バカとクウガと未確認   作:オファニム

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約1ヶ月ぶりの投稿です。
大変お待たせしました。


疾走

 

 満月の月明かりが、ぼんやりと夜の大地を照らしている。

 

 とある川辺で、化け物が川を覗いていた。

 いや、正確には川に映る自らの顔を見ていた。

 

 その化け物──第5号、あるいはズ・メビオ・ダが、血に染まり穴の空いた己の右目をじっと見つめると……指先から生えた鋭く長い爪を、ゆっくりと差し込んだ。

 

 当然、考えることも憚られる激痛が走っているだろう。

 だが彼女は胆力のみでその痛みを耐えた。

 そして右目の奥に埋まっている目的の物を摘まむと、一気に引き抜いた。

 

『ガアァァァァ!!』

 

 ぶしゅり、と真っ赤な血液が吹き出す。

 肩で呼吸をしながら、取り出した物──潰れた弾丸を忌々しそうに見つめ、そして握り潰した。

 

『リント・レ……ゴバジ・ギダリ・ゾ・ガジガパ・ゲテ・ジャス……!』

 

 そう呪詛を唱えるような憎々しい表情で、遠くを厳しく睨み付ける。

 

 ひとしきり睨み付けた後、彼女は夜の闇に消えて行った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

 AM 8:50

 文月学園Fクラス

 

 相も変わらずボロっちい教室で、筋骨隆々の男性教諭──西村教諭が生徒達の点呼を取り終えていた。

 

「ふむ、吉井以外は来ているな」

 

 そう、明久はこの教室にいない。

 まだ来ていないのだ。

 

 不在の理由を知らない生徒達を代表して、赤茶色の髪を逆立てた男子生徒──雄二が質問する。

 

「鉄人、明久が来ていないのは単に遅刻しただけなのか?」

 

「西村先生と呼べ。吉井は体調が優れないそうなので、後から来るそうだ」

 

「明久が? 珍しいな」

 

 意外そうにしながらも、一応は納得した雄二。

 西村教諭はもう質問は出ないと判断し、続きを話し始める。

 

「さて、知っての通り本来は5時集合だったが、安全を取って全員同じ集合時間にし、且つバスも普通のものに変更した。未確認生命体第5号が現れたからな」

 

 本来はボロっちいバスに乗る予定で午前5時集合だったのだが、未確認生命体第5号の出現が報道された為に変更したのだ。

 また、移動ルートも変わっている。

 

 元々は高速道路を利用する予定だったのだが、第5号の犯行場所は高速道路。

 そんな危険なルートを通る訳にはいかず、時間は掛かるが、学園側は一般道路を経由することに決定したのだ。 

 

「──さて、これで朝礼を終わる。9時10分に校門前に集合なので、各自遅れないように」

 

 西村教諭は出席簿を閉じると、教室から退室して行った。

 生徒達も集合場所に向かう為、各々が席を立ってゆく。

 

 その中で、雄二と秀吉、ムッツリーニは、一ヶ所に集まって話し合いをしていた。

 

「明久が体調を崩すなど、本当に珍しいのう」

 

「全くだ。だが、この間から様子がおかしかったからな」

 

「……メールで無事か聞く?」

 

「そうすっか」

 

 彼らは明久を心配し、メールで安否を確認することにした。

 全員が一斉に送信しても迷惑なので、代表して雄二が送った。

 

 送信されたことを確認すると、彼らも集合場所である校門前へと向かった。

 

 やがて時間になると、教職員からの挨拶や注意事項等を受けた後にバスへと乗り込んだ。

 Fクラスの生徒達の中には、まともなバスに乗れることに、感激のあまり涙している者もいた。

 

 学園に残る教職員達に見送られ、文月学園2年生達は出発する。

 

 合宿と言っても、友達とお泊まりするのはやはり楽しみになるもの。

 大半の生徒は浮かれてはしゃいでいた。

 

 だが、一部の生徒達は不安を抱えていた。

 第5号が襲って来ないかという不安だ。

 雄二達も、その一部の生徒である。

 

 秀吉が、不安そうにそわそわしながら言う。

 

