妖世界の半人半妖   作:九戸政景

4 / 16
政実「どうも、初めましての方は初めまして。別の作品を読んで頂いてる方は、いつもありがとうございます。
作者の片倉政実です。
今回からまた新しい作品を投稿していきます。
この作品は原作の無いオリジナル作品なので少し不安ですが、楽しんで読んで頂けたら幸いです。
これからよろしくお願いします。
さて……それでは、第1話をどうぞ」


本編
第1話 妖怪達が住まう街


 春の暖かな陽射しを浴びて、桃色に輝く桜の花弁(はなびら)が舞い踊る中、俺は綺麗な緑色の着物を着た少女と共に桜並木を歩いていた。

 ……うん、やっぱり桜って綺麗だな。

 頭上で静かに咲き誇る桜の花を見ながら、そんな事を思っていると、隣を歩く少女が申し訳なさそうに声を掛けてきた。

「あの……本当にありがとうございます。あまりこの辺りの事を知らなかったので、助かりました」

「あはは、さっきも言いましたけど、これくらい別に良いですよ。いつも帰りにはその近くを通ってますし、今回は俺も稲荷神社に用事があったわけですから」

 隣を歩く少女にニッと笑いながら言うと、少女は優しく微笑みながら静かに頷いた。周囲では変わらず桜の花が咲き乱れ、風によって桜の花弁がまるで舞踏会をしているかのように舞い踊り、俺達が進んでいる道へとひらひらと舞い落ちる。

 ……さて、何故俺がこんなことになっているかを話すとしよう。

 それは数分前の事だった。

 

 

 

 

「今日も学校ダルかったなー……」

 高校からの帰り道、俺は空を見上げながらそう一人ごちた。勉強は文系教科以外はあまり好きじゃないから、今日みたいに理系教科が多い日は辛く感じる。別に理系教科が苦手とかでは無いんだが、文系教科の方が興味を強く惹かれるから、個人的には文系教科が多い日の方が良かったりする。

「こんな時こそ何か出ないかな~。妖怪とか幽霊とか~」

 そう、俺が文系教科、特に国語が好きな理由がこれだ。昔から妖怪とか幽霊とかそういった超常的なモノ達が好きで、そういったモノ達の出てくる本を読み漁っていたら、いつの間にか国語が得意になったのだ。もちろん、携帯があればネットからそういったことについての文献を拾ってこれるんだが、俺は現代の高校生にしては珍しく携帯を持っていないため、基本的に学校の図書室や地域の図書館でその手の本を読むしか無いのだ。

 ……あ、そうだ。

「……この近くの稲荷神社にでも行ってみるかな? 同じ部活の奴等が何かを視たとか言ってたし。うん、ついでに学業成就のお参りもしとこうかな 」

 そう決めた後、俺は近所の稲荷神社の方へと足を向けた。さて、この話の通り、俺の住んでいる地域には稲荷神社が一社存在する。その神社は地元の人もよく御参りしていて、夏休みとかになると子供達の遊び場にもなっていたりするため、地域の人達にとっては、ちょっとした憩いの場みたいになっている。ところが、その神社で最近妖怪や幽霊を視たという人が出たらしく、更にその人数はどんどん増えた事で、お年寄りの中ではお稲荷さんが悪人達を懲らしめるために魑魅魍魎を呼び寄せているという話にもなっているようだ。

 でもなぁ……。

「お稲荷さんが勧善懲悪で魑魅魍魎を呼び寄せているとか聞いた事無いけどなぁ……むしろ自分でやりそうだし」

 本来は農業の神様らしいが、祟り神としての側面もあるとか聞いた事があるから、その真偽は分からないながらもついついそう考えてしまう。

 そんな事を考えながら、稲荷神社へ向けて歩いていた時、ふと視界に小さな桃色の物が入ってきた。

 ……これって、桜の花弁か?

「そっか……この辺の桜、もう咲いてるのか……」

 俺は道の途中にある桜並木を見ながら、ふとそんな感想を漏らした。この桜並木は昔からあるらしく、この時期なんかは花見客でよく賑わったりするんだけど、時間的な事もあってかまだそういう人達は見掛けない。

「花見とか何時からやってないかな……たぶん、もう2年くらいやってない気がするな……」

 でもそれは仕方の無いことだ。俺も学校や部活動があるし、両親も共働きなので、一人で夕飯を食うとかは今となっては日常茶飯事だからだ。

「どうせだし、部活の仲間でも誘ってみようかな?」

 そんな事を考えながら、再び歩き始めようとしたその時だった。

「……ん? 誰だろう、この辺じゃ見掛けない顔だけど……?」

 道の先の方に綺麗な緑色の着物を着た長い黒髪の少女が立っているのが見えた。その少女は、とても綺麗な顔付きをしており、背丈や雰囲気などから同い年くらいだと感じた。そして、手に紫色の風呂敷包みを抱えながら、何かを探しているように周りを見回していた。

