、エデルが追っていると思われる、通り魔、いいやこれやとちょっとちゃうか」

「違う? 通り魔じゃなないんですか?」

「あー、やっとる事は変わらへん。でもな、巷を騒がせてる通り魔。アレの正体は、人間やあらへん」

 

しんと静まった客間にいる人間の顔をはやてが順番に見ていき、そして口を開いた。

 

「S級危険指定古代遺失物(ロストロギア)『ナハトヴァール』。個体識別名称(レジスト・コード)無銘(むめい)』。聞いたことある子も、おるんちゃう?」

 

はやての言葉に対する言葉は大きく二つに分けられた。ヴィヴィオやジークの何が何だかわからず、首をかしげたのが一つ。

そして、もう一つは、アインハルト達の、記憶転生者達である。

 

「ナハト、ヴァール……。まだ生き残っていたとは……」

「しかも、『無銘』」

「……あの、廃棄個体(ロストナンバー)のことだったよね」

 

ヴィクトーリアが呟き、静かに目を閉じた。その顔は青ざめ、額には玉のような汗が浮かんでいた。

 

「あの、大丈夫ですか……?」

「心配、痛み入ります」

 

ヴィヴィオが心配したように声をかけるが、ファビアもヴィヴィオもそれに気づいた様子はない。ただ、アインハルトだけは強張った笑みを返した。

 

三人の態度に多少の違いはあれど、三人に共通するものは一つだ。

 

()()、である。

 

はやてはそんな三人を見て小さく息を吐いた。ベルカ戦乱期の記憶を持つシグナムにその正体と恐ろしさを教えられていても、今一つ理解しきっていなかった。だが、目の前の少女達の態度を見てようやく実感として、その脅威がわかってくる。

 

ジークがおずおずとヴィクトーリアの顔を覗き込む。

 

「あの、『ナハトヴァール』ってなんなん……?」

 

アインハルト達が無言で視線を合わせて、はやての方を伺う。それに対してはやては「説明したいならしてもいい」とばかりに頷いてみせた。

 

「なら、私が適任でしょうね」

 

小さくそう言って、アインハルトがこめかみを指で軽く押して記憶を整理し始める。そして、ゆっくりと語り始めた。

 

「ナハトヴァールというのは、『騎士王』、つまり当時の夜天の主であった王が作り上げた、夜天の書の外付け装置の名前です」

 

当時の夜天の主、魔導国家スエルムの王は夜天の書を受け継いだ。未だ暴走しておらず、完璧に魔法を記録するという属性しか持っていなかった頃の夜天の書である。その力は絶大で、一度リンカーコアを蒐集してしまえばどんな魔法でも再現可能という機能を持っていた。これが、スエルムを魔導国家足らしめていた要素の一つである。

 

強力な反面、その分魔力消費は多く、蒐集する事で補わなければならなかった。

だが、蒐集という行為は、絶対的に付近に夜天の書が必要だったため、あまりにも手間がかかりすぎた。

 

故に、当時の騎士王は己が蒐集せずとも、代わりに蒐集し続ける存在を作った。

 

其れこそが、『夜の誓い(ナハトヴァール)』。

 

自ら思考し、強者を求め無限に捕食を続けるベルカ闇の遺産。

 

「そして当時、私の知る限り凡そ10体のナハトヴァールが存在しました。そのどれもが、クラウス並みの実力を持っており、スエルムとの戦争は概ねこのナハトヴァールを退けることに力が割かれましたものです」

「まあ最終的には、殆どのナハトヴァールは夜天の書に吸収されるか、破壊されるかしたんだけどね」

 

最後にアインハルトの言葉をファビアが繋げた。すると、のろのろと視界の端で手が上がるのが見えた。

 

「あのー、質問してもええ?」

「ええ、何でしょうチャン……ジークさん」

「その蒐集って夜天の書がないとでけへんのやろ? なら、ナハトヴァールはどうやって蒐集してたん?」

「さっき言ったでしょ、ナハトヴァールは()()()()()。融合捕食して、宿主の肉体ごとリンカーコアを奪い取るの」

「融合捕食、それってつまり……」

「エレミアにしては理解が早いね。そ、ナハトヴァールはね、意図的に事故を起こして全てを奪い取る()()()なの」

 

リンカーコアは抜き取ってもすぐに劣化してしまう。ならば、生かしたまま保存すればいい。最終的にはナハトヴァールは夜天の書に戻りシステムの一つとして組み込まれる。ならば、それまでに出来るだけ多くの強力な魔導師と融合する事、それがナハトヴァールの使命だった。

 

そこまで話して、今まで黙っていたはやてが組んでいた手を解いて背筋を正した。

 

