バカとクウガと未確認   作:オファニム

17 / 20
お待たせしました。
更新です。


跳躍

 

 ──少年が、血に沈んで倒れている。

 

 顔面は青く腫れ上がり、折れた歯が腐った畳の上を転がっている。

 

 鼻はひしゃげ、彼の胴体も酷い有り様になっている。

 

 ピクリとも動かず、力なく横たわるその姿はまるで……未確認生命体第3号、あのコウモリの化け物の最期のようで。

 

「──ッ!?」

 

 ──明久は“殴るギリギリの直前”で、そんな幻視をした。

 

 そう、幻視なのだ。

 明久の手はまだ振られていないし、根本の血に染まってもいない。

 綺麗なままだ。

 

「明……久?」

 

 拳を振り抜く寸前で固まってしまった明久を不思議に思い、恐る恐ると言った様子で秀吉が名前を呼ぶ。

 

 しかし明久は何も反応を返さなかった。

 掴み上げられている根本も、なかなか飛んで来ない拳に怪訝な顔を浮かべている。

 

「どうしたのじゃ、明──」

 

 秀吉が明久の顔を覗き込みに行くと──

 

「ハッ……ハッ……ハァッ──」

 

 顔から血の気が失せ、真っ青になりながら過呼吸に陥っていた。

 そして掴み上げていた手から根本がズルリと落ち、明久はその場にうずくまってしまった。

 

「明久!? しっかりするんじゃ明久!」

 

「おい、どうした! 明久に何があったんだ!」

 

「分からぬ……とりあえず、誰か保健室の先生を呼んで欲しいのじゃ!」

 

 周りが慌ただしくなる中、明久はそれらの喧騒の一切が聞こえていなかった。

 いや、別のことに集中している為に気付かなかった、という方が正しいか。

 

 明久は独り、思考にふけっていた。

 

(僕は……。同じ間違いを繰り返そうと、したのかな……)

 

 満足に空気を肺に送れず、もうろうとし始めた意識の中で、ぼんやりとそう思った。

 

 そして彼の脳裏に浮かぶのは、自らが怒りに身を任せて殴殺した、未確認生命体第3号。

 それと、第3号の最期に重なるように沸き起こった、殴殺された根本のイメージ。

 

 2つに共通することは、怒りに身を任せたということ。

 幸いにして根本に関しては未遂で終わったが、少し間違えていたら、彼も第3号と同じように殴り殺していただろう。

 今の明久には、それが容易く行えるだけの力がある。

 

 そのことに気付くと、とたんに何かに押し潰されそうになったのだ。

 

 この手で第3号の歯を折り、骨を折り、命を奪ったあの感触。怒りに身を任せ、人の為の拳を人に向けた行為。

 罪の意識とも言えるそれらは明久の心を蝕み、過呼吸という形となって表れた。

 

(このままじゃ、僕は──)

 

 未確認と変わらない──

 

 と、そこまで考えた所で明久の意識は途絶え、力なく横たわった。

 

「おい明久!? しっかりしろ、おい!」

 

 雄二達が必死に呼び掛けるも、意識のない明久には届かない。

 

 どうしようもなく慌てる彼らの下に養護教諭(保健室の先生)が到着したのは、数分後のことだった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

 明久が意識を取り戻したのは、すぐであった。

 養護教諭から適切な対応を受け、大事に至ることもなかった。

 一応念のため、養護教諭は明久を保健室で休ませることにした。

 

 今は、明久は独りで保健室のベッドに寝転がっている。

 体調自体には問題ないが、気持ちの問題で顔色はあまり良くはない。

 

(皆に迷惑掛けちゃったな……後で謝らないと)

 

 沈んだ気持ちのまま、そう思う。

 

 そして自らの手を握り、拳を作って眺める。

 

 ──果たして、この手は人の手か、化け物の手か。

 

 意識を失う直前、明久は自分が未確認と変わらないと考えていた。

 

 それは第3号を殴殺し、暴走した時に分かっていた。

 そうならない為、未確認と似た力を持ちながらも未確認を殺すことで、人間であろうとしてきた。

 

 自分は未確認とは違うのだ、と。

 

 だがそれもどうだ。

 あっさりと力を振るうべき方向を間違え、危うく人を殺しかけたではないか。

 

 人ならざる力を以て、人を害する。

 そこにクウガと未確認の違いなど、ない。

 

(違う!!)

