其の八極に   作:世嗣

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かの時代はもはや遠く、
経た年月の分だけ闇は深まっていく。




激闘観戦

 

 

『──■■ル!■だけ■も逃■てくれ!』

 

そんなことは出来ない。其方がオレにとってどんな存在かわかっているのだろう。

 

『私は、■■人■を後悔■■な■んで■』

 

嘘をつくな。あの涙まで嘘だったと貴様はそういうのか。

 

『■■■も、私の■と■んとも思っ■な■■だよね』

 

違う。そうではない。自分は言葉が足りないから。普通に生きてこれなかったオレは自分を其方に説明できない。言葉が足りない。

 

 

『■■■、僕は■を■■ら■■■■る』

 

 

 

「待て!」

 

ガバッと体を起こした。息は荒くはあはあと酸素を求めてあがき続ける。

森林の涼やかな風が汗に濡れた自分の頬を撫でた。

 

「────夢、であったか」

 

額に張り付いた前髪を払い、息を落ち着けるため大きく深呼吸をして、空を見上げる。頭上の太陽へと手を伸ばす。燦々と輝く太陽はすっぽりと手の中に隠れ、手のひらの形の影を落とす。

 

「久しいな、オレの夢を見るのは」

 

伸ばした手を掴む。

 

当然のように、手の中には何もつかめてはいなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「あ、こっちですよー!」

 

遠くでぶんぶんと手を振るミウラを見つけて少し足を速める。

 

「久しいな、ミウラ。壮健であったか?」

「はい!元気です!」

 

ぐっと拳を握るミウラの瞳はらんらんと炎が瞬き、やる気が溢れていることが見て取れる。

 

「今日は応援に来てくれてありがとうございます、常連さん!」

「鍛錬以外特にすることも無いのでな。今日は目いっぱい応援させてもらう」

 

ミウラのくせっ毛を撫でる。撫でられたミウラは猫のように目を細め僅かな笑みを浮かべた。その姿に犬のようにぶんぶんと動く尻尾を幻視する。

 

「じゃあ、ボクがんばりますね!ボクの試合は……」

 

ミウラが自分に試合のタイムスケジュールを手渡して自分の試合を教えてくれた。

 

「──こんな感じですけどわかりましたか?」

 

ミウラが首を傾けて自分に問うた。

 

「概ね理解した。説明感謝する」

 

実はイマイチよくわからなかったが会場さえあっていればいつかミウラの試合があるだろう。

 

「じゃあ、ボクは師匠たちとアップしてくるので失礼します」

「うむ。アップは大切だ存分にしてくるといい」

 

はい!と笑って去っていくミウラの背中に手を振りながら見送る。

 

インターミドルチャンピオンシップ。それが今日自分がミウラの観戦に来た大会の名称だ。

なんでもD(ディメンジョン)S(スポーツ)A(アクティビティ)A(アソシエイション)という団体、直訳すれば、次元世界競技スポーツ運営団体となる、が開催しているもの、らしい。体格による階級の区別はなく、武器の制限も無い。魔法ももちろん制限なしの、詰まる所()()()()()の大会。上位の入賞者はそのままプロ格闘家になる者も少なく無い数存在し、管理局などへの就職ルートも開ける、らしい。

 

先ほどかららしい、らしいと続くのは全部ミウラのくれた大会スケジュールに書いてあることを読んだだけだからだ。あいにく自分は文字が読めるだけで大した教養は無い。

 

くあ、とあくびをかみ殺す。

自分にとって戦いとは殺し合いで、命を削るものだ。だから、スポーツとしての戦いなど正直言って其れほど心踊らない。

もちろん平和な現代にはそぐわない愚かな考えだとわかっている。しかし、それでも自分は戦いを()()()()()()()()()()()()()()。きっとそれは自分の(さが)なのだと思う。()()を目指すと決めた自分はもう二度と戦いをそれ以外のものとしては見れないし、見るつもりも無いだろう。

 

「ミウラの晴れ試合だ。観戦くらいはさせて貰うさ」

 

再び湧き出た止むことの無い欠伸を噛み殺してぼんやりと会場へと足を進めていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

ジークリンデ・エレミアは次元世界最強の10代女子である。

 

彼女の身には『神髄』と呼ばれる先祖からの呪い(ギフト)がある。

エレミアの家系は代々己の戦闘経験を遺伝子に刻み続ける一族である。

戦闘が彼らの意義で、使命である。それ以外はすべておまけに過ぎず、誰にもそれ以外を求められもしない。

そんな行為を続け、代を重ね、気付けば経った年数は凡そ()()

