これでラストバトルです。
長かった因縁もこれで終わりとなります。
そこそこ長いですがどーぞ。
ナハトヴァールと向かい合う。背後に、守ると定めた人たちの命を背負って。
「行くぞ、ナハトヴァール。今までの俺と思うてくれるな」
「たかだが、一撃入れた程度。毛細魔力回路のないお前じゃ、もう、僕にはついてこられない」
「それはどうかな」
ナハトヴァールの体が沈み込み、地面を蹴って、黒腕を振るった。その勢いは、踏み込みのあまりの衝撃に地面が半ば陥没し、急加速による竜巻の如き風が吹き荒れるほど。
その速度は、自分やオレであれば目で追うのは難しく、聴勁を使って追い縋れるような速度。毛細魔力回路のない身では並べないと思っていた頂。
でも、今はそれが、見える。
思考が、冴える。
技に、体に、意思が速やかに伝わっていく。
黒腕が俺を狙って向かってくるのをしっかりと目で追って、魔力で強化された拳で側面を押すことで払ってみせる。
「──弾いた、エデルが?」
「俺はシリウス。そう言ったつもりだったが」
「僕には、大した違い、ではないっ!」
ナハトヴァールが声を荒げて、さらに踏み込み黒腕振るう。当然のごとくイレイザーの能力を宿したその腕は、俺体を削り取ろうとするが、それは紙一重のところで躱し、それが不可能ならば拳によって弾いていく。
「何故、だ。 何故、
ナハトヴァールが現状の異常さに耐えきれなかったように、俺へと問いかけた。
いくらナハトヴァールが八極拳の学習を終えていたとしても、『エデルの拳』は確かな技術を持っていたため、先ほどもある程度は食い下がれた。
しかし、『エデルの八極拳』は、毛細魔力回路による強化を前提にしたものである。つまり、強化のない『エデル』では、ナハトヴァールに殴りあえるはずがない。
俺の体は未だ細かな傷が残り、『エデルの八極拳』を振るう上で必須であった
世辞にも、万全とは言い難い。
しかし、俺は今、ナハトヴァールと対等に殴り合えていた。
「お前、どうやって……」
「そう難しい話でもないだろう」
「なん、だと……?」
身体能力の強化なしで戦えるほどナハトヴァールは甘くない。しかし、内側にあった毛細魔力回路は既にない。
ならば、強化は己の内ではなく、外に力を求めればいい。
「まさか、お前、クロゼルグからの、強化を受けて、いるのか」
「ああ、どうやら自分の中には
「使い魔を、中継点に、強化を、施しているのか」
ナハトヴァールが俺の向こう、ヴィヴィオを支えながら睨みつけてくるファビアへと視線を動かす。きっと解析魔法でも飛ばせば、ファビアから魔力ラインが繋がっているのがわかるだろう。
ファビアは、
ファビアのおかげで、ナハトヴァールと殴りあえる。
「だが、その程度の、強化じゃ、差は埋まらない」
「果たしてそうかな? 案外そうでもないかもしれんぞ」
「戯れ言、を」
ナハトヴァールが、踏み込み俺の呼吸の隙をつこうとしてくる。今までは無理やりにナハトヴァールに呼吸合わせていたため、生じる筈のなかった俺の呼吸の隙。
思考が、冴え渡る。
「今なら、見える」
意識の間に割り込んでくるナハトヴァールの攻撃をかわして、反対にナハトヴァールの呼吸に割り込む。魔法を使う隙など与えない。ただただ、
蠢く黒も、意識の外からの全て今は見える、聴こえる、感じ取れる。その全てに、意識を割いて、そして反撃まで行える。
「何故」
蠢く黒を躱す。
「何故っ!」
蠢く黒を拳で弾く。
「何故
ナハトヴァールが理解できないといった風に、吼えて黒腕の魔力を限界まで収束した。
「───其処だ」
色は収束密度の高さ故に何時もの黒よりもさらに黒く、光全てを吸い込む夜闇の如き色となる。
明らかに今までの攻撃よりは高い殺傷力。そして、人一人を殺すにはあまりにも過剰な魔力量。感情を表に出したことにより生じた、ナハトヴァール、初めての意識の揺らぎ。