 

 そこまで考えて、明久はかぶりを振る。

 

(僕は化け物なんかじゃない! 人間だ。人間なんだ!!)

 

 そう自分に言い聞かせるように、心の中で叫ぶ。

 

(人間……なんだ……)

 

 しかしその叫びとは裏腹に、身体は小さく縮こまってゆく。

 

 人の身体でなくなることを良しとして戦っておきながら、認めたくなかった。

 未確認と同化してゆく、この身体を。

 

 抱いたその思いは、矛盾である。

 だがしかし、その感情──恐怖は、確かに本物であった。

 

 いつか……美波すらも、友すらもこの手に掛けてしまうのではないか。

 そんな恐ろしい想像をしてしまうと、とたんに自らの拳が、身体が恐ろしく思えてしまった。

 

 小刻みに震えだす身体を掻き抱いて、溢れてきた涙を流しながら恐怖に怯える明久。

 

 ──そこで、保健室のドアにノックする者が現れた。

 

 突然の来訪者に、明久はビクリと肩を震わす。

 

(今、人に会いたくない……)

 

 そんな思いが相手に通じるわけもなく、ドアはあっさりと開けられる。

 

 入ってきたのは、西村教諭だった。

 

「倒れたと聞いたが、大丈──」

 

 彼は明久の濡れた頬を見ると、一瞬だけ驚いた顔を見せた。

 そして、すぐに優しげな顔を浮かべ、明久の隣に椅子を置いて腰掛けた。

 

「吉井。お前は何か、大きな悩みを抱えているようだな」

 

「え……?」

 

「その顔を見れば誰でも分かる。ほら、これで顔を拭け」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 西村教諭はハンカチを手渡すと、手の掛かる子供を見るような、それでいて慈しむような顔をする。

 

 明久が涙を拭ったのを確認してから、西村教諭は話を切り出した。

 

「吉井、お前は元々、暴力を振るうことにあまり抵抗のない子だったな」

 

「…………」

 

 そう、明久は未確認が出現するまでは、おふざけで暴力を振るったり喧嘩をしたりと、いわゆる不良に近い生徒であったのだ。

 誰彼構わず、というわけではなかったが、暴力のハードルが低かったことには違いない。

 

 それが未確認が出現してからは、めっきり暴力を振るわなくなった。

 そして暴力を振るい掛けて、今こうして涙を流している。

 

 はたから見て、明久が何かに悩んでいるのは一目瞭然だった。

 

「だが、人一倍正義感が強く、優しい子でもある」

 

 そうだ。

 おふざけの暴力は置いておくとして、明久が本気で喧嘩する時は決まって他人の為であった。今回の根本とのやり取りのように。

 彼は本来、他人の為に本気で怒れる心優しい少年なのだ。

 

「そんなお前のことだ、きっと分かったんだろう。暴力の怖さと、理不尽さが」

 

「…………」

 

 西村教諭は、明久が未確認の殺人事件に巻き込まれたことで暴力の極地を目の当たりにし、暴力の恐ろしさを学んだのだと認識していた。

 実際は少し違うが、あながち大きく間違ってもいなかった。

 

 今、明久は暴力の恐ろしさを痛感している。

 自分が化け物と化し、親しい者すらも殺してしまうかも知れないという恐怖の中で。

 未確認に対してとは言え、命を奪うという、究極の暴力を振るったことで。

 

 それらは、明久へ暴力その物への嫌悪と恐怖を抱かせるのに十分であった。

 

「先生はよくお前達Fクラス生徒に拳骨したりするが……実を言うとな、本当は先生も怖いんだ。暴力を振るうのが」

 

「え……鉄人が……?」

 

「西村先生だ」

 

 暴力の化身が何を、という目で西村教諭を見る明久に、西村教諭は思わず苦笑する。

 

「怖くて当然だろう。何せ、大事な教え子をこの手で傷付けているのだから」

 

 そう言って自らの手を見つめる西村教諭。

 その目は、悲しそうに細められていた。

 

 彼のその顔を見た明久は、返す言葉に詰まる。

 西村教諭のその感情が、自分を慰める為だけの嘘ではないと理解したからだ。

 

「先生はな、教え子が何よりも大切なんだ。なのに……この手で大切な生徒を傷付けてしまう。傷付けてしまえるんだ。先生は、そんな自分が怖いんだ」

 

「先生……」

 

 それは、自分の悩みと共通した部分があるのではないか。

 明久は、そう感じた。

 そして同時に、西村教諭なら自分を理解してくれるのではと、ほんの少しだけ希望を抱いた。

 

 だが、やはり全てを話す気にはなれなかった。

 大切な生徒を守る為に、明久という未確認生命体を敵視する可能性があったから。

 

 だが、西村教諭が自分に寄り添おうとしてくれていることには、素直に嬉しさを感じた。

 

 西村教諭は話を続ける。

 

「吉井達を殴るのは、愛あってのことには違いない。話を聞かないお前らが道を踏み外した時、その心に響かせるには拳しか知らないからだ」

 

 だが……と言葉を一旦区切り、コツリと己の額をこずく。

 

「未確認の痛ましい殺人事件を聞いていると、拳に頼っていることは間違いなのではないか……そう思うようになった。話を聞かないからと暴力で訴えるのは、ただの自己満足ではないのかと」

 

 そして溜め息を一つ吐き、再び拳を見つめて言う。

 

「結局の所、どんな理由があろうとも暴力は悪なのだろう」

 

「どんな理由があっても……暴力は、悪……」

 

「そうだ。そんな簡単なことにも気付けなかった。……いや、目を逸らしていた。暴力による矯正が手早く、そして楽だからだろうな」

 

 西村教諭は、そう自嘲気味に話す。

 

 しかし、その表情には自棄になったような陰鬱な色は見えなかった。

 むしろ、柔らかな笑みさえ、浮かんでいた。

 

 彼は言う。

 

「俺も吉井も、暴力に甘えてばかりいた。それは決して良くないことだろう。……だが」

 

 ──ゆっくりと、握りしめられた拳をほどきながら。

 

「今からでも、遅くはあるまい。暴力ではない、他の手段で心を伝える……その方法を探そう」

 

 西村教諭の拳が、開ききった。

 その瞬間、彼の暴力を振るう為の拳が──

 

「先生……」

 

「ん?」

 

「──ありがとう、ございます」

 

「少しでも道しるべになれたのなら、良かった」

 

 手を取り合う為の、誰かの手を優しく包み込む大きなてのひらへと、変わった。

 

(暴力は、悪。なら僕は……)

 

 変わろうとしている西村教諭を目の当たりにし、明久も何かが変わろうとしていた。

 

 明久は、その感覚に言い表せぬ暖かさを感じた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

 病院内。

 

 美波の入院する病室に、来訪者がいた。

 彼女の妹だ。

 

「お姉ちゃんっ! 会いたかったのです!」

 

「わ……葉月。ひとりでここまで来たの? また未確認に襲われたら危ないから、ひとりで歩くのは止めなさいって言ったでしょ!」

 

「ご、ごめんなさい……。でもでも、お姉ちゃんがいないと寂しかったのです……」

 

「まったく、この子ったら……。しょうがないわね、こっちにいらっしゃい」

 

「お姉ちゃんっ!」

 

 この子の名は、島田 葉月。

 美波の実妹で、元気いっぱいの小学5年生だ。

 ツインテールが天真爛漫さを表しているようで、よく似合っている。

 

 美波は、葉月の前でだけはいつも通りでいられた。

 やはり、家族であり最愛の妹だからだ。

 

 実は葉月は、第3号……あのコウモリの未確認に1度だけ襲われていた。

 あわや殺害されるか、といった所で、帰りの遅い葉月を心配した美波がその現場に居合わせた。

 

 美波は路肩の小石や棒で第3号の注意を引き、その隙に葉月の確保に成功した。

 ……だが、そこまでだった。

 非力な女子高生に過ぎない美波では、到底第3号に太刀打ち出来なかった。

 

 それでも抵抗を続けた結果、第3号は怒った。

 力任せに爪で切り裂こうとしたのだ。

 幸か不幸か、単純な動作だった為、頬を切り裂かれながらも避けることに成功した。

 頬の傷はその時に出来たものだ。

 

 だが、ただの高校生にとっては頬を切り裂かれるのは大怪我である。

 当然、激痛で動くことは出来なくなった。

 

 葉月が泣き叫びながら第3号の殺害を待つだけ、といった状況で、偶然車が通りかかった。

 すでに暗闇が辺りを覆い始めていた為、車は煌々とライトを照らしていた。

 

