其の八極に   作:世嗣

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彼女はそれでも忘れない。




魔女邂逅

 

辺りは静まりかえり、ただ顔を見せたばかりの太陽が自分を見つめる。

 

包帯を解いて、部屋の中から中庭へと降りた。軽く深呼吸をして拳を握り、型の一つを構えてみる。

 

「──ふっ」

 

八極拳、寸勁。

 

「概ね元どおりだな」

 

ヴィータとの戦闘から凡そ二週間。ヴォルケンリッターの一人である治癒術師シャマルの協力もあって怪我は殆ど治った。

何故か勝者の自分よりも敗者のヴィータの方が三日早く全快しているのは解せないが。

 

これだけ治っているならば、もはや治癒魔法は不要である。あとは自然治癒に任せておけば問題ないだろう。

 

ならば八神はやての家から厄介になるのもそろそろ潮時かもしれない。

此処は住みやすいが、八神はやてに借りを作りすぎるのは良くない気がする。

 

あくまでも勘だが、自分の勘は良く当たる。

 

「朝早くから勤勉なことだ」

 

声が聞こえた方へと目を向ければ、白の清潔感のあるシャツにジーンズという私服姿のシグナムが中庭に立っていた。

その姿を一瞥すると、再び型の確認へと戻る。

 

「早く落ちた筋肉を戻さなければならない。一日休めば元に戻すのにはその三倍かかる」

 

怪我で休んだ退屈な期間は十四日。つまりその三倍、四十二日かかるということだ。

鍛錬だけが趣味で生きがいの自分はもう少し早めに元に戻せるかもしれないが、それでも暫くは落ちた筋力に歯痒い思いをするだろう。

 

「まったく貴様はシャマルにまだ運動禁止を言い渡されているだろうが」

「バレなければ問題ない」

 

そのためにこんな朝早くにやっているのだ。昨日は昼間にやっていたら、見つかって死ぬほど怒られたのだ。ついでに怒り狂ったシャマルに拘束魔法でベットに縛り付けられそうになって慌てて謝ったのだ。

間を取り持ってくれたザフィーラには感謝する。

 

「確かにバレなければ問題無いだろうな」

 

うんうん、と頷くシグナム。

 

「まあ、()()()()()()だが」

「──む?」

 

シグナムが片目を閉じて、笑いをこらえる様にほんの少しだけ頬を震わせていた。

 

「 エ デ ル く ー ん ? 」

 

視界にデバイスを携えたシャマルの姿が映ると、瞬時に圏境を発動して視覚的に消失する。

 

「逃がしませんよ!今日という今日は完治するまで動けなくしてあげますから!」

 

シャマルが拘束魔法を発動し、逃げ道を塞いできた。それを蹴りで砕きながら部屋の中へ逃亡する。

 

「待ってください!」

「断る」

 

蹴りをはなって解除されてしまった圏境を再び使うことはせずに、身のこなしだけで鎖型の拘束を避けていく。

 

 

──八神家でのこんな感じの自分の日々であった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あははは!そんでシグナムもシャマルもエデルも早起きしとったんか!」

「はやてちゃん笑ってないでエデルくんに注意してください!」

 

腹を抱えて笑う八神はやてを尻目に、自分は黙々とやたらと美味い八神はやての食事を口に運んでいた。

隣では未だ半分程夢の中にいるヴィータがのそのそと牛乳を飲んでおり、シグナムは新聞片手にコーヒーを啜っている。

 

ぷりぷりと頬を膨らませるシャマルを八神はやてが宥める。

 

「まったくエデルにも困ったものです〜」

「アタシはこんな感じの奴を見たら昔を思い出せて割とおもしれーけどな」

 

八神はやての隣では融合機リインフォース・ツヴァイが、更にその隣には融合機アギトが座っていた。

 

古代ベルカの濃度の濃い食卓である。

 

「まー、それはともかく、エデル」

「──む?」

 

呼びかけられて八神はやてに目を向ける。八神はやての顔には満面の笑みが張り付いていて、見るからに悪い事を企んでいそうであった。

 

「あんなぁ──」

「断る」

「まだなにも言っとらへんけど!?」

「はやてちゃん相手にブレないですね……」

 

当たり前だ、其方の持ってくることは大体面倒臭い。この前はミウラと自分を引き合わせようとしていたのだ。

 

淹れてあったコーヒーを飲む。苦くて、舌に合わないが食べ物は無駄にしたく無い。

 

「ミウラもおるよ」

「何故其方は其れで自分が了承すると思ったのか、不思議でならぬ」

 

確かにミウラは可愛がっているし、妹の様に思っているが、ミウラがいるだけで無条件で了承したりはしない。

 

「エデル、今日無限書庫にけーへん?」

「理由は」

 

なんとなく、()()()()()()()そんな気がしている。だが、八神はやてがしっかりとわけを説明してくれれば、同行するのもやぶさかではない。

 

八神はやての家に置いてもらっている恩もあるのだ。怪我をしたのは八神はやての所為でもある。しかし、ハイディとの魔法の無断行使がお咎めなしになったのは、やはり八神はやてのおかげなのであった。

 

「いやな、今日、インターミドルの子たちと無限書庫に『エレミアの手記』っちゅーもんを探しに行くんや。ベルカ関係者も多いし、来たらどうかなーとな」

「──エレミアの、手記……」

「お、なんか知っとる?」

 

八神はやてが興味ありげにこちらを覗き込む。

 

「いや、()()は聞き憶えはない」

 

そう、断言する。

嘘ではない。()()はこの平和なミッドチルダに産まれたのだ。その様な事を知っている道理はない。

 

「そか、残念やね」

「すまんな。それとやはり遠慮させてもらう。恩にはなるべく報いたいが、な」

 

恩?と首をかしげる八神はやてに首を振ってなんでもない、と答えた。

八神はやてが訝しげにこちらを見ていたが、「ま、ええか」と言う。

 

「エデルは来ん、と。じゃあ、予定通りの人数で無限書庫に申請やね」

 

そう言うと八神はやてが手を合わせて立ち上がった。『ゴチソウサマ』とかいう八神はやての故郷の食事の時の挨拶だそうだ。

 

八神はやてが食卓から去っていくのを見送って自分も残りの食事を食べ終えるべく食卓に向かい直す。

ハシで米を口に運んでいると、八神はやてがリビングから出る途中こちらを振り返った。

 

「あ、そうそうエデル」

 

茶色の管理局の地上本部の制服に身を包んで、八神はやてが片目を閉じてみせる。

 

「今日、出かけたくなったらココに連絡してなー」

 

そう言って電子端末を此方に放り投げた。

 

「……はぁ?」

 

出かけたくなる時、とはいつだ。自分が何のために出かけるのだ?

 

「あははは!悩みぃ若人」

 

手を振って出て行く背中に、首を捻って見送るしかなかった。

 

因みにザフィーラはこの間ずっと床でドックフードを食っていた。守護獣の誇りは何処。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

ファビア・クロゼルグは現代に残る数少ない『魔女』の一人である。

 

──嗚呼、許すまじ。

 

彼女はベルカ諸王時代に生きた『魔女』クロゼルグの記憶を継いでいる。それも、『覇王』の末裔、ハイディ・E(アインハルト)S(ストラトス)・イングヴァルト、『鉄腕』の継承者、ジークリンデ・エレミアのような断片的な状態ではなく、()()()()()状態で。

 

──何故、私だけ。

 

これは彼女の他には『雷帝』の血をほんの少しひくヴィクトーリア・ダールグリュンしかいない稀少な事である。

 

──もう一度、貴女と、貴女たちと話したい。

 

──理由を、教えて。

 

しかし、ファビアと『魔女』クロゼルグはとても近いが、同一ではない。例え記憶を継いだとしても、クロゼルグの記憶全てを理解できるわけではない。

 

他人の記憶を継いで、全てを見せられて、最初に目につくのは()()()()()

 

人間は悲しい事に敏感だ。

楽しい事はすぐに忘れるが、悲しい事は記憶(トラウマ)として長い間残る。

ノンフィクションは悲しい結末を求めるし、自分に起こり得ない、未知の悲しみを求める。

 

詰まる所、ファビアは()()()()()()

 

平和なミッドチルダでは感じられぬ、もう一人の自分(クロゼルグ)の負の側面ばかりに目を囚われてしまっている。

彼女は今、その後の幸せにさえ目を向けられぬほど、クロゼルグの最も悲しい出来事に目を捉えられていた。

 

「忘れない」

 

紡ぐ言葉には実感がこもる。

 

(クロゼルグ)は、忘れない」

 

視線は自然と悲しみに満ちる。

 

(クロゼルグ)(魔女)である限り」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

エレミアの手記捜索は難航を極めていた。

 

それと言うのも途中でインターミドル参加者の一人のファビア・クロゼルグの襲撃があったのだ。

インターミドル選手たちは、揃ってその骨董品と化した古代魔法(エンシェントマジック)に対応できずに、無力化。

 

残りは、ジークリンデ・エレミア(幼児化)、コロナ・ティミル、ヴィクトーリア・ダールグリュンのみであった。

 

形勢はファビア有利。

最早、このまま決着がつくかと、そう思われていた時だった。

 

ダールグリュンとコロナを眼前に悪魔をデフォルメしたような使い魔を使役するファビアの背筋に、冷たいものが走る。

 

(……冷や、汗……?)

 

ファビアの意思とは関係なく流れたそれに、首を傾げざるをえない。

何も心配する事はない。

高町ヴィヴィオは無力化し、クラウスの子孫は拘束、エレミアの子孫も幼児化してある。

()()()()()()()

 

「──く、此処まで大掛かりに悪戯を起こしたのは何時ぶりか」

 

声が、聞こえた。

懐かしい、もう二度聞く事はないと思った声。

思わず頭上を見上げる。

 

「随分と久しいな、クロ」

 

にやぁ、と猛禽の様な目を細め、人相をなお一層悪くして笑みを浮かべる赤髪の少年。

 

「──エデル…………」

 

口から思わず声が漏れた。情けない、童女のようなか細い声だった。

 

「ほう、その様子では()()()()()と見える」

 

薄紫の魔法陣の上に股を開いてかがむ、俗に言うヤンキー座りをしているエデルがその面持ちを更に凶悪に歪める。

アレで笑っているつもりらしいのだからどうしようもない。

 

「──エデル」

 

その名を噛みしめる様にファビアが呟く。

 

「今頃、今ごろ出てきて何を……!」

「馬鹿な妹への説教である」

 

エデルが立ち上がって左手で首を触ってぐるりと回した。それが、彼の癖だという事を、クロゼルグはよく知っていた。

 

「悪戯へのお仕置きは拳骨と相場が決まっておろう」

 

ぞくりと背筋が凍る。

何度も感じた事のあるこの感じは、間違いなく────。

 

「さァ、歯ァ食いしばれ」

 

エデルが魔法陣から飛び降りた。

 

(貰った──!)

