龍己「どうも、稲荷龍己です。サバイバルは興味や知識があっても、体質にも左右されるイメージはあるから、結構辛いと思うぞ?」
政実「まあね。けど、一生の内に一度はやってみたいかな」
龍己「そっか。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・龍己「それでは、第10話をどうぞ」
「ん……?」
静かに聞こえてくる波の音や吹いてくる潮風、そして体中にじんわりと感じる微かな重みなどで目を覚ますと、まず視界に入ってきたのは、ゴツゴツとした岩だった。そして、ゆっくりと体を起こしながら周囲を見回すと、あの時の嵐が嘘だったかのように凪いだ海や切り立った崖、そして白い砂浜や木が生い茂った森などが見え、結果としてここがさっきまでいた船の上では無いばかりか、全く知らない場所である事が分かった。
「あれ……でも、俺は確かあの荒れ狂う海に落ちたはず……なのに、どうして
たとえ、今のように運良くどこかに漂流したとしても、流れ着くとしたら砂浜のように海に面した場所のはずだ。しかし、実際に俺は海面よりも少し高さのある岩の上で目覚めており、海水に浸かった事でいつもの着流しはびしょ濡れな上に少し重くなっているが、荷物が入った風呂敷と水晶の勾玉は流されずに傍に置いてあった。つまり――。
「あの中で誰かが俺を助けてくれた上に荷物なんかも守ってくれた事になるけど、あの状態の海に飛び込んだ上に誰かを助けるなんて本当に出来るのか……?」
今回の船出を手伝ってくれたのは、海に関する妖の磯天狗の漁師達だ。つまり、海に関してはスペシャリストと言える存在ではあるものの、あの状況で海に落ちた俺を助けようとするのはあまりにも危険な行為だ。そして、もしあの中の誰かが助けてくれたとするなら、目を覚まさない妖を放置して自分だけどこかに行くとは考えづらい。
「……まあ、俺が中々目を覚まさないからとりあえず周辺の探索をしに行ったという可能性が残ってはいるけど、それだとすれば
そう独り言ちながら明らかにおかしいと考えられる部分、
「でも……そうなると本当に誰が助けてくれたんだろう……?」
首を傾げながら助けてくれた人物についてあれこれと考えていたが、次第に濡れた衣服と体の影響で寒さを感じ始めたため、一度それについて考える事を止め、別の事へと考えを変えた。
「……まずは、暖を取る方法を考えよう。一応、火打ち石や
当面の目標を決め終えた後、水晶の勾玉を首に掛け直し、海水を吸って重くなった着流しと荷物と共に海岸沿いを歩き始め、そのまま森の中へと入っていった。
森の中は思っていたよりも生い茂っている木の数が多く、そのせいで視界は少し薄暗かったが、半人半妖時の視力の強化のおかげでどうにか木にぶつかったり木の根に足を取られたりする事なく歩く事が出来ていた。
……本当は妖狐の姿の半人半妖モードじゃなく、人間の姿で歩きたいところだけど、半人半妖の方が五感も鋭い上に何かと出会った時に怪しまれる事も無いから、これも仕方ないよな。
そんな事を考えながら歩いていたその時、足に何か硬い物が当たり、俺は一度足を止めてそれが何かを確認した。すると、そこにあったのはそこそこの太さと長さのある木の枝であり、それを軽く曲げてみたところそれなりに
「うん……これで、衣服を干して乾かす事は出来そうだな。後は、火をつけるのに良さそうな細かい枝と当面の拠点になる場所を見つけられればひとまず大丈夫なんだけど……」
枝を片手に持ちながら周囲をキョロキョロと見回していた時、どこからか「うぅ……」という弱々しい声が聞こえ、その声に警戒心を持ちながらその正体を探るために耳をすませた。すると、その声は近くから聞こえる事が分かり、とりあえずその声の主が誰かを探るために声が聞こえる方へ歩を進めた。そして、とある草むらの中から弱々しい声が上がると同時に、弱々しい妖力を感じたため、一度深呼吸をして気持ちを落ち着けてからその草むらの中を覗いた。
「……あれ、コイツは……?」
そこにいたのは、ブルブルと震える手のひらサイズの白鼠であり、白鼠は「うぅ……寒いよぉ……」と、とても小さな声を上げながら目を瞑っており、その様子から白鼠が弱っているのは間違いなかった。
寒い……か。俺も寒い事は寒いし、コイツのためにも早く燃やせる物を探した方が良いみたいだな。
そして、周囲を見回していた時、ちょうど幾つかの小枝が木の根元にあるのを見つけ、それを寄せ集めて他に燃え広がらないようにまずは土で小枝の周りを囲い、荷物の中から火打ち石と鋼、
ふう……これで、火の確保も完了したし、次は――。
火から白鼠の方へ視線を移したその時、白鼠は火をジーッと見つめていたが、次第にその目はキラキラと輝きだした。
「火……火だぁ!! わあいっ!!」
そして、白鼠は嬉しそうな声を上げると、勢い良く火の中へと
この様子……コイツはまだ子鼠なんだろうけど、やっぱり『アレ』だったみたいだな。
その様子から白鼠の正体を確信していると、白鼠は火の中から俺の姿をジーッと見つめ始め、やがて不思議そうに小首を傾げた。
「えっと……貴方は……?」
「俺――あ、いや……私は鈴蘭。こことは別の場所に住む妖狐です」
「鈴蘭さん……ですね。ボクは
「火鼠……やっぱりそうだったんですね、良かったぁ……」
どうにか火鼠を見つけられた喜びから思わず力が抜けてしまっていると、火鼠――篝は不思議そうに小首を傾げた。
「あの……良かったというのは……?」
「あ、それはですね――」
篝に対して鈴蘭としての俺の身の上や大天狗の涼風丸さんの件、そしてさっきの嵐の件について話すと、篝は「なるほど……」とその小さな腕を組みながら呟くような声で言い、考え込むような素振りを見せた。そして、それから約数分後、篝は「たぶん……大丈夫だよね」と少し不安そうな様子で独り言ちると、俺の事を見上げながら話し掛けてきた。
「鈴蘭さん、お話の続きは火鼠の里でする事にしても良いですか?」
「火鼠の里……?」
「はい。この島には、ボク達火鼠だけが住んでいる里がありまして、そこに行けば鈴蘭さんが求めている物があると思うんです」
「なるほど……」
「そして、本来なら里に入るには、門番の許可が必要なんですけど、たぶん
「……分かりました。ですが、先に服などを乾かさないといけないので、その後に案内をお願い出来ますか?」
「はい、分かりました!」
篝の元気の良い返事に頷いた後、先程見つけた物干し竿代わりの枝を木と木の間に渡し、着流しを脱いで他の荷物と一緒に枝へと掛けた。
さてと……ちょっと篝には悪いけど、乾かしている間は、さっき起こした火に当たらせてもらうとするか。
そして、篝にしっかりと断った後、冷えた体を暖めるためにパチパチという音を立てながら燃える火に当たり始めた。
龍己が火鼠が生息する島で、どうにか一息をついていたその頃、『妖怪街・不忍』の龍己が居候をしている呉服問屋兼仕立屋を営む『狐雨福屋』では、主の龍三郎が来訪者――小間物問屋『七之屋』の主である七之助からの話に驚きの声を上げていた。
「……龍己君が行方不明、ですか……?」
「はい。今朝、龍己さんが出発した後、大きな嵐が突然発生しまして、その嵐の影響で龍己さんは行方不明の他、乗っていた船はボロボロになり、船員達も複数名が大なり小なり怪我を負っているようです」