「第5号は襲って来ないかのう。今さらじゃが、不安になってしもうた」

 

 秀吉の独白に反応したのはムッツリーニ。

 

「……大丈夫なはずだ。奴の犯行場所は高速道路のみ。俺達が通る道路は高速道路から離れている」

 

「じゃが、万が一があれば」

 

「……通るルートには警察署がいくつかある。万が一襲われても、すぐに警察官が駆けつけてくれる」

 

「そうじゃと良いがのう……」

 

 ムッツリーニが落ち着かせようとするが、やはり秀吉は不安そうにしている。

 

 そうやり取りする2人を余所に、雄二は目を細めて窓の外を眺めていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

「──うん?」

 

「どうした、吉井君」

 

「いえ、携帯がメールを受信しただけです」

 

「そうか」

 

 現在、明久は一条と共に警視庁本部に居る。

 第5号に対抗する為、トライチェイサーの操縦訓練をしているのだ。

 真面目に訓練に取り組んでいたので、運転をするだけであれば問題ない程度には上達した。

 

 今は訓練の合間の休憩時間であり、一息入れている最中だ。

 明久はスポーツドリンク片手に携帯を確認すると、雄二達からの心配のメールが送られている事を知った。

 

(心配掛けちゃってるな……。早く第5号を倒して合宿に合流しないと)

 

 学校には体調不良で遅くなるということで通している。

 その為、あまり遅くなっては学校側に睨まれ、雄二達に心配を掛けてしまうので明久としては早く第5号を倒したい所だ。

 

 ──明久のその願いの一歩目は、すぐに叶った。

 

『全警官に通達』

 

 無線だ。

 

『第5号が出現。第5号は一般道路にて警官を次々に襲っています。現場に向かう警官は十分に注意して下さい。場所は──』

 

 第5号が姿を現した。

 その報せに一条と明久は勢い良く立ち上がる。

 そして明久がヒステリック気味に叫んだ。

 

「一般道路!? そんな、第5号は高速道路でしか犯行を行ってないはずじゃあ!?」

 

 雄二達は一般道路を使っている。

 彼らが巻き込まれる可能性が高まったことで、不安を掻き立てられた。

 

「急にやり方を変えてきたか! 急ぐぞ、吉井君!」

 

「はいっ!」

 

 どうか無事でいてくれと祈りながら、明久はトライチェイサーに跨がる。

 一条も覆面パトカーに乗り込むと、明久を先導する形で発進した。

 

 明久は警棒にもなる右ハンドルグリップ型の始動キー──トライアクセラーを見つめると、呟く。

 

「……次は逃がさない」

 

 そして、ハンドルの接続口にトライアクセラーを挿し込み、エンジンを起動した。

 アクセルグリップを捻ると、どこか透き通るようで軽快な駆動音が鳴り響く。

 

 それは、トライチェイサーという名のモンスターが産声を上げた瞬間だった。

 

「吉井 明久、出ます!」

 

 トライチェイサーは雄叫びを上げ、背筋が冷えるほどの加速度で警視庁を飛び出してゆく。

 

 間もなく一条の乗る覆面パトカーに追い付くと、サイレンを鳴らして走る彼の後を追従して行った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

 一方その頃、第5号──ズ・メビオ・ダは次々と警察官を襲っている最中だった。

 彼女は徹底して警察官達の右目を抉っている。

 これは、受けた痛みを返す為の復讐だろうか。

 

 まるで、彼女の右目を撃った一条と同じ警察官なら誰でも良いとばかりに襲撃を繰り返している。

 ズ・メビオ・ダは血に濡れた赤い指を舐めると、更に次の警察官を探しに行こうとした。

 

 だが、復讐に走っている彼女を止める者が現れた。

 

 額にバラの刺青を入れた、妙齢の女だ。

 

『バルバ』

 

 ズ・メビオ・ダは、バルバとだけ口にした。

 そのバルバと呼ばれた女は、はっきりとした日本語でひとつ告げる。

 

「ゲゲルの対象以外のリントを狩るのはルール違反だ」

 

『…………』

 

