申し訳ありません。
これからまた、ちょくちょく書いて行きます。
よろしくお願いします。
PM 6:39
警視庁武道館内
「正拳突きは腰を入れて打つ! 体幹を意識するんだ」
「は、はい! せぁっ!」
「違う、もっとこう──」
あれから数日、明久は放課後の時間を使って一条から格闘技の基本を教わっていた。
一条にも仕事の都合があるので毎日という訳には行かないが、なるだけ時間を作って教えるようにしていた。
「…………」
……教えている間で時折見せる、痛ましげな表情から、彼の心境がどんなものかは推し量れるだろう。
「ふう……今日はこの辺りにしておこう。少しは様になって来たな」
「はぁ……はぁ……ありがとうございます」
「この調子で行けば、すぐにでも上達するはずだ。君は中々運動神経が良いからね」
「がんばります」
たった数日間とはいえ、基本のみをひたすらに繰り返していれば多少は形になると言うもの。
加えて、明久自身がやる気に満ちていることで、更に覚えは早くなっていた。
今日はもう終いということで、暴れる心臓を落ち着かせていると、一条が「そうだ」と明久に呼び掛けた。
「はい、どうしました?」
「君に紹介したい人がいるんだ。考古学者の女性で、沢渡さんと言う方だ」
「考古学者……そんな人が僕と何か関係があるんですか?」
明久は首をかしげ、不思議そうに訊ねる。
つい最近までは一介の高校生にしか過ぎなかった彼が、考古学者などという大層な肩書きを持つ人物と関わるとは考えられなかった為である。
頭に疑問符を浮かべる明久に分かるよう、一条は苦笑を交えながら補足を入れてゆく。
「4号に関係するかも知れないことを研究している人なんだ。彼女は私の知り合いなんだが、研究している文明の文字と4号の身体に刻まれている模様が似ていると思ってね」
そこで一旦言葉を区切る。
明久は、確かにベルトや生体装甲のあちらこちらに、文字らしき模様が刻まれていたなと思い出す。
「先方にすでに話はしてあって、後は日程を決めるだけだ。……勝手に話を進めていて申し訳ないと思っているが、向こうがどうしても君に会いたがってね。すまないが、良い日を見繕って一度だけでも会ってはくれないか?」
困ったように頼み込む一条に、明久は特に悩むこともなく頷く。
己の秘密を知れるかもというチャンスなのだ。
明久に断るという選択肢は浮かばなかった。
「良いですよ。そうですね……3日後から学園の強化合宿があるので、明日か明後日なら大丈夫です」
「明日か明後日か……少し電話して聞いてみよう」
そう言って一条は席を外し、沢渡という女性に連絡を取り始めた。
数分ほど待つと、彼が電話を懐に仕舞いながら帰って来た。
「明日の夕方に来て欲しいそうだ。夕方ならいつでも問題ないそうだから、細かい時間は気にしなくてよさそうだよ」
「夕方ですね。所で、場所はどこになるんですか?」
「城南大学だ。明日の夕方は丁度予定が空いているから、私が送ろう」
「いつも送って貰ってすみません」
「良いさ。君は交通手段を持っていないからね」
と、そう言った所で一条はふと疑問を抱く。
「そういえば、バイクの免許は持っているのか? もう中型免許なら所得出来る年齢だろう」
「いえ、免許は持っていません。中型二輪はもう取れる歳ですけど……学園には徒歩で通うので、必要なくって」
「そうか……」
一条はあごに手をやると、幾秒か目を閉じた。
そしてすぐに手を離し、明久に提案を投げ掛ける。
「この先、未確認がいつ出没するとも限らない。そしていつでも私が君を送れる訳でもない。そんな時、君がすぐに現場へ駆け付ける為にバイクは持っていた方が良いだろう」
しかしその提案に、明久は難色を示した。
「うーん……。理由は納得出来るんですが、お金の問題が……」
「お金……当然その問題は出て来るか」
一条は早速ぶつかった壁に、眉間にシワを寄せる。
警察側の都合で免許を取ってくれと言っているのだから、やはり警察側が資金の工面はするべきかと、悩んだ。
しかし一般人の明久にそんな金を出せば、下手を打てば資金の横領になりかねない。