 それが、彼女達の命運を分けた。

 

 第3号はドラキュラのような特性を持つ。

 つまり、強い光に滅法弱いのだ。

 日光で消滅するまでとは言わないが、光を浴びればたちまち退散する程度には弱い。

 

 その為、彼女達は命を拾った。

 美波は無事に車の運転手によって救急車を呼ばれたが、心に大きな傷を負ってしまった。

 

 そこからは、知っての通りである。

 

 ただ、葉月の心は折れることがなかった。

 もちろん未確認に対する恐怖はあるが、子供ゆえの純粋さか、前に向かって歩きだした。

 美波を立ち直らせようとしているのだ。

 だから、今日のようによく会いに来ている。

 

「ところで、バカなお兄ちゃんは来たのですか?」

 

 バカなお兄ちゃんとは、明久のことである。

 葉月は明久と面識があり、頭の悪い彼をバカなお兄ちゃんと呼び、なついている。

 その呼び方に他意はない。

 小学生らしいストレートな、ただの愛称だ。

 

 葉月の問いに、美波はバツの悪そうな顔で答える。

 

「来た、けど……」

 

「……お姉ちゃん、また冷たくしたですね?」

 

「う……」

 

 美波の答えに、葉月はジトッとした目を向ける。

 非難する視線に、美波は居心地悪そうにしている。

 

「ダメですよ! せっかくお姉ちゃんを心配して来てくれてるのにっ。バカなお兄ちゃんが可哀想ですっ」

 

「で、でも……」

 

「でもも何もないですっ。どうして好きな人に優しく出来ないですか」

 

「ちょっ、葉月っ!?」

 

 美波は思わぬ攻撃に慌てふためく。

 たまたま個室の病室があてがわれたから誰にも聞かれず良かったものを、もし誰かに聞かれでもすれば美波は恥ずかしくて仕方なかっただろう。

 

 ちなみに、美波は明久に恋慕を抱いている。

 人を好きになることに理由を考えるなど無粋であるが、強いて言うならば、彼の優しさと勇敢さに惚れ込んだ。

 

 ただ、美波は自分の心に素直になれなかった。

 こと恋愛に関しては不器用なのだ。

 

 明久に取った態度も、彼を好いているからである。

 好意を寄せている相手にこそ、自分の傷ついた姿と、情けなく落ち込んでいる姿を見られたくないのだ。

 決して、明久が迷惑な訳ではない。

 

 しかし、やはり彼女は不器用だった。

 

「…………。やっぱり、アキにはこんな姿、見られたくないわ。それは今でも変わらない」

 

「お姉ちゃん……。でも、せめて優しくしてあげたらどうですか?」

 

「でも……」

 

「むかっ」

 

 いつまでも変わらない態度に、葉月は苛立った。

 そして、大好きな自らの姉が他人に優しく出来ないところなど見たくなかった。

 

 ゆえに、怒る。

 

「どうして優しく出来ないですか! お姉ちゃんはバカなお兄ちゃんがキライですか!?」

 

「ち、ちがっ」

 

「何が違うですか! 葉月にはお姉ちゃんがバカなお兄ちゃんを嫌ってるように見えます!」

 

「違うの、葉月」

 

「あんな優しい人に優しく出来ないお姉ちゃんなんて、キライですっ!」

 

「あ、待って!」

 

 葉月はそう言葉を吐いて捨てると、たちまち病室を立ち去ってしまった。

 美波は手を伸ばすも、すばしっこい彼女には届かなかった。

 

 呆然と病室のドアを見つめる美波。

 病室には、葉月が来る前に点けていたテレビの音声のみが反響している。

 

 ──そこでふと、テレビが無視出来ない言葉を発した。

 

 “未確認生命体第6号が出現”と。

 

 その出現場所は、この病院に極めて近い。

 加えて、葉月は今しがた出ていったばかり。

 恐らく、病院からも出るだろう。

 

 美波は、顔から血の気が失せるのを自覚した。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

 明久は、トライチェイサーを走らせていた。

 すでにクウガに変身しており、車と車の間を縫うようにして第6号の出現場所を目指している。

 明久は運動神経だけは良いので、ある程度の操縦技術はモノにしたようだ。

 

 報道機関が第6号出現を報せる少し前に、一条からの連絡があった。

 その連絡を受け、念のため病院に行くと偽ってすぐさま明久は学校を抜け出し、自宅付近に隠してあるトライチェイサーで出動した。

 

