今回は2話連続投稿になります!
長くなったので分けました。
それでは、どうぞ!
「どうして僕に、ベルトを渡したんですか……!」
明久の絞り出したような低い声が、バラのタトゥーの女──バルバへと詰め寄った。
無意識、そして無自覚の内に眉根が吊り上げられ、射抜くような視線で彼女を睨む。
その視線には、ある種の増悪のようなものがうっすら見てとれた。
一方バルバはと言うと、およそ高校生が出して良いような殺気ではないそれを一身に受けながらも、なんの気負いも感じさせない涼しげな表情で受け流していた。
彼女はおもむろに口を開き、たった一言だけ告げる。
「ゲームだ」
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時は数分前まで戻る。
未確認のアジトに潜入していた明久は、携帯の着信音によって存在を気付かれてしまっていた。
総じて戦闘態勢に移った未確認達から逃げようとしたが、驚異的な身体能力を誇る彼らから逃げ切ることは不可能であった。
明久はクウガに変身して応戦しようとも考えたが、なぜか殺されることはなかったので、下手に刺激しない為にあえて変身しなかった。
また、目の前で変身してしまえば当然正体がバレる。
そして明久=クウガと覚えられ、常に襲撃を警戒しなくてはならなくなる。
それだけではない、近しい者が襲われる原因にもなりかねない。
それ故に変身せずにいたら、未確認の1体が明久のみぞおちを殴った。
殺されない程度には手加減されていたものの、生身の状態で受ける未確認の拳は非常に重かった。
カハッ、と吐き出される吐息。
一瞬意識が跳びそうになるのを必死にこらえ、明久は未確認達に話し掛ける。
「君、達は……ゲホッ! 何が、目的……なんだ!」
『?』
「ぐあっ!」
未確認は、明久が何を言っているのか理解出来てなさそうに首をかしげ、とりあえずと言った様子で暴力を振るう。
顔を殴られて口を切った。
明久は痛そうに顔を歪める。
それでも諦めず、声を張り上げる。
「何で人をッ……ぐぅっ!? 殺すん、だ! がぁッ!?」
『ウル、サイ』
「ゴフッ──!?」
内臓が傷付いたのか、吐く唾液に鮮血が混じり始めた。
明久は、未確認と話し合いによって和解、そして不干渉を試みようとしていた。
それも叶わず今こうして殴られている訳だが、明久はそれでも耐え続ける。
何故か。
それは、1体でも話の通じる未確認がいるのではと、そう考えているからだ。
そして、果たしてその考えは、上手くいった。
──明久にとって意外な人物が現れる形となって。
「待て、お前達」
「ど……どうしてここに、貴女が!?」
現れたのはバラのタトゥーの女、バルバだった。
彼女は未確認達を、たった一言の流暢な日本語で下がらせて見せた。
明久はそのことから、もしやあの女性は未確認の関係者──ひいては、そこそこの立場に就いているのではと、何となく察した。
(どうして? 僕へ未確認に対抗する為のベルトをくれた人が、何で未確認に命令をしているの?)
分からない。
彼女が未確認の敵だったならば、ここにいるのはおかしい。
彼女が未確認の味方だったならば、わざわざベルトを渡して敵を作るのはおかしい。
どちらにしても矛盾が生じてしまうことに、明久は混乱する。
(だけど……もし、あの人が未確認の味方だったとしたなら?)
そう仮定してみると、頭のそう良くない明久でも分かることがひとつだけあった。
──何らかの目的で、明久を騙した。
どういった目的なのか、そもそも本当に騙されたのかは明久には分からない。
だが、混乱した彼では冷静な考えなど出来ず、ひとつ出た考えこそが正解だと思い込んでしまった。
そうなれば後に残るのは、騙されたという怒りのみである。
(そんな……僕はもう、人間には戻れないんだぞ! 一生化け物なんだぞ! それなのに未確認に利用されて……クソッ!!)
明久はぎらりとした眼光でバルバを睨むが、彼女は細事とばかりに無視して要件のみを伝える。
「来い」
「…………」
無言だが、明久は言われる通りにバルバに付いていくことにした。
内心では反吐が出る思いだったが、このままではいたぶられるのは目に見えていたし、話をすれば色々なことが分かる可能性があった為だ。
──そして移動し、ふたりきりになった所で冒頭へと繋がる。
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「…………は?」
明久は聞き取った言葉が信じられない、といった様子で呆け顔になる。
「げ、ゲーム……?」
「そうだ、ゲームだ。簡単に説明してやろう」
そう言ってバルバは、淡々とゲームとやらについて語り始めた。
ゲームは、“ゲゲル”と呼ばれる。
ゲゲルの参加人数は原則としてひとりのみ。
基本となるルールは単純、制限時間内に指定した数の人間を殺すこと。
そこに追加条件が組み込まれる場合もあるという。
ゲゲルは、いかにして課せられた条件をクリアーするかという、ある種狩りにも似た“娯楽”だということ。
「そして、クウガはゲゲルの難易度を上げる為のアクセント、という訳だ」
多少難しくないと面白くないだろう? と、皮肉たっぷりに言うバルバ。
笑えない冗談だ、と明久は思った。
それを聞いて、明久はひとつ聞きたいことが出来た。
何故自分がクウガとして選ばれたのか、だ。
「どうして、僕をクウガに選んだの?」
「ふむ。偶然……いや、気まぐれか。お前が力を欲したから与えたまでだ。クウガとしてゲゲルの難易度を上げてくれれば誰でも良かった」
「そう……か」
そして、こう思った。
(僕は騙されてなんかなかった──いや、騙されてすらなかった)
ただ、趣味の悪い遊びに付き合わされていただけだ……と。
(こんな……こんなことの為にたくさんの人が殺されたの? 美波は傷を負わされたの? 僕は──)
“人間”を失ったの?
下らない。
下らな過ぎて涙が出そうだ。
明久は人を守る為にクウガになったのであって、決してゲゲルを面白おかしく盛り上げる為に戦って来たのではない。
それが実際はどうだ、身を傷付け心を痛めて戦ったのは、未確認達を楽しませていたに過ぎなかったのだ。
告げられたあまりの事実に、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「さて、そろそろバヅーのゲゲルを再開するぞ。こんな所で油を売っていて良いのか?」
「っ!? まっ、待って──」
だが、バルバはそんな明久に気など遣ってはくれない。
掛けられた言葉は無情なものだった。
「待たん。さあ戦えよ、クウガ」
「ぐ……!」
バルバは明久に戦いを強要する。
人間を守る立場の明久がそれを拒む訳にもいかず、応じるしか手はなかった。
──本当は、戦いたくなどない。
人間と似た者達を、殺したくなどない。
未確認が人間を殺したから、憎くてたまらない……というのは良く分かる。
だが……彼らが楽しげに仲間同士で食事をしている風景を見てしまってからは、彼らもまた“生きている”のだと、そして人間らしさがあるのだと、知ってしまった。
明久がこれからしなければならないことは、彼らの笑顔と命を自らの手で奪い取り、破り捨て、ゴミのように踏みにじるということ。
愚かなまでに優しい明久には、それは酷なことだった。
だが、やらねばならない。
殺らなければ、次に殺されるのは親しい者かも知れないのだ。
未確認は、待ってはくれない。
「やるしか……ないのか」
そう呟いて、明久は歩き出す。
向かうは警視庁だ。
一度戻ってバヅーのゲゲルが再開されることを伝える為だ。
そして明久は走り出す。
そのまま未確認達に邪魔されることもなく、廃墟を後にした。
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その後、明久は警視庁に戻った。
電話で一条に警視庁に戻る旨を伝えると、一条はすぐに警視庁に飛んできた。
彼にバルバと話したことを伝えると、驚きをあらわにした。
その会話の内容を聞いていくに連れ、次第に表情に怒気が混ざっていく。
最後には怒髪天を突くような勢いで顔を真っ赤にしていた。
ただ、明久はその報告の中に自分の気持ちは一切含めていなかった。
当然だ、今さら戦いたくないなどと言えるはずもない。
だから自分の心は隠して、戦う準備を始める。
トライチェイサーに不調がないか触って確かめていると、一条が近づいて来て、口を開く。
「吉井君、今回も頼む。第6号の犯行をこれ以上許してはならない。一緒に倒そう」
彼は使命に燃えた瞳で、明久に熱く語りかける。
明久はそんな彼の様子に後ろめたさを感じ、生返事で返してしまう。
一条は明久のその様子に違和感は感じたようだが、他にも伝えることがある為に流した。
彼が後ろのドアに向かって「お願いします」と言うと、とある人物が入ってきた。
そのとある人物とは、沢渡 桜子である。
「久しぶりね、吉井君」
「沢渡さん? どうしてここに」
「君に伝えないといけないことがあって。今、大丈夫かしら?」
「ええ、構いませんけど」
桜子は「戦士クウガについての古代文字の解読に成功したんだけどね」と前置きをしてから話し始める。
「新たに青い戦士がいることが分かったのよ」
「青い戦士? それなら──」
なんか変身しましたよ、と続けたかったが、桜子はそれをさえぎって自分の話を続けた。
どうやら、すでに自分の世界に入っているようだ。
「──『邪悪なる者あらば、その技を無に帰し、流水の如く邪悪を薙ぎ払う戦士あり』。流水が恐らく青を指してるはず。薙ぎ払うの部分だけど、一緒に解読した文に『長き物を扱う戦士』って書かれていたから、たぶん棒か何かで……」
「あのー、沢渡さん? 沢渡さんってば」
「え、ああ。何かしら?」
「だから、僕もうその『青い戦士』に変身しましたよ」
明久が半ば呆れたように言うと、桜子はとても驚いて「早く言ってよもうっ」と理不尽に怒った。
言う前にさえぎられたんだけどなぁ、と心の中でぼやきつつ、青のクウガの特徴について説明する。
俊敏性及び跳躍力の向上、耐久性及び腕力の低下、長い木の枝が青いロッドに変化したことなどを教えたところ、「青い戦士で間違いなさそうね……」と呟いていた。
明久は明久で、あのロッドは低下した腕力を補う為の武器ってことなんだろうなと、ひとり納得していた。
互いに納得をした所で、桜子が用件も伝えたからと、いとまを告げようとした時──
『全車輌に通達。未確認生命体第6号が出現しました。至急現場に急行して下さい。場所は──』
明久のトライチェイサーから、警察無線による通信が鳴った。
その内容は、第6号の出現。
最後まで通信を聞いていると、その出現場所というのが美波達を襲った所であった。
明久と一条は、まさかと顔を合わせる。
「一条さん」
「ああ、奴は殺し損ねた島田君達を狙っているのかも知れない」
「早く行かないと!」
「島田君達は近くの病院にいるはずだ。急がないと見つかってしまうぞ」
「はい! 僕、先に行ってますね!」
そう言いながら明久はトライチェイサーにまたがり、エンジンを起動させる。
透き通るような駆動音を聞きながらヘルメットを被り、先行して現場に向かった。
トライチェイサーを走らせている最中、明久は心の内でひっそりと、何かに言い訳するように、こう洩らした。
(美波と葉月ちゃんを助ける為なんだ……。殺らなきゃ、殺られる。仕方ない……仕方ないんだ)
ぐん、と。
トライチェイサーは加速した。
△▼△▼△▼△▼
明久が現場に急行した頃、すでにひとつの花が散ってしまっていた。
道路に舞い散った多量の花びらは、いっそ狂ったように真っ赤だ。
弾けた果肉が、いかに手遅れかを雄弁に物語っている。
高所から落下しなければこうはならないだろうと、せり上がってくる胃液を飲み下しながら、明久はこの惨状を起こした者に確信を得ていた。
「第6号の仕業だ、間違いない」
もっと早く来ていたら結果は違ったのだろうかと、無念と後悔の念と自責の念に頭を支配される。
──その亡骸には見覚えがあった。
前回の第6号出現の際に襲われていたのを助けた男性……名は知らないが、恐らく彼であろうと、明久は気づいた。
わざわざ殺し損ねた人間を探しだしたのだろうか。
ならば、第6号は相当に執念深いということになる。
それはつまり、美波達の身に確実に危険が迫っていることを指し示している、ということに他ならない。
明久は嫌な予感をひしひしと感じながら、美波の入院する病院へとトライチェイサーを走らせた。
感想、誤字脱字報告受け付けております。