悪役少女のヒーロー育成計画   作:fukayu

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悪との遭遇

「ケホ、ケホ。―――し、しっぱいした」

 

 肌が焼けつくような熱気の中、咄嗟に全身を覆うように出した石灰のカプセルから出た私は当たりを見渡して溜め息を付く。

 どうやら、慣れない個性で少しばかしテンションが上がってしまったようだ。

 

 ……もうちょっと、色々試そうと思ってたのに全部吹き飛ばしたら意味ないよね。

 

「あ、勢い余ってみんな吹き飛ばしちゃった。ま、でもみんなは私の中に生きてるってことで。どうせ連れていけないしいいか」

 

「――――お前だけは行かせん」

 

 誰かが足を掴む。

 所々スーツが吹き飛んでいてよくわからないが、この無駄に正義感が強そうなのは『ブースト』か。思ったより頑丈だったみたいだ。この様子なら自分の個性を把握している筈の耐熱グローブも無事だな。もう一人は知らん。

 

「……痛いよ?」

 

「お前みたいな悪が野放しになれば折角オールマイトさんが勝ち取った平和が無意味になる!」

 

「おーるまいと? 誰それ」

 

「お前達悪の天敵だ。お前はあの人に絶対に勝てない。あの人は―――」

 

「……興味ない」 

 

 足首から棘を出すだけの個性と傷口から猛毒を流し込む個性を組み合わせる。

 

 掴んでいた手が離れる。丁度いい、『ブースト』は役に立つので貰っておこう。

 貰うついでに心を抉る事は忘れない。

 

「もしかしたらあなたの個性のせいでそのおーるまいと? が負けちゃうかもね?」

 

「く、そ……」

 

「あ、寝ちゃった。やり過ぎたかも、一応解毒しとこう。死なれたら困るし―――あ、あれ?」

 

 無い。

 持っている中に解毒の個性が無い。流石にこれは予想外だ。

 

 ……ど、どうしよう。

 

 できれば殺したくない。

 私はもう既に仲間たちの命を背負ってここにいるのだ。こんなどうでもいい奴らの事なんて背負いたくも無い。

 

「げどくやく。げどくやく。この毒、全身に回るとまずいよね?」

 

 しょうがない、切るか。

 命に危険が及ぶ際は患部の切断をすると私達に教えてくれたのは彼らだ。文句はあるまい。

 

 幸い、今自分が持っている個性については把握しつつある。

 毒の回り方からどの程度までがセーフゾーンで何処からはデッドゾーンなのかもある程度分かる。なら、大丈夫なはず。うん、大丈夫。

 

 そこら辺に落ちていたヒーロー達の武器の一つであろう刃物に個性で熱を加える。

 熱さで煙が出てくれば簡易的なメスの完成だ。

 

「あなたたちはいつもこうして私達に接してきた。傷ついたら死なないように傷を治して、その度にまた傷つける。実験の為と言って仲間の身体を切ったり貼ったりもしたね」

 

「や、めろ」

 

「やめないよ。今からあなたたちには私達と同じ苦痛を味わってもらう。それが私が彼らに出来る唯一の事だから。死ぬほど痛いし死なせない。これは当然の罰だ」

 

 苦悶の表情を浮かべる『ブースト』の言葉など気にせず治療を行う。どうせ何を言ってもこの正義の味方達は悪の言葉など信じようとしないのだから、適当に理由を並べとけばいい。後は勝手に自分たちの都合のいいように解釈してくれるのだから楽なものだ。

 私は自分にされたことはしっかり返す。色々嫌な事もされたけど、今ここで私が生きていると言う事は殺されはしなかったと言う事。この先どうかはわからなかったが、少なくとも自分で死にたいと思ったことはまだないので殺されなかった以上彼らを殺すつもりも無い。

 

――――生きてる奴はすぐには動けない程度に治療して私はここから脱出する。それから先はそれからだ。

 

 そう思って、『ブースト』の右腕の切断部を熱で塞いでいるとふと、強烈なめまいが私を襲ってきた。

 

「はれ? な、なにこれ」

 

 今まで感じたことの無い痛み。

 まるで眼球を、身体の内側を抉り返されるような耐えがたい苦痛。

 

 原因はすぐに思い当たった。

 

 ……器が、溢れかえっているんだ。

 

 生まれて初めての個性の使用。それに加え、一度に多くの個性を取り込んだことによるキャパオーバー。恐らくは今さっき取り込んだ『ブースト』の個性までが私の限界なのだろう。今空っぽだった私の器に注がれた個性たちは破裂寸前で決壊すればため込んだ個性がどうなるかなんてわかった者じゃない。

 

 しかし、その事実に気付いた時には激痛に私の身体は耐えきれずに地面に倒れていた。

 幸いなのは周りのヒーロー達も同じくすぐには動けない事か。でも、それも時間の問題だ。私と違って彼らは戦闘経験豊富なプロ。体勢を立て直すのにどちらが早いかなんて明白で、向こうには私には無い増援というものもある。

