「本当に、親子揃って思いもよらない事をしてくれるわね」
こちらは汜水関から幾分か離れた道中。 連合軍の先陣に位置している。
そしてその中で彼女、孫策は呆れ半分、驚き半分の声をもらすのだった。
その愚痴ともとれる言葉を投げ掛けられた人物は孫策が自ら声をかけて、結果的に将の一人となった雪花、そして彼女の一人息子で近いうちに自分のところを訪ねると約束した凌統の二人だ。
すでに彼らが汜水関へと乗り込んでから一刻の時が過ぎており、辺りには不気味な静寂が漂っている。
予定では汜水関に陣を張っている董卓軍の猛将・華雄を誘きだしている手筈だったのだが、二人が汜水関へと乗り込んでいる以上、それも実行することが出来ない。
「雪蓮、どうするのだ? あの二人がそう易々と討たれるとは考えにくいが……兵達が動揺している」
そう言いながらも、面白いものを見たかのように、ニヒルな笑顔を浮かべながら近づいてくるのは彼女が一番に信頼している友にして軍師の周公瑾。
「どうするもこうするも、このまま突撃して徒に兵を減らすわけにはいかないわ。 ここはのんびりと待つつもりだけれど……」
彼女は語尾に『だけれど』とつけて話を続けた。
「ここは連合軍、しかも総大将が『アレ』だからね……あんまり時間稼ぎが出来そうにないわ」
二人は顔にこそ出なかったがその声には焦りの色が混じっていた。 自分達は立場上、現段階では必要以上に目立ってはいけない存在だ。 いや、それが良い意味での成果ならば今後好転に傾くかもしれない。 だがしかし、悪い意味で目立ってしまうと逆だ。 そんな事をしてしまえば無理をして凌統を迎え入れる意味が無くなってしまう。
だからこそ二人は焦っていた。 しかし、そんな二人の様子を何も知らぬ一人の人物が近付いてきた。
「どうしたんですか孫策さん?」
桃色の髪をたなびかせる少女は劉備玄徳。 今現在、凌統と共に行動をしている少女だ。
「劉備……だったわね? 別に何でもないわよ」
「そうですか? なんだかお二人ともここに凄い皴が寄ってましたよ?」
そう言いながら劉備は自分の眉間を指さして『ここですよ』と無邪気な表情で話した。
「くだらない冗談は良いわ……それで何か用かしら?」
勿論孫策達は自分がポーカーフェイスをしているのを自覚しているため、劉備の言葉をバッサリと切り、面倒くさそうな声で問いかけた。
「ばれちゃいましたか……でも眉間に皴が寄っているっていうのは冗談ですが、何か心配しているのではないかと思っているのは本当ですよ?」
自分の嘘がバレバレであった事に関しては笑ってごまかした劉備であるが、最後の言葉は彼女らしからぬ真剣な表情をして答えた。
彼女とて馬鹿ではない。 孫策達が何に杞憂しているのか位は理解している。 だが、それを敢えて孫策達に訴えかけた。
「……ねぇ、このやり取りは意味のある事かしら?」
「意味があるかなんて事は分りませんが、少なくとも相談相手くらいは出来ますよ?」
相変わらずニコニコしながら話しかけてくる劉備を少し鬱陶しくは感じるがそれを表だって出すわけにもいかない。 劉備と仲良くすることを条件にしたのは他ならぬ自分が欲しいと思った人物、凌統の言葉だから。 それに、劉備は確かに甘いと思う場面はこの短い時間で多々見られたが、袁紹や袁術の傲慢と比べたら可愛いものだ。
孫策は小さく息を吐くと劉備と向かい合った。
「そうねぇ、敢えて言うとしたらこの状況の打破……かしらね。 劉備は何かいい案でもあるのかしら?」
特に意識したわけではなかったが、孫策の言い方には若干の棘が混じっていた。 しかし、劉備はそんな言葉を気にした様子もなく孫策の疑問に答えた。
「いえ、特にはありません。 寧ろ、そう言った策とかを練って動くのは今回に至っては必要ないって思うんです」
劉備の口から出た言葉に今度は本当に孫策は眉間に皴を寄せた。 確かに、籠城戦は臨機応変に動いてなんぼだ。 だが、動かなくていいという言葉は聞き捨てならない様子だ。
このままの状態で手を拱いていると少なからず劉備にも被害が及ぶ。 それを何もしなくていいっていうのは孫策は聞き捨てならなかった。
「それは……始まったばかりなのに諦めたって言う事かしら?」
「いえ、諦める事は過去も今もコレからもありません、私はただ柚登さんを信じているってだけですから」