 うーん……どうやら困ってるみたいだし、何か手伝えないか訊いてみるか。

 俺はその少女の事が気になったため、とりあえず話し掛けてみることにした。

「あの……すいません。何かお困りですか?」

「……え? えっと、貴方は?」

「あ、俺はこの辺りに住んでいる者です。貴女が何か困っているように見えたので、何か助けになれないかなと思って」

「あ……そうだったんですね。

 ……実はこの近くにある稲荷神社に用事があるんですが、お恥ずかしながら迷ってしまって……」

「あ、良ければそこまで案内しましょうか? 俺もちょうど稲荷神社に行く所だったので」

「え、でも……よろしいんですか?」

「ええ、困っている人を見てみぬ振りは出来ませんから。

 さて、それじゃあ、行きましょうか」

「はい……」

 少女の返事にコクンと頷いてから、俺は少女と共に稲荷神社へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 ――ということがあったため、俺は現在稲荷神社に向けて、 少女と他愛ない話をしながら一緒に歩いている。

 ん、そういえば……。

「そういえば……稲荷神社に用事があると言っていましたけど、何の用事なんですか?」

「えっと……実は、これからある人と会うことになっていて、その人との待ち合わせ場所がその稲荷神社なんです」

「なるほど……ん? 因みにその人はこの辺りに住んでいる人なんですか?」

「あ……はい。そのように聞いています」

「それだったら……その人に迎えに来てもらうことも出来たんじゃ……?」

「実は……今日は他の用事で遅くなるとのことだったので、早めに行って待ってようと思ったんです」

「あ、なるほど」

 こんなに綺麗な人なんだし、その待ち合わせの相手も彼氏とかなのかな?

 そんな事をボンヤリと考えつつ少女と話している内に、俺達は目的の稲荷神社に到着した。

「あ、着きましたよ。ここが稲荷神社です」

「ここがそうなのですね……あの、本当にありがとうございました」

「いえいえ、それじゃあ俺も用事を済ませようかな」

 俺は神社の境内へと進み、参道を歩いて拝殿の前に立った。

「えーと、確か御参りの方法は……まずお賽銭を入れて、次に鈴を鳴らしてから、二礼二拍一礼だったよな。それで願い事は二拍と一礼の間にするだったよな」

 俺はお賽銭を入れた後、拝殿の鈴を鳴らし、二礼二拍をした後に、願い事を念じた。

『何でも良いので、何か楽しいことが起きますように』

 その後、しっかりと一礼をして、俺は参道を通って鳥居まで戻ってきた。そして、さっきの少女に一言言ってから帰るべく、少女へと話しかけた。

「それじゃ、俺はこれで」

「はい。この度は本当にありがとうございました」

「いえいえ、それじゃあ――」

 そして帰ろうとしたその時、胸に何かがぶつかったような感触があった。

「……え? 今、胸の辺りに何かぶつかって――」

 見てみると、そこには一本の矢が刺さっていた。矢は心臓の位置をしっかりと捉えていたため、そこからは血が勢い良くドクドクと染み出し、制服を徐々に血で赤く染め上げていった。

「くっ……! な、何なんだよ、これっ……!」

 俺はその鈍い痛みに耐えつつ声を上げたが、流血の影響から体がふらつき、不意にその場に片膝を付いた。そして、その衝撃で持っていたカバンが道へと転がっていった。

「だ、大丈夫ですか!?」

 そんな俺の姿を見てか、少女が大きな声を上げながら駆け寄ってきた。

「はぁ……はぁ……! に、逃げてください……!ここは今、危ないです……から」

「でも!」

「はぁ……はぁ……! ぐ……俺は大丈夫ですから、貴女は早く逃、げ……」

 そこまで言った時、俺の体は更にグラッと揺れ、そのまま地面へと倒れ混んだ。そして、それと同時にだんだん意識が遠のいていった。

 はは……まさか人生がこんな形で終わるなんてな……。でも、こんな形で終わるなんてのも中々経験出来ないし、それはそれでありなのかな……?