「今回の通り魔はそのナハトヴァール最後の生き残り『無銘』。もう融合能力は失っとるようやけど、それでも危険度は高い」

「……ねえ、お姉ちゃん、一つ聞いてもいい?」

「どないしたん、ファビア?」

 

ファビアが自分の金髪を指で軽く梳き始める。それは、まるで、ここにいない誰かの癖がうつったかのような仕草であった。

 

「まえ、エデルとこの事件のこと聞いた時は、私たちには話せないって言ってたよね? それってさ、()()()()()()()()()()()話せる内容なの?」

「それは……あー、もうええわ。ったく、ホントにファビアは鋭いなぁ……」

 

はやては最初は誤魔化そうとしたが途中で大きくため息をつくと若干ジト目でファビアを見つめた。

 

「『無銘』の被害者の共通項、知っとるか?」

「あっはいはい! 私知ってるよ」

「お、じゃあヴィヴィオ」

「ミッドチルダ外の一流の格闘家または、ニアSレベルの魔導師ですよね。ニュースで言ってました!」

「おーよう知っとるな、けどそれじゃあ50点や」

 

はやてがポケットから通信端末を出すと全員に見えるように虚空にホロウィンドウを転写した。

 

「今から見せるデータ、口外しちゃ駄目やで」

「え、何を──」

 

軽い電子音とともに、虚空に次々に顔写真とともに軽い説明文が現れた。

 

「『ヨーゼフ・シュバルツ』元管理局魔導師。『プリウス・ローラー』現役聖王教会騎士。『ベゼル・イグナイター』格闘家。『フューリー・プライズ』管理局魔導師。『グリフォ・リボルタ』教会騎士…………いっぱいおるから後は飛ばす。そしてこの前の、『アイセア・アーセリア』元格闘家。んで、エデルの親父さん。さて、この被害者の共通点他にわかる人」

「そんなのわかるわけないよ、はやてさん〜」

 

ヴィヴィオが文句を言う。はやては他の面子にも視線を向けたが皆、降参とばかりに勢いよく首を振った。

それもそうか、とはやては一人で結論をつける。

 

「あんな結論から言うと、被害者は全員元ベルカ自治区出身もしくは、ベルカ自治区在住、言うことがわかった。これが、何を意味するかはわかる?」

「…………無銘は、ベルカ関連の人達を狙っている……? まさか、そんなこと」

「因みに、全員が最低でもベルカ諸王時代からの直系いうんもわかっとる。データ確認しとくか?」

「……いえ、結構です。信じました」

 

はやてがホロウィンドウを消して、また一人一人の顔を見つめていく。

 

「これ、話した意味わかってくれるな?」

 

全員が何も言わずに頷いた。

つまり、はやてはこう言っているのだ。

 

『ベルカ直系なら、お前達が狙われないはずがない』、と。

 

「ええか、無銘は管理局が絶対に捕まえる。やから、何があってもエデル追いかけたりしたらあかんで」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

八神はやてとファビアが手を繋いで、人通りも疎らな道を通り、駅へと歩いていく。

辺りは仕事を終えた人々が住宅街へと疲れた体に鞭打ち歩いて行っている。

はやてはそんな人の中に混ざって、ファビアのやわっこい手のひらの感覚を感じながら、この肌羨ましいなー、と自らの失ったものに想いを馳せていた。

 

遠くの沈みかけた太陽の作り出した二人の影が細長く伸びていく。

 

「今日ファビアもお泊りしてくれば良かったんに。ヴィヴィオたちはみんなでお泊りなんやろ?」

「うん、でも着替えとか準備してないし。それに、エデルが家に帰って来た時私がいないと可哀想だから」

 

帰って来た時、とファビアが言う。帰らされたや、連れてこられたではなく、帰って来た時、と。

 

「帰ってくること、疑ってないんや?」

「だって、ご両親の復讐には行ってないと思うから」

「なんでか聞いてもええ?」

「嘘をついてる目じゃなかった。それに……」

「それに?」

 

言い淀んだファビアに尋ねると、はやての隣の少女は少し恥ずかしそうに言葉を続けた。

 

「エデルは私を捨てないって言ってた、から」

 

思わずヒュー、と冷やかすように口笛を吹くはやて。行為が少々おっさんくさい。

 

「いやー、情熱的やなぁ。ほとんどプロポーズみたいなもんやん」

「んー、でもエデルにそのつもりはないと思うよ。というか私の事女としてみてないと思う」

「ほんま? ファビア可愛いやん」

「ほんまほんまー。だって、この前風呂場で鉢合わせた時も無表情だったし」

「……あの子17やったよな?」

「自己申告を信じるならね」

「枯れとるんちゃう、あの子……?」

 