 

エデルには壊滅的と言っていいほど魔法の才能がない。特に空を飛ぶことに関しては一欠片の才能もない。

つまり、今の彼はただの的。

 

「────!」

 

ファビアが言葉を紡ぐと今までヴィクトーリアとコロナを相手していた使い魔の半数がエデルへと殺到する。

 

「其方なら、そうしてくれると信じていた」

「──なっ?!」

 

エデルが宙を蹴った。否、無数に肉薄した、ファビアの使い魔を足場に宙をかけた。

右に翔び、左に跳び、空を駆けていた。

 

「痛みは一瞬だ」

 

飛び降りてほんの数瞬で目の前まで来たエデルが拳を握る。

それが己に振るわれる前にファビアは次なる指令を使い魔に送り込む。

 

「対象、エデル!」

『真名認証、水晶体確認』

 

エデルとファビアの間に身の丈の十倍はあろう悪魔型使い魔が姿を現し、大きく口を開ける。

 

これはファビアの魔法の一つ。

真名を縛りとして、相手を飲み込み無力化するという古いもの。

名前を知らなければ使えないと言う欠点はベルカにおいては、最大の欠点だったが、現代の様に情報がそこいらに満ちており、尚且つ相手が知人や名の売れたスポーツ選手ならば、そんなもの問題にもならない。

 

現代の優秀な魔導師ならば加速魔法などで逃亡は可能でも、そんな才能のない彼には不可能。

 

そう、思っていた。

 

圏境

 

使い魔の口が勢いよくとじられた。

 

(──やった?!)

 

「其方はそういう所が甘いのだ。敵の動向は最後まで確認すべきであろう」

 

──え。

 

そのつぶやきを声にするよりも早く、鉄拳が己の頭に振り下ろされた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

人に拳骨するというのはなかなかに久々の経験であった。

 

 

拳が炸裂し、無重力の世界を真っ直ぐに進み、本棚に激突するかつての妹分を見送る。

 

「蟲使い、足場」

「君、人使い荒すぎ」

 

嘆息と共に薄紫の魔法陣が現れる。先程までの足場と全くの同一のそれに降り立つと己の右拳を見つめる。

加減はしたつもりだが、少し力がこもりすぎた。

 

「解決してくれたのは感謝するけど、今のはやり過ぎでしょ。あそこにはミウラもいるんだけど」

 

紫髪の自分と歳のそう変わらぬと見える少女、ルーテシア・アルピーノは此方をジト目で見ると軽く頭を叩いてくる。

 

「問題ない、奴の魔法は丈夫だから。おそらく」

「おそらく!?いや、そこは責任とってもらわないと困るんだけど」

「自分の知った事ではない」

「足場消すわよ」

「すまぬ」

 

本当に足場を消そうするので慌てて頭を下げた。

ここは無重力であるから足場はなくても問題ない。しかし、空を飛べない自分は姿勢制御ができず、永遠にくるくると回り続けることになるのて、アルピーノの頼んで足場を作ってもらっている。

 

先ほどの使い魔の様にどんなに小さくても足場さえあれば何とかなるのだが。

 

「其方はちゃんと救出したのだろうな、タナマチ・バビオとラランハルオ・メルトリリスだったか」

「高町ヴィヴィオとアインハルト・ストラトスね。君が大型使い魔をひきつけた隙にヴィヴィオもアインハルトも回収して、コロナに預けてきた。問題ないわ」

 

そう言うと、アルピーノが両手を組んで伸びをする。

袖が肩口まで下がってちらりと覗く腋が年に似合わず艶かしい。

視線をゆっくりとアルピーノから外して、吹き飛んだクロを探した。

 

本棚に空いた大きな穴を見つめ、その先にいるはずの彼女に眼を凝らす。

 

 

────魔力が妖しく蠢いた。

「──っ」

 

この感覚には覚えがある。

否、むしろ忘れるはずがない。オレはこのクロゼルグに何度も辛酸を舐めさせられたのだ。

 

「蟲使い()()()()?」

 

眼をそらさず、本棚の穴を睨めつけながら隣のアルピーノに問いかける。

 

「この魔力の感じ、あの子(ファビア)の魔法でいいの?」

「古い、呪法に近いがな」

 

自分がそこまで言い終わると、本棚で闇が蜷局(とぐろ)を巻いた。

 

「────魔女の誇りを傷つけた者は、未来永劫呪われよ」

 

穴から出てくるのは先程の童女ではなく、二十歳近くの女性。

くすんだ金髪、黒い服、幅広の帽子は変わらないが、胸は大きく膨らみ身長が伸びている。

 

それはまさしく『魔女』クロゼルグが得意とした物に相違なかった。

その名も──。

 

悪魔合身(デビルユナイト)

 

(いで)よ」

 

クロゼルグが杖を振るうと、蜷局を巻いていた闇が悪魔型使い魔の形を創り出した。

 

体が震える。

嗚呼、間違いない。奴はクロゼルグだ。

オレが魂を焦がすほどに求め、今でも自分の記憶に居座り続ける彼女に相違ない。

 

「君、彼女に勝てる?」

 

アルピーノが不敵に笑みを浮かべると、此方を伺う。

 

「愚問。オレは()()()。なら、(クロ)には負けぬ」

 

そうだ。

自分はエデル。

ならば、クロゼルグに負けるなどと言うことはあってはならぬ。

魔拳たる自分に許されるのは、勝利にほかならない。

 

「やる気十分なのはいいけど、私もう君の足場を作る余裕はないけど……」

 

ポケットの中を弄って小石を二つ取り出す。自分はいざという時のため普段から二、三個ならば仕込ませてある。

投石というのは、自分の様な遠距離からの攻撃をもたない者には案外重宝するのだ。

 

「問題ない」

 