「信じているって……はぁ、ずいぶん甘い考えかたね? 確かに私達も雪花の実力は信じているわ、でもねそれも数に押し切られたら終わりなのよ?」
根拠はなかったが、孫策自身も劉備の言うとおり、信じていないわけではなかった。 短い時間ではあるが、彼の母である雪花と共に時間を過ごし、彼女が口から出まかせを言うことは殆ど無いという事は知っていた。
だが、今回は相手が悪すぎる。 たった二人で敵地に乗り込むなんて愚の骨頂でしかない。 孫策はそのように考えていた。
「確かに孫策さんの言いたいこともわかります。 ですが信じれませんか? ご自身の仲間を。 私達は柚登さんを信じて待っているだけですから『何も』しないんです」
「そんな事わかって――――――――ッ!? ……フフッ、謝罪するわ劉備。 さっきまでの私の弱音は忘れて頂戴。 ……まさか、本当にアナタの言うとおりになるなんてね。 きっと凌統がうまくやってのね♪」
「何たって柚登さんですから♪」
孫策、周揄そして劉備は堅く閉ざされた汜水関城門を見て、安堵の表情を浮かべた。
何故なら……
「――――ドッシャラァァァ!! へん、どんなもんだい!」
「――――少し…反省……しろ」
つい先程、城壁を飛び越えていった者達が変わらぬ姿で城門を蹴破って飛び出してきたのだから……
――――少しだけ遡った凌統
結果から言うと、母は徒手空拳でも全く問題はなかった。
戦斧を装備した敵相手に徒手空拳で挑む母は正に圧巻の一言につきると思う。 だって、素手で戦斧の刃を弾き飛ばしてカウンターブローをかましたり、飛び回ったり……更には戦斧の刃を掴んだでそのまま の状態で敵さんごと振り回したり……って危なっ!?
オイコラ母ッ! オプションで人をひっつけた状態の武器を振り回すのは危ないんだぞ! 少なくとも俺が近くにいないときにやってください!
……そう言えば、彼女らの部下である兵たちは何故だか俺達に近づこうとはしないで俺達を囲うように円陣を作っていた。
「戦いの最中によそ見か? 余裕かましとるやないか!!」
――――――イャァァァ!?
そう言えば、俺ってば関西弁な女性のお相手をしていたんだった。
あまりにも俺の理想である平穏無事な暮らしから遠ざかっていたもんだから半ば現実逃避していたぜ。
ある意味で正気に戻った俺は相も変わらずな速さでの猛攻を必死になって回避し続けた。
しかし、このまま続けても切りが無い。 ってか、ぶっちゃけ面倒臭いし関西弁の姉ちゃんの目がマジ過ぎて萎えます。
そう判断した俺は早かった。 相も変わらずの連撃をいつもの反則染みた身体能力で回避しながら数合食らうことを覚悟しつつ間合いを一気に詰めた。
突然の俺の行動に驚いたのだろう、女性は一瞬顔をこわばらせたが直ぐに元の獲物を狙うような眼差しに変わったが、すぐさま頭を切り替えて槍を短く持ちかえて近接用に切り替えた。
流石に張遼って名前は飾りじゃないか、反応速度はピカイチかもしれない。
――――――だけれど……
こちとら、何の考えも無しに特効かましたわけじゃないんでい!
張遼さんの得物の刃が俺に届く直前、俺は脚を力一杯地面へと叩きつけた。
普通に考えたら『コイツ、何してんだ?』って思われちまうかもしれない。 しかし、其処は色々と策を練るのが三食とオヤツと夜食の次くらいに好きな俺だ。 ……忘れたのかい? 今、俺の足元には俺が無造作に捨てたように見せ掛けた母の棍が放置されているんだぜ!
つまり俺が考えだした作戦はこうだ、俺が棍の端っこを勢い良く踏み付けて、棍を上に飛ばすんだ。
次に俺がソレを掴み取って、グルグルグルグルと新体操の人がバトンを回すみたいにすれば張遼さんの槍を弾き跳ばせる寸法よ!
何故に三節棍を使わないのかって? ……だって、三節棍って振り回したりすると結構タイムラグが発生するし、凄いスピードで迫られると結構キツいものがあるんだもん! ……うっわ、自分で言っておきながら『もん』とかキモッ!?
……うん、どうでもいい事は後から考える事にしよう。 ――――っと、そんな事を考えている間に棍が俺の手元まで来たな。 よし、後はこれを掴んで――――――
「――――――しゃらくさいわぁ!!(キィィィン!)」
「――――――ガハァ!」
「のわっ!? な、なんだぁ? イキナリ白眼向いて昇天しちまったんだが……ってこれって俺の得物じゃねぇかよ、何でこんなとこに転がってんだ?」
……はい!? ちょ、え、マジでかいな!?
