妖世界の半人半妖   作:九戸政景

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政実「どうも、好きな本の種類は推理小説、片倉政実です」
龍己「どうも、稲荷龍己です。まあ、推理小説が好きだから、この作品にもそういう要素を取り入れたわけだしな」
政実「うん。ただ……本当に難解な謎とかはまだまだ作れそうに無いけどね」
龍己「まあな。ただそれに関しては、書いてく内にどうにかしていくしか無いだろうけどな」
政実「そうだね。極力、近い内にはそう出来るように頑張っていくつもりだよ」
龍己「ん、了解。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・龍己「それでは、第5話をどうぞ」


第5話 謎を追う狐と第二の惨劇

狐雨福屋を出た後、俺達は不忍の菓子司で手土産を購入し、そのまま深水へ向けて出発した。そしてその道中の事、肩に乗っている風之助が俺の顔を見ながら明るい調子で話し掛けてきた。

「それにしても、龍三郎の旦那が俺らの考えに賛成してくれたのは驚きやしたねぇ」

「そうだな。それに歴代の狐雨福屋の主がこういった事に自分から関わっていたり、お上の方に親密な関係の人がいたりするのも驚いたな」

「確かにそうですねぇ……。ただ、狐雨福屋は不忍の街が出来た辺りからあるってぇ話は聞いたことはありやすから、もしかしたらその辺りの関係かもしれやせんねぇ」

「そうかもな」

そんな会話を交わしたり、道行く他の妖達と会釈を交わしたりしながら、俺達は深水に向けて歩き続けた。

 

 

 

 

そして、出発してから小半時が過ぎた頃、俺達は深水の街へと辿り着いた。

「よし……到着だな」

「へい。にしても……やっぱりこっちに来るのにはちっと時間が掛かりやすねぇ」

「たしかにそうだな」

掛かったのはたった小半時とはいえ、それだけの時間を歩き続けてきた事で、足に少々怠さを覚えていた。

この様子を見るに、人間だった時の俺はあまり体力が無かったみたいだな。

……うん、これもせっかくの機会だし、少しでも体力を付けるために何かした方が良いかもしれないな。

そんな事を考えた後、俺は肩に乗っている風之助に声を掛けた。

「さて、それじゃあそろそろ行くか」

「へい! 龍己の旦那!」

そして俺達は深水の街の中へと入っていくと、深水の街中を歩いている町人の数が昨日よりも少し多いような気がした。

「……昨日の事件のせいか、歩いている町人の数が多いみたいだな」

「……へい。何せ、ここ最近の深水は小競り合いすら滅多に起きねぇ程平和な街でしたからねぇ……。おおよそ、七之助の旦那や他の下手人候補達を一目見ようと近くの街の連中も来てるんだと思いやすよ?」

「他の下手人候補……。あ……そういえば、他の下手人候補についてまだ聞いてなかったな」

「おっと、そういやそうでしたねぇ……。

そんじゃあ、七之屋に向かいながら他の下手人候補について話をさせて頂きやすね」

「ああ、頼む」

風之助は俺の言葉にコクンと頷いた後、他の下手人候補達についての説明を始めた。

「まず、七之助の旦那と今回殺された菫の幼なじみである、巳介(みすけ)です。コイツは、この深水にある小間物問屋『蛇ノ目屋(じゃのめや)』の若旦那でして、昨夜七之屋の近くの飲み屋で酒を飲んでたようで、その後に酔っ払って歩いている所を近隣の町人に目撃されてやす」

「……なるほどな」

「……ただですねぇ、この巳助って奴ぁ七之助の旦那の商売敵ではありやすけど、七之助の旦那と特に仲が悪いってぇことも無いみてぇで、時々七之屋を訪れては七之助の旦那に新しい小間物の案なんかを相談してるってぇ話でさぁ。そして殺された菫とも何の(いさか)いも無いらしいんですよねぇ……」

「つまり……今回の殺しに巳助さんが関わってる可能性は低いって事か?」

「んー……まあ、俺が聞いた限りではそう考えてる奴ぁ多いみたいなんですよねぇ。ただ……」

「ただ……?」

俺が首を傾げながら訊くと、風之助は少し声を低くしながら言葉を続けた。

「……この殺し、巳助が関わってる可能性が高ぇって、俺の瓦版屋としての勘が叫んでる気がするんでさぁ」

「……なるほど、瓦版屋としての勘か……」

「ええ。ただ、まったく根拠とかはねぇんですがね」

「そっか。まあでも……勘っていうのは、中々馬鹿には出来ない時もあるし、巳助さんが関わってる可能性っていうのも考えておいた方が良いだろうな」

……もしかしたら、誰も気付いていない動機みたいなのもあるかもしれないし、とりあえずあり得る可能性は全部追っておいた方が良いな。

風之助の話からそう考えた後、俺は次の下手人候補者を訊くべく、風之助に話し掛けた。

「それで、次の下手人候補者はどんな奴なんだ?」

「へい、それがですね……次に話す奴がこの殺しの下手人の最有力候補なんて言われてる奴なんです」

「下手人の最有力候補か……」

「へい、その通りで。それでソイツの名前が川吉(かわきち)、この深水に住む河童の野郎なんですが、こいつが中々の悪者でしてねぇ……。何度もお縄について奉行のお裁きを受けているにも関わらず、少し日を置いたらまた悪行を働くなんていうとんでもねぇ輩なんでさぁ……」

「なるほどな……」

「あ、それと……昨夜も七之屋近くを川吉がうろうろしてるところを見られてやして、その町人が言うには、

『何かを探してるようだった』

らしいんで」

「何かを探してるようだった……?」

「ええ。因みに七之助の旦那や菫とは何の関係もありやせんけど、腕っ節が強いのが自慢らしくて、日頃っからその辺の町人に喧嘩をふっかけたり、道行く女で自分の好みの女がいた時にゃあ連れがいても無理やり引っ張ってこうとしたりと、深水では札付きの悪として町人達から煙たがられてるような野郎なんでさぁ」

「ふむ……それだけ聞くと、確かにその川吉が最有力候補みたいだよな」

「その通りで。性格も粗暴な上、日頃の行いも(すこぶ)る悪い。おまけに他の街にいるゴロつきとも一緒にいる時があるとくれば、疑われてもおかしくない奴と言えやすねぇ」

「まあな……」

風之助の言葉に返事をしながら俺はその川吉という容疑者の事について考えを巡らせた。

ふむ……話だけ聞くと、川吉が下手人でも何らおかしくない。おかしくはないんだけど、どうにも引っかかるんだよな……。いかにも怪しい奴が下手人かもしれないっていうこの状況が……。それならむしろ――

「一番怪しくない奴が一番怪しい、か……」

ふとそんな事を呟いていると、風之助がキョトンとした様子で話し掛けてきた。

「龍己の旦那、何か言いやしたかぃ?」

「あ、いや……川吉が下手人である可能性は高いけど、川吉が下手人であるという状況がどうにも引っかかるなと思ってな」

「引っかかる……と言いやすと?」

「下手人候補の中で一番怪しい奴が下手人なのは別におかしいことじゃない。ただ、ここまで怪しい要素が揃った奴が下手人って言われると、何だか逆に違う気がしてくるんだよな」

「つまり……龍己の旦那の考えとしては、川吉が下手人では無いかもしれないという事ですかぃ?」

「いや、たぶん川吉はこの件に関わってはいる。ただ、その裏に真の下手人がいる気がする。それだけだよ」

「真の下手人……なるほど、もしソイツがいるなら、ソイツが川吉に殺しかその手伝いを頼んでいた可能性があるって事ですね?」

「ああ。ただ、その考えが正しいとすると、七之助さんが真の下手人である可能性だって浮上してくる。こう言いたくはないけど、誰が何を考えてるかなんて当人にしか分からないからな」

「う……たしかにそうですね。けど、俺自身は七之助の旦那が下手人じゃねぇと思ってやすし、思いてぇですけどね……」

「俺だってそうだよ、風之助。だけど、この人は違うって思い過ぎると、真実を見ようとする気持ちを曇らせてしまう。だから、七之助さんには悪いけど、心のどこかには七之助さんが下手人である可能性も置いておく必要はあるんだよ」

だからこそ、七之助さんに会ってしっかりと話を聞いて、その話も参考にしながらこの件について考えないとな……。

そう強く思いながら歩いていたその時、少し先の方にある民家の中から誰かが出て来るのが見えた。そして、歩きながらその様子を観察していると、出て来たのは縞模様の着流しの上に黒い上等そうな羽織を着た妖と揃いの青い着流しを着た妖達であるのが分かった。

あの羽織は……たしか紋付羽織(もんつきはおり)だっけ?それにあの羽織り方は……。

紋付羽織の妖に注目しながら静かに様子を観察し続けていると、紋付羽織の妖は後に続いて出て来た家主らしき妖に深々と一礼をし、着流しの妖達と頷きあった後、俺達がいる方へと静かに歩いてきた。そして俺達の横を通り過ぎる際、紋付羽織の妖はチラリと俺達の事を見たものの、何か話し掛けてくる事はなく、そのまま通り過ぎていった。

……ふぅ、別に何かしたわけじゃないけど、こういう職業の人が通り過ぎるっていうのを意識するだけでもかなり緊張するな……。

そんな事を考えながらその妖達の事をジッと見ていると、同じように妖達の事を見ていた風之助が興味深そうな様子で声を上げた。

「ほう……ありゃあ、この深水の街の同心の流兵衛親分じゃねぇか。あのお人がこの件に関わってるとなると、少々厄介かもしれねぇなぁ……」

「風之助、あの水虎(すいこ)を知ってるのか?」

「ええ。あの方は流兵衛親分、この深水の同心の一人でさぁ」

「同心……やっぱりか。でも、厄介かもしれないってどういう事なんだ?」

「それがですねぇ……流兵衛親分は深水の同心の中でも腕利きの同心でして、親分が関わった事件は全てが二日三日で片がつくなんて言われてるんで」

「……なるほどな。つまり、俺達で解決しようと思うなら、今日明日中じゃないといけないって事だな」

「まあ、噂通りにいけばそうなりやすねぇ。だから、ここはささっと七之屋に行って、七之助の旦那に話を聞いちまった方が良いかもしれやせんね」

「そうだな。……よし、それじゃあ急ごう、風之助」

「へい!」

風之助の返事を聞いた後、俺は七之屋へ向かう道を急ぎ始めた。

 

 

 

 

走る事数分、俺達は七之屋へと辿り着いた。そして、七之屋の様子を少し遠巻きに眺めると、件の事件の影響か七之屋を訪れている妖の数が昨日よりも明らかに増えていた。

「あー……やっぱりか……」

「あはは……これがただの商いのためとかなら良いんでしょうが、恐らくこの中の半数ほどは七之助の旦那から話を聞きてぇって奴らでしょうしねぇ……。七之屋からすりゃぁ、正直商売どころじゃねぇかもしれやせんねぇ」

「そうかもな……仕方ない、ここはひとまず出直して――」

そう言って俺達が七之屋から離れようとしたその時、近くから小さな声が聞こえた。

「あ、あの……!」

「……え?」

声を上げながらそちらに顔を向けると、そこには――

「たしか、蒔絵さん……でしたよね?」

「はい、その通りです……!」

七之屋の店員である化け蛇の蒔絵さんが真剣な表情を浮かべながら立っていた。すると、風之助が首を小さく傾げながら蒔絵さんに話し掛けた。

「蒔絵さん、俺らに何か用ですかぃ?」

「は、はい……! 鈴蘭さんと風之助さんは、旦那様にお会いになりたいんですよね?」

「はい、今回の事件の件で少しお話を聞きたかったので。あ、もちろん七之助さんが下手人だとは思ってませんし、友人として七之助さんの事が心配でしたので、話を聞くのはそれのついでです」

「……分かりました。それでは、私に着いてきて頂けますか?」

「それは構いやせんけど……どこへ行こうってんですかぃ?」

「裏口です。今、正面にはお客様と他の奉公人の皆さんがいらっしゃいますが、裏口ならば何か用事が無い限り、基本的に誰も来ませんから、旦那様のお部屋にそのまま行く事が出来ます。もちろん、お二人がよろしければですが……」

その蒔絵さんの言葉に俺と風之助は一度顔を見合わせた後、同時にコクンと頷いてから返事をした。

「はい、お願いします、蒔絵さん」

「畏まりました。それでは、こちらにどうぞ」

そして、俺達は蒔絵さんの案内に従って裏口から七之屋の中へと入り、中を行き来する奉公人の人達に会釈をしながら七之助さんの部屋へ向かって歩いた。

ん、そういえば……。

「蒔絵さん、一つ訊いても良いですか?」

「……はい、何でしょうか?」

「こう訊くのもアレですが、七之屋の奉公人の皆さんは、今回の事件をどのように思っているのですか?」

すると、蒔絵さんは少し言いにくそうな様子で静かに口を開いた。

「……瓦版屋さんである風之助さんを前に言うのもアレですが、奉公人の皆さんは今朝の瓦版の内容に憤りを覚えています」

「まあ……そうでしょうねぇ。深水で人気のある小間物問屋である七之屋の店主が事件に関わってるかもしれねぇとあれば、町人達はそれが真実かどうかこぞって知りたがりやす。だから、瓦版屋からすれば今回の件は瓦版を多く売る良い機会って事になりやすからね」

「……その通りです。なので、今朝から小間物をお求めにいらっしゃったお客様の他に深水の瓦版屋さんや同心の方々、そして今回の事件の事を知るために七之屋を訪れた野次馬など、様々な方がこの七之屋にいらっしゃっています。そのため、本来の商いにも支障が出ている他、番頭さんや手代さんも今朝からずっと厳しい表情を浮かべていて、いつもであれば捨て置くような些末事にも声を荒げている状況なのです……」

そう言い終えると、蒔絵さんはとても哀しそうな表情を浮かべながら静かに俯いた。そしてその目は悲しみの涙で潤んでおり、蒔絵さんが今の七之屋の状況にとても心を痛めている事がはっきりと分かった。

……この蒔絵さんの様子とさっきの話から察するに、蒔絵さんを始めとした七之屋の奉公人達は七之助さんの事を下手人だとは思っていない。これはやっぱり、七之助さんが日頃から奉公人の人達としっかり心を通じ合わせている証であり、七之助さんが日頃から嘘とか誤魔化しをしない正直な生き方をしているからなんだろうな……。

蒔絵さんの姿を見ながらそんな事を考えていたその時、蒔絵さんが七之助さんの部屋の前でピタリと足を止め、ゆっくりと俺達の方へ体を向けた。

「鈴蘭さん、風之助さん。少々お待ち下さいね」

ニコリと笑いながらそう言うと、蒔絵さんは部屋の襖の方へと体を向け、襖を二回ほど軽くノックした。

「旦那様、お客様をお連れしました」

「ありがとうございます、蒔絵さん。どうぞ入ってもらって下さい」

「畏まりました」

中から聞こえてきた七之助さんの声に答えた後、蒔絵さんは襖をゆっくりと開けた。そして、スッと横へと動き、俺達が通るための道を作ってくれた。

「鈴蘭さん、風之助さん。どうぞお通りください」

「ありがとうございます、蒔絵さん」

「蒔絵さん、ありがとうごぜぇやす」

蒔絵さんにお礼を言いながら会釈をした後、俺達は部屋の中へと入った。するとそこには、昨日と変わらない優しい笑みを浮かべながら座布団に座っている七之助さんの姿があった。七之助さんへ向かってゆっくりと近付きながら顔色や様子を窺ったが、どこにも変わった様子は見受けられなかった上、笑顔もとても穏やかな物だったため、俺はホッと胸をなで下ろした。

……良かった。七之助さんの元気が無かったらどうしようと思ってたけど、とりあえず一安心だな。

そう思いながら手土産を座布団の横へ置いた後、俺は風之助を肩に乗せたまま座布団に座り、ニコリと笑いながら七之助さんに話し掛けた。

「こんにちは、七之助さん。今朝の瓦版の件もあったので、心配になって本日も風之助さんと一緒に来てみたのですが、どうやら杞憂だったみたいですね」

「ふふ、お二人ともありがとうございます。これも全て蒔絵さんを始めとした奉公人の皆さんのおかげです」

「へへっ、違ぇねぇや。さっき店先で見やしたけど、他の奉公人達がお客の相手をする傍ら、野次馬達の相手もしてやしたからねぇ」

「はい。なので、お二人に来て頂けたのは本当に嬉しいです。こう言ってしまっては奉公人の皆さんに怒られてしまいますが、どなたかと例の事件の事についてお話をしたいと思っていたところでしたから」

七之助さんがクスリと笑いながら言うと、風之助はふぅと息をついてからそれに答えた。

「……まあ、その通りだと思いやすよ? 奉公人達からすれば、自分達の旦那様の幼なじみが亡くなった上、その幼なじみを殺した下手人の候補として名前が上がってるから、どうにか世間の目から隠してやりたいと思ってるのに、それについて話したいなんて言われちまったら、自分達がいくら頑張っても意味がねぇ事になっちまいやすからねぇ」

「ふふっ、そうですね。なので、この事は蒔絵さん以外の奉公人の皆さんには内緒という事でお願いしますね?」

「はい、もちろんです」

「俺も了解しやした」

七之助さんの言葉に頷きながら答えた後、俺は小さく息をついてから傍らに置いていた手土産を手に持ち、それを七之助さんの目の前へと静かに置いた。

「七之助さん、どうぞお納め下さい。不忍にある菓子司のお菓子ですが、よろしければ皆さんで召し上がって下さい」

「ふふ、ありがとうございます、鈴蘭さん」

七之助さんは穏やかな笑みを浮かべながら手土産――菓子折を受け取ると、襖の向こうへと静かに声を掛けた。

「蒔絵さん、まだそこにいらっしゃいますか?」

「はい、旦那様」

そう言ってから蒔絵さんが襖を開けると、七之助さんはニコリと笑いながら再び蒔絵さんに話し掛けた。

「蒔絵さん。本日も鈴蘭さんからお菓子を頂いたので、こちらを日の当たらない涼しい所へ置いておいてもらえますか?」

「はい、旦那様」

「そして、その後にお茶の用意の方もお願いしますね?」

「畏まりました」

蒔絵さんは丁寧に一礼をしながら答えると、ゆっくりと部屋の中へと入り、七之助さんのところまで来ると、静かに菓子折を持ち上げた。そして、恭しく一礼をすると、そのまま部屋の外へと歩いていき、部屋を出てからもう一度一礼をした後に静かに襖を閉めた。

