なんて言いたいですが、次話ではなく第一話の焼き増しというのがとても申し訳ない。
第二話書いて、保存して次書こうとして開いたら全部消えてたんだからしかたないじゃないかっ!!
そんな言い訳越しですが、文章量を増やして加筆修正してみました。
もう一度、軽くでも目を通してくれれば幸いです。
―――――その日、英雄の魂は誕生した。
誕生、と言うにはやや語弊があるかもしれない。なぜならその者は、路地裏に現れたのだから。
黒く、まるで黒曜石の様な輝きを持つ髪は、降り注ぐ雨に打たれペシャリと額にへばりついている。整った眉に、筋の通った鼻、細く中性的な顔立ちの八歳程の少年。七年も経てばすれ違う人々が振り返る様な、所謂眉目秀麗、容姿端麗を体現した少年だった。
瞼は深く閉ざされ、時折形のいい口元が
よく見れば、ありとあらゆるところに傷口が見える。衣服のあちこちが裂け、時間が経過したのであろう黒ずんだ血がこびりついている。
雨に打たれ、全身を濡らしたことによる体温低下。過度の裂傷と出血。
あと一時間でも放置すれば、少年の命の炎は燃え尽きるであろう。
そんな時だった。
「―――っ?! 君、大丈夫かい!?」
金髪碧眼の少年の様な外見の
うつ伏せになっていた少年の体を、血がつくのを顧みず抱き起し、容態を確認し緊迫した表情をその端正な顔に宿す。
「これは、酷い……一体誰が、いや、そんな事はどうでもいい。まずは、手当か」
怪我の真相などは、少年が起きてからだ。そう考えて、腰元のポーチから細長いケースに入った液体を二本取り出し、一つを少年の口へとあてがい無理矢理に飲み込ませる。
「っ、ぐ……ぁ、」
少なくない量を口元から零すものの、なんとかといった形で飲み込ます事に成功した。
残った一本を重症箇所をメインに、洗い流すようにかけていく。
すると、見る見るうちに傷口が塞がっていき、少年の苦悶の表情が安らかなものへと変わっていく。
「ふぅ……まずは、と言ったところだね」
安著する。ひとまずはこれで、少年の灯が尽きる事はないだろう。
少年の体を引き起こし、その小さな体で抱きかかえると立ち上がる。
「後は、リヴェリアに頼んで起きるのを待つか」
―――――親指の疼きはこの事だったのか。
気づけば、先ほどまでの疼きは止まっていた。まさしく第六感とも言える未来予知にさえ似た現象に幾度もこれまで助けられてきた。
(ただ、疑問なのは何で親指が疼く程の事だったのか……か、)
まぁ、それも少年が起きてからか。そこまで考えて、路地裏を抜け
こうして
これは、一人の
◇◇◇
異世界―――オラリオとは、また別の世界線で、英雄はその生を終えた。
「貴殿が、世界を救うのだ」
確か、初め呼ばれて言われた言葉はそうだったか。魔力保有量が他の人たちより優れていて、なにより聖剣に選ばれたから、だったはずだ。
戦士、魔法使い、賢者。前衛後衛と分けられる比較的
十年―――とても長い戦いだった。それが、魔王討伐にかけた所要年数。
どんな事があったか、なんて語りつくせない程の出来事の数々。目まぐるしく急変していく勢力図、押しては押されを幾数回繰り返したことだろうか。
どれだけ苦戦したか、どれだけ死にかけたか、どれだけの勝利をもぎとっただろうか。
時には非道な事だってした。殺人だってした。それこそ数えきれない程、この手を血で染めたことだろうか。
心が折れそうにもなった、それでも人格が壊れず魔王を打倒出来たのは仲間たちが支えてくれたからだ。
―――魔王との戦いは壮絶の一言だった。仲間は瀕死に陥り、一対一の決戦へともつれこんだ。
全身を打ち付ける強力な武術に魔法、すべて一人でさばき、時に体を打ち付けて、それでも背中に背負った役目を、命を燃やして立ち上がった。ついに、と言った形で魔王の胸へと聖剣を突き立てたのと、魔王が放った魔法が直撃するのは同時だった。
