妖世界の半人半妖   作:九戸政景

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政実「どうも、五つの難題はクリアできる自信が無い片倉政実です」
龍己「どうも、稲荷龍己です。いや……あれは、基本的に無理な物ばかりなんだって……」
政実「まあ、そうだよね。火鼠の皮衣もそうだけど、他の難題も手に入るわけが無い物ばかりだし、物語の中とは言え、貴族達の絶望はスゴいよね」
龍己「そうだな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・龍己「それでは、第9話をどうぞ」


第9話 なよ竹の難題と自然の脅威

「はあ……ダメだ、全く手掛かりが掴めない……」

 天狗の涼風丸(すずかぜまる)さんとの出会いから3日が過ぎた日の朝、お世話になっている呉服問屋兼仕立屋である『狐雨福屋(こうふくや)』の離れの文机に向かいながら大きな溜息をついた。涼風丸さんが求めているのは、『決して燃える事が無い着物』であり、それを作るには火鼠(かそ)と呼ばれる鼠の毛が必要な事は分かっている。しかし、この世界にそもそも火鼠がいるのかすら全く見当が付いていないため、とりあえず貸本屋の『虫本堂(ちゅうほんどう)』などに連日通って何かヒントになる物を探す事から始め、他にもこの世界で出来た友達に訊いてみるなど様々な手を使った。その結果、未だにそれらしい資料や伝承には辿り着けていないため、この状況はかなり辛い物だと言えた。

「うーん……火鼠をどこかで見たって言う話さえあれば、それを元にそこへ出向いて探せるんだけど、それすら無いとなるとなぁ……」

 元々、火鼠は別の国――具体的には中国に伝わる怪物であり、別名『火光獣』と呼ばれるものだ。そして、あの『竹取物語』でもかぐや姫が出した難題の中でその名前は出て来るのだが、結局その難題を出された貴族はそれを見つけ出す事すら出来なかった。尚、火鼠の毛を織って作られた布は、『火浣布(かかんふ)』と呼ばれる火で燃えない上にたとえ汚れても火の中に入れてしまえば、たちまち白くなるという摩訶不思議な布である。そのため、これなら涼風丸さんの依頼にも合うと思って提案したのだが、その火鼠の住み処についての情報は全く無かった。

「中国……か。この妖世界にそれらしい国があってもまずそこに行くための手段が無い。加えて、火鼠の住み処には諸説あるから、それをひたすら探すとなると、その間の路銀を用意しないといけないよな……」

 次々と出て来る問題を文机の上に置いた紙に書き出し、その多さに思わずもう一度大きな溜息をついていたその時、廊下の方から元気の良い声が聞こえてきた。

「こんにちはです、龍己の旦那!」

「……ん?」

 その声の方へ向くと、そこにいたのは主にこの不忍(しのばず)で活動している瓦版屋コンビの片方である鎌鼬の風之助と深水(ふかみ)の街にある小間物問屋の主である化け蛇の七之助さんだった。そして二人揃って離れの中へ入ると、風之助は乗っていた七之助さんの肩からスーッと飛び立ち、そのまま目の前の畳へ静かに着地した。

「へへっ、さっきぶりですね、龍己の旦那」

「ああ、そうだな。ところで、どうして七之助さんと一緒だったんだ?」

「ん、大した理由はありやせんよ? 龍己の旦那が、例の件で悩んでるのは知ってやしたから、その進捗状況について聞きに来ようとした時に、偶然七之助の旦那と出会って、一緒に来ただけですからねぇ」

「その通りです、龍己さん。因みに私は、例によってお店の皆さんから少しでも出掛けてきたらどうかと言われてしまったので、風之助さんと同様に例の件についてどのような状況になっているかを聞きに来てみました。もしかしたら、私達でも何かお手伝い出来る事があるかもしれませんからね」

