下ネタという概念が存在しない退屈な文明開化   作:Z-Laugh

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第十話 最終回

「一時はどうなるかと思いましたよ」

 週末の日曜日、カフェでコーヒーを飲みながら僕は横に座る早乙女さんと正面に座る華城さんにそう言うと

「本当に今回は幸運が重なったわね。これからは早乙女先輩の部屋には必要最低限の物だけを置くようにしましょう」

「それがいいですね。いざという時の事を考えれば当然ですよ」

「しかし・・・司法省の動きも気になるけど、アンナの事も放っておけないわね。かなりマズイ状態じゃない」

「そうなんですよ。あの様子を目の当たりにした僕だって未だに信じられない程の危なさでしたからね」

「まあ、それはいざとなれば狸吉をアンナに差し出せばいいだけの話だし、出来るだけ騒ぎが大きくならない方向でモノを考えていきましょう」

「ちょっと待って下さい。なんで僕がアンナさんの犠牲になる事が前提になっているんですか」

「しょうがないでしょ。他に方法がないんだから」

「そんな事言わないで下さいよ。華城さんだって今のアンナさんが恋愛状態じゃなくて只の発情状態だって解かっているんでしょ」

「それは解かっているけど、まさかアンナに他の男をあてがう訳にもいかないでしょ。それなら、せめて身元がハッキリしている狸吉に相手をして貰うのが一番アンナの為になるんじゃないかって思ったのよ」

「そりゃ、どこの馬の骨とも知れない男をあてがうよりはマシかも知れませんが、もうちょっと他に方法がないか考えて下さいよ」

「そんな事言ったって事が性欲の解消でしょ。だったらスルしかないのは古今東西不変の事実よ。狸吉もそれは解かっているでしょ」

「う!確かに・・・けど今のアンナさんじゃ一度すれば終わりって感じじゃないですよね」

「それも問題よね、今のアンナじゃ狸吉が干からびるまでやりたがるのは目に見えてるしね」

「どうすればいいんですかね~」

 そんな会話を華城さんとしていたのに、横にいた早乙女さんは一切口を挟まずに困った表情をしている。普段なら自分の絵の為に僕がアンナさんと合体する事を望んでやまない様な発言をするなのに一体どうしたのだろうか?

「早乙女さん、どうかしたんですか?」

「・・・それがのう、少々厄介な事になっておるのじゃ」

「どういう事ですか早乙女先輩。事情聴取も家宅捜索も問題なかったって言ってたじゃありませんか」

「ワシはいいのじゃ、ワシは」

「じゃあ何が問題なんですか?」

「アンナじゃ」

「まあ今のアンナさんの状態はは困りものですが早乙女さんに直接迷惑が掛かる様な事は無いし、僕も絵の制作の邪魔になる様な行動は控えるつもりですけど」

「そっちの話ではない。あくまで《S○X》の活動の話じゃ。実は司法省の役人が取り調べに来た時にアンナの事を《雪原の青》ではないかと疑っておったのじゃ」

「アンナさんをですか」

「司法省の役人も武道の心得があるらしくてな。それを蹴り一つで動けなくしてしまう程の運動能力を見て横濱の街や学園での犯行の実行犯だと推理した様なのじゃ」

「アンナが《雪原の青》として疑われるなんて」

「事情聴取は家宅捜索の後に行われたからワシに対する疑いは最小限で、むしろアンナの事を根掘り葉掘り聞かれたのじゃ」

「その事は理事長は御存じなんでしょうか」

「事情聴取に立ち合って貰ったからのう」

「理事長は何も言わなかったんですか?自分の娘が疑われたんですよ」

「理事長もアンナの最近の様子が変な事は知っておるし、なにより昨夜アンナが何故学園に来ていたのかを知っておる様子だったから何も言う事は出来なかったようじゃ」

「卑猥な活動家じゃありません、性欲が極まって学園に住み込みの若い男に夜這いに来てたんです、とは人の親として口が裂けても言えないわよね」

「無論、司法省の連中もアンナが《雪原の青》である確証がある訳ではないのじゃが、この時岡学園が卑猥な知識の流布活動の中心である事を疑い始めておるのじゃ」

「じゃあ僕達には一切嫌疑が掛かってなくても学園とアンナさんに嫌疑が掛かってしまったんですか」

「そういう事じゃ。それに時岡学園に嫌疑が掛かると言う事は在校生であるワシへの嫌疑も晴れておらんという事じゃろうな」

 折角上手く行ったと思ったのに、学園とアンナさんに嫌疑が掛けられてしまうなんて。これじゃあ早乙女さんの言う通り彼女への嫌疑も晴てないだろうし、それでは《S○X》の活動もままならない。

「まあ、ワシが絵の作者である事は確証を得る事は出来ん筈じゃ。原画を見られたのならともかく版画ならば制作過程で他人の手が入っておるからな」

「じゃあ学園とアンナさんの名誉を回復する必要がありますね」

「そうね、何か手がないか考えてみるわ。狸吉も早乙女先輩も考えてみて」

「わかりました」

「了解じゃ。いっそ来週の水曜日に予定されておる美術展の授賞式で関係者に全てをぶちまけてしまいたい程じゃ」

「美術展の授賞式?」

「またワシの絵が大賞を取っただけの話じゃ。授賞式には美術関係者も多く集まるからの、そこで皆に事情を理解してもらえれば司法省の捜査を撹乱出来るのじゃが」

「さすがにそれは無理でしょうね。授賞式に出席する様な人達が全員僕達の考えに賛同してくれる可能性は低いでしょうから」

「じゃが、持って来いの舞台じゃぞ。なにしろ授賞式にはワシは勿論、学園の代表として錦ノ宮親子も出席するのじゃから」

 早乙女さんの話を聞いた華城さんの目がキラリと光る。

「理事長とアンナも出席するの。なら、そこで《S○X》の活動をすればアンナへの嫌疑を晴らす事が出来るわね」

「・・・確かに。アンナさんが授賞式に出席している所に《雪原の青》が現われればこれ以上ない別人である証明になるでしょうね」

「しかし、それは危険過ぎるじゃろ。美術展の授賞式は出席者だけを集めての展覧会を同時の行うから要人警護と美術品窃盗に対する警備が物凄いのじゃぞ」

「それはさすがに・・・」

「・・・そうね、別な手を考えましょう」

 三人して沈痛な表情で何も言えなくなってしまった。しかしアンナさんへの嫌疑を晴らす手掛かりは手に入れた。アンナさんがいる場所で《雪原の青》が出現すれば司法省の疑いを晴らす事が出来る。それが出来れば時岡学園への嫌疑、引いては在校生である早乙女さんへの嫌疑も晴らす事が出来る筈だ。次の活動は時と場所を慎重に選ばないとな。

 

 

 そして週明けの月曜日、僕はいつも通りに学園内で用務員の仕事をしていると職員から理事長が呼んでいると言われ理事長室に向かった。今度は一体何が?少なくとも早乙女さんの取り調べの事や先々週の活動の事を僕に尋ねてくる筈がないし、またアンナさん暴走についてかな?と比較的気楽に理事長室を訪ねると理事長が

