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AM 12:47
関東医大病院
「──君が、吉井 明久君だな?」
「はい」
胸に椿と書かれたネームプレートを掛けた、黒髪を短く切り揃えた清潔感溢れる男性が、僕の名前を確かめた。
それに対し、肯定の意を返す。
現在僕は一条さんに連れられて、関東医大病院に検診に来ている。
なぜ一条さんがいるのかと言うと、あまり病院に掛かったことがなく、手続きの仕方が分からない僕をサポートする為、付き添いに来たからだ。
「初めまして。一条から話は聞いている。私は君の担当医の、椿 秀一(つばき しゅういち)だ。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
僕の身体のことは、すでに一条さんから話して貰っている。
椿さんは信用出来る医者だということなので、スムーズに話を進める為にも先に知っておいて貰った。
「さて、こちらが先ほど撮らして貰ったCT画像だが……君の身体には通常あり得ないことが起こっている。ヘソの辺りから四肢にかけて、体内で触手状に神経組織が伸びているんだ」
「こ、これは……」
僕の検診結果であるその画像には、椿さんの言う通り、腹部の石のような核を中心として、触手のようなものが全身に伸びていた。
腹部の石は、恐らくベルトが関係しているだろう。
触手は見る限り細かったが、こんなものが身体にあるのを見ると、気味が悪くなる。
「あの、椿さん。これは一体何なんですか?」
僕の問に、椿さんは難しい顔をして、頭を掻きながら答える。
「正直、良く分からんというのが率直な意見だ。だが……そうだな。これが君を未確認生命体に似た姿へと変えているのだろう、というのは分かる」
「やっぱり……そうですか」
「そこで1つ、ある仮説が立ったんだが……この仮説は吉井君にとって、とても辛いものになる。──それでも聞くか?」
「…………」
真剣な表情で、真っ直ぐにそう言われる。
きっと、良くないことなのだろうと分かった。
正直聞きたくない。
どんどん身体が自分のものじゃなくなっていくようで、恐くてたまらない。
でも……。
「……聞かせて下さい。僕は、僕の身体を知る必要がある……と思うんです」
「……分かった」
椿さんは1度うつむき、決意を固めたように顔を上げた。
「吉井君。重ねて言うが、これは仮説だ。この仮説が絶対ではないことは、よく覚えていて欲しい」
「……はい」
「……この神経組織だが、これが君の身体を変質──つまり、戦闘用の身体に作り変えていると考えられる」
「その戦闘用の身体が、あの未確認生命体の身体……」
「そうだ。そしてその神経組織は、今はまだ細く弱いものだが……もし今後成長し、脳にまで達した場合──」
嫌な予感に、冷や汗が額から流れ落ちる。
椿さんの唇の動きが、妙にゆっくりに感じた。
「──君は、理性を失い……ただひたすら殺しを繰り返す、殺戮マシーンと化すかも知れない。──未確認生命体のように」
「そ……そん、な──」
そう言うと、彼は目を伏せた。
絶句。
そう表現するのが正しいだろうか。
そのあまりの仮説に、目の前が真っ暗になってゆくのを感じた。
「君の気持ち、察するに余りある……。だが吉井君、聞いてくれ。これも仮説なのだが、姿を変えることさえしなければ、神経組織の成長は無いだろう。つまり、戦わなければ普通の人として生活を送れるということなんだ。だから、希望を持って欲しい」
「本当、ですか? その……神経組織を手術で取る、ということは出来るんでしょうか。これさえ無ければ僕は普通の人間なんですよね」
そう問い掛けると……椿さんは、ゆっくりと首を横に振った。
「残念ながら、神経組織の摘出は出来ない……。身体と融合してしまっていて、とても取り出せるような状態じゃないんだ。……だから、出来ることは戦わないということだけだ」