金額も金額だ、中型二輪の免許を所得するまでに、おおよそ20万程度掛かる。
だが、悩んでばかりでは話が進まない。
まずは一度、上に掛け合ってみないことには始まらないだろうと考え、一条は上司に相談してみることにした。
「費用なら、警察側でどうにか出来るかも知れない」
「えっ、でも……流石にそれは申し訳ないですよ」
「こちらの都合で取ってくれと言っているんだ、費用はこちらが負担するのが筋だろう。……もっとも、上が許可を出せばの話だが」
「良いんでしょうか……こんなにしてもらって」
恐縮したように畏まる明久。
彼は独り暮らしの貧乏学生というやつなので(と言っても、その貧乏の理由はゲームの買いすぎという自業自得なものだが)、うん十万もの金額を立て替えてもらえることに人一倍気が引けているのだ。
そんな明久を説得するように、一条は言葉を重ねる。
「普通なら絶対にこんなことはしないさ。ただ、私達の行動には人命が掛かっているからな。一人でも多く救うには、移動手段は必須だろう」
「それは……分かりますけど……」
「恐縮する気持ちは分かるよ。だが、もし上の許可が降りたら、その時は頼む」
そして、頭を下げた。
歳上にそこまでされては嫌とは言えず、明久は申し訳なさそうに頷く。
話がある程度ついた所で、本日は解散となった。
明久は自宅に帰り、一条は上司に免許の件を相談しに行った。
上からの許可は、意外なほど簡単に降りた。
そのことについて一条は、恐らく警視庁長官が許可を出すよう言ったのだろうと考えている。
(全面協力を行う、と言っていたからな)
実際の所は一条には知り得ないが、そうでもなければこんな無茶苦茶な予算の捻出はしないだろう……と、彼は心の中で一旦の結論を出した。
(それにしても)
と、彼はずっと頭から離れない感情に、我慢の限界を迎え、ついに頭を抱えてしまった。
(俺は吉井君を戦わせまいとしていたのに……気付けば戦い方を教え、より効率よく戦う提案までしている始末だ。なぜ、こんなことに……情けない……っ!!)
その感情とは、羞恥と怒りと自責の念が混じり合った、複雑なものであった。
しかし、いくら現状が嫌であろうとも彼は一警察官に過ぎず、黙って従うしかないのである。
キリキリと痛み始めた己のみぞおちを押さえながら、一条は夜の闇が落ちた街道を自動車で走り、落ち込んだ気分のまま帰宅するのであった。
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PM 12:27
文月学園Fクラス
そして翌日。
明久は現在、友人達と昼食を食べている。
そのメンバーはいつものメンツだ。
高身長で逆立てた赤茶毛の髪が野性味を感じさせる男、坂本 雄二。
女と見紛うほど愛らしい容姿を持った、特徴的なジジイ言葉を遣う男、木下 秀吉。
寡黙かつ大人しげな印象を感じさせつつも、その実相当なムッツリスケベである男、土屋 康太ことムッツリーニ。
普段は他にも、未確認に襲われた島田 美波や、姫路 瑞希がいるのだが。
美波は入院中で、瑞希は未確認と遭遇した際の精神的ショックのあまり外に出ることが恐ろしくなり、現在は不登校となっているのだ。
美波は入院中なので仕方ないにしても、高熱が出ても登校するほど真面目な瑞希が不登校ということは、よほど未確認が恐ろしかったに違いない。
さて、数名欠けてはいるものの、努めていつも通りに振る舞うメンバー達。
食事中の話題は、2日後に行われる強化合宿についてだ。
最初に話を切り出したのは、雄二。
「さて、強化合宿という名の勉強地獄まで、残すはあと2日となった訳だが……お前らは何を持って行く?」
ニヤリ、とイタズラを仕掛けた時のような笑みを浮かべ、他のメンバーに問う。
それに対し、秀吉、ムッツリーニ、明久は思い思いの答えを返す。
「トランプじゃな」
「……高性能カメラとボイスレコーダー」
「僕はダンベルと筋トレ用アンクレットかな」
「ムッツリーニはいつも通りとして、明久は何か違くねぇか?」
筋トレする気マンマンである。
その横ではムッツリーニが首をブンブン振って否定している。
