――――翌日
この日は早朝から劉備軍並びに凌統隊の陣内ではピリピリとした空気が漂っていた。
理由は言わずもがな、昨晩から行方を眩ました凌統の事だ。
去りぎわに彼の副官に言い残した何時もどおりの言いたいことを言い切れていない短い文章からは詳しい行動等を読み取る事は非常に困難であり、聡明な伏龍鳳雛と言えど解読は難解をきたした。
勿論、彼女らは凌統が呂布を相手に敵前逃亡したとは微塵にも考えてはいない。 彼は自分を犠牲にしてでも自身の手の届く範囲の人を守る人間であると信じている。
しかし、まわりの人間はどうであろうか?
彼と深く関わっていない人間から見ると、今現在この場に凌統がいない=敵前逃亡と繋がってしまうのは避けることができないのだ。
軍属において、指示無しでの敵前逃亡は重罪である。勿論それを黙認した者、手助けした者もそれなりに重い罪を課せられる。
つまり、この場に凌統がいないということは、彼から言伝を預かった副長が罰せられる可能性がある。
だがしかし、とうの副長はそんな事は有り得ないと言わんばかりに落ち着いていた。
「スミマセン、今一つ解らないのですが柚登さんは確かに『狩りに出掛ける』と仰ったのですか?」
凌統隊の副長へとそう問いただしたのは諸葛亮孔明こと朱里だ。 一方の副長は朱里の問い掛けにたいして一切の迷い無く首を縦に振った。
あたりの空気が緊迫している中でも副長は何時もの如く自然体でいる。 その姿は副長が心の底から凌統の事を信頼しているのだと髣髴させるかのようである。
「それは困りました……柚登さんの事ですから、何かしらの理由があると思うんですが……」
「ふ、副長さんは柚登さんが呂布の対策を興じる為だとお考えなんですか?」
朱里と雛里の言葉に副長は重い口を開いた。
「凌統様の言い回しが私には引っ掛かっておりました。 翌日には籠城戦が控えているというのに、敢えて『狩り』と表現されたのか……もしや間者があの場にいたのかも知れません。 それを真っ先に御気付きになられた凌統様は咄嗟にあのように言われたのではないのでしょうか? ……ですが、これはあくまでも私個人の意見でこざいますのでご了解くださいませ」
淡々と答えていく副長、発言している内容は曖昧な表現の仕方ではあったが、その口調はどこか確信に満ちていた。
勿論両軍師共、その事に気が付いてはいたが敢えてこの場での言及は避けた。
「そうですか……柚登さんに何かしらの考えがある以上、私達も常に動ける状態で待機していたほうが吉かも……雛里ちゃんはどう見る?」
「わ、私は……確かに柚登さんの真意は気になるかもだけれど……やっぱり臨機応変に動かないとダメだと思う」
「……うん、私と同じ考えだね。 柚登さんが何を考えているにしろ、きっと私達にもわかる方法で合図が有るはず……無いにしろ一番動きやすいようにしておこうと思います。 桃香様、その様にしても問題ありませんね?」
「うん、朱里ちゃんと雛里ちゃんに任せるよ」
軍師は本来ならば不確定要素に頼らず、現実に起こる事象に対処しなければならない。 しかし、彼女達は知っている。 たった今話しに挙がっている凌統が不可解な行動を起こすのは全て理由があるためだと……だからこそ、二人は彼が何をしても対処できるようあらゆる想定を考慮して作戦を立てるのだ。
――――凌統
やぁ、昨晩からぶっ続けで食糧の確保に勤しんでいた凌統だよ。
時計が無いからどれくらいの間狩りをしていたから判らないけれど、辺りは夕闇がすっかりと晴れて朝になっちまったぜ。
成果は上々で、豚っぽい何かを二頭、魚っぽい何かを二匹、松茸っぽい何かを沢山ゲットだぜ!
……何故だ、危険なKA☆O☆RIしかしないのだが?