「狸吉君、明後日の水曜日の夜。空けておいて頂戴ね」

「水曜の夜に何かあるんですか?」

「ええ、うちの学園の早乙女乙女さんの作品が美術展で三つも賞を取ったのよ」

「三つもですか。それは凄いですね」

「ええ、しかもその内の一つは最高栄誉の大賞よ。それで水曜日の夜に近くにある洋館で授賞式と展示会が開かれるのだけれど、それが済んだ後、彼女の絵を学園まで運んで欲しいのよ」

「絵を運ぶんですか」

「一点だけなら私達でも運べるんだけど三点ともなるとちょっと無理だし、それに受賞した絵がかなり大きな物なのよ。だから会場の洋館の裏口に大八車を引いて来て欲しいのよ」

「そういう事ですか。かしこまりました」

「ただ、いくら仕事が絵の運搬だからと言ってだらしない恰好で来ては駄目よ。授賞式には大勢の偉い人が来るのだから、いつも通り背広姿で来て頂戴」

「ははは、背広姿で大八車を引く日が来るとは思いませんでしたよ」

「全くね。じゃあ水曜日の夜、頼んだわよ」

「はい、かしこまりました」

「・・・それと狸吉君。またアンナが迷惑を掛けた様ね」

「ああ、話は聞きました。なんでも深夜の学園に忍び込んで来たそうですね」

「そうなの、厳しく叱っておいたから許して頂戴」

「いえ、特に何か被害に遭った訳じゃないですし、そんなに謝らないで下さい」

「ふぅ・・・もうちょっと上手く自己自制が出来ると良いのだけれど」

 あからさまの溜息を洩らすソフィア理事長、いやソフィア・錦ノ宮。その表情は理事長が生徒を心配する物ではなく愛娘を心配する普通のどこにでもいる親の顔だ。僕は何も言えずにただ、そこから目を逸らすと間を埋める様に理事長の横にいた女性秘書さんが僕のほうに歩いて来て、会場の場所を描いた紙きれを手渡して来て母親の顔をしたソフィア・錦ノ宮から見えない様にニコッと笑って理事長室のドアの方を小さく指さしてくれた。女性秘書の気遣いをきっかけに

「では仕事に戻ります」

 そう言い残して僕は理事長室を後にした。理事長も苦労が絶えないな。時岡学園が卑猥な文芸復興の中心と疑われたり、娘が主犯格だと疑われたり、その上、その娘が発情して手を付けられないと言うのだから公私ともに大変な状態なのだろうと心配になる。しかし時岡学園を卑猥な文芸復興の中心にしたのは華城さんを始めとする僕達《S○X》であり、僕は理事長に対して加害者の立場に当たる。加害者が被害者を思いやるなんて傲慢以外の何物でもない。そんな事を思う位なら奴どうを辞めてしまえばいいのに、これからも今まで以上に活動を続けようと言うのだから無関係な人が見れば呆れる程の厚かましさに見えるのだろう。こういう活動に犠牲はつきものなのだろうか、どうにかしてこういう犠牲無しで文芸復興運動を続ける事は出来ない物なのだろうか。そんな答えが有るかどうかも解からない疑問を抱きつつ仕事をしていると、アッと言う間に夕方になり生徒達が学園から姿を消し始めていた。仕事をしながら帰宅する生徒や教職員に挨拶をしていると少し遠間から華城さんが僕を見ていた。真っ直ぐ立って僕を見つめている。視線に気付いて華城さんを見返すと彼女は顎だけで僕を僕の宿舎へ誘導し帰宅者が途切れた頃、僕は宿舎に向かった。ドアにもたれる様に僕の事を待っていた華城さんが僕が来た事に気付くとドアから背中を離して真っ直ぐに立ち直す。

「どうかしましたか」

「・・・別に」

 僕を呼び付けたにも拘らず、ツンと突き放す様な態度を取る華城さん。

「別にって・・・何か用があったんじゃないんですか」

「用と言う程の事じゃないのよ・・・ただ、学園議会本部にアンナが来ないの」

「そう言えば司法省の取り調べの事を教えに行った時もいませんでしたよね」

「実はアンナ、理事長から自宅で謹慎する様に言われているらしいわ」

「謹慎?けど学園で姿は見かけますよ」

「ええ、授業を受けるのはいいのだけれど、それ以外での外出は一切禁止されたそうよ」

「やっぱり、あの晩の事が影響してるんですかね」

「アレが決定打だったみたい。理事長が先週、轟力先生を連れて学園議会本部にやってきて、アンナがしばらく議長として仕事が出来ないから学園議会の運営をよろしく頼むって

言われたのよ」

「なんですぐ教えてくれなかったんですか」

「狸吉に教えても事態は何も変わらないでしょ」

「そりゃそうですけど・・・」

 華城さんの態度があからさまに僕を撒き込みたくない、心配をかけたくないと言った感じだ。しかし華城さんにはこの事で愚痴を聞かせられる相手が僕と早乙女さんだけしかいない。事情を全て知った上で話を聞いて貰える人間、実は《S○X》の活動に限って事じゃない。人と付き合っていく中で自分以外の人間と全てを分かち合う事がどれほど難しい事なのかは僕自身が良く知っている。父さんから教えて貰った知識のせいで村の同世代の人間と腹を割って話せた事は一度も無く、事情を知るのは両親のみ。しかも母さんはそれを極力外に出すなと言い続けた人間。そんな暮らしをしていた僕には今の華城さんの気持ちが手に取る様に解かる。

「華城さん、アンナさんが心配なんですね」

「・・・」

「今日、僕は理事長室に呼ばれて理事長から先日は娘が迷惑を掛けたと謝罪されたんです」

「理事長から」

「はい。おかしな話ですよね、アンナさんがああなったのも、この学園が卑猥な文芸復興の中心になった事も《S○X》のせいなのに謝罪されたんですよ」

「私も理事長からアンナが学園議会の仕事が出来なくなって申し訳ないって謝罪されたわ」

「僕は加害者の立場なのに被害者の理事長に同情までしました。傲慢極まりないですよね」

「コーマン、こんな時によくそんな事が言えるわね」

「傲慢だ、傲慢」

「コーマンを強姦、いくら人気がないと言っても少し控えなさい」

「華城さんこそ少し控えて下さい・・・我慢や無理を少し控えた方がいいですよ」

「狸吉・・・」

「僕らが《S○X》の活動を続けて行けば、こういう犠牲は必ず出てきます。もし、それを辛いと思うんだったら活動を辞めてしまえばいいんです」

「狸吉、それは違うわ。私は《S○X》の活動を辞めたい訳じゃないの」

「わかってます。だから悩んでいるんですよね」

「民権運動をしている人達なんかは平気で革命に犠牲は付き物だ、とか言ってるけど犠牲にされた方は堪ったもんじゃないわよね」

「そうですよね。自分の意思ややってきた事とはとは関係無しに酷い目に遭うんですから」

「私はああいう事を平気でやれる人間にはなりたくないの」

「同感です」

「・・・なら私はどうすればいいの?狸吉はどうしたいの?」

「僕も今、同じ事を考えてました」

「そうよね。私達は同じ立場の人間ですもの同じ事を考えるわよね。なら一つだけ教えて頂戴、狸吉、あなたは文芸復興活動を続けたい?」

「・・・続けたいです。しかも犠牲者を出さない様に続けたいです」

「そこまで同じ事を考えないでよ・・・」

 華城さんが僕に顔を見せない様にうつむくと倒れる様に僕の方に顔を乗せて来た。

「華城さん」

「狸吉」

 いつの間にか手を握り合い、僕の肩に乗っている華城さんの頭に僕の頭をくっつける様に乗せていた。こんなにか弱く見えた華城さんは初めてだ。支えてあげないと崩れ落ちてしまいそうなくらい頼りない。抱きしめてあげないと冷え切った心が死んでしまうのではないかと思う程に弱り切っている。そんな感覚を理屈抜きで服越しに感じ取った。けど僕が華城さんを抱きしめようと決心した時には華城さんは自分の足でしっかりと立ち直った後だった。なんか突然つっかえ棒を外されたような心地になったが華城さんが自分の足で立てるならと思い、僕は彼女の手も離す。華城さんは僕から手を離されると自分の両手を胸元で重ねてから