今まで見えなかった、意識の隙が見える。
「ガイスト──」
「寸勁」
ナハトヴァールの黒腕が魔力を放出するよりも早く、震脚と活歩を併用した歩法で踏み込み、腹部へと手を添えた。間があってはシールドを張られるかもしれない、故にその空間を無くしてしまう。
足首から始まり全て関節を通して捻りを加えながら勢いを加速させ、手まで行き着く頃には数倍に膨れ上がった衝撃を一気に解き放つ。
「──がはっ」
手首が押し込まれ、ナハトヴァールの腹部に大きくめり込んだ。めし、と小さく音が響いて、手の中に何か機械的なパーツと人間らしい骨の感触が伝わった。
更に追撃の冲垂を放とうとしたが、ナハトヴァールは魔力放出をしながら俺の目の前から消えるようにして、大きく距離をとった。
「何故、毛細魔力回路が、無いのに、僕と戦える。僕と、競える、技術が、上がっている」
「馬鹿め、そんなもの毛細魔力回路が
ふ、と腹部を抑えているナハトヴァールに笑みを見せる。
以前、『拳聖』レイ・タンドラは俺に対して、こういった。
──雑念があるぞ、エデル。
─自分ではわからんだけじゃよ
──お前さんたちは其れが普通だと思い込んどるんじゃから仕方ない
雑念。その時の俺には分からなかった。今の状態が、
毛細魔力回路に魔力を流し込む、その時に走る不快感こそが、雑念だった。
──────
「純粋な魔力は身体にとっては異物ですから、毛細魔力回路に魔力を走らせるだけで非常に強い不快感を感じます」
「魔力を走らせるっつー初歩的な行為にいちいち不快感を感じてたら戦いにならねえ。毛細魔力回路もちはそういう不快感を
最もその不快感を普通と感じるようになろうと完璧に意識しなくなるわけでは無い。
やはり何処かで無意識的に毛細魔力回路を気にしてしまうのだが。
──────
鍛え上げられた武術に潜む魔力を走らせることへの不快感。それが本来の技術の足を引っ張っていた。しかし、『エデル』にとっては、その戦い方しかなかった。それだけが初代から連綿と伝えられてきた戦闘法で、生まれた時からあったものを、異常だと感じる術はなかった。
だが、俺の──シリウスとして戦って、漸く枷が外れた。
今までの戦いを支えてくれていた毛細魔力回路が、最大の足枷だったとはなんという皮肉か。
ゆらり、とナハトヴァールが立ち上がる。
「負け、る……? 勝て、ない……? 僕が……? 夜天の端末たる、当機が……? 許、せない……? 終わっては、ならない……!」
そして焦点の合わない瞳でぶつぶつと呟くナハトヴァールの腹部の傷が、じゅくじゅくと熱を放ちながら修復されていく。それはまるで映像を逆再生するかのようで、渾身の寸勁による傷が跡形もなく消えていく。
「ふむ、自動修復までついているのか。いやはや、技術では並べても機能の面では敵わぬか」
思わずいつものように頭に手を伸ばして、ズキンと胸から肩にかけて痛みが走った。どうやらファビアがある程度塞いだくれた傷が開き始めたらしかった。
あいも変わらず、ナハトヴァールとの長期戦は不利だと判断する。
腰を下ろして構えを取ろうとして、突如ナハトヴァールの首だけが俺の方を向いた。その夜空のようだった瞳は黒々と染まって底知れぬ狂気と、殺意を滲ませている。
「……ヴィルフリッドの顔で其れはあまり頂けないな」
思わず瞳を細める。
「えでるえでるえでるえでるえでるえでるえでるえでるえでるえでるえでるえでるえでるえでる────」
ナハトヴァールが黒いオーラをその身に纏った。先程までの放出とは桁違いの、その身を滅ぼさんばかりの、異常な出力の強化が行われていることが肌を通して伝わってくる。
「────ここで、絶対に、殺す」
ふ、とナハトヴァールの姿が消える。