 そう注意勧告を受けた当の本人は、ふいと顔を背けた。

 どうやら、無視するようだ。

 

 そんな様子のズ・メビオ・ダをじっと見つめ、ぼそりと呟くバルバ。

 

「あと少しでゲゲルが成功するというのに、何故放棄するのか……」

 

『っ!』

 

 理解に苦しむといった様子で首を振る彼女を、ズ・メビオ・ダは、はっと正気に戻ったように見返した。

 どうやら、復讐に気を取られて重要なことを忘れていたらしい。

 

「ふん、今さら気付いたようだな。だがもう遅い。お前のゲゲルの参加資格を剥奪する」

 

 そう言ってバルバは、ズ・メビオ・ダの腹部のバックルに手を添えようとした。

 

 しかし、ズ・メビオ・ダはその手を払いのけ、バルバに背を向けて走り去った。

 

「……やれやれ。言うことを聞かない奴らばかりだ」

 

 もうすでに姿の見えないズ・メビオ・ダだが、バルバはさして重要ではないというように、この場を後にした。

 

 立ち去るバルバの横に、ふと白いローブのような布で身を包んだ男が現れた。

 その口元は黒い布で隠されている。

 

 男はバルバに話し掛けた。

 

「メビオを殺さなくて良いのか?」

 

「必要ない。ここで殺そうが、ゲゲルを成功させようが、失敗しようが、どの道魔石は爆発する。ルール違反者の爆弾を解除する気はない」

 

「そうか」

 

 男はそれだけ言うと、ふらりと姿を消した。

 バルバも振り向くことはせず、再び歩き始めた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

「──おいっ! ありゃ何だ!?」

 

 バスは目的地まであと半分、といった所まで、何事もなく走っていた。

 だが、それも終わった。

 文月学園の生徒達を乗せたバスを、猛然とした勢いで追う影があった。

 

 男子生徒がそれを最初に見つけ、周囲に訴える。

 おしゃべりに興じていた数人が彼の示す方を見ると、揃って悲鳴を上げた。

 

「未確認!?」

 

「何でこんな所にいるんだよ!? 高速道路にしか出ないんじゃなかったのかよ!?」

 

「知るかよっ! 死にたくねぇ!」

 

 それらの言葉は周囲にパニックとして伝染し、瞬く間に広がりきった。

 今やバスの中は大パニックだ。

 

 そしてやはり、影の正体は未確認生命体第5号──ズ・メビオ・ダである。

 ズ・メビオ・ダは生徒達の乗るバスに、獲物を見る目を向けていた。

 

 他にも生徒の乗るバスはあるのだが、どうやらFクラスの乗るバスをターゲットに定めたようだ。

 

「クソっ!? アイツこっち見てるぞっ!?」

 

「……何っ!? 狙われてるのか……!」

 

「死にたくないのじゃっ! 死にたくないのじゃっ!!」

 

 パニックに支配されているのは、ムッツリーニや秀吉も例外ではなかった。

 秀吉に至っては恐怖のあまり、涙を流している。

 

 しかし、周囲がパニックに陥る中で、ほんの数人だけ冷静な人物達がいた。

 ──西村教諭と雄二、そしてバスの運転手だ。

 

「落ち着きやがれこのバカ共っ!!」

 

「坂本の言うとおりだ! 皆、落ち着いて窓から身体が見えないよう、伏せるのだ!!」

 

 怒号とも取れるその一喝に、悲鳴はひたと止んだ。

 そして西村教諭の指示に即座に従い、全員がその場に伏せた。

 

 西村教諭と雄二はその結果に頷き、同じく伏せた。

 

「良くやった、坂本」

 

 西村教諭は雄二の頭を乱暴に撫でて褒めた。

 乱暴に撫でられた雄二は、何となく憮然とした表情で西村教諭を睨む。

 

「坂本はこのまま伏せていろ」

 

「鉄人はどうすんだ」

 

「西村先生と呼べ。運転手と話して来る」

 

 そう言って西村教諭は、未確認に狙われていて尚ハンドルを握ることを止めない豪胆な運転手に近付いた。

 そして話し掛ける。

 