齢が二十にも及ばないジークにとってはあまりに長すぎる年月。単純計算でジークの生きた年数の五百倍以上、エレミアという一族は戦い続けてきた。

 

時には戦士として、時には師として、罪人として、英雄として、旅人として、傭兵として、無名として、妻として、夫として、兄として、弟として、姉として、妹として、息子として、娘として、正義として、悪として、戦場で、森で、山で、海で、砂漠で、城で、時には悪魔とすら呼ばれながらも。

唯ひたすらに『鉄腕』を振るった。

 

初代エレミアが何を思い、子孫に脈々と戦闘経験を継いでいくと決めたのかなどジークにはわからない。彼女に継がれているのは『経験』のみであるのだからその『経験』の持ち主が何を思い、成したのかは分からないのだ。

 

もしかしたら自分の友たちは神髄(これ)を『先祖のくれたギフト』『能力の一つ』、そう言ってくれるかもしれない。

 

だが、他でも無いジークにとって神髄(これ)は、決して解けぬ、自らでは御せぬ、重い、重い外せぬ鎖であった。

 

もし、何も関わりの無い他人がこのジークの神髄に対する思いを聞けば、こう表すことだろう。

 

 

────呪い、と。

 

 

「────はぁ」

 

広いドームの中に黒いジャージ姿の少女のため息が吸い込まれる。彼女こそがジークリンデ・エレミア。今代の『エレミア』で次元世界最強の10代女子である。

 

今彼女の頭を占拠するのは本日から始まるインターミドルの事でもなければ、自分が元チャンピオンだとばれない事でもなく、もちろん買ったポップコーンを友人に見つかるかもという不安でもなく、ある一人の少年だった。

 

何も恋する少女のように四六時中彼の事を考えているわけではなく、ふとした時に浮かぶのだ。

自分が名を名乗った時の驚きの表情とその後の「何でも無い」と言って悲しそうに笑ってはぐらかす、ちぐはぐな態度の彼の態度が。

 

(真っ赤な髪に、猛禽見たいな鋭い瞳。服は真っ赤なパーカーで……、そうそうあそこにいる人みたい、な……?)

 

「え、あれって、エデル……」

 

ジークの視線の先、観客席の最前列で足を組んでぼんやりと暇そうに試合を眺めてる赤髪の少年。乱雑に切り揃えられた髪は白い布で一つに縛ってある。

その姿はジークに突然襲いかかり拳を交え、最後には名を名乗りあった少年と同じだった。

 

手が震える。両手で抱いたポップコーンがカタカタと揺れる。

緊張、している。何故か試合に臨む時よりも、ずっと。

ゆっくりと足を進める。赤髪の少年との距離はあと三歩ほどであり、手を伸ばせば届く距離にいる。

肩を叩こうと伸ばした手が宙をさまよい、ジークの心の迷いをありありと伝えていた。

心の深い部分。自分でさえ知覚できない深い場所の何かが心を迷わせていた。それは、しばしば彼女に訪れる『神髄』発動の前触れに似ているような気がした。自分でない自分が記憶を求め叫ぶ、千年の時を経た『エレミア』の呪いがそんな錯覚をジークに与えるのかもしれなかった。

 

ふわりと伸ばした手が落ちていく。そもそも、人見知りの自分にはハードルが高かったのだ、と言い聞かせる。

ふう、と人しれずため息を吐いたのと同時に、落ちていく手を包み込む感触がした。

 

「──へ?」

「何時までもうじうじうじうじと面倒くさい。何でも良いから声を掛ければよかろう」

 

ぐいっと手が引き寄せられ赤髪の少年の横に強引に座らせられる。ふらついた拍子にポップコーンが溢れそうになったが、そこは持ち前の運動神経でカバー。

 

「え、えええ、エデル、何でここに」

「知り合いが試合に出ていてな、観戦だ。簡単に言うと」

「──へぇ」

 

エデルが眠たげな眼をこすりくあ、と大きな欠伸を噛み殺した。

 

「久しいな、エレミア。壮健であったか」

「ジークでええっていっとるやん。うん、体調は万全や」

「はは、すまんなエレミア」

「だからジーク……!もうええよ……好きに呼び」

 

