や、やべぇんでねえか!?
やぁ、つい先ほどまで関雲長こと、愛紗さんと手合わせをしていた俺だ。
例によってNOと言えない元日本人の血が騒ぎ、愛紗さんとの手合わせをついつい承諾してしまった俺は後悔の嵐に見舞われていた。
だって、よりにもよって模擬刀じゃなくてマジな青龍偃月刀で愛紗さんが向かってくるんだぜ? 薄皮一枚で止まれるようなスピードじゃなくて確実に斬りに掛ってきているんだぜ? もう俺としては、逃げるだけで必死だったよ。
本当に自称ゴッドゥさんには感謝してもしきれないな。 身体能力が飛躍的に上がっていて、反射神経的な物も強化されているからこそギリギリで愛紗さんの斬撃を避けたり、三節棍で受け止めたり出来ているのだから。
もう、さっきまで考えていたオリジナル乱舞を作りたいって言う野望なんか持ってしまってゴメンなさい的な位、余裕が無かった。
しかし、そんな余裕の無さも鉄仮面ばりに表情筋が死滅してしまっている俺の顔には出る事が無く、無表情を貫き通している。 そのせいで愛紗さんも俺の心中に気付く事はないだろう。
その状態で何合も打ち合っていると、流石に俺も疲れてくる。 寧ろ、頭がくらくらして意識がもうろうとさえしてきている。
これは俺の感覚が正しければ、限りなく限界に近いシグナルだ。
あぁ、本当にヤバい……俺は無意識に三節棍を持った手を自分の頭に当てがおうと手を上げた。 その時――――
――――俺の三節棍から火花が散った。 一瞬にして朦朧としていた意識が覚醒した。 気がつくと、愛紗さんの顔が俺の間近にあって、しかも三節棍と青龍偃月刀が鍔迫り合いのような状態になっているではないか。
もしかしなくても、結構危ない状況だったのではないのかな? そして突然、愛紗さんが口を開いた。
「柚登殿、もしや手加減をされているのでは?」
……突然この娘は一体何を言っているのでしょうか? 手加減とか、そんな物は全くしていないと言いますか、必死になって生きている最中ですがナニカ?
寧ろ、未だに負けていない俺を見るに愛紗さんの方が手加減しているんじゃないのかって感じなんですが……
背中に大量の冷や汗をかき、口の中も水分が完全に飛びカラカラな状態で俺は何とか言葉を紡いだ。
「……いや、そう…では」
――――おしい! ここに『寧ろそっちが手加減してない?』って続ける筈だったのに、舌が上手く回らなくてこれ以上の言葉を出す事が出来ない!?
勿論、愛紗さんに俺が伝えたい言葉は伝わってはおらず……
「ならば! ……ならば、柚登殿も全力で来ていただきたい。 ――――武人ならっ!」
いや、俺ってそもそも武人じゃなくて唯の一般人――――
しかし、そんな俺の心の声は愛紗さんに届くはずもなく、鍔迫り合っている得物に力を込めて大きく後方へと跳躍した。
多分、次の一撃で勝敗を決めるつもりなんだろう。 ……いや、少し待てよ? もともと愛紗さん達って俺の平穏無事な毎日を応援する為に着いてきたんじゃないのかな?
それなのに気が付いたら武人同士の模擬戦になっているし。 しかも、結構イッパイイッパイな俺に本気で来いとか言っているし……
――――ハッ!? そうか、そうだったのか! きっと愛紗さんは『この危険な世の中で多少の武が無いと生きていけない、だから私が貴方の力量を確かめましょう!』と言ってくれているに違いない! だからこそ、本気で来いと言ったんだ。
そうだよな、初めて会った時に“それなり”に賊を倒していたんだから、ある程度強いと思われているのかもしれない。
そして、此処で俺の強さのレベルを知って生きていくうえで必要最低限な強さを俺に与えてくれるに違いない!