「あの未確認をどうにか振り切れませんか?」

 

「無理でしょう。私共車乗りのコミュニティからの情報によると、時速150㎞でも簡単に追い抜かれたそうです。この大型バスでその速度を出すのは危険ですので、不可能と言わざるを得ません」

 

「どうすれば──危ないっ!!」

 

 西村教諭は叫ぶ。

 2人が話している間に、ズ・メビオ・ダが急接近してきたのだ。

 

 恐ろしい速度と力で振られた手刀が窓ガラスを割り、運転手へと迫った。

 運転手は突然のことで反応出来なかったが、西村教諭が服を引っ張ったことでギリギリで回避出来、鋭い爪は頬を切り裂くだけに留まった。

 

 とっさに避けたことでハンドルがぐらつき、窓の割れた音で生徒達が再び悲鳴を上げたが、西村教諭が一喝し落ち着かせた。

 

「西村先生、助かりました。痛っ……」

 

「酷い怪我だ……運転を代わりましょう」

 

「いえ結構です。乗客を守るのが私の責務ですから。私が、皆様を必ず守ります」

 

「何と……」

 

 何と強い責任感だろうか。

 何と尊い勇気だろうか。

 西村教諭は、彼に人として尊敬の念を覚えた。

 

 だが、それに浸っている暇はない。

 再びズ・メビオ・ダが襲って来ているのだ。

 

 先ほどと同じように手刀を振るいに近付いたズ・メビオ・ダ。

 今度はそれをしっかりと捉えていた運転手は──

 

「揺れますよ!!」

 

 鋭いハンドル操作で、バスのボディを彼女に叩きつけた。

 

 予想外の反撃を受けたズ・メビオ・ダは、回避が間に合わずに弾き飛ばされ道路を転がった。

 

「よしっ! ──しまった!?」

 

 上手く弾き飛ばすことは成功したが……彼は運転手にあるまじき失敗をした。

 ズ・メビオ・ダに集中し過ぎて、前方確認が疎かになっていたのだ。

 

 前方には、信号待ちで停車した車が。

 

「間に合えぇ!!」

 

 運転手は渾身の力でブレーキペダルを踏み込む。

 ブレーキが甲高い悲鳴を上げ、急激に速度を打ち消してゆく。

 

 前に押し潰されそうな強烈な慣性を感じる中で、生徒達が悲鳴を上げる。

 

 果たして──

 

「間に合った……」

 

 ギリギリで、バスは止まった。

 

「申し訳ない……守ると言っておきながら、このような結果で……」

 

「いえ、貴方は立派に守ろうとしてくれましたよ。……少々、肝は冷えましたがな」

 

 軽く落ち込んだ様子の運転手に、西村教諭は苦笑混じりに慰める。

 あの襲われている場面で止まっても殺されるだけであったろうと考えると、運転手ばかりを責めることは出来ないと西村教諭は思った。

 

『ジュスガンゾ……!』

 

「なっ!?」

 

 そんなやり取りをしている間に、いつの間にか飛ばされていたズ・メビオ・ダがすぐそこまで接近していた。

 その恐ろしい顔は、憤怒に塗り潰されている。

 

「ひぁ──」

 

 逃げようにも、運転手の身体はシートベルトで固定されており、とっさには動けない。

 

 西村教諭が助けようとするも、間に合いそうにはない。

 

 運転手は死を覚悟した──

 

 ……が。

 

「おりゃあああ!!」

 

『バビ!? ガ──』

 

 透き通るようなエンジン音と共に、真っ赤な人影がズ・メビオ・ダを吹き飛ばした。

 間一髪の所で、何者かが彼を救ったのだ。

 

「おい、あれって……」

 

「ああ──4号だ」

 

 ──未確認生命体第4号、クウガである。

 

 クウガはトライチェイサーによる体当たりを敢行したのだ。

 

 クウガはトライチェイサーから降りると、拳を構えてズ・メビオ・ダに向かって走り寄った。

 

『クウガ!?』

 

 体勢を立て直したズ・メビオ・ダが、驚きつつもクウガの殴撃に応戦する。

 