「へへっ、俺達ゃあ瓦版屋に深水の街で人気のお(たな)の主ですからね、情報を集めんのにはもってこいの仕事と言えやすぜ?」

「……ふふ、そうだな。風之助、七之助さん、本当にありがとう」

「どういたしまして、龍己の旦那」

「どういたしまして。それで、現在はどのような状況なのですか?」

「そうですね……相変わらず火鼠の住み処は分かっていないので、とりあえず今抱えている問題と火鼠についての情報を書き出してみたところです」

 文机の上に置いた紙を取り、そのまま二人へ見せてみると、二人とも紙に書き出した内容を真剣な目で読み始め、読み終えると同時に少々難しい顔をし始めた。

「うーむ……確かに中々厄介な感じはありやすねぇ……」

「住み処の特定とそこへ行くための手段と路銀、それと捜索中の滞在費用が最低でも必要になりますからね。この近くで見つけられるのならまだ良いですが、距離が離れれば離れるほど、掛かってくるお金なども増え、その分辛くなってしまいますしね……」

「はい、その通りです。それに……火鼠の知識自体は、人間時代に手に入れた物が使えますけど、それでも向こうとこっちだと恐らく地理の面で違うところは多いと思うので、どこまで参考に出来るか分からないんですよね」

「ふーむ、火鼠の知識かぁ……龍己の旦那、一度その火鼠ってぇ奴について、俺達に話してみてくれやせんか? もしかしたら、何か気付く事があるかもしれやせんので」

「ああ、それならお安いご用だよ。けど、先に人数分のお茶を用意してくるから、ちょっと待っててくれ」

 そして、一度離れから店の方へ移動し、人数分の緑茶の準備を終えた後、俺は緑茶を載せたお盆を持って離れへと戻り、風之助達用に座布団などの準備をした。その後、風之助達が座布団に座り、目の前に用意した緑茶を置いた後に俺が知っている火鼠の知識について二人に話し始めた。

「まず、火鼠は名前に『火』の字がある通り、燃えない毛を持っている怪物で、目方はおおよそ67貫ほどの大鼠らしく、その毛の長さはおおよそ20寸程あり、絹糸よりも細いと言われている。それで、火鼠の住み処は諸説あって、火山の炎の中にある不尽木という燃え尽きない木の中に棲んでいるだとか伝説上の山岳に棲んでいるだとかとある山の春夏に燃えて秋冬に消える野火の中に棲んでいるだとか参考にする文献によって様々だ。そして、火鼠の名前自体は人間の世界にある物語の中にも出て来る程には有名で、その火鼠で作られた皮衣を着た登場人物もいるくらいだな」

「へえ……そうなると、その火鼠って奴がこの近くにいたら、ぜってぇ誰かは知ってそうな感じはしやすよね? そんなに特異な住み処を持つ大鼠なんて特徴を持ってるとくれば、それに興味を持つ奴が一人くれぇはいてもおかしくありやせんから」

「まあな。そして、今のところ一番の難問は、人間の世界における火鼠の住み処がある国に該当する国が、この世界にあるかどうかなんだよな……」

「そうですね……もし、その国があるとすれば、まだそちらに行ってみる事も出来ますが、それが無いとするとだいぶ困ってしまいますからね」

「ええ、そうなんです。それに……たぶんあったとしても、この世界の地理が人間の世界と同じようであれば、そこに行くためには海を渡る必要が出てくるんです」

「海を渡る……つまり、航海に出るってぇことですかぃ?」

「方法の一つはそれだな。だから、その方法で行く場合はそっちに用がある船を探す事になる。そしてもう一つの方法として、空を飛んでいくという手があるけど、これを実行するためにはまず俺を乗せてくれて空が飛べる妖を探す事になるかな」

「龍己さんを乗せられて空を飛ぶ事が出来る妖……その点だけを考えるなら探してみれば見つかるとは思いますが、いるかどうかも分からないモノを探すために飛んでくれる方となると……」

「……恐らく、いないでしょうね。かといって、俺自身が飛ぶという事は流石に出来ないので、船で海を渡るのというのが今のところ一番現実的ですね」

「うーむ……となると、次にやるべきなのは、龍己の旦那を乗せてくれそうな船を探す事になりやすけど、これも中々難しそうですねぇ……」

「ああ、手段が変わっただけで、いるかどうかも分からないモノのためという前提は変わってないからな。誰か船を持っている知り合いでもいれば話は別だけど、そうじゃないとなるとなぁ……」

 さっきも言ったように、この世界における中国またはその周辺に用事がある船に乗る事が出来るなら話は簡単だ。けど、それが客船ならそれ相応の金が必要になるし、漁船なんかだと理由が理由だけに断られてしまう可能性が高い。だから、船を所有している知り合いがいればそれに越した事は無いけど、生憎俺にはそんな知り合いはいない。

