下ネタという概念が存在しない退屈な文明開化   作:Z-Laugh

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第三話

前略 狸吉へ

 

 横濱で元気に働いている事を嬉しく思っている。先週は田植えに種まきなどで少々忙しかったものの基本、相変わらずノンビリしたものだ。しかしながら私の身の回りは少々騒がしくなって困っている。その原因は他ならぬ狸吉、お前だ。お前が横濱に出た事は既に村のみんなが知るところとなっていて更に先日お前からの便りが届いた事で村長を始めとする村人たちから色々聞かれ、面倒臭さの余りに村人集め、皆の前でお前の手紙を読んで聞かせた程だ。これからも便りを絶やす事なく元気でやる様に。

                              母より 草々

 

 

追伸

 ソフィアからの手紙でお前が時岡学園で真面目に働いている事を知らせて貰ったが、それと一緒にお前の恰好が見苦しいと女学生の間で評判になってしまっているとも知らされた。折角、気に掛けてくれているソフィアに余計な心配をさせない為にも同封した金で少し身なりを整えろ。それが出来るまでは仕送りをしてくるな。

 

 

 

 

 

 

 女っていう生き物はどうしてこう見てくれを気にする生き物なのだろうか?僕が母さんに仕送り付きの手紙を送ってから一週間後、母さんからの返信に僕が送った倍の金が同封されており手紙と金を目の前にがっくりと落ち込んでしまった。しかし僕の心には次の手紙で母さんに最初に送った金の三倍の金を同封して送る算段が出来ていた。と言うのも実は《S○X》の後援者であるカフェの御主人から制服を借りて、その翌日の月曜日から用務員の仕事をしていたら、朝からあちこちより声や視線が集まってきた。最初は僕が正門付近を掃き掃除をしている時に出勤してきた轟力先生だった。

「よう、おはよう奥間」

「あ、おはようございます。轟力先生」

「どうした、洋服を着ての用務員仕事か」

「ええ、学生議会・副議長の華城さんから身なりをどうにかした方がいいと言われて彼女の知り合いのカフェの制服を借りてきたