バカとクウガと未確認   作:オファニム

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お待たせしました!
2話連続投稿しましたので、最新話から入った方はご注意下さい。
それでは、どうぞ。

PS.最近クウガのコンプリートセレクションを購入しました。
伝説がこの手に収まっていると思うと感無量です。
めちゃくちゃカッコいいです。


流水・下

 

 清潔に磨き抜かれた廊下を、美波は葉月を連れて歩いていた。

 アルコール消毒液の香りで充ちた静かな空間……それが病院というものなのだが、今日ばかりはどこか騒々しかった。

 

 いったい何があったんだろうと不思議に思っていると、どこからか甲高い悲鳴が薄く聞こえた。

 

「な、なに?」

 

 病院にはあまり似つかわしくないものに思わずビクリと身体を縮こませる。

 ついさっき第6号に襲われるという恐怖を味わったのだから、それも無理はない。

 

 少女達がその場で戸惑っていると、対面の方から患者服を着た女性が全力で走ってきた。

 美波はその女性を掴まえて何があったのかを問う。

 

「ば、化け物が出たのよ! バッタみたいな顔したのが、窓の外からじっと病室を覗いてて……まるで誰かを探してるみたいだったけど、もう怖くて堪らないわ!」

 

 それだけ言って、女性はさっさと逃げおおせてしまった。

 

 だが、そんなことに構っている余裕など、美波にはなくなった。

 

(きっとウチらを探してるんだ!)

 

 狙われていることに気づき、とたんに顔色が蒼白に変わりゆく。

 

 どこか隠れる場所はないかと葉月の手を引いて探し歩く。

 その間にちらちらと思い浮かぶのは、失望。

 

(4号は6号を倒せなかったんだ……)

 

 だから狙われるのだと、倒せなかった4号のせいだと、ほんの少しだけ、思ってしまう。

 

 それは違う、全ての責任が4号にあるというのはおかしいと、必死に自分を助けたじゃないかと考えを改める。

 が、やはり恐怖によってまともな思考など出来ない。

 

 どうしても誰かに責任を押し付けたくなるのは、悲しいかな、人の性というものだろうか。

 

『うわぁ!? み、未確認だ! 未確認が入って来たぞぉー!』

 

「!」

 

 隠れる場所も見つからない内に、ついに第6号は病院内へと侵入してしまったようだ。

 

 同じフロアからの悲鳴ということは、第6号もこのフロアにいる可能性が高い。

 

(でも、どうしてウチがここにいるって分かったの? ううん、そもそも病院にいることが分かったこと自体が……)

 

 と、そこまで考えてから、美波は自らの着ている患者服に気づいた。

 周囲には、同じ患者服を着た人間が多くいる。

 

(しまった……服で気づかれたんだわ!)

 

 そう、第6号は服で美波のいる病院を特定したのだ。

 襲われた時に美波の着ていた服は、患者服。

 

 それと同じ服を着た人間が多くいる場所を見つければ、探すのは道理だろう。

 

 動揺を隠しきれない美波だが、何よりもまずは身を隠さなければならないと判断し、この場から離れようとした。

 

 ……が、その行動は少々遅かった。

 

『ミツケタゾ、オンナ』

 

「ヒィッ!?」

 

 のし、のし、と歩きながら、バッタのような外観を持つ化け物が、病室のドアを壊して現れた。

 

 もちろん、未確認生命体第6号だ。

 

「こ、来ないで!」

 

『ニゲルナ……コロシテヤロウ』

 

「い、嫌っ! 嫌ぁぁぁ!?」

 

「お姉ちゃん、早く逃げるです!」

 

 美波は尻もちを突き、床を這いながら後退しようとする。

 だが、第6号は後退した分だけ距離を詰めてくる。

 

 葉月は腰を抜かした美波の腕を引っ張って共に逃げようとするが、いかんせん幼い女の子の腕力では動かすこと叶わなかった。

 

 また捕まってしまうのかと暗い覚悟を決めてしまいそうになった時、わきの方から横槍が入った。

 

「逃げるんだ、早く! うおぉぉ!!」

 

 それは、見ず知らずの中年の男性だった。

 患者服を着ていることから、入院患者であることが伺える。

 

 ……彼は、襲われている美波達を見て、決死の覚悟で助けに入ったのだ。

 