左右の手に一つずつ小石を握り、手首のスナップで本棚に向けて投げる。

速度は即ち威力。

爆発したかと思うほどの音を立てて石が本棚に炸裂し、無数の本を散らした。

 

()()()()()()

 

辺りに散った無数の本を指で指した。

 

「……私知らないからね」

 

アルピーノがじとっと眼を細めた。

それを見て此方も眼を細めて、少しほおを緩めた。

 

「────さァ、ついてこれるか、蟲使い」

「ふんっ、そっちが付いてきなさい。あと、可愛くないから蟲使いって呼ぶな」

「クク、了解アルピーノ」

 

アルピーノにそう言って静かに眼を閉じる。

 

視界が闇に染まり、音が次第に欠けていく。

 

────がしゃん。

 

その闇の中で心の有り様が切り替わる金属質な音がした。

 

それを確認すると眼を開けて、魔力を励起し、毛細魔力回路(マジックサーキット)に魔力を流し込む。

本来は虫が体を這い回る様な不快感を感じる行動も、長い鍛錬により最早違和感も感じない。

体の全能感が増す、馴染みの感覚を感じる。

 

「落ちないでね」

「愚問」

 

互いに一言だけ言葉を交わす。

 

「参るッ!」

 

障壁から飛び降りて辺りに浮かぶ本の一つに目測をつける。

足が本につくその瞬間、体重が全てかかる前に既に次の一歩を踏み出す。

 

そうすることで宙を駆ける。

 

本当の無重力ならばこんなことは出来ない。

本に足をつければ抵抗なくそのまま蹴りだした方向に飛んでいくだろう。

 

しかし、無限書庫はあくまでも無重力を()()した場所だ。

此処が無重力なのは、無限にある本の重さ、多さを管理するために最適な空間へと無限書庫が変化した結果だ。

 

つまり、此処は魔法による空間制御の無重力の()()()()なのだ。

 

其れは、本来の無重力と僅かに異なる。

本当に僅かであるが、現象が起こるまで演算時間のラグが存在する。

自分はその刹那の瞬間を狙いすまして、本が無重力での行動を取るより早く、踏み出す。

 

此れは、さして難しい技術ではない。己と同じかそれ以上の武芸者はこの程度の児戯鼻歌交じりでやってみせる。

 

「黒炎!」

 

クロが背中の蝙蝠を思わせる黒い翼から、黒く燃える無数の火炎弾を射出する。

 

燃焼効果を伴っている事から、回避が望ましいと判断。頭の中で回避の方法を模索する。

此処が地上ならば震脚からの加速が可能だったが、足場が不安定なため此処では不可能。

 

「──羅旋」

 

ならば、足を起点に加速するのを諦める。

次の本に足をつけるその僅かな時間に狙いをつけ、手首から肩、背骨へと次々に力を、()()()()()()()に伝達していく。

今回は震脚による踏み出す力が得られないので、回転の力で代用する。

 

「──ふッ」

 

バァン、と半ば本を爆砕させる様に踏み出して無数の火炎弾を回避した。

 

「キャプチャードネット!」

 

アルピーノは其方にも行ったらしい火炎弾を全て叩き落とした後、召喚術を応用した近距離転移により無数の捕縛用端末をクロゼルグの周辺に展開した。

 

「縛れっ!」

 

端末がアルピーノの声に反応して対象を捕縛せんと糸を吐き出す。

それはしっかりとクロゼルグの体を捉え、見事に拘束して見せた────かに思えた。

 

「──■■■■■」

 

最早、忘れ去られたベルカの言語でクロゼルグが唱えると、その体が無数の悪魔型使い魔へと変質した。

 

「しまっ──」

 

アルピーノが一杯食わされた、と気づいたときにはもう遅い。

 

這え、汚れの地に(グラビティプレス)

「ふおおおっ!?」

 

突如アルピーノの背後に現れたクロゼルグの詠唱により、アルピーノが容易く空から叩き落とされ、まるで蟲のごとく地面に這いつくばる。

 

重力発生系。しかもその最高レベルの重圧。

 

クロゼルグがそこに追い討ちをかける様に中型悪魔をアルピーノへと差し向けた。

 

「そぅらぁ!」

 

それを視界の端に捉えながらもアルピーノを助けることはせず、再び羅旋で加速してクロゼルグへと拳を向ける。

 

「さァ、歯ァ──」

吊られよ、凡骨(ハングドボーン)

 

体に四方からの重圧がかかり自分を宙に押しとどめる。

先程のアルピーノへの技術の応用だ。一方への圧力を、対象の全方位へと分配する事で、虚空で固定している。

 

しかし、その魔法も圏境の前には無力。

圏境はこの世の遍く全ての存在から己を隠蔽する技術。それは魔法であっても例外ではない。

 

「圏きょ──」

 

己の存在を隠匿するその技術の名を紡ごうとする、その瞬間からいきなり口が動かなくなった。

 

「──ぁ、ぐぅ、ァ?」

 

必死に口を動かそうとするが、声とも呻き声ともとれぬ音を出すだけで、圏境の宣言ができない。

 

「無理だよ。重力制御で口腔内の動きも止めてるから」

 

唯一動く眼球でクロゼルグを視界に捉える。

口腔内の舌の動きを止めているのか、其れがどれ程の精密な魔力制御が必要なのかコイツはわかっているのか。

 

「──『甘い』、だっけ」

 

クロゼルグが冷たい目でこちらを見据える。

 

「甘いのはそっち。口に出さなきゃ圏境を発動できないなんて未熟。()()()はもっと上手くやった」

 

────何、を言っている。

 

「今更何のつもり?妹、何それ」

 

いやいや、と幼子がぐずるように耳を塞いでクロゼルグが首を振る。

 

「エデル、貴方は、君は────」

 

クロゼルグが幅広の帽子を深々と眼が隠れるまで引きおろす。

まるで、今の自分の表情を見てほしくないと言うように。

 

何時も遅すぎるの!