 さて……本当にどうしたもんかな。

 何となく天井を見上げながら火鼠探しの方法について考え始めたその時、七之助さんが「……あ、もしかしたら」と、何かを思いついたように声を上げると、それに対して風之助は小首を傾げながら話し掛けた。

「七之助の旦那、いってぇどうしたんです?」

「実は以前、深水で漁師をなさっている方と知り合った事がありまして、それから何度かお酒を飲みに行く機会があったのですが、その時にそろそろ漁をする範囲を広げたいと仰っていたので、もしかしたらその方にお願いできるかもしれません」

「おお、そりゃあ助かりやすけど、そんな御仁とどこで知り合ったんです?」

「ふふ……まあ、川や海に近付けない私が漁師の方と知り合うのは不思議ですよね。 実はその漁師の方と知り合ったのも、龍己さんと知り合った日と同じく雨の日でして、その日は風も強く海も荒れていたので漁に出られないとかでお昼からお酒を飲んでいたみたいなのです。そして、その酔いの回りが結構早かったようで、正体無くして道の真ん中で倒れていたところに私が偶然通りすがり、どうにかお店の方まで運んだ後に私がお世話をさせて頂いたという事があったのです」

「ふふ……七之助さんは、本当に雨の日に『縁』があるみたいですね」

「ええ、本当に。ですので、今日深水に戻った時にでも、その方にダメ元でお願いはしてみますね」

「はい、ありがとうございます、七之助さん」

「どういたしまして。龍己さん、因みにその火鼠がいると思われる場所の大体の位置は分かりますか?」

「あ、はい。おおよそなんですが――」

 七之助さんの優しい笑みに対して微笑み返しながら人間の世界における日本と中国の位置関係について説明した後、俺は風之助達と一緒に無事に火鼠がいると思われる場所へ渡れた後の事について話し合った。

 

 

 

 

 その翌日、七之助さんから件の漁師との話がついたとの連絡をもらい、俺は一度七之助さんと一緒に深水へと向かった。その後、その漁師――磯天狗(いそてんぐ)青八(せいはち)さんに引き合わせてもらい、火鼠探しの件について包み隠さず話すと、青八さんはそんな理由で海を渡ろうとする俺の事を大層面白がり、船を出す事を喜んで引き受けてくれた。そして、その日は青八さんとその旨について簡単な話し合いを行うだけにして、七之助さん達に改めてお礼を言ってから不忍へと戻り、『狐雨福屋』の主である龍三郎さんに火鼠探しのために船に乗せてもらう事を話した。龍三郎さんは、火鼠探しの手掛かりが見つかった事をまるで自分の事のように喜んでくれたが、それと同時にやはり不安はあるようで、無茶なマネはしないようにしてくれと言われた。その時の龍三郎さんの目には、心からの心配の色が浮かんでいたため、俺はそれに対してしっかりと頷きながら答え、その後に龍三郎さんと軽い雑談をしてから離れへ戻り、翌日の出発へ向けての準備に取り掛かった。

 そして翌日、龍三郎さんや風之助達に見送られながら旅装束姿で深水へと向かって歩き出し、そのまま青八さんとその漁師仲間が待つ港へと向かうと、そこには腕を組みながらニカッと笑っている青八さんの姿があった。

「よお、鈴蘭! 体調はバッチリか?」

「はい、昨夜は早めに床についたので、体調に問題はありません」

「ははっ、そうかそうか! せっかく山の天狗さんの依頼のために海へ出るってのに、元気が無かったらどうしようもねぇからな!」

「ええ、そうですね。青八さん、今日はよろしくお願いします」

「おう、あの七之助の兄ちゃんのダチ公だってんなら、俺のダチと言っても過言じゃねぇからな。そんな奴が頑張ろうって言ってるからには、俺達も全力を尽くさせてもらうぜ! なあ、てめぇら!」

『おう!』

 青八さんの声に他の漁師達も大声で応え、そのあまりの声量に思わず耳を閉じそうになった。 ふう……半人半妖の時は、人間の時よりも五感に優れてるから、こういうのは結構効くんだよな……。でも、こうして船を出してもらえるのは本当にありがたいし、邪魔にならないようにしながら絶対に火鼠を見つけ出さないとな……!

