やる事はやった。後悔はしない。
足を進める。
ごとり、と最早唯のモノと変わり果てたものが足に当たる。
辺りを見回す。
元は豪奢でありながら荘厳な雰囲気を湛えていた宮殿は、今は赤黒く染まっていた。
頰を拭う。
垂れてきた粘着質の生暖かい物を裾で拭き取る。
耳朶に響く。
コツ、という靴が大理石の床を踏む音。
「これは、何だ」
足音の主が呆然とするように言った。
「これは、何だ……!」
怒気を孕ませるように言った。
「何だと聞いているッ!」
それはもう質問ではなく一種の叫びのようにも感じた。
答える義理はなかった。
だが、余りにも哀れだったので、答えた。
「死体であろう」
足元に転がっていた金色の鎧に包まれた無数の兵士を目で示す。
「貴様ッ!何のつもりだッ!宣戦布告はどの国からも行われていない!」
身の丈ほどもある斧槍に手をかけながら大丈夫が叫ぶ。
それにオレは、無感動に淡々と言葉を返す。
「此れは暗殺だ。宣戦布告をする阿呆が何処にいる」
閃光が走った。
「危ないな」
飛来した雷光を最小限の動きでかわした。
「
「如何にも」
「巫山戯るなッッッ!」
バヂリ、と斧槍の主の体から雷が迸り、辺りをほのかに照らし出す。
「我が城の
「教えてやる異常者!貴様の行いを人は
異常者。そうか、それは中々に言い当て妙だ。
オレの精神はとうに狂ってしまっているのかもしれない。
「名
その問いかけに思わずため息が漏れた。
「皆、オレにそう問うのだな」
自分の頬を雫が伝った。
「オレは唯の拳士だよ。
「初めまして、八神はやてです、よろしゅうな」
「……ファビア・クロゼルグ……です」
「ファビアちゃんな、よっしゃ覚えたわ。ファビアって呼んでええ?」
「構わない……です」
「うにゃー可愛いわー」
「や、やめて……ください」
猫のようにぐりぐりと頬っぺたをクロゼルグに擦り付ける八神はやてを尻目に目の前の
「エ、エデル……」
クロゼルグが助けを請うように自分の名前を呼ぶ。
八神はやてはクロゼルグを可愛がってるだけであろう。故に特に助ける必要は感じないが、見殺しもかわいそうなので八神はやてを諌める。
「八神はやて、程々にな」
自分がそう言うと八神はやてはムッとした様に唇をへの字に曲げたが直ぐに元に戻す。
「じゃあ、程々に可愛がるわ」
言うや否やクロゼルグの小さな体を持ち上げて自分の股の間において後ろから抱きしめた。
「あー、なんや不思議な香りがするなぁ」
「ぅぅぅ……」
首元を嗅がれながらクロゼルグが再び助けを請うような目線を送ってきたが、もう面倒臭くなったので気付かないふりをしてコーヒーを啜った。
うむ、安っぽい。
「はーい、お待ちー!」
アルピーノの元気な声とともに扉が開け放たれ、無限書庫の時とは違う服装で現れた。
おそらく戦闘などで汚れたため着替えたのだろう。
「おー、お疲れさん」
八神はやてがクロゼルグを抱きしめていた片方の手を解いて、アルピーノを労うように振った。
その隙に緩まった拘束を振り切ってクロゼルグが逃げ出した。
八神はやては残念そうな顔をしていたが、直ぐに切り替えたようでアルピーノと打ち合わせを始める。
げんなりとした表情で自分の隣に腰掛けたクロゼルグの頭を軽く叩く。
「おかえり」
「助けてくれなかったこと恨む」
「勝手に恨むがいいさ」
ぽかりとクロゼルグが腕を殴りつけてきたがされるがままにさせておく。このくらいなら可愛いものである。
そこで八神はやてとアルピーノの打ち合わせが終わったらしく自分たちと相対した。
長机の向こう側で微笑む八神はやてには何処か凄味があった。
「んじゃ、ちょっと時間かかってもうたけど、取り調べ始めよか」
うふ、と八神はやてが微笑む。
「本当はなんかメンドくさい色々があるんだけど」
アルピーノが持っていた書類に適当にポールペンでサインをして判子を押すと、机の上に放った。
