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──クウガは……吉井 明久は、正気を失いかけていた。
今、彼は視界に入るもの全てが憎く感じている。
この瞬間も殴り続けている、コウモリ男だった肉塊はもちろんのこと。
土が……路肩の小石が……小さく顔を咲かせる花すらも、憎悪の対象だった。
「ああぁぁぁぁ!!」
どうやら黒く染まった複眼には、この世界が酷く映るようだ。
より一層激しさを増す暴力に、杉田はおろか一条までも身の危険を感じていた。
(まさか吉井君……キルマシーンに、未確認生命体と同じ存在になってしまったのか!?)
一条のその心配は、当たらずとも遠からず……と言った所だろうか。
確かに、今のクウガは誰にでも襲い掛かりそうではある。
だが、良く目を凝らして彼の複眼を見ると……ほんの少し──ほんの一部分だけ、確かに赤色が伺えた。
そして──一瞬だけだが、一条はクウガの拳の勢いが鈍ったのを、確かに捉えた。
「──!」
それは、彼の中に残った僅かな理性を表しているようだった。
(吉井君はまだ完全に理性を失っていない! 声を掛ければ、あるいは正気に戻るかも知れない!)
即座にそう判断した一条は、一歩前に出てクウガに呼び掛ける。
「吉井君! もう止めるんだ!」
「一条!?」
一条の声に反応して、クウガの拳がピタリと止まった。
突然クウガ──未確認生命体第4号に話し掛けた同僚に、杉田は肝を冷やす。
だが一条はそんなことなどお構いなしに、彼の中に残っているだろう理性に呼び掛け続けた。
「このまま怒りに身を任せてしまったら、君は未確認生命体と何も変わらなくなってしまう! それを一番恐れていたのは、君自身だろう!?」
一条の必死の呼び掛けが聴こえたのか、クウガはゆっくりと拳を下ろした。
一条は更に続ける。
「君はこんな暴力の為にその力を手にしたのか!? 違うだろう! もう誰かが傷つくのを見たくないから、戦う決意をしたんだろう!?」
クウガは、先ほどまでの荒々しさの鳴りを潜め、じっと自らの鮮血に染まった拳を見つめ始めた。
果たして、一条の呼び掛けは彼の心に届いたのだろうか。
──答えは、黒く染まったままの複眼が、如実に語っていた。
クウガは、血飛沫を浴びた顔で一条の方を振り返る。
「…………」
そのまま一条を見つめると──
「イち、ジョ……う……サん…………?」
彼は確かに今、片言ながらも一条の名を呼んだ。
そのことから、一条はクウガ──明久にまだ理性が残っていることを確信した。
「吉井君! 正気に戻るんだ!」
「ショ……き……?」
「そうだ! このまま理性を失えば、君自身が君の大切な人を傷つけるかも知れないんだぞ!」
「タ……イ、せ……ツな、ひト……」
クウガは再度、両の手を眺めた。
その様子から、一条はもう一押しでいけそうだと考える。
「思い出すんだ! クラスメイトの島田君を! 彼女が今の君を見て、喜ぶと思うか!?」
「み──ナ、ミ?」
その名は良く覚えていたのだろう。
はっとした様子を見せると、クウガは慌てて自らの血染めの手を見張った。
そして、顔を手で覆い──
「ボく、ハ──僕は、一体何を……?」
「戻ったのか、吉井君!」
しっかりとした日本語で、呆然と呟いた。
その複眼には、理性の赤が戻ってきているのが伺えた。
クウガは、第3号の死体と血みどろの自らの身体を交互に見やると、自分の仕出かしたことに気が付いてしまった。
「僕は……暴走してしまったのか……!」
あれだけ大口を叩いておきながら、みすみす力を暴走させてしまったことに、恥を感じると同時に怒りを覚えた。
ただ、後悔と恐怖だけはしないように努めた。
もう迷わず、怖がらないと決めたから。
クウガは一度深呼吸をしてから、一条に向き直り頭を下げる。
「すみません、一条さん。声を掛けてくれなければ、僕は取り返しのつかないことをする所でした」
「どうやら正気に戻れたようだな。ひとまずは安心したよ……。しかし、今回暴走したことを考えると、今後君を戦わせる訳にはいかないぞ」
「う……。ですよね……」
一条はクウガ……明久が理性を取り戻せたことに安心の溜め息を吐き、緊張から溢れた額の汗を拭った。
しかし、一条の言うように、今後クウガを戦わせる訳にはいかないだろう。
当然のことだが、一度暴走したことにより、クウガへの信頼というものは薄くなってしまった。
一度暴走した者に、もう一度戦いを任せるというのは、厳しいと言わざるを得ない。
一条の心情としては、心配ゆえにもう明久に戦って欲しくないというのが一番の理由だが。
──所で、一条は忘れている。
同僚の杉田には、クウガの正体を隠していたことを。
「おい、一条。お前第4号と当たり前に話しているが、どういうことか説明しろ」
「あ……」