雑念が消えて、研ぎ澄まされた俺でさえも追いきれない高速移動。
瞬時に聴勁を発動してナハトヴァールの姿を感じ取り、そこにカウンターを叩き込んだが、ナハトヴァールはそれを避ける動作すら見せず、シールドを張って防御する。
先ほどの寸勁に近い威力の一撃が、シールドに炸裂し余すことなく浸透し、シールドを砕くことだけを行い霧散した。
またこれか、と舌打ちしそうになって、ナハトヴァールの目が見える。
「消えろ」
ぞぶり、と周囲の黒が蠢いた。
「────!」
何か嫌な予感がしてすぐに飛び退いたが、戦闘服の裾が黒に触れてしまい────
「なァ、嘘みたいな状況だな」
ぞぶり、ぞぶり、とナハトヴァールの黒があたりの光を飲み込んでいく。あれはナハトヴァールの強化をした時の余剰魔力が漏れ出しているのだと推理していたのだが、どうやら違ったらしい。
アレは俺の推理が正しければ────
「全部、高密度収束イレイザーってわけか」
触れたら最後、自分の体を抉るどころか消しとばしてみせるだろう。そして、あの威力のイレイザーに防御魔法は効かないし、イレイザーを抜けれたところで自分の拳の勢いを完璧に殺してしまえる高硬度シールド。
そして、傷を瞬時に治してしまう因果の逆転にも見える再生機能に、自分と同等の格闘技術。
つまり、今のナハトヴァールを
「エデルゥゥゥゥゥウッ!」
「…………これは、少しいかんな」
ナハトヴァールが、蠢くイレイザーを纏ってこちらに向かってくる。
今、俺にイレイザーに対抗する手段は、ない。
エデル──、いや今はなんと呼べばいいかわからない彼の元にナハトヴァールが向かっていった。
その体には高密度のイレイザーが纏われていてきっと彼の防護服では防ぎきれず消し飛んでしまうだろう。
「ファビア、さん、大丈夫、なの……?」
「…………わからない」
心配そうなヴィヴィオに見つめられても私はそうとしか答えられない。
負けないとは信じてる。
でも、今の私には彼が勝つ道筋は見えない。彼が勝つには、あのイレイザーを押しとどめる必要があるが、私の知っている限り『エデル』にそんな魔法を使えるポテンシャルはない。
だから、今はエデルの体の中の使い魔を通して強化魔法を施すしかできない。
これ以上の手助けができない現状に密かに唇を噛む。
「なあ、
いつのまにか隣には血だらけのアインハルトを背負ったエレミアが立っていた。血だらけのアインハルトに比べれば負傷は軽く見えるが、ナハトヴァールに蹴られた脇腹を苦しげに抑えている。
「私に何でも聞かないで、死にかけはおとなしくしてた方がいい」
「エデルの勝てる可能性どんくらい?」
「だからエレミア…………!」
「ええから」
エレミアは怪我人。恐らく肋骨は折れて下手すれば内臓器官に刺さってる可能性もある。下手に死なれたら寝覚めが悪いからそう言ったのだが、脳筋のエレミアには伝わらなかったらしい。
はあ、と溜息をついた。
「あの高密度のイレイザーのせいでエデルは避けるしかないみたいだし、かといってイレイザーの所為で攻撃にも転じれない。正直、かなり厳しいと思うよ」
「あの、イレイザーってどうやったら防げるんですか。もしあるならエデルも何とかできるんじゃ」
私の腕の中でヴィヴィオが、そう言ったがエレミアは沈んだ様な表情を浮かべたまま何も言わない。たぶん、私もおんなじ様な顔をしていた。
「イレイザーを止めるには、高密度圧縮した魔力を纏うのが普通。でも、彼にはそんな魔力あるはずも無い」
「じゃ、じゃあ他にはないんですか?!」
「他には…………」
一つ、ある。が、それはあまりにも現実的ではない。
私が言い淀んでいるとエレミアがアインハルトを優しく地面におろした。
「もう一つ、あるやろ。イレイザー対策」
「ジークさん、それって一体?」