「いやぁ、最近筋トレとかするようになってさ」
「へえ、珍しいな。アドバイスだが、筋トレは続けることが大切だぞ」
「うん。三日坊主で終わらせるつもりはないから」
そう、明久は一条との訓練を開始してからは、空いた時間を使って格闘技の型の自主訓練や筋力トレーニングをしているのである。
少しでも早く、強くなるために……という切実な思いから、自ずから始めたのだ。
明久は、その心内から知らずの内に、昼食のパンを強く握り締めていた。
普段と少し様子が違う明久に、雄二達は心配げな視線を向ける。
だが、以前は心の内を明かさなかったことを踏まえ、いつか話してくれるまで待とう……と、彼らは黙って話題を変えることにした。
「そういや合宿場までの送迎でよ、Aクラスが何で送られるか聞いたか?」
その分かりやすい話題転換だが、明久は特に違和感を覚えることもなく返事をする。
「いや、知らないけど。バスじゃないの?」
「バスなんだけどよ。スゲーんだわこれが」
「?」
疑問符を浮かべる明久に、雄二に取って代わって秀吉が答える。
「ただのバスではない、高級バスじゃよ。シートはふっかふかで、一人ひとりのスペースがこれでもかと言うほど広いのじゃ」
「秀吉は知ってたか。Aクラスにいる双子の姉から聞いたのか?」
「ご名答じゃ。姉上がこれでもかと言わんばかりに自慢してきてのぅ……腹が立つのじゃ」
頬をリスのように膨らませて、怒ってますとアピールをする秀吉。
ちなみに彼にはAクラス所属の双子の姉がおり、その容姿は同じ服を着たらどちらか分からなくなるほど似ている。
そんな秀吉をさて置いて、明久は素直に感嘆した。
「へえ、流石はAクラスだね。良いなぁ……」
「気になるのはFクラスの送迎だのう。一体どんなオンボロが来るのじゃろうか?」
そう、ここ文月学園では学力が高い者順にA、B、C~Fに掛けてクラスを別けており、成績上位のクラスほど良い設備が与えられる。
逆に、成績が底辺のFクラスには、勉強机の代わりに壊れたちゃぶ台を用意されるほど設備の差があるのだ。
つまり、Fクラスには相当なオンボロ車が来ると予想されている。
「うーん、せめてマトモに動く車が良いよね」
「……全くだ」
明久の困ったような言葉に、ムッツリーニが同意して頷いている。
やはり彼もオンボロは勘弁、という気持ちなのだろう。
そのまま談笑しながら食事を済ませ、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った頃。
チャイムとほぼ同時にFクラス担任の西村教諭が入室した。
彼は授業の開始を告げると、まずは生徒達の注目を集めた。
「えー、明後日の強化合宿の送迎の件についてだが」
「!」
来たか、と生徒一同は身構える。
一体どんな車を寄越すと言うのか……と、覚悟を決めて心も構えた。
西村教諭は言う。
「現地集合だ」
『案内すらないのかよ!?』
Fクラス生徒一同、魂の叫びがシンクロした。
「──っと、本来ならその予定だったのだが」
「──?」
「最近は未確認生命体の事件があったのでな。安全面を考えて、Fクラスにもバスを用意することが急きょ決まった」
『よっしゃあ!!』
全員でガッツポーズを取る生徒一同。
やはり多少はマトモな扱いをしてもらえて嬉しいのである。
そんな中で、西村教諭は淡々と更に言葉を続ける。
「ちなみに、とても古い車らしく時速20kmしか出ないそうなので、全員当日は5時集合だ」
「その車はもう壊れてるって言って良いんじゃないかな? 道路交通法にも違反してると思うんだ」
「……以上が連絡事項だ。授業を開始する」
明久のツッコミを素知らぬ顔で無視し、授業を始める西村教諭。
そんな彼を見て生徒達は、どういうことかを察して叫んだ。
『やっぱりこんな扱いかよおぉぉぉぉおぉおお!!』
Fクラスのこの扱いは、今に始まったことではない。
強化合宿まで、あと2日。
最後はギャグテイストでした。
たまにはこんなのも良いのではないでしょうか。
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