 だが、ただの人間が第6号に敵うはずもなく、あっさりと弾き飛ばされてしまう。

 

「ぐあっ」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ああ、大丈夫だよ。それより、早く逃げてくれ!」

 

 そう言いながら、再度第6号に立ち向かってゆく男性。

 第6号は鬱陶しそうにそれを払いのける。ゲゲルのルールでターゲット以外殺せないので、男性にとって幸いなことに未だに生きている。

 

 しかし死なないだけで怪我はするので、何度も立ち向かう度に彼の皮膚は破れ、骨は折れ、患者服が血に染まっていた。

 

 それでも、男性は逃げない。

 美波達を庇い続ける。

 

 腰を抜かして動けない美波は、もう良いと、男性こそ逃げてくれと思わず涙を流した。

 

「もうやめて下さい、死んじゃいますよ!?」

 

「いいや、逃げない。ここで逃げたら、私は酒に溺れたあの頃に戻ってしまう! 娘と約束したんだ、変わるって! ここで君を見捨てたら、自分自身も見捨ててしまう気がするんだ!」

 

 ボロボロになりながら、激しい痛みで動かない右腕を押さえながら、中年は叫ぶ。

 それは、人の親としての意地であった。

 

 彼は立ち上がり、近くにあった不審者撃退用の鉄棒を手に取って、また立ち向かった。

 

「どうして、そこまでして……」

 

「私の娘は、君と同じくらいの年頃なんだ。見捨てられないよ」

 

 にこりと笑いかけて、第6号を鋭く睨む。

 気合いをのどから絞り出しながら、鉄棒を第6号に叩きつけた。

 

 ……が、やはり、第6号は傷ひとつ付かない。

 防ぐことさえしなかった。

 

 今度は少々強めに吹き飛ばされた中年の男性は、宙を舞った。

 

「おじさん!?」

 

 あわや固い床に墜落か、と思いきや。

 

「大丈夫か、おっさん!」

 

 患者の青年が、滑り込むようにして中年の男性を受け止めた。

 

 それだけではない。

 数人の男達が、第6号を取り囲んでいるではないか。

 

 ──彼らは皆、中年の男性に心動かされた者達であった。

 

「おっさん、ナイスファイトだったぜ」

 

「男なら女子供を守らなきゃいけないよな!」

 

「俺も手伝うぞ!」

 

 彼らはそれぞれ、手に消火器やら懐中電灯などの武器になる物を握っている。

 化け物相手に、戦うつもりでいるのだ。

 

 無謀だということは、彼らも分かっている。

 無理なことなど、彼らも重々承知である。

 

 だが──ここで少女達と、その少女達を守ろうとした勇気ある者を見殺しにするほど、彼らは無情でもなかった。

 

 そんな彼らに、第6号はチラリと視線を向ける。

 そして、フッ……と鼻で嗤った。

 

 それを皮切りに、男達は一斉に得物を振り上げる。

 

 全身全霊を以てぶん回されたそれらは、見事第6号の頭部や肩、胸に吸い込まれ──

 

『ヨワスギル、ナ』

 

 やはり、と言うべきか。

 弾き返され、その一切が通用しなかった。

 

 骨を折ったのか呻く男達だが、第6号はもう彼らに興味を失ったのか視線をくれてやることもせずに、美波と葉月の方へ歩を進めた。

 

「嫌……もう、やめて。どうしてこんな酷いことするのよ!!」

 

『……サア、シネ』

 

「うぅっ……!」

 

 美波の悲痛な訴えには反応せずに、彼女の胸ぐらを掴んで軽々持ち上げる第6号。

 

「お姉ちゃん!? お姉ちゃんを離すです!」

 

 捕まってしまった姉を離せと、葉月が第6号の脚を叩く。

 当然離すわけもなく、次はお前だと言わんばかりに葉月に手が伸ばされた。

 

 だが、そうはさせないと足掻く者がいた。

 

「その子達を離せぇ!」

 

「お……じ、さん」

 

 中年の男性だ。

 彼は第6号の脚にしがみついてでも止めようと、喰らいついていた。

 しかし、その傷だらけの腕にはもはや、力は入っていない。

 

『フン……』

 

「がっ──!」

 

 結果、容易く蹴り飛ばされた。

 今度こそ体力の限界が来たのか、中年の男性は微動だにしなくなってしまう。

 