「ぶっちゃけメンドくさいのでとばします」
アルピーノのぶっちゃけた発言に此方は微妙な顔をせざるを得ない。
それでいいのか管理局。
隣に座るクロゼルグも同じことを考えているようで不安そうに自分と八神はやてたちとの間で視線を動かしている。
そんな自分たちの様子を見て八神はやてがさも可笑しそうに笑う。
「そないに警戒せえへんでもええよ。エデルやファビアが思っとるほどファビアの罪状は重うないんや」
な、ルー子?と八神はやてが言うと、
アルピーノが傍に積んである書類をペラペラめくりながらにやり、と笑う。
何処か八神はやてに似た凄味のある笑顔である。
「そうだね、罪状はいいとこ『軽度傷害』『公務執行妨害』ぐらいかなー」
その予想と反して軽い、いや軽すぎる罪状にクロゼルグが驚いたように僅かに目を見開いた。
「随分と、甘いのだな」
「ありゃ信用できへん?」
「信用はしているさ。信頼しておらぬだけで」
「手厳しいなぁ……」
八神はやてが困ったように笑う。
「まあ、確かにファビアの罪状は本当はもうちょっと重い。無限書庫の破損は私が魔法で直しとるからええとして……」
チラリと机の上の書類を見て八神はやてが言葉を続ける。
「エデルが気にしとるんは、『魔法無許可行使』やろ?」
その八神はやての問いに対して首肯で答える。
この平和なミッドチルダにおいては、生活の基盤となる魔法ですらいちいち管理局への申請と許可が必要になる。
もちろん何も全ての魔法行使が犯罪となるわけではない。
詳しくは覚えていないが、確か難易度E以下の魔法は申請は必要なかったはずだ。
難易度E以下と言えば、軽い身体強化や擦り傷を治す程度の治癒魔法、念話などが挙げられる。
そして、今回クロゼルグの使用した魔法は自分の知っている範囲でも『飛行』『重力制御』『射撃』『身体年齢操作』『質量縮小』『炎熱変換』『身体変化』などなど……。
これらの魔法の一番低い難易度の『射撃』ですら、クロゼルグの使用したものは難易度C+。
もう、救いようがないほどの違反行為である。
「自分の時とは話が違う。いくら其方でも
かくいう自分もハイディとの戦闘時は転移魔法を使っている。
あの時の殴り合いが問題になりかけたのは、道路を壊したことなどではなく、最後にハイディを逃がすために使った転移魔法のせいらしかった。
まあ、実はあの時の転移魔法魔法は、難易度D−2の、転移魔法と呼ぶのすら烏滸がましい短距離転移であるのだが、違反は違反だ。
自分の問いかけに八神はやては指を目の前で振って舌をちっちと鳴らす。
「甘いで、エデル。甘々や」
ふっ、と格好つけたように八神はやてが唇を吊りあげる。
「ルー子、今日の魔法使用許可証の人数表示してくれへん?」
「りょーかいでーす」
アルピーノがキーボードを叩くと自分の目の前に一つのホロウインドウが現れた。
「──ん」
クロゼルグが自分の肩に這い登って肩越しにホロウインドウを見る。どうやら身長が小さいせいで見えなかったらしい。
「登るな」
「嫌」
ばれない程度にため息をして、クロゼルグの襟元を掴んで膝に乗せるとそのままホロウインドウに目を通す。
さっと流し読みした感じでは無限書庫への見学者の人数と魔法使用の許可証についてのようだった。
「いやー、これに気付いた時は自らのうっかり具合を褒めちぎりたくなったもんや」
ふふん、と自慢げにそう言う八神はやて。
そんな八神はやての言いたいことが分からず取り敢えずアルピーノに目を向ける。
「たはは……、見て欲しいのはその報告書の申請人数のところ」
そう言われれば膝の上のクロゼルグも自分も視線は目の前のホロウインドウの申請人数の欄に動く。
しかし、自分もクロゼルグもあの無限書庫に何人いたかなど詳しく覚えているはずもなく揃って首をかしげるだけであった。
取り敢えずわかるのは人数が明らかなミス、それこそ百人や一人などではないというくらいだ。