「そう……でしたか。どうも風が強い気がすると思いましたが、そんな事が起きていたのですね……。皆さんの中に亡くなった方がいなかった事は幸いでしたが、龍己君が行方不明というのは本当に心配ですね……」
「はい……運良くどこかに流れ着いているならばまだ良いのですが、件の嵐というのが本当に大きな物だったらしく、青八さん達ですら滅多に遭う事がないと仰っていたのが、とても不安です……」
「そうですね……」
龍三郎と七之助がとても暗い表情を浮かべながら静かに俯いていたその時、襖の向こうから手代である羅紗の落ち着きのある声が聞こえてきた。
「旦那様、涼風丸様と風之助様がいらっしゃっているのですが、お通ししてもよろしいですか?」
「……あ、ああ……通してくれ」
「畏まりました」
その声が聞こえた後、羅紗の物と思われる足音がゆっくりと遠ざかっていき、龍三郎はその音を聞きながら再び心配と不安に満ちた溜息と声を漏らした。
「……もし、龍己君がこの件が原因で再び亡くなるような事があったら、私は本当に立ち直れないかもしれません……。元々、羅紗が龍己君を殺めてしまった事で、龍己君と出会いましたが、今となっては本当の家族のように思っていますし、今回の件は私が龍己君に頼みさえしなければ起きる事はありませんでしたから……」
「……龍三郎さん、そのお気持ちはよく分かります。あの日、龍己さんと私が出会う事が無かったら、私は今頃ここにはいないばかりか『七之屋』すらも無くなっていたかもしれません。なので、今回は私が龍己さんを助ける番だと思って青八さん達を紹介したのですが、まさかこんな事になるとは……」
後悔と悲哀、龍三郎と七之助が感じているその二つによって、室内が重苦しい雰囲気に包まれていたその時、襖の向こうから再び羅紗の声が聞こえてきた。
「……旦那様、お客様をお連れしました」
「……ああ、ありがとう」
龍三郎が暗い声で答えると、襖がゆっくりと開いていき、羅紗の隣に立つ瓦版屋の鎌鼬――風之助と涼風丸の姿が見えた瞬間、龍三郎はすぐに表情を穏やかな物へと変えながら風之助達へ挨拶の言葉を口にした。
「こんにちは、風之助さん、涼風丸さん」
「へい……こんにちはです、旦那方」
「……うむ」
風之助と涼風丸はそれぞれ挨拶を返すと、静かに部屋の中へと入り、それと同時に襖の陰から羅紗の声が聞こえてきた。
「……それでは、私はお茶のご用意をして参ります」
「ああ、頼んだよ、羅紗」
「はい」
そして、羅紗が襖を静かに閉めた後、龍三郎は部屋の隅に積まれている座布団を2枚手に取り、それぞれ風之助と涼風丸の目の前へ静かに置いた。
「どうぞ、おかけになって下さい」
「へい、ありがとうごぜぇやす」
「礼を言うぞ、龍三郎」
礼を言いながら風之助達が座布団に座ると、龍三郎はとても辛そうな様子で静かに口を開いた。
「……お二人がいらっしゃったのは、龍己君の事について、ですよね? 」
「へい……その通りで。龍己の旦那が行方不明になったと聞いた時には、まさかとは思いやしたが、どうやら本当の事みてぇですね……」
「我もその通りだ。今回の件は、我の依頼に応えて行方不明になったものだからな。いくらいなくなったのが人間だとしても、責任を感じないわけはない」
「…………」
風之助と涼風丸が答えた後、龍三郎が暗い表情で俯きながら黙り込んでいると、涼風丸は「はあ……」と溜息をついてから龍三郎に対して話し掛けた。
「……龍三郎、分かっているとは思うが、落ち込み続けたところで何も変わらん。今、我らが為すべき事は、早々に彼奴――稲荷龍己を捜す事なのだからな」
「はい……それはそうなのですが、その方法がまったく浮かばなくて……」
「策、か……それならば、ここにいる全員で考えれば良かろう。三人寄れば文殊の知恵とも言うが、ここにはそれよりも多い妖がいるのだからな」
「……へへっ、その通りだ。俺もここに来る前に色々調べてきやしたからね。この情報や旦那方の妖術がありゃあ、どうにか龍己の旦那を捜す事が出来るかもしれやせんぜ?」
「涼風丸さん……風之助さん……」
龍三郎がゆっくりと顔を上げると、七之助はニコリと笑いながら龍三郎に声を掛けた。
「ふふ……龍三郎さん、確かにお二人の言う通りです。このままただ悩み続けるよりも何か行動を起こす方が良いかもしれませんよ」
「行動……」
「ええ。幸いにも、ここには瓦版屋さんに妖術に長けている大天狗さん、そして同じく妖術に長けている上にこの不忍において老舗と言えるお
七之助が穏やかな笑みを浮かべながら龍三郎に語りかけていると、それを聞いていた涼風丸は「ほう……」と多少感心した様子を見せた。
「その口振りや名乗っていない我の事を大天狗と看破する辺り、化け蛇の若造にしては大した物だ。その気配から感じる『何か』は、伊達では無いという事だな」
「ふふ……ありがとうございます。ですが、やはりこれは龍己さんとの出会いがあったからと言えるでしょうね。先日、深水で起きた事件の後に龍己さんと風之助さんから掛けて頂いた言葉があるからこそ、私が今為すべき事をしようという考えに至ったような物ですから」
「……ふむ、そうか……」
七之助の言葉に涼風丸が何かを考え込むような素振りを見せる中、龍三郎は自身の手を一度だけジッと見つめた後、それを固く握った。
「……皆さん、ありがとうございます。皆さんのおかげで、迷いも無くなった上に色々と考えも浮かんできました」
「……へへっ、そいつぁ良かったですぜ。それで、その考えってぇのはいってぇどんなのなんです?」
「それはですね、ある妖術を使って龍己君の持ち物から龍己君の妖力の気配を探るんです」
「ふむ……確かに妖術にはそのような物もあるが、何かそれに最適な物などあるのか?」
「ええ、ありますよ。では、それを取ってきますので、少し待っていて下さい」
そして、龍三郎が静かに立ち上がろうとしたその時、襖が突然スーッと開いていき、全員の視線が襖の向こうに集中した。すると、そこには人間時代の龍己が着ていた黒い学生服を持った羅紗の姿があり、龍三郎はそれに対してクスリと笑った。
「羅紗、わざわざ持ってきてくれてすまないね」
「いえ、旦那様がそろそろこれをご入り用だと思って持ってきただけですので、お気になさらないで下さい」
羅紗は静かに首を振りながら答えた後、「失礼致します」と言いながら部屋の中へと入り、龍三郎へ学生服を手渡した。
「では、私は
「うん、頼んだよ」
龍三郎の声に羅紗は恭しく一礼をすると、ゆっくりと部屋を出ていき、一度部屋の中にいる全員へ向かって礼をした後、静かに襖を閉めた。そして、羅紗が去って行く足音が小さくなった頃、全員の視線が龍己の学生服へと一斉に注がれた。
「旦那、こいつぁ……龍己の旦那の部屋にあった服ですかぃ?」
「ええ、龍己君がこの世界に来た時に着ていた衣服で、向こうの世界では龍己君と同じ歳の男性用の衣服のようです」
「ふむ……これを持ってきたという事は、
「はい、1番良いのは龍己君が身に付けている水晶の勾玉なのですが、この衣服でも問題ないかと思いまして」
涼風丸の言葉に龍三郎が微笑みながら答えていると、風之助は話している内容が分からない様子で小首を傾げた。
「えーと……話がまったく見えねぇんですけど、旦那方は何をしようってんです?」
「ふふ……それはですね、この衣服に残っている龍己君の妖力の残滓を使って龍己君の位置を探ろうとしているんです」
「妖力の残滓……? けど、それはあくまで人間時代の龍己の旦那が着ていた物なんでしょう?」