まぁ、いいや。 そんなわけで俺は早速食事を摂るために、これから攻め入る虎牢関が見える林の入り口辺りで火を起こし始めた。
この場所だったら、いざ戦いが始まったとしても直ぐに行動を起こせる俺なりの配慮だったりする。
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――――パチパチパチ
火は思ったよりも早く薪へと燃え移り、早々に焚き火が完成した。
まさか、こんな所で母と旅をしていたときのスキルを発揮する事になろうとは……予想できないもんだな。前世の世界を考えてみると俺も随分とワイルドになってきた気がする、イヤマジで。
俺はそんなことを考えながら、たった今採ってきた豚を一頭と魚二匹を火で炙り始めた。 豚は足を紐で縛り木の棒にくくりつけて、魚はそこらへんに落ちていた棒をぶっさして焼いた。
程なくして肉や魚が火に炙られて徐々にだが焦げ目が付き初めて良い感じに油が滴り落ち、香ばしい匂いが辺りに立ち込めてくる。
――――――ジュージュー
――――――ジュージュー
うんうん、こう肉や脂が焼ける時の音も子供の頃のキャンプみたいでワクワク感に加えて食欲を刺激するな。
――――――ジュージュー
――――――ジュージュー
――――――ぐ~ぐ~
ほら、こんなぐ~ぐ~と良い具合に鳴って……あり? おかしいな、焼ける音ってこんな鈍い音だったか?
あまりにも調理場にふさわしくない音が耳へと入ってきたので俺は半ば反射的に顔を上げた。 するとそこには……
「………」
「………(ぐ~ぐ~)」
なぜか焚き火を挟んで俺の反対側に肌が褐色の赤髪少女が俺の飯を凝視していた。
しかし、この子は一体何をしているのだろう? これから近くで戦争が始まるっていうのに。 あ、俺も呑気に飯を食っている場合じゃなかったか。 それならさっさと食事を終わらせて副長さん達に合流したほうがいいな。
俺は少女の事は脳内から消し去り食事に専念することにした。 何分焼いたかは分からないけれど、見た感じ魚や肉はこんがりとした色へと変わっている。 おそらく、そろそろ食べごろだろう。
俺はまず魚を食べるべく手に取り……
「……(きゅ~ぐるる~)」
「……」
え、何これ? 食べちゃいけないの?
何故か知らないが少女は俺が手にしている魚に目が釘付け状態となっている。 ……何となく手にした魚を頭上へと持ち上げてみた。
――――――サッ
――――――バッ!!
見事なまでに顔がついてきているんだけれど……そんなに食べたいのか? でも、一応は俺の飯になる予定だし……
女の子とはいえ流石に見ず知らずの人にご飯を分けるほど俺はお人よしではない。 ここは心を鬼にして食事を済ませて……
「………(ぐ~きゅるるぐりゅ~)」
「………はぁ…食…え」
そこまで非情に成りきれない俺は意外と良い人なのかもしれない。 流石に目の前でこれ程までにお腹を鳴らされると見捨てるのは心苦しすぎた。 って言うか、ある意味(腹ペコ的な意味)で同士みたいなものだ。
俺は仕方なく手にしていた魚を目の前でお腹を鳴らしまくっている少女へと差し出した。
「……いいの?」
「……食…え」
少女もまさか俺が魚を差し出すとは予想外だったらしく、目を真ん丸にしながら申し訳なさそうに聞いてきた。
一応は遠慮しているみたいだけれど、目の輝きが半端な差過ぎて今更断ることもできない。
無愛想かもしれないが、俺は再び彼女に魚を食べるように少女の顔の目の前へと魚を差し出した。
それが皮切りだったのか、少女はオズオズと魚を受け取り俺と魚を交互に見た後、勢いよく魚を口へとほおばり始めた。
「――――――モキュモキュモキュ」
口一杯に頬張らせているその姿はさながらハムスターやリスといった小動物っぽさを髣髴させる。
こんな姿を見ていたら俺も腹が減ってきたな。 俺は別の焼けた魚を手に取り少女に次いで食べ始めた。
「――――――モキュモキュモキュ」
「――――――ガツガツガツ」
意外と川魚っていけるんだな。 見たことない魚だったから不安一杯だったんだが、身もシッカリしていて旨いわ~
脳内で一人ゴチていると……
――――――クイクイクイ
なにやら袖を引かれている感じが……俺は魚を食べながらそちらの方へと目を向けると……
「……」
魚が食べ終わったのか、少女が人差し指を加えながら俺のほうを物欲しそうな目で見ているではないか。
もしかして、あれじゃ足りなかったのかな? 確かに、俺の空腹な状態で魚一匹では足りないかもしれない。 しかし、残念ながら魚は今少女が食べたのと俺が現在進行形で食べている2匹しかとらなかったからこれ以上はないんだぜ。