「実はねその人数、本来の申請人数よりちょっとだけ多いんだよね」
自慢げに頷いている八神はやてを少しだけ伺ってアルピーノが話を続ける。
「君と一緒にクロゼルグと戦ったヴィヴィオは、司書資格。その友人のコロナとリオは立ち入り許可証を持ってるから
「つまり、ファビアとルーテシア……ついでにエデルも。最初から
ちょっと強引やけどなーと八神はやてとアルピーノが小悪魔めいた仕草でちろっと薄桃色の舌を覗かせた。
「でも、ファビアが管理局嘱託魔導師の権限を行使したルー子に対して抵抗したのは事実やから曲げられへんよ」
ぴくり、とクロゼルグの肩が震える。
「私お金持ってないけど……」
申し訳なさそうにクロゼルグが言うと八神はやてが『狸』と表現するに相応しい、いやらしい笑みを浮かべた。
「そこは問題あらへん。お金やない方法で解決したる」
──嘱託魔導師っちゅう制度があるんやけどな。
話が纏まりアルピーノと八神はやてが慌ただしく部屋から出て行った。
その後ろ姿を見送って隣に座るクロゼルグを見る。
まだ年端もいかぬ彼女は、自分の知るクロゼルグとは随分と違った。
猫耳のような癖っ毛や猫のような八重歯、少しツリ目気味の目、そして人懐っこそうな笑みを浮かべていた。
だが、このクロゼルグはその悪戯っ子のような雰囲気からは程遠かった。
「……どうかした」
「いや、似ておらぬな、とな……」
自分の視線に気づいたのかクロゼルグが問いかけてきた。
少々バツの悪い思いをしながら、クロゼルグの質問に思った事をそのまま答える。
「あれからどれ程時が経ったと思ってる。記憶は継げても容姿は継げない」
クロゼルグがそこまで言ってきろり、と此方に目を向けて上から下までジロジロと観察を始めた。
「そういうエデルもあんまり似てない」
「まあな」
「その異常なまでに凶悪な人相くらいしか同じじゃない」
「ほう……?」
「嘘。その凶悪な人相も私は嫌いじゃない。だから、頭を鷲掴みにするのはやめて。ごめんなさいやめて……!」
早々にクロゼルグが謝ってきたので、骨を鳴らしていた右手を引っ込めた。
残念。拳骨と同じく鷲掴みも久々にやってみたかったのだか。
「まあ、それでも其方にも似ているところは残っているさ」
鷲掴みを取りやめた右手でクロゼルグの少し癖のあるくすんだ金髪を軽く梳いた。
「この金髪は変わらぬだろう?」
「……そう、だね」
硬く変わらなかった表情がほんの少し柔らかなものに変わる。
彼女はヴィヴィと同じ色で姉妹みたい、と度々喜んでいた。
金髪が残ったという事は
「なんか、不思議」
クロゼルグがぽつりとつぶやいた。
「そうだな……」
無粋に何が、とは聞かない。
そんなの聞くまでもない。
自分達がこうして
オレたちはとうの昔に死に、もう二度と会うはずがない存在だった。
そのオレたちがこうして再開し、他愛のない会話をすること、ここにいて顔を合わせていること、その全てが不思議なことであった。
「盗み聞きするような輩もおらぬ。そろそろ腹を割って話すとしようか」
大きく息を吸う。
此れは、通るべき道なのだ。
逃げてはならない。
とうに終わったオレと彼女の関係を再び始めるには、どんなに辛くても話さねばならない。
「オレを恨んでいるか」
クロゼルグが力が抜けたようにふっ、と笑う。
「恨んでる。この世で一番」
わかってはいた。
わかってはいたが、わかっていたからこそ辛い言葉だった。
「だって、私はそのために記憶を継いだんだから。そうでなければ意味がないよ」
クロゼルグが椅子から立ち上がり室内を歩き、少し離れた壁に背中を預けた。
「何というのかな、ヴィヴィが死んでからみんな余裕がなくなった。時間的なものじゃなくて、心に、というのかな」
クロゼルグの言葉の一つ一つが自分の心に刃となって刺さる。
あの頃、己にしか手が回らず切り捨ててきたものの結果がここにあった。