「奥間狸吉、犠牲者を出さない活動方法を考えて頂戴。これは《S○X》の長である華城綾女の命令よ」

「わかりました。命令されたら是非もありません」

「頼りにしてるわよ。これからの《S○X》にはあなたが必要なのだから」

「随分大袈裟な物言いですね」

「そうかしら、もう少し派手な方がいいと思っている位なんだけど」

 そう言い残して華城さんは地面に置いてあった鞄を手に持ち、空いている手を振りながら学校から帰って行った。犠牲者を出さない活動家、そんなモノこの世にあるのだろうか?根本的な疑問は消えなかったが華城さんに命令して貰ったおかげで少しだけ前向きにこの疑問に立ち向かう心構えが出来た。やっぱり彼女は《S○X》の長であり精神的な支柱なんだ、そう確信しながら僕は宿舎へと戻った。

 

 

 そして水曜日の朝、僕はいつもの朝の掛け足に出掛けたのだが行き先をいつもと変えてみた。手には昨日、理事長の秘書さんから貰った紙きれを持って、そこに書いてある場所を走って目指した。普通の建物なら三階建て位だろうか、とても屋根が高く大きな建物だ。学園の学舎に負けない程の大きさだ。しかし大きく違うのがその建物の形だ。学園の学舎は将棋の駒の様に縦長で薄っぺらい感じだが、この建物は言うなれば屋根が三角屋根なだけで建物全体はサイコロの様な真四角に近い形をしている。横濱市民会館という建物の前にしてこんな印象を抱いた。ここが今日、早乙女さんと錦ノ宮親子が出席する美術展の授賞式が開かれる会場か。周囲を一周して正門と裏門の位置を確認する。正門は学園の門よりも大きな門扉が取り付けられていて建物までの間は植木や芝などが植えてあり、ちょっとした庭園を思わせる作りでのいかにも大勢の人が利用する施設の様な感じがする。裏門は二回りほど小さい門扉が取り付けられており正門と違い飾り気は無いが門扉から建物入り口までの距離が短く荷物の搬入・搬出がし易そうだし、それこそ大八車がそのままは建物に入って行けそうな感じだ。こうやって下見をしておかないと夜になってから迷いましたとか遅れましたじゃ偉い人が沢山来ている会場で僕を待っている早乙女さんと錦ノ宮親子に恥を掻かせる事になるからな。下見を済ませてもう少し足を伸ばし以前住んでいた本居さんの地本問屋の有った所までやって来ると木造の古い建物はすっかり無くなっていて、レンガが腰の辺りまで組み上げられて建物の外壁が徐々に出来上がっている感じだった。その内側にはこれから組み上げられるであろう、まだ建材のままのレンガが沢山積み上げてあった。ここにも文明開化の波が押し寄せているんだな。そんな寂しさと喜びが混ざり合った様な気持になりながらカフェになるであろう地本問屋跡地を後にして学園への帰路についたのだが、その途中に華城さんの家を見つけた。もちろん家に寄る訳でもなく近くを通り掛り、足だけを動かしながらその場に留まっただけなのだが一昨日の華城さんの様子が何とも気になった。活動に嫌気がさした様子はなかったが僕と同じ活動に伴う犠牲を捨て置けないという悩みを抱えていた。かなり思い詰めた様子だったから少し心配だな。まあ華城さんの事だから何かいい考えを思い付いてくれるに違いない。そう信じて僕は学園へと帰った。そして、その日の夕方。早乙女さんは学園から制服姿で会場の横濱市民会館を目指し、理事長は一度家に帰り着替えてからアンナさんを連れて会場入りすると言っていた。まあ理事長も母親同伴ならアンナさんがおかしな事をしないと判断したんだろうな。そうして僕は大八車の荷台に長い麻縄を巻き付け絵を運ぶ準備を整える。そうして僕自身もいつものズボンにチョッキ姿ではなく上着である背広を着て頭には横濱に来てから自分の稼ぎで勝った黒革の鳥打帽子を被り支度を整えた。夕方から夜に変わる頃に僕は大八車を引いて時岡学園の正門をくぐり横濱市民会館を目指そうとすると正門横に華城さんが立っていた。

「あれ、どうしたんですか?」

「ちょっとね。狸吉はこれから美術展の会場?」

「ええ、背広姿で大八車を引いての会場入りです」

「ふふ、狸吉もすっかり背広に慣れた様ね」

「そうですね、着始めた時はあんなに照れ臭かったのに」

「そうやって変わって行く事は悪い事じゃないわよ」

「・・・どうしたんですか?」

「何が?」

「いや・・・なんかいつもと違うから」

「違わないわよ。いつも通り」

「なら、いいんですけど・・・」

「ほら、会場到着が遅れると理事長に叱られるわよ」

 そう言うと華城さんは僕の肩を叩いて早く会場に向かう様に促した。一体何だったんだ?なんか、こんな事以前にもあったな。いつ、どこで、誰とだっけ?そんな事を考えながら人通りや時折通る馬車名などに気を付けながら大八車を引いて会場の横濱市民会館の裏門に到着する頃には、すっかり日が落ちて夜の帳が降りていた。到着した裏門の前には早乙女さんが言っていた様に数名の邏卒が立っており、大八車を引く僕を見るなり、何者かと尋ねて来たが時岡学園の奥間である事を名乗ると手に持っていた紙の束を見てから、うんうんと頷いてから僕に大八車を裏門横に置く様に指示をしてきた。指示通りに大八車を裏門横に置きながら中の様子を聞いてみると、授賞式はこれから始まる所であと一時間ほどで会場から絵を運び出す事が出来るだろうとの事だった。僕は邏卒の許可を得て会場に足を踏み入れると中は数多くのランプや豪華なシャンデリアで明かりが灯され昼間の様な明るさだった。そして会場内にいる人達は皆、豪華な着物や洋服を着て、かなりの数の女性が裾が大きく膨らんだ引きずるような長さのドレスを着ており、その形はまるで花が開いた様で何ともきらびやかな美しさであった。そんな中に一際、目を引く女性がいた。

 

 