さて……そろそろ話を始めるか。

そう思った後、深く息をついてから俺は七之助さんに話し掛けた。

「七之助さん、昨夜は何をしていましたか?」

「昨夜ですか……鈴蘭さん達がお帰りになった後は、奉公人の皆さんにお店の事をお任せして少しだけ外に出ていましたよ」

「そうなんですね。因みにどちらへ行かれたんですか?」

すると、七之助さんはニコリと笑いながらそれに答えた。

「今回の事件で亡くなった私の幼なじみ、菫の家です」

「……え?」

「……はい?」

そのまさかの答えに俺達が呆然としていると、七之助さんはクスクスと笑いながら話し掛けてきた。

「やはり驚きますよね。菫殺しで疑われている私が、その前日に菫の家に行っていたわけですから」

「ま、まあ……そうですね。えっと……因みに菫さんのお家を訪ねたのは何故ですか?」

「それなのですが……昨日お二人とお話をしていた時、鈴蘭さんと出会った日に菫に傘を届けに行った事は話しましたよね?」

「あ、はい」

「そういや、たしかに言ってやしたねぇ……。それで、傘を届けに行ったは良いが、それを断られちまった。そして、その帰りに偶然雨宿りをしていた鈴蘭の旦那と出会ったんでしたよね?」

「ええ、そうです。それで、届けに行った理由なのですが……」

「はい」

「一昨日、雨が降り出した頃に番頭である化け蛇の翡翠(ひすい)さんから休憩がてら雨の中の散歩でもしてきたらどうか、と言ってもらえたので、その言葉に甘える事にして私は傘を差して雨の中へと出て行きました。そして、散歩を始めようとしたその時、ちょうど雨の様子を見ていた菫の御両親を見かけたので、ご挨拶をしようと思って話し掛けに行ったのです」

「あ、という事は……七之屋の近くに菫のさんの家があるわけですね」

「はい、その通りです。因みにもう一人の幼なじみの巳介の家や巳介がお父さんから継いだ蛇の目屋も近くにあるので、昔から集まる時にはこの七之屋か蛇の目屋にまずは集まるようにしていました」

七之助さんはとても懐かしそうな様子でクスリと笑った後、再び口を開いた。

「そして、御両親に挨拶をするために話し掛けると、お父さんの方が心配そうな顔で挨拶を返してくれました。私はその心配そうな顔が気になったので、どうかしたのかと訊いてみると、どうやら菫が誰かに会いに出かけたは良いが、雨が降ってきたので少々心配になってきた、とのことでした」

「……いくら水に関する妖の化け蛇とはいえ、雨の中を傘も差さずに歩いてたら流石に風邪を引いてしまいますからね」

「ええ。私も話を聞いてそう思ったので、菫に傘を持っていく事にしたのです。そして、御両親から菫が行ったと思われる場所を聞き、そこへと行ったのですが、雨の中で出会った菫は何故か傘を差していたのです」

「傘を持たずに出掛けたはずなのに、七之助の旦那が見つけた時には傘を差していた、か……」

「はい。私もその点が少し気になったので、それについて訊いてみようと思い、菫に近付きました。すると、菫は私の顔を見るやいなやムッとした表情を浮かべると、

『……お店の奉公人達に私の悪口を言ってるって本当?』

と、言ってきたのです」

「お店の奉公人達に悪口を……七之助さんは当然そんな事は言ってませんよね?」

「ええ、もちろんです。最近はおかげさまでお客様も大勢いらっしゃっていますので、たまに小間物の話をしに来る巳介は別として、菫とは会う機会があまりありませんが、菫は大切な幼なじみだと今でも思っていますから」

「そうですよね……でも、だとしたらどうして菫さんはそんな事を……?」

「それについて訊いてみたのですが、どうにも最近仲良くなった妖からそういう噂を聞いたらしく、傘もその人が貸してくれたとのことでした」

「仲良くなった妖……因みにその妖の種族は分かりますか?」

「えっと……たしか――」

俺の質問に七之助さんが答えてくれようとしたその時、部屋の襖が開く音が聞こえた。そして、そちらの方に顔を向けると、そこにはほかほかと湯気を立てる湯飲み茶碗が三つ載ったお盆を傍らに置いた蒔絵さんが座っていた。蒔絵さんは俺達の視線に気付くと、座ったまま深々と一礼をしてから、少し不安そうな表情を浮かべながら口を開いた。

「……旦那様、お客様がいらっしゃってますが、お通ししてもよろしいですか?」

「お客様……ですか?」

「はい。蛇の目屋の店主、巳介様です」

それを聞くと、七之助さんは安心した様子で頷きながら返事をした。

「ああ、お客様というのは巳介でしたか」

「はい、何でも旦那様とお話がしたいとの事なのですが、いかがなさいますか?」

「そうですね……」

七之助さんは顎に手を当てながら少し俯いた後、俺達の方へと顔を向けた。

「鈴蘭さん、風之助さん。巳介もこの話に参加させてもよろしいですか?」

「あ、はい。もちろん大丈夫です」

「俺達としては、色々と話を聞けた方が正直助かりやすからねぇ。それに情報は多い方が考えの広がりも大きくなりやすしね」

「分かりました。それではそのままこちらへお通しして下さい、蒔絵さん」

「は、はい……畏まりました」

蒔絵さんは、不安そうな表情を崩さずに答えると、部屋の中に入り緑茶が入った茶碗を俺達の目の前に静かに置いたり巳介さんが座る座布団の準備をしたりと、傍目から見れば落ち着いた様子で行動をしていた。しかし、ふと目に入った蒔絵さんの目には、微かに涙が浮かんでおり、何かに怯えているような雰囲気を醸し出していた。

……蒔絵さん、もしかして何かあったのか?

そんな疑問を頭に浮かべている内に蒔絵さんは作業を終えると、チラリと不安そうな視線を七之助さんへ向けてから静かに部屋の外へと出て行った。そして、襖がパタンと閉まると、風之助が腕を組みながらうーんと唸りながら口を開いた。

「……蒔絵さん、何やら不安そうな表情を浮かべていやしたねぇ……」

「……そう、ですね……」

「それに部屋を出る前に七之助さんの方をチラリと見ていたのも気になりますね……」

「……ええ」

先程の蒔絵さんの様子について俺達が考えを巡らせていた時、

「……あの様子、まさかあの事が関わっているのか……?」

七之助さんの口からポロリとそんな言葉が漏れた。

あの事……?

