其の八極に   作:世嗣

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○ 注意 長めの説明有り。






夜天会話

 

 

そよそよと風に揺れる草が頰をくすぐる。

 

「──ん……」

 

微睡みの中からぼんやりと意識が覚醒する。

 

「ふふ、よく寝てたね」

 

隣から声が聞こえる。

自分のような男とは違うが、まあ無理すればギリギリ男にも聞こえるような高い声。

 

「……ここは膝枕してくれててもいいとこであろう」

 

立ち上がり体を伸ばす。下が土だったためか体のそこらかしこがこっていた。

 

「だって僕はクラウスには男だと思われてるし、男同士が膝枕とか笑っちゃうよ」

「此処には誰も来るまいよ」

 

ポケットに入っていた紐を使って髪を雑に縛る。

 

「おはよう、■■■」

 

彼女の笑みに一瞬見惚れそうになるが、何とか表情を崩さずに済んだ。

 

「ああ、おはよう、だ。()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

目が覚めた。

 

「知らない天井だ、とでも言っておくべきか」

 

体を起こすと体にひきつる様な痛みを感じる。

 

「──っ」

 

思わず痛んだ脇腹を抑えると右手に巻かれた包帯が目に映った。

それに連鎖する様に自分の最後の記憶を思い出す。

 

「そうか、夜天にやられたか」

 

ヴィータとの激闘の後、満身創痍の自分に八神はやてが私服のままで純白の砲撃を放ったのだ。純白の迫ってくる恐怖に少しトラウマになりそうであった。

 

「ち、次は避けて拳を叩き込む」

 

砕けていない左拳を強く握って虚空を殴った。普段ならこれで風邪を切る音が聞こえるのだが、怪我のせいか思う様に力がのらなかった。

 

「その様子なら大丈夫そうだな」

「ヴィータか」

 

半分ほど開いた扉に背を(もた)れさせているヴィータが不機嫌そうな表情でそこにいた。

右手は真っ白な清潔感のある包帯に吊られていて自分と同じくらいの怪我を負っているということが伺えた。

 

「人様ボコっておいてよくもまあそこまでぐっすり寝坊助できるもんだな」

 

ふん、と今度は小馬鹿にする様に唇を吊り上げてみせる。大人がやると格好がつくその仕草も、ヴィータのような幼子の容姿の者がやれば、何処か背伸びをしている様で滑稽だ。

お返しとばかりに少し見下ろす様な目をヴィータに向ける。

 

「黙れ永久幼女」

「よっしゃ表出ろ、キガントでアイゼンの頑固な汚れにしてやる」

「面白い」

 

左手を軸にしてベットから飛び降りようとすると体がふわりと浮き上がった。

 

「ぜんぜんおもんないわ。君何考えとるん?」

「あ、はやて」

 

ヴィータの背後からこめかみを押さえながら茶髪の20ほどの年の女性が姿を見せる。

八神はやて。

自称『夜天の書』の主。いや、本人の言に従うならば、()()()主といえば良いのか。

 

ため息と共に八神はやてが右手を振るうとベットの上空10センチ程を浮かんでいた自分の体が落ちた。60キロ余りの自分の体が勢いよく落ちたため、ベットのスプリングが大きく軋んだ。

 

「元気すぎるのも考えもんやな」

 

再び大きなため息をこぼして、八神はやてが部屋の中に入りベットの側の椅子を引き寄せて自分の隣に座った。

それに続く様にヴィータは自分の寝ていたベットの端に腰を下ろした。

 

何故にそこなのだ。

思わず口に出しそうになったが、自分もそこまで餓鬼ではない。座る位置くらい何も言わないでおいてやろう。

 

「さーて、ちょっと元気すぎるくらいやけど質問タイム始めよか」

 

八神はやてが困った様な表情を引っ込めて、朗らかな笑顔を浮かべる。いかにも善人そうなその笑顔に警戒心が薄れそうになる。そんな自分に喝を入れる。

 

「まて、先に此方から一つ質問をさせてはくれぬか?」

「あ?テメェにそんな権利あるわけ──」

「ええよ」

「はやてっ?!」

 

なおも朗らかに笑う八神はやてにヴィータが悲鳴をあげた。何か報われぬ奴であった。

 

「いや、この子はもう私達に敵対心もっとらへんやろ?警戒心はあってもな」

 

な?と言う八神はやてに小さく頷いてみせる。実際、八神はやてが本当に自分と敵対したいならば、怪我の治療などしなかっただろう。

もちろん死なせない、という為に治療したことも考えられるが、それならば治療は最低限に済ますはず。

それが自分の一番の武器である拳まで治療しているあたり敵対の意思が薄いことがわかる。

もちろん、自分を治した理由の一つに負けないからというものもあるだろうが。

 

