戦闘描写と心理描写はやはり難しいですね。
残酷描写があります。
苦手な方はブラウザバックを推奨します。
──白い戦士は、駆けた。
陸上競技における100メートル走のアスリート選手にはやや劣るが、それでも充分速い速度で、己の今出せる全力を以て商店街を走り抜ける。
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やがて、刑事さんに助けられた場所にたどり着くと……。
「ぐっ……うぅ……!」
「刑事さん!?」
刑事さんは、化け物に片手で持ち上げられ、今にも鉤爪で刺し貫かれそうになっていた。
当然、そんな事はさせない。
「やめろぉ!」
『バビ!? グガ!』
走る勢いそのままに、身体全体を使ったタックルを叩き込む。
逃げる前は全力で引っ張っても微動だにしなかった化け物だが、どうだろう。
その実、僕のタックルを受けた化け物は、車に轢かれたかの如く跳ね飛んだ。
必然的に、化け物に掴まれていた刑事さんも化け物と共に跳んでいく訳だが……。
どうやら、運良く擦り傷程度で済んだようだ。
殺されるよりかはマシだから、緊急事態って事で許して欲しいなぁ……。
「ぐ……み、未確認生命体が、2体……第2号!?」
「え?」
未確認生命体?
一体それは何だろう。
それに、刑事さんは僕が分からないのだろうか。
まるであの化け物と同じものを見るような目で僕を──
「あ……そうか、今の僕は人間じゃないんだ……」
「未確認生命体が喋った!?」
あの蜘蛛の化け物と同じように見られている事に、もの悲しさを感じる。
ここに向かう途中で、一度鏡に写った自分の姿は見た。
胸部から背中にかけて覆う、白い装甲──というより、鎧。
胸部の物と同色の、前腕部(肘から手首にかけて)と下腿(膝から足首にかけて)を包む、前腕当てとすね当て。
手の甲を覆う手甲。
身体全体の皮膚は、黒く硬く変質している。
そして、まるでフルフェイスの仮面のような物で頭部は覆われている。
その仮面の目の部位には、昆虫を思わせる大きなオレンジ色の複眼がある。
そして腰部には、オレンジ色の宝玉が埋め込まれた鉄色のベルトが巻かれていた。
そう、あの石のベルトが変化した物だ。
この身体を見て、人間だと思う人はいないだろう。
『ギラボパ・ギダバ・ダダゾ』
……っと、今の間に蜘蛛の化け物が体勢を整えてしまった。
僕は刑事さんと化け物の間に割り込む形で、化け物と相対する。
『ジャデデ・ブセダバ・クウガ・バブゴギソ』
「くっ!?」
化け物は拳を握りしめ、振りかぶった。
激しい恨みが込められ、しかしどこか楽しそうに殴り掛かって来る。
その妙な剣幕に思わず1歩引いてしまうが、背後の刑事さんを思い出し、踏み留まって迎撃する。
「はあっ!」
やはり、この身体になった事で、強くなっている。
生身のままの時は1度でも喰らったら致命傷になっていただろうが、この姿でなら何とか受けれている。
決定打を与えられない事に苛立ったのか、化け物は大振りのパンチを繰り出して来た。
大振りになった事で出来た僅かな隙。
それを見逃さず、今度はこちらから殴りつけた。
「おりゃあ!」
『グガ!』
怯む化け物。
そのまま追撃として蹴りを叩き込む。
『グガ……ジャスバ・クウガ・バサボセ・パゾグザ』
「しまった、蜘蛛の糸っ!?」
更に追撃を仕掛けようとして、糸のカウンターを貰ってしまった。
とっさに身をひねったが、避けることは叶わず腕ごと胴体を絡め取られてしまう。
「く、くそっ……動けない」
『ジョギダ・ギョビガンバ・ギギデジャス』
「うわぁっ!?」
動けないのを良い事に、糸を引っ張って、僕ごと近くのマンションを登る化け物。
蜘蛛の化け物だけあって、壁を登るのもお手のものの様だ。
やがて戦いの場は、マンションの屋上に移る。
△▼△▼△▼△▼
場所は10階建てのマンション。
その屋上。
この高さから落下すれば、ただでは済まないのは明白だ。
屋上の床に叩きつけられた僕は、糸から脱する事が出来ないでいた。
その大きな隙を逃がす程、相手は甘くないだろう。
ゆっくりと、しかし確かにこちらに近づいて来る足音。
「このままじゃマズい……何とかして糸を外さないと」
だが糸は、いくら力を込めても千切れる気配がない。
人間の時と比べて遥かに上がった腕力を以てしても、この糸を千切る事は叶わない様だ。
『ブサゲ!』
「ぐっ!」
倒れたままの僕に、馬乗りになる化け物。
僕ののどを掴んで、伸ばした鉤爪で貫こうとしてくる。
幸いにも顔を狙った攻撃だったので、大きく首をひねって避ける事が出来た。
しかしこのままでは、いつかやられてしまう。
それは御免なので、フリーになっている足で化け物の背中を蹴ってやると、体勢を崩せた。
糸は今だほどけないが、この隙に馬乗りから逃れる事に成功した。
とは言っても、とりあえずの危機を脱しただけだ。
この糸をどうにかしない限り、僕が劣勢なのは変わらない。
「糸さえどうにか出来れば……」
さてどうしたものか、と考えた矢先の事だった。
甲高い、火薬の破裂した音が鳴り響いたのは。
「刑事さん!?」
そう、今の音は刑事さんが撃った拳銃の発砲音だったのだ。
放たれた鉛玉は見事化け物の側頭部に直撃した。
……が、驚くべき事に、銃弾が一人でに傷口からこぼれ落ち、あまつさえ瞬く間に傷が塞がっていくではないか。
これが刑事さんの言っていた、銃弾が効かないと言う事か。
なるほど、確かに堪えた様子は見られない。
だがしかし、ダメージはなくても注意は引けた様だ。
その証拠に化け物は糸を手放し、刑事さんに向かって跳び掛かる。
「危ない、逃げて下さい!」
「なっ!?」
『ギベ!』
化け物が糸を放したので、何とか糸をほどく事が出来た。
その化け物はと言うと、刑事さんに掴み掛かっている。
慌てて化け物を彼から引き剥がし、顔面を数度に渡って殴る。
殴る、殴る、殴る。
無我夢中で殴り続けて、気づけば屋上の端まで来ていた。
このまま突き落とせば大きなダメージになるだろう。
そう思い、僕は渾身の蹴りを放つ。
「これで、落ちろぉ!!」
『グガガ! ブゴ! クウガアァァ!』
果たして目論見通り、胴体を打ち抜いた強烈な蹴りが、化け物を屋上から突き落とした。
何事か叫びながら落下していった化け物は、倉庫らしき建物の屋根を突き破って、そのまま姿を消した。
△▼△▼△▼△▼
「……ふぅ。何とか追い払えたみたい」
「止まれ、未確認生命体第2号。お前はなぜ日本語が話せる。そしてなぜ俺を助けた」
「あ……その未確認何とか2号って、僕の事ですか?」
「そうだ。質問に答えろ」
「えーと……とりあえず、その拳銃を下ろしてくれませんか?」
安心したのも束の間。
刑事さんが次に狙ったのは僕だった。
まぁ、今の僕の姿は人間じゃないとは言え、やっぱり化け物扱いされるのは少し悲しいな……。
それに、拳銃を下ろしてと頼んだにも関わらず、下ろしてくれない。
警戒されてるなぁ……。
せめてこの姿が元に戻れば、弁明のしようもあるのだけれど。
そう思ったと同時、僕の身体全体が光った。
光はすぐに収まり、自分の身体を見下ろすと、なんと元の人間の姿に戻っていた。
刑事さんは心底驚いている。
これならいけるかも知れない。
「君は……未確認生命体第1号に襲われていた少年か。どういう事だ。君が未確認生命体第2号なのか?」
「えっと、その未確認生命体ってのがよく分からないですけど、たぶんそうです。でも、僕は人間です、信じて下さい」
「……本当に人間だと言うのなら、証拠を見せろ」
「証拠……学生証なんかどうでしょう? 僕は文月学園2年Fクラスの吉井 明久です。この学生証にも同じ事が書いているはずです」
「……確かに、この学生証は本物だな。君が人間である事は確かな様だ」
僕が人間だと分かると、刑事さんの物腰が少し柔らかくなった。
「しかし、それではなぜあんな姿に?」
「それは……」
僕は妙な女性からベルトを受け取った事を話す。
その話を聞いた刑事さんは、怪訝な顔をする。
「妙な女? 知り合いだったのかい?」
「いいえ、初対面でした」
「そうか……その女、怪しいな」
刑事さんはあごに手を添え、何やら考え込んでいる様子だ。
少しの間そのままでいると、不意に顔を上げて話し始める。
「分かった。今日の所はもう帰りなさい。これが私の電話番号だから、明日の空いている時間に掛けなさい。それと、こちらが私の信頼している医者が勤める病院の番号だ。1度、身体を検査して貰いなさい。医者は椿という名前だ」
「は、はい。あの……刑事さんのお名前は……」
「ああ、まだ自己紹介をしていなかったね。私は一条 薫。すでに話したが、刑事だ」
「一条さん……。その、先程は助けて頂いてありがとうございました! お陰で、今生きています」
「礼を言うのはこちらの方だよ。私も君に助けられた」
そう言い合うと、お互いに礼をし合う。
刑事さん改め一条さんは、まだ蜘蛛の化け物がいるかも知れないとの事で、僕を家まで送ると切り出してきた。
「大丈夫ですよ。もしまた襲われたら、あの姿になって戦いますから」
──しかし、僕がそう言った途端、急に表情が険しくなった。
そして強く僕の肩を掴み、こう言う。
「君が力を手にいれたと思うのは勝手だ。だがあの化け物──未確認生命体と戦うのは我々警察の仕事だ。守るべき一般市民……ましてや、未成年で学生の君が戦うべきではない!」
「で、ですが、拳銃だって効かなかったじゃないですか。それなら僕が戦った方が……」
良いじゃないですか、と最後まで言えなかった。
一条さんが、とても悲しそうな顔をしていたからだ。
思わず息を呑んでしまう。
「……そんなに、身体が震えているのに戦えるのかい? ──姿が戻ってから、ずっと震えているよ」
「っ…………!」
気づかなかった。
僕の身体は、確かに震えていた。
止めようとしても、一向に止まる気配がない。
「あ、あれ? おかしいな。なんで止まらないんだろう」
「…………」
そんな僕の様子を見て、一条さんは益々悲しそうに顔を歪めた。
彼は再度肩に手を、しかし、今度は優しく置いた。
「……君が、戦う必要なんてないんだ。……怖かっただろう。もう大丈夫だ、後は我々大人に──警察に任せなさい。これからは、中途半端に関わってはいけないよ」
もう駄目だった。
溢れ出る涙が止まらない。
僕は──怖かったんだ。
一条さんを助けるって思いで誤魔化していただけで、本当はどうしようもなく、怖かったんだ。
そして、優しい言葉を掛けてくれた一条さんへの感謝で、恐怖とは違った意味での涙が止まらない。
「一条……さん……っ! 怖かった……怖かったです……っ!」
「良く頑張った。君のお陰で私も生きている。だから、後は任せるんだ」
一条さんは、泣きじゃくる僕の頭を強めに撫でた。
髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまうが、今はその温かく大きな手が、とても安心した。
「さあ、そろそろ泣き止めよ。家まで送ろう」
「……はいっ!」
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