 

 失敗だ。

 脱出する前に自滅して動けなくなるなんて誰が予想するだろうか。

 

 そうこうしている間に遠くから微かにだが足音が聞こえてきた。

 こういう時私には運が無い。何せ、本来この場面で助けてくれるであろうヒーローは例外なく私の敵で、味方になってくれるような相手はもういない。

 絶体絶命。

 深い泥の中に沈みこもうとした私の意識を呼び起こしたのは意外な声だった。

 

「大丈夫かい?」

 

 低い男の声。

 激しい、鋭い、鈍い、ゆっくりな痛みの中、その声だけはまるで何の障害の無いかのように私の耳を通じて語り掛けてきた。

 

「だれ?」

 

 小さな体が抱きかかえられる。

 この感覚は好きじゃない。身動きが取れなくて、自分の運命が握られているかのような感覚になる。

 それも知らない人間となれば尚更だ。何はともあれ、初めてあった人には敬語で話す事にしよう。それが社会の常識だ。

 

「誰、か。そうだな。君を助けに来たといえば信じるかい?」

 

「寝言は寝て言えということわざがあると聞きます」

 

「なるほど。だが、それは僕の知る諺では無いな」

 

「そうなのですか?」

 

 それは初耳だ。

 自分の常識が他人の常識では無いという事を指摘されてちょっと驚く。

 

 そんな私を男は抱きかかえたままゆっくりと私達がやってきた方向とは逆の本来向かうべき方向へと動き出す。

 

「君はずっとここに閉じ込められていたのかい?」

 

「閉じ込められていた? 違いますね。私達の家はあそこです。ずっとあそこで育ってきたのですから、閉じ込められていた訳ではありません。ただ、みんなで出ようとしていただけです」

 

「みんな? 他にもいるのかい?」

 

「死にました。ヒーローに殺されて」

 

 簡潔に答える。それ以上は必要ないようで男はただ「そうか」と、短く呟くと私に向き合うように顔を下に向ける。

 

「名前を聞いたね。僕の名前は『オール・フォー・ワン』。君を救いに来た」

 

「『オール・フォー・ワン』……」

 

 伝えられた名前を反芻する。

 それは奇しくも先程私が宣言した言葉と同じ言葉だった。

 

 曲がり角を曲がったところでいくつもの人の気配がした。

 

 ヒーローだ。

 各々が自分の個性を使い、ただこちらを仕留めようと待ち構えている。

 

 私も咄嗟に身構えようとするのを『オール・フォー・ワン』は制し、その圧倒的な力を振るった。

 

 火が、水が、風が、電気が、鉄が、渦となり刃となり衝撃となってヒーロー達を翻弄する。

 やがて、他に動くものが居なくなったころ、まるで最初から誰もいなかったように『オール・フォー・ワン』は私に向き合う。

 

「君の名前は?」

 

 ヒーロー達を圧倒的な力で一蹴した男は私に手を差し伸べながらそう、質問をする。

 その質問に私は答えられなかった。

 

「どうしたんだい?」

 

「名前、無い。私は失敗作だから」

 

 困った。

 彼は命の恩人だ。助けてくれた相手に名前も名乗れないというのはとても失礼な事だ。

 私はうーん、と頭をフル回転して自分の名前を考える。廃棄部屋に行く前は一応他の子供達と一緒にいたが、あれとか、それとか、お前とか呼ばれていた訳で正確に私の事を指す言葉が見当たらない。でも、流石に固有名詞は有ったと思う。一体、施設の大人達は私達を何と呼んでいたか。

 

「待って、重ね? そう、かさねだ。私はかさね」

 

 確か、私達は個性によってわかりやすいように色分けされていた。

 発動系は赤。

 変形系は青。

 異形系は緑。

 

 でも、私はそのどれでも無い失敗作の白だった。何にも染まっていない何にもなれない空っぽの白。両親の個性を重ねて生まれたはずなのにそのどちらも得られなかった失敗作。重ね違いだって、そう呼ばれていた気がする。

 

「かさね、か。苗字はあるかい?」

 

「苗字? ヒーローネームみたいなもの? それなら染色でいい。助けてもらった以上、私は貴方に従う。必要なら私は何にでも染まる」

 

 どうせ、何物にも成れない人生だ。

 これからはこの男にしたがって生きていこう。間違っても、ヒーローは嫌だ。それなら、この男に――――悪に染まろう。

 

 そうして、私は生まれて初めて施設の外へ、ヒーロー達によるクソッ垂れな平和が作られた社会へ足を踏み出した。




 今回で序章は終わりです。

 次回からは時間が進んで、丁度原作の一週間前くらいになる予定です。
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