ソロモンの空に舞う   作:らーめん

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レーズン入りのオートミール

 

 

 

 

 

目覚めは最悪の気分だった。

真っ白な薄いシーツが胸の前にかけられている。汗をかいたせいで、寝間着が肌に張り付いて気持ち悪い。

枕元のイヤホンからラジオ音声が漏れ聞こえる。やけにテンションの高いプリンシパリティ・ボイスのDJの声だ。誰かのリクエストでついこの間メジャーデビューしたばかりのバンドの曲を流している。錆び付いたロックミュージック。嫌いじゃないがどうにも売れそうにない曲調だ。止めた。時間を確認し、もう一度簡易ベッドの上に寝転がった。

灰色の天井に貼られた水着ギャルのポスターが無様な俺を笑っている。見慣れた狭苦しいいつもの宿舎。

軍事施設とはこうであるべき、という様式で造られた部屋には余分なスペースなど一つもない。どこにでもあるような画一的な二人部屋だ。

個人のプライバシーが存在しないこんな環境にも慣れたものだ。

それなのにいつまでたっても寝起きが落ち着かないのはどういうわけだろう。もう卒業も近いというのに一回もスムーズに起きれた試しがない。

きっとジョンが貼り付けた水着ギャルのせいだろう。どういうわけだかあいつはいつも俺のことを笑っていやがる。

どうにもその笑顔が子供の頃、隣家に住んでいた中年のおばさんを思い出させるようで妙に落ち着かない気分にさせられる。真っ赤な口紅と、頬に浮かんだえくぼなんか特にそっくりだ。

 

普通に近所付き合いをするには気さくでいいおばさんだった。ただ俺は彼女が作るレーズン入りオートミールが大っ嫌いだった。

そしてどういうわけだかそのおばさんは近所の子供達にお手製のオートミールを作っては食べさせるということを日々の生き甲斐として毎日を過ごしていた。子供だった俺はうまい断り方をすることも出来ず、ただ愛想笑いを浮かべながら食べるという日常を何度も何度も繰り返すはめになった。

おかげさまで今では誰が作ったオートミールだろうと俺は大嫌いだ。

 

ひらひらと揺れる誰かの手がすぐ近くにあった。天井のセクシーギャルに別れを告げ、視線を翻す。

寝起きの霞んだ視界には流行りのホームドラマに出てくるような陽気で青白い男の顔が浮かんでいる。なんとなく笑っているのがわかった。

眼を擦り、何度か眼を瞬いて焦点を合わせる。やはり向かい側にある簡易ベッドから金髪碧眼の痩せた男が笑っていた。ポスターの主だ。

規律正しい軍社会でしばらく暮らしていけばどんな男だろうと自然と精悍になっていくはずだがそいつの風体はいまだに優男っぽい印象を与える。

俺はスペースを作るためにシーツを蹴飛ばし、固いベッドの上で一度だけ大きな伸びをした。

体を動かすと少し骨が軋んだ。昨日の無茶のツケか体の節々が痛みを訴える。消化出来ない戦闘の残滓が脳裏に浮かび上がっては寝起きの緩慢さに揺れてまた沈んだ。

 

「ハロー。こりゃまた随分寝起きが悪そうだな」

 

「…………放っておいてくれ。いつものことだ、ジョニィ」

 

俺がそう言うとそいつはやれやれと言いながら首を竦めた。

同時に、ややくすんだ金髪の前髪がゆらゆらと揺れる。その仕草がやけに様になっていた。

やはりこいつは俳優にでもなってホームドラマに出ているのがお似合いだ。

 

「昨日の宙域シミュレーションで派手に怒られたせいかい?――――お前はAMBACの使い方がまるでなってない!これまでいったい何を習っていた!」

 

ジョンはやや大袈裟にライカー教官の真似ごとをしてけらけらと笑った。

仲間内では彼の十八番ネタとなっている。これがまた声音までやけに似ていて、教官に本当に怒られているような気さえして朝っぱらから更に気が滅入った。

 

「やめてくれ、まだ怒られてる気がする」

 

「悪かった悪かった。これでも僕も責任を感じてるんだ」

 

「そうか?」

 