 そんな事を考えた後、俺の意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

「大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」

 私は必死になってその人の体を揺さぶりながら声を掛けた。けれど、その人から答えは一切返ってこず、その体が徐々に冷えていくのを感じた。

「そ、そんな……」

 目に涙を浮かべながら呟いたその時――。

「フン、お嬢さんに取り入ろうとは……まったく、人間風情が話し掛けて良い御方では無いというのに……」

 神社の方からいつも聞いている声が聞こえ、そちらへ顔を向けると、そこには弓と矢筒を背負った声の主――羅紗(らしゃ)の姿があった。

「…… 羅紗、これは貴方の仕業だったのね……?」

「ええ。お嬢さんにそこの人間風情が気安く話し掛けていたものですから。

 それに人間なぞ大したこと無い連中ばかりで――」

 冷たい眼で言う羅紗の言葉に被せるようにしながら、私は怒りを必死に抑えつつ羅紗に指示を出した。

「羅沙。急いでこの方をお店へと連れていって下さい。お父様なら何か方法を知っているかもしれませんから」

「お嬢さん……? その人間は既に事切れて――」

「羅沙、もう一度だけ言います。急いでこの方をお店へと連れていって下さい」

「……畏まりました」

 羅沙はしぶしぶ答えた後、人間の方を少し乱暴に背負うと、神社の拝殿の方へと歩いていった。私も羅沙の後に続いて急いで歩き出した。

 この方を、絶対に助けなければ……!

 私は羅沙に背負われている人間の方を見ながら強く決心しつつ、羅紗と一緒にお父様の元へと向かった。

 

 

 

 「ん……」

 俺は小さく声を上げながら静かに目を覚ました。そして、ゆっくりと体を起こしてみると、そこはまったく見たことがない場所だった。

「……あれ、ここはどこなんだ……?」

 俺は周りを見渡しながら小さな声で呟いた。

 周りには障子や木で出来た棚、少し大きめの箪笥や文机などがあり、どうやら俺はその真ん中辺りに敷かれた布団で寝ていたようで、よく見てみると小綺麗な青色の着流しを着ていた。

「でも、何で俺は寝てたんだっけ? ……あれ、そもそも俺は……()なんだ?」

 分からない……これってまさか、記憶喪失って奴か……?

 俺が自問自答していると、障子の方から誰かの足音がした。そして、その足音が部屋の前で止まると、障子がスッと開かれ、それと同時にとても安心したような声が聞こえた。

「……あぁ、良かった……意識が戻られたんですね……!」

 そこには綺麗な顔付きの緑色の着物を着た長い黒髪の少女の姿があり、少女の顔には先程の声と同じような安心の色が浮かんでいた。それだけなら俺もそこで終わらせるが、その少女の頭には何故か狐のような耳が、そして腰の辺りには尻尾のような物が見えていた。

「えっと……その耳は……?」

「あ……えっと、これはその……」

 ……どうやら耳については、何か理由があるみたいだし、ここは訊かないでおくか。

 少女の困っている様子からそう判断した後、俺は少女にニコッと笑いながら声を掛けた。

「あ、言えないことならこれ以上は聞きませんから、安心してください」

「あ……ありがとうございます。……ふふ、やっぱり貴方はお優しいですね」

 ……へ、やっぱり……?

「あの……やっぱりっていうのは……?」

「え……それはさっきのことで――」

 その瞬間、少女の表情には驚きの色が浮かんだ。

「……もしかして、何も覚えてらっしゃらないのですか?」

「す、すいません……貴女の事どころか、自分の事すら分からなくて……」

「そ、そんな……」

 その少女は、口を手で押さえながら消え入りそうな声で言った。

 もしかして知り合いだったのかな……だとしたら、申し訳無いことをしたな……。

 少女を見ながらそんな事を思っていると、障子が再び開き、少女同様に狐のような耳と尻尾が付けた深い青色の着流しを着た少年が部屋に入ってきた。

「お嬢さん、旦那様がお呼びで……ってお嬢さん!? お加減でも悪いのですか!?」

 少年がとても心配そうな表情を浮かべながら声を掛けると、少女はハッとした表情を浮かべた。そして、すぐにキリッとした表情に変わると、少年に対して真剣な声で返事をした。