「超簡単やで? おんなじイレイザーをぶつけたるんや」
「イレイザーを?」
「そ。超簡単やろ?」
「でも、そんなの彼には使えない。そんな魔法を維持できる魔力は彼にはない」
「そう、そこで
とん、とエレミアが私の背中に手を触れた。背中にエレミアの鉄腕のゴツゴツと固い感触が伝わり、そこを起点に魔法陣が展開されたのを感じた。
「
飄々と、事もなさげにエレミアが言った。
「それは、確かに出来るけど……」
思わず言い淀んでしまう。
送ったはいいが、エデルが使えないという可能性もある。魔力の大本は私やエレミアが肩代わりできても、それでも最初の炎を灯すのは彼の魔力がいる。
彼の魔力に適性が無ければ送った魔法式は無駄に終わる可能性だってある。
「……彼が使えるかはわからないよ」
「ならどの道みんな揃ってお陀仏や。
エレミアが私を見つめる。決して、私から目をそらそうとはしない。
「本気?」
「うん、本気やで。本気でよーく考えた上で、決めた」
「私を通してって事は、私に『鉄腕』の魔法式、バレちゃうよ。それでもいいの?」
私を通してエデルに『鉄腕』を送るという事は、即ち私に術式を見られてその構成法を知られてしまうという事だ。
それは今まで『黒のエレミア』一族が培ってきた、最大の秘匿たる『鉄腕』の秘密を他人に知られるという事だ。間違いなく、『エレミア』としては、行ってはならないことのはずだった。
「
そして、エレミアは私の問いかけにほとんど迷うことなくそう答えた。
なら、私も出来ることをしよう。
「エレミア、今から
「頼むで、ファビア」
「ジーク、別に貴女の為じゃないから」
「なんちゅう、テンプレな台詞……」
くすり、と背中でジークが笑うのが聞こえた。それに少し苛立ったが、無理やり無視して、使い魔を通した彼とのラインを意識する。
「準備できたで、ファビア!」
「魔力ライン、形成っ! ジーク、今魔法使って!」
背後で黒の魔法陣が大きさを増して展開されて、そこからジークの魔力と構成式が流れ込んでくる。
「────鉄腕、解放ッ!」
エレミアの『鉄腕』が、魔力ラインを通って彼に伝わって行く。
私と、ジークの思いを乗せて。
「エデル! エデル! エデルゥ!」
「随分と情熱的だな! ナハトヴァール!」
轟、と黒腕が暴風のごとく荒れ狂う。今まで拳で弾けたそれも今ではイレイザーの所為でそうもいかない。ただ、ひたすらにかわすしかない。
「鉄腕、充填。剣群形成、固定──」
ナハトヴァールが周囲に纏う黒い魔力から無数の剣が形作られる。そして、その漆黒の剣は、その全てが俺へと剣先が向いている。
「────射出!」
今までのように零距離で魔法を使わせないようにする戦法はもう使えない。
今は避けるしか、ない。
ごう、と辺りの空気を削りながら、視界を埋め尽くして飛ぶ剣に対処して行く。それは一つでも当たれば俺の体は消し飛ぶし、傷ついたアインハルト達に流れ弾をやるわけにもいかない。
故に、聴勁を併用しながら視界の剣をかわしていく。だから、視界外の攻撃に、対応できなかった。
突如、足元が崩れ、一本の漆黒の剣が飛び出してきた。
ナハトヴァールが地面を通して自分に撃ったものだと気づいたところで、もう遅い。既に回避する暇はないほど近づかれてしまった。
イレイザーのせいで防御は意味をなさず、ただ向かってくるのを見つめることしかできない。
「────鉄腕、解放ッ!」
その刹那、遠くで、ジークの声が聞こえた。そして、体の中に熱いものが流れ込んでくる。
例えるならば、炎。身を焦がすような、想いの光と圧倒的な熱量。それが、ファビアとの魔力ラインを通して俺の胸の中心へと現れて、リンカーコアから魔力を吸い上げて燃え始める。
俺の腕を、紅と黒が混じった色合いの光が包んだ。
「エデル!