「七之助さん、あの事というのは?」

「……あ、口に出していましたか……」

七之助さんは少しだけ話しづらそうな様子を見せた後、ふぅと息をついてから言葉を続けた。

「実は、蒔絵さんにはちょっとした力がありますから、もしかしたらその事に関係しているのかなと思ったのです」

「ちょっとした力……ですかぃ?」

「ええ。ですが――」

七之助さんはとても哀しそうな表情を浮かべると、俺と風之助の目をしっかりと見つめながら言葉を続けた。

「この事は、蒔絵さん自身が話そうとするまで訊かないで下さい。お願いします、鈴蘭さん、風之助さん」

「七之助さん……」

「七之助の旦那……」

その七之助さんの表情からは、いつものような波紋一つない湖面を思わせる穏やかな雰囲気とは違った鋭い雰囲気――刀身に曇り一つ無い鋭い切れ味の日本刀を思わせるような雰囲気を感じた。

……それだけ、蒔絵さんの力について触れられたくないって事、か……。まあ、訊くつもりはそもそも無かったけど、ここは七之助さんの気持ちを汲む事にするか。

そう思った後、俺は風之助の方へと顔を向けた。すると、風之助も俺の事をジッと見ていたため、俺達は静かに頷いてから再び七之助さんの方へと顔を向けてから、微笑みながら話し掛けた。

「……安心して下さい、七之助さん。私達にはその事について触れる気は一切ありませんから」

「鈴蘭の旦那の言う通りでさぁ、七之助の旦那。気にならねぇと言えば嘘になっちまうが、人が嫌がる事を無理やり訊くなんてのは、瓦版屋として失格だ。だからこの事については、蒔絵さんが話してくれる日が来るまで忘れる事にしやすよ」

「鈴蘭さん……風之助さん……」

七之助さんは、少し驚いた様子で俺達の顔を見回した後、安心したように息をついてから静かに口を開いた。

「本当にありがとうございます」

「いえいえ、礼には及びませんよ、七之助さん。私達は私達が正しいと思った事をしたまでですし、風之助さんの言う通り、人が嫌がる事を無理やり訊くのは瓦版屋としてだけではなく、友人としても失格ですからね」

「へへっ、違ぇねぇや。俺達は、七之助の旦那とはもちろん、蒔絵さんやこの七之屋の奉公人達ともこれからも仲良くやっていきてぇと思ってやすからねぇ」

「ええ。それに、七之助さんと蒔絵さんとは知り合ってからまだ日は浅いですし、奉公人の皆さんとはゆっくりと話をした事すらありません。ですが、皆さんの目や雰囲気、そして働いてる時の様子から、皆さんがこの七之屋で働く事について何も不満を持っていない上、お互いがお互いの事を思いやれているという事がハッキリと分かりますからね」

「全くもってその通りで。まあ、それも全部七之助の旦那の人徳……いや、妖徳(ようとく)ってぇやつなのかもしれやせんね」

「ふふ、そうですね」

風之助の言葉に小さく笑いながら答えた後、俺は話がだいぶ脱線している事に気付き、申し訳なさを覚えながら七之助さんに話し掛けた。

「す、すいません……話をだいぶ脱線させてしまって……」

「ふふっ、構いませんよ。お二人のお気持ちはとても嬉しかったですし、奉公人の皆さんの事を褒めて頂けたのは、店の主として誇らしい事ですからね」

「……そうかもしれませんね」

七之助さんの言葉を聞き、俺は静かに微笑みながら狐雨福屋の主である龍三郎の顔を頭の中に思い浮かべた。

……龍三郎さんは俺の事を客人として狐雨福屋に住まわせてくれてるし、今もこうしてこの世界の事を知るという名目で色々と出歩かせてくれている。けどそれは、あくまでもあの事情があるからであって、本当なら俺も狐雨福屋の小僧として働くべきなんだ。だから――

「……いつか絶対、龍三郎さんが俺の事を誇らしいと思えるようにならないといけないな……」

拳をギュッと握りながらそう強く決意を固めていると、襖をトントンと叩く音が聞こえてきた。そして、七之助さんは襖の方へ視線を向けると、襖の向こうにいるであろう蒔絵さんへと声を掛けた。

「はい、どうぞ」

「旦那様、巳介様をお連れしました」

「ありがとうございます、蒔絵さん。それでは入ってもらって下さい」

「畏まりました」

蒔絵さんの返事が聞こえた後、襖が静かにスーッと開いていった。そして、襖が開ききった後に蒔絵さんと一緒に一人の妖が部屋へと入ってくると、七之助さんの顔を見てニカッと笑った。

「今回はお互いに大変なことになってしまったな、七之助」

「……ああ、そうだな、巳介」

妖――巳介さんの言葉に七之助さんが小さく笑いながら答えていると、巳介さんはそれに頷いてから俺達の方へと顔を向け、怪しそうに俺達の事を見ながら話し掛けてきた。

「……他の客っていうのは、どうやらアンタらみたいだな。この辺じゃ見ない顔だが、アンタらは一体誰なんだ?」

「私の名前は鈴蘭、不忍にある狐雨福屋の奉公人です」

「そして、俺の名前は風之助。不忍で瓦版屋をやってる鎌鼬でさぁ」

俺達が自己紹介をすると、巳介さんは少しだけ警戒を解いた様子で声を上げた。

「へえ……あの狐雨福屋の奉公人に不忍の瓦版屋ねぇ。つまり、今回の件は不忍にも伝わるほど大きな話になってるって事か」

「まあ……深水って言いやぁ、川吉の件を除けば小さい事件すら中々起きねぇ事で有名な街ですからねぇ。そんなとこで殺しなんて起きちまったら、話が大きくなっちまうのも無理はねぇと思いやすぜ?」

「あははっ、それもそうか!」

風之助の言葉に巳介さんは大きな笑い声を上げながら答えた。

……何というか、スゴく明るい人だな……。

そんな事を思いながら俺は巳介さんの姿を観察した。巳介さんは、龍三郎さんや七之助さんと同じく髷を結ったキリッとした顔付きの明るい好青年で、着ている着流しは暗い青を基調とした上等そうな物であり、風之助の言葉への反応もあってかかなり話しやすそうな雰囲気を醸し出していた。