 だが、前回は避けることが出来ていた殴打が、何故か今回はそれが敵わなかった。

 

「はぁあ!!」

 

『グ……!』

 

 その理由は、クウガの気迫にあった。

 前回以上に込められた強い気迫。

 それは、クウガ……明久の友が襲われたことによる怒りと、絶対に逃がさぬという決意の現れ。

 

 様子見などせず、最初から決めるつもりで畳み掛けているのだ。

 痛烈なボディーブローの連打に、回し蹴りがズ・メビオ・ダの身体に突き刺さる。

 

 その様子を見ていた生徒達は、驚きを口にする。

 

「すげぇ……」

 

「俺達を助けてくれたのかな?」

 

 クウガに釘付けになっている彼らだが、1人だけ面白くなさそうにそれを眺めていた。

 

 ──雄二である。

 

「……バカ言ってんじゃねぇ。あんな“化け物”が俺らを助けるワケねぇよ。現実的に考えるなら、ただの仲間割れとかだろうよ」

 

 彼の呟きは誰に聞こえるではなく、周囲のざわめきに飲まれて消えた。

 

「だあっ!!」

 

 その間も止まぬ攻撃に、早速ズ・メビオ・ダはグロッキーと化している。

 そのままトドメに持ち込もうと、クウガは大きく拳を引き絞った。

 

 だがその大振りの隙を突いてズ・メビオ・ダは蹴りを放ち、距離を取る。

 苦し紛れの攻撃だが、恐ろしいまでの脚力から放たれるそれは十分な威力で以てクウガの左脇腹を打ち据えた。

 蹴る際に足の爪を立てた為、鋭く尖った爪がズブリと突き刺さる。

 

「ぐうっ!?」

 

『ジャラ・グスバ! クウガ!』

 

 このまま畳み掛ける……のかと思いきや、ズ・メビオ・ダは後ろに下がって更に距離を取った。

 

(逃げる気? させないよ!)

 

 彼女の意図を察したクウガが、血の流れる脇腹を押さえながらも、急いでトライチェイサーに乗り直した。

 

 それとほぼ同時に、ズ・メビオ・ダはクウガに背を向けて猛烈な速度で逃げ出した。

 

 クウガはそれを追い掛けるべく、トライチェイサーのスロットルをぐいと捻った。

 透き通るような唸り声を上げて、トライチェイサーは加速を始める。

 

 そして──ズ・メビオ・ダに迫る……いや、それ以上の速度であっという間にこの場から離れて行った。

 

「……行ったな」

 

「何にせよ、助かったのう……。4号様々じゃ」

 

 それを見届けたムッツリーニと秀吉が、ほっと安心の溜め息を吐いて身体の力を抜いた。

 他の生徒達も同じような反応だ。

 

 だが──

 

(こいつら、あの“化け物”に好感を抱いてやがる。あんなもん、いつ俺らに牙を剥くか分からねぇ。こいつらがあの“化け物”に近付かないよう言い含めておく必要があるな)

 

 雄二は、やはり面白くなさそうに……というより、問題視するように学友達を一歩距離を置いて見ていた。

 

 

 

 一方で、ズ・メビオ・ダは痛む身体に鞭打って逃げていた。

 と言っても、彼女としてはとっくに逃げ切ったと考えているので、そう焦ってはいないのだが。

 

 彼女は自分が最速だと信じてやまない。

 当然である、彼女は自らの脚に誇りを持っているからだ。

 

 誰も自分を追い越すことは出来ない。

 誰も自分に着いて来れない。

 

 これまでも、これからもそうである──はずであった。

 

 ──何かが、後方から過ぎ去った。

 

 理解し難かった。

 

 自分は最速だ。

 自分の前を過ぎ去るものなど存在しない。

 

 ならば、今しがた通り過ぎたものは何だ?

