ENISHI   作:Ritsuka

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第一章 繫がれた者たち


 ――2110年、夏。

 

 この国は間違いだらけだ。絶対君主制であるこの国は王が絶対的な権力に握っている。2056年戦争の後、他国との関係をすべて断ち切った。経済はどんどん不安定になり、悪化していた。そんな中、国はある隔離させた実験的なモデル都市を作った。都市を4つのブロックに分けて、南東にAブロック、南西にBブロック、北東にCブロック、北西にDブロックと中心部には巨大な建設物が建てられているがまだ謎が多い。人々の中ではSブロックと呼ぶものもいたが、いままで誰も入ったものは聞かない。A、B、C、Dの間には高い塀で区切られゲートは完全警備のもと24時間監視され、侵入者は許されなかった。資源はすべてAブロックが管理していて、そこから他のブロックに回されている。しかし配給される資源はランクが低くなるごとに減る。Dブロックに限ってはほとんど配給されていない。

 

 ここで簡潔にブロックごとにどういう人間が配属されるのか書いていく。この都市はすべて能力順に決められる。Aに配属されるものは政治家、貴族、軍人、エリートと呼ばれる人々。Bに配属されるもは名士や技術者など。Cに配属されるものは平均的な能力を持った人々。そしてDに配属されるものは罪を犯したもの、家族のいないもの、貧困などだった。

 

 A~Dの順に裕福になり、市民はひとつでも上のランクを目指そうと必死になるものもいる。各ブロックのゲートを行き来するには国から定められた自分だけの個人番号が必要となる。厳しい審査の後、そのゲートをくぐることができる。しかし、Dブロックの人々は個人番号が配布されていないので、どこのブロックにも行くことは出来なかった。

 

 ――そう、人間として扱われていない。

 

 Dブロックに一度行けば戻ることは困難とされている。個人番号は剥奪され、金も仕事もほんとんど持ち合わすことができず、そのままずるずるとどん底まで落ちていく。

 

 特例でDブロックを稀に出るものもいるが、Dブロックにいる人口の約0.6パーセントと極めて少ない数だ。

 

 王はいろんな図らいでこの区切られた都市を作ったが、都市は安定せず経済はどんどん悪化する一方だった。食糧難に陥りDに配属される人間がここ数年で激的に増えた。Dブロックの人々は増えるにもかかわらず、ろくな仕事も食糧もなかった。警察も警備システムもなく、犯罪が多発し罪人がやりたい放題の土地だ。女と子供は毎日のように怯え、夜になるとしっかりドアを閉めた。いつ輩ヤカラに襲われるかもわからないこの土地で未来に少しも希望が持てなかった。

 

 王はその夏、そんなDブロックに追い撃ちをかけるように、とんでもない考案を出したのだった・・・・・・。

 

 人口を減らしていく図らいで、国民の《 いのち 》を二人で一つにしていく計画だ。選ばれる人間はA、B、C、Dと分類されている中、《 いのち 》を運命共同体シェアする国民はDに属された人々だった。

 

 Dブロックの人々はその計画を知ると、恐怖に耐え切れず自殺、逃亡、犯罪と治安が益々悪化し、掃き溜めのような場所になっていった。計画は皆の意に反して着々と進み、その頃にはもうDブロックの人々の顔には諦めの色を浮かばせ始めていた。

 

「実行までもうすぐか・・・・・・」

「俺たちはもうこれで終わりか・・・・・・」

「私は誰かもわからない相手といのちを一緒にされるなんてごめんよ!」

「やつらは俺たちを同じ人間とは思っちゃいねぇ、この都市は実験台として作られたモデル都市だ。住む人間はあいつらからしたら、都市と同じように作り物の人形とでも思ってるんだろうよ」

「こんなの間違ってる・・・・・・」

「俺はこんな土地出て行くぜ」

「どうやってだ? ゲートには監視システムも付いていて、抜け出すことなんてできないぞ」

「わかんねぇよ、ただ俺はここでじっとしてることなんてできねぇ」

「私も行くわ」

「おい、まて! 早まるな」

「離して! もう政府の言いなりなんてごめんよ!」

 