それなのに俺って奴はぁ……訳がわかんないという理由で逃げてばっかりで……でも、俺の本気と言われても内心チキンな俺が本気を出したって、たかが知れている。
だったら、あえて此処は無様に負けて愛紗さんの保護浴的なモノを掻き立てる事が出来たら『此処まで弱いのか、きっとあの時の事は偶然に違いない。 ならばこれからは、私が守ってあげよう』的な感じになるのではないのでしょうか!?
よ、よ~し。 少し強引な手法ではありますが簡単なシナリオを考えてみよう。
愛紗さん突撃
↓
俺突撃
↓
俺青龍偃月刀で吹っ飛ばされる
↓
愛紗さん勝利!
↓
愛紗さん「貴方は私が守りましょう」
ふ、ふふふ……完璧すぎやしませんかこのシナリオ! よっしゃあ、後はこの通りに動くだけだぜ! どうやら愛紗さんも準備ができたみたいだ。
愛紗さんの眼は先程よりも細まり、今まで以上に迫力を感じる。 具体的に言うと、美人さんだからこそ眼を細めた事によって多少怖くなっている状態だ。
「――――行きます。 ハアアァァァ!!」
よし、愛紗さんが突っ込んできた! 俺も行動に移すぜ!
「――――こ…い…」
順調そうに見えた俺の作戦。 このまま行けば俺は間違いなく敗北していた――――筈だった。
しかし、次の瞬間俺の予想だにしない事が起きてしまった。 突然俺の脚に力が入らなくなり、地面に膝をついてしまったのだ。
どうやら、愛紗さんの覇気が思っていた以上に恐ろしくて膝が笑ってしまっていたらしい。 ……それに気づかない俺もどうかと思うんだが。
だが、そんな状況は俺のシナリオには書いていない。 如何にかして体勢を立て直そうと咄嗟に両手を地面に着いた。
俺の咄嗟の判断により無様な転倒は避ける事が出来た。 しかし、今の俺の姿勢は陸上選手にあるようなクラウチングスタート状態だ。
簡単に言えば『アンタ何やってんの?』レヴェルの体勢だ。 しかも、隙だらけ過ぎる。
流石にこの体勢は不味いと思った俺は、両手片膝を地面につけた状態からバネのように体を伸ばして後方へと跳躍し、突っ込んでくる愛紗さんから距離をとろうとした。 しかし、この瞬間でさえも俺の予想していなかった事が起きてしまった。 思っていた以上に手に力が入ってしまっていたのだ。結果的に腰より上だけが見事なまでに後ろにのけぞった状態になってしまったのだ。
このままでは盛大に尻もちをついてしまう。 女性の前で其処までの醜態をさらすのは流石に看過出来ない。 咄嗟に手を後ろに回して体勢を立て直そうとするが……俺が思っていた以上に後方へのベクトルが強かったのだろう、気がつくと俺の視界が一回転を果たした。
そう、意図せぬ後方宙返りを決めてしまったのだ。 ……前世でも今回でも初めてかもしれないよ。 器械体操なんてやった事が無いのに。 だが、今は愛紗さんと模擬戦の真っ只中。 こんなバカみたいな事を考えている暇は無い!
幸いにも三節根は俺の手の中だ。 何時もみたいに気が付いたら何処かに飛んでいましたなんて事は無い。 俺は急ぎながらも冷静に突撃してくる愛紗さんを迎え撃とうとした…………が
「なぜ……に?」
俺はその瞬間、我が目を疑うような光景を目の当たりにした。 いや、確かに俺は転倒しそうになって咄嗟に色々と動いて最後には後方宙返りを決めたよ。 だけれどさ……
勘の良い人は気が付いているかもしれない。 俺がこけて後方宙返りを決めた拍子に足が愛紗さんの顎に決まってしまったようだ。 その証拠に愛紗さんの顎先が真っ赤になってしまっている。
いつもの賊のパターンだと首無し状態になっていたり、顎だけがそぎ落とされたりとスプラッタ映像ものになっていると思うのだが……いつもと違って今回は、幸運な事が三点あった。
まず一点目は、愛紗さんの顎先に掠ったように足が当たったという事だ。これがモロ顎に入っていたら首の骨の心配とかもしれないが、顎先に触れただけと言う事で瞬間的に脳が揺さぶられて意識を効率よく刈り取ったのだろう。
二点目は、相手が一般人では無くて愛紗さんだったという事。 将と一般人は武は勿論の事、身体の耐久性も天と地ほどの差がある。
日々鍛錬し、自身の身体を引き締めている者達は酷く打たれ強く、並大抵のことでは怪我や病気をしない。 昔からよく見ていたが、俺の母なんかは毒蛇を食べても平然としているし、旅の途中で俺と手合わせをしている際、三節根を脳天に喰らっても平然としている程の化物クラスである。
無名の母でさえ、それほどの強度を持っているのだ、将来的に名をはせる関羽がたったこれだけで死ぬ事は無く、傍から見ても意識を失っただけと言う事がわかる。
そして、最後の一つは……
「転倒……見てな…い」
俺がこけた瞬間に意識を失ってくれた御蔭で無様な姿をさらさずに済んで良かったー!
……と、まぁ酷く自分中心的な事ではあったりするのは仕方が無いと思う。
そんな事から始まるとある日であった。
P.S:その後、眼を覚ました愛紗さんは俺と手合わせをしたという記憶自体が吹き飛んでいたみたいだ。 ……それはそれで、好都合。
―――― 一方、その頃…
ふと、気がつくと見た事がない天井を見た。
おかしいな、俺の記憶が正しければ、しらねぇ女と飲んでいた筈なんだが……しかも
「頭……痛ぇ……」
今まで感じた事がない様な頭の痛みに苛まれた。 なんだこの痛みは? ある程度の怪我とか頭をうったとかなら我慢出来るのに内側から鈍器で殴られ続けているかのような痛さだ。
俺は寝ながら両手で頭を押さえた。 特に良くなったとは思わないが、そうせずにはいられなかった。 多分、酒のせいだろうな。 っていうか、一杯で意識とぶってどんだけ酒に弱いんだよ俺は!?
少し自己嫌悪に陥った気がするぜ。 これからは柚登の言うとおり、酒は飲まないでおこう。
この場にはいない息子へと土下座をした後、俺は部屋の中を見回した。 其処には見た事が無いような豪華な装飾がされた寝台と机がある。
……困った。 何で俺はこんな知らない部屋でしかも寝台の上で寝てんだ?
路銀も何もねぇから宿だったら最悪なんだがよ……
そんな風に俺はこれからの身の振り方を考えていた。
「(カチャ…)あら? 眼を覚ましたみたいね」
そんな時だ、俺の記憶が確かならば一緒に飲んでいたっぽい露出大好き女が部屋へと入ってきたのだ。
その顔には満面の笑みを浮かべている。 ぶっちゃけ、嫌な予感しかしない状況だぜ。
「……おい、此処は何処だ?」
「何処って……あぁ、あなた酔い潰れちゃったから覚えてないのね?」
……やっぱり、酒は怖ぇぜ。
ケラケラと手を口元にあてがいながら女は笑いはじめた。
何故だ?スゲェイラつくんだが……
俺の不機嫌な様子に感付いたんだろう、女は笑うのを止め、咳払いをした。
「ここは私の城よ。 ん、ん……それで、あなたの処遇だけれど……」
「ちょ、ちょい待ち! 城?処遇? 一体、何の事だよ!?」
「なにって、酒の席でアナタ言ったじゃない『しゃあねぇなぁ~そこまで言うんなら雇われてやんよ~!』……って」
オイオイオイオイ、俺って酔った勢いでそんな事を口走っちまったのか!?
……もう、本当に柚登の言うとおりにしよう。 寧ろ、俺の視界に酒が入る事が無いようにしよう。
しかし、そんな決意は既に遅い。 この女の言う通りならば、俺はコイツの城で兵にならないといけないらしい。
「あ、あのよぉ……酔った勢いだから断るって訳にゃ――――」
「――――却下よ。 って言うか、今更抜けられても困るわよ。 もう城のみんなに伝えちゃったしね♪」
……逃げられねぇ状況ってこういう事を言うのか?