それに八神はやては最初に『話が聞きたい』と言っていた。

今思い返せば、その言葉に嘘はなかった様に感じる。おそらく。

 

「はやてが言うならいいけどよ」

 

ヴィータがむすくれたようにそっぽを向くと自分の足を殴った。痛い。

 

「如何して自分はここにいる?」

 

かつて親父に猛禽のようだと笑われた目を一層鋭くして八神はやてに向けた。思わず僅かに剣気ならぬ拳気が溢れた。

その自分の態度にヴィータがむすくれた顔を瞬時に引き締め胸元のペンダントに触れた。

鉄の伯爵、グラーフ・アイゼンの待機状態だ。

そんなヴィータを手で制して、八神はやては尚も笑う。

 

「それは、ウチにおる理由?それとも何で捕まえてへんか、ってこと?」

「どちらとも、だ」

 

八神はやては手を口元に持って行って、ふむと考えるそぶりを見せる。

 

「捕まえてへん理由は、言っとるやろ。()()()()()()んやよ。話を聞くだけなら捕まえる必要はあらへんもんなぁ。君が激しく暴れそうやったからちょっとヴィータと遊んでもらったけど」

 

ヴィータが遊ぶという単語に反抗した。大方自分との戦闘を思い起こしているのだろう。

 

「そんで、ウチにおる理由やったっけ?そんなん簡単やろ。ウチには治療魔法が使える魔導師がおるから病院に連れてって大事になるよりよかったんよ。病院でも管理局のルート使えばある程度は小さくできるかもしれへんけど、やっぱり事はおこさんのが一番やからね」

 

まとめると、効率よく自分に話を聞く為に八神はやての自宅で治療してくれているというわけか。

ふん、と鼻をならして目を閉じた。

 

目的の全部を喋らず、一部のみで自分を納得させようとするいけすかない説明だが、ひとまず八神はやての思惑に乗っといてやろう。

 

「じゃあ、今度は私の番や」

 

八神はやてが常に浮かべていた笑みを唐突に消して自分に問うた。

その纏う空気は今までの何処か緩いものでなく、僅かに端々から警戒心を放つものだった。

 

「君は何者(なにもん)や?」

 

その言葉に僅かに、人には分からないほど僅かに目を見開いてため息をついた。

 

(みな)()()にそう問うのだな」

 

静かに目を閉じた。

 

「自分はただの拳士。そこに居る紅の鉄騎のように大層な二つ名などもたぬ、唯の拳士だよ」

 

目を閉じたため聴覚が研ぎ澄まされ、八神はやてとヴィータの息遣いを非常に近く感じた。

 

「じゃあ、質問を変えるな。君という人間のことを聞かせてくれへん?」

 

そんな事も話せへん訳やないやろ?と八神はやてが言葉を付け加えた。

 

人間、とつけたのは自分がとぼけて同じようなことを言わぬための予防線か。そして、最後の僅かに煽るような言葉も自分の感情を引き出すためだろう。

 

「何度問われても答えは変わらぬよ。自分は唯の拳士だ。それ以上でも以下でもない」

 

答えは変わらない。

拳士という称号だけが()()を形作るものの全てだ。

幼き頃にあの極致に憧憬を抱き、追いつこうと手を伸ばし、滑稽にももがき続けた、『拳士』の姿。

 

「そういう事やなくて──」

「はやて、コイツはもうこれ以上喋べらねーよ。名前すら言わねぇ時点でわかるだろ」

 

じろり、とヴィータが自分に目を向けてから八神はやてに首を振って見せた。

 

「コイツが言わないからアタシが言うけど、コイツのバトルスタイルは古代ベルカの騎士のもんだよ」

「──ほう」

 

閉じていた目を片方開けてヴィータに向けるとヴィータの方は自分の視線など全く気にせず八神はやてに喋り続ける。

 

「一度戦っただけでわかるん?」

「アタシの元の人間(オリジナル)は古代ベルカの騎士だし、アタシだって古代ベルカでは何度も戦った。そんくらいわかる」

 

ヴィータがオリジナルと口に出した時、胸元のペンダントを強く握りしめて八神はやてから目を逸らした。まるで、今ここにいる自分の存在を確かめるかのように。

 

「コイツが古代ベルカの騎士のスタイルと判別させる最たるものが」

毛細魔力回路(マジックサーキット)、と言うわけだな」

 