はやてとしては17の男なんぞ脳内は女のことばかり。アルファベットではなく、男女のABCの妄想で英語の時間を乗り切るような物だと思っていたのだが、どうもエデルは違うらしい。はやては少し自分の弟分が心配になっていた。

 

そんなことを喋りながらぶらぶらと駅に向かう。その際にサラリーマン然とした男の人とすれ違い、一応挨拶を交わしておく。

 

「いやー、でもホントにダールグリュン邸って田舎にあるなぁ。この時間やのに人全然おらへんもん」

「そうだね、お姉ちゃんの家辺りならこの時間でも人いっぱいいるもんね」

「そーやなぁ、流石田舎やわ」

 

あはは、と笑ったはやての声が辺りに()()()

そこで、はやてがようやく違和感に気づく。

 

(……声が響く。普通はこんなひらけた場所で音は響かへんはずや)

 

きょろきょろと辺りを見回して、後ろを振り返る。そこには、誰もいない。道は一本道にも関わらず、先程すれ違ったサラリーマンの姿はない。

 

「なんやこれ、なんで私らの他に人がおらへんのや」

 

はやてに言われて、ファビアも違和感に気づく。まさかと思い、慌てて辺りに軽い解析魔法をかけて、大気中の魔力の構成比が大幅に違うのに気がついた。

 

「お姉ちゃん、今結界まほ────」

 

 

 

 

 

 

()った」

 

 

 

 

 

 

びしゃ、とファビアの顔に粘着性のある液体らしいものが降りかかった。色は、確認するまでもなく、赤。

 

「こほっ」

 

むせて血を吐いたはやての腹から、腕が突き出していた。なんの脈絡もなく、気配もなく、認知もさせず、解析魔法にすらかからず、唐突にはやては腹を貫かれていた。

 

ずぼ、とはやてから腕が引き抜かれた。

 

「お前は、キケン。だから、先にやる」

 

そして、投げ飛ばされた。まるで、癇癪を起こした幼子が手に持っていたぬいぐるみを投げ捨てるように、無造作に、手加減なく。

 

はやての体が水平に投げ飛ばされ、結界発動によって人の消えた民家へと、腹部からの血で虹を描きながら突っ込んでいった。

 

「お姉ちゃんっ!」

 

そこで、ようやくファビアの口から声が出た。

だが、その叫びに返事はなく辺りに虚しく広がっていく。

 

「…………『魔女』クロゼルグ。お前は、もう持ってる」

 

ゆらり、と目の前が歪む。すると、真白のフードを被った人物が現れる。

その幻覚魔法にも見えるその行為に、魔力の残滓は全く使われない。目の前の人物は、完璧に技術のみで消えて、そして現れた。

 

そして、ファビアはその技術のことを、誰よりもよく知っていた。

 

「なんでエデルにしか使えないはずの圏境を……」

 

目の前の人物は何も言わない。

 

「答えてっ!」

 

ファビアが叫ぶ。

 

「デビルズッ! ███(倒して)ッ!」

 

呪いに近い、とも称された魔女の魔法が発動し、ファビアの足元の影から無数の大小様々の悪魔が飛び出した。

 

それは、主人の願いを叶えるべく目の前の敵へと殺到して擦り潰そうとして────一匹残らず叩き落とされた。

 

「嘘、うっ──」

 

ファビアの首に腕がかかり、容易く締め上げられた。

 

年相応の小さなファビアの体が首を絞められながら宙を浮いた。途端に脳内に行き着く酸素が激減し、苦しさに足をばたつかせたが、白いフードの体まで届かない。

 

ぎり、と首にかかる力が増していく。その度に格闘技など一切してこなかった華奢なファビアの体は悲鳴をあげるように軋んでいく。

 

「聞くことが、ある」

 

白いフードが、必死に酸素を取り込もうともがくファビアに尋ねた。

 

「聖王女、覇王、雷帝。居場所、知ってる?」

「──か、く……」

「嗚呼、これじゃあ、話せないか」

 

突然手が離された。支えを失ったファビアの体が地面へと落ちた。息ができなかったせいで朦朧とした意識で受け身など取れるはずもなく、顔から地面に落ちて体をしたたかにコンクリートに打ち付ける。

 

白いフードがしゃがんでファビアの金髪を掴んで顔を無理やり上げさせる。

「あぐぅ」

「もう一回、質問。聖王女、覇王、雷帝、居場所知ってる?」

「…………あなた、『無銘』、でしょ?」

「話が、聞こえてない?」

 

白いフードが、ファビアが『無銘』と呼んだものが、ファビアの頰を髪を掴んでいない方の手で素早く殴った。あまりの素早さにファビアの頭は吹っ飛びそうになったが、髪を掴まれていたせいで途中で強く髪を引っ張られる形で引き戻される。