はっはっは、と隣で高笑いをするエデルにジークは拗ねたようにポップコーンを頬張る。ジークは友人などの間では少々いじられポジションに甘んじてる場合が多い。それはこの少年との場合でも変わらないようだった。

 

「そういう君はいきなり人に殴りかかったりしとらん?」

 

フードから顔が見えていないかを気にしながら首をかしげる。

 

「していないさ。アレは特殊な事例だった。というか、そういうエレミアは何故此処に?」

 

心底不思議そうにエデルが首をかしげる。それはもう、首を九十度に曲げそうな勢いで。

 

「え、それ本気でいっとる……?」

 

エデルに問い返してみたが、無表情で首をさらにかしげられるだけだった。

 

(ま、前世間のことはわからん、()うとったけど、此処までとは……)

 

言うまでもなく、ジークリンデ・エレミアは次元世界最強の10代女子である。

優勝当時、ジークリンデは14歳。その幼さに連日ニュースでは取り上げられたし、その業界では知らなければモグリだ。

ジーク自身あまりメディア露出は好まなかったため写真はそれほど出回っていないが、名前だけでも聞いたことのある人などわんさといるだろう。

ジークは前手合わせした強さから何処かで本格的に格闘技を学んでいたのでは、と考えていたが、間違いだったのだろうか。

 

「試合しに来たんやよ。(ウチ)の強さは知っとるやろ」

「ふむふむ、成る程得心いった。というか考えればわかることであったな」

 

含むように微笑むとまた眠たげな眼をこすった。エデルの笑いのツボは何処かズレている気がするのは気のせいか。

 

「────温いな」

「──へ?」

「温い、と言ったのだ。余りにも温くて眠くて仕方ない」

 

もう少し何とかならぬものか、と退屈そうに言うと再び欠伸を噛み殺すエデル。

 

「まあ、でも何人かは興味深い者がいたな」

 

その一瞬だけ眠たげな眼を、何時もの猛禽に変えて、子供が見たら泣き出しそうな凶悪な笑みを浮かべた。

そのエデルのあまりの物騒さに苦笑いが漏れた。

この脳筋はインターミドルに何を求めてやってきているのだろう。

 

「そ、そういえば!知り合いってどんな選手なん?!(ウチ)としては君に応援に来るような相手がおることが意外やったんやけど!」

 

ジークがそういうとむ、と少し唇を歪めたが直ぐに返答してくれた。

 

「とても、幼い。幼いが……」

 

────強いぞ。

 

「────へえ」

 

その言葉を聞いた途端僅かに胸が震えた。

別に同年代よりは比較的大きな胸部を誇っている訳でなく、内面の心の部分が沸き立ったという意味だ。

 

本気でなかったと言え次元世界最強の10代女子(ジークリンデ・エレミア)と対等に殴り合う少年が()()と称する相手がどんな相手か気になったのだ。

 

「名は、ミウラ──」

「ジーク、久しぶりね」

「ヴィクター?!」

「また、貴方はフードを深くかぶって。見えにくいでしょう?」

「目立つの嫌やし……」

 

エデルの言葉を遮るように、唐突にめくられたフードに驚いて振り向けば、其処には旧知の仲である『雷帝』の家系、ヴィクトーリア・ダールグリュンがいた。

 

「貴方はまた、そんなジャンクフードばかり食べて……」

「え、ええっとぉ、これはちがうんよ……」

 

母親に悪さの見つかった子供のように誤魔化すような笑みを浮かべるジーク。

 

「でも、今年は予選が始まる前に…………あら?ジーク、貴方の隣にいた方は……?」

「へ?エデルならそこに──あれっ!?」

 

ヴィクターに言われ隣を見れば、先程までそこにいた少年は忽然と姿を消しており、代わりに残されたのは一枚の紙切れ。

 

「か、『帰る』……。じ、自由すぎると思うんよ……」

 

というか、これ程までに気配を出さず立ち去るとは彼は暗殺者か何かなのだろうか。

 

「ジーク」

「ん、ああヴィクター?ごめんな、なんか帰ったみたいや。ほーんと自由な……ヴィクター?」

 

ジークが笑って紙切れをヴィクターに見せると、ヴィクターはジークが過去見たことのないような表情をしていた。

 

「ヴィク、ター……」

「エデル。彼の名はエデルというのですか?」

「へ?それがなんかしたん?」

「いえ、何でもないわ。少し、気になる名前だったの」

 

ヴィクターが目を細め遠くを見据える。

 