 

ざくり、と見えない刃が己の心の深くを斬りつけた。

 

「──く、……」

「帚星」

 

クロゼルグの叫びで彼女の箒が加速して己に突き刺さらんと向かってきた。

 

必死に体を動かして迎撃しようとするが、魔法により拘束された体は指一本さえ動こうとしない。

 

攻撃があたる、そう頭の隅で思った時だった。

 

「スパークスマッシュ!」

 

未知の第三者によるクロゼルグへの攻撃だった。

雷撃を伴ったその一撃は箒を弾いた後、自分に意識を向けていたクロゼルグの腹部に突き刺さり数歩後退させた。

 

「ロック!」

 

クロゼルグの体に魔力の鎖が巻きつくと同時に己にかかっていた重圧が解けて体を動かせるようになった。

開いたままだった口から零れていた涎を拭う。

 

「大丈夫ですか、お兄さん」

 

隣から掛かった声に無重力の状態で姿勢を必死で制御しながら応じる。

 

「問題ない。援護感謝す──」

 

礼を述べるため隣を見た瞬間、頭が真っ白になった。

 

煌めく金髪。赤と緑のオッドアイズ。

 

──ありえない。

 

──ありえていいのか?

 

──誰だ、此奴は。

 

──いや、そんなの見れば分かる。

 

──でも。

 

「オリ、ヴィエ……」

 

様々な考えがぐるぐると回り続け、制御できない。

 

それはクロゼルグも同じのようで目を丸くして突如現れた少女を見つめている。

 

そんな渦中の少女は困ったように笑うと静かに首を振った。

 

「はじめまして。高町ヴィヴィオです」

 

ヴィヴィオは自分の足元に魔法陣を一つ展開し自分の足場を作ると、自分とクロゼルグの間に立って大きく手を広げた。

まるで姉がきょうだいの喧嘩を仲裁するように。

 

「私たち古代ベルカの資料を探してるんです」

 

ヴィヴィオが此方とクロゼルグを伺いながら話を続ける。

 

「もしかしてあなたたちもオリヴィエやクラウス殿下、『エレミア』の一族の関係者だったりするんでしょうか?」

 

オッドアイズの少女に戦闘中の気負いはなく、ただ柔らかな微笑みを浮かべている。

 

「もしそうなら戦う必要なんて無いんです!お話をさせていただければ……」

「タナマチ・ヴィヴィオ。其方に一つ質問がある」

 

唯、其れだけを問いかける。

 

「其方はオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの()()?」

 

その言葉に、ヴィヴィオは一瞬瞳を不安に翳らせる。

もしかするとそこはヴィヴィオにとって触れられたく無いところだったのかもしれない。

 

「私はオリヴィエの血を継いでいます」

 

成る程。確かに、オリヴィエの血を継いでいるならばオリヴィエにそっくりのその容姿の納得もいく。

だが、それは()()()()()のだ。

 

「あり得ぬ。オリヴィエは子が成せぬ体だった。()()()の血を継いでいても、()()()()()の血を継いでいるものなどいはしない」

 

自分の言葉にヴィヴィオが押し黙る。静かに目を閉じて何かを決意するかのように体に力を込める。

 

「私は──」

 

口を開き言葉を紡ぐ。ヴィヴィオの決意と共にその出生の秘密が明かされる。

それを、自分もクロゼルグも待っている、そう思っていた。

 

「■■■■■ッ!」

「タカマチ・ヴィヴィオッ!」

「きゃっ!」

 

ヴィヴィオを蹴飛ばすと殆ど間を置かず、絶叫と共にヴィヴィオを喰らおうとする悪魔が自分の視界を遮る。

 

遠くで緑の髪の少女にヴィヴィオが回収された事を確認して、頭上を睨む。

 

「どういうつもりだッ、クロ!」

 

ギラリと瞳を鋭くしてクロゼルグに問いかけた。しかし、クロゼルグは此方に注意も向けず、まとわりついていて拘束を引きちぎる。

 

「必要があるか無いかは私が決める」

「貴様、タカマチ・ヴィヴィオが、()であるか興味が無いわけではあるまい」

「ヴィヴィに子供はいない。だから、他人の空似」

「それにしては似過ぎているッ」

 

自分がなかなか喰い下がらないと見ると、クロゼルグは溜息をついた。

 

「じゃあ、仮にそこにいるタナマチ・ヴィヴィオがオリヴィエの直系だったとする」

 

うむ、と頷く。

 

「ならば、尚更あれほど似ているのは可笑しい。同じ直系の(クロゼルグ)やエレミアでさえ、あれ程容姿が変わっている。雷帝やクラウスに至っては性別まで」

 

その言葉に言葉が詰まった。

 

確かにそうだ。金髪、オッドアイズまでならまだ許容できる。だが、顔があそこまで似ていると言うのが、逆にオリヴィエの直系でなく、空似だという事を証明してるのでは無いか。

 

そこまで言ってクロゼルグが、けど、と前置きをする。

 

「私はそんな事、もうどうでもいい」

「どうでもいい、だと」

 

あり得ない。奴はオレたちの中で最もオリヴィエに懐いていたのだ。その奴に、限ってどうでもいいという事は無いはずだ。

 

「だって、(クロゼルグ)が憎んでいるのは、私を見捨てた、クラウス、エレミア。そして──」

 