英雄と魔王は、お互いの死力を尽くして共に死んだ。
瀕死になっていた仲間たちは、必死になって王国へと舞い戻り報告した。王国が、世界がそのとき恐怖という呪縛からの解放と、そして散った英雄の魂に涙を流した。
享年二十五歳。十五歳で戦いに身を投じた彼の人生は、戦いにて人生の幕を閉じた。
だが、輝かしい光を放つ人々を照らす英雄の魂は、女神に抱擁され、第二の人生として体の時間を巻き戻して、オラリオへと送り込んだ。それは、祝福と同時にその若さで死んでしまった英雄への、女神の情けだった。
これが、全ての終わりとすべての始まり---【
◇◇◇
咆哮―――次いで怒号が轟いた。
幾度となく吼えわたり、地面を踏み鳴らし進撃する。
山羊の様な捻り曲がった大双角を振りかざし、膨れ上がった馬面の様な醜悪な顔面をした魔物――フォモール――は、まるで爆発した火山の如く吹き出す鼻息と連動する様に、深紅色の眼球をギョロリと蠢かし
魔物、怪物―――そう称するに相応しい巨躯を動かせ、無数の黒い塊が、鈍器を持つ腕を高々に振りかぶった。
「盾、構えぇぇぇぇッ―――――!!」
号令。
直後―――衝突。
ガゴォォンッ!! 打ち鳴らす轟音。フォモール達の進撃を妨げる為に掲げた何十枚もの巨大な盾が受け止める。
その突撃の威力に、冒険者達の全身へと衝撃がビリビリと打ち付けて踵が地面へと埋まる。
「前衛っ、
後方から響く団長の指揮、「後衛組は攻撃を続行っ!」更に指示を飛ばし士気を高める。
前衛後衛と前後に二分される部隊の中心で、ばさばさと風に吹かれ揺れるのは一本の旗。
刻まれた絵は滑稽な笑みを浮かべる道化師のエンブレム。一柱の『神』の『
ロキ・ファミリアと称される探索系トップに座する団員達は各々の武器を手に戦場を駆け巡る。
巨大な二つの盾を構える筋骨隆々のドワーフ、矢を番え放ち、魔法を打ち込むエルフと獣人。褐色の肌を持つアマゾネス姉妹は、味方の射撃を掻い潜り走り抜けてモンスター達へと斬りかかる。
『――――――――――ッッッ!!!!』
一本も草木のない荒原に、怪物達の雄たけびが迸った。
フォモール達が鈍器を、巨躯を、巨腕を盾へとぶつける度に衝撃が吹き荒れ砂埃を舞い上げる。煙に霞む景色の先で、遥か上へと伸びた
幾階層と積み重ねた地底深くで、地上へは決して届かない声を張り上げて、人とモンスターは激戦を繰り広げる。
「ティオナ、ティオネ! 左翼支援急げッ!!」
この場に置いて誰よりも小柄な
「あ~んっ、体が幾つあっても足りなーいっ!!」
「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさいっ」
命を受け、アマゾネス姉妹が疾走。
同時に、斬撃。
『ぐっ……ブウゥ』
二人の斬撃が三体のモンスターを斬り伏せた。
見れば悪魔の様な光景だった。
一匹一匹が大の
フィンの瞳が、最前線で盾を構えた者達を捉える。そこには、化石の骨にも似た無骨な棍棒を振り回し、破壊し尽くそうとするモンスターの数々。苦悶の表情を浮かべ、じりじりと防衛線が後退する光景。半円を描く陣形の規模が小さくなり、戦線が押されていた。
「―――リヴェリア~っ! まだぁっ!?」
アマゾネスの少女――ティオナ――が、巨大な専用装備の
「【―――間もなく、
魔法と矢を連発する魔導士や弓使いの中心で、聴くものを虜にする美声は絶えず紡がれていた。
翡翠色の長髪、白を基調とした魔術装束。浅く水平に構えた白銀の杖。
細く尖った耳を持つ、神々すら羨む美貌を持つエルフ――リヴェリア・リヨス・アールヴ――は、その玲瓏の声で呪文を詠う。
展開された
「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」
柳眉を逆立て、呪文を紡ぐ唇はそのまま。前方の一点を強く見据えながら「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」、―――詠唱する。
まだかまだか、誰しもが詠唱の完成を待ち、力を振り絞り己の歯を食い縛る。
その時だった。
『ォォォオオオオオオオオオオオオ―――――ッッ!!』
一体のフォモールが咆哮。
群れの中でも更に一回り二回りと大きい一体が、仲間さえ巻き込みながら驀進し、自らが持つ獲物を大上段へと構えた。
正対することとなった前衛の一人が、盾の隙間から両目を見開き―――瞬間、尋常ない膂力から放たれた大ぶりの一撃が構えた盾へと食い込んで、周囲を巻き込んで前線の一角を吹き飛ばす。
「―――ベートっ! 穴を埋めろ!」
珍しく焦燥したフィンの指示が、
「ちっ、何やってやがる!?」
悪態をつき、荒れ果てた荒原を勢いよく蹴り飛ばす。ファミリアの中でも随一の俊足。一息で数メドルの距離を詰める姿は、さながら弾丸の如く。ベートがこじ開けられた防衛線へと急行するが―――、
「間に、合わねぇっ!?」
―――ベートの行動虚しく数匹のモンスターが侵入した。
同時に先ほどまで守られていた魔導士達の表情が青ざめるのと、フォモールの攻撃が炸裂するのは同時だった。
「キャァァッ!」
轟く悲鳴。
「レフィーヤっ!?」
一人の少女が吹き飛び、ティオナが声を荒げた。
直撃こそ免れたが、地面を破砕する一撃は、衝撃波を巻き起こし細身の体を吹き飛ばしたのだ。
「―――ぁ、」
『フゥーッ………!』
地面へと転がった少女へと黒い影が被さる。
醜悪な顔面のフォモール、先ほど盾を薙ぎ払い突破した、超大型。
見下された血を連想させる目玉に、全身が竦みあがる。時が止まったかの様な錯覚。
紺碧の瞳の中に、大きく振りかぶる棍棒が映った。
刹那、
―――斬撃。
「えっ?」
彼女の視界に、金と銀の光が迸った。
間髪入れずにフォモールの体から血飛沫をあげて、宙に斬り飛んだ首が地面へと豪快な音を鳴らして落下した。
呆然と見上げる少女の視線の先で、長い金髪の少女が、ヒュンッと、無言で銀剣を振り鳴らし血糊を飛ばした。
「アイズゥっ!」
一部始終を見て、焦燥していたティオナが歓呼する。
尻餅とつき未だ此方を見上げてくる少女――レフィーヤ・ウィリディス――の無事を確認すると、ビュオッという風の音と共に金の髪をカーテンの様に靡かせてその場から疾駆する。
右手に持つ愛剣【デスぺレート】が煌めいて軌跡を生み出す。
一気にトップスピードへと加速した少女が、先ほど侵入してきた残りのモンスターの元へと肉薄し、銀色の剣閃を幾度か瞬かせる。
―――一撃必殺。
魔導士や弓使いの目の前で、一気にフォモール達が全滅した。
更に――前進。
「ちょっ、アイズ、待って!?」
静止の声を振り切って、未だ攻めかかってくるフォモールの大群へと単身突っ込んだ。
盾を構えた前衛達の頭上を、宙高く身を躍らせ飛び越える。
「……すげぇ」
誰かがポツリと呟いた。
思わずと言った形で呟かれたその光景は圧倒的の一言。
斬撃、斬撃―――更に斬撃。
舞う様にして、近づくモンスター全てを拒絶する様な剣撃の嵐が戦場に吹き荒れた。
華麗かつ流麗。そして苛烈な一撃一撃が、襲い掛かってくる巨躯を掻い潜り、腕を斬り飛ばし、胴を貫き、首を刎ねる。
単身で前衛を押し寄せていたフォモール達を激減させていく。まさに、一騎当千。
多くの団員達が畏敬の念と共に、【剣姫】――アイズ・ヴァレンシュタイン――の姿に見惚れた。
その時だった。
「―――っ!?」
斬り伏せたフォモールの奥から、先ほどレフィーヤを襲った個体よりも大きなフォモールが出現した。
死んだ仲間から取ったのだろう、両手に一本ずつ握りしめた棍棒を、大上段に大きく振り絞る。
斬り落とそうとして―――アイズの側面から突如違うフォモールの棍棒が襲った。
(回避、間に合わ―――っ!?)
