You Only Live Twice の奇想曲   作:飛龍瑞鶴

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誰にでも幕引きの時は来る。
その時に満足でるかが問題なのだ。


演奏前
幕引きの時


 ―思えば間違いと回り道を続けていた人生だった―

 

 とある国家機関が管理する病院の特別室で。恐らく末期の時を迎えている男は、自分のそれまでの人生を振り返りながら苦笑を漏らす。

 

 ―最初は純粋な想いだった―

 

 そう、最初は純粋で、誰もが賛同する根源的な願いだった。

 

 ―やり方を間違えたな―

 

 彼は国連平和維持活動(ブルベレー任務)特殊作戦群()情報本部任務(ブラック・オプス)等を経験して諜報の世界に足を踏み入れ、そこである程度の成功を収めた。  

 工作担当者(ケースオフィサー)として、あまたの陰謀・暗闘に勝利し。行き着いた先がこの病院のベットでの最後だった。

 皮肉と言えば、皮肉に尽きる。守りたい者の為に戦い。その結果、天寿を全うする事無く、全身を人工的な病魔に侵されて、苦しんで、苦しんで死ぬ事になる。

 「馬鹿だよなぁ」

 乾燥しひび割れ、血を滲ませながらも、血の気がなくなり、肌の色の境目が曖昧なった唇から精気と言うものが全く感じられない彼の声が発せられる。声を出すだけでも今の彼は、全身を襲う痛みに、錘の様になった筋肉を動かす努力、声を出すこと自体を諦めさせたくなる倦怠感と闘う必要があった。

 

 「貴方、起きていますか」

 室内に入ってきた女性が男に声をかける。その声は、期待と不安がまじり、さらにそこに覚悟を感じさせる声だった。

 病室の虚空に焦点が合わず精気の無い視線を向けていた男の眼に精気が宿り、入室してきた女性に視線を合わせた。

 彼女こそ、この男が唯一愛し。そして、末期になろうとも強い愛情を抱いている伴侶だった。

 

 ―君の為に頑張って、結局。君に迷惑と苦労をかけてしまったね―

 

 そう、彼女を愛したからこそ。彼女とその周囲の安寧を保つために男は戦い続けた。彼女との間に子供をもうけてからは、さらに苛烈に闘争を継続させた。

 その結果、彼は少なからぬ財と家族の安全を勝ち取る事ができたが、裏では伴侶に心配をさせ。その結果が、この病院での無数のチューブに繋がれた姿(スパゲティ)であり。

 そして、彼女より先に逝こうとしている。

 彼が自己評価するように本末転倒の大馬鹿野郎というのはある意味で正しい。

 「起きてるよ……少し疲れたけど」

 精気を僅かに感じさせる声で彼は伴侶に答える。彼女は無言で彼のベットの横に座り、やせ細り、病的な白さを見せる彼の手を柔らかく握った。それが、何時ものふたりだった。しかし、今日はそうならなかった。

 「君に黙っていた事がある」

 彼はある種の覚悟を決めて、僅かに精気が戻った声で伴侶に告白する事があった。その事を口に出す前に、彼女が口を開いた。

 「スパイだったことですか?」

 彼が告白しようとしていたことを伴侶に言われて、彼は摩耗しきった心は酷く動揺した。

 それは、彼に二つの驚きを感じさせた。一つは伴侶たる女性が恐らく全てを知っている事、もう一つは動揺するだけの心がまだ残っていた事である。

 「隠し通していたつもりですか。あなたは昔から隠し事が下手でしたよ」

 彼の伴侶は何時もの様に微笑みながら彼に指摘する。

 「君だけに、だよ」

 最後の負け惜しみが口からこぼれた。思えばこう言うやり取りをするのも久しぶりであり。恐らく、最後になるだろう。彼の末期になっても、思考力と把握力を失わない脳みそが冷静に現実を告げる。この時ばかりは、自分の脳みそが恨めしくなった。

 「えぇ、あなたの事は何でもお見通しですから」

 彼の伴侶は太陽の様に微笑んだ。その笑みを守るために戦ってきた。それを再確認させ、終わりの近い肉体と言う現実を彼に容赦なく突きつける。

 「家の書斎の二番目の本の中に、カードと通帳が隠してある。暗証番号は、君と出会った日を足したのと、結婚記念日を足した数字を並べてくれ。数年分は楽に暮らせる貯金が在る。あと、省からも年金がもらえると思うよ。後は我が子らを頼ってくれ、君と僕の子供だ。上手くやるよ」

 「そうやって、先のことまで準備するのも悪い癖ですね。本当に、昔から変わりませんね」

 伴侶の声に震えが混じるのを感じる。彼自身も感じていた。

 自分自身の命は明日の黎明を見る事はできないと。

 「迷惑をかけたねずっと」

 彼は本気でそう思っていた。しかし、伴侶が発する次の言葉でそれが間違いだと知る。

 「迷惑だなんて。貴女と出会えて、結ばれて、子供まで授かる事ができました。私は、幸せですよ。貴方はどうなんですか?」

 自分の瞳から熱い物が流れるのを彼は感じた。視界は歪み、彼女を正視する事が出来ないのが嫌だったが。涙はとめどなく溢れてくる。

 「あぁ、幸せだった。次はもっとうまくやるさ」

 伴侶たる女性は現在進行形で彼に答え、しかし彼は過去形で彼女に答えた。

 「次も、隣は…」

 伴侶にそれ以上言わせるほど、彼は甲斐性無しでは無かった。それが、死の淵でも。

 「あぁ、リザーブしておくから。お前はゆっくり来てくれると嬉しい」

 それは、伴侶にある意味で辛い道を歩ませる事になるのを承知で彼は言う。しかし、彼を伴侶として選んだ女性はその言葉に、ヒマワリの様に笑いながら答える。

 「えぇ。そうします。次、逢った時に貴方が悔しがる様な大往生をしてあげます」

 歪んでいた視界がクリアになり、彼女の笑顔を見れたことに彼は満足を覚えた。

 「そうか…十分悔しがるよ。それじゃぁ、御休み」

 彼はそう言って、目を閉じる。何も感じなくなってくるのを実感し、死を受け入れる。

 

 最後に彼が感じたのは、伴侶の声と温もりだった。

 

 「御休みなさい。貴方…」

 

 こうして、一人の男の物語は終わる筈だった。

 男が最後に願い、女が長年願い続けた願い。

 それは、小さな奇跡となり、彼らに第二の舞台を用意した。

 この物語は、そんな転生を果たした男女が再び出会い、奇想曲(カプリッチオ)を奏でる物語である。

 




さて、始まりました。
緋弾のアリア二次創作「You Only Live Twice の奇想曲」
「You Only Live Twice」は映画007シリーズの「007は二度死ぬ」の原作小説からいただきました。

一度死んで、別世界の自分と混じり合う。
ある意味では恐怖かもしれません。
それでは、よろしくお願いします。
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