鋭い痛みが襲い、ファビアの耳に何かが千切れるような音が聞こえる。

 

「クロゼルグ、次はない。居場所を、知ってる? 知らない?」

 

白いフードが腕をかざすと、その腕に漆黒の魔力が纏わり付いた。その励起された魔力に、濃密な死の気配を感じた。

 

ファビアが白いフードに髪を掴まれたまま、ぼんやりと虚空に視線を漂わせた。

 

ファビアは、クロゼルグ(過去)の記憶から、この魔力の波長は『ナハトヴァール』のものであると確信していた。そして、ナハトヴァール9体の結末は全てを記憶しているため、目の前の個体が最後の『無銘』である、とも。

 

そして、『無銘』の目的はベルカ諸王時代に捕食できなかった者達の能力を奪うことだということも。

 

ならば、言うのが正解である。過去、ファビアの祖先のクロゼルグ一族は既に何人かが無銘の手にかかっていた。

ならば、無銘にとってファビアはただの絞りかすであり、興味のないもののはず。

知りたい情報を知れれば、さっさとファビアをそこらへんに捨てて、アインハルト達のところへ向かうはずだ。現に、八神はやてを無力化して以降、特に追撃をしないあたりその推理は間違ってはいないだろう。

 

ファビアの心が、言ってしまえと叫んだ。

 

「クロゼルグ、知ってる?」

「……しっ、てる」

「へえ、それは雷帝?」

 

ファビアがこくりと頷いた。

 

脳裏に、楽しそうに話すジークとヴィクトーリアの表情が思い起こされた。

 

「なら、聖王女は?」

 

ファビアがこくりと頷いた。

 

脳裏に謝りに行った時に自己紹介して、握手をした時の感触を思い出した。

 

「覇王は、知ってる?」

 

ファビアが、こくりと頷いた。

 

脳裏に、アインハルトの笑顔が、繋いだ掌の暖かさが蘇った。

 

「じゃあ、今、どこにいる?」

「それは……」

 

ファビアが口を開こうとした。

 

 

──ファビア。

 

 

誰かの声が、聞こえた気がして、誰かに撫でられた感触が、その優しさが、暖かさが、蘇った気がした。

 

 

「…………い」

「聞こえない、声を、大きく」

 

ぐい、と髪が引っ張られ、顔が白いフードに隠れた顔の方へと近づけられた。そこで、ファビアは体の痛みを抑えながら、絞り出すようにして、必死に、ただただ力を振り絞った。

 

「おしえ、なーい……」

 

そしてファビアのよく知る人物のように、唇を吊り上げて笑ってみせた。

 

ファビアが白いフードの中の瞳が細まるのを感じた。無造作に掴まれていた髪が離されて、ファビアの体が再びコンクリートに沈んだ。

 

白いフードが、体からの魔力の放出を増加させながら眼前のファビアを見下ろした。

 

「クロゼルグ、もう用はない。死んで、いい」

 

黒い魔力に包まれた手が、握り込まれた。ごう、と辺りの空気を消し飛ばすような音ともに、黒い拳に魔力が収束していく。

 

ファビアがその魔力の胎動を感じながら、薄く笑みを浮かべた。

 

(あーあ、死んじゃう、か。馬鹿なことしたかなぁ……)

 

自嘲気味にファビアが笑う。

 

(まあでも、アインハルトとか、ヴィヴィオとか、ヴィクトーリアさんの為になるならいっか)

 

ついでにエレミアをいれてやってもいいなぁ、と心の中だけで呟いて、また小さく笑った。

 

(エデルと旅、したかったなぁ)

 

最後に、柔らかな水晶が頬を伝って、地面に落ちる。

 

 

 

 

 

 

黒い拳が振り下ろされて、鈍い音が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





特S級危険指定古代遺失物(ロストロギア)『ナハトヴァール』。個体識別名称(レジスト・コード)無銘(むめい)
ベルカ諸王時代に乱立した王の一人『騎士王』が作り出した融合機とは名ばかりの殺戮兵器。それぞれ独立した思考を持ち融合捕食する事で魔力量を増加させ、使える魔法も多彩になっていく。また、肉体を奪うという面もあり、武術の技術も奪うことができる。
本来はある程度融合した段階で夜天の書にプログラムとして組み込まれるはずのもの。
だが、『無銘』は気を逸し融合できなかったため、今も『騎士王』の命令に従ってベルカの強者を求め彷徨っている。
長年行方がわかっていなかったが、数年前に()()()()によって解き放たれた。

管理局も行方を追っていたが、転移魔法の高度さと神出鬼没さから手を焼いている。ベルカ関連のもののため聖王教会も捜査協力をしており、シグナムが捜査をしているのはどちらにもツテがあるため。



正直今回難産。喋る人多すぎィ!
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