 

 恐る恐る視線を向けると、そこには──

 

「──逃がさないぞ、第5号!」

 

 ──赤い、宿敵の姿があった。

 

『ダババ……パダギ・ジョシ・ザジャギ・ザド!?』

 

 ズ・メビオ・ダはクウガを追い越さんと限界まで脚を動かすが、一向に距離が縮まらない。

 

 それほどまでに、トライチェイサーは速い。

 

 クウガはトライチェイサーをズ・メビオ・ダの横にまで移動させると──彼女にトライチェイサーごとタックルを仕掛けた。

 

『ガガ!?』

 

 時速約270㎞もの速度で、彼女は転倒する。

 流石の未確認生命体と言えども、そのような高速で転倒すれば、ただでは済まない。

 

 全身がバラバラになりそうな激痛に襲われ、ズ・メビオ・ダはもはや虫の息だ。

 それでも闘志だけは失っておらず、戦士としてのプライドだけで彼女は立ち上がった。

 その猛威を振るった脚は生まれたての子鹿のように震えており、立っていることがやっと、といった様子だ。

 

 ──好機、である。

 

 クウガは透かさず構え、1歩2歩と助走をつける為に下がった。

 そして両の腕を広げ、腰を深く落とす。

 

 その脚に力を溜め──走り出した。

 

 右足が火に包まれていると錯覚するほどに熱くなり、1歩、また1歩と踏みしめる度に、更に熱くなってゆく。

 ズ・メビオ・ダの目前にまで差し迫った頃には、熱は最高潮に達していた。

 

 後は──その右足を、がら空きの土手っ腹に叩き込むのみである。

 

「おぉりゃああぁぁぁぁ!!」

 

 ズ・メビオ・ダの強烈な蹴りに負けず劣らずの速度とキレで、クウガの蹴りが彼女の腹部に直撃した。

 骨が砕ける鈍い、致命的な打撃音が空気を揺らす。

 

 トドメの一撃に相応しい威力でもって放たれた蹴りにより、ズ・メビオ・ダの身体は、まるで投げ飛ばされた人形のように吹き飛んでゆく。

 腹部には刻印のように浮かび上がる古代文字があり、それから亀裂のようなものが彼女の銅色のバックルへと伸びていった。

 

 すぐに亀裂はバックルへと到達し──

 

『ギ……ギビダグ・バ──』

 

 その強靭な脚も、鍛えられた胴体も、ヒョウのように鋭いその顔も……何かにすがるように伸ばされた手も。

 

 ……全てが爆発し、散り散りに四散した。

 

 ──クウガの、明久の勝利である。

 

「倒せた……か。痛っ──」

 

 四散した肉片を確認し、クウガはそう言った。

 完全にズ・メビオ・ダが死んだことを悟ると、クウガは残心の構えを解き、痛む脇腹を押さえる。

 

「…………」

 

 無言でズ・メビオ・ダであったモノを眺めるクウガ。

 その手は、嫌な感触を思い出した時のように、開いたり閉じたりしていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

 未確認生命体第5号に襲われた後、文月学園生徒一行は学園へと引き返した。

 

 今回の事件により文月学園は、生徒の親を中心として世間から猛烈なバッシングを受けることとなった。

 未確認生命体が出没しているという情報が出回っていたにも関わらず、強化合宿を行った結果、生徒を未確認生命体の脅威に晒してしまったからである。

 

 そのバッシングを受けた文月学園は、会議の末、今年度の強化合宿を筆頭とした、校外に出る行事は全て中止とした。

 又、文月学園長の‘藤堂 カヲル’がマスメディアを通じて各方面へと謝罪。

 文月学園の名は、今回の事件を機に落ちる結果となった。

 

 

 

 一方、未確認生命体第4号──クウガが、報道機関によって大々的に報道された。

 他の未確認生命体と同じように危険視する声も上がっているが、文月学園生徒を助けるように闘ったことから、大半の人間からは、人の味方ではないかと考えられている。

 

 その、当の未確認生命体第4号は──

 

「おはよう、皆」

 

「おう、明久か。お前、合宿の時遅れて良かったな。大変な目に遭ったぜ……」

 

「恐かったのじゃ……」

 

「……未確認生命体、恐ろしい」

 

 何事もなく日常へと戻っていた。

 

 相変わらず遅刻ギリギリで登校してきた明久に、秀吉がどこか興奮した様子で話し掛ける。

 