横殴りの一撃を避けようとステップを踏もうとするが、焦燥で体が傾いた。一瞬の油断が招いた致命的なミス。
「アイズ!?」
絶体絶命の場面で、誰かの悲鳴がアイズの鼓膜を震わした。
「……っ」
迫りくるであろう衝撃に、瞼を閉じて身を固める。せめても、と【ヘファイストス・ファミリア】特製の【
―――だが、数瞬を経ても訪れない衝撃に恐る恐る目を開ける。
そこには、
『グブッ……フゥ!』
腕が斬り飛び、その体が徐々に縦へと裂けていく光景があった。
「―――大丈夫か?」
まるで黒曜石の様な輝きを持つ髪。振り返りざまに告げられる安否確認。フォモールとは似て異なる、鮮やかでガラス玉の様に透き通った赤の瞳を向ける全身を黒衣に包んだ少年の姿が、血飛沫を巻き上げて裂けたフォモールの間から現れた。
右手に握りしめた黒い直剣が鈍い輝きを放っていた。
「……うん、おかげで」
「そうか、よかった」
アイズの言葉に、手短に返し笑顔を浮かべた。
「っ!? レイン、後ろ!」
そこへ、先ほどの巨大なフォモールが、少年を破壊しようと棍棒を大きく振り落とす。
アイズが慌てて声を上げて、デスぺレートを握りしめて突撃しようとし―――少年の体がブレた。
驚きも束の間、少年の体を破壊し、内部から蹂躙しようとしていた必殺の一撃を持つ棍棒が空を裂いて、地面へと叩き付けられた。踏みしめられ固くなった大地が、衝撃でクレーター状に凹み、亀裂を上げて砂埃を舞い上げた。
突如として消えた獲物に、戸惑うフォモールの遥か頭上で―――斬光。
一閃―――砂埃を光が断ち切った。
更に、二閃、三閃と幾度も黒の剣閃が瞬いて、見る見るうちにフォモールの体が斬裂した。
噴水の様に夥しい血を巻き上げるフォモールを横目に、少年がアイズの傍へと着地し、納剣。
(……強いっ)
思わずアイズは歯噛みして羨望する。ファミリアの中でも、一番強さに固執している彼女は此度の遠征の他に、ソロでダンジョンに潜り自分を鍛えている。
ほぼ同時期にファミリアに加入したというのに、彼の方がレベルアップも早かった。
圧倒的なまでの差に嫉妬する。これがダメな感情だと知っているのに、尚も止められない。
「【汝は業火の化身なり】」
唐突に、二人の耳に美声が届いた。
意識を向ければ魔力が爆発的に高まっている。
「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」
終わりへと向かう詠唱に、少年はアイズの手を引っ張る。
「下がるぞ」
「……うん」
剣を握っている右手とは別に、左手が温もりを持つ。
前方を走り、アイズを引っ張る背中に幼い頃から見続けていた憧憬の姿が重なった。同時に、アイズ自身訳もわからず頬に左手と同じような温もりを感じた。
何だろう、そう考える暇もなく二人はとんぼ返りする様にして陣形の中央へと跳躍―――着地、帰還する。
「さっすが~レインだねっ!」
「そんなこと、ない。誰にでも出来るさ」
帰還した二人に駆け寄ったティオナの言葉に、困ったように眉を歪ませ答える少年――レイン・ドロップ――。
「誰にでも出来たら苦労しないわよ、【
「……茶化すなよ、ティオネ」
はぁっ、とため息を漏らすレインを見て笑う姉妹にアイズがむっ、と頬を膨らました。
先ほどまでの緊迫した雰囲気も、和やかになった。その訳も全て、この
「【焼き尽くせ、スルトの剣―――我が名はアールヴ】!」
パァンッ! と弾ける様な音と共に
全戦域が魔法の範囲内。もはや、リヴェリアの手のひらの中に其れはあると言ってもいい。
長文詠唱による絶対的破壊力を秘めた、業火の一撃。
勝利の確信を胸に、リヴェリアはその表情に笑みを浮かべた。高く白銀の杖を振り上げて、オラリオ最強のエルフの魔導士は、『魔法』を発動させる。
「【レア・ラーヴァテイン】―――ッッ!!」
爆炎。
大空間の天井にまで届く勢いで吹き上がる炎は太く、まるで突き上げる槍の様にフォモール達を串刺しにするどころか、その巨躯を丸呑みする。
劫火が
次々とモンスター達の体が炎の極柱へと消え、絶叫が重なる。
熱気と火の粉に満たされた空間が、灼熱に包まれた。
冒険者たちが武器を静かに下す、その顔は緋の色に染めあげられていった。
◇◇◇
携行用の魔石灯がいくつもの光を揺らす、
なぜかは知らないが、この
「
