妖世界の半人半妖   作:九戸政景

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政実「どうも、好きな山の妖は天狗、片倉政実です」
龍己「どうも、稲荷龍己です。山に棲む妖は数多くいるけど、その中でも天狗は異彩を放っている感じはするよな」
政実「そうだね。逸話や正体の予想なんかも種類が多いし、神通力や羽団扇の力みたいなのもある分、妖の中でも人気が高い方かもしれないね」
龍己「そうだな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・龍己「それでは、第8話をどうぞ」


第8話 天狗の願いと難題に挑む狐

 

 この世界――妖世界にある妖怪街・不忍に住み始めてから1ヶ月が過ぎた頃のある日の朝、俺はお世話になっている呉服問屋件仕立屋である『狐雨福屋』の主人、龍三郎さんの手伝いとして荷物持ちをしていた。

 ……うん、今日も不忍は平和だな。

 声を張り上げながら商いに励む商売人や楽しそうに話をしながらすれ違う妖達の姿を見ながらそんな事を考えていた時、隣を歩いている龍三郎さんが申し訳なさそうに小さな声で話し掛けてきた。

「龍己君、私の用事を手伝って頂き本当にありがとうございます。荷物、重くは無いですか?」

「あ、いえ……これくらいへっちゃらです。それに、俺もいつかは『狐雨福屋』でしっかりと働くつもりなので、これはその予行練習みたいな物だと思っていますし、いつも龍三郎さんを始めとした『狐雨福屋』の皆さんにはお世話になっていますから。もし、他にも何か手伝える事があれば、遠慮無く言って下さい」

「……分かりました。ですが、無理だけはしないで下さいね?」

「はい、もちろんです」

 龍三郎さんに笑みを返し、視線を再び前方に移したその時、向こう側からとある妖が歩いてくるのが見え、その意外さから俺は思わず「え……?」という声を上げてしまった。そして、その妖は俺達の姿――正確に言うなら龍三郎さんの姿に気付くと、小さな溜息をつきながらゆっくりと近付いてきた。

「……まさか店で留主と言われ、適当に捜そうとした矢先に出会おうとはな……」

「おや……お久しぶりです、涼風丸(すずかぜまる)さん。こうしてお目にかかるのはいつぶりでしょうか?」

「おおよそ、2か月ぶりだ。ここ最近は、娘の事で中々山を下りられずにいたからな」

 妖――大天狗の涼風丸さんは、龍三郎さんからの問い掛けに答えた後、隣に立っている俺に冷たい視線を向けた。そしてその視線から、俺に対しての嫌悪や憎しみのような物が感じていた時、涼風丸さんは視線を逸らすこと無く再び龍三郎さんに話し掛けた。

「龍三郎、この妖狐もどきはお前の新しい召使いか何かか? 姿こそ妖狐その物だが、此奴からはあの忌まわしき人間の気配を感じるぞ?」

「召使いではありませんよ、涼風丸さん。彼は元人間の半人半妖で、現在はこうしてお手伝いをしてもらいながら『狐雨福屋』の離れに住んで頂いている方なのです」

「ふん……龍三郎、お前は本当に酔狂な奴だ。何か事情があるのだろうが、半人半妖などという人間と妖のあいのこを住まわせたところで、大した得にもならんだろう」

「私は彼の事を損得勘定で計るつもりはありませんが、先日の深水の一件を解決したのは彼なので、一概にはそう言いきれないと思いますよ?」

「さて……それはどうだろうな。妖の中には、人間を憎む者もいるのは、お前も当然知っているはずだ。となれば、此奴がいる事でいらぬ厄介事に巻き込まれる可能性も無くはない。その時、お前は自身の娘や店の者を守りつつ、此奴の事も守れるというのか?」

 涼風丸さんがどこか挑戦的な目で問い掛けると、龍三郎さんは迷う事なくコクリと頷いた。

「私自身少々武術や妖術には心得がありますし、貴方を含めとても頼りになる方を知っていますから、問題はありませんよ」

「……我がいざという時には此奴のために何かをすると考えているならば、その甘い考えは捨てた方が良いだろう。我が人間に味方する気になる事などあり得ぬからな」

「そうですか。ですが、もうじき涼風丸さんにも彼の事が分かる時が来ると思いますよ? 貴方が先程『狐雨福屋』を訪れた理由が、私の考え通りだとすれば、そのため彼の力を借りる必要は出てくると思いますし、それでなくとも彼の力を貴方が認める日は、絶対に来ると確信していますから」