「いえ……大丈夫ですよ、羅沙。ただ今参りますと、お父様にそう伝えてもらえますか?」

「承知しました」

 そう返事をしながら少年は恭しく頷いた後、部屋から静かに出てから障子をゆっくりと閉めた。

「えっと、さっきの方は……?」

「このお店の手代で、名は羅沙と申します」

「手代……という事は、ここはお店だったんですね」

「はい、私の父が営んでいる呉服問屋兼仕立屋です」

「呉服問屋……」

 呉服屋か……通りでこの人もさっきの人も綺麗な着物を着ているわけだ。心の中で静かに納得していると、少女は優しく微笑みながら声を掛けてきた。

「あの……申し訳ありませんが、私と一緒にお父様のお部屋まで来て頂けますか?」

「えっと……何故ですか?」

「貴方の意識が戻って、起き上がれるようならば、少しお話ししたいとのことだったので……」

「なるほど……分かりました。それでは、案内をお願いしますね」

「はい」

 少女の返事にコクンと頷いてから俺は部屋を一緒に出て、少女の案内に従って中を歩いて行った。

 

 

 

 

 歩き続ける事数分、俺達は大きな部屋の襖の前にいた。少女は慣れた様子で襖を静かにノックすると、中に向かって静かに声を掛けた。

「お父様、 碧葉(あおば)です」

「ああ、碧葉か。入ってきてくれ」

「失礼致します」

「失礼します」

 少女――碧葉さんと一緒に部屋に入ると、そこにはどことなく碧葉さんに似た優しそうな顔の男性が座っていた。そして、その人には碧葉さん達と同じ様な狐の耳と尻尾が当然のように付いていた。

 やっぱり耳と尻尾が付いてるな……碧葉さん達の姿から察するに、もしかしてここは妖狐が営む呉服問屋兼仕立屋なのかな?

 そんな事をボンヤリと考えていると、碧葉さんが俺の事をチラッと見ながら男性に話し掛けた。

「羅沙がご迷惑をかけた人間の方もお連れしました」

「うん、ありがとうね、碧葉」

 男性は碧葉さんにニコリと微笑んだ後、俺へと視線を移した。

「さて……初めまして、私はこの呉服問屋、 『狐雨福屋(こうふくや)』の主の 龍三郎(りゅうざぶろう)と申しますこの度は私共の手代が貴方にとんだご無礼を致しました事、本当に申し訳ございませんでした」

 男性――龍三郎さんはそう言いながら頭を深く下げたが、俺にはやっぱり何が何だかだった。

「えっと……そう謝られても、今の俺には何の事だかさっぱりなのですが……」

「……つまり、その時の記憶が無いという事ですか?」

「その時の記憶だけでは無く、自分の事もさっぱりで……」

 俺が軽く自分の状況について話すと、龍三郎さんは難しい顔をしながら静かな声で言った。

「……恐らくそれは、ショックによるものと思われます」

「ショック……ですか?」

「ええ。覚えていないかもしれませんが、貴方は羅紗が放った矢が心臓に当たった事で、一度息を引き取っています。その時のショックによって、記憶の一部が消失してしまったのだと思います」

「なるほど……あれ? 俺は死んだ筈なのに、何故生きているんですか?」

「それは……私が貴方をある秘術を用いて、蘇らせたからです」

「ある秘術……ですか?」

「ええ。ですがまずは……ここがどこかというところ事などを説明する必要がありますね」

 龍三郎さんは一度言葉を切ってから、再び話し始めた。

「今、私達がいるのは (あやかし)達が住む世界にある街の1つ――『妖怪街・不忍』です」

「妖……ですか?」

「はい。もう薄々お気付きだとは思いますが、私もこの碧葉も、そして呼びに行かせた羅沙も妖狐です」

「やはりそうだったんですね」

「はい。この世界には私達妖狐だけでなく、人間世界で伝えられている様々な妖達が生活をしています」

「人間世界で伝えられている妖怪達が……」

「……やはりすぐには信じられないですよね」

 俺の様子を見て、龍三郎さんは優しい笑みを浮かべながら静かな口調で言う。

 妖達が住む世界か……何だかまだ信じられないけど、龍三郎さんの眼はとても真剣な眼だ、そんな人が嘘をつくとは思えない。

 そう思った後、俺は静かに言葉を返した。

「いえ、信じますよ。貴方の眼は嘘をついてるような眼には見えませんから」

「ありがとうございます。それでは次に秘術について説明致します」

「俺を蘇らせるために使ったという秘術ですね」

「ええ。これは 『反魂の秘術(はんごんのひじゅつ)』と呼ばれているものです。ですが……この秘術は本来、人に用いるものではありません。人間の方、少し体――具体的には丹田の辺りに力を入れてもらえますか?」

「ええ……構いませんけど……?

 龍三郎さんの言う通り、俺は丹田の辺りに力を入れた。すると、何故だか頭と尻の辺りがむずむずし始めた。

 え……何だろう……?