「その通りです。ですが、羅紗が矢で空けてしまった穴を塞いだ後、一度半人半妖姿の龍己君に着心地を確認してもらった事がありますので、微かにですがその時に龍己君の妖力をこの衣服は浴びているはずです。なので、今回はそれを使ってみようと思います」
「なるほど……さっき勾玉の方が良いと言っていたのは、そういう事だったのですね」
「うむ。妖力を微かに浴びているこの衣服でも問題は無いが、常に身に付けている物の方がハッキリと視る事が出来るからな。
では……そろそろ始めるとしようか、龍三郎よ」
「はい」
龍三郎はいつもの穏やかな様子とは真逆のとても真剣な顔付きで学生服を見つめると、涼風丸と共に自身の右手を学生服ヘと翳し、文言のような物を静かに口にし始めた。風之助と七之助は、言葉を一言も口にせずにその二人の様子をただ見つめ続けた。そして、龍三郎の表情か和らいだ瞬間、風之助は恐る恐る声を掛けた。
「……旦那、龍己の旦那の事は分かったんですかぃ……?」
「……ええ、どうやらどこかの島にいて、今は火を起こして体を暖めながら濡れた衣服を乾かしている所のようです」
「……つまり、無事……なんですね?」
「その通りだ。しかし、どの島にいるかまでは分からなかったな……」
涼風丸が難しい表情を浮かべながら腕を組み始めた時、「……そういえば」と七之助が何かを思い出したように声を上げ、それに対して風之助が小首を傾げながら声を掛けた。
「七之助の旦那、どうかしやしたかぃ?」
「いえ……青八さん達から聞いた話なのですが、龍己さんが海へ落ちた後に何やら海の中から昇ってくる
「青い竜……そういや、俺もそんな話を聞いた気がしやすね……。俺はその漁師達からじゃあねぇんですが、嵐の様子を見に来たら西の方に飛んでいく竜みてぇな物の姿が見えたってぇいう深水の町人がいた気がしやす」
「西の方角へ飛ぶ青い竜のような物……偶然かもしれぬが、今はそれを頼りにしてみるしかないか……。龍三郎、お前はどう思う?」
「はい、私もその竜が何か手掛かりを握っていると思います。龍己君の名前も『映しの泉』に青龍が映った事が由来なので、現在はこれ以上の手掛かりは無いかと」
「……そうだな。では、我が早速行ってくるとしよう。今から船を出すよりは、我が空より捜しに行く方が早い上に確実だろう。それに――」
「それに……?」
風之助が不思議そうに訊くと、涼風丸はとても真剣な表情を浮かべながらそれに答えた。
「元々、この件は我が持ち込んだ物だ。それならば、我が最後まで責任をもって捜しに行くのがスジという物だからな」
「……なるほど。まあ、そういう事なら俺らは旦那方がいつ戻ってきても良いように準備をしておきやすよ。今は無事みてぇだが、帰ってくる時には何か体に不調を来してるかもしれやせんからね」
「それが良いだろうな。では……皆、早速行ってくるぞ」
「へい、旦那も気をつけて行ってきてくだせぇ!」
「涼風丸さん、無理はしないで下さいね」
「龍己君が見つかるのが一番ではありますが、涼風丸さんも無事でなければ意味はありませんからね。充分に気をつけて行ってきて下さいね」
「うむ、当然だ。ではな」
涼風丸は決意に満ちた眼をしながら答えると、そのまま部屋を出ていき、龍己を捜しに行くために力強い足取りで『狐雨福屋』の入り口へ向かって歩き始めた。
「……うん、こんなもんだな」
着流しを乾かし始めてからどれくらいか経った頃、手触りからしっかりと乾いた事を確認し、着流しを再び身に纏った。
まあ、無事に帰る事が出来た後は、しっかりと洗う必要はあるけど、今の所はこれでも良い事にしないとな。
そんな事を考えながら着流しの着心地を確認していた時、篝が小首を傾げながら火の中から話し掛けてきた。
「それにしても……鈴蘭さん――いや、龍己さんは本当に不思議な方なんですね。まさか、本当はただの妖狐じゃなかったなんて……」
「あー……うん、騙すつもりは無かったんだけど、あの時の篝に対して正直に半人半妖だって名乗るよりは、妖狐だって名乗る方が良いと思ってな。まあ、気が抜けた瞬間にそれがバレたのは、完全に俺のミスだったけどさ」
頭をポリポリと掻きながら俺はさっき起きた出来事を想起した。体を乾かしている最中、その火の暖かさと安心感に体の力が抜け、思わず人間の姿に戻ってしまった。そして、その一部始終を見ていた篝からそれを指摘され、最初はどうにか誤魔化そうとも思ったが、篝の不思議そうな様子からこれ以上は隠しきれないと思い、俺は自分の本当の姿などについて説明をしたのだった。
この調子だと、不忍に戻った後でも同じ事をしてしまいそうだし、そこはしっかりと気をつけるようにしないといけないな。
そう思いながら乾いていた荷物を
「それじゃあそろそろ火を消そうか、篝」
「あ、はい。あ、あの……」
「ん、どうした?」
「もし龍己さんさえ良ければ、火を消した後は抱き抱えてもらっても良いですか? 火鼠は体重がとても重い種族ではありますけど、ボクはまだ体重が軽い子鼠の中でもかなり軽い方みたいなので、龍己さんの腕や肩を痛める事にはならないと思うので……」
「ああ、それは別に良いけど……なんか理由でもあるのか?」
「はい。誰かに抱き抱えてもらう機会なんてこの先あまり無いと思いますし、龍己さんの雰囲気は何だか落ち着くので……」
「そっか、そういう事なら任せといてくれ。いつもなら肩に先客がいるから少し難しいところだけど、今日はいない分やりやすいからな」
「先客……ですか?」
「ああ、向こうの方で鎌鼬の友達がいるんだけどさ、ソイツと行動する時はいつも肩に乗せてるんだよ」
「なるほど……やっぱり海の向こうには色々な方がいるんですね」
「ははっ、そうだな。さてと、それじゃあ火を消すぞ」
「はい」
篝が火の中から出た後、俺は残していた荷物――水が入った水筒を手に取り、中に入っている水を上から撒くような形で火へと掛けた。そして、火が完全に消えた事を確認し、風呂敷の中に水筒をしまって風呂敷を右肩に固定した後、俺は静かに屈み込みながら篝へと両手を伸ばした。
「それじゃあ掴むぞ?」
「……あ、はい。お願いします」
篝の返事を聞いた後、「よいしょ……っと」と言いながら静かに体を持ち上げた。その瞬間、腕にズシリとした重みが掛かってきたが、半人半妖時の姿では腕力が人間の姿の時よりも上がっているため、大して辛さは感じなかった。そして、そのまま腕に抱き抱えると、篝は「ふう……」と少しリラックスした様子で声を漏らした。
「……ありがとうございます、龍己さん。思った通り、スゴく落ち着きます……」
「ふふ……それは良かったよ。一応、落とさないように気をつけるけど、篝も落ちないように気をつけてくれよ?」
「はい、分かりました。それでは、そろそろ参りましょうか」
「ああ」
返事をした後、篝の案内に従って森の中を歩き始めた。お互いの事を話しながら森の中を歩く事約十数分、楽しそうに話す篝の言葉にしながらも、俺は森の中の様子が少しだけ気になっていた。森の中は果物のような物が実っている木や澄んだ水が流れる小川もあったが、風で木の葉が揺れる音がする以外はとても静かで、俺と篝以外のモノ達の気配が全くなかった。妖に限らずともこの環境は、様々なモノ達にとって住みやすい物であるはずなのに、住んでいると思われるモノの姿がまったく見られないのは明らかに不自然だった。