アンナさんだ。彼女もまた長いドレスを着ていたのだが、その背の高さや目立つ顔立ちから周囲の注目を集めいて、ひっきりなしに若い男性から挨拶をされていた。物凄く場違いな場所に来ちゃったな。そんな感想を抱いきながら裏口あたりをウロチョロしていた僕をソフィア理事長に見つけて貰った。彼女は楽しそうに僕の事をパーティーの出席者に紹介していく。紹介を受けた人達も僕の服装を見た後に時岡学園の用務員だと知らされると驚きが隠せない様子で物珍しげに僕をジロジロと観察して来た。また一方では時岡学園にはハイカラな用務員がいると聞いてた人達から、ようやく本物が見れたとやはり見せ物にされてしまった。そんな何人もの慇懃無礼な視線を浴び終わるとソフィア理事長が少し席を外す、僕は独り残されどうすればいいのだろうかと途方に暮れていると一人の壮年の男性、年の頃なら四十半ばくらいの感じだが口元のヒゲを綺麗に整えて背広をきちんと着こなし、いかにも西洋風の紳士というのに見える人間が片手に飲み物が入ったガラスのコップを持って話しかけて来た。

「こんばんは、時岡学園の用務員さん」

「あ、こんばんは」

「そんなに緊張しないでよ~。ここはパーティー会場、みんなが楽しくお喋りする場だからね」

 何やら外見と一致しないベタッとした喋り方をする男が僕を興味深げに見ている。しかし、その視線は先程までの慇懃無礼と言った感じの物ではなく、まるで念願の宝物を見つけた様な喜びに満ちた感じだった。

「は、はぁ・・・」

「だから、そんなに緊張しないでよ~。今日はお話をするだけだからさ~。奥間狸吉君」

「え!なんで僕の名前を知っているんですか?どこかでお会いしましたっけ」

「い~や、僕達は初対面だよ。けど僕は君の事を知っている。それもハイカラな用務員さんとしてじゃなくてね」

「あなたは一体何者なんですか?」

「自己紹介がまだだったね~。僕の名前は鬼頭慶介。ささやかに商売を営んでいる者だよ」

「鬼頭慶介さんですか」

「そう、お見知りおきをね。いずれ君とは色々と話をさせて欲しいと思っているからさ」

「こんな立派なパーティーに呼ばれる方と荷物運びにここにいる用務員が話す事なんて」

「いや~それが結構あるんだよね~。例えば・・・趣味の話とかさ~」

 ! こいつまさか以前華城さんが言っていた僕が本居さんから譲って貰った卑猥な本や絵を狙っている好事家の一人なのか?

「どうやら気が付いたみたいだね~。まあ安心してよ。さっきも言ったけど今日はお話と挨拶だけだからさ。詳しい話はいずれどこかでじっくりとね。じゃあ、それまで君の茶箱は大事にしておいてね。バイバ~イ」

 空いている手を軽やかに振りながらその場を去る鬼頭慶介。まさかこんな人の多いパーティー会場で正面切って話しかけてくるなんて。しかも卑猥のひの字も出さずに僕にその事を気付かせる会話術、どれだけ場馴れしてるんだ。それに僕が本居さんに譲って貰った物を茶箱に入れている事まで知っているなんて油断ならない人物だな。背中に嫌な汗をかくのを感じているとソフィア理事長が戻ってきてくれた。

「どうしたの狸吉君、恐い顔して」

「いえ、ちょっと酔っ払いに絡まれまして」

「そうだったの、大丈夫?」

「ええ、少し話をしただけですから・・・それより理事長、鬼頭慶介って知ってますか?」

「鬼頭慶介。ええ、もちろん知っているわよ。あの有名な鬼頭財閥の当主じゃない」

「鬼頭財閥!西洋技術をドンドン導入して鉄鋼や造船なんかを手掛けている財閥ですよね」

「それだけじゃないわ。政府要人に友人が多くて政府発注の仕事なんかにも参加しているし

今度開通する品川―横浜間の鉄道事業にも一枚かんでいる筈よ」

「そんなに凄い人物だったんですか」

「まさか狸吉君、鬼頭さんに話しかけられたの?」

「いえ、酔っ払いがその名前を口にしていたから気になって」

「そう、ならいいわ。そろそろパーティーが終わるから絵を運び出す準備を始めて頂戴」

「わかりました」

そうして僕が再び裏口近くに移動をすると賑やかな展覧会を兼ねたパーティーが佳境を迎える。会場に司会者の大きな声が響き大賞を受賞した早乙女さんが壇上に上がって何やら表彰をされていた。早乙女さんが表彰状を手にすると場内からは一斉に拍手が沸き起こり、正にパーティーは最高潮となった、

 

 

その時である。会場の天井に向かって紙の束が放り投げられ、バラけながら床へと降り注いで来た。場内の人間が皆どよめく中、僕は足元に落ちて来た紙きれを拾うとそれは卑猥な浮世絵版画だった。まさか!そんな筈はないと思いながら会場内をキョロキョロと見回すと僕がいた裏口の真正面である正面入り口の真上の二階通路に白装束の人間がいた。

「チン氏、ジュクジュク女の皆さま、こんまん●。私はこのお遊戯の様な美術展に喝を入れに来たエロ活動家《雪原の青》。そんな上辺だけじゃない真の芸術を見て少し体を火照らせて布団の中で息を荒げながら芸術とは何かを考え直しなさい」

 この声、間違いない華城さんだ。せっかく早乙女さんが忠告してくれたのになんで単独でこんな事をしているんだ?壇上の早乙女さんも驚きの表情で固まっている。アンナさんがいる所で、早乙女さんが表彰されている所で、卑猥な知識の流布をすれば司法省の彼女達への疑いは一気に晴れるが、それをすれば自分の身が危うくなるって解かっている筈なのに。まさか、さっきの学園の正門での会話・・・あれって別れの挨拶だったのか?そうだ、なんで気がつかなかったんだろう。アレは僕が故郷の村を後にする時に母さんが見せた表情と同じだったじゃないか。別れは辛いけど、こうするのが一番相手の為になると言う気持ちの現われた表情じゃないか。華城さんは自分一人で罪を被って学園と親友のの不名誉を晴らし僕と早乙女さんを庇おうとしてくれているんだ。

 

「――奥間狸吉、犠牲者を出さない活動方法を考えて頂戴。これは《S○X》の長である華城綾女の命令よ」

「――わかりました。命令されたら是非もありません」

「――頼りにしてるわよ。これからの《S○X》にはあなたが必要なのだから」

 

 あの夕暮れの僕の宿舎の前での会話、アレは僕に《S○X》を託すと言う意味だったのか、あの時、僕の肩に顔を埋めて手を握ってくれたのは二度と会えないからなのか。華城さんはあの時から自分一人で全てを背負い込むつもりだったのか。そんな事を思い出している間に二階の通路にいた《雪原の青》はまるで自分を包囲して捕まえてくれと言わんばかりに一階の会場に飛び降り、不敵な言葉を言い放つ。