 通り過ぎる人々に騒がれながらも進んでいると、やがて第6号らしき影を見つけた。

 どうやら第6号は、ひとりの男性を狙っているようだ。

 

 クウガは、第6号が男性をジリジリと追い詰めていくのを、トライチェイサーで無理矢理割って入ることで阻止した。

 

 突然のことに、第6号はやや驚き、男性は更に未確認が増えたことに戸惑っていた。

 

 固まって動かない男性に、クウガは声を掛ける。

 

「早く逃げて!」

 

「え……あ、はいぃ!」

 

 一目散に逃げてゆく男性を横目で見送り、トライチェイサーから降りて第6号と対峙する。

 

 少しの間だけ、お互いをにらみ合っていると、第6号は驚きの行動に出た。

 

『クウガ。ジャマ……スル、ナ』

 

「!? 未確認が喋った!?」

 

 喋ったのだ。

 たどたどしいながらも、つっかえながらも。

 確かに、確実に。

 日本語を喋ったのだ。

 

『コロ、ス』

 

「くっ」

 

 しかし吐かれた言葉は、やはり殺伐としたものだった。

 第6号は、その殺伐とした台詞とは裏腹に、流麗さすら感じられる動きでクウガに回し蹴りを叩き込んだ。

 

 クウガはとっさに腕で防ぐことに成功したが、彼の心境はそれどころではなかった。

 

(もしかしたら……もしかしたら、意志疎通が出来るかも知れない!)

 

 今彼の頭の中を支配しているのは、西村教諭の言った言葉。

 

 “暴力は悪。他の手段で心を伝える”

 

 クウガ……いや、明久として。

 未確認とも戦わず、話し合いによって事を解決しようとしていた。

 

 それが正しいことではないかと、未確認とも意志疎通が可能ではないかと、信じたかったから。

 

「待って!」

 

『…………?』

 

 第6号は、ピタリと動きを止め、不思議そうにクウガを見る。

 

 明久は、しめたと思った。

 第6号は、どうやら話しを聞く気があるようだからだ。

 

「何で人を殺すんだ。何か理由があるの?」

 

『…………』

 

 聞いてはいるようだが、答えることはしない。

 それでも、明久は話し掛け続けた。

 

「もしかして、君達は住む場所がないの? 僕達人間が排除しようとするから、仕方なく殺してるだけなの? だったら、僕が知り合いを通じて伝えるよ。君達が安心して生きれる場所を用意するべきだって」

 

『…………』

 

 それでも、反応がない。

 

 明久はじっと待っていると、少しだけ反応があった。

 軽く腕を持ち上げ、言ったのだ。

 

『ウル、サイ』

 

「んなっ!? ぐあっ」

 

 一言だけ発した言葉は、拒絶だった。

 そして、痛烈なボディーブローのおまけ付きだ。

 

 攻撃されたとあっては、明久はクウガとして対応せざるを得ない。

 流石に黙ってやられる訳にはいかないのだ。

 自分がやられれば、人を守れる者がいなくなる……それくらいは明久にも分かっていた。

 

 しかし、残念な気持ちにはなるというものだ。

 

「クソっ、ダメだったか……」

 

『シ……ネ』

 

 結局暴力を振るわなければならないことに、明久はやるせない悲しさを感じる。

 しかし、やらねば第6号は誰かを殺すだろう。

 

 明久は思考を切り換え、クウガとして反撃を繰り出していった。

 

 いくらか蹴り蹴られ、殴り殴られを繰り返していると、クウガは自分の方が優勢であることに気づいた。

 どうやら、第6号はさほど耐久力はない様子なのだ。

 

 不利を悟った第6号はバックステップで距離を置くと──

 

『フッ』

 

 なんと、ひとっ跳びで近くのビルの屋上まで退避した。

 いや、跳ぶ間際に余裕そうに髪を掻き上げる動作をしたことから、退避というよりも、付いて来れるかといった挑発だったのかも知れない。

 

 ビルの高さは、地面からおよそ20メートル。

 あるいはクウガなら届くかと、明久は追いかけてみることにした。

 

「せえ──のおっ!!」

 

 脚を曲げ、力を溜め、全力で跳躍をする。

 ビルの屋上までグングンと近づいてゆき──

 

「──クソっ!」

 