「恨んでしまったのは、もう何時だったかは覚えてない。それは突然芽生えたものだったのかもしれないし、蓄積されていったものなのかもしれない」
──もう、覚えてないんだ。
胸を占拠する感情がある。それは、後悔、と呼ばれるものだったかもしれない。
だが、それを表に出すことは許されない。
これは報いだ。
全てを捨てて、一つにしか目を入れず、ただただ歩みを進めた愚かなオレの。
きっとオリヴィエが楔だったんだと思う。
地位も性格も性別も何もかもが違うオレたち四人を結びつけていたのは、ひとえにオリヴィエの慈愛によるものだった。
それに気づかずオレたちは、勝手に心は繋がってるなどという、戯けた夢想にとりつかれていた。
きっとわかってくれる。
だって、オレたちは友なのだから。
今までもそうだった。
くだらない。
実にくだらない。
最早どうしようもない、過去の過ちなのだった。
「でも、エデルと、エレミアと、
クロゼルグが自分を見る。
「
その言葉に含まれていたのは、明確な
「もっと
彼女はその小さな体を抱きしめて、息を吐く。
「でも、やっぱり
クロゼルグがこちらへと近寄り、壊れ物を扱うかのように自分の頬に優しく触れた。
「違う、けれどどこか似ている。だから、恨みよりも懐かしさが先にきてしまう」
何処か共感できる話だった。
自分も初めて
もう二度と会えない、そう覚悟していたからこそ恨みが募り、慕う気持ちも募る。
「私は今まで、
クロゼルグが自分の頬に添えた手を離し、そのまま両の手で胸を握った。
「貴方たちと出会って、私の恨みはもう果たされない物だと気づいてしまったから」
──もう、私はダメだと思う。
綻ぶようにクロゼルグが笑う。
「生きていく理由を失ってしまった」
その笑顔は儚く、悲しく、遠かった。
──エ■■も、私の事■■とも思ってなかった■だよね。
「クロ……」
「──えっ」
気づけばクロゼルグの手を引いて抱き寄せていた。
何故そんな事をしたかと問われれば、気まぐれとしか答えようがない。
もしかすると先程の笑顔にもう二度と会うことのないと思っていた、彼女の面影を見たのかもしれないし、一時の感慨なのかもしれない。
だが、いま自分はこの少女を何処にもやりたくなかった。
「クロ、名を聞いてもいいか」
腕の中で自分になされるがままにされる少女に問いかける。
クロゼルグは、自分の言葉を噛みしめるようにしばらく黙り込み、静かに答えた。
「──ファビア。ファビア・クロゼルグ」
ふわり、と
「なあ、
「そうだよ、もう無理だよ。私には」
「そうか……」
そうか、ならば仕方ない。クロゼルグももう疲れたのだろう。
ならば、もう休ませてやってもいいのかもしれない。
────がしゃん。
心が、鉄になる。
「そうか、ならば問おう。
嗚呼、許せ、オリヴィエ、リッド、クラウス。
オレは今から許されざる事をする。
オレらの妹を、オレは今から
──
瞬間的に励起された魔力が体を駆け抜け、ほんの一瞬の不快感とともに身体能力を引き上げた。
腕の中でされるがままのファビアの腕を掴み床に組み敷き、そのまま右手をファビアの首に添えた。
「死にたいか」
ファビアの金色の瞳に己の姿が映る。
「……どういう意味」
「聞こえたままだ。生きていく理由がわからないのだろう。ならば、後腐れなく自分が殺してやる」
生きていく理由がわからない。
それは
そういう事ではないのか。
ならば、もう良いではないか、生きていなくても良いではないか。
静かに手に力を加える。
「貴方に、それが出来るの」
「愚問だな、オレは魔拳。とうに両の手は汚れきっている」
ぎり、とさらに手に力を加える。
ファビアが苦しげに顔を歪めた。
「好きにすれば良い。私には、最早生きる意味がないのだから」
「──本当にいいんだな」
「構わない」
「
地獄があった。
魔拳が捨てたせいで、守れなかった光があった。