「こんな腑抜けた絵を芸術なんて言っている軟弱な連中を警護している人間なんかに、この《雪原の青》は捕まったりしないわ。恐ろしくないと言うならかかってらっしゃい」

 そこまで警護の邏卒を挑発しなくてもいいじゃないか。そんな事を言っている暇があるなら、そこから逃げてくれ。心の中で何度もそう叫ぶが華城さんに聞こえる訳も無く彼女は、ただ一方的に包囲されていくだけだった。もう見てられなくて僕は会場から逃げ出すと大八車の横に隠れるようにしゃがみ込んだ。周囲は警護の邏卒が全て会場内の《雪原の青》を捕えに行ったのか一人もおらず、僕一人が大八車の陰にいるだけだった。このまま華城さんとお別れなのか?彼女と別れてしまったら僕はきっと文芸復興運動を辞めてしまうだろう。彼女無しでは危ない橋を渡る勇気なんて持てる筈もない。そう思い落ち込んでいたのだが、どうにも自分の気持ちに納得が出来なかった。華城さんと別れるのが辛いのは文芸復興運動を辞めないといけないからか?それとも自分の罪を華城さんに押し付ける事が辛いからなのか?違う、どう考えても違う。僕はもっと違う理由で華城さんと別れたくないんだ。その事に気付いてしまうと僕はジッとしている事が出来なかった。身元がバレる心配のある背広一式を脱ぎ、フンドシ一丁の姿になると被っていた鳥打帽子に覗き穴を二つ開け、お面の様に被る。脱いだ服は大八車の巻き付けておいた麻縄に挟み込んで・・・僕は会場内に向かって大八車を引くのではなく、逆向きに押し始め一気に会場内へと押し通った。大八車の車輪がガラガラと大袈裟な音を立てたせいで裏口付近にいた人達は驚く様に道を空け、僕は加速を付けて一気に邏卒に取り囲まれている華城さんの所まで大八車を押し込んだ。華城さんを取り囲んでいた邏卒達は横に飛び退く様に大八車の突進をよけ僕に道を空ける。僕は大八車を挟んで華城さんと向き合う状態になると、華城さんの目が大八車を押して来たふんどし姿で黒革の面を被った男が僕である事に気付いた様だった。彼女の視線でその事を感じ取ると振り返り、その場にいる人達にこう言い放った。

「我こそは今にも爆発せんとする大衆の欲望の権化なり!盟友《雪原の青》をこの様な不粋な場所で官憲の手に渡したりはせんぞ!」

周囲が呆気に取られている中、僕は後ろ手で華城さんに大八車に乗る様に合図を送ると、ガタンと大八車に何かが乗る音がしたのでチラリと後ろを振り返り白装束の人間が荷台にいる事を確認すると、

「掴まれ!」

 この言葉を合図に華城さんを乗せた大八車を一気に正門に向けて押し出した。正面入り口のドアをぶち破る様に開けて一気に外に出ると、呆気に取られていた邏卒達が僕の事を追いかけ始める。しかしその中に一際早い足取りの人間がいた。こんな時に一番厄介な人が動き出したな。

「お待ちなさい、この破廉恥漢。《雪原の青》共々もひっ捕らえてさしあげますわ」

 アンナさんが花の様なドレスの裾が乱れるのも気にせず走りながら僕に手を伸ばして来た。普通に追いかけっこをしても全く勝ち目がないであろうアンナさん相手に大八車は大き過ぎる重荷だった。ならばせめて華城さんが乗った大八車だけでも正門までと思い、大八車を突き飛ばす様に押し出そうとすると、何故か僕の向かって伸びて来ていたアンナさんの手が遠のいて行った。

「はっ!この匂い!何故ですの?私が狸吉さん以外で体が火照るなんて有り得ませんわ」

 そういってアンナさんはその場にへたり込んでしまった。アンナさんの性欲暴走がこんな所で役に立つなんて。僕は大八車の取っ手を握り直し一段と足を速め、一気に横濱市民会館の敷地の外に出た。しかし後ろからは大勢の邏卒が僕を追ってきている。もちろん捕まらない様に全力で走ってはいるものの人一人が乗った大八車を押しながらでは当然、その速度に限界があるし息も続かない。徐々に速度が落ちてくると荷台の上の華城さんが

「狸吉、一回停めて。大八車を押しながらじゃ逃げ切れないわ」

「ダメです」

「なに言ってるの。大八車を捨てて逃げないと捕まっちゃうわよ」

「大八車には僕の背広一式がくくり付けてあるんです。それを置いて行くと言う事は僕が犯人だと自白する様なモノです」

「じゃあ、それを外して持って逃げましょう」

「そうしている間に邏卒の追い付かれてしまいます」

「けど、このままじゃ」

「・・・そうだ!」

 僕はやみくもに走っていた道を変えて、思い付いた場所へと向かう。ここからそう離れていない官憲を巻くには持って来いの場所を目指して最後の力を振り絞る。

「どこへ行くの狸吉?」

「すぐそこです」

 そうして辿り着いたのは建設中のカフェ、すなわち本居さんの地本問屋跡地だ。僕は建設中のレンガを組み上げた建物の外壁に向かって最後の加速をしながら

「華城さん、しっかりつかまってて下さい」

「え、なに?ちょっと待って狸吉!」

 僕は華城さんの戸惑う声を無視して一気にレンガの壁に大八車を叩きつけた。衝突でレンガの壁は崩れ、更にその奥に積んであったレンガも埃を立てて崩れ落ちる。月明かりしかない夜に砂埃がモウモウと立ち込め辺りが見えなくなる。僕は大八車やレンガの破片が体に当たった痛みをこらえながら大八車の荷台に乗ると、そこには荷台にくくり付けておいた縄に必死に掴まって体を硬直させている華城さんがいた。

「華城さん、今の内です」

「た、た、たぬ、狸吉・・・あなたね~」

「早く僕の服を取らせて下さい。急いで逃げないと邏卒がここに押し入ってきます」

「そ、そうね」

衝突の恐怖のせいか華城さんの声が少し震えている。僕は麻縄に挟んでおいた背広一式を抜き取ると右脇に抱え、左手で華城さんの手を引こうとすると

「ちょっと待って狸吉。腰がぬけちゃって・・・」

「じゃあ、これしかないですね」

「え、ちょっと何をするの・・・きゃっ!」

僕は華城さんに服を預け、両腕を彼女の背中と膝裏に回して彼女の体を抱え上げると、そのまま裏路地へと逃げ出した。幸い、モウモウと立ち込める砂埃の中に邏卒は突入して来ずに僕達は彼らと距離を取る事に成功した。何とか逃げ切る事が出来たが油断は禁物と華城さんの家の近くまで走って行くと、

「狸吉、もういいわ。下ろして頂戴」

 華城さんの声で緊張が緩んだ僕は華城さんを下ろすと言うより落とすと言った感じで開放すると彼女から背広一式を受け取り、その場で大急ぎで着直した。華城さんも白覆面と白マントを外す。すると中から、制服姿の華城さんが現われる。

「華城さん、制服だったんですか?」

「そうよ、なんだかんだ言ってコレ動き易いのよ」

「裸じゃなかったんですね」

「アレは轟力先生を退かせる為の方便よ。私がそんなはしたない事をする訳ないでしょ」

「・・・そうですね」

「なに、今の間は?ひょっとして失礼な事を考えてない。私は人前で裸になったりしなわよ」

「そんな事考えてません」

「なら裸マントの中に顔を突っ込む事を考えていたんでしょ」

「それも違う!今考えたのは一人で無茶をした馬鹿女を無事助けられて良かったって事です」

「う!それは・・・」

「華城さん、親友のアンナさんに嫌疑が掛かった事が辛かったのは解かります。しかし、あんな事をしたら文芸復興運動に巻き込まれた僕が辛くなってしまうじゃないですか」

「・・・ごめんなさい」

「約束して下さい。これからは無茶をするのも悩むのも無論、活動をするのも一緒にするって」

「ふ、ふふ、あはははっ!」

「華城さん?」

「ここまで自分勝手な事をした人間に、あそこまで大立ち回りをして、そこまで言うかしら。全く・・・狸吉は最高に最低ね」

 華城さんが両手で僕の顔を掴み自分の方を向かせて目を合わせてくる。嬉しそうに大きな瞳を僕だけに向けて来てくれている。ああ・・・やっぱりそうだ。

 