 龍三郎さんがいつも通りの和やかな笑顔を浮かべながら言うと、涼風丸さんはその龍三郎さんの様子を少し訝しげに見ながら静かに口を開いた。

「……相変わらず考えが読めぬ奴だ。まあ良い、もし本当にその時が訪れたならば、此奴の味方をしてやると約束してやろう。もっとも、その時が来るとは限らん上、此奴が解決できる可能性など万に一つも無いがな」

「その時はそれでも問題ありませんよ。私は好き嫌いを強制する気は毛頭ありませんので」

「ふん……そうか。では、昼頃にもう一度店の方に出向くとしよう」

「畏まりました。涼風丸さんが訪ねていらっしゃるのを心よりお待ちしていますね」

「……ああ」

 そして、涼風丸さんはもう一度俺に対して睨み付けるように視線を向けた後、横の方をすり抜けながらそのまま俺達が来た方へと歩き去って行った。

 人間に憎しみを持つ妖……か。どんな過去があったのかは分からないけど、やっぱりそういう妖もいるんだな……。

 涼風丸さんが消えていった先を見ながらどこか寂しさを覚えていると、龍三郎さんがまた申し訳なさそうに話し掛けてきた。

「すいません、龍己君。彼――涼風丸さんは、私の古い友人なのですが、過去に人間との間に何かあったようで、あのように人間に対して強い憎しみを抱いているのです」

「俺は大丈夫ですよ、龍三郎さん。人間に憎しみを抱く妖がいるのは、元々分かっている事ですし、その覚悟は元からしていましたから。まあ……寂しさが無いと言えば、嘘になりますけど、そういった妖がいるのは仕方がない事ですから」

「……ふふ、貴方は本当に()()ですね。ですが、風之助さんや七之助さんにでも良いので、時には弱さを見せておく事も必要ですよ。心を強さでガチガチに固めてしまうと、いざという時にとても辛い思いをする事にもなりますから」

「分かりました。その言葉、肝に銘じておきます」

 ニコッと笑いながら答えると、龍三郎さんも安心した様子で笑みを返してくれた。そして、再び『狐雨福屋』がある方へ体を向けた後、俺達は最近読んだ本の事などについて話をしながら『狐雨福屋』に向けて歩き始めた。

 

 

 

 

「ふーむ……人間に憎しみを抱いている大天狗の御仁ですかぃ……。旦那の話を聞く限り、憎しみの根はだいぶ深いところにありそうな感じがしやすねぇ」

「うーん……やっぱりそうだよな……」

 昼頃、俺は鎌鼬の風之助と一緒に行きつけの蕎麦屋――『越野庵』で昼食を取りつつ涼風丸さんと出会った時の話を風之助にした。そして、話を終えると風之助はその小さな腕を組みながら難しい顔でそんな感想を述べ、俺も似たような難しい顔で小さく唸った。涼風丸さんがあそこまで人間に憎しみを抱いている以上、無理に仲良くなる気は無いが、『狐雨福屋』の奉公人としては少しでも話が出来る程度にはどうにか歩み寄りたいとは思っていた。

 けど、あの様子だとそれもだいぶ難しそうだし、涼風丸さんからどんな事があったのかを聞くわけにもいかない。つまり、今のところは軽い手詰まりと言っても差し支えない事になっている。

「無理、と言って諦めるのは簡単だけど、俺としては諦めたくは無い。諦めてしまったら、そこで何もかも終わっちゃうからな」

「そうですねぇ……俺的にも旦那には諦めて欲しくないですし、諦めずに手を伸ばす事で得られる物の大切さは分かってるつもりですからねぇ。けど、ここまで難しい問題となると、解決にはかなりの努力を要しやすよ?」

「それでも構わないよ。俺の努力で何とかなる可能性があるなら、俺はその可能性に賭けてみたいし、『狐雨福屋』の奉公人である以上はこの件を知らんぷりは出来ないからな」

「……へへっ、やっぱり旦那ならそう言いやすよね。そういう事なら、俺も全力で手伝わせてもらいやすぜ? こうして首を突っ込んだからには、最後まで見届けたいですからね」

「うん、ありがとうな、風之助。この恩は何か面白そうな記事のネタを見つける事で報いる事にするよ」

「へへっ……それならとびっきりの奴を期待してやすぜ?」

「ああ、任せとけ」

 楽しげな笑みを浮かべる風之助に対してニッと笑いながら答えた後、俺は気持ちが温かさで満ちてくるのを感じながら、今度は腹を満たすために目の前の蕎麦に再び手を付け始めた。

 

 

 

 