俺は持っていた魚を骨ごと全て口に入れ、バリボリと擬音が付きそうな勢いで咀嚼し一気に飲み込んだ。 しかし、少女は相変わらず俺のほうを物欲しそうな目で見つめ続けている。
「足りない……のか?」
「……(コク)」
俺の問いに対して間髪居れずに首を縦に振る少女。 仕方がない、ここは奮発してさっき仕留めた豚っぽい何かを切り分けると――――――
――――――クイクイ
豚っぽいなにかを切り分けようと俺は懐から小刀を取り出したんだ。 そしたら何故か後ろから裾を引っ張られるような感覚がした。 一緒に飯を食べた少女は目の前にいる。 つまり、この子とは別の誰かが引っ張っているのか。
俺は裾を引っ張る犯人を見るべく後ろを振り向くと……
「あ…セキト」
何でか知らないけれど、赤っぽい毛並みをした犬が居た。 しかも、少女はこの犬のことを知っているみたいだ。
「探してた……」
なるほど、つまりこの犬を探すために外を出歩いていたんだがお腹がすいてきて、そこに偶々魚っぽい何かと、豚っぽい何かを焼いていた俺たちに出くわしたと……
よくもまぁ、今の一言からココまで推理できたな俺!? いろんな意味で凄いと感じちまったじゃねえかよ。
……そんなことよりも、早く豚っぽい何かを切り分けよう。 肉は冷めると旨くないって言うし。
俺は少女が言うセキトを抱えると少女へと手渡しし、小刀を握りなおすと躊躇なくこんがりと焼けた豚っぽい何かへと突き刺して食べられる部位だけを切り離していく。
――――――フッ、伊達にサバイバル生活に慣れているんだ。 これくらい御茶の子さいさいっていうやつだな。
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「……お腹…五分目」
「わん♪」
す、全て食いやがったこの小娘+獣!? な、何なんだよ……折角捕まえた俺の飯を綺麗サッパリ食べ尽くしちまうなんて…… しかも、予備で捕っておいたもう一匹の豚っぽい何かまで綺麗サッパリ完食するとは。
唯一残ったものと言えばおやつ代わりに採集した松茸っぽい何かだけだが、見れば見る程に危険な色は匂へど散りぬるを…何言ってんだろ俺?
いや、俺も男だ。可愛い女の子の為ならば武士は食わねど高楊枝精神にのっとりこの松茸モドキを……うん、これは別の機会にしようかな。
気が付いたら集めた食材のうち魚一匹しか食べる事が出来なかった事実に頭を悩ませながら、俺は全ての食材を食べ尽くした少女の方を見た。
少女は食事が終わって手持ちぶさたになってしまったのか、彼女のペットと思われる犬とじゃれ合っている。 ……あ、何だか少し和む光景かも。
――――グゥ~キュルル~
……しかし、幾ら和んだとしても腹が減っている事実までは誤魔化す事が出来ずに俺の腹が固形物を求めて自己主張を開始した。
しかも、恥ずかしい事に鳴った音は思いの外大きく、少女の耳にも届いてしまった様子だ。
「……ごめんなさい。全部…食べちゃった」
少女は申し訳なさそうに犬の頭を強引に下げながら自らの頭も下げてきた。 犬は無理矢理頭を押さえ付けられて藻掻いていたが、すぐに観念し大人しくなった。
さすがにこんな姿を見せられて怒るほど俺は子供ではない。
「気に……するな」
俺の言葉を受けて少女はオズオズと頭を上げ、覗き込むかのように俺の顔色を伺った。
残念ながら、ここで一つくらい笑みを浮かべたら少女も安心するかもしれないが、俺の顔は鉄面皮だ。
その代わりに俺は少女の双眼をジッと見つめて怒っていないことをアピールした。
「…………」
「…………」
沈黙の二文字が二人の間を包み込んだ。どうやら、俺の言いたい事が伝わっていないみたいだ。
俺は先ほど以上に少女の瞳を凝視した。
「…………」
「…………」
そんな状態が数十秒続いただろうか、沈黙を保っていた少女が突如として行動を起こした。
「……こっち」
何故か、俺の手を掴みどこかに連れ出そうとしているみたいだ。
しかし忘れてもらっちゃあ困る、今現在ココは戦争が起きる最前線の側なのだ。無闇やたらに動き回っては危険だ。
少なくとも、何処に行くかくらい走っておかないと対処のしようがない。
「何処に……行く?」
「…………」
俺の問いに対して少女は無言のままとある方角へ指を差した。
彼女にならい指差した方へと顔を動かしてみると……
「……あそこ」
何故か、彼女が指差した所には俺たちがこれから攻め入る予定の虎牢関が悠然とたたずんでいた。
……何故にそんなところを目指すんだ?
「……君、名は?」
「……? …呂……」
「……字」
「…奉先」
そっか~呂奉先っていうのか~
――――――ゑ!?
お待たせしました。次回の更新もいつになるかわかりませんが、ご了承ください
ではでは次回もお楽しみに〜( ̄▽ ̄)ノシ