何が何だか分からない。ただこれが、ジークの想いで、それを今俺が使うべきだということは確かにわかった。
「──破ッ!」
俺に肉薄していた剣に向けて無我夢中で拳を振るい、そして、俺の拳が剣を
鉄のような強度の剣が弾かれて、ナハトヴァールに返って行く。剣はそのままナハトヴァールの周囲の黒に巻き込まれて空気に解けるようにして消えていった。
拳を、見つめる。ジークの何時もの黒い籠手に、紅の色が混ざったような、そんな魔力を纏った拳。
その感覚に、確かな覚えが、ある。
「……これは老師やアインハルトと戦った時の、魔力の感じ。嗚呼、成る程そういうことか」
何度か感じたことがあった。魔力を収束した時、本気で一心不乱に魔力を練り上げた時、極々偶に相手の魔力を消し飛ばす一撃が撃てることがあった。
アレは、
エレミア一族由来の、黒い鉄腕の力。
ならば、その力の根源はどこにあったのか。その疑問も自然と答えが出る。
初代のエデルはエレミア一族ではない。当たり前だ、彼は只の暗殺者の道具だったのだから。ならば、
ヴィリフリッド・エレミアの夫であるエデルの子ども、二代目の『エデル』はどうだったのか。そう、当然の如くイレイザーの魔法適性を持っていたはずだ。
此れは、かつてのエデルの、置き土産。『八極拳』を使っていては永遠に分からなかった、誰も知らない『エデル』という血に眠っていた、魔法の力。
「それは、『鉄腕』なの、か……?」
「ふ、そうさなぁ、『鉄腕魔拳』とでも、呼んでおくか?」
にやり、と唇の端を吊り上げて笑う。
これなら、戦える。
ナハトヴァールのイレイザーに臆する事なく殴り合い、そして打ち勝てる拳になる。
瞬時に震脚を行い自分の中にエネルギーを取り込み、それを伝達しながら高速で踏み込んで行く。
一歩。それで、己の中の最高速に至り、エネルギーを捻りを加えて加速して行く。これこそが、誇り。これこそが、力。これこそが、我が誓い。
「──无二打ッ!」
そして、全力での拳撃を放った。今まではイレイザーに消しとばされるため放てなかった攻撃を、今はジークが託してくれた鉄腕が補助して、消滅の性質を宿した黒い魔力を押しとどめる。
最高速の无二打。其れをナハトヴァールは、出現させた高硬度のシールドで防ごうとして、『鉄腕』の紅と黒が跡形もなく貫いてみせる。
「──な、に」
「
ズ、と『鉄腕魔拳』がナハトヴァールの胸に炸裂した。足首から伝達され、加速を加えながら膨れ上がった衝撃がナハトヴァールの胸の中央に存在する
ナハトヴァールは吹き飛び、血反吐を吐きながらも瞬時に回復して受け身を取ってみせた。その瞳には未だ戦闘の意思があり、まだ死んでいないということをありありと伝えてくる。
「……今のは、俺の中では最強の一撃だったんだがな」
「なら、お前は、力不足。あれくらいじゃ、僕は、当機は、死なないッ!」
「……じゃあ、もう一踏ん張りしないとな」
ナハトヴァールが踏み込み、加速。エレミアン・クラッツ、その他奪い取った技術、魔力放出を使って爆発的な加速を実現した。
今までの攻撃ではナハトヴァールには通用しない。八極拳では足りない。じっくりとナハトヴァールへの対策を考える時間もない。
今までの数多くの戦闘経験それを持って得た技術を応用して、この土壇場でナハトヴァールに通用するレベルの、无二打を超える一撃を作り出すしかないのだ。
しかし、俺にそんなこと出来るのか。
自分は、非才だった。瞬時に対応できぬ故に、鍛錬を積んで、ひたすらに戦闘経験を重ねてきたのだ。そんな俺が、今突然技を──
────エデル。
