学園都市。学生が人口の8割を占める学生の街にして、外部より数十年進んだ最先端科学技術が研究・運用されている科学の街。
その街の第7区に位置する所に、とある青年がそこにいた―――
「あれ、ここ……どこだ……っ」
掠れた声でレイフォンは言った。
レイフォンは立ち尽くしていた。まるで異世界に迷い込んだように。感覚がそう言っていた。体がこの世界を拒絶し、レイフォンもそれに乗じて反応する。
いつの間にか無意識に、レイフォンは焦燥にまみれた形相で辺りを見ていた。そこはどこか都市のど真ん中。
外観からして、何処かの大きな都市に見える。
何処かの―――レイフォンは見知らぬ都市を、ぐるりと見渡した。
そこにあったのは見慣れた風景と似たようで全く違った。
見上げれば目を瞑りたくなる強い日差しに照らされながら道行く人々。
そんな風景をレイフォンは目に映る全へてから思考する。
人々の大半は学生だった。ならここはツェルニなのか、と頭によぎるが、すぐに否定する。よく制服を見れば、制服の作りからして全く違った。
「……なにあれ」
「見ない方がいいって、ほら、行こ?」
「で、でも、通報した方が」
「馬鹿っ、早く行くわよ」
「
「でも、あんな服だっけ?」
「さあ……ま、
「ああ、あの噂ね―――」
いつの間にか周りが騒がしかった。というより、その原因は全てレイフォンにあった。
レイフォンの周囲には、殆どの学生が歩く―――そんな中、戦闘服を着た青年が突っ立っているのだ。それもその服装も何故か土埃や泥で汚れており、明らかに戦闘した後の状態に見えないこともない。そりゃ、悪目立ちもする。
レイフォンは少し萎縮しながら、人目が付かないところまで足を運んだ。
人目の付かないところまで全速力で走ったレイフォンは、廃れたビルのひと部屋の奥で思考していた。
何かが違う。
決定的な何かが。
そして―――やっと分かった。理解した。
レイフォンにずっと違和感を与えていたその何かを。
窓をガラッと勢いよく乱暴に開け、空を凝視する。次の瞬間、レイフォンは驚愕の色を表した。
エアフィルターがなかったのだ。本来外の汚染物質から人間を守る役目をなす空気の膜が存在していなかったのだ。
反射的に手で口を覆う。
だがそれはなんの意味をなさない。何故ならここには汚染物質はないのだから。
レイフォンは少しずつ自分が今置かれている状況に追いついていく。
汚染物質はない。ならここは
自分の知っている世界は、外は汚染物質で溢れ、空気は人に害を与え、人も住めず、
なのに、ここにはエアフィルターもない。そうなると必然的に、汚染物質を浄化する機能をもつそれがないことになり、本来ならまともに呼吸をするどころが今生きていることさえもかなわない。
ただ、それがレイフォンの世界なら―――の話だ。
今しがた自分は空気を身体に取り込み、普通に呼吸をしている。
先ほどいた周りの人々も呼吸をしている。生きているのだ。何よりも自分が知っている空より綺麗過ぎた。これは自分が描いた妄想か、それとも夢なのか。
疑心暗鬼になりつつもレイフォンは、すぅと息を吸う。分かっていてもレイフォンはそうした。
「っ―――」
吸った空気が鼻腔に触れた途端、レイフォンは妄想が現実だと確信した。汚染物質特有の鼻腔に劈く感覚も全くなかったのだ。
つまりここには―――汚染物質も存在しない。
「ここは
……ならここはどこなんだ。
いや、そもそも自分はさっきまで何をしていた? 落ち着きを取り戻しながらここに至るまでの記憶を探る。
だが―――
「ぐっ―――」
唐突に頭痛がレイフォンを襲う。まるで頭の中をかき混ぜるような痛み。常人なら悲鳴をあげることもかなわないほどの壮絶な痛み。
だが―――それも一瞬。
その痛みが嘘のように引いていく。
(思い出せない)
荒い過呼吸をしながら、膝をつき、身体中の血の気が引いていくのを感じた。
記憶を掘り起こそうとすると、それを否定するかのように、襲い来る激痛。
無理矢理思い出そうとしても、無駄な時間を浪費するだけで、レイフォンは何も思い出せずにいた。唯一教えてくれるのは、腰に掛かっていた剣帯に収まった複数の
「………リーリン」
リーリン・マーフェス。
思わずここにはいない筈の幼馴染みの名前を言ってしまう。それだけで、自分は相当弱っているということに気づく。
唯一の救いは、彼女を覚えているということ。
そしてツェルニのことも。連鎖的に十七小隊のこともはっきりと覚えていた。グレンダンで過ごした時間も今も脳裏に渦巻いていた。