七之助さんもそうだけど、やっぱり誰かを殺すような人には見えない。ただ……そういう人に限って何かを隠してる事も多いしな……。

巳介さんの様子を観察しながらそんな事を考えていると、巳介さんが何かを思い出したように両手をポンッと叩いた。

「……そういえば、俺の自己紹介を忘れてたな。もう七之助から聞いてるとは思うが、俺はこの七之屋と同じ小間物屋を営んでいる巳介って言うんだ。よろしくな、お二人さん」

「はい、よろしくお願いします。巳介さん」

「よろしく頼みやす、巳介の旦那」

「おう!」

そして、俺は風之助と一緒に巳介さんと握手を交わしながら考えを巡らせた。

……とりあえず、巳介さんからも今回の件についてとか昨日の夜の行動について話を聞いてみよう。話の内容から何か気付くこともあるかもしれないしな。

そう思った後、俺は風之助と一緒に巳介さんから昨夜のことについて話を聞き始めた。

 

 

 

 

「……うーん、これは本当に参ったなぁ……」

「そうですねぇ……」

昼頃、行きつけの蕎麦屋(そばや)――越野庵の店内で俺と風之助は同時にため息をついた。俺達の目の前には、昆布と鰹節の出汁の香りを漂わせながら静かに湯気を上げている蕎麦があり、いつもであればすぐに食べ始めるのだが、今日はどうにもすぐには手が伸びなかった。というのも、思っていたよりも事件の捜査の進みが悪く、ここからどうしたものか全く見当がつかなかったからだ。

はあ……本当にどうしようかな……。

少し暗い気持ちでそう思いながら俺はここに来るまでの事を思い返した。巳介さんに自己紹介をした後、俺達は七之助さんから聴きそびれていた分を含めて七之助さん達から再び話を聞いた。そして話を聞き終えた後、七之助さん達の商いの事を考えてとりあえず七之屋を辞し、一度不忍へと戻った。すると、ちょうど昼頃だったため、ひとまず話を纏めながら昼食を取る事にし、越野庵へとやってきた

……七之助さんは、昨夜に被害者の菫に一昨日の件について話を聞くために会いに行ったものの、菫が出掛けていたため結局会えずじまいだった。そして、巳介さんは風之助の調べた情報の通り、七之屋の近くの店で酒を飲んだ後、酔っ払ったまま家へと帰ってるし、七之助さんの話に出て来た菫と仲の良い妖については全く知らないと言っていた。

「……こうなると、川吉が下手人の可能性が一番高いけど、それを裏付ける証拠が無い上、まだ七之助さんがこの件に関わっていないと言える証拠も無いしなぁ……」

「そうなんですよねぇ……。それが見つからねぇとなると、最悪七之助の旦那が川吉の共犯としてしょっ引かれかねねぇし……」

「ああ……そうだな……」

俺達がもう一度同時にため息をついていると、越野庵の店主――妖狐の霧助(きりすけ)さんが呆れた様子で話し掛けてきた。

「おいおい……今日はいやに辛気くせぇなぁ、おめぇら。そんなしけたツラしてねぇで、外のお天道様みてぇに明るく行った方が良いんじゃねぇのかぃ?」

「そうしたいのはやまやまなんですが、今抱えてる問題の進みが芳しく無いんです……」

「問題、ねぇ……風之助と一緒におめぇが悩んでるところをみるに、深水で起きたっていう例の事件でも追ってんのかぃ?」

「……その通りです。つい最近知り合った方が下手人の候補になってしまっているので、どうにかしてその疑いを晴らしたいんですが、疑いを晴らすのに充分な証拠や証言がどうにも集まらないんです……」

「はぁー……なるほどなぁ……」

俺の話を聞くと、霧助さんはその無駄な筋肉が付いていない腕を組みながらうんうんと頷いた。霧助さんは短い金色の頭髪に少しだけ鋭い目付きをしている二枚目顔であり、背丈の高いスラッとした体を包むのは薄い青色の着物に白い前掛け、そして頭には板前が被るような少し年季の入った白い帽子が乗っている気っぷの良い物言いがカッコいい妖狐だ。そして風之助が勧める通り、作ってくれる蕎麦はどれも絶品であり、修行をしていた店では一番の新参者だったにも関わらず、飲み込みの良さや話の上手さもあって、兄弟子達より先に暖簾分けを許された程、内外からの人気や信頼度が高かったのだという。

……それでいて、それを鼻に掛ける事も無いし、客の悩み話も親身になって聞いてくれるとくれば、店だって人気になるよな……。それに年も俺より少し上なだけだから、女性客もそこそこ多いみたいだし。

そんな事をボンヤリと考えながら霧助さんの様子を眺めていると、

「……この分だと、そろそろアイツから話が来そうだな」

霧助さんの口からそんな言葉が漏れた。

アイツ……?

「霧助さん、アイツというのは……?」

「ん……? ああ……声に出ちまってたか。知り合いにこういう話が好きな奴がいてな、こんなに話が広がっちまってるってんなら、ソイツからも話を振られそうだと思ってな」

「なるほど……因みにそのお知り合いは、この不忍に住んでいる方なのですか?」

「ああ。だが、仕事で忙しい事が多いもんで、最近はあまり会ってねぇけどな」

「そう、ですか……」

それは残念だな……もし会えるなら、今回の事件について意見を聞きたかったんだけど……。

霧助さんの答えに俺が残念な気持ちを抱いていると、霧助さんは大きな笑い声を上げながら話し掛けてきた。

「はっはっはっ! そう落ち込むな、鈴蘭! アイツの事だ、興味が湧いたらすぐにでも事件に首を突っ込もうとするだろうから、その時は教えてやるよ!」

「霧助さん……ありがとうございます」

「へへっ、良いって事よ!」

俺の言葉にニカッと笑いながら答えた後、霧助さんは両手を二回ほど打ち合わせながら言葉を続けた。

「さあさあ、それじゃあさっさと蕎麦を食っちまってくれ。早くしねぇと蕎麦も延びちまうし、調べ物の元気も出ねぇからな」

「ふふ、それもそうですね」

「へへっ、違ぇねぇや。それじゃあ――」

「「いただきます」」

そして俺達は、午後から再び頑張るべく目の前にある蕎麦を食べ始めた。

 

 

 

 