「なんせ敵機体ごと君をバズーカ砲の藻屑にしちまったのは僕なのに、なぜか君が怒られているのを隣でずっと聞いてるんだぜ。罪悪感で潰れそうだったよ」

 

「ライカー教官は俺が嫌いなんだろうよ」と俺は鼻をならした。「そうとしか思えない」

 

「どうだろう。もしかしたらそうなのかもね」

 

「罰走はともかく教官のお小言にはもううんざりだよ」

 

「この前の失敗の時も。そのまた前も。まったく同じ言葉だった」

 

ジョンは俺がまるで最高のジョークを言ったかのようのな表情で俺を見た。

耐えきれず俺はくたびれた含み笑いをした。

 

「あぁ、くそったれ、ってもう何度言われたかな。すっかり口癖がうつっちまったよ」

 

「まぁそれもじきに終わり。士官学校を卒業出来れば同じ、さ。だろ?」

 

そう言ってまた快活に笑った。ジョンはどこまでも適当な男だった。

普通はこういった場所で間が抜けた人間は嘲笑され、周囲からは敬遠される対象だ。そいつの間抜けが原因で失敗し連帯責任で罰を与えられてはたまったものではない。しかしジョンの場合は根っこの気質が真面目なのと持ち前の愛嬌のせいか”こいつはこういうやつだから仕方がない”と周囲に思われてしまう不思議な魅力を持っていた。

陽気な上に分け隔てもなく親切で、特別に威張ってるわけもなく、ただ間抜けなのがたまに傷。そういう男だった。

一言で言うと憎めないキャラをしているということだ。俺は時々こいつのことがどうしようもなく羨ましく思える時がある。

 

「こんな調子で本当に卒業出来るのやらな……」

 

「おいおい、君が卒業出来ないとしたら僕も卒業出来るわけがない。そういう頭の痛くなる話は勘弁してくれよ」

 

「…………どうだか」

 

そう言って溜め息を吐いた。本当の所どうすればいいかわからないから困っていた。

抑制された息遣いの奥底で色々なものが渦を巻いていた。国や家族、親しい人たちをこの手で守りたかったこと。親と交わしたいくつかの約束。

軍人になると決めた時には確かに心にあったはずのそれらがいつの間にかばらばらになっていた。

なぜか唐突に全てがどうでもよくなってしまう時がある。戦争に加わるということに実感が持てない。果たしてこのまま卒業していいのだろうか。

それに少しの後ろめたさを感じていた。

怯えているのかもしれない。同じパイロットだった叔父さんのことをここ最近よく思い出す。自分でもよくわからない。

 

「だいたい俺にはAMBACってのがいまだによくわからねぇよ」

 

「無重力下でモビルスーツを扱う上での基礎理論だろ?」

 

「じゃあジョニィ、お前は戦闘中にいちいちモビルスーツのどこに重量がかかってるからどう動かして……とか考えてるのか?」

 

向かいの簡易ベッドの上でジョンは今にも欠伸をしそうな顔をしていた。

 

「いいや」

 

「だろ?そんな余裕なんてない」

 

教官にさんざん言われたことは当然頭にすべて叩き込まれていた。

Active Mass Balance Auto Control.能動的質量移動による自動姿勢制御。

稼動する重量物を動かすことで機体本体の進行方向も一緒に変える。俺は両手を振り上げ、身振り手振りでモビルスーツの動きを再現してやった。

文字通り、質量を移動することによって姿勢を制御することだ。右腕を動かす反動で体を正面に、そして今度は左足を動かす反動でその動きを止める。

まるで回転する椅子の上で見えない敵相手に格闘しているかのような動きだ。

馬鹿らしい。悠長にそんなことしてたら恰好の的になる。ただでさえ俺の動きは遅いというのに。

 

「潔くスラスターを使えばいいじゃないか。背中についたそれはなんのためにあるんだ?」

 

そもそもモビルスーツには自動的に慣性を打ち消すようにバランスを取る、オートバランサーが取り付けてある。

当然の話だ。動かす度に慣性がかかってしまえばマシンガンの照準一つつける度に機体は意図しない方向へ吹っ飛んでいく羽目になる。だからこそ、そうはならないように機体が計算して自動的にバランスを取ってくれる。これがオートバランサーだ。しかしこれらの機構は慣性を殺さず利用するAMBACと真っ向から対立する。