「団長の為なら、いくらでもこの身を捧げる所存ですっ!」
「あ、あはは……頼もしい限りだけど、無茶だけはしないようにね、ティオネ」
フィンの言葉が、静寂を裂いた。その堅苦しい言葉は、フィンの小柄な少年の様な見た目には余り栄えないが、堂に入ったものだ。それというのも、フィンはこのファミリアの団長を務める見た目詐欺のアラフォーだからだ。アラフォーだから、というのはまぁさて置いといても、フィンに名付けられた二つ名に応じた事を歩み刻んできた証拠である。
その名を―――
ブレイバーという呼び方より
オラリオに何故か来て早八年、未だに聞くたび、思い出すたびに浮かぶかつての異名の一つ。
そんな事を思っていると、ティオネがくねくねしながらフィンへと頼もしい言葉(激しい自己主張とも言える)を送るのを、苦笑いで答えれば周りの団員達が声を上げて笑った。
「―――でもさー、いっつも四十九階層超えるの一苦労だよねー。今日は出てくるフォモールの数も多かったしー」
「
「そうなんだけどさー。しんどいもんはしんどいじゃん!」
「ははっ。まぁ、とにもかくにも、乾杯をしようか。当然ながらお酒はないんだけどね、それじゃあ―――」
姉妹であるティオナとティオネのやり取りに、笑みを深めてフィンが片手に握ったコップを掲げるのを目視して、俺も片手に持ち揚げる。フィンの言葉を皮切りに、他のメンバーが全員コップを掲げたのを確認し、『乾杯ッ!』一斉に声を上げて、一息に果実水を飲み干した。ほどよく酸味がきき、全身へと染みわたるほど良い甘さのそれは、このダンジョンで嫌という程呑んだ水とは別次元の美味しさだった。
目の前に並んだのは、ダンジョンでの野営としては些か豪勢なものばかりだ。俺達が円を描くように座り込んだ中心におかれた大型の鍋。鍋の中の具材は、途中の階層で採ったハーブや木の実に、
普段遠征の時に食べる携行食と一緒にスープを食す。
基本的には、持ち込みの関係で粗末になりがちな食事は、士気を考慮したフィンの粋な計らいで、この様に豪勢なものになっているのだ。
時間も少しばかり経過し、鍋の中の具材もなくなり残りカスとスープしか残っていない頃。
「……あの、アイズさん。本当に食べなくてよかったんですか?」
「うん、大丈夫……」
「なーんて強がっちゃってさー。実はぐぅぐぅお腹鳴らしてるんじゃなーい? ほらほらーっ?」
「……いらない」
ブロック状の携行食をかじっていたアイズにレフィーヤが尋ねるなかで、ティオナがスープしか残ってない(具材は全てティオナが食べた)容器をぐぐいっ、と近づけていた。
食欲を刺激する香ばしい匂いに視線が泳いだのが分かった。だが、それもつかの間突き放すかのようにぷいっと顔を背けてしまった。
―――――どうせ、過剰な食事は
一人、今まで目の前で見てきた
アイズの目の前で褐色の
助け舟を出してやろうにも、あのまま変な意地を張って明日に不調になってもらっても困る。俺も、変な迷信にあてられ不十分な食事をしてしまったときに、逆に死にかけた時は本気でちゃんとしたものを食べようと心掛けたものだ。
あれぐらい頑固な奴には、無理やり飲ましてしまうのが早い。そう決断して、右手に持った飲みかけの容器を零さない様に、振動を抑えてアイズの下へと歩いていく。
「オイオイ、ティオナ。そんな事してもアイズは飲みやしないぞ?」
「あっ、レイン。……だってさー、アイズが意地張って携行食ばっか食べてるんだよー? 勿体ないじゃん、ダンジョンでこんなに美味しいのが食べれるのにさー」
「まぁ、わからんこともないが……」
「……意地、張ってない」
「はいはい、どうせアイズの事だから余計に食べたら明日のコンディション悪くなるからー。だとかだろ?」
「うっ……」
俺の言葉に、言葉を詰まらしたアイズに笑いが零れた。推測はやはり正しかったらしい。
良くも悪くもアイズ・ヴァレンシュタインという少女は、感情表現や言葉に乏しい。余り長い付き合いでない人たちは、一見その無表情さから、見た目そのものの人形の様に見えるだろうが、実際は細かい所で落ち込んだり嬉しがったりしているのだ。ほとんど同時期に入って、目の前で見て、戦って話してきたからこそ分かる俺だけの特権―――とか思いたい。違ったら恥ずかしい。
閑話休題。