暮六ツ(午後5時半)頃、俺達は件の事件についての調べ物に一区切りをつけ、綺麗な夕焼け空の下、道行く妖達を眺めながら帰路についていた。

「結局、求めてるような成果は得られなかったな……」

「そうですねぇ……けど、焦ったところで見つかる物も見つからねぇと思いやすし、とりあえず今日の所はこんなもんだと考えるしか無いと思いやすよ?」

「……そうだな」

風之助の言葉に返事を返しながら俺は夕焼け空を見上げ、そのままボーッと眺めた。

……正直、まだ七之助さんの疑いを晴らすには至っていないし、俺達でどうにか出来るのはおそらく明日がラストだ。だから、明日中にどうにかちゃんとした証拠を見つけて、それを番屋にでも伝えられるように頑張ろう。……でも、もし七之助さんが下手人、または共犯だったその時は――

「……しっかりと話をした上で、自首を勧めないとな……」

そう思いながら視線を道の方へと戻したその時、狐雨福屋の店先で手代の羅紗さんが静かに立っているのが見えた。

……羅紗さん、一体何をしてるんだ……?

そんな疑問を抱きつつ、俺は風之助と一緒に羅紗さんへと近付いた。

「羅紗さん、ただいま戻りました」

「……龍己、それと瓦版屋の風之助か」

羅紗さんは俺達の姿を静かに上から見ていった後、冷たい声で言葉で続けた。

「旦那様よりお前が出掛けていた理由は聞いている。友である深水の小間物屋が殺しの下手人として疑われているのを晴らそうとしている、とな」

「はい、その通りです」

「……そうか。ならば、早々に旦那様のお部屋に行け。本来、お前のような半人半妖の事など取るに足らないが、旦那様はお前の身の心配をしておられる上、調べの進捗状況も気になさっているからな」

「分かりました。ところで……羅紗さんは店先で何をしてらっしゃったんですか?」

そう訊くと、羅紗さんは冷たい視線を向けながらもその質問に答えてくれた。

「……外の風に当たろうと思い、外に出て来た。それだけだ」

「……分かりました、ありがとうございます」

羅紗さんにお礼を言った後、俺は肩に乗っている風之助の方へと顔を向けた。

「それじゃあ、風之助。また明日頑張ろうな」

「へい! 明日こそ何か掴めるように頑張っていきやしょう!」

「ああ!」

俺が大きく頷きながら答えると、風之助は俺の肩から静かに飛び上がり、そのまま狐雨福屋の屋根へとふわりと着地した。そして、俺の方へ顔を向けると、ニカッと笑いながら声を掛けてきた。

「それじゃあ、また明日です、龍己の旦那!」

「ああ、また明日な」

俺が再び頷きながら答えると、風之助は再びふわりと風に乗り、そのまま不忍の街の中を飛んでいった。

さて……それじゃあ俺は、龍三郎さんに今日の事について話をしに行かないとな。

そう思いながら木戸の方から入ろうとしたその時、

「……龍己」

突然、羅紗さんからそう声を掛けられ、俺は羅紗さんの方へと顔を戻した。

「羅紗さん、どうかしましたか?」

「……お前ならばとうに分かっている事だと思うが、一つだけ言っておく事がある」

「言っておく事……ですか?」

「……ああ」

羅紗さんは小さく頷きながら答えた後、俺の目をしっかりと見つめながら静かに口を開いた。

「お前が誰を信じようとお前の勝手だ。だが、心の内では何を考えているのか分からないのは、人間だけではなく妖も同じだ。目に見える物だけを信じていては、本当に見るべき物を見失うことになる」

「目に見える物だけを信じていては、本当に見るべき物を見失う……」

「ああ。そして、この言葉をお前がどう受け取るかはお前次第だ。ではな……」

そして、羅紗さんはクルリと店の入り口の方へ体を向けると、そのまま店の中へと入っていった。

「……心の内では何を考えているのか分からないのは、人間だけじゃなく妖も同じ……か」

……この言葉、やっぱりかなり重要な気がするな……。

「……明日、風之助とこの事についてもう一度話してみよう。もしかしたら、何か気づけてない事があるかもしれないし……」

そう独り言ちながらコクンと頷いた後、俺は龍三郎さんに報告をしに行くべく、木戸を通って俺が住んでいる離れの方へと歩いていった。

 

 

 

 

その日の夜五ツ(午後7時半)頃、件の事件が起きた深水の街のとある場所にて、一人の妖が苛立ちを感じていた。

「……ちっ、あの野郎、いつまでこの俺様を待たせようってんだ……!?」

その妖――河童の川吉は、待ち合わせ相手が中々現れないことに苛立ち、今にも暴れ出しそうな雰囲気を醸し出していた。そしてそれから数分後、川吉の目の前に一人の妖が現れると、川吉はわざとらしい大きなため息をつき、そのままその妖へと声を掛けた。

「よぉ、遅かったじゃねぇか。店の主様がそんな事じゃあ、店の奉公人達も困っちまうぜ?」

「……そうかもしれないな。さて……例の話の前に一つだけ訊きたい事がある」

「訊きたい事、ねぇ……」

川吉が心底面倒くさそうな様子を見せる中、その妖はそれには構わず再び口を開いた。

「お前にとってアイツは……菫は、どういう存在だった?」

「菫……ああ、お前が俺様に殺させた化け蛇の女か」

「そうだ。下心があったとはいえ、お前は菫とはそこそこ仲良くしていたはずだろう?」

「んー……まあ、そうだなぁ。確かにあの女とはそこそこ『仲良く』はしてたなぁ……」

川吉は仲良くという部分を強調しながら答えた後、とても嫌らしい笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「だがなぁ……あんな女程度ならその辺にごまんといるし、その辺の遊廓に行きゃああれ以上の女なんてのも軽く金で買えちまう。だってのにあの女ときたら、俺がちょーっと容姿を褒めちぎったら、顔を真っ赤にしやがるし、あの言葉だってコロッと信じちまうんだから、本当に愉快だったなぁ……!」

川吉がその時の出来事を思い出しながらニヤニヤと笑い出す中、妖はその様子を冷たい視線を向けながら静かに見つめていた。それは端から見れば、川吉の様子から何かを見定めようとしているようにも見えたが、妖の心中はとても穏やかと言える物では無かったため、今にも川吉に殴り掛かりたい気持ちがふつふつと沸き立っていた。

