バカとクウガと未確認   作:オファニム

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残酷描写があります。
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希望

 ──そして化け物は、こう喋った。

 

『ズギザ・ゴラエザ……』

 

 8つの瞳に見つめられ、指さされ……狙われたと察した。

 

「ひっ……」

 

 得体の知れないものを見た恐怖に、思わず叫びながら逃げ出したくなるが、持てる理性全てを注ぎ込んで踏み留まる。

 

 僕の後ろには、腰を抜かして震える、姫路さんがいるからだ。

 美波は、顔色は真っ青だが腰は抜けていないようだ。

 

「クソッ……美波! 姫路さんを連れて逃げて!」

 

「アキは!?」

 

「僕もすぐに逃げるから!」

 

「でも──危ないアキっ!」

 

 僕を置いて行けないと続けたかったのだろう。

 しかしその言葉は、化け物が腕を振りかぶった事で中断を余儀なくされた。

 

「くっ!?」

 

 とっさに体をひねる。

 すると、空を裂き、唸る拳が耳のすぐ横をかすめていった。

 運良く間一髪の所で避けたが、化け物は舌打ちをすると、再び腕を振り上げてきた。

 

 今度はそれから目を離さずに、2人に叫ぶ。

 

「良いから逃げて! 2人が逃げないと僕も逃げれない!」

 

「……分かったわ。瑞希を逃がした後、助けを呼ぶから! 絶対に死ぬんじゃないわよ!」

 

「そうしてくれるとっ! くうっ……! 助かるっ、かなっ!」

 

 会話してる間にも、容赦なく振られる拳。

 両手の甲からは2本づつ鉤爪が生えているうえに、唸りをあげながら振られる拳は、当たれば致命傷になる事を雄弁に物語っていた。

 

「待ってなさいよ! 行くわよ瑞希」

 

「ひ……嫌、嫌ぁ……」

 

「瑞希! しょうがない、後で文句言わないでねっ」

 

「ひゃっ」

 

 そう言って姫路さんを無理矢理抱えて走り去る美波。

 

 その際に周囲に目を向ける。

 周りを気にする余裕などなかったので気づかなかったが、周囲の人々は化け物を見てパニックになっていた。

 

 パニックのせいで、助けが遅くなるのでは、という思考が脳をよぎる。

 

「これ……助けが来るまで生きてられるのかなぁ──危なっ!」

 

 耳の側で唸る風切り音。

 油断した為に、危うく大変な事になる所だった。

 

 今の所何とか避けているが、パンチしか放って来ない所を見るに、化け物が本気でないのは明白だ。

 

 遊んでいるのか、慢心しているのか。

 理由は分からないが、これなら何とか助けが来るまで持つのではないだろうか。

 

 ……と思ったのは、少しばかり都合が良すぎたようだ。

 

『アゾビザ・ゴワリザ・ゾソゾソギベ』

 

 再び化け物が、聞いた事の無い言語で話し掛けて来た。

 意味は全く分からないが、先程までとの雰囲気の違いは感じ取れる。

 

 直感的に、本気で殺しに掛かるつもりだと悟った僕は、いつでも攻撃を避けれるように腰を深く落としておく。

 

 しかし、僕は1つ重要な情報を失念していた。

 そう、それは──亡くなっていた男性が、何でぐるぐる巻きにされていたのか、だ。

 

 死に対する恐怖で、そのことまで考えが及ばなかった。

 

『ヨベスバヨ!』

 

「うわっ!? しまった、蜘蛛の糸……!」

 

 化け物の口にあたる部分から吐き出された、糸。

 その、透き通るほどに白い、粘着性を持った糸に腕を絡め取られた。

 

『ガガ・ボヂヂビボギ』

 

「ぐ……うう……! このままじゃ……殺される……っ!」

 

 口から吐き出した糸を、緩慢な動作で引き寄せる化け物。

 

 1手繰り……また1手繰り……。

 

 僕と化け物を繋ぐ糸が短くなるたび、言い知れぬ恐怖が湧いて出た。

 

 もはや外聞など気にする余裕など無くなった。

 叫び、嘆き、情けなくも勝手に命乞いを発する口。

 

 絡め取られている自分の腕すら引き千切らんとばかりに全身で踏ん張るが、この身1つ分も引き戻す事は敵わなかった。

 

 たかが男子高校生の腕力とは言え、全力での抵抗を歯牙にも掛けない程の、圧倒的な力の差。

 

 絶望するには、充分だった。

 

『ゴドバギブ・バダダバ・ガガギベ』

 

「ひぃ! 嫌だ、死になくない! やめて! 殺さないで!」

 

『ググガギ・ボレデ・ザラレ』

 

 化け物は何事か喋ると、自身の顔の前で右の拳を握りしめた。

 

 すると、右腕に生えている2本の鉤爪が、易々と胴体を貫ける程までに伸びた。

 

(ああ、なるほど。今までの被害者ののどに穴を開けたのは、この鉤爪だな?)

 

 次に風穴が開くのは自分ののどだと言うのに、酷く他人事に感じた。

 

 ──振り上げられた鉤爪。

 

 このまま突き込まれれば、僕は確実に命を落とすだろう。

 

 そう思うと……無性に、虚しくなった。

 

 無性に……謝りたくなった。

 

 ──生きるって約束を、守れそうになかったから。

 

「ごめん、美波……姫路さん……父さん……母さん……姉さん……皆……。僕……ごめん──さようなら」

 

『ギベ』

 

 迫る。

 

 死が、迫る。

 

 せめて穏やかに瞳を閉じて……。

 

 そして──

 

「──諦めるな!」

 

 ──間に合わないと思っていた希望の声と共に、頼もしいとすら感じる轟音が鳴り響いた。

 

 助けが、来たのだ。

 

「もう大丈夫だ! 私は刑事だ!」

 

「う……刑事、さん?」

 

 絶望に閉じた瞳を、今度は希望でもって開ける。

 

 その瞳に映るのは──煙が立ち上る拳銃を構えた、20半ばの男性だった。

 

 ふと鉤爪が自身を貫いていない事に気付き、一体なぜと、化け物の方を向く。

 すると、鉤爪は銃弾で弾かれたのか、首筋の僅か数センチ横で空を切っていた。

 

「凄い、こんなに正確に撃ち抜くなんて……」

 

『リントゴドビグ・ジャデデ・ブセダバ!』

 

 化け物はと言うと、自慢の鉤爪を撃たれて怒り心頭と言った様子だ。

 

 僕を拘束していた糸はまだ離していなかったのだが、刑事さんへの怒りで僕に対する興味を失ったのか、糸を放り出した。

 

 化け物はそのまま、刑事さんに向かって一直線に歩き出す。

 

 それを見た刑事さんは、僕に向かって叫ぶ。

 

「君、逃げなさい! ここは私に任せて、早く!」

 

「は、はいっ」

 

 叫びつつも拳銃を撃ち、化け物を攻撃する刑事さん。

 

 僕はその言葉に従い、後ろを振り返る事なく、一目散に逃げた。

 

「──何っ!? 銃弾が、効かない!?」

 

 そんな──不安になるような言葉を聞きながらも、逃げた。

 

 自分が助かる事だけを考えて、全てを初対面の刑事さんに、押し付けるように。

 

 △▼△▼△▼△▼

 

「──はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 僕は、逃げた。

 足がどうしようもなく笑ってしまう程に。

 

 僕は、逃げた。

 あの刑事さんを生け贄にするかのように。

 

 僕の心は、今……罪悪感で満ちていた。

 

「僕……僕は……最低だ……っ! 助けてくれたあの人を、見殺しにするような事を……っ!」

 

 去り際に聞こえた、刑事さんの驚愕の声。

 

 銃弾が効かない──。

 

 つまりは、刑事さんもまた、化け物に対抗する術を持たないと言うことだ。

 

 そんな状態で1対1で戦えばどうなるか……それは、身を以て体験したではないか。

 

「今からでも助けに──助……け、に……」

 

 助けに行って、どうすれば良いのだろうか。

 

 あの化け物は、銃弾すら効かないと言うのに。

 

 助けに行きたいけど、どうする事も出来ない。

 そんな葛藤が、僕を苦しめていた。

 

 ──そんな時だ。

 

「力が欲しいか?」

 

「っ!?」

 

 ──白いドレスに身を包んだ妖艶な女性が、僕の前に表れたのは。

 

 その女性は、もう一度僕に問い掛けた。

 

「力が、欲しくないか?」

 

「……欲しいさ」

 

「それはなぜだ?」

 

「……刑事さんを、助けたい」

 

 どうして急に表れた女性がこんな質問をしたのか、分からない。

 

 だけど、どうしてだろうか。

 何となく、答えなきゃいけない気がしたんだ。

 

「そうか」

 

 女性はそう言うと、僕にとある物を見せて来た。

 

 それは──石のベルトのような物だった。

 

「それは──ぐっ!? うぅ……!」

 

 不可思議な現象が起こった。

 石のベルトが、突然光ったのだ。

 

 その瞬間、鈍い頭痛と共に、妙なイメージが脳をよぎった。

 

 ──赤い装甲を身に纏った、徒手空拳の戦士。

 

 ──青い装甲を身に纏った、棒を持った戦士。

 

 ──緑の装甲を身に纏った、銃を持った戦士。

 

 ──銀と紫の装甲を身に纏った、剣を持った戦士。

 

 これらのイメージが何なのかは分からない。

 

 ……いや、1つだけ分かる事はある。

 

 それは、これらが力になるという事だ。

 

 僕は、石のベルトを見つめる。

 

「これが欲しいなら、くれてやろう」

 

 視線がどこに向けられているか気付いたのか、女性は石のベルトを掲げながら、僕に譲ると言って来た。

 

「え、でも……」

 

「迷っている時間があるのか?」

 

「っ……」

 

 確かに、迷っている時間はない。

 もしかしたら、今この瞬間にも刑事さんは危機を迎えているかも知れない。

 

 それは……それは嫌だ。

 こんな見殺しにした形で、命の恩人と別れなんてしたくない。

 

 せめて、あの人の名前を聞いて……そして、ちゃんとお礼を言うんだ。

 

 ……なら、やれるだけやってみよう。

 

「僕は──」

 

 せっかく助かった命だけど……また殺されそうに──いや、今度こそ殺されるかも知れないけれど。

 

 僕は、僕を助けてくれた刑事さんを、助けるんだ。

 

「僕は──戦います。そのベルトを……力を、僕に下さい」

 

 力強く、言い切る。

 

 そして、頭を下げる。

 

 女性は──

 

「良いだろう。これはお前の物だ」

 

 妖艶な笑みを見せながら、力をくれた。

 

 それを受け取り、そして──腰に、装着する。

 

 すると、石で出来たベルトは、僕の意思に呼応するかのように、光り輝き始めた。

 

「待ってて下さい、刑事さん。今──助けに行きますから!」

 

 やがて、光が全身を包み──。

 

 ──瞬きの間に、弾けた。

 

 そこには、吉井 明久という少年の姿はなく。

 

 白い──純白の戦士の姿が、希望の光と共に、在った。

 

 戦士は──駆ける。

 




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