 半分と少しを超えた所で、失速し落下が始まった。

 

 第6号は、落ちてゆくクウガを愉快そうに見下ろしていた。

 

 難なく着地に成功したクウガだが、内心は悔しがっている。

 

 あと少しだったのだ。

 あとほんの4、5メートルで届いたのだ。

 

 もっと、もっと高く。

 そうクウガは強く思いながら、再度跳躍することを決めた。

 

「おおぉぉぉぉ!!」

 

 ──変化が、起きた。

 

 今度は、いとも簡単に屋上まで到達したのだ。

 

 なぜ、と困惑するクウガだが、第6号の反応は違った。

 

 どこか、感心したような。

 どこか、嬉しそうな。

 

 そんな様子で、たどたどしい日本語で言う。

 

『ソウ、ダ……ソノ、イロ、ガ……イイ』

 

 イロ。いろ。色。

 

 ──そう、クウガの生体装甲と複眼の色が、変わっていた。

 

 いや、変わったのは色だけではない。

 生体装甲の形状にも変化が起こっていた。

 

 燃えるような真っ赤だった色は、深い海のような落ち着いた青に。

 筋肉質な肉体を思わせる生体装甲は、見るからに動きやすそうな、とにかく軽量といった印象を持たせるものに。

 

 クウガは、これまでとは全く違った新しい姿へと変化したのだ。

 

「変わった!?」

 

『ツイテ、コイ』

 

「あ、待て!」

 

 変化が起こってからのクウガは、動きもまるで違った。

 

 赤の時では考えられないような身軽さで、ビルからビルへと縦横無尽に跳び移って回った。

 

「よし、やっと捕まえた!」

 

 散々跳び回って、ようやく第6号を捕らえることに成功したクウガは、間髪入れずにボディーブローの連打を見舞った。

 

「はあっ!」

 

『フン』

 

「なにっ!?」

 

 しかし、第6号はまるで意に介さぬ様子であった。

 どうやら、全く効いていないようだ。

 

「パンチ力が、下がってる!?」

 

『ソラ……イタイ、ゾ』

 

「がはっ──」

 

 第6号はお返しとばかりに、ボディーブローを一発だけ叩き込む。

 しかし赤の時とさほど変わらないような動作であったのにも関わらず、クウガは今までで一番の痛みを感じていた。

 

(耐久力まで下がってるのか……!)

 

 第6号は、身体を折り込んでしまい隙だらけになったクウガへと追撃を叩き込む。

 強力な回し蹴りによってビルから投げ出されてしまったクウガは、そのままどうすることも出来ず、地面に叩きつけられてしまった。

 

 息も出来ないほどの痛みに苦しんでいると、第6号がビルから軽やかに着地をした。

 

 そしてゆっくりと、クウガへと近づいてゆく。

 

 クウガの頭を足蹴にし、そのまま踏み潰そうとした所で──

 

「あ……れ? 未確認、です……?」

 

 明久の知っている人物が、現れた。

 

 ──葉月だ。

 

(葉月ちゃん!? 何でこんな所に!)

 

 思わず悲鳴を上げそうになったクウガだが、事態はそれだけでは済まなかった。

 

「葉月、葉月っ! 戻りましょう、今未確認が出てるって──え、あ……」

 

 葉月を探しに来た美波まで、この場に居合わせてしまったのだ。

 

 彼女はみるみる血の気をなくし、あっという間に顔面蒼白になってヘタリ込んでしまった。

 無意識か、頬の傷を押さえている。

 

 そんな彼女らを見て、第6号は──

 

『エモノ、ダ!』

 

 嬉しそうに、楽しそうに。

 

 ひとっ跳びで、彼女らの前に立った。

 

「ひっ」

 

「お姉ちゃ──」

 

 そして──ふたりをひっ捕まえ、ビルの屋上へと跳び上がった。

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

 クウガが力の限り叫び、悲鳴を上げ、追いかけようとした。

 

 しかし、もう遅い。

 待ってもくれない。

 

 第6号は、優しげに姉妹の頭に手を置くと──

 

『トクテン、ガ……フタツ……ダ』

 

「「あっ──」」

 

 ビルから、突き落とした。

 

「ああぁぁぁぁぁ!?」

 

 クウガの……明久の、悲痛な悲鳴がビル群の中で反響した。

 




感想、誤字脱字報告受け付けております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。