「なあ、篝」
「はい、何でしょうか?」
「ここにはお前達火鼠以外の奴って住んでいないのか?」
「えっと……実は前までは、この森や火鼠の里がある辺りにも色々な方が住んでいたらしいんですけど、ある時からその方が次々と島から去って行ってしまったと聞いています」
「そっか……けど、どうして島からいなくなったんだ?」
「すいません……そこまではちょっと分からないです。あ、でも……里の長老なら何か知っているかもしれません」
「火鼠の長老か……因みに、その長老ってどんな人なんだ?」
「とても長生きでとても物知りな長老ですよ。それにとても優しいので、里の皆からとても親しまれているんですよ」
「へえ……でも、俺みたいな奴がいきなり行ったら、流石に驚かれるよな」
「あ……それもそうですね。でも、里の皆は意外と好奇心旺盛なので、一旦慣れてしまえば話し掛けてきたり近寄ってきたりする気がします」
「そっか、それなら安心かな」
そんな事を話しながら歩いていたその時、俺達はいつの間にか森を抜け、ゴツゴツとした岩場の辺りへと来ていた。すると、篝は腕の中から周囲をキョロキョロと見回し始め、ある一方に向いた瞬間にジッとそちらを見始めた。それに続いて俺もそちらへ視線を向けると、小さな火柱がいくつも上がっている場所が見え、火鼠の里が近い事を悟った。
「流石は火鼠の里、何個も火柱が上がってるな」
「あはは……まあ、龍己さんも知っての通り、ボク達火鼠は火の中に入っている時間が必要なので、あんな風に入るための火柱や野火を幾つも準備しておかないといけないんです。もっとも、あの森みたいな場所じゃ出来ませんけどね」
「それはそうだろうな。さて……とりあえずあの火柱が上がっている先に行けば良いんだよな?」
「そうですね。それじゃあ早速行きましょうか」
「ああ」
頷きながら返事をした後、俺は火柱がある方へ向かってゆっくりと歩き始めた。火柱へ近付くにつれ、炎が勢い良く燃える音やその熱が伝わってきた事で、濡れていた時とは反対に夏のような暑さが襲い、半人半妖の俺にこの環境は少しキツかった。しかし、とても過ごしやすそうにしている篝の姿を前にそんな事はとても言えなかったため、額に浮かぶ汗をこっそり拭いながらただひたすらに歩を進めた。そして、肌に伝わる熱でヒリヒリとした痛みを感じ始めた頃、ようやく火柱の横を通り抜ける事が出来、それと同時に暑さからも徐々に解放され始め、内心かなりホッとしていた。その後、更に歩を進めて行くと、ゴツゴツとした岩で出来た火鼠サイズにしてはかなり大きな門と門番らしき火鼠達の姿が見えると、篝はとても嬉しそうな様子で門番達に声を掛けた。
「おーい! ただいまー!」
「……え? こ、この声は……!?」
「か、
篝の声に門番達が驚きの声を上げる中、俺達がゆっくりと近付いていくと、門番達は俺の腕の中にいる篝の姿に更に驚きの声を上げた。
「篝様! ご無事でしたか!?」
「我々が目を離した隙に里を抜け出されたと聞いて、長老様を始めとした皆様がとても心配されていましたよ!?」
「あはは、ゴメンゴメン。ボクだけで『あの子』を捜してみようと思ったんだけど、やっぱり寒がりなのには勝てなかったよ……」
「……そうでしたか。しかし、ご無事だったのは本当に良かったです、篝様」
「ご家族の皆様も心配されていましたが、その中でも長老様が一番心配されていたので、すぐに顔をお見せに行った方がよろしいかと思います」
「うん、分かった。ところで、彼も通しても良いかな? 彼がいなかったら、ボクは今頃寒さで死んでしまっていたかもしれないからさ」
その篝の言葉で門番達の視線が俺に集中し、門番達はとても物珍しそうな様子で俺の姿を見始めたが、すぐに篝の方へ再び視線を向けると、頷きながら返事をした。
「もちろんです、篝様」
「篝様の命の恩人とあらば、我々も反対する理由はありませんので」
「うん、ありがとう」
ニコリと笑いながらお礼を言うと、篝は今度は俺の方へと顔を向け、「それじゃあ行きましょうか」と同じくニコリと笑いながら言った。そしてそれに対して静かに頷いた後、門番達が避けてくれた所を通って里の中へと入った瞬間、俺はそこに広がっていた光景に思わず小さな声で独り言ちてしまっていた。
「……これが火鼠の里、なのか……」
「ふふ、そうですよ」
小さく笑いながら篝が俺の独り言に答える中、俺は一歩ずつ歩を進めながら目の前に広がる火鼠の里の光景に軽く驚いていた。里の中にはあちらこちらに火鼠達の家と思われる幾つもの大きな岩があり、その岩の下に空いた穴から火鼠達は出入りをしており、俺が住んでいる不忍や深水のような町にあるような木造の家などはもちろん無かった。そして、更に少し歩くと広場のような場所があり、その中心には明らかに火鼠達が作った物では無い石碑のような物があった。
「篝、これって石碑……だよな?」
「はい。遙か昔――」
「……この地を訪れた巨大な妖が当時の住民達との交流の記念として置き、その仲間が文字を彫ったと言われている物ですじゃ」
「……え?」
篝の説明を遮った声の方へ視線を向けると、そこにはここまで見てきた住民達よりも大きい――およそ子兎と同じくらいの大きさの火鼠の姿があり、その姿に篝は大きな声を上げながら驚いた。
「お、お爺ちゃ――じゃなかった、長老!」
「……篝、勝手に出歩いてはいけないと言ったはずじゃろ? まったく……好奇心旺盛なのは良い事じゃが、あまり不用意に出歩いてはいかんぞ?」
「ご、ごめんなさい。けど、ボクはどうしても捜したかったんだよ……」
「……『
「うん……だって、朱夏はボクにとってとても大切な妹だから……」
「……やれやれ、その気持ちは分かるが、朱夏はこの島中を捜しても見つからなかったんじゃぞ? だというのに、お前だけで探したところで見つかるはずは無いじゃろ?」
「そうだけど……でも、ボクはもう一度だけでも良いから、朱夏に会いたいんだよ……!」
涙交じりの篝の声に、火鼠の長老は哀しそうな表情を浮かべながらただ首を横に振るだけだった。
そっか……篝はいなくなった自分の妹を捜すために里から出ていたのか。ただ、水に本当に弱い火鼠が島から出るには、海を誰かに捕まって飛んで渡るしかない気がするけど、篝達に黙ってそんな事をする必要なんて無いよな……。
いなくなった篝の妹の事について考えていた時、長老は篝から俺へと視線を逸らすと、丁寧に一礼をした。
「どなたか存じませんが、篝を連れてきて頂き、本当にありがとうございます」
「あ、いえ……別に大した事はしていませんし、お孫さんにはここまで案内してもらっていたので、お気になさらないで下さい。それよりも、先程からお話に出てきている朱夏さんというのは……」
「朱夏は篝の一個下の妹で、篝とはとても仲の良い子でした。ですが、数年前に突然姿を消しましてな、里の者が総出で島中を捜したのですが、まったく見つからなかったのです」
「……朱夏さんは、長老様や篝さんに黙ってどこかへ行く様な事は今までありましたか?」
「いえ……朱夏はいつも篝の後をついて回っているほど篝に懐いていたので、そのような事は一度もありませんな……」
「そうですか……では、誰か空を飛ぶ事が出来る妖などの友人はいましたか?」
「いえ、そのような者がいるという話も聞いた事はありませんな……」
「ふむ……」
これでだいぶ絞られたけど、他に行方不明になる可能性なんてあるのか……?