しかし、そんな事をしては己の目的を達するどころか返り討ちに遭いかねないため、妖は拳を静かに強く握る事でその気持ちを抑え込んでいた。そしてその事にまったく気付く様子のない川吉は、何かを思い出したような表情を浮かべると、水掻きの付いた手を妖へと差し出しながらねっとりとした声で妖へと話し掛けた。

「さぁーて、そろそろ約束の金を貰おうか? お前から金を貰う代わりにあの女を殺すってぇ約束だったからなぁ」

「……殺し方があまりにも杜撰だったが、まあ良いだろう。約束は約束だったからな」

妖は低い声で答えながら懐へ手を伸ばすと、小さな巾着袋を静かに取り出し、軽く二・三度程上下に振った。

すると、その動きに合わせて巾着袋の中からジャラジャラという音が鳴り、それを聴いた川吉がニヤリと笑いながらまるで催促をするように差し出していた手を軽く揺らした。

妖はその様子には目もくれずに巾着袋の口を静かに緩めると、川吉の手の上で巾着袋を逆さにした。そして、巾着袋から落ちていった小銭達は、川吉の手の上で音を鳴らしながら跳ね上がると、何枚かを残して全てが地面へと散らばった。その様子に川吉は忌々しげに舌打ちをすると、妖は申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開いた。

「すまない、少しボーッとしてしまったようだ」

「……ったく、気をつけろっての……」

妖の言葉に答えた後、川吉は鼻を鳴らしてから地面に落ちた小銭を拾うべく、その場にしゃがみ込んだ。すると、川吉の頭の上にある河童の皿が月の光でピカリと光り、それを見た妖は小銭を拾い続ける川吉をよそに再び懐へ手を伸ばした。そして、懐から取り出した物――拳程の大きさの石を両手で掴むと、それを勢い良く振り上げ――

「……っ!」

渾身の力を込めて川吉の皿へと石を振り下ろした。

「ぐぅっ……!?」

その瞬間、川吉は強い衝撃に襲われ、地面へと強く叩きつけられる形でその場に倒れ込んだ。そして、すぐに立ち上がるべく、手足に力を込めようとしたが、何故か力がまったく入らなかったため、土に何本もの線を描くだけとなった。

「ぐ……くそっ、何で……!」

川吉が悔しそうに声を上げる中、妖は冷たい声で答えながら川吉を静かに見下ろした。

「……今、石をお前の頭の皿に叩きつけた。それによって、皿は完全に割れないまでもそこそこ大きなヒビが入り、お前は力を入れたくとも入れられない状況に陥ったわけだ」

「さ、皿にヒビ……だと!? ふざけるな! こんな事をしてタダで済むと――」

「黙れ」

川吉の怒りの声に被せるように妖は言葉を発すると、もう一度石を両手で持ちながら静かに振り上げた。そして、そのまま勢い良く川吉の皿へ目がけて石を振り下ろした。

「あがっ!?」

その衝撃で川吉の顔は地面へと叩きつけられた上、頭の皿のヒビが更に大きく広がると、妖はとても暗い笑みを浮かべた。

「本当は一発で済ませるつもりだったが、お前のさっきの発言がイラッときてしまったもんでな……」

「さっきの……はつげ、ん……?」

「ああ。まあ……今更お前に説明する必要も無いけどな。何故なら……」

そう言いながら妖が着ていた着流しを脱ぐと、その下からまた別の着流しが現れた。そして、妖は苦しみの表情を浮かべる川吉の腹を強く蹴り上げると、

「ぐふっ……」

川吉はくぐもった声を上げながら仰向けに転がった。それを見ると、妖は脱いだ着流しを川吉へと被せ、三度懐へ手を入れた。そして――

「……お前には予定通り、ここで死んで貰うからな」

懐から取り出した小刀の切っ先を川吉へと向けると、小刀の刀身は月の光を浴びて、妖しくキラリと輝いた。

「死んで貰う……だと!? 冗談じゃねぇ、お前みてぇな奴に殺されてたま――」

「もう一度言う、黙れ」

再び川吉の言葉に被せるように妖は言葉を発すると、足を着流しの舌の川吉の体へと強く乗せ、そのまま静かに体重を載せていった。

「ぐっ……あぐぁっ……!」

「ははっ……もう一枚着流しを着てくるのは少々苦労したが、やはりこの方法ならば無駄な返り血を浴びずに済みそうだな……」

妖は楽しそうな声で独り言ちた後、川吉の心臓があると思われる箇所に狙いを付けながら静かに息を整えた。そして――

「ではな、川吉。お前の死後も少し世話になるぞ」

妖は川吉へ言葉を掛けながら両手で握っていた小刀をそのまま川吉へと振り下ろした。

 

 

 

 

それから半時が過ぎた頃、酩酊状態の妖が一人この場に通りかかった。

「ははっ……! やっぱ飲んでねぇとやってられんねぇよなぁ……!」

酔いに任せて大声を上げながら歩いていたその時、妖は自分の足が何かにぶつかったのを感じた。

「ん~……? 一体何だ~……?」

酔いで体をふらつかせながら、妖は己の足元に視線を向けた。するとそこには、暗くて見えづらいものの大きな何かがあり、目を凝らしてもう一度見てみると、それは上等そうな着流しで覆われた何かである事が分かった。

「はぁー……これはアレだな、俺みたいに酔っ払ってる奴が寝ちまってるんだな」

自分の言葉に納得するようにうんうんと頷いた後、妖はその『何か』を静かに揺さぶり始めた。

「おーい、こんな所で寝てると風邪引くぞー?」

そう言いながら揺さぶり続けていると、徐々に覆っていた着流しがズレていった。そして、パサッという音を立てて着流しが地面に落ちたその時、

「……ひっ!? うわあぁー!!?」

妖は着流しに覆われていた物――川吉の死体を目にし、街中に響き渡るほど大きな悲鳴を上げた。




政実「第5話、いかがでしたでしょうか」
龍己「改めて思うけど、本当に犯人とか分かりやすいよな」
政実「う……ま、まあね。けど、前書きで言ったように謎解き要素の方も徐々にレベルアップはさせていくつもりだから、次にこういう話になった時はたぶん難しめに出来るはずだよ」
龍己「……なら良いけどな。さてと、次回の投稿予定は未定で良いのか?」
政実「そうなるかな」
龍己「分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
龍己「ああ」
政実・龍己「それでは、また次回」
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