「さて……この件はどこからアプローチしていこうかな」

『狐雨福屋』の離れに戻った後、部屋の文机に向かいながら涼風丸さんとの件について軽く紙に纏め、それを見ながら今回の問題の解決法の方向性について考え始めた。自分でも分かっている通り、涼風丸さんの件は簡単に解決できるわけでは無いため、それなりの努力と覚悟を要する上、最悪の場合も想定しておく必要すらある。しかし、風之助が手伝ってくれると言ってくれた手前、途中で諦めたり今よりも悪い状況に陥るわけにもいかないため、俺の気持ちは先日の深水の一件と同じくらい張り詰めていた。

 あの時のように、どこぞの誰かが解決のための一手を打ってくれるならこの問題は容易く解決できるだろうけど、今回に関してはその解決方法では本当の解決にはならない。俺自身がしっかりと涼風丸さんと向き合った上での解決、それを達成してこそこの件を本当に解決したと言えるからだ。

「それにしても……涼風丸さんが店を訪ねた理由が、龍三郎さんが考えている事と同じならば、俺の力を借りる必要が出てくるって、龍三郎さんが言い切れた理由は何なんだろうな……。俺はまだ反物や仕立てについての知識や技術は無いし、それを手伝った事は無いから、たぶんそういう事では無いと思うんだけど……」

 龍三郎さんの口から出てきた言葉の意味という新たな謎について別の紙に書き出そうとしたその時、廊下の方から誰かの足音が聞こえ、俺は筆を硯へと置いた。そして、廊下の方へ顔を向けたその時、足音の主――龍三郎さんの姿が見え、それについて少し驚きながら龍三郎さんに声を掛けた。

「龍三郎さん、どうかされたんですか? 確か、今は涼風丸さんとお話をされていたはずでは……」

「ええ、その通りなのですが、()()()龍己君の力を借りる必要が出てきたので、こうして呼びに来ました」

「……分かりました。俺で良ければ、喜んで力になります」

「ありがとうございます。それでは、早速参りましょうか」

「はい」

 そして、龍三郎さんの言葉に少しだけ疑問を抱きつつも俺は龍三郎さんの後に続いて龍三郎さんの部屋へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 龍三郎さんの部屋に着いた後、龍三郎さんと一緒に部屋の中へ入ると、そこには顰め面で座布団に座る涼風丸さんの姿があり、俺が入ってきた事に気付くと、涼風丸さんの表情が表す不快感が更に強くなった。しかし、それには気付かないフリをしながら涼風丸さんに軽く会釈をした後、龍三郎さんの後に座布団に座ると、涼風丸さんは俺の事を軽く睨みながら龍三郎さんに話し掛けた。

「さて……そろそろ此奴の力が必要だと感じた理由を話してもらうぞ、龍三郎」

「はい、もちろんです。ですがまずは……事の成り行きを彼に話させて頂きますね」

「……勝手にするが良い」

 涼風丸さんが軽くそっぽを向いた後、龍三郎さんは俺が来るまでにしていた話の内容を話し始めた。

「実はですね、この度涼風丸さんの娘さんが、ご結婚なされるそうでして、涼風丸さんはその娘さんに結婚祝いとして着物を贈りたいと考えてらっしゃるようなのです」

「結婚、ですか……それはおめでたい話ですね」

「ええ。それで、そのお着物は私達で仕立てる事にはしたのですが、涼風丸さんとしては『ある要素』を備えた物が良いと考え、それについても相談するために午前中にお見えになったそうなのです」

「ある要素……?」

「はい、そしてその要素が――」

 次の瞬間、龍三郎さんの口から出てきた言葉に、俺は驚きの声を上げる事となった。

()()()()()()()()()()という物なのです」

「……え?」

 決して燃える事が無い着物……あれ、何だかどこかで聞いた事があるよな、それって……。

 それについてどこで聞いたのかを思い出そうとしていた時、涼風丸さんはその俺の様子からやはり俺には無理そうだと判断したのか、難しい顔で龍三郎さんに話し掛けた。

「龍三郎、今からでも遅くはない。早々に他の奉公人に話を聞いた方が――」

「涼風丸さん、まだ龍己君自身から無理だという言葉は出ていませんから、もう少し待って頂けませんか?」

「……何故だ、龍三郎。何故、この半人半妖をそこまで信じられるのだ?」

「龍己君には、私達妖以外にも神様や異国の怪物などについての知識があります。燃えない着物の手掛かりについて私達だけでは予想が付かない以上、少しでも思いつく可能性がある龍己君の力を借りるのは、当然の事だと思いませんか?」