 彼の悲惨な結果を目の当たりにした美波。

 頬をつたう一筋の涙は、悲しみと絶望が具現したものか。

 

 どうしようもなくなった今、自然と唇が言の葉を結ぶ。

 

 それは、助けを求める声。

 

 雫が、頬を離れて重力に引かれた。

 

「助けて──4号……!」

 

 落ちて、床に散れる。

 

 

 

「おりゃああぁぁぁぁ!!」

 

 蒼き閃光は現れた。

 

 第6号の筋肉質な肉体を蹴り飛ばし。

 

 第6号の手から離れた美波を優しく抱き止め、自らの身体で葉月が隠れるように前に出て。

 

 美波を降ろし、第6号に堂々と立ち向かう、その姿は──

 

「4号……!」

 

 そう、未確認生命体第4号。

 またの名を、戦士クウガ。

 

 クウガは、静かに拳を構えた。

 

 周囲の人間が、救世主を得たかのように沸き上がる。

 

「4号だ……4号が来てくれたぞー!」

 

「お願い、アイツを倒して!」

 

「頼んだぞー!」

 

 皆、思い思いに歓声を上げ、クウガにエールを贈る。

 一身に歓声を浴びる中で、ふとクウガは手を引かれたことに気づく。

 

 チラリと目を向けたが、どうやら美波がやったようだ。

 

 美波は目の端に涙を溜めながら、絞り出すような声でクウガに言った。

 

「お願い……助けて……!」

 

 それは、少女の精一杯の訴えだった。

 

 それに対するクウガの答えは──首肯。

 美波を安心させるように、大きく頷いてみせた。

 

 そして中年の男性が落とした鉄棒を拾い上げ、軽く振って構える。

 

 構えた鉄棒は、みるみる内に形状が変化し、1秒と掛からず青いロッドへと変わった。

 

 カシャリと音を立てて伸びたロッドを手にし──

 

「はあっ!」

 

 第6号へと挑む。

 以前は青のクウガでの格闘は一切通用しなかったが、今度は違う。

 ロッドで戦うことで威力の向上が為されており、充分に第6号にダメージを与えることが可能になった。

 

 クウガは俊敏さを活かして一息に接近すると、ロッドを横一文字に振り抜く。

 リィン、とロッドから涼しげな鈴の音が聞こえたと同時、鈍器が肉を打つ鈍い音が鳴った。

 

 クウガのロッドを持つその手は、まるで石のように硬く握り込まれている。

 

 第6号はよろめくが、たった一度の打撃だけでは終わらない。

 そのまま二度、三度と連打を重ねてゆく。

 

『グッ……ジャマヲスルナ、クウガ』

 

 第6号はそう悪態を吐きつつも、怒涛の連撃にたまらず逃げ出した。

 近くの窓を蹴破ると、一息に病院の庭へと降り立つ。

 

 がしかし、クウガも逃がす訳には行かない。

 間髪入れずに追いかけてゆく。

 

 美波は、クウガの出ていった割れた窓をじぃっと見つめていた。

 その顔には、先ほどまでの絶望の涙とは違う意味合いの涙が流れている。

 

 そして、短く唇を動かした。

 彼女が何と言ったかは、初夏の風に吹かれたカーテンの音で、誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

 クウガは跳んだ。そして逃げようとする第6号を、ロッドで足払いして転倒させた。

 その隙にロッドを胸部へと叩き込む。

 

 第6号はうめき声を上げながらも、追撃を逃れる為に、たちまちにして起き上がった。

 

 クウガは息を整える為にあえて追わずに、一定の距離を保ちながらロッドを構える。

 

 そしてクウガは思った。

 

(本当に、これで良いのかな……)

 

 ──そのロッドの先端は、小刻みに震えていた。

 まるでクウガの……明久の胸中を表しているかのように。

 

 彼は、未だ迷っていた。

 

 明久の中で、何を優先すべきかは既に決まっている。

 もちろん、人だ。人の命だ。

 理不尽に未確認生命体に殺される人が出ないよう戦う……そう、決めた。

 

 だが、問題は相手だ。

 相手もまた、人。……もしくは、それに近い者。

 未確認生命体達の人間らしさを、明久は見てしまった。

 