 不思議に思いながらその箇所に手を触れると、そこにはふさふさの毛が生えた少し固めの尖った物があった。

「まさか、耳と尻尾が生えてる……?」

 そう、その形から判断するに、その箇所には狐の耳と尻尾が生えていた。

 でも、何で俺に耳と尻尾が……?

 俺が不思議に思っていると、龍三郎が静かな声で話し始めた。

「それは反魂の秘術によるものです。反魂の秘術は古来から妖達に用いられたものなため、それを無理に人間へと使ってしまったことで、人間の血のおよそ半分が妖の血に変異してしまったのだと思います」

「そんなことが……」

 血の半分が妖……つまり、俺は半人半妖になったということか。

 耳と尻尾の感触を静かに確かめながらそんな事を考えていると、龍三郎が本当に申し訳なさそうな表情を浮かべながら、静かに頭を下げた。

「人間の方、本当に申し訳ありません……!本来であれば人間として生きていく筈のところを、このような事態になってしまい本当に申し訳ありませんでした……!」

「龍三郎さん……」

 その龍三郎さんの姿から、本当に申し訳無いと思っている事が強く伝わってきた。

 さて……俺はどうしたいんだろう。いきなり死んだと思ったら、半人半妖として生き返ったわけだけど、俺はこれからどのようにしていきたいんだろう。

 そんな事を心の中で自問自答していたが、何度考えてみても浮かんできた答えは一つだった。

 ……うん、そんなのは決まってるよな。

 俺は自分が導き出した答えに静かに頷いた後、龍三郎に向かってニコリと微笑みながら声を掛けた。

「龍三郎さん、顔を上げてください」

「人間の方……」

「俺はもう受け入れましたから、自分の記憶が無いことも、半人半妖になったことも全て」

 そう、なってしまったのなら、もういっそのこと受け入れてしまった方が楽だ。今更嘆いたところで人間に戻ったり、記憶が戻ったりする訳じゃない。だったらこの状況を受け入れて、楽しもうとしてしまう方が良いんだと思う。

「だから顔を上げてください、俺は龍三郎さん達を恨んだりしてませんから」

「人間の方……本当にありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ生き返らせて頂きありがとうございます」

 俺は龍三郎さんに対して静かに頭を下げた。

 生き返ったからにはこの半人半妖としての生活を精一杯していこう。それが今の俺に出来る事だから。でも、次に考えなきゃ無いのは……どうやってその半人半妖としての生活をして行くか、だな。人間の世界に戻ったところで、何かの拍子でボロが出てしまうことは十分にあり得る。……ふむ、それなら。

「龍三郎さん、少し一つ訊いても良いですか?」

「はい、何でしょうか?」

「この辺りに長屋みたいな物はありますか?」

「長屋……ですか。あることはありますが……」

 俺の質問に龍三郎さんは少し考えながら答えた。俺の出した答え、それはこの妖怪達の世界に住むことだ。ここでなら妖側としての力が出ても問題は無いどころか、この力を何かに活かせるからだ。

 後は龍三郎さんに長屋に案内してもらって、後は奉公させてもらえる場所を見つければ……。

 俺がこれからの事について考えていると、龍三郎さんが話し掛けてきた。

「人間の方。私の提案を聞いて頂けますか?」

「提案……ですか?」

「はい、貴方にはこの度、本当にご迷惑をお掛けしました。そのお詫びとしてなのですが、この狐雨福屋の離れ――貴方が眠っていた部屋を貴方の住む場所としてご提供したいと思うのですが、いかがですか?」

「え……それはとてもありがたいですけど、本当によろしいんですか?」

「ええ、離れは現在誰も使ってはいませんから。それに貴方のような方に使っていただけるなら、私たちとしても問題はありません」

「……分かりました。ただ……それだけだとやはり申し訳ないので、ここで働かせて頂けませんか? 呉服屋としての知識は無いですが、雑用くらいならこなせると思いますので」

「……分かりました。それでは内では客人兼住人、そして世間には住み込みの小僧見習いという体で通すことにしましょう。人間の方、これからよろしくお願い致します」

「よろしくお願い致します」

「こちらこそよろしくお願い致します。龍三郎さん、碧葉さん」

 俺達は握手をしながら、挨拶をしあった。

 これからどんなことになるかは分からないけど、それすらも楽しんで過ごしていこう。

 そんな事を考えていたその時、俺はある事に気付いた。

 あ、そういえば……。

「龍三郎さん、一つ訊いても良いですか?」

「はい、何でしょうか?」

「俺が死んだ場所に、何か名前の手がかりになる物などは残ってなかったのですか?」

 そう、今は青色の着流しを着ているが、前の俺はたぶん着流しではない別の服を着ていたはずだ。それに、流石に何も持たずに出掛けたりはしないと思うから、何か持ち物さえあれば、手がかりくらいは見つかるかもしれないしな。