そこでクロゼルグが小さく呼気を漏らして、此方をしっかりと見据えた。

 

「──()()()

 

まるで、呪うかのようにその言葉を紡いで、激しく、しかし淡々と此方へと言葉を吐き捨てていく。

 

「私を見捨て、ヴィヴィの思い出に目を瞑り、愚かにもそこにある幸せを享受した、その三人」

 

先程まで冷たかった瞳にしっかりと怒気を孕ませる。

クロゼルグの猫のような瞳の奥にドロドロと燃える感情、それが怒気よりも、憂の方が強いと感じてしまうのは己の気のせいなのか。

 

「私は、許さない。その為に、この呪い(記憶)を継ぐと決めたのだから」

 

今一度、大きく翼を羽ばたかせて無数の黒い炎の弾丸を展開する。

 

「黒炎!」

 

ここにいては回避は不可能。

そう判断すると全力で背後に跳んだ。視線は飛来する火炎から目をそらさず、拳を毛細魔力回路(マジックサーキット)で強化する。

 

「アルピーノ!」

 

絶妙なタイミングで展開された足場に足を下ろすと、此方へと迫る火炎の弾核を掴み取って人の気配の無い方向へと投げ捨てていく。

 

「お兄さん、遅れてすみません!」

「問題ない。其方は大事ないか」

「大丈夫です。これでも鍛えてるんで」

 

ぐっとガッツポーズを見せたヴィヴィオ。

勢いのあまり少し強く蹴りすぎたので、密かに心配していたのだ。

 

「クロゼルグさん!私たち本当にお話し合いじゃどうにもなりませんか〜!」

 

滞空するクロゼルグへとヴィヴィオが呼びかける。

しかし、それに対しての返答は「黒炎」による攻撃だけだった。

 

「──っ」

「タカマチ・ヴィヴィオ、あの手合いは話は聞かぬ。拳で黙らせよ」

「でも……」

 

口惜しげに唇を噛むヴィヴィオ。

 

「ベルカの諺にこういうものがある」

 

二人で飛来する火炎を弾いている中、突然自分がそんな事を言い出したので、ヴィヴィオがその端正な顔に疑問を浮かべる。

 

「『意見を言えるのは、それを貫ける強さを持つものだけ』、とな」

「へ、へぇ……?」

「わかってないな……」

 

思わずため息が漏れた。

昔はメジャーな諺だったのだが、時の流れは虚しいものだ。

 

「想いを持つということは、どんなに虐げられようと、無下にされようと、()()()()()()()()()が必要だということだ」

 

らしくない。これ程までに長々と語るとは全くもってらしくない。

 

「勝て。勝って、その想いが正しいということを証明せよ」

 

ああ、らしくないであろう。

そうなのだろうが────。

 

「行けるか、タカマチ・ヴィヴィオ」

「押忍っ!」

 

──悪くない。

 

「おーい、エデル〜」

「チャンピオン?」

 

そうした中でヨタヨタと無限書庫の中を頼りなく飛んでくる一人の幼女。

その姿は、正しく。

 

「エレミア?」

「この前ぶりやね、エデル。あと、そろそろジークって呼んでくれてもいいと思うんよ」

「そのうちな、エレミア」

「そのうちって、何時や──おっと」

 

自分の弾き損ねた火炎が一つエレミアの方に向かったが、エレミアは危なげなく障壁を展開して防ぐ。

 

「ほむぅ、それ程雑談は出来へんみたいやね。(ウチ)は君の足場でもつくろか」

 

ぱちっと片目を瞑ってみせるエレミア。それには取り敢えず、親指を立てて返答しておく。

 

思わず頬が緩む。

まるで故郷に帰ったかのような暖かさに少し気が緩んだのかもしれない。

 

「さあて、駄々っ子に拳骨の仕置だ」

 

今一度魔力を励起し、身体強化の段階を引き上げる。

 

「──歯ァ食いしばれ」

 

自分がその言い慣れた言葉を口に出すと、クロゼルグの使い魔たちが示し合わせたように列をなして此方へとその切っ先を向ける。

 

「貫け」

 

クロゼルグの命令を起句に一斉に加速を始めた。

一本槍のように一直線に、空気抵抗の最も少ない形へとなった悪魔たちは、互いが互いを補うように加速していく。

 

その悪魔たちの姿を見て、ある生き物の習性を思い出す。

 

詳しい名前は忘れたが、確かエビだったと思う。

 

そのエビは海の中で数千の群れで筒状に形状を作り、一匹一匹が前方へと進み擬似的な海流を推進力の代わりとするのだ。

最も前まで行った個体は筒の中心を滑るように戻っていき、再び前方へと進み、加速していく。

 

あの使い魔たちはそれと同じことを行っている。全員が同じ向きへと進み、空気抵抗を減らしながら加速している。

 

ばんっ、と悪魔たちの槍の先端が音を立てた。音速を超えたため、表面上の水蒸気が勢いよく弾け出したのだ。

 

「ディバイン──」

 

ヴィヴィオが危機に気づいたのか手の中に虹色の砲撃を展開する。

この短い時間でそこまで判断し、即座に展開出来る技量はすばらしい。

 

退()け。それでは足りん」

 

ヴィヴィオを一喝して下がらせて、新たにエレミアに展開してもらった足場を強く踏みしめる。

 

だが、それではダメだ。

 

あれはもう既に音速。威力負けするのは目に見えているのだ。それにあれは何層にも悪魔たちが重なり合っているため、表層を吹き飛ばすだけではその内側の悪魔たちを防げないのだ。

 