今、俺の眼の前であり得ない事が起きまくってしまった。 俺のプランでは棍を使って張遼さんを退けた後、母を連れて汜水関から出る予定だったんだが、よりにもよって準備段階の俺が棍を掴むと言う工程で空中に浮かびあがった棍を張遼さんが見事なまでにリフレクションしてそれがまっすぐ母と戦っていた筈の将の後頭部にジャストミートって……
「――――――な、華雄!? …………クッ、まさか今の棍が囮やったなんて。 なんて奴や、ウチとやりおうときながら本命は華雄やった言うんか? ……しゃあないな、皆一旦引けーーーー! 虎牢関で迎え撃つんや!!」
あ、しかもさり気に今の奴を俺の所為にしたぞこの関西弁の張遼さん。 しかも、別に囮にした覚えなんてないし。
そう言い残して張遼さんは気絶した華雄さんを肩にしょい込むと一目散にこの場を後にしたのであった。
ただ、走り去る直前に『これで勝ったと思うなよーー!』と言われたような言われていないような……まぁ気のせいだと思うけど。
そんなこんなで、気がついたら俺の周りには母以外誰もいないという状態になってしまった。 なにはともあれ、ほぼ無傷の状態で汜水関から兵が撤退して行ったんだ。 これで母の独断先行もある程度は大目に見てもらえるかもしれない。
取りあえず、戦果を皆に報告しないといけないな。 俺はそう決めると未だに釈然としない表情を浮かべる母の元に近づいた。
「おぉ柚登、なぁ俺が相手にしていた奴って何で急に白目を剥いたか知ってるか? ……まさか持病でも持っていやがったのか?」
それについては、同志討ちとしか言いようがないぜ。 ……いやいや、そうではなくてな。
「さっさと……戻る…ぞ」
「お、おう……なぁ、なんか機嫌悪くねぇか?」
……何だろう? 心配してついてきたって言うのに、本人はそれを知らぬが存ぜんって状態。 無性に腹が立ってきた。
だけれど、残念ながらそれを発散したくても方法が……いや、ここは全力で何かモノにあたればこのモヤモヤ感が無くなるかもしれないな。 だけれど、俺が全力で当たると壊れるの必須だし……身近に壊れてもいい物ってのは無いもんか?
「ユトー、そろそろ帰ろうぜ~」
……まったく、母は俺の心情も知らないで――――――おぉ! 身近にぶっ壊してもいい物があるじゃないですか!
能天気に俺を呼んでいる母の方を見てみると、巨大な城壁に装着されていた巨大な閂(かんぬき)が眼に飛び込んできた。
ここで知らない人に教えてあげよう、閂って言うのは時代劇とかでよく見る屋敷の左右の扉に付けられている横木のことさ。 流石に汜水関ともなるとその閂は巨大なもので、とてもじゃないが普通の人間は一人では取り外しは不可能で数十人が一緒にならないと外せない程だ。
まぁ、母なら難なく外してしまいそうで怖いんだが……でも、あれなら別にぶっ壊しても構わない。 いや、外せば再利用可能なんだけれど、そんなまどろっこしい事はこの際したくない。
「……どいて…いろ」
そう決めた俺は早速母に一言掛けて扉に向かって走り出した。 母はと言うと、一瞬だけキョトンとした顔をしたが直ぐに悪戯を思いついた子供のような顔になり俺の横にぴったりとくっついた状態で走りだした。
多分、いや恐らく母は俺が何をしようとしているのかを察知しているに違いない。 それを知った上で便乗しようとしているのだ。 きっと母も戦いが中途半端になってしまったせいで不完全燃焼を起こしているのだろう。
直接は手を下していないにしろ、俺自身もその不完全燃焼に関係しているので『俺の見せ場を奪うな』とか『大人しくしていろ』とか無粋なことは言わない。
――――――だけれど……
「――――ドッシャラァァァ!! へん、どんなもんだい!」
「――――少し…反省……しろ」
これくらい言ってもいいだろう、そう思いながら俺と母は堅固な汜水関の扉に綺麗なまでのダブルドロップキックを炸裂させたのだった。
ありがとうございました。
明日の更新でストック分がなくなります。
途端に更新速度が遅くなりますがご了承下さいm(_ _)m
ではでは、また次回もお楽しみに〜( ̄▽ ̄)ノシ