 しかし、龍三郎さんは静かに頭を振りながら申し訳なさそうに答えた。

「……申し訳ありません。貴方をここに運んだ後に、その場所を羅沙に見てきてもらったのですが、人間の方々が既に大勢いて、貴方や着ていらした衣服以外は何も持ち帰ることは出来なかったとのことです」

「そう、ですか……」

 残念だな……前の俺についての物があったら、一応手元に置いておきたかったんだけど……まあ、無いならしょうがないよな。

 俺がそんな事を考えていると、龍三郎さんは真剣な表情を浮かべながら声を掛けてきた。

「人間の方。ある場所へ貴方をご案内したいので、これから私に付いてきてもらっても良いですか?」

「あ、はい。もちろんです」

「ありがとうございます。では碧葉、少しだけこの方と外に出てくるよ」

「分かりました。行ってらっしゃいませ、お父様、人間の方」

「はい、行ってきます」

 碧葉さんに微笑みながら挨拶をした後、俺は龍三郎さんと一緒に部屋から出た。

「さて、今から行く所の説明をしますね」

「あ、はい」

 そして、店の中を歩きながら龍三郎さんがその場所の説明をしてくれた。

「その場所は昔から 『映しの泉(うつしのいずみ)』と呼ばれています」

「映しの泉ですか……?」

「はい。その泉に自身の姿を映すと、その者の中にある力が何らかの形として見ることが出来ると言われています」

「そうなんですね」

「ええ。私も以前映したところ、金色の狐の姿を見ましたよ」

 妖狐らしいといえばらしいですけどね、と笑いながら言う龍三郎さんに対して、俺も微笑みながら静かに頷いた。そして店の出入り口の辺りまで来た時に、碧葉さんを呼びに来た妖狐の少年ー羅沙さんが反対側から歩いてきた。

「おや、ちょうど良いところに。羅沙、ちょっと良いかい?」

「はい、旦那様」

 龍三郎さんに呼ばれて、羅沙さんが近寄ってくると、龍三郎さんは静かな声で羅紗さんに再び話し掛けた。

「今からこちらの方と一緒に、映しの泉まで行ってくるから、それまでの留守番とお客様のお相手は頼んだよ」

「かしこまりました、旦那様。行ってらっしゃいませ」

 羅沙さんはピシッとした様子で答えると、そのまま店の奥の方へと歩いていった。そして、それを見送った後、龍三郎さんはニコリと笑いながら声を掛けてきた。

「それでは私達も行きましょうか」

「はい」

 龍三郎さんの言葉に頷きながら答えた後、俺達は店の木戸を通り街の中へと出た。すると、妖達が住む世界というだけあって、街の至る所で妖が生活をしており、もうすぐ夕方という時間にも関わらず、街の中は活気に満ちていた。

「妖達が住む世界っていうだけあって、色々な妖怪がいますね。それに……物凄く賑わっていますね」

「ええ、この不忍はその名前の通り、忍ぶ――静まり返る事が無い程に賑やかな街ですし、この名前はそれだけ賑やかな街になって欲しいと願って付けられたと聞いています。それに、ここには古今東西の妖達が集まっていますしね」

「そうみたいですね。今見えてるだけでも……ろくろ首に河童、目目連(もくもくれん)火車(かしゃ)もいますね」

「おや、よくご存じですね」

「はい。たぶん、前の俺はこういった妖達が好きだったんだと思います」

「ふふ、そうかもしれませんね」

 俺達はそんな事を話しながら、妖達が生活をする街――『妖怪街・不忍』の中をひたすら歩いていった。

 

 

 

 

 歩き始めてから十数分後、俺達の目の前に少し大きな泉が現れた。

「着きましたよ。ここが映しの泉です」

「……なんというか、凄い綺麗な場所ですね……」

 映しの泉はどうやら街の外れにあるらしく、周りが木々などの自然で囲まれていた。そして、件の泉の水はとても澄んでおり、その水面にはとても綺麗に周りの景色が映りこんでいた。

「ここは遙か昔、強大な力を持った妖が造ったと云われているのです」

「何のためにですか?」

「そうですね……詳しくは伝えられていないのですが、昔は妖達の中での争いが絶えなかったと聞いています。恐らくそういった妖達の心を落ちつかせることが出来る場所が必要だったから、そして自分自身の姿と妖力の姿を見て、自分の事を見つめ直して欲しいと思ったからなのだと、私は思っています」