その出来事の不思議さに小首を傾げていたその時、突然篝が何かを思い出した様子で「……あ、そういえば」と小さな声を上げたかと思うと、腕の中から長老へと声を掛けた。
「長老、確かボク達の生え替わりの時期に抜ける毛を集めている場所があるって聞いた事があるけど、それはどの辺りにあるの?」
「ここから少し離れた場所にあるが……それがどうかしたか?」
「えっと……実は――」
篝が今回の涼風丸さんからの依頼やここまでの経緯について話すと、長老は「なるほど……」と納得した表情で頷いた後、ちょうど近くにいた火鼠達に声を掛けた。
「お主ら、少し良いかの?」
「はい、何かご用ですか?」
「こちらにいらっしゃる篝の命の恩人が、我々の燃えぬ毛を御所望のようじゃ。皆で力を合わせて持ってこられるだけ持ってきてくれるかの?」
「分かりました。よし……皆、やるぞ!」
『おー!!』
火鼠達は大声を上げると、毛を集めている場所へ向かって一斉に走っていった。
ふう……これで何とか涼風丸さんからの依頼には応えられそうだけど、後はどうやって向こうまで帰れば良いかな……?
そんな事を考えていたその時、「長老様ー!」
と長老の事を呼ぶ声が聞こえ、俺達はそちらへと一斉に振り向いた。すると、さっき出会った門番達がこっちへ向かって走ってきており、その表情には焦りと不安といった感情が浮かんでいた。そして、門番達が息を切らしながら俺達の目の前で止まると、長老は不思議そうな様子で門番達に声を掛けた。
「お前達……一体どうしたのじゃ?」
「はあ……はあ……門の所に奇妙なモノが……」
「奇妙なモノ……じゃと?」
「は、はい……そちらの方よりも大きな体で背中に翼が生えていました……」
「俺よりも大きくて翼が生えている……あ、もしかしてその人は帽子を被っていたり白い服を着ていたりしていませんでしたか?」
「そうですが……もしや、お知り合いですか?」
「……たぶん、そうだと思います。でも、どうやってここまで辿り着いたんだろう……」
涼風丸さんと思われる人物がこの島に辿り着いた方法について考えたが、すぐには思いつかなかったため、俺は「……まあ、良いか」と独り言ちながら考える事を止めた。そして、再び長老の方へ視線を向けた後、俺は丁寧に一礼をしてから話し掛けた。
「申し訳ありません、長老様。少し門の方まで行って参ります」
「ほっほっほっ、構いませんぞ。例の物は若者達に運ばせておきますので、ゆっくり行ってきて下され」
「ありがとうございます」
長老の言葉に答えた後、俺と篝は門番達の後に続いて再び門の方へ向かって歩き始めた。そして、門の所に着いたその瞬間、門の陰から「……やれやれ」と少し呆れたような声が聞こえ、それと同時に数日前に出会った今回の依頼人――大天狗の涼風丸さんが姿を現した。
「……やはり、涼風丸さんだったんですね」
「ああ、そうだ。まったく……お前が嵐の中に消えたと聞いて、龍三郎を始めとしたお前の知り合い全員が心配をしていたのだぞ?」
「皆が……」
皆には心配を掛けた事、後でしっかりと謝らないとな……。
不忍や深水の皆の顔を思い浮かべながらそう考えていた時、涼風丸さんは俺の腕の中にいる篝や門番達の姿に「ほう……」と物珍しそうな様子で声を上げた。
「して龍己、此奴らがお前の言う火鼠というモノか?」
「はい。そして、涼風丸さんからの依頼である『燃えない着物』を仕立てるための素材もこの火鼠の里の住民達に集めてもらっている最中なので、安心して下さい」
「……それは分かった。しかし、その素材をお前はどう運ぶつもりなのだ?」
「……あ」
そうだ……素材が集まったところで、それを運べなかったらまったく意味が無い。そして、それに加えて火鼠の毛を着物用の糸に仕立てるにはたぶんかなりの量があるから、その重量に耐えられるだけの輸送手段が必要になる。けど、俺が乗ってきた船は今ここには無いし……。
黙り込んでしまった俺の姿に、涼風丸さんは呆れた様子で「……詰めの甘い奴だ」と独り言ちた後、不意に海がある方へ振り返ると、突然ニヤリと笑った。
「……どうやら来たようだな」
「来たって……何がですか?」
「その着物の素材やお前を運ぶための船、並びに船員達だ」
「……え、それってまさか……」
「ああ、お前が乗ってきた船はボロボロになっているが、どうやら青八達、傷が浅かった者達が仲間の漁師に頼み込んでいたようでな。我が深水を訪れた頃には、既に船出の支度を整えていた。そこそこ大きな船であったため、素材やお前を運ぶには事欠かぬだろうな」
「……良かった。青八さん達、生きていたんだ……」
「……奴らも漁師である前に海に関する妖だ。そう心配せずとも、海難事故で命を落とす事はそうそう無いだろう」
「それはそうですけど、青八さん達が生きていてくれた事、その事が本当に嬉しいんです。今回の件に青八さん達を関わらせなければ、嵐に巻き込まれる事も怪我をさせる事もありませんでしたから……」
青八さん達に怪我をさせてしまった事に対して申し訳なさを感じていた時、涼風丸さんは何かを懐かしむような目をしながらポツリと呟いた。
「……やはり、お前は龍三郎と似ているな」
「え……?」
「……なに、龍三郎も昔からそのような事ばかり言っていただけの事だ。たとえ自分が危険な目に遭おうとも常にその件に関わっている他者の心配ばかりをし、他者の喜びや哀しみはまるで自分の事のように受け取った上にそれを分かち合う」
「…………」
「もちろん、決してそれが悪い事だとは思わん。しかし、中にはそういった輩を良いように利用しようとする者もいる。それは人間に限らず、妖などにもあてはまる事だ。他者が腹の内でどのような事を考えているのかなどは、覚ぐらいにしか分からぬのだからな」
「そう……ですね」
その話を聞きながら先日の深水の件を思い出し、少しだけ切ない気持ちになっていたその時、道の向こうから何台もの大八車とそれを引いてくる青八さん達の姿が見え、俺は再び青八さん達に会えた嬉しさから大きく手を振りながら声を掛けた。
「青八さん! 皆さん! こちらです!」
「おう! 分かった!」
程なく、青八さん達と大きな麻袋を積んだ大八車が目の前で止まると、青八さんは大八車から手をパッと離し、とても嬉しそうな笑みを浮かべながら俺の肩をバンバンと叩いてきた。
「ははっ! おめぇにまた会えて嬉しいぜ、鈴蘭!」
「いてて……あ、ありがとうございます。私も青八さん達にまた会えて本当に嬉しいです。あの……怪我の方は大丈夫ですか?」