それは、エデルにとっては、クラウスだったのかもしれないが、今は、俺は、アインハルトの声が届いた。
頭の中に、最後のアインハルトとの試合が過った。
あの時、アインハルトは、一体どうしていたか。
「嗚呼、そうか、その手があったか」
自然と、口からその言葉が溢れた。あの時、最後拳をぶつけた時、アインハルトは俺の構えを基に、『断空拳』を次のステージに進めてみせた。
ならば、
弟子にできた事が、師匠にできぬ道理はない。
なら、アインハルトが出来たことは、俺だって出来るはずなのだから。
すう、と息を吸い込んで頭の中の、毛細魔力回路が消滅したせいで消えかけているエデルの記憶へと、接続を始める。
そして、体に薄っすらと残る魔力を掻き集め、一つの魔法陣を組み始める。
そこで、ナハトヴァールが加速しながらこちらに向かってくる。その腕にはどこまでも闇を思わせる黒色が包み込んでおり、奴もまた全力を以て俺を殺しにきている。
向かってくるナハトヴァールから目を離さず、小さく息を吐いた。
まだだ、まだ時間がかかる。本来
だが、間に合わない。既に、漆黒の影は俺に肉薄しており、俺が拳を放つよりも早く、俺の命を刈り取ろうとしている。
「
黒が、走った。
自分を殺して尚充分な威力を持つ、その拳が。
斯くなる上は一度魔法陣を取り消し────いや、もう俺にはもう一度魔法陣を組める程の魔力はない。
此れが、最後なのだ。最後の、チャンスなのだ。そんな、混ぜこぜになって混乱した思考に、一つの声が滑り込んだ。
────信じて、エデル。
「ああ、信じるさヴィヴィオ」
そして、黒が振るわれて、その直前で
ナハトヴァールの黒が、ヴィヴィオの
「これ、は、まさか聖王の……!」
「履き違えるな、此れはヴィヴィオの努力だ、ナハトヴァールよ」
「努力、だと────くっ、これはバインド?!」
そして、ナハトヴァールの体が虹色の鎖で地面に繋ぎとめられた。
「本当に、感謝する。ヴィヴィオ、ファビア、ジーク、アインハルト。お前達がいなければ、ここまでは辿り着けなかった」
そこまで手を借りて、ついに、魔法式の構築が完成する。
「さァ、
ズ、と地面を強く踏み込んだ。俺の足を起点として蜘蛛の巣状の亀裂が走り、辺りに粉塵を舞い上げた。
普通は、先程までのところで終わる、しかし今回はそこから更に、技を混ぜ合わせる。
紅の、三角形の魔法陣が展開する。
足元から勢いを加速して行く中で同時に残り少ない魔力を混ぜ合わせ、勢いを同時に
突如巻き起こった旋風に、ナハトヴァールが目を見開いた。
「これ、は、断空、拳……!」
そう、出した答えは、内部から破壊する『无二打』と、外部を破壊する『断空拳』を同時に使うということ。
「さァ、受けてもらうぞナハトヴァール。俺の、俺たちの一撃をッ!」
全てを終わらせ、
俺の、俺たちの
「────
ナハトヴァールが、シールドを張る。しかし、鉄腕が、それを跡形もなく消し飛ばす。
そして、断空が、魔拳が、無防備なナハトヴァールに炸裂した。
「終わった…………」
ジークがぽつり、と呟いた。それに対して誰も何も言わない。だが、それは全員の心に共有されていた。
それ程に、鮮烈な最後の一撃だった。
「これで、終わったんですか……」
ヴィヴィオが恐る恐るといった様子でファビアとジークに答えを求めるつもりで尋ねた。すると、その返答は意外なところから飛んできた。
「いいえ、違いますよ、ヴィヴィオさん。これから、終わるんです」
「アインハルトさんっ? 立っちゃダメです、早く安静にしなきゃ──」
「ダメです、ヴィヴィオさん、私には、私達には義務があります」
アインハルトが血まみれの体を引きずりながら、必死に歩き始める。