「エデル……、勘違いであってほしいものですが……」

 

その表情にあえて感情を名付けるとすれば、『憤怒』と、そう名付けてもいいかもしれない。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「く、くくく。此処まで一堂に会するとは」

 

試合も佳境に差し掛かり、残り数試合を残すのみとなった。観客は皆、あるカウンターヒッターと小さな拳士との試合に釘付けとなり、自分がいるような廊下にはまばらに人がいるのみ。

 

「しかし、あの魔女娘が表に出てくるとは……、ある意味ハイディよりも驚きだ」

 

ミウラの父から通り魔が管理局に捕まったとは聞いてはいたが、あれほど楽しそうに試合に出ているとは些か驚いた。

 

「エレミアにクロゼルグ、ダールグリュンそして、覇王(ハイディ)

 

ちら、とホログラムの空間ディスプレイに映し出された金髪に翠と紅の瞳の少女を見る。

 

「懐かしい、思い出だ」

 

ふっ、と自嘲気味な笑いがこぼれた。それと同時に少女の蹴りがカウンターヒッターに炸裂し静かに地に沈んだ。

どわっとドームが湧いた。

 

「勝ったか……」

 

ならば自分にこれ以上此処にいる理由はない。

踵を返し立ち去る。

あまり期待はしていなかったが、想像以上に胸滾る試合があった。

 

「手合わせ願いたいものだ」

 

ポケットに手を突っ込む。勝利祝いに後日ミウラにはぱふぇでも奢ってやろう、とそう決めた時、()は起こった。

 

()()()()()()()

 

 

「────むぅ」

 

オレの知識に間違いがないならば、此れは世界隔離型の結界魔法。よく似た異界を作り出し表向きは同じ異世界を作り出すという高難度の魔法。

それを理解した瞬間、周囲を確認、敵の存在を探す。

 

「ベルカの子たちにご執心なのは構へんけど、もうちーっと気配隠しとくべきやったなぁ」

 

一人の女性が歩いてくる。茶髪の髪の、エレミアとよく似た喋り方をする若い女性だ。

オレが叫ぶ。奴は危険だと、自分では敵わない、と。

 

「うふふ、そんな睨まんでくれへんかな。私はただ君と話したいだけなんやけど」

 

目の前の女性にバレないように舌打ちをする。

何が話したいだけだ。ならば、こんな結界など展開しなければいい。戦う気が全開だからこその結界だろう。

 

「結界は保険やって。君に逃げられたくなかったんよ」

「黙れ、この狸」

「──へぇ」

 

三歩で己が最速に至る。魔法を使えば一歩で至る事もできるが、この相手にはその時間すら惜しい。今すぐぶん殴らなければならない。

自分の振るった拳が白い魔法陣に阻まれる。

 

「ベルカの魔法陣……其方魔導騎士だな」

「ご名答。で、正当防衛成立や。ヴィータ」

「オラァァ!」

 

頭上から振るわれた鉄槌を左手で受けて飛び退く。

 

「ヴィータっ!」

「よぉ、久しぶりだな」

 

現れたのは紅の鉄騎、ヴィータ。その瞳に時代を経て変わらぬ闘志を燃やして自分の前に立ち塞がる。

 

「オマエには聞きたい事が山ほどあるけど、今は()()()()()()()()()()を後悔しろよ」

 

ごうん、と振り回される鉄槌に背筋が少し寒くなる。

分が悪い。ヴィータ一人ならばいくらでも殴り会えるが、後ろの女性までいれば満足に戦える自信がない。

何故か分からぬが、オレがそう叫んでいる。

 

(圏境が上手く使えない。結界のせいで魔力の集まりがいつもと違うためか……)

 

斯くなる上は圏境で離脱したいが、どうにも上手くいかない。

たらりとほおを汗が伝った。

 

そんな自分の様子を見て、ヴィータの後ろの女性が、含むような笑みを見せる。

 

「なに、ものだ……!」

「それは私が聞きたいんやけど、仕方ないかぁ」

 

 

「時空管理局所属、八神はやて。君が喜びそうな感じでいうと、『夜天の書』最後の主ってかんじやろか」

 

 

うふ、と八神はやてが、夜天の王が微笑む。

 

「さっ、君の事聞かせてくれへん?」

 

 

 

 

 




夜天の王は其処に立つ。

魔拳がその口を開き、
鮮烈な物語へと交わるのを手助けするため、
魔拳に恐怖を与えながら。
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