「へへ、こんなもん怪我の内に入んねぇし、酒飲み話の一つにしちまえばどうって事ねぇよ! なっ、おめぇら!」
『おう!』
青八さんの言葉に磯天狗の漁師達全員が大声で答えると、篝達はその音量の大きさに驚きながら一斉に毛を逆立てた後、小さな声でそれぞれ独り言ちた。
「うぅ……ビックリしたぁ……」
「海の向こうには本当に多くの驚きがあるな……」
「まったくだ……」
……まあ、そう思うのは不思議じゃないよな。
そんな事を考えながら火鼠達の様子に対してクスリと笑っていた時、後ろの方から「龍己殿」と俺の事を呼ぶ声が聞こえ、俺達は揃って後ろを振り返った。すると、そこにいたのは長老と若い火鼠達であり、その手には『燃えない着物』の素材になる火鼠の毛が握られていた。
「長老様、皆さん……わざわざこっちまで来て頂いて本当にありがとうございます」
「ほっほっほ、構いませんぞ。篝の命の恩人のためならば、この程度大した事ではありませぬ。のう、皆のもの」
『はい!』
長老の声に火鼠達が一斉に答えると、それを見ていた青八さんは「……へえ」と楽しそうな笑みを浮かべた後、俺の肩を抱きながらニヤリと笑った。
「おめぇ、ずいぶんとコイツらから慕われてるみてぇだな? 流石は命の恩人様ってところか?」
「あはは……まあ、 本当に偶然だったんですけどね」
「はっはっは! たとえそれが偶然だったとしてもその運を引き寄せたのは、お前――
「……はい」
心の奥から湧き上がってくるぽかぽかとした物を感じながら返事をすると、青八さんは仲間の漁師達へ向かって「よし……やるぞ、お前達!」と呼び掛け、それに対して漁師達が答えた後、火鼠達と協力して火鼠の毛を次々と麻袋へとしまい、それを大八車へと載せていった。そして、それから数分が経った頃、火鼠の毛で膨らんだ麻袋が載った大八車を船に乗せるため、青八さん達が次々と引いていき、それを見送りながら心からホッとしていた。
……ふう、これで任務は完了だし、後は無事に不忍へ帰るだけだな。
そんな事を思いながらふと篝へ視線を向けると、篝は何やら真剣な表情で考え事をしていた。
「篝……?」
「……龍己さん、一つお願いしても良いですか?」
「あ、うん……俺に出来る事なら」
「分かりました。けど、その前に――一度ボクの事を下ろして頂いても良いですか?」
「うん、分かった」
ゆっくりとしゃがみ込みながら篝を下ろすと、篝はとても真剣な表情で長老へと向き合い、一度深呼吸をしてから静かに口を開いた。
「長老、お願いがあります」
「……なんじゃ?」
「ボクに……旅に出る許可を出して下さい!」
「篝……」
「……理由を訊いても良いか?」
「理由は2つあります。1つは妹、朱夏を捜すためです。朱夏がこの島にいないのはもう分かっています。それなら、ここでは無い場所を捜す方が朱夏が見つかる可能性が高いと思うんです」
「……確かにそうかもしれないが、見つかるという確証は無いぞ?」
「はい、分かっています。けど、それでもボクは朱夏を捜したいし、もう一度朱夏と話したい、そして朱夏ともう一度笑い合いたいんです……!」
「分かった……では、2つ目の理由を聞こうか」
「2つ目は、自分の見識を広げたいからです。ボクは今日一日で龍己さんの事や涼風丸さんの事など、本当に色々な事を学びました。けどそれは、この島の外の事をボクはまだまだ知らないという事と同じです」
「……まあ、そうじゃろうな」
「そしてボクは、今回の件を通じて自分がまだまだ未熟で力不足な事も知りました。だからこそ、この島の外にある様々な物や人との出会いで、ボクは成長をしたいんです」
「成長を望むのは良い事じゃ。しかし……しまの外には、お前が考えているよりも大きな危険や苦難が待ち構えている。それでも行くというのか?」
「はい!」
長老の問い掛けに篝がまっすぐな目をしながら力強く答えると、「……そうか」と長老は呟いてから軽く俯いた。そして、程なくしてゆっくり顔を上げると、長老は俺の目を真正面から見ながら静かに口を開いた。
「龍己殿、もしよろしければウチの篝の事をお願い出来ませぬか?」
「え……長老、それってもしかして……!」
「……ああ。お前のその決意に免じて旅――いや、島の外へ見識を広げに行く事や朱夏を捜しに行く事を許す。しかし、お前はまだ幼い故、しばらく面倒を見て下さる方が必要じゃ。それに、お前が龍己殿に頼みたかったのは、自分を連れて行って欲しいという事じゃろう?」
「そうだけ――ううん、確かにそうですけど……」
「……やっぱりな。お前の龍己殿への懐き方を見れば一目瞭然じゃわい」
「う……そういう風に言葉にされると、何だか恥ずかしいような……」
「まあ、お前も朱夏の姉である前に兄妹の中では幼い方じゃからな。そのように少しでも頼る事が出来る存在がいた方が良いという物じゃ」
長老は優しい表情を浮かべながら小さく頷いた後、表情を真剣な物へと変えながら篝から俺の方へと視線を移した。
「……さて、話を戻すとしましょう。龍己殿、誠に勝手な願いであるのは承知の上でお願い致します。どうかしばらくの間、篝の面倒を見て頂く事は出来ませぬか?」
「長老様……」
はい、とすぐに答えたいのはやまやまだけど、俺はあくまでも
さて……どうしたもんかな。
長老からの頼みに対して悩んでいたその時、それを聞いていた涼風丸さんから「……悩む必要など無いだろう?」と問い掛けられ、俺が思わず「えっ……?」と驚きの声を上げると、涼風丸さんは真剣な眼差しを向けながら静かに口を開いた。
「……龍己、自分には火鼠――篝を預かるだけの実力や責任能力が無いと思っているのだろう?」
「え、ええ……それに俺は、あくまでも『狐雨福屋』の居候なので、龍三郎さんの許可も無しに決める事は出来ませんから」
「……勝手な想像かもしれんが、龍三郎の性格なら喜んで居候が増える事を承諾するだろうから、その点は問題ない。そして、お前の責任能力などについても我は問題ないと考えている」
「そう……ですか?」
「うむ、責任能力が欠けている者が、龍三郎を始めとした様々な者からあそこまで慕われるわけが無いからな。加えて、実力などはこれからつけていけばさして問題は無い。お前は
「涼風丸さん……」
「まあ、人間自体を認める気はまだ無いが、お前という半人半妖の事くらいは認めても良いだろう。お前は
「あの離れって……」
もしかして、あの離れには何か秘密があるのか……?