「ナハトヴァールの最後を、私達は見なければ、ならないのですから」
そして、体をまた動かそうとして、限界を迎えたのか崩れ落ちて、地面に膝をつく前に誰かに抱きかかえられた。
「…………はあ、遅かった……いや、ギリギリ間に合った事になるんかな?」
「あな、たは……」
赤髪の少年が、吹き飛ばしたナハトヴァールの下まで向かう。既にその体は疲労と負傷で、気を抜けば今すぐ崩れ落ちそうだったが、それでも足を止めない。
そして、少年渾身の『断空・極』を食らって尚、ナハトヴァールは体を動かそうとしていた。
「…………核砕かれても、まだ動くか。大したもんだよ、本当に」
しかし、その体は最早限界を迎えていることは火を見るよりも明らかだった。あれ程あった魔力も今やほとんど散っており、負傷の治癒も全く始まろうとしていない。
そしてなにより、生命としての気配が時間を経るごとに減っているのがありありとわかった。
「僕、当機、は……、王、のため、に……聖王、覇王が……いや、だ……廃棄、は……」
ナハトヴァールが、ずりずりと体を引きずる。そして、立ち上がろうと足に力を込めて、すぐに耐えきれなかったように崩れ落ちた。
ナハトヴァールの体から機会が軋むような、そんな音が聞こえてくる。
「当機は、その為に……いまご、ろ……死んで……王、王、王、王王王ッ! 当機は、あなたに……」
そして、また立ち上がろうとして、崩れ落ちる。
いっそ、哀れにすら感じる。そんな状態。しかし、もうすぐ此れは機能を停止する。ならば、殺さなければ。
それが、リッドとの、エデルとの約束だ。
もう鉄腕が解けてただの拳となった右腕を振り上げた。
「許せ、ナハトヴァール」
そして、眼前のぼろぼろのナハトヴァールに拳を振り下ろそうとして、直前で誰かに掴み止められた。
「あかんよ、エデル。殺しは、あかん」
「八神、はやて……」
振り返ると、そこには騎士甲冑姿で、手に金色の騎士杖を握った八神はやての姿があった。その表情はひどく優しげで、同時に悲しさも含んでいた。
少年が見れば、その背後にはアインハルトをはじめとした少女達もいた。
「ここは、私に任せて欲しい。子どもがやる事やあらへん」
「しかし、俺には……」
「お願いや、エデル」
八神はやてが真剣な表情で少年を見つめた。しばらく二人は無言で見つめあっていたが、やがて少年は根負けしたように拳を下ろした。
「任せる。だが、彼奴、もう長くないぞ」
「ん、それもわかっとるよ」
八神はやては小さく頷くと、エデルの手を離して夜天の書を伴ってナハトヴァールの下まで歩いていく。すると、ナハトヴァールは、突如現れた存在に驚いたように体を震わせた。
「王、夜天の王よ……、そこにいる、のですか……」
「ああ、おるよ。私が……夜天の主や。ナハトヴァール」
「嗚呼、嗚呼、嗚呼、王、よ。また、巡り会える、とは……、当機は、当機は、無様に生き残り、それでもあなたに……」
ナハトヴァールが歓喜に咽ぶように八神はやてに話しかける。もはや、その聴覚も視覚も満足には機能しておらず、当時の『夜天の書』の主『騎士王』とよく似た魔力の気配だけを頼りに動いていた。
「ナハトヴァール、あなたは罪を犯してきた。数えきれないほどの罪を。それが、例え主の為だとしても」
「王、よ……当機は…………どうすれば、よかったのでしょう…………」
「休めば良かったんよ。疲れたなら、仕えるべき主人がいなかったなら」
「休、めば……良かった……………」
ナハトヴァールの瞳から生気が失われていく。