我が八極に二の打ち要らず

 

故にイメージするのは、衝撃で貫くというビジョン。

一列となっている悪魔たちの先から先まで、中の中まで、その全てに衝撃を通す。

 

无二打

 

ズッ、と悪魔たちを殴った拳から肩にかけて押し込まれるような痺れを感じる。

 

通った。

 

そう感じるのに十分な手応えだった。

 

悪魔たちが自分の拳を受け、次々に昏倒して無重力の空間へと散っていく。

 

「エレミア」

「了解や」

「タカマチ・ヴィヴィオ、隙は作る。締めは任せたぞ」

「押忍っ」

 

クロゼルグへと一直線に足場が展開される。

あと十数歩。そうすれば自分の距離だ。そこまで行ければ、今度こそ問答無用に意識を刈り取る一撃を放てる。

クロゼルグの方もそれを理解しているのか、今の悪魔たちが防がれたこと、黒炎が効かないことにようやく焦りを見せ出す。

 

──さァ、使うがいい。

 

吊られよ、(ハングド)……」

「圏境」

 

ハングドボーン、重力による拘束魔法の展開速度はおよそ一秒。それに対し、自分の圏境の発動までにかかる時間は宣言から四半秒。

ならば、クロゼルグの魔法の発動の起点さえ掴めれば、それより早く魔法を回避可能。

 

「消えて……?」

 

クロゼルグが唐突に姿を消したように見える自分に首をかしげる。

 

圏境。

 

完全な体術によって気を支配して世界と一体化することで存在を消滅させる。

認識は不可、結界、魔法すらも無効。

発動すれば最後、何ものも捉えることはできない。

それはもう既に発動済みの魔法にも適用される。

例えどんなに頑丈な拘束でも、それが魔法であるならばすり抜けて脱出が可能となる。

 

反則と言えば反則だろう。

だが、オレはこの技術を求めたのだ。才能など関係なしで己が拳を届かせるためのその技術を。

 

クロゼルグは消えた自分に戸惑っていたが、すぐに表情を引き締めた。

 

自分は姿を消しているが何も攻撃する手段がないわけではないのだ。

『破壊』を目的とする魔法なら自分の体に触れられるし、物理的な攻撃も同様だ。

圏境は世界に己がいないものと誤認させる技術であるから、何も本当に消えているわけではない。

 

では、その消えている自分をどう見つけ出せばいいのか。

其れはとても難しく見えて、こと無限書庫(無重力空間)においては非常に簡単だ。

 

()()()()()のだ。

 

自分は空が飛べない。

つまり移動は常に足で行わなければならぬ。

つまり、クロゼルグへと一直線に連なるこの足場。そこが絶対的に自分のいる場所なのだ。

 

「黒炎!」

 

クロゼルグの指示で無数の火炎が此方へと飛来してくる。

その狙いはどれもバラバラ。

しかし、クロゼルグにとってそれは問題になどなりはしない。

どこかに自分がいるのはわかっているのだから、絨毯爆撃のように足場全体を攻撃し一撃でも当たりさえすればいいのだ。

 

空から雨のように降り注ぐ火炎を見て、自分は躊躇なく()()()()()()

ふわりと体が浮いて、バランスがとれず体が回転しそうになる──のを狙いすましたように足元に足場が現れる。

 

「良い仕事だ、エレミア」

 

現れた足場を踏んで、今度はクロゼルグの方へと再び跳ぶ。

今度は上へと展開された魔法陣を体を宙で半回転させることで足場にしてクロゼルグの目の前へと降り立つ。

 

クロゼルグの目の前へと降り立った時の着地音で圏境が解除され、自分の姿がクロゼルグに捉えられる。

 

「──ッ、帚星!」

 

先程はヴィヴィオに防がれた帚を魔力放出により加速させて射出する魔法が放たれる。

 

「──墳ッ!」

 

その恐るべく加速された帚に左手を添えて自分の眉間を狙う軌道をズラして、それとほとんど時を置かずに空いた右拳でクロゼルグの腹を殴り抜く。

 

「──かっ、は……」

 

ベルカ古武術『一拍子』。

相手の攻撃を防ぎながら、全く同時に反撃の拳を打つという、カウンターという理論が完成されるより前から使われていた反撃術。

ほとんど相打ち覚悟の世辞にも効率のいいとは言えない物だが、今回は攻撃方法が帚だっためほとんど無傷で乗り切った。

 

吊られよ、凡骨(ハングドボーン)!」

「──ぐっ」

 

重力による高度な拘束が自分の体を襲い、先ほどと同じく自分の体が指一つ動かなくなる。

口は閉じていたため先程のような無様は晒していないが、喋れないのは先ほどと同様である。

 

──研ぎ澄ませ。

 

己と対話しろ。

 

限界があるのなら乗り越えろ。

 

クロゼルグは言った。

『エデルならもっと上手くやった』と。

だから何だ。

 

オレの名は何だ。

 

──エデル。

 

そう、エデル。

『魔拳』エデルだ。同じエデルだ。

ならば、今ここでオレと同じことをやってみろ。

 

────がきん。

 

頭の中で何時もの金属質な音ではなく、錆びた歯車が噛み合うような音が響いた。

 

「──ぁ」

 

視界から色が消える。

全てが黒と白の無機質で冷たい世界へと変質していく。

 

──研ぎ澄ませ。

 

研ぎ澄ます。

 

──己を信じ込め。

 

己を信じ込む。

 

──意志の強さで世界全てをねじ曲げろ。

 

意志の強さで世界全てを捻じ曲げる。

 

がき、き、き、きん。

 

──圏境。

 