「成人も迎えずッ!恋も愛も何も知らずッ!また
それは、一体誰に対しての言葉だったのだろうか。
ぎりり、とさらに腕に力がこもった。
「ファビア、貴様はそれで──」
「良い訳ない!」
ファビアが叫びをあげて、体から魔力を放出し自分を吹き飛ばした。
吹き飛んだ自分の体がパイプ椅子を弾き飛ばしながら壁に激突し止まった。
じくじくと背中に鈍い痛みが走る中、ファビアに目を向ければその金色の瞳はいつの間にか玉のような涙が浮かんでいた。
「良い訳ない!私だってどうしたらいいかわからないの!じゃあ、私は
来た。
ずっと、来て欲しかったこの言葉が。
「クロゼルグを捨てろ」
「──なっ、それは……」
先に謝ろう、
自分は今から其方に呪いをかける。
其方が
そして、さらばだ、
「クロゼルグを捨てて、ファビアとして生きるがいい」
そんな事をできるはずがないのは自分が一番分かっている。
祖先の記憶というものは、自我が芽生えるよりも早くそこに在るものであり、下手すれば自分という存在より深く魂に結びついている。
それを捨てろなどと言うことは最早、悪鬼羅刹と罵られても言い返せぬ所業である。
「私に、
「そうだ」
「この恨みを、今までの全てを否定するの……」
「否定ではない。
「そんなの私には……」
体を起こすと共に体を敷いていたパイプ椅子が床に滑り落ちる。
ファビアのほうけたような表情を見ると、胸の奥に鈍い痛みが走る。
足が鈍る。
鉄にした心に罅が入る。
それでも、一度決めたことは曲げない。
自分は今から、クロゼルグを壊すのだ。
「ファビアとして生きたとして、それがいったい何になるの」
「自分のために、生きてほしい」
「──は?」
ファビアが自分の言葉を聞いて目を見開き、すとんと力が抜けたように床にへたり込んだ。
「今更、エデルのために?」
その言葉は彼女自身が意図して発した言葉というよりは、心の声が呟きに出たようなものに近いような気がした。
「ファビア」
片膝をついてしゃがみ、目線をファビアに揃える。
満月の日の月のような、昏い魅力を秘めた金色の瞳に再び自分が映り込む。
そして、一音一音しっかり聞こえるようにはっきりした口調でいった。
「
そう言ってへたり込んだファビアを優しく抱き寄せた。
ファビアの体は力加減を誤れば壊れてしまいそうなほど、華奢で小さい。
──受け入れてくれ。
──断ってくれ。
今自分は相反する二つの願いを抱いていた。
自分は願ってしまったのだ。
容姿が変わっても中身の変わらぬ、彼女を失いたくないと思ってしまった。
理解者はおらず、記憶を共有する友はいない。
そんな寂しい世界に戻りたくなかった。
だから、クロゼルグを壊し、ファビアと一つにしてしまうことで自分のそばから離れぬ、そんな『友』を欲したのだ。
だが、それはクロゼルグへの冒涜で、ファビアの存在を蹂躙する卑しい行為だ。
でも、それでも、自分は諦めたくなかったのだ。
二つの感情がない交ぜになった表情をした自分とクロゼルグの目があう。
「本当に、私を捨てないの」
その問いを聞いた瞬間、心の半分が砕けた。
──嗚呼、そちらを選んだか。
罪悪感が胸に浮かぶと共に、これで一人ではないという喜びも浮かんでくる。
その喜びに身を任せ、小さなクロゼルグの体を優しく抱きしめた。
「もう、捨てない。自分は絶対に」
クロゼルグが自分を弱く抱き返す。
その、久しく感じなかった人との交わりによる刺激に、実感を伴って罪悪感が過去最大に訪れた。
自分は呪いをかけたのだ、と。
魔女に呪いをかけるなど洒落にもならぬ。
ふっ、と自嘲気味な笑みがこぼれた。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
気づけば自然と、許しを請うように、
──すまない、リッド。
──オレはまた罪を犯した。
其れは、解けぬ呪い。
解呪すべき王子はここにおらずーー。