そんな疑問が頭を過ぎったが、今考えるべき事はまた別の事だったため、その事は一度頭の中から追い払い、俺は再び篝との事について向き合う事にした。そして篝に注目すると、表情は緊張しているものの、その目はとてもまっすぐな物であり、そう簡単にその決心を変えるとはとても思えない程、強い思いが感じ取れた。
……なら、俺も出来る限り篝の事を支えるとしよう。まだまだ不安な点は多いけど、実力については涼風丸さんが言ったように皆に協力して貰いながら徐々につけていけばいいからな。
皆がいる事の頼もしさを改めて感じながらそう決めた後、未だ緊張した面持ちで俺の事を見ている篝と真剣な表情を浮かべている長老に対してニコリと微笑みかけた。
「長老様、貴方からのそのご依頼、喜んでお引き受け致します」
「龍己殿……!」
「龍己さん、それじゃあ……!」
「ああ、改めてこれからよろしくな、篝」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
とても嬉しそうな笑みを浮かべる篝の顔を見た瞬間、ここまでの安心感と疲れから俺の体がグラリと揺れ、そのまま倒れ込みそうになった。しかし、「……やれやれ、やはり半人半妖というのは厄介だな」という呆れた声が聞こえると同時に、俺の体が涼風丸さんによってソッと支えられた。
「あ……ありがとうございます、涼風丸さん……」
「龍己、まさかとは思うが……ここまで飲まず食わずで来たのでは無いだろうな?」
「……そういえば、この島に漂着してから何も食べたり飲んだりしていなかったですね……」
「はあ……そんな事では先が思いやられるな。仕方ない……我々が出発するのはもう少し後にしよう」
「本当に……申し訳ない、です……」
「そう思うのならば、まずは元気をつけろ。元気の無い状態で不忍へ戻ろうものなら、龍三郎達が更に心配をするからな」
「そう……ですね。前に、火事の中から子供を助けた事があるんですけど……その時もだいぶ心配を掛けてしまいましたから、これ以上は心配なんて……掛けられないですね……」
「その通りだ。だから、今はゆっくりと休め。飲み水や食糧などについては、我らが手配をするのでな」
「ありがとうございます……涼風丸さん」
「礼など良い。ただ……今は眠っておけ」
「わかり……まし、た……」
涼風丸さんに対して途切れ途切れに答えた後、俺の視界はゆっくりと暗くなっていき、やがて意識が静かに失われていった。
「……さて、あの日以降体調に妙な異変などは無いか?」
「はい、バッチリです」
あの日――火鼠達が住む島に漂着した日から一週間が経った頃、俺は篝を膝に乗せながら自室である離れで涼風丸さんの問い掛けにニコリと笑いながら答えた。あの日、俺の疲れなどを取るために休息を取った後、長老や篝の家族達にしっかりと別れを告げてから涼風丸さんに抱えてもらう形で俺達は島を飛び立った。島から不忍へ向かう途中、篝は初めて見る空からの光景に『わぁーっ……!』と嬉しそうな声を漏らしながら楽しそうにしていた。そして、そんな風に飛び続け、夕日が登り始めた頃に見覚えのある港――俺が今朝出発した『深水』の港と龍三郎さん達の姿が見え、俺はようやく帰ってこられた事に嬉しさを感じた。その後、皆の目の前に涼風丸さんが静かに降り立つと、皆はとても嬉しそうな笑顔で俺達が無事に帰ってきた事について喜び、それぞれの言い方で労いの言葉を掛けてくれた。そして、それに答えながら火鼠の毛を載せた船も無事に港に着いた事や篝の事などについて話した後、『深水』に残る七之助さんや自分が住んでいる山へ戻る涼風丸さんと別れ、俺達は揃って不忍へと戻ったのだった。
……そういえば、篝が行方不明の妹を捜してるって話した時に風之助が少しだけ暗い表情をしてたのが気になるな……。もしかしたら、アイツにもいなくなった友達か弟妹でもいるのかな……?
そんな事を考えながらその時の事を思い返していた時、篝が天井を見上げながら小さな声で独り言ちた。
「それにしても……ボク達の毛であんなに綺麗な着物や
「あ、ああ……そうだな。貰った量が思ったよりも多かったから、
「うむ、そうだな。そしてあの着物は、どうやら娘にとって一番の着物になったようでな、毎日あの着物を楽しそうに手入れしているよ」
「そうですか……そこまで気に入ってもらえたのなら、頑張った甲斐があったかもしれませんね」
小さく微笑みながら答えた時、俺はふとある事を思い出し、それについて涼風丸さんに問い掛けた。
「涼風丸さん、どうしてあそこまで人間の事を嫌っているんですか? 妖が人間に対して良い印象を持っていないのはよくある事ですけど、涼風丸さんの場合は……何と言うか
「……その事か。まあ、
そして、涼風丸さんは緑茶を一口飲んでから人間を嫌うようになった理由について話を始めた。
「昔、まだ人間達の世界にいた頃、我はとある地方の山に住んでいた。そしてその近くには、小さな村が1つだけあったのだが、その村の住人達は我の事をあまり良く思ってはいなかった。しかし、その中でも1人だけそこそこ仲良くしていた人間の友人がいた。ソイツは山伏と呼ばれる者で、仲間内の中でも特に強い霊力を持っている奴だった。奴は同じ人間よりも我ら妖のようなモノが好きで、そういった者達と触れあいたいと思い、山伏を志したとある日酒を飲み交わしている時に言っていた。その時、我はその理由をくだらないと一蹴したのだが、奴はそれでもニコニコと笑っていた。恐らく奴にとっては、たとえどんな事を言われようとも我のようなモノと触れあう事が何よりも楽しかったのだろうな。
そんなある日、近くの村で童が一人いなくなるという事件が起きた。童自体はその日の内に山中ですぐに発見され、いなくなった理由もただ単に探検をしていたからだったのだが、とても愚かしい事に村人達は童は我が喰らうために攫ったと言い始めたのだ。もちろん、我がそのような事をするわけは無かったのだが、我に対して悪印象を抱いていた村人達や他の山伏達は我を退治するために武器や札を持って続々と山中へと入ってきたと奴が教えてくれた。その報告を聞いた後、我は村人達に対してほとほと愛想を尽かし、前々から話だけは聞いていたこの妖世界へと行く事にし、奴にも別の地方へ逃げるように言った。だが、奴は静かに首を振ると、『俺が皆を説得してみるから少し待っててくれ』と言い残し、村がある方へと走っていった」
「……本当に良いご友人だったんですね」
「……そして、それから程なくして、奴の気配を感じてそちらへ視線を向けた。するとそこにあったのは、身体中に切り傷や火傷を負った奴の姿であり、我はすぐに駆け寄りながら何があったのかを訊くと、奴は苦しそうな笑みを浮かべながら『ゴメン……無理だったよ……』と答えた。その時、我は初めて人間を助けたいと感じ、どうにか奴を助けるために住み処へと連れて行こうとした。しかし、奴は再び静かに首を振ると、『涼風丸、俺を置いていけ。お前だけでも生きてくれ』と言った。その言葉に我が驚いていると、奴は痛みを堪えながらいつものような笑みを浮かべながらこう言った。