 ゆえに、明久としては、どうにか未確認と分かり合って穏便に済ませたい。

 しかし未確認は人を遊びで殺す。それも大勢を。

 

 ならばクウガとしては、殺される前に殺す他なかった。

 

 そこが、明久にはどうにも割り切れなかった。

 

 殺すということは、可能性を消すということ。

 殺すということは、奪うということ。

 

 未確認達の見せた笑顔もまた、本物。

 それを奪うことを、明久はしたくなかった。

 

 ──だが、やらねばならない。

 殺らねば、美波、そして何の罪もない人達の幸せが奪われるのだから。

 

 だから、仕方ない。

 そういう免罪符を掲げてまで振るわなければならない暴力が、明久は嫌で嫌で堪らなかった。

 

 ──明久は、戦いたくなかった。

 

 そして、再びロッドで第6号を殴りつける。

 

 すると、不意に第6号が喋った。

 

『オレガ……シヌ、ノカ……ッ!?』

 

「っ」

 

 第6号からは、焦ったような……恐怖。そう、クウガという暴力への恐怖が感じられた。

 自分の全てが奪われるという、おぞましさ。

 

 第6号がそれを感じていることが、今の一言で明久に伝わってしまった。

 

(嫌だ)

 

 クウガはロッドで第6号の顔面をぶん殴る。

 第6号の口らしき箇所から、鮮血が飛び散った。

 

(嫌だ、嫌だ)

 

 腕を打つ。

 グシャリと骨がへし折れる感触がロッドを通じて手に伝わる。

 

(戦いたくない……)

 

 胴に痛烈な一撃を叩き込む。

 第6号はくの字に折れ、吐血して息苦しそうにしている。

 

(殺したくないっ!!)

 

 ロッドであごをかち上げ、数メートルも吹き飛ばす。

 第6号はよろよろと起き上がるが、満身創痍……隙だらけだ。

 

 そんな中、第6号はぼそりと呟いた。

 

『ゲゲルヲ……セイコウ、サセナケレ……バ』

 

 美波のいる階層の、割れた窓を見つめながら。

 何をする気なのかは、明白だ。

 

 だから──

 

「ああああぁぁぁぁ!!」

 

 腰を溜め、腕を引き、ロッドを持つ手に力を込める。

 そして全てを解放し。

 

 ──全力の突きを放った。

 

『グッ……オォオ……! バ、バカ……ナァ!?』

 

 第6号の突きを受けた箇所が、光りだした。

 そう、古代文字だ。

 

 光る古代文字から輝く亀裂が走り、第6号の腹部のバックルへと伸びてゆく。

 やがてその亀裂がバックルに届くと、バックルはバキンと音を立てて割れた。

 

 その瞬間。

 

『ガァアアアアァァァァ!!』

 

 派手な爆発を起こした。

 結果、第6号はバラバラの肉片と化してしまった。

 

 爆発した際に飛び散った血液が、クウガの目元に付着し、流れる。

 

「…………」

 

 クウガは、第6号のいた場所をじっと……じっと見続け、視線を外さなかった。

 

『ワァアアアア!!』

 

 ──突然、大歓声が上がった。

 

 それらは、戦いを見ていた人間達から上げられたものだ。

 皆、第6号という脅威が去り、思い思いに喜びを表している。

 

 クウガが彼らに顔を向けると、その青い複眼には、大勢の笑顔が映った。

 

 クウガには、明久には。

 未確認生命体を殺したことが本当に正しいことなのかは分からない。

 

 だが、たくさんの人の笑顔を守ったことは、確かなようだった。

 

 クウガは、近くに置いてあるトライチェイサーに乗るために歩いてゆく。

 その途中で、何者かに声を掛けられた。

 

「やったな。お疲れ様」

 

 一条だ。

 彼が、病院の中から出てくる。どうやら患者の避難誘導をしていたようだ。

 彼は笑顔でクウガにサムズアップ──いわゆる、グッドサインを出して、言う。

 

「4号が……クウガが皆に認められたようで、良かった。君が頑張っているのに否定されたくはないからな。これからも、共にやって行こう」

 

 一条は、クウガが市民に認められたことをまるで自分のことのように喜んでいた。

 そして、喜びもそこそこに、彼は明久の身体の心配を始めた。

 

「ところで、身体は大丈夫なのか? 怪我はないか?」

 