「しかし、ワシらは4号のお陰で助かったのじゃ! 凄かったのう……颯爽とバイクに乗って現れ、怒涛の勢いで5号を打ち倒す! その姿はまるで──」

 

「よせ、秀吉」

 

 しかし、それは雄二がやけに冷たい声音で遮った。

 

「ぬ、雄二……?」

 

 冷たく言われる理由に心当たりのない秀吉は、困惑したように名前を呼んだ。

 

 雄二はその様子の秀吉を尻目に、近くにいる者達に聞こえるように声を張り上げて言う。

 

「あの赤いやつ……4号だが、奴に好感を抱くな。助けて貰ったなんて思うな。今後、奴を含めた未確認には絶対に近付くな」

 

 雄二のその傍若無人な物言いに、秀吉を始めとした生徒達が反発するように声を上げる。

 

「何故じゃ雄二。4号はワシらを助けてくれたじゃろう」

 

「バカ言え。現実的に考えてみろ、何故奴が俺達人間を助ける必要がある? メリットなんてないはずだ。4号と5号が仲間割れを起こしていたか、俺達という獲物を横取りしようとしてたと考える方が自然だ。違うか?」

 

「それは……」

 

 雄二の主張に、クラスの者達は黙り込む。

 実際は4号の正体は明久なので、人間である明久が人間を守るのはおかしくない。

 だが、明久は世間から自身の正体を隠している為、雄二がそう警戒するのも無理はない。

 

「…………」

 

 しかし、彼のその言葉は、明久の心に折れた木片が突き立ったかのように傷を付けた。

 

 だが、そんなことは露知らず、雄二は言葉を続ける。

 

「反論は無ぇようだな。良いか、あの赤い奴、4号は──」

 

 ──化け物だ。

 

 そう、雄二は口にした。

 

「っ──!」

 

 その言葉は、最も親しい友から発せられた言葉は、明久の心を鋭いナイフのようにズタズタに引き裂いた。

 

 明久は周囲にバレないように、うつ向き、悲痛に顔を歪める。

 その瞳には薄らと涙まで滲んでいた。

 

 しかし、涙は流せない。

 何故涙するのかと怪しまれるからだ。

 堅く唇を結び、溢れそうになる感情を必死に堪える。

 

 そして思う。

 

(やっぱり、正体だけはバレたくない。絶対に隠さなきゃ──!)

 

 未確認から守る為に戦わなければ、友を失う。

 しかし戦う姿のその正体を知られても、友を失う。

 

 明久はどうしても抱えてしまうジレンマに、仕方ないとは思いつつも、やるせない気持ちを抑えられないのであった。

 

 しかしあまり顔を歪めていても怪しまれてしまうので、どうにか悲痛に歪む顔を元に戻した。

 

 そうした所で、予鈴が鳴った。

 何となく張り詰めた空気が、この鐘の音によって霧散する。

 

 気を削がれた雄二が溜め息を吐くと、急に明久と秀吉、ムッツリーニに話し掛けた。

 

「次の授業は体育だ。さっさと着替えてグラウンドに行こうぜ」

 

 雄二のその言葉に、秀吉とムッツリーニは気まずい顔をしながらも、頷いた。

 

 だが、明久はそれをやんわりと断ることにした。

 

「ごめん、僕は今日は体育を休むよ。まだ少し気分が悪いんだ」

 

「ん? そうか。なら鉄人に言っとけよ。……今日は大人しくして、早く体調を治せよ」

 

「ありがとう、雄二」

 

 明久は、隠しきれない悲しみが滲む、ぎこちない笑みを浮かべると、教室を出た。

 

 そして少しだけ歩き、周囲に誰もいないことを確認し、呟いた。

 

「……隠しきれる、かなぁ」

 

 これから先正体を感付かれないか、という不安に押し潰されそうになり、思わず弱音を吐く。

 

 明久の右手は、ズ・メビオ・ダに受けた未だ治りきらぬ左脇腹へと添えられていた。

 

 ──添えられた右手は、今の気持ちを表すかのように小さく震えていた。

 




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