「なるほど……」

 龍三郎さんの解説を聞きながら、俺は映しの泉の綺麗さに心を奪われていた。

 ……龍三郎さんがここに連れてきてくれたのは、もしかしたら俺に気分を変えて欲しいからなのかな。

 そう思いながら、俺は泉へと足を進めた。

「ここに自分の姿を映せば良いんですよね?」

「はい」

 龍三郎さんの返事にコクンと頷いてから俺は泉の水に近づき、自分の姿を泉の水に映した。

 すると、泉の水に突然波紋が広がり、広がっていく波紋の中に何かの姿が見え始めた。

 これは……。

「青龍……かな。後ろには花が咲いてるけど、これは確か鈴蘭だっけ……?」

 とても大きな青龍の後ろに揺れる鈴蘭……どういう意味を持っているんだろう?

 そう思っている内に、波紋の中の青龍と鈴蘭は消え、泉の水は再び景色と俺の姿だけを映し出した。そして、俺が泉から龍三郎さんの元へ戻ると、龍三郎さんは静かに首を傾げながら声を掛けてきた。

「どうでしたか?」

「青龍と鈴蘭の花の二つが映りました」

「青龍と鈴蘭ですか……私の知る限り、二つの物が一度に映るのは初めてですね」

 龍三郎さんは不思議そうにしているが、俺には何となく理解が出来た。青龍と鈴蘭の二つはたぶん人間としての俺と妖怪としての俺を表しているんだろう。根拠は無いけど何となくそんな気がした。

 ……あ、そうだ。

「龍三郎さん」

「はい、何ですか?」

「あの青龍と鈴蘭を使って、自分に名前を付けようと思うのですが、どうでしょうか?」

「はい、とても良いと思いますよ。それでどのような名前にするのですか?」

「そうですね……まず人間としての名前ですが、狐の耳と尻尾のイメージから稲荷(いなり)、そしてさっきの青龍から龍己(りゅうき)、更にそれらを合わせて 稲荷龍己(いなりりゅうき)としようと思います。次に妖怪としての姿ですが、これはさっきの鈴蘭をそのまま使って、鈴蘭と名付けようと思います」

「稲荷龍己と鈴蘭ですね。……うん、私はとても良いと思いますよ、龍己さん」

「ありがとうございます、龍三郎さん。あ……それと、別に俺の事はさん付けじゃなくても良いですよ。さん付けされるのは何だかこそばゆいので……」

「ふふ、分かりました。それでは改めて……これからよろしくお願いしますね、稲荷龍己君」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

 サワサワという風によって揺れる木々の音を聴きながら、俺と龍三郎さんは静かに笑い合った。

 青龍の季節は春、そして鈴蘭の花言葉は再び幸せが訪れる。春は出会いの季節なんていわれているし、これからこの世界で、俺は色々な妖怪達と出会うだろう。でもそんな妖怪達と共に幸せな生活をしていけるように精いっぱい頑張っていこう。

 これからの人生の事を思いながら、俺は静かにそう誓った。

 

 

 

 

「ふう……今日は色々あったからか本当に疲れたなぁ……」

 その日の夜、俺はこれから自分の部屋になる離れに布団を敷きながら今日一日の出来事を想起していた。

「……全く覚えてはいないけど、人間時代に矢が心臓に当たった事で一度死んで、この妖世界にあるこの不忍へと運ばれて、反魂の秘術で半人半妖として生き返った。そして、映しの泉で自分の人間としての俺と妖怪としての俺の二つの姿を見て、そこから新しい名前を付けた、か……。何度思い出してみてもやっぱり物語の中の話みたいだよな……」

 自分の身に起きた事ではあるのだが、この出来事がどこか現実味のない話のように思え、俺はその事に思わずクスリと笑っていた。そして、布団を敷き終えた後、ふとこの『狐雨福屋』へ帰ってきた後の事を思い出した。