「羅ぁぁぁぁッ!」

 

重力拘束の纏わりつくような圧迫感が消失する。

 

「そ、それは……」

 

クロゼルグが僅かに目を見開き、小さな呟きを零した。

できた隙を見逃さず足場が壊れない程度の震脚でクロゼルグの足を繫ぎとめて左腕を()める。

 

クロゼルグとの距離が一気に近づき、不思議なお香のような香りが鼻をくすぐる。

 

昔から、彼女はこんな匂いがした。

 

その匂いに呼びおこされようとする過去の記憶をねじ伏せる。

今はまだ、その時ではない。

 

「タカマチ・ヴィヴィオッ!」

「押忍っ!」

 

ヴィヴィオの返事と共に自分とクロゼルグの視界に高速でこちらに向かう虹色の影が映る。

 

「──アクセルスマッシュ!」

 

虹色に輝く魔力光を右腕に溜め込んだ一撃がクロゼルグの脳天に直撃する。

 

「──ぁ

 

近くにあったクロゼルグの瞳が揺らいで、焦点がずれていく。

 

「え、でる……」

「話は後で聞いてやる。今は眠れ」

 

足に力の入らなくなっていく彼女の体を極めていた腕を外して支えてやる。

 

「ごめん……ね……」

 

がくん、とクロゼルグが完全に意識を失って体を此方へともたれ掛からせた。

女子の柔らかな体がふにゅふにゅと自分に当たって、ほんの少しばかり理性が刺激される。

 

「……オラ、早く出るがいい」

 

空いた右手でクロゼルグの背中を軽く叩くと三匹の悪魔が体から飛び出て、自分の頭に降り立った。

それと同時に腕の中の人物が年相応の幼い姿へと戻る。

 

そこまでして、ようやく一息をついた。

 

「お疲れ様だ、タカマチ・ヴィヴィオ」

「お兄さんこそお疲れ様でした!」

 

ヴィヴィオに労いの言葉をかけて頭を荒く撫でてやり、小さくなったクロゼルグを背中に背負いなおす。

 

「ありゃ、魔女っ娘眠ってもうたん?」

 

よたよたと頼りない調子でエレミアが飛んできてクロゼルグの顔を覗き込む。

襲われたというのにその表情に怒りなどの感情は全くなく、彼女がどれだけお人好しなのかよくわかる。

 

「体戻して欲しかったんやけど、寝とるの起こすのはかわいそうやしなぁ」

 

ぐむむ、とエレミアが腕を組んで唸り声をあげる。少々幼い仕草だが、クロゼルグの若年化の魔法もかかっているので年相応に見えて、可愛らしい。

 

「おい」

 

頭上に陣取る悪魔の一匹に声をかける。最初は自分が呼びかけられていると分かっていない様子だったが続けて何度か呼びかけると気づいて頭から降りてきた。

 

「エレミアを小さくしたのは其方だろう。戻せ」

 

髑髏(しゃれこうべ)の様な顔をしたそいつは目を細めて手をブンブンと振った。

 

「嫌だと?しのごの言わずさっさと戻せ」

 

いー、と口を横に引っ張る悪魔。

 

「勝負はクロの負けだ。これ以上張り合ってもいいことはないであろう。あ?……クロを苛めないか、だと。愚問だ馬鹿者。こいつらは底抜けのお人好しだ────」

 

しばらく悪魔と会話をして話がひと段落した所で後ろで控えているヴィヴィオとエレミアに向きなおる。

 

「戻してくれるそうだ」

「ほんま?」

 

しゃれこうべがエレミアから見えない様に舌打ちの様な仕草をして右手を振った。

それを合図にエレミアの童女のような体が自分の見知った姿に戻った。

 

「というか、お兄さんナチュラルにファビア選手の使い魔と会話してますけど、お知り合いだったんですか?」

 

元に戻った体の調子を確かめているエレミアの横でヴィヴィオが首をかしげる。

 

「む、まあ知り合い……?」

 

しゃれこうべと二人で顔を合わせて首を傾げると、しゃれこうべが自分の頭の上にいる他の二匹に確認をとって頷く。

 

「一応知り合いらしい」

「なんでお兄さんがわかってないんですか……」

 

ヴィヴィオが曖昧な自分の言葉に肩を落とした。

そんなことを言われても、此奴らは()()の知り合いだから安易に答えるのが些か憚られる。

 

曖昧な答えのせいでヴィヴィオの疑問を深めてしまったかもしれぬ。しかし、そこはある程度察して欲しい、と言うのは無理な話なのであろうが。

 

肩を落としていたヴィヴィオは自分の背後に視線を合わせると、にこやかに手を振った。

 

「アインハルトさーん!お疲れ様ですー!」

 

ヴィヴィオの声につられて自分も背後を振り返って、ヴィヴィオの言う『アインハルトさん』に目を向ける。

 

そして、見覚えのある緑髪を確認する。

 

「──成る程、E(Einhald)か」

 

緑髪の少女、ヴィヴィオにとってはアインハルト、自分にとってはハイディの彼女は此方が見ているのに気づいたのか静かに左肩を抑える。

何時ぞやに自分に殴られたその場所を。

 

その警戒した仕草に少し笑いがこみ上げる。

緑髪の少女に軽く手を振ると、本を足場にしながら此方へ向かってきている八神はやての方へと駆ける。

 

 

──あの頃とは全く違う。

 

──けれど確かに時は進み運命は交わり合う。

 

 

もしかすると、オレも話すべき時が来るやもしれぬ。

 

彼女らの祖先、()()のかつての友人達、其の本当の終わりを。

 

 

 





其の時はきっと近く。



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