八神はやてが騎士杖を片手で持ち、その切っ先をナハトヴァールの肩に乗せた。そして、そこを基点に白い魔法陣を展開した。
かつて、八神はやてにとって大切な人を見送った物と同じ魔法陣を、展開する。
「ナハトヴァール、夜天の書の主が、命じます。あなたの全ての任を解き、休みなさい」
「やす、む……、任を解く……」
ナハトヴァールの体から白い粒子が立ち上る。まるで、それは雪のように。
「ああ、王よ、当機は…………」
そして、ナハトヴァールが消えていく。体から次々に白い粒が立ち上り、そこに無数の色の粒も混ざり始める。
「これは、今までナハトヴァールに捕食された……」
アインハルトがヴィヴィオに肩を貸してもらいながら、立ち上る光の粒に想いを馳せる。
ナハトヴァールという核を失って、今まで捕食された人間、収集されたリンカーコアも共に消えている。
一体、どれ程の人々が犠牲になってきたのだろうか。もはや、知るすべは無い。
ナハトヴァールがもう目に見えないほど薄くなり、そして最後に、黒い粒を立ち上らせた。その粒はふわふわと辺りを漂い、少年の手の中に収まり、ぱきん、と小さな音を立てて消えた。
「さよなら、ナハトヴァール」
八神はやてははそう言って、空を見上げた。
そして、少年は拳を握り、何かを偲ぶように静かに目を閉じた。
こうして、長いナハトヴァールとの因縁は終わりを迎えた。
子どもたちに、様々な影響を残して。
誰もいない世界。
そこで、毛細魔力回路に宿っていた初代エデルが一人で立っていた。
「もう、行かなければならぬ、か……」
何かが彼を呼んでいた。きっとそれは子孫の体に魂の一部を埋め込んで生きながらえた彼を呼ぶ、神とか、そういった存在だということを何となく理解する。
「彼女との約束の為に、無様に、しがみついた。でも、それも今日で終わりだ」
全てを託して、死ななければならない。それが普通で、それが当たり前だ。遍く人々に与えられた、自分の人生の分しか生きられないという当たり前。
彼は、ほうと小さく息をついた。
「もし、奴がリッドを解放してくれたら天国で…………いや、それは無いか。オレが天国など、片腹痛いか」
自分はあまりにも多くの人を殺しすぎた、と自嘲気味に笑う。
そして、誰かの声がする方に踏み出そうとする。
────エデル
声が、聞こえた。
「え……」
ずっと聞きたかった、でも聞けなかった。
彼を人にした、最愛の人の声。
────頑張って、くれてたんだね。僕を、解放するために。
────ありがとう
彼が、振り返る。
そこには、たしかに彼を人にした人物がはにかむような笑顔を浮かべて立っていた。
「…………………リッド」
ぽつり、と彼が呟くと、黒髪の女性は楽しそうに笑った。
す、と女性が彼へと手を伸ばす。
「さ、行こうか、エデル」
彼は、彼女を暫く見つめて、やがてゆっくりと手を伸ばした。
「お前となら何処へだって行くさ、リッド」
そして、二人で手を繋いで、光の中へと、踏み出した。
いやー、疲れた〜。
タイトルのルールが変わったのはシリウスという主人公の心構え、というか名前というか、在り方の変化に応じてです。
いやー、これをずーーーっとやりたかったんすよね!
別れのシーンは、Snow RainをBGMで書きましたね。アレはリインフォースとはやての曲なんすけど、私はいい曲だと思います。
次回エピローグと同時かすぐ後くらいにあとがきも投稿します。そこでもろもろ話す予定なのでもし質問とか理解できなかったことある人は、活動報告にでも投げといたらあとがきでまとめて答えますねー。
私の更新の方が早かったら答えれませんので悪しからず。
いいか! 次で! 最終回! だかんね!