「……それにしても、俺もよく自分を殺した相手の事を簡単に許せたもんだよな。その上、ついさっきまで一緒に夕飯まで食べてたわけだし」

 龍三郎さんと一緒に映しの泉からこの『狐雨福屋』へ帰ってきた頃、周囲の店は既に店仕舞いを始めており、この『狐雨福屋』もまた同じように店仕舞いを始めていた。そして、店の中へと入った時、ちょうど店先へ出て来ようとしていた羅紗さんが丁寧に出迎えてくれた。すると、龍三郎さんは途端に真剣な表情を浮かべ、自分達と一緒に部屋へ来るように言い、羅紗さんはそれに対して同じく真剣な表情を浮かべながら答えた。そして、龍三郎さん達と一緒に部屋へ行った後、俺は二人から自分が死んだ時の状況などを改めて教えてもらい、羅紗さんからの謝罪を受けた。どうやら俺が眠っている間に羅紗さんは今回の件について龍三郎さんからしっかりと事情を聞かれ、その上でお叱りを受けていたらしく、羅紗さんの処遇については被害者である俺に一任するとの事だった。つまり、羅紗さんを生かすも殺すも俺次第という事になったのだが、俺は結果として羅紗さんの事をお咎め無しにする事にした。確かに羅紗さんがあの時に勘違いをしなければ、俺は今でも人間として生きていた。けれど、羅紗さんはあくまでも碧葉さんを守るという使命を守ろうとしてそういう行動を取ったわけであり、ただの人間だった頃の俺にもそう思わせてしまうような非があったかもしれないため、俺は羅紗さんの事を許す事にしたのだった。他人からすれば、俺の判断は非常に甘いのかもしれないが、何となく人間だった頃の俺も同じような判断をするような気がしたため、俺はそう決めた事を龍三郎さん達に告げた。

 見ず知らずの人――いや、妖に普通に話し掛けた上に一切警戒すること無く道案内までしてたみたいだからな。この様子だと人間だった頃の俺は、結構なお人好しだったんだろうな……。

 以前の俺に対してそんな印象を抱いている内に羅紗さんの件については終わり、その後は向こう側では行方不明という事になっている俺の事について話し合ったが、中々良い案は出なかったため、それに関しては良い案を思いついた時にもう一度話し合う事に決まった。そして、龍三郎さん達と夕食を食べた後に風呂へと入り、そのままこの離れへと戻ってきて今に至るのだった。

「まあ、自分の選択に一切後悔なんてしてないし、これから羅紗さんともしっかり仲良くなっていければ良いな」

 そんな事を独り言ちながら布団を敷き終えた瞬間、疲れや安心からか思わず大きな欠伸をしていた。

「……さて、明日からも頑張るために眠りたいところだけど、せっかくだから日記でも付け始めるかな。あ、でも日記帳が無いか……」

 独り言ちながらふと文机に目を向けたその時、文机の上に一冊の本のような物と四角い物が置かれているのが見え、俺は不思議に思いながら文机に近付き、本のような物を静かに持ち上げた。すると、それは新品の日記帳であり、その傍に置かれていたのは同じく新品の筆と硯、そして墨のセットだった。

「……まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように置かれてるけど、これは使っても良いのかな……?」

 夕食時に龍三郎さんから離れにある物は自由に使って良いと言われてはいたが、この新品の日記帳達を使うのは何となく気が引けていた。

 ……けど、使わないのも何だか逆に申し訳ないし、ここはありがたく使わせてもらう事にするか。

 龍三郎さん達に対して心の中でお礼を言った後、硯で墨を摺って俺は今日一日の事について日記帳に書き留めた。そして、筆を紙から離して硯へ置いた瞬間、もう一度大きな欠伸が漏れ、それと同時に瞼が閉じそうになっているのを感じた。

「やっぱり眠いな……けど、筆と硯は洗わないといけないし、とりあえず台所を借りる事にするか」

 眠気でヨロヨロとしながらそのまま台所へ向かい、筆と硯に付いた墨を丁寧に洗い流した後、俺はそれらを風通しの良い所へと置き、一度厠へと向かった。そして、眠る準備をしっかりと整え、そのまま布団の中へ入った瞬間、ここまで我慢していた眠気が一気に襲い、瞼が勢い良く閉じ始めた。

「ふあ……それじゃあ眠るとするか……」

 瞼が完全に閉じきった瞬間、俺の意識はスーッと遠のいていき、程なくして眠りについた。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
龍己「オリジナル作品だから、他のと違って本当に何も無いところからのスタートだったな」
政実「うん、やっぱりその点は不安かな……
でも自分で書きたいと思って書いているわけだから、自分なりに頑張っていこうと思ってるよ」
龍己「了解した。それで次回の更新はいつ頃になるんだ?」
政実「他のとの兼ね合いもあるから、まだ未定かな。
それに呉服屋や反物とかの知識も少しずつ取り入れていかないといけないからね」
龍己「だな。そういえば俺が携帯を持ってなかったのは、作者の実話だよな」
政実「うん、でも今思えばそんなに苦労はしなかったかな」
龍己「そっか。
そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
龍己「だな」
政実・龍己「それでは、また次回」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。