扉の開く音がして桃色の髪の長身の女性が部屋の中に入ってくる。

 

「同席させて頂きますが構いませんか、我が主はやて」

 

烈火の猛将、シグナム。

一騎当千、天下無双。

嘗て化け物揃いの古代ベルカ諸王時代にて『夜天』の一の騎士として剣を振るった、護国の騎士。

守護騎士(ヴォルケンリッター)(おさ)の現代での再会だった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

毛細魔力回路(マジックサーキット)

 

主に栄えたのは古代ベルカ中期からベルカ諸王時代の初期まで。

 

毛細魔力回路とは体の隅々、毛細血管、末端神経の先の先まで魔力の通る『道』を作り、魔法との親和性を高めるものである。

通常は体の()に展開する魔法陣を、体の()に回路という形で展開する。

常時展開された其れは、肉体と一体化し、血管などと変わりない一つの体を形作るものの一つとなる。

一度作り出せば消すのは困難で永遠に体と結びつく。

これによって演算などというまどろっこしい理論を飛ばして、回路に魔力を込めるだけで、魔法を行使する事ができる。

 

「──といった感じです」

 

シグナムが八神はやてに毛細魔力回路に説明の説明をし終える。

途中ヴィータが口を挟みたそうにそわそわしていたが、何人もが同時に喋り出せば混乱すると考えてか結局は黙っていた。

 

「付け加えるなら、簡単に言えば毛細魔力回路ってのはさっきシグナムが言ったみたいな()()()()()()()()だから、主に自分が得意とする魔法陣を回路にするんだ」

 

やっと喋るチャンスが来たとばかりにヴィータが早口に続ける。

 

「例えば、速さがウリの奴なら加速魔法、弓兵とかなら射撃魔法、シャマルみたいな支援型なら回復魔法。そこの馬鹿みたいな、騎士は身体強化だな」

「そうする事で体を戦闘へと研ぎ澄ましていく。体を戦闘をするための物へと内から作り変えていくのです」

「──へぇ……すごいもんやなぁ」

 

八神はやてが感心したように唸り声をあげた。

夜天の主ともあろう者が情けないとも少し思うが、よく考えれば毛細魔力回路は最早使う者は自分くらいしかいない骨董品であるし仕方ないのかもしれない。

 

そうした事を考えている中でシグナムとヴィータによる話は続く。

 

「毛細魔力回路が現れた時、ベルカにおける戦闘は大きく様変わりしました」

「今までは才能が物を言ってたけど、毛細魔力回路のお陰で()()()()()()戦闘を始めなくてもよくなったんだ」

「敵と出会い魔力を励起する、演算により魔法陣を構築する、魔力を流し込む、魔法を行使するの四工程を敵と出会い魔力を励起し、魔法を行使するの僅か二工程で魔法を行使出来るようになったのですから、高確率で先手が取れるわけです」

 

戦闘において、先手を取るという事はかなり大切な事だ。

相手より先に攻撃を当てられればその後は自分に利点が生まれるのだから当たり前だろう。もし仮に避けられたとしても一気に流れを持ってくる事が出来るのだ。

 

それは八神はやてもわかっている事なのか特にシグナムに質問する事はせず静かに唸っていた。

 

「なんやええことばっかに聞こえるけど、()()()()()()()()()()てことは、それより良くないとこの方が多いんやろ?」

 

八神はやてが此方に少し伺いながらヴィータらに尋ねた。

その視線を受けたヴィータは小さくため息をつき、頭上のシグナムと顔を見合わせた。

 

「主のおっしゃる通りです。毛細魔力回路は凡人を天才達の領域まで引っ張り上げる優秀なものでしたが、()()()()()()()()()()をそっちのけで実用化されたのです」

「一番重要なこと?」

 

八神はやてが首をかしげるとシグナムがええ、と返答した。

 

「──安全性です」

 

シグナムがそこで一息すると、ヴィータが言葉を続ける。

 

「魔力はそのままじゃ使えないから魔法陣という媒体を通して使えるように変換するだろ?」

「毛細魔力回路もちはそれを身体の内側でやるんだよ。つまり魔力の精製魔力の変換というまるで反対の工程を同じ場所でするんだよ」

「まあ、簡単に言うと()()()()()()()()()()()んだ」

 

「魔力暴走起こしやすいとか……んなもん失敗作やろ……」

 

八神はやて唖然とした様子で呟いた。ミッドチルダの安全で優秀な魔法形態に慣れている魔導師にすると、魔力暴走などというもの自体が未知のものなのかもしれない。

 