なんだ?仕舞いにはバランサーを切れってことか?そんな馬鹿な話が……。

 

「あー……」

 

うつむき加減でジョンは言葉を続けた。

 

「ええっと、エネルギー効率がいいんだろ……あとは推進剤が少なくてすんだり?そんなところじゃないかな」

 

「本当かよ」

 

「知らないさ。ただ教官が言うからにはこっちはイエッサーで一も二もなくただ従うだけ、そうだろ?」

 

「それとこれとは別だろうが」

 

その言葉が正しすぎて苦々しい思いに囚われた。自分の言い分が間違っているということはわかっているつもりだった。

上官の言うことには疑問を持つな。今更言われるでもなく軍隊では当たり前のことだ。

それに言いたくはないが教官はこの上なく信頼しているし、尊敬もしている。ただAMBACという理屈そのものにどうにも納得が出来ない。

疑問は躊躇いを生む。トリガを握る刹那、命を賭ける一瞬でつまらない躊躇いを持つのはゴメンだ。みんなはそうじゃないのか?

納得出来ていない時点で俺は兵士としては失格なのかもしれない。

 

「君はいつも難しく考えすぎだよ、なんとなくでいいじゃないか」

 

そう言ってジョンは簡易ベッドから降りて、シーツをそれなりに見えるように整えた。

 

「それはお前がいつも適当すぎるだけだ」

 

「でも教官たちはみんなそれをやっているわけだろ?教官が正しい」

 

教官たちは恐れを知らない古強者の集まりだ。

首を支える肩口の筋肉なんか軍服の上からでも盛り上がっているが見て取れるくらいマッスルで、例え何十時間だろうがモビルスーツに連続搭乗していられる屈強でタフな野郎どもだった。女性教官もいるが”野郎”には変わりない。あれは間違ってもレディなんて呼称で呼んではいけない。レディに失礼である。

生死を幾度と無く潜り抜けたモビルスーツ乗りは常に不屈の笑みが頬にへばりついているような人間たちだ。

とてもかつて同じ様な訓練を受けて育ったはずのパイロット達には思えない。俺は半ば本気で呆れながら言葉を返した。

 

「行き着くところは教官と同じことやれってか?無理無理」

 

「ハハハ、それは同感」

 

実機訓練や戦闘シミュレーションをやっているとそんなことばかり思う。

自分と教官は違う。階級も人生経験も何もかもが違う。なんだったら生物としてのくくりからして違うかもしれない。

そんな馬鹿げたことを思いながら壁時計を見上げた。点呼の時間が近い。

ベッドから立ち上がって手早く新しいシャツに着替えた。さっぱりとした新しい布地の感触が心地良い。

 

「ああいうのがニュータイプっていうのかねぇ……」

 

ジョンは遠くを見るかのようにぼんやりとした表情を浮かべていた。

はじめて見る顔だな、となんとなく思う。

ジョン・ハーモンはもともとはグラナダ出身のルナリアンだ。幼少の頃に親の仕事の関係でサイド3に移り住むことになり、それからずっと26バンチコロニーで育ってきた。そして今では俺と同じジオン公国の士官候補生となっている。とぼけた顔をしても本心では色々と思うところがあるのかもしれない。触発されてか、俺も様々なことを思い返した。

焦臭くなってきたこの戦争の行方。士官となった俺たちの将来。そういった思いに心が乱されるのは俺たちがまだそうなりきれてないからかもしれない。

 

「卒業する頃にはわかるかもしれないな」

 

自分でも信じていない願望だったからこそ、すっきりと言えた。

俺はジョンを軽く見遣り眉を吊り上げて見せた。そしてそのまま彼の肩を軽く叩き、なんとか立ち上がらせることに成功した。

 

「行こうぜ、点呼に遅れたらまたライカー教官に怒られる」

 

「オーケイ。そうだな。それがいい。僕なんかもう腹ぺこだよ。早く飯が食いたい」

 

「朝飯ってなんだっけ」

 

「うん、なんだったかな?オートミールだった気がするけど」

 

「…………マジかよ、勘弁してくれ」

 

 

 

 

 

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