 一条の心配気な声。

 クウガは、ほんの少しだけ黙る。

 

 何も言わないクウガに、一条は不思議そうに首をかしげる。

 

「どうした?」

 

 ややあって、クウガは答えた。

 返すようにサムズアップを作って。

 

「大丈夫。──僕は、大丈夫ですから」

 

 それだけ言うと、クウガはトライチェイサーにまたがって走り去ってしまった。

 歓声が、少しずつ遠ざかってゆく。

 

 彼の仮面の中の表情は、誰も知らない。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼

 

 

 

 後日、明久は再び美波の病室に訪れていた。

 開けられた窓から吹く爽やかな風が、ふたりの頬を撫でる。

 

 美波は小窓の方を向いており、明久には彼女が今どのような顔をしているのか、伺うことは出来ない。

 

 美波が、口を開いた。

 

「気持ち良い風ね」

 

「そうだね」

 

「ねえ、アキ」

 

「うん?」

 

「ウチね、来週に退院なの」

 

「もう、傷はいいんだ。おめでとう」

 

「ありがとう。……でもね。ウチ、本当は退院したくないって思ってた」

 

「え?」

 

 美波は、小窓の方を向いたまま、天井を見上げる。

 

「恐かったの。未確認も、この頬の傷も。外に出たら、未確認に狙われるんじゃないかって。消えない傷痕のせいで、皆に変な目で見られるんじゃないかって」

 

 そっとガーゼで保護された自らの頬に触れる。

 手は、ふるふると震えていた。

 

「そんな時、第6号に襲われたわ。正直、恐くて恐くて仕方なかった。もう嫌だ、誰か助けてって心の中で叫んだわ」

 

 美波は手を握り、その手をもう片方の手でぎゅっと抱く。

 震えを抑えるかのように。

 

 明久は、彼女の話を黙って聞いていた。

 

「もうダメかと思った時、男の人達がウチと葉月を助けようとしてくれたの。敵うはずないのに、何度も立ち上がってくれたわ」

 

「…………」

 

「嬉しかった。見ず知らずのウチらを命がけで助けようとしてくれて。6号が4号に倒された後に彼らの所に行ったんだけど、皆何て言ったと思う?」

 

 美波の質問に、明久は「心配された?」と答える。

 

「そう、皆、大丈夫か!? って一番に言ったのよ。ウチらよりも酷い傷を負ってたのに、ウチらのことを真っ先に心配したの」

 

 お人好しばっかりよね、と美波は言う。

 

「でも、嬉しかった。人って、こんなにも優しくなれるんだって思った」

 

 そして、抱いていた自らの手を離す。

 そっと、ガーゼに手をやった。

 

「ウチね、思ったんだ。こんな傷を恐がってちゃいけないって。だって、もっと酷い傷を負った人達は、皆笑顔だったんだもん」

 

「美波……」

 

「無茶しないでって怒られながら、お酒が飲みたいっておどけて笑ってた。だったら、ウチも頑張らなきゃって思ったの。皆に、笑顔で返したいの」

 

 美波はその細い指で、ガーゼの端をつまむ。

 

「本当はまだちょっと、この傷を見られるのは恐いけれど……。でも、人の優しさを信じて見ようと思うの」

 

 それに──

 

「また未確認が現れても、きっと4号が助けてくれるわ」

 

「──っ!」

 

 彼女の言葉に、明久はバッと顔を上げる。

 彼の顔には、驚きが張り付いていた。

 

「だからね」

 

 美波は、ガーゼを勢い良く剥がす。

 そして──

 

「──ウチ、頑張って学校に行くわ!」

 

 振り返った。

 

 その頬には、二度と消えない傷痕が一本走っていた。

 

 だが──明久にはそれよりも、美波の眩しいほど満面の勝ち気な笑みに、目を奪われていた。

 

「アキ」

 

「え、あっ、うん」

 

「ずっと心配して会いに来てくれてたのに、冷たくしてごめんなさい」

 

「いやっ、良いよ。美波がまた元気になってくれたから」

 

「ううん、これはウチのけじめなの。──それとね、アキ」

 

 ──ありがと。

 

 明久は、きっと忘れないだろう。

 その時の美波は、照れたような──とても柔らかい、魅力的な笑顔だった。

 





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