『お前が助けてくれようとしてるのはとても嬉しいよ。でも、俺がお前の住み処へ行けば、その血の跡を追ってアイツらがやって来てしまう。だから、俺の事を置いて行ってくれ。お前が争う姿なんて俺は見たくないから』とな。我はそれでも奴を助けようと思ったが、村人達が近付いてくる足音が徐々に聞こえだした事、そして奴の『さあ、早く!』という言葉を聞き、我は悔しさを感じながらも姿を隠しながら山を飛び去ったのだ……」
「……その後、そのご友人はどうなったのですか?」
「……死んだ、それも仲間だった山伏達や村人達から更に痛めつけられた上でな。妖世界へと渡った後、我は奴の事を知るために一度人間達の世界に戻った直後に山に住んでいた獣たちより聞いたのだが、それを聞いた瞬間に怒りが沸々と湧き出し、村人や山伏達を血祭りに上げてやろうと考えた。しかし、そんな事をしても奴が戻る事は無い上、死んだ奴が喜ばないだろうと思い、人間達への憎しみを抱いたまま妖世界ヘと戻ったのだ」
「……そうだったんですね」
涼風丸さんの話を聞いた後、人間達が元々持っている
「さてな……だが、奴らにとっては、我だけでなく我と深く関わっていた彼奴も人では無い何かに見えていたのかもしれんな」
「そんな……」
「まあ、今となってはその真偽は分からぬ。もっとも、今更知る気も無いがな」
「え、でも……」
「それに、今必要なのはそれを知る事でも真偽を議論する事でも無い。その過去があった事はしっかりと受け止めつつ、次へと進む事だ。過去をいつまでも引きずっていたところで、得られる物など何も――」
「それは……本心からの言葉ですか?」
「む……?」
「り、龍己……さん?」
俺の問い掛けに涼風丸さん達が疑問の声を上げた後、一度深呼吸をしてから言葉を続けた。
「先程、そのご友人が無くなったのを聞いた時に怒りが沸々と湧き出し、村人や山伏達を血祭りに上げてやろうと思ったと、涼風丸さんは言っていました。けれど、その時に同時に自分に対しても怒りを覚えていたんじゃないですか?」
「ふん……くだらんな。何故、我が自分に対して怒りを覚える必要があるのだ?」
「涼風丸さん自身が行動を起こしていれば、そのご友人を助けられる可能性があった事に気付いたからです。村人達が涼風丸さんを良く思っていなかったのは、人間達が本来持っている異種への恐れのせいで、涼風丸さんはそれに気付いていながらも自分には関係ないと思ってそれを放置していた。けれど、涼風丸さんと村人達の間に少しでも信頼感があれば、そして村人達が抱いていた恐れを少しでも無くしておけば、涼風丸さんと村人達が心からわかり合えなくとも、そのご友人が村人達に殺される事は無かったかもしれない。ご友人が殺されてしまったのは、涼風丸さんが言うように妖と仲良くしている人間を
「け、けど……涼風丸さんのご友人と村人達は今まで仲良くしていたんですよね? それなのに、どうしてそれだけで自分達とは違うモノだなんて思えるんですか……?」
「それが集団的な心理だからだよ。これは人間に限らないけど、生き物というのは同じような考えや嗜好を持つ者同士で集まろうとする傾向がある上、そこから外れようとする者や外れている者を排除したがるものなんだ。もっとも、その外れ者が何かに秀でた者だったり自分達に益をもたらす者なら多少の恐れを感じながらも受け入れはする。けれど、それに当てはまらない者やあまりにも異質だと感じた者は進んで排除しようとする。たとえ、その外れ者が自分達と敵対しようと思っていなくてもな」
「そんな……」
「今回の場合は、自分達のように妖に対して恐れを感じず、妖を守ろうとした涼風丸さんの友人の事を村人達や山伏達が
「……そして、そうしてこなかった自分に対して我自身が怒りを覚えている、と?」
「ええ、俺はそう思っています。何故なら、涼風丸さんは本当は責任感が強いとても優しい人――いや、妖だから」
「……責任感が強く優しい妖だからと言って、必ずしもそう思うわけでも無いと思うが?」
「確かにその通りです。けれど、涼風丸さんはそうだった。そうじゃなければ、自分から深水に出向いて青八さん達に声を掛けに行かないですし、またいつ嵐が吹き荒れるかも分からない状態で俺達がいた島まで飛んでこようなんて思いませんから」
涼風丸さんの目を真正面から見つめながら「どうですか?」と訊くと、涼風丸さんは真剣な目でしばらく俺の目を見つめ返した後、諦めたように一度息をついてから静かに口を開いた。
「……半分正解だが、半分は不正解だ。確かに我は責任感が強い方だと自負はしているが、それはあくまでも自分が主体となった事柄などに対してだけであり、少ししか関わっていない事などであればそれ以上関わるつもりもない。今回も我の依頼によって起きた出来事であったが故に関わったが、たとえ心が冷たいと言われようとも基本的にその姿勢を変えるつもりはない」
「……そうですか」
「……だが、お前達においては別だ」
「え?」
「……あの日も言ったように、人間を認める気は未だ無いが、お前という半人半妖の事は認めている。元々、我らのような妖に好意を持っているとは言え、己に対して敵意を持っている者の依頼を引き受け、命すら落としそうになったにも関わらずそれについて恨み言の1つすら言わない寛容さや自分とは違う種の者すら自然に友にしていくその求心力。そんな力を持っている者であれば、認めざるを得ない。そして、依頼を引き受けてもらった分の恩義もあるからな」
「涼風丸さん……ありがとうございます」
「礼には及ばん。むしろ、我の方が礼を言うべきなのだからな」
「と言うと……?」
小首を傾げながら訊くと、涼風丸さんは少しだけ気恥ずかしそうな様子でコホンと咳払いをしてからそれに答えた。
「……お前という
「……ふふ、それでも俺は嬉しいですよ」
「……そうか」
「はい」
ニコリと笑いながら答えた後、俺が篝と顔を見合わせてクスクスと笑うと、涼風丸さんはまだ少しだけ気恥ずかしそうな様子を見せながら再び緑茶を一口だけ飲んだ。
どんなきっかけであっても、誰かと仲良くなれるのは決して悪い事じゃない。それは人間同士や妖同士に限らず、人間と妖のような異種族間でも同じ事だ。だからこそ、これからもこの妖世界の住人達との絆を紡いでいこう。いつか人間と妖の架け橋のような存在にもなれるように。
そして、涼風丸さんの方へ向き直った後、俺と篝はニコリと笑いながら涼風丸さんに手を差しだした。
「改めて、これからもよろしくお願いします、涼風丸さん」
「よろしくお願いします、涼風丸さん!」
「……ああ、こちらこそな」
涼風丸さんがフッと笑いながら答え、俺達の手を静かに取った後、俺達はそのまま握手を交わした。その瞬間、涼風丸さんの名前と同じ涼風が離れの中へと吹き、それと同時に先程まで重かった空気はとても澄んだ気持ちの良い空気へと入れ替わり、俺達の心にもこれからの事を応援してくれているようなとても気持ちの良い追い風が吹いてきたような気がした。
政実「第10話、いかがでしたでしょうか」
龍己「今回の話でまた新しい仲間も増えたけど、幾つかこれから先に恐らく明かされるであろう謎も出てきたな」
政実「そうだね。うまく膨らませていけるかは不安だけど、精一杯頑張ってみるつもりだよ」
龍己「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
龍己「ああ」
政実・龍己「それでは、また次回」