あれだけ正体を知っていることを伺わせる発言をしていたのだ。
バレるのも当然である。
もはや言い逃れは出来ないと悟り、一条はクウガの正体と経緯を包み隠さず話し始めた。
△▼△▼△▼△▼
「はぁ……話しは分かった。君が人間で、文月学園の生徒であることも」
杉田は難しい顔をしながら、眉間を揉む。
今しがた一条が経緯をまとめてから話し、明久が時折補足して説明を終えた。
すでに明久は変身を解いており、人の姿に戻っている。
変身を解いても血が着いたままだったので一悶着あったが、今は水道で洗い流して取り敢えずは綺麗になっている。
そんなびしょ濡れの明久に対し、杉田は目を見てはっきりと告げる。
「しかし、吉井君だったか。すまないが、俺は君のことを上に報告しなきゃならん」
「え……つまり、僕の正体が公開されるってことですか?」
「君が言っているのは一般市民に公開されるということだろうが、それはまだ分からん。俺が言っているのは、警視庁本部の偉いさんに話すってことだ」
「? どう違うんですか?」
明久は疑問符を頭に浮かべる。
「取り敢えずは警察の上層部だけが知るってことだ。そこから警察全体に話しが通るのか、一般市民に公表されるのか。そこは上が決めることだ。まあ、吉井君は人間である証拠があるし、個人情報保護の観点から名前や顔と言った本人が特定されるような情報は公表されることはないと思うが」
「そうですか……」
明久は安心と不安が混ざったような、複雑な顔をしていた。
知り合いにクウガ──未確認生命体第4号であることを知られることは防げそうだが、最低でも警察の上層部の人間が自分の正体を知ることになる。
警察なので悪用することはないだろうけど……と、明久は内心溜め息を吐く。
それでも自分の重要なことを知られるというのは、例え相手が警察でも不安になるというものだ。
「あの……僕らだけの秘密にしてもらうことは……?」
「残念だが、それは無理だ。知った以上、俺には報告の義務がある。……そういうことだから、このことを隠そうとした一条の姿勢は頂けないな」
「やっぱり駄目ですか……」
明久は少しだけ期待して聞いたが、社会の義務というものは残念だが甘くない。
ガックリとうなだれる明久をよそに、杉田は一条をジロリと睨んだ。
睨まれた一条はというと、悪いことをしていたと反省し、素直に頭を下げた。
「……すみませんでした」
「ああ。処分は覚悟しておけよ」
真面目な一条としては今回のように筋の通らないことをするのは稀なのだが、情に厚い性格ゆえ、自分を曲げてでも明久に普通の高校生でいて欲しかったのだ。
その結果、明久のことを隠そうとしたのだが……やはり社会人として許されることではなかった。
「全く……帰ったらちゃんと報告書上げろよ?」
「はい。ご迷惑お掛けします」
「やっちまったことは仕方ねえさ。反省して処分を受けりゃそれで良い。今度焼き肉おごってやるから、元気出せ」
「……ありがとうございます」
困ったように溜め息を吐く杉田。
しかしその顔は決して迷惑そうにはしておらず、口元には手の掛かる後輩を見守るような苦笑が浮かべられていた。
その様子を見ていた明久は、一条と杉田にはパートナーとして確かな絆があるのだなと感じた。
一条との話しが終わり、杉田は明久に向き直ると一つ謝った。
「すまないな、吉井君。俺個人としては一条と同じく、学生として幸せに過ごして欲しいんだが……」
「いえ、仕方のないことなのは分かりましたから。辛くない……って言えば、嘘になっちゃいますけど」
「そう言ってくれると有難い」
杉田はそう言うと、場を締めるように一つ手を叩いた。
パンッ、という乾いた音が辺りに響く。
「──さて、もう夜も遅いし、一条は吉井君を家まで送ってやってくれ」
「分かりました。杉田さんは?」
「俺は第3号の死体を回収せにゃならんから、回収班が来るまでここで待機する。あと、教会の火事も消防隊を呼ばないとな」
「了解です。それじゃあ、帰ろうか吉井君」
「えっと……毎度毎度送って貰ってすみません」
そう言いながら、2人は一条の覆面パトカーに乗り込んだ。
帰り際、最後に杉田が明久に一言告げる。
「そのうち事情聴取をするから、覚えておいてくれ。学校帰りに警視庁に寄ってくれれば良いから」
「分かりました」
「おう。それじゃあな」
「はい」
そう言って杉田は軽く手を振って2人を見送った。
これで、明久の長い1日がやっと終わった。
多少杉田のお叱りが甘くなったとは思いますが、重要なことを報告しないのはやはり社会人として許されませんよね。
原作クウガを見ていて疑問な部分だったので、描写してみました。
……ちゃんと原作でも描写されてましたっけ?
何分、最後に原作クウガを観たのが2年ほど前なので、細かい部分があやふやです。
さて、感想、誤字脱字報告受け付けております。