だからこそ、アイズを説得する様に目の前で屈み、視線を合わせ話しかけてやる。
「そうやって携行食ばかり食べてる方が、体に悪いんだぞ? ティオナみたいに過剰すぎる食事はダメだけど、普通に食べる分にはいいんだ」
「あたしそんな沢山食べてないじゃーん!?」
「あーあー、五回もお代わりしてた奴が何を言うか」
「うぐぐっ!? そ、それは皆が食べないからでーっ!?」
「言い訳はもういいって、レフィーヤ。ティオナどっか連れてってくれないか?」
「あ、はいっ。ほ、ほら、ティオナさん、あっち行って片づけに参加しましょう?」
うがー! と、女の子らしくない声を出しながら片づけに向かうティオナに苦笑する。
視線をティオナからアイズへと戻すと、すこし口元をほころばしていた。……どうやら彼女的にも、今のやり取りは面白かったようだ。
「まぁ、なんだ。食べれる時は食べとけってやつだ」
「……い、いらない」
差し出した器を避ける様に、首を振るアイズ。
む、頑固すぎるな。
「頑固だなぁ、アイズは」
「頑固じゃない」
「美味しいのに、もったいない……ってか俺だって、アイズと同じようなことして死にかけたことあるんだぞ?」
「……えっ?」
食いついた。
表面にはださず、内心で笑いながら目をパチクリさせるアイズに言葉を続ける。
「俺も、一時期コンディションが悪くなるっていう迷信を聞いてな。やってた時があったんだが、逆に栄養が足りな過ぎて体が思う様に動かなくてさ」
「……」
信じられない、とばかりにキョトンとするアイズに内心笑う。
どれだけ俺の事を完璧超人だと思っているのだろうか、というかアイズだけじゃなく皆なのだが。
俺だって、何の縁かは知らないが同じ英雄をいう二つ名を貰ってはいるが、ちょっと出生だけが特殊な一般人だ。他の奴らより戦闘経験とかは豊富だし、自信こそあるが……まぁ、それでも出来ないものは出来ない。
「俺にどんな理想を抱いてるか、なんてわからないけどさ。とりあえず、ほら。食べてみろよ、ティオナと違って少しだけ具も入ってるぞ? まぁ、心もとないかもしれないけどさ」
「……」
「だぁぁ、もうっ。意気地過ぎんだよ、俺が嘘ついたことあったか?!」
「……ない」
「そうだろ、ないだろ? じゃぁ、信じろよ」
未だに意気地になるアイズの視線がさまよったのを確認し、畳みかける。
今度は、容器じゃなく具とスープをスプーンですくいアイズの口元へと運ぶ。
「……」
俺とスプーンの間を幾度も視線を向けながらも、なぜか少し顔を赤くしてその小さな口へとスプーンを運ぶ。
入ったのを見て、口からスプーンを抜いてもう一度すくって口元へと運ぶとまたしても口へと入れる。
―――――なんか、楽しい。
雛鳥にエサを与える親鳥の様な心境である。こんな事言ったらアイズは怒るんだろうけど。
「美味しい……」
「ははっ、だろ? 食べれる時には食べとけって。腹八分目に納めときゃいいんだからさ、腹が減っては戦がなんとやらってね」
笑いながら、俺も自分ですくって口に入れて咀嚼する。
うん、しかし我ながら中々いい出来だ。女連中と一緒に作った甲斐があったなぁ。
そこまで考えてから、アイズへと視線をあげると―――
「……っっ!!」
―――先ほどより、顔を赤くしたアイズがそこにいた。
あ、あっれれー……おかしいなー。
なんかしたっけか、俺。ま、まぁいいか。
「と、とりあえず、これあげるからさ。食べたら言えよ、片づけるから」
「……あっ」
そそくさと逃げるように、アイズの手に容器とスプーンを握らせて背を向けて歩き出す。
なんか後ろで、アイズが物寂しそうに声をあげたが無視だ無視っ!
なぜか俺まで気恥ずかしくなるじゃないかっ。
あれ、そういや……間接キスってやつ!?
あぁぁ!!!? やっちまった、純粋なアイズを汚しちまった!? くそう、恥だ。俺最低だよ。
そう思ったときには、既に就寝時間であり、時すでに遅しであった。顔色は言わずもがな、胸はドキドキと高鳴って思った以上に睡眠が出来なかった。
無性に、時間を戻せるならばコンディションとか言って説得してた俺をぶん殴りたくなった。
一気にお気に入り登録が増えてたけど、解除されても文句がいえないです。
解除しても、次の話を投稿したときにはもう一度してもらえるように次回しっかり描きたいとおもいます!!
すいません、感想もっとプリーズ((