 Dブロックの住人たちの中ではあちこちでこういう言いあいが飛び交う。政府の陰謀に皆、押しつぶされそうになっていた。

 

そして、とうとうその計画が実行に移された。それは12月の冬の時期だった。

 

 Dブロックの人々はある灰色の壁が立ちはだかる巨大な施設に呼び出され番号を腕に記された。そこでは名前は呼ばれず番号で呼ばれた。ものすごい数の人々が列を作り、ろくな服も着られないDブロックの人々は白い息を吐きながら凍えそうな体を抱え並んでいた。順番を待ち、実験室へと呼ばれていくとその中に入ったものは皆、悲鳴を上げて泣き叫んでいた。列にいるものは、その悲鳴に耳を塞ぐもの、逃げ出そうとするもの、子供は泣きだし、ほとんどパニック状態だった。その後、実験室から出てきたものは、大半放心状態で気絶しているものも見受けられた。そして、監禁部屋のような冷たい鉄壁の個室へと一人一人回されていった。年も性別も関係なく、Dブロックに属される人間はシェアされるのだ。小さな子供ですらここでは人間扱いされない。

 

 シェアされる二人はとくに意味もなくコンピューターで自動的にランダムで選別される。自分で相手を選ぶこともできず、ただ決定に従うしかなかった。決定に逆らったものは直ちに刑罰を受けることになる。言葉にもしたくない仕打ちだ。選ばれた者同士、諍いになり殴り合うものや狂ってしまうものもいる。どうしても絶えられないものはその場で舌を噛んで自殺するものもいた。そんな争いが数えきれないほど延々と並ぶ鉄壁の個室から聞こえてきた。

 

「ハァー」

 

 当時12才だった。虹乃(こうの) (つむぐ)は凍えそうな体をブルブル震わせ、小さな手のひらで口元を覆い息を吐いた。自分の番が近づくにつれ、鼓動がどんどん大きくなりその反動で体が揺れるくらいだった。目を強く瞑りしゃがみ込んでいると、績の前にいたおじいさんが気にかけるように話かけてきた。

 

「大丈夫かい? 寒いだろ。こんなものしかないがかぶっていなさい」

 

 おじいさんは績にボロボロの帽子をかぶせてくれた。色んな所に穴があいているし汚れているけど、績にはその帽子がとても暖かかった。

 

「ありがとう・・・・・・」

 

 績はおじいさんの顔をみて消えそうな小さな声でお礼を言った。本当はもっとしっかりお礼を言いたかったが、寒すぎて口が上手く動かなかった。今の気温は正確には分からないが、体感的にマイナス10度はいってる。おじいさんの髪や髭、眉毛やまつ毛もすべて白くなっていた。唇も真っ青で、なのにこの帽子をくれた優しさに績は申し訳ない半分、感謝の気持ちでいっぱいになり目を潤ませた。おじいさんはそんな績の頭を優しくポンと叩いてくれた。

 

 ふとその時、おじいさんは窓の外を見た。

 

「おぉ・・・・・・雪じゃ」

 

 績はおじいさんの見る先へ視線を移した。そこには夜空に散る花びらのような軽くフワフワとした雪が降り注いでいた。

 

「――綺麗」

 

 おじいさんは績のその微かな息を吐くような言葉にうっすら表情を緩めた。

 

「今年の冬も厳しくなる・・・・・・」

 

 おじいさんは窓の方をみてぼそっと呟いた。

 

「うん・・・・・・」

 

 績はその降り注ぐ雪を見ながら頷いた。Dブロックには暖房設備なんてものは存在しない。人それぞれ知恵を絞り、火をおこし焚き火や他のブロックから排出されてきた旧式のストーブなどを用いて凌いでいる。

 