 

 僕はこの瞳に恋をしてる。

 

 

 だから僕は華城さんと別れたくなかったんだ。華城さんを助けずにはいられなかったんだ。月明かりの元、細い路地で好きな女性に両手で顔を掴まれて見つめられていたら、いつの間にか心臓が踊る様に音を立てていた。それにドンドン顔に熱がこもって来る。体に力が入らなくなったみたいに華城さんの顔に僕の顔を近づけると、華城さんはニッコリと微笑んで・・・僕のおでこをピシャリと叩いた。

「狸吉はまだやる事があるでしょ」

「え?なんでしたっけ」

「もう、しっかりしなさい。急いで学園に戻って代わりの大八車を用意して美術展会場に行きなさい。怪しいふんどし姿の男に大八車を奪われたので代わりの大八車を学園まで取りに行ってましたと言ってね」

「あ、そうですよね。当初の役割忘れてました」

「そんな事じゃロクな夜這いは出来ないわよ」

「するか、そんなモン」

「じゃあ急いで。私はもう大丈夫よ、このまま家に帰るから。あ!夜這いに来ては駄目よ」

「だからしませんって」

「勿論、覗きも聞き耳を立てるのも禁止よ」

「どんだけ僕は危ない人間なんですか」

「官憲が犠牲になるのを厭わない極悪人じゃない。まあ《S○X》の今後の活動方針に役立ちそうな考え方だけどね」

「そうですね、その犠牲だけは例外って事で」

「ちゃんと私の命令を聞いてくれて嬉しいわ。じゃあ早くドピュドピュと行きなさい」

「最後までそれですか」

 僕は華城さんに言われたとおりに学園に戻り代わりの大八車を用意して大急ぎで美術展会場に戻ると、会場内は落ち着きを取り戻していたモノの、授賞式が台無しなったことから出席者の半分近くが帰ってしまい、残された人達だけで時間をやり過ごしていた。もちろんその中には早乙女さんと錦ノ宮親子もいて、理事長が僕の事を見つけるとさっさと絵を運び出す様に指示をしてきたので僕は会場にいる邏卒に一言断ってから三枚の大きな絵を運び出し大八車にくくり付けた。それを確認した錦ノ宮親子は連れ立って家に帰って行き僕は大八車の荷台に絵三枚と早乙女さんを乗せて学園に向かってノロノロと大八車を引いていた。

「狸吉よ」

「なんですか」

「なんですか、ではないじゃろ。あれ程の騒ぎを起こす事を何故ワシに黙っておったのじゃ」

「僕も知らなかったんですよ」

「なに?では綾女の奴があそこに現れたのは、あやつの単独行動と言う事か」

「そうです。親友のアンナさんと学園、ついでに僕達を庇う為の捨て身の作戦だった様です」

「しかし、あのふんどし姿の男はお主じゃろう。ワシはてっきり二人だけで今回の騒ぎを段取りしたものかと思ったぞ」

「あれも単独行動ですよ。僕のね」

「全く、無茶をしよって」

 早乙女さんが大八車の荷台に胡坐をかいて座り、ムフーと鼻から大きく息を付くと腕組みをしてから眉根を寄せて僕をにらみ付けてきた。

「以前から思っておったのじゃが・・・狸吉、お主は綾女に惚れておるのか?」

「・・・どうやら、そうみたいです」

「難儀な女に惚れよって、あれならアンナの方がまだ扱い易かろうに」

「ホント、華城さんて何考えてんでしょうね」

「まあ絵師のワシに言わせれば綾女の奴もお主の事は憎からず思っておる筈じゃ」

「そんな風に見えますか?」

「見えるな。綾女の頭の中の何分の一かは確実のお主の事で埋まっておる気配がする」

「そうだと良いんですけど」

「そんな弱気でどうする。男なら猪突猛進、猛牛の様に女を自分の物にしようとせんか」

「そんな」

「失敗を恐れるな、骨はワシが拾ってやる」

「ヤですよ。早乙女さんに任せたら埋葬じゃなくて味噌漬にされそうですもん」

「それは言えているのう。十分に漬かったら綾女とアンナとワシの三人で食ってやる」

「全然嬉しくありませんから」

「まあ、お主を味噌漬にするはともかく狸吉よ、お主はアンナでも綾女でもどっちとでもいいからワシに男女の合体を見せてくれ。一層の卑猥を描くには絶対不可欠な資料なのじゃ」

「なんですか。僕と華城さんの事を応援してくれるんじゃないんですか」

「ワシがそんな事をする訳なかろう。ワシは描きたい絵の為に必要な事をするだけの話じゃ」

「まあ、そんなトコでしょうね」

「それに綾女の奴、口では卑猥な事を言いまくるくせに案外ウブな所があるから下手に煽るとお主があやつを捕り逃がしかねん」

「それ言えてますね。じゃあ早乙女さんは基本傍観って事でよろしくお願いします」

「うむ、心得た」

 どうやら今夜の騒ぎは結果的に僕達《S○X》の結束を固めてくれた様だ。全てを解かった上で行動を共にする。こんな当たり前の様な事が今やっと実現したと思いながら僕は月に照らされた時岡学園へと辿り着いた。

 

 

 

 ―凶悪二人組、美術展を破壊―

 

 

 先ノ水曜日、横濱市民会館ニ於イテ横濱芸術大賞ノ授賞式ガ催サレ受賞者並ビニ多クノ芸術関係者ガ訪レ、コレカラノ日本ノ芸術界ヲ背負ッテ立ツデアロウ芸術家達ヲ称賛シタ。シカシソノ目出度キ催事ノ最中、先日横濱ノ街デ騒ギヲ起コシタル《雪原ノ青》ガ出現、催事場ニテ先日ノ手口同様、卑猥ナ浮世絵版画ヲ撒キ散ス。ソノ場ニ居合ワセタ官憲ニヨリ包囲サレルモ突如現レタル褌姿ニ黒革ノ面ヲ被ル破廉恥漢ガ大八車ニテ官憲ノ包囲ヲ突破、《雪原ノ青》ヲ救出シ逃亡ヲ図ル。彼ノ破廉恥漢ハ自ラヲ今ニモ爆発セントスル大衆ノ欲望ノ権化ト呼ビ、更ニ《雪原ノ青》ヲ盟友ト叫ビ、催事場にいた紳士淑女等ヲ一人残ラズ恐怖セシメ挙句、逃亡ノ際ニ建設中ノ西洋茶屋ヲ破壊、立チ込メタル砂埃ニ紛レ官憲ノ追跡ヲ振リ切リ《雪原ノ青》ト共ニ其ノ姿ヲ消シテ終イシモノ也。催事場ハ如何バカリカノ動揺ニ包マレ大賞ヲ受賞セシ時岡学園所属、早乙女乙女女史ハ恐怖ヤ怒リヲ越エ呆レ笑イヲ洩ラス無念ノ様子也。当局ハ《雪原ノ青》、並ビニ破廉恥漢ノ逃亡経路ヲ捜索スルモ未ダ情報ハ得ラレズ市民カラノ情報提供ヲ広ク呼ビ掛ケ今後ノ彼ノ者達ニヨル犯罪ヲ未然ニ防グ事ヲ強ク望ム声明ヲ発表。後手ニ回リシ官憲ノ今後ノ対応ニ大衆ノ目ガ注ガルル。