 心に強い決意を抱いた後、俺は青八さん達の手伝いをしながら船に乗り、火鼠がいると思われる場所へ向けて無事に出港した。出港後、海の上を進む船の揺れと吹いてくる潮風を感じながら眼前に広がる大海原の光景に心を奪われていると、隣から青八さんの楽しそうな声が聞こえてきた。

「ははっ! どうだ、鈴蘭。 船上から眺める海ってのも中々良いもんだろ?」

「ええ、そうですね。普段は不忍にいるので、海を見る機会はあまり無いのですが、こういうのもたまには良い物ですね」

「そうだろうなぁ。海ってのは、もちろん機嫌が悪ぃ時もあるが、こういう機嫌が良い時なんかは色々な物を恵んでくれるんだ」

「魚などを()()ではなく、魚などを()()()()()()なんですね」

「その通りだ。この海のどっかには、俺達とは違った存在――神様だっているからな。俺達漁師ってのは、そういった神様に感謝しながら漁をしねぇといけねぇもんなんだよ。まあ、たまに俺達を試そうとしてるのか、魚が中々獲れねぇ時や海が時化になる時もあるが、恐らく今日は大丈夫だろう。海から変な感じはしねぇし、空もこんなに良く晴れ――」

 青八さんが何の気なしに空を見上げたその時、海の様子を眺めていた船員の一人が俺達のところへと走り寄ってきた。

「青八、これはちっとマズい事になったかもしれねぇぜ……」

「マズいってぇ……いってぇ何がマズいってんだ?」

「向こうの方から厚い雲が近付いてきてるだろ? ありゃあ恐らく雨雲だと思うんだが、あっちの方から妙な感じがすんだよ」

「妙な感じってぇと……嵐が来るって事か……?」

「……たぶんな」

 その瞬間、青八さんの表情が陽気な海の男から一人の漁師へと変わり、船員が指した方向を真剣な眼差しで見つめ始めた。

「……これは、一旦戻った方が良さそうだな。鈴蘭、おめぇには悪ぃが、一旦港に戻らせてもらうぜ」

「はい、分かりました」

 頷きながら答えると、青八さんはすぐさま船を港へ戻すように指示を出し、船はその指示に従って大きく旋回し始めた。その時、頬に一粒の雫が当たり、それが雨だと気付いた頃には件の雨雲がこちらにも広がっており、途端に大粒の雨が俺達へ向かって降り注ぎ、それと同時に強風が吹き荒れ始めた。

「くっ……青八さん! 大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……問題ねぇよ! だが、こりゃあ本格的にヤベぇ! 急いで港に戻るぞ!」

「は、はい!」

 大きな嵐の中、海が先程までとは違って大きくうねり、それによって船も強く揺れ始めたため、正直バランスを取るのがやっとだった。

 くっ……これは、本当にマズいな。とにかく、俺も何か手伝える事をさが――。

 その時、船が更に大きく揺れると同時に、吹いてきた強風で体のバランスが崩れると、俺は背中から海中へと落ちていった。

「あぐっ……!」

「おい、鈴蘭!」

 青八さんの声が聞こえ、どうにか船へ上がろうと試みたが、衣服が海水を含んだ事で重くなり、腕を上げようとするのすらキツくなっていた上、荒れ狂う波と海水による体温低下のせいで徐々に体力を奪われ始めた。

 まだ……だ、せっかく助けてもらった命を……こんなところで、無駄にする……わけに、は……。

 朦朧(もうろう)とする意識の中で、どうにか打開策を練ろうと頭を働かせたが、次第に強い眠気が襲い始め、俺の意志とは逆に目が静かに閉じていき、やがて俺の意識は暗い闇の中へと沈んでいった。




政実「第9話、いかがでしたでしょうか」
龍己「あのさ……この作品で、俺は何回命を落としそうにならないといけないんだ?」
政実「あー……うん、ゴメン。話の展開上、こうする他無かったもんで……」
龍己「まあ……たぶん生き残るんだろうから、この件については次回に回すとして、その次回の投稿はいつも通りで良いのか?」
政実「そうだね」
龍己「了解。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
龍己「ああ」
政実・龍己「それでは、また次回」
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