なのに、さっきまでのことが頭からすっぽり抜けていて何も思い出せない。
故に、こんな状況だからか、そして記憶の障害も相まってか、レイフォンは絶望に似たものを感じていた。
「……情報収集しないと」
現状、レイフォンはお手上げだ。ここは自分が知っている場所ではない。恐らく見知った人間もいない。頼れる人間も居ないのだろう。更に、余りにも不安要素が多々あり、迂闊には動けなかった。
「情報収集って何からすればいいんだろ」
もし、この場でツェルニ学園の十七小隊である、頼れる念威操者がいれば、とても頼もしかったのだが、生憎ここにはレイフォンしかいない。ならば、自分で考えて行動する他ないだろう。
情報収集を優先すべきなのか、それとも病院にでも行ったほうが良いのかと、多少迷ったが、この都市自体を全くと言っていいほど把握していないレイフォンにとって、病院の場所すらも知らないのだ。
レイフォンは必然的に情報収集を先決した。
(………それよりも自分の服、どうにかしないと)
レイフォンは、またひとり悩む。取り敢えず、と。レイフォンはその戦闘服を上半身だけ脱ぐと、一室にあった古びた机に掛ける。
一応、黒い戦闘服の下には、タンクトップを着込んでいた。
だが、レイフォンは次に視界に写ったものを見て、眉を顰めた。
(……皮膚が焼けている。もしかしてこれ、汚染物質なのか)
タンクトップ故にさらけ出された左肩周辺は、薄く赤い火傷を残していた。確認はした。
結局火傷は、上半身の三分の一を侵食していた。おそらく侵食したのは、最近だと推測する。
範囲は広いが、軽傷に近い火傷。この程度なら1週間そこからで、跡くらいは消えるだろうが、レイフォンの意識は別の方へ向いていた。
(やっぱり、これ、汚染物質の火傷だよなぁ)
汚染物質は体内に含むだけで、人に害をなす。生身で受ければ、人は5分ならずで死に至る。触れるだけでも外から焼かれる。だからこそ、人々は、レギオスの中で生きるしかないのだが。
だがこの事実は、逆説的に、レイフォンはこの火傷をあちら側で受けた。即ち自分の世界でこの火傷を受けたことになる。そして、それは汚染物質の広がる自律型移動都市の外。汚染物質のせいで、草一つも生えない荒野で受けたことになる。
となると、レイフォンがこの見知らぬ場所に来る寸前は、その場にいたことが証明された。あくまで憶測だが。不可解な所を言えば、自分は汚染物質を遮断スーツを着ていなかったこと。都市外で生身でいるのは、自殺行為に等しい。ならば―――
レイフォンは自分の記憶と掛け合わせながら、一つずつ紐解いていく。
―――その時だった。唐突に思考を遮断する。
レイフォンはスッと腰に掛けていた錬金鋼に手を伸ばし、早業でそれを手中に収める。
その形態は、スティック状で何の形を模してもないた手にひらサイズの棒切れにしか見えない。
それが錬金鋼の中での基礎状態となる形状。
レイフォンはそれを軽く握り締め、全身に行き渡っていた
「レストレーション」
吐息とともに吐き出したその単語は、剄を流し込んだのと、同じタイミング。
起動鍵語と剄の流し込みよって、錬金鋼は、記憶復元設定していた形状、そして重量を変形―――させるのではなく、元あった形状に復元されていく。
それが錬金鋼というもの。種類も十人十色あって、レイフォンのは、
姿見た目は、淡い蒼い光を放ち、形は純粋な刀
―――と言ったところか。
そもそも “剄” とは何か。
それはレイフォンの世界でいう『武芸者』というカテゴリーに位置する、普通の人とは違う超人的存在である。そして、そこから生まれるのが “剄” である。
剄は生命活動の余波から生まれる力。
―――外部に直接的な破壊エネルギーを放出する
―――肉体を強化する
。
その二つのによって、武芸者は超人へと至れるわけだ。
最終的に、武芸者にとって切っても切り離せない存在の錬金鋼と、それを最大限にその力を発揮できる剄を使うことによって、『武芸者』が完成する。
なら、何故レイフォンは復元し、刀の形をした錬金鋼を持っているのか。
レイフォンは青石錬金術鋼を片手に構えながら、この一室の出口であるドア付近を見た。
「そこにいるのは分かっている、出て来い」
静かに、そして冷気を包みながらその言葉をレイフォンは言った。瞬間、その場が一気に緊迫で支配されていた。
「
学生服を身に包んだツインテールの少女が、レイフォンの前に現れた。