 

 

 ―社説―

 《雪原ノ青》ノ情報ハ我ガ新聞ノ読者ヨリ多数寄セラレ、其ノ精査ヲ行ウモ有力ナル情報ガ皆無デアル故、我々ハカツテ無キ黒船ノ如キ危険ナ爆発寸前ノ欲望ヲ持ツ破廉恥漢ニ英吉利語ニテセンチメンタル・ボマート名付ケ広ク読者カラノ情報ヲ募ルモノ也。《雪原ノ青》並ビニ《センチメンタル・ボマー》ニ関スル情報ヲ知リ得シ読者カラノ情報ヲ待ツ。

 

 

 

 週末日曜日の夕刻、僕はカフェの奥の部屋で華城さん、早乙女さんの二人と一緒に新聞を読んでいた。当然と言えば当然なのだが新聞で僕と華城さんの行動が大々的に報じられている。しかも記事の内容からすると《雪原の青》より《センチメンタル・ボマー》とあだ名された僕の行動の方が大きく取り上げられている。まあ確かに華城さんは卑猥な絵をバラ撒いて、卑猥は言葉を大声で叫んだだけなのに対して、僕は大八車で美術展会場に乗り込み華城さんを捕まえようとする邏卒達を大八車で押し退けて逃走を図り、本居さんの娘の建設中のカフェをぶっ壊したんだから遥かに酷い事をしている。翌日には官憲に現場にいた人間として聞き取り調査をされ、僕は新聞に書いてある様な通り一遍の事と大八車を盗まれたと応えておいた。一方、《雪原の青》ではないかと司法省に役人に嫌疑を掛けられていたアンナさんもパーティー出席時に本物の《雪原の青》が現われた事から、その疑いは一気に晴れ、それに伴い時岡学園に対する嫌疑も晴れ更に授賞式をぶっ潰された早乙女さんは絵の作者の容疑者から一転、凶悪二人組の被害者扱いとなり、これまた嫌疑が一気に晴れる事となった。

 

 

 しかし、いい事だけではない。僕はとっさの判断と言えど逃走時に本居さんの娘の建設中のカフェをぶっ壊した事を放ってはおけなかった。僕等《S○X》は官憲以外に活動の犠牲者を作らない事を方針としたのだから放っておける訳がない。僕は官憲の取り調べ後、ソフィア理事長に本居さんの娘さんの建設中のカフェが被害に遭ったから、その後片付けを手伝いに行きたい事を申し出た。すると元々、本居さんと知り合いであった理事長は二つ返事でそれを了解してくれて仕事を休んで手伝う様に言ってくれた。僕はぶっ壊したカフェへと駆け付けると、そこでは一刻も早く工事を再開したがっている本居さんの娘が邏卒に止められ、敷地内は官憲による現場検証の真っ最中だった。本居さんの娘以外にもレンガ職人や大工、更に野次馬まで集まり、敷地の周りは結構な人出であったが、その中に本居さんがいたので僕は恐る恐る話しかけると本居さんは呆れ顔で

「ここまで大立ち回りをするとはね」

「どこまで聞いてらっしゃるんですか?」

「被害者の娘が事情聴取を受けて私の所にも官憲がやって来たから全部聞いているよ」

「すみません」

「まあ壊されたのはワシの店ではなく娘の店だからね。正直、自分勝手が過ぎる娘には良い薬だと思っている位なんだ」

「そうは言っても、これじゃあ工事のやり直しにだって結構な金が掛かるでしょうし」

「そんな事は娘が気にする事であって狸吉君が心配する事じゃない。それにこの事は例の職人達にも広まっていてね。みんな他人事とは言え、建設中の頑丈なレンガ造りの建物をぶっ壊した上に官憲から逃げ切った事が愉快で堪らないらしい」

「そうなんですか」

「ああ、しかも西洋式絵画の美術展に乗り込んでの大騒ぎだったから、浮世絵に関係する人間としては痛快にも感じたそうだ」

「じゃあ結果としては僕達の行動はみんなに歓迎されているんですか」

「まあ、そんなところだね。今回の行動を見て助力を申し出る職人がまた増えたし、君達の版画を譲って欲しいと申し出る人間もかなりの数、出て来ているからね」

「そんな事にまでなっているんですか」

「近々、君達とこの動きに対する打ち合わせをする必要があるだろう」

「では次の日曜日にお邪魔させていただきます。華城さんにもそう伝えておきますね」

「そうしてくれ。それより狸吉君、君は何故こんな時間にここにいるんだね。学園の仕事は?」

「ああ、それなら理事長に後片付けを手伝うと言う事で仕事を休む許可を貰って来ましたから」

「しかし、この様子では当分、後片付けは始められないよ」

「そうですね・・・だったら」

 僕は現場検証をしている司法省の役人に向かって後片付けをしつつ現場検証をした方が捗るのではないか、それなら後片付けを手伝いますと提案したところ、砕けたレンガや大破した大八車等に邪魔されて仕事が進まなかった役人が大きく溜息を付いてから僕の提案を受け入れてくれて、レンガ職人や大工達、それと僕がレンガの破片等をどかして一か所に集め始めると、役人がそれを検分すると言う形で現場検証と後片付けが並行して行われる様になった。そうして丸二日を費やし土曜日の昼過ぎに破壊されたカフェの後片付けが終了。僕は理事長にその旨を伝え仕事に戻ると溜まった仕事を片付けて学園議会本部へと顔を出した。

「狸吉さん!」

「あ、アンナさん。謹慎は解いて貰ったんですか?」

「はい、美術展からの帰りに。賊を捕まえようとした態度をお母様が良しとしてくださって木曜日から学園議会の仕事に復帰させていただきました。御心配をおかけして申し訳ございませんでした」

「いえ、謹慎が解けたんだから目出度いじゃないですか」

「そうよアンナ、狸吉に謝罪をしている暇があるなら堪った仕事を片付けて頂戴。それとも狸吉を見て、また体が熱くなって仕事にならないとでも言うつもり」

「綾女さん!もう、そんな事を言わないで下さい。また、あんな事をしたら今度は学園議会を辞めさせられてしまいますわ」

「じゃあ、体の熱さまし代わりに轟力先生の所に行ってこの書類に決裁を貰ってきて」

「綾女さん、私が休んでいる間に人柄が変わりましたわね」

「あれだけ色々な事があったら変わらない訳ないでしょ。ほら急いで行って来て」

「わかりましたわ。じゃあ行って参りますね狸吉さん」

「はい、いってらっしゃい」

 アンナさんを見送り学園議会本部で華城さんと二人きりになると

「華城さん、本居さんから次の日曜日に打ち合わせたい事があると申し出がありました」

「本居さんから?」

「はい、今回の事で助力を申し出る職人が増えて、更に僕達の版画を譲って欲しいと言う人間が大勢現われているそうですので、その対応について話し合いたいとの事です」

「災い転じて福となすね。いいわ次の日曜日に私と狸吉と早乙女先輩の三人で本居さんの家に行きましょう。これは活動拡大のいい機会だわ」

「娘の店をぶっ壊されたと言うのに凄く寛大に接してくれて、本居さんも乗り気ですよ」

「調子に乗って本居さんの娘さんに卑猥な事をしては駄目よ。あなたと本居さんの娘さんがどうなろうと知った事ではないけど、《S○X》としては本居さんの伝手を無くすわけにはいかないの。やるならバレない様にやりなさい」