「魔力暴走。読んで字の如く魔力が暴走し魔法陣と共に崩壊することですが外側でそれが起こるならともかく、()()でそれが起こるということは────」

「身体の内部を引きちぎりながら爆発するってことだ」

 

身体の内側を引きちぎられた人間がどうなるかなどわざわざ言う必要はないだろう。

 

「純粋な魔力は身体にとっては異物ですから、毛細魔力回路に魔力を走らせるだけで非常に強い不快感を感じます」

「魔力を走らせるっつー初歩的な行為にいちいち不快感を感じてたら戦いにならねえ。毛細魔力回路もちはそういう不快感を()()()と感じられるようにならなきゃいけねぇんだ」

 

最もその不快感を普通と感じるようになろうと()()()()()()()()()()()()()()()()。やはり何処かで無意識的に毛細魔力回路を気にしてしまうのだが。

 

「そんなピーキーは性能だから、 ベルカ諸王時代の中期、デバイスが生み出された頃から廃れていくんだけどな」

「展開速度ならデバイスと毛細魔力回路はいい勝負だし、安全な方が普及するに決まってるしな」

 

そこでヴィータが大きなため息をついて、静かに此方を見つめた。ヴィータの紅玉の瞳が此方に合わせられて、何かを訴えるかのようだった。

 

──煩い。

 

黙れ。此れは自分で決めた。

危険であろうと、死と隣り合わせだろうと、愚かであろうと、全て自分が決めたのだ。

自分の決意も、想いも、死さえも余すことなく自分のものだ。

 

だから、そんな目で自分を見るな。

 

「──何で、そないな危険な方法とるん?」

 

八神はやてが尋ねた。

 

目を、シグナム、ヴィータ、八神はやて、と順に合わせて再び静かに閉じた。

 

答える必要はない。

にもかかわらず、自分の意思と反していたずらに思考だけが加速していく。八神はやてへの、返答を探している。

 

切り捨てる。

オレがそうした様に、己の求むるもの以外を全て不要と断定する。

そうだ、『魔拳』はそうして生きていくのだ。

それだけは、曲げられない。どんなに不器用であってもこの生き方しか知らないのだから。

 

()()は、強くなる方法を此れしか知らない」

 

身を鍛え、死神と近しく、感情を削ぎ落とす。

そうして誰よりも強くなったものを知っている。

 

「自分は、()()強さが欲しい」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「随分と支離滅裂な言い分だったな。主の寛大さに感謝するがいい」

 

八神はやては自分の返答にもならぬ、応えに困った様に微笑むとヴィータを伴って部屋を出た。

またくるな、と言っていたので近いうちに話す機会はまたくるだろうが。

 

「今代の夜天は、甘いな。それに感謝する自分の存在を否定はできぬが」

「優しい、と言え。随分と(はかりごと)に長けてしまったが元は優しすぎるほどに優しいお方だ」

 

確かにあの態度は、優しいと言う言葉が合うのかもしれない。

シグナムが八神はやての事を話した時に頬を緩めた。笑みなど滅多に浮かべない彼女にとっては珍しいことだった。

 

──嗚呼、彼女もまた違う。

 

時代に一人だけ取り残される。見知った顔はいるのに、誰もオレを覚えていない。

当たり前の事なのに、一抹の寂しさを感じた。

 

「さて、シグナム。自分に何用かな、八神はやてについていかなかったあたりそれなりに訳があるのだろうが」

 

愚かな考えを胸の奥に押し込める。

くだらない。全てを切り捨てたあとだ今更何を感じる必要がある。

 

「……一つだけ質問をさせてくれ」

 

ゆっくりとシグナムが口を開く。目線は自身の膝あたりで組んである両手を見つめている。

 

 

 

「我ら魔導国家スエルムと覇王国家シュトゥラの戦争はどうなった」

 

 

 

何気ない調子で、まるで今日の夕餉のメニューを問うかの如く。

 

 

「──は」

 

声ともとれぬ戸惑いの声が漏れた。

 

「覚えて、いる…………のか」

 

シグナムが視線を上げる。

先ほど、八神はやての話をした優しげな笑みを浮かべる女性はそこにいない。

 

「話を聞かせて貰いたい。私にならいいだろう、()()()

 

唯、烈火の猛将という、苛烈な騎士がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 





ーーかくして、因縁は




毛細魔力回路

身体に血管の様に組み込む魔法陣。
危険だが、魔力を流し込むだけで魔法使用可能。
ただ、魔力が身体を走るのは非常に不快。
現代には残っていない。



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