「……う、嘘だ──こんなことなら、ベルトを受け取らなければ……最初から戦わなければ……──あっ」
そこまで言って、一条さんが居ることを思い出した。
僕があの時戦わなければ、一条さんは死んでいたかも知れない。
つまり、戦わなければ良かったと言うことは、一条さんが死ねば良かったと言っているようなものだ。
「い、一条さん。僕、その……そんなつもりじゃ……」
成り行きを見守っていた一条さんは、優しく僕の肩に手を置いて……しかし、非常に悔しそうな表情で言う。
「私を気にしなくて良いんだ吉井君。私が不甲斐なかったから、こんなことになってしまって……私は恨まれても仕方ないんだ。いや、私を恨んでくれ、吉井君。君がこんな目に遭ってしまったのは、私のせいなんだ」
「そんなこと……出来ませんよ……。命の恩人を恨むなんて……」
戦わなければ一条さんが死んでいた。
戦った結果、本当の意味で人ではなくなるかも知れなくなった。
命の恩人を見捨てることなんて出来なかった。
普通の人間でいたかった。
──そうした、相反し矛盾してしまう想いが、ぐるぐると頭の中を回り続ける。
「う、うぅう──」
延々と廻るその想いに板挟みにされ、どうすれば良かったのか答えも出ず。
ついには訳が分からなくなり、ただただ悲しいという感情だけが、頭の中を支配し出した。
今の僕にはもう、頭を抱えて泣き叫ぶことしか出来なかった。
「うわああぁぁぁぁぁぁ!! ああぁぁぁぁぁぁ!! ああぁぁぁぁぁぁ……ぐぅっ、えぐっ……うぅぅ……」
狂ったように……いや、僕は今、狂っているのだろう。
泣き叫び崩れ落ちる僕を見て、悔しそうに……悲しそうに……悲痛な面持ちで拳を強く握る大人2人。
病院内に、絶望した少年の泣き声が響き渡った。
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PM 3:19
あれからたっぷり1時間は泣き続け、まぶたを赤く腫らしながら、病院を後にした。
一条さんに学校まで送って貰ったが、どうにも授業を受ける気にならず、鉄人に連絡して今日は休むことにした。
今は、昼の帰宅路を歩いて帰っている途中。
「……ん?」
その道すがらふと、とある家が目に留まった。
忌中、と書かれた札が玄関先に貼られてあった。
──誰かの、お通夜だ。
失礼になるけど、少しだけその家を見ていると、小学生ぐらいの女の子が家から飛び出して来た。
その顔は涙と鼻水で、酷い有り様だ。
その女の子は泣きじゃくりながら、叫んだ。
『パパぁ! 何で未確認生命体はパパを殺したの!? 何でパパが死ななきゃいけないの!? こんなのあんまりだよ……誰かパパの仇を討ってよ、未確認生命体を倒してよぉ! うわああぁぁぁぁぁぁ!!』
「あの子、もしかして未確認生命体の犠牲者の……」
あんな小学生の子供が、突然父親を喪って……堪えられるはずがない。
……いや、小学生だなんて関係ない。
子供だろうが大人だろうが、突然親しい人を奪われたら、誰だって受け入れられないに決まってる。
あんな子供が憎しみに心を染め、仇を討って欲しいと願うのは仕方のないことかも知れない。
そして──
「僕には、未確認生命体と戦う力がある……」
両の手のひらを開いて、眺める。
この手には、未確認生命体を殺しうる力が秘められている。
あの子の……犠牲者たちの願いを、この手で叶えることが出来るかも知れない。
「だけど……この力を使ったら、僕は──」
人ではなくなるかも知れない。
この力を使い続ければ、いずれ未確認生命体と同じように、殺戮を繰り返すだけのマシーンと化してしまう可能性がある。
それは絶対に嫌だし、人でなくなることが何より恐い。
そのまま僕は、この場から逃げるように家へと帰った。
「何してるんだ、僕は……っ!」
父親を喪って悲しんでいる子供が目の前にいたというのに、自己保身のことばかり考えてしまう自分自身に、無性に腹が立った。
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