「僕は華城さん以外にそんな事しませんよ」

「!」

「じゃあ、僕も仕事に戻りますから」

「ちょ、ちょっと狸吉、言い逃げは卑怯よ。ヤリ逃げは男として最低の行為じゃない」

 華城さんが赤い顔で切れ味が足りない下ネタを言いつつアタフタとしているので僕はその間に学園議会本部を出て早乙女さんにも日曜日の件を伝えに行った。

 

 

 そして日曜日には三人して本居さんの家を訪ね、新たに助力を申し出てくれた職人さんの確認、そして僕達の版画を欲しがっている人達を華城さんの後援者と併せて《S○X》の後援者としてして迎え、寄付をして貰う特典として版画を提供するという運営が決められた。そんな話し合いが済んで、午後になりやっと落ち着いてカフェで珈琲を飲みながら新聞を読んでいた。やるべき事と解決すべき事が全部片付いて実に落ち着いた気持ちで珈琲を味わっていると華城さんが新聞を見ながら

「狸吉、凶悪の凶の字って外出ししようとする男を逃がさない様に仰向けで寝ている女が両足で男を挟みこんでいる様に見えるわよね」

「なに言ってんですか?」

「ほら、このバッテンの部分が両足の脛で縦棒二本が太ももよ。この字って本当に凶悪よね」

「そんな風に見えるのは華城さんだけです」

「覗きの達人の狸吉ならこんな場面は何度も見た事があるでしょ」

「覗きをした事はないし、そんな生臭い場面、見た事ねえよ」

「こんな話をしていると悪という字も男が胡坐をかいてナニをカイている後ろ姿に見えてくるわね。こう、背中を丸めて前屈みで下半身裸になっている様に見えてこない」

「もうそれ病んでるでしょ」

「凶悪って言葉は一人でシている男を女が力ずくで捕まえるって意味に思えて来るわ」

「日本語勉強し直せ!」

「凶悪二人組・・・こんな言葉を新聞に載せてもいいのかしら?」

「いいに決まってんだろ!」

「綾女よ、いつまでも狸吉とじゃれておるな。これからワシらはどうするのじゃ?」

「そうですよ、美術展の妨害活動は予定外のモノでしたからね」

「二人とも慌てないで。とりあえず手持ちの版画は美術展で使いきっちゃったし、さっき本居さんとの話で後援者への版画の配布もあるし、増えた職人様に作業場所を確保しないといけないし、目先は職人の作業場所を新たに確保する為に資金が必要だから後援者向けの版画を刷るのが最優先よ」

「そうなるとワシは開店休業じゃな」

「そうでもないですよ。新しい作業場所を確保出来たら制作できる版画の数が多くなるから今の内から絵を描いておいて下さいね」

「上限が五枚から、もうちょっと増えると言う訳じゃな」

「そうですね。それだけに早乙女先輩には絵を描く以外に職人さん達との打ち合わせ回数が多くなりますから覚悟しておいて下さいね」

「そう考えると絵を描く枚数を増やし、打ち合わせも今まで以上にこなさねばならんのか」

「まあ早乙女さんは制作部門の要ですからね。頼りにしてますよ」

「お主らはどうするのじゃ?版画が無ければ活動も出来んじゃろう」

「私は後援者への顔繋ぎや本居さんと職人さん達との制作現場の確保について走り回らないといけないですから暇なのは狸吉だけですね」

「暇とか言わないで下さいよ。お二人はまだ学生ですけど僕は学園の仕事があるんですから」

「まあ狸吉は茶箱の中の本や絵を虫干しでもしていなさい」

「あ、そう言えば美術展のパーティーの時、鬼頭慶介という人が僕の茶箱の中身について、いずれ話がしたいって話し掛けられましたよ」

「鬼頭慶介、厄介なのが出てきたわね」

「知ってるんですか?華城さん」

「好事家達の間では有名人よ。自身が蒐集家である事もだけど、私と同じ様な活動をしている団体の後援までしてるってね」

「こんな活動をしている団体が他にもあるんですか」

「もろちんよ!卑猥は人間が生きていく上で絶対不可欠なモノなのだから同じ様な事を考える人は大勢いるのよ。ただ活動方針が色々で私達とは相容れないだけ」

「へ~、一度会ってみたいものですね」

「私達の活動が拡大して行けば嫌でも会う事になるわ。但し、味方とは限らないけどね」

「味方とは限らないって・・・こんな活動で敵対してどうするんですか?」

「一番の争いのタネは卑猥資源の奪い合いね。卑猥は創造物の供給が断たれている今の時代は昔の艶本や春画がとても貴重だから以前も言った様に狸吉の茶箱は注目を集めているのよ」

「確かに個人で持つには多過ぎる量ですけど、そこまで注目されるもんなんですかね」

「狸吉は子供の頃から家に卑猥なモノがあるのが当たり前の環境だったから、そう思うのよ。あれだけの量、それに地本問屋を長年営んで来た本居さんの眼力からしてあの茶箱はこの国有数の収蔵品かもしれないわ」

「そこまで?」

「コレは私の推測だけど、この間の美術展には鬼頭慶介以外にも狸吉の茶箱の事を知っている人間がいたと思うわ。そんな中、一番の大物が直にあなたの話し掛けたのよ。多分これで狸吉とあなたが所有する茶箱に対する注目度は更に上がった筈よ」

「じゃあ、いよいよあの茶箱は学園の外に出せませんね」

「そうよ、茶箱もだけど狸吉も外を出歩く時は用心しなさい。学園やあんなパーティー会場ならともかく、人気が無い場所を不用意に歩いたりしたら拉致監禁されかねないわ」

「他の団体って、そこまで過激なんですか」

「卑猥は人を狂わせるわ。私達の身近にも一人いるでしょ」

「アンナさん・・・成程、自分の欲望を満たす為に他人の都合を考えなくなっちゃうんですね」

「それに私達《S○X》には早乙女先輩と本居さんの伝手の職人さん達ががいるわ。卑猥な絵を大量に供給できるという他の団体にはない特徴があるのよ」

「要するに《S○X》の卑猥資源の量は群を抜いていると言う事なんですね」

「そういう事。だからこの先の活動で必ず他の団体と相まみえる事になるわ」

「卑猥な文芸復興って今の世の反体制の活動ですけど、もっと単純なモノだと思ってましたよ」

「まあ人のする事だからね。やり方も考え方も色々なのよ」

 どうやら僕は考えていた以上に厄介な世界に足を踏み入れた様だ。しかし僕はこの活動を続けて行こうと思う。父さんが僕に教えてくれたモノを、母さんが拒みながらも存在を認めたモノを、そして何より僕が大好きな艶と粋が凝縮された卑猥な本や絵に再び光を当てて見せる。僕にはそれが叶えられる仲間がいる。この仲間ならきっとこれから待ち受ける数々の障害も乗り越えて行ける筈だ。僕は珈琲を飲みながら次に出す手紙の書き出し思い付いた。

 

 

 母さん、僕は元気にやってます。

 

 

 ―完―

 

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