「でも、そうねぇ~どうしてもって言うなら――――」
「抜けさせてくれんのか!?」
だが、おてんとさんは俺を見捨てちゃいなかったみたいだ。 女は少し残念そうな顔をしながら、自分の懐に手を入れて何かを探しているようだ。
もうこの際、軍を抜ける事が出来る方法があるなら、ソレに縋るしかねぇぜ!
「――――はい、これ」
そう言って女は一つの竹簡を取り出した。 そこには何やら文字が……
「これ、この部屋を用意した費用と、昨日アナタが酔った勢いで暴れて壊した店の備品の費用なんだけれど……払えるかしら?」
……そこには、今まで見た事が無い程の金額が書かれた竹簡が……って、無理だってのこんな金!
明らかに丸々一年働きっぱなしでも払えるか払えねぇかの金額だぞこれ!? そもそも、今の俺は鐚一文たりとも持ってねぇんだぞ!?
――――い、いや、あれだな……きっとコイツは俺を騙そうとしているに違いない!
そうじゃなきゃ、店の備品を壊しただけでこんな額になるわけがねぇ! それに、俺はこんな部屋を用意しろなんて一言も言った覚えはねぇんだ!
「フフフ、疑っている眼ね? まぁこの部屋は私が勝手に用意した物だから引いてあげても良いんだけれど……壊しちゃったものは流石に弁償しないとイケないわよね?」
「へ、へん! お、おお俺が壊したなんて証拠でもあんのか? それにだ! 一体何を壊したらこんな金額になんだよ!」
「そう言うと思ったわ。 それなら私についてきなさい、面白い物を見せてあげるわ」
そう言って女は俺に背を向けて部屋から出て行った。
どういう訳か、冷や汗がとめども無く背中から噴き出てくるのが分かる。 気がつけば、さっきまで感じていた二日酔いの頭の痛さがきれいさっぱり消え去っている。
な、何故だ? とめども無く嫌な予感しかしねぇんだが……
そして、その後俺は……
「――――あ……足元見たぜこいつ!?」
「フフ、何とでも言いなさい。 そもそも、『店を全壊』させる程大暴れした貴方の借金の肩代わりをしてあげただけでも感謝しなさい!」
俺の眼前には愛用している三節棍がまさに昨日飲んでいた店があった『はず』の廃屋にブッ刺さっている。これぞまさしく俺が酔った勢いで店を全壊させた証拠に他ならない。つまるところ、有無を言わせずに働かないといけないという状況に陥ってしまったのである。
くぅ~……柚登の為に頑張ろうと思っていただけなのに、何でこんな事になっちまったんだよぉ~!!
でもまぁ、しゃあねぇか。 だって今現在俺の目の前には……
「それにしても、三節棍だけでよくもまぁ店一件破壊させれるわね?」
この女の言葉通り、昨日酒を飲んでいた店の残骸が積まれた状態になっていたのだから……
だけどよ、俺って一体何でここまで暴れたんだ? 誰でも良いから教えてくれよぉ!!
そんな俺の心の叫びがこだまする日であった。
そうして俺は、気がつけば当初の目的地である馬騰の所から遠く離れた――――
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。 私は孫策、字は伯符、宜しく頼むわね」
「くぅ~……はぁ、わぁ~ったよ。 俺の事は雪花と呼べ。 まぁ、成り行きでこうなっちまったが宜しく頼むぜ」
「ソレって真名よね? ほぼ初対面の私に預けてもいいのかしら?」
「かまわねぇよ、俺は前の名前は捨てたんだからな」
「そう……わかった、私の事も雪蓮で構わないわ。 一方的に真名をもらうのってのも癪だしね」
「あいよ、んじゃまぁ宜しく頼むぜ雪蓮さんよ」
孫策がおさめているこの地、揚州にて雇われる事になった。
ありがとうございました。
また次回もお楽しみに〜( ̄▽ ̄)ノシ