「しかしだな……自分で言い出した事とは言え、燃えぬ着物を織るための材などこの世に存在するはずが――」

 その時、俺はどこでそれを聞いたのかを思い出し、涼風丸さんの言葉を遮る形で声を上げた。

「……いえ、無くはないかもしれません」

「……何だと?」

「この世界にいるかはまだ分かりませんが、燃えない毛を持った鼠――火鼠(かそ)という存在について聞いた事があります。もし、火鼠がどこかにいるならば、火鼠の毛を使った着物――『決して燃えない着物』を織る事は可能です。火鼠自体が元々大きく、その毛も絹のように細いながらも20寸はあるとの事なので、それなりの数を揃えれば、涼風丸さんの希望には添えると思います」

「燃えぬ毛を持つ鼠……確かにそれならば我が求める着物に相応しい材と言えるが、どこにいるか分からぬ以上、結局どうにもならぬだろう」

「それは……」

 涼風丸さんの言葉は、まさにその通りであったため、俺は悔しさを感じながら口を噤むしか無かった。しかし、龍三郎さんは顎に軽く手を当てながら静かに何かを考えており、しばらくそのままいたかと思うと、突然「……やはり、これしかありませんね」と言い、俺の方へ顔を向けた。

「龍己君、どのような手を使っても構いませんので、その火鼠の住み処を探ってもらえませんか?」

「え……?」

「龍三郎、お前は一体何を考えているのだ……? どこにいるともしれぬ鼠の住み処など、この半人半妖に分かるはずなど無いではないか」

 俺達が揃って疑問の声を上げると、龍三郎さんはいつものような穏やかな表情でそれに答えた。

「ですが、まだいないと決まったわけでもありませんよね? となれば、小さな手掛かりを繋げていけば、火鼠に辿り着くかもしれません」

「む……確かにそうだが……」

「それに、これは私の勝手な想像ではありますが、()()()()()きっと火鼠に辿り着けると思っています。龍己君には、()()()()()()(まじな)いの力もついていますからね」

「ちょっとしたお呪い……龍三郎さん、それって一体……?」

「すいません、それについてはその時が来るまで待っていてもらえますか? その時には絶対にお話しますので」

「……分かりました」

 少々腑に落ちないながらも龍三郎さんの言葉には信頼性があると感じたため、とりあえずその事についてはこれで終わりにする事にした。龍三郎さんは、俺が引き下がった事を確認した後、再び涼風丸さんの方へと顔を向けた。

「さて……涼風丸さん、貴方にとっては納得のいかない事だとは思いますが、一度だけ龍己君――人間を信じては頂けませんか?」

「……仕方あるまい。まだ納得がいかん事は多いが、昔馴染みからの頼みという事で、一度だけ此奴に機会を与えてやろう」

「ありがとうございます、涼風丸さん」

「……ふん」

 涼風丸さんがそっぽを向くと、龍三郎さんはそれに対してクスリと笑い、そのまま俺の方へと顔を戻した。

「龍己君、君はどうですか? 龍己君の性格上、涼風丸さんに歩み寄りたいと考えていたと思いますが……?」

「はい、確かにそう考えていましたけど……どうして分かったんですか?」

「ふふ……先程も言ったように、龍己君の性格上何となくそうかなと思っただけですよ。それで、龍己君自身はこの件をどうしたいですか?」

「俺は……是非受けたいと思っています。俺自身この世界に火鼠がいるかどうかは気になっていますし、こうして作って頂いた機会を無駄にはしたくありませんから」

「分かりました。それでは、よろしくお願いしますね、龍己君」

「はい、任せて下さい」

 龍三郎さんからの信頼の視線と涼風丸さんからの懐疑の視線を感じながら俺は力強く頷きつつ答えた。

 それにしても……事件の捜査の次は、火鼠の捜索か……。しっかりと見つけられるかはまだ分からないけど、このチャンスを逃したら、涼風丸さんに歩み寄る事はもう出来なくなるのだけは間違いない。だから、火鼠を見つけるためにもこれから全力で頑張らないとな……。

 そう考えながら首に掛けている水晶の勾玉を軽く握り、勾玉から伝わってくるヒンヤリとした感触を感じながら火鼠を見つけ涼風丸さんに歩み寄れるという祈願が成就するように水晶の勾玉へ静かに祈った。




政実「第8話、いかがでしたでしょうか?」
龍己「何というか……今回もここから色々な事に巻き込まれそうな感じがするな」
政実「まあ、大体合ってるかな?」
龍己「やっぱりそうか……それで、そんな次回の投稿予定はいつも通りで良いのか?」
政実「うん、そうだね」
龍己「了解。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
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