 冷たい機械的なアナウンスがまた響いた。

 

「ワシだな」

「・・・・・・おじいさん」

「ん?」

 

 績はおじいさんの方を見てぎゅっと手に力を入れ眉をひそめた。なにかを言ってあげたかったが、言葉が見つからなかった。おじいさんはそのことを悟ったのか、優しく目を細め肩に手を置き軽くポンポンと2回叩いてから績と反対側を向き奥へと消えていった。績はグッと噛み締め、窓の外を見た。

 

 績は震える手を抑えながら次で呼ばれるであろう自分の番を待った――――。

 

 ――母さん、大丈夫だろうか

 

母親の名前は虹乃(こうの) 緋璃(あかり)。績は緋璃と二人きりだった。父親は生まれる前からいなかった。績が緋璃にそのことを訪ねても何も応えてはくれない。彼女はCブロックの住人だった。しかし、一人で育ててきた彼女は徐々に経済的に厳しくなり、食費も家賃も払えなくなっていた。朝から晩まで働き通しの毎日で身体を壊し、休みがちになると会社はクビにされ、績を連れて露頭に迷う日々が続いた。住むとこもなく、夜道を連れて歩いていると補導されてしまう。いろいろ取り調べた結果、Cブロックにいる人材じゃないとみなされ冷酷無慙にも二人はDブロックに放り出されたのだった。二人はDブロックで住めるところを探し、今は西側にある小さは路地裏で暮らしている。薄汚く、路地にはネズミも這いずっている。近くには下水も通っていて嫌な臭いがいつもしていた。

 

 緋璃は4年前にDブロックに来てから娼婦の仕事をしている。毎日朝方に帰り汚れたドレスにはタバコとお酒の臭いがした。酔って帰ってはそのまますぐ寝床につく。績のことは見向きもしなかった。部屋の片隅でいつも壊れた音もまともに出ない小さなおもちゃの鍵盤を弾いていた。績は音楽が好きだった。Cブロックにいた頃はいつも緋璃の鼻歌を聞いて過ごしていた。料理をするときもお風呂に入る時も績を寝かしつける時もいつも緋璃は歌っていた。昔はとても優しかった。穏やかで、温かくて子供のことを一番に考える母親だった。それが、Dブロックにきて変わってしまった。この土地はそれだけ厳酷で穢く人を変えてしまうのだ。

 

『104357番、中に入れ』

 

 ふと現実に返ったように、機械的なアナウンスが頭に響いた。

 

 ――僕の番号だ。

 

 ゴクリと息を呑み、顔を上げた。最初から逃げる場所なんてなかったが、それでも此処じゃないどこかへすぐにでも逃げ出したかった。

 

 中に入ると怪しげな装置が用意されていた。実験台のような所に体を縛り付けられ、これから何をされるかもわからない恐怖に績は今まで押さえ込んできた叫びのような感情が一気に涙として溢れた。

 

 ――――イヤだ、イヤだ、イヤだ!!!

 

 頭になにか装着されたかと思うと、一瞬意識が遠のいた。全身になにかが走るような感覚と何かを埋め込まれたような感触があった。身体から魂が抜け落ちるような、色んな物が走馬灯のように走りだした。

 

 白衣を着た凍りつくような声の男に頬を叩かれ績は目を覚ました。どのくらい経ったのかわからなかったが、きっとすぐに終わったのだろう。頭の奥のほうには鈍い痛みが残っていた。績はすぐに立たされ、体に力も入らず意識が朦朧とする中、幾つもある個室からもう決められていたであろうドアの前へと誘導された。重そうな鉄のドアには《 107 》と刻まれていた。

 

「入れ――」

 

 監察官はそう一言冷淡な口調でいった。 績はその小さな冷たい鉄壁の個室へと足を踏み入れた。ずっと俯いていた顔を上げてみると、そこには績と変わらないくらいの男の子が一人座っていた。

 

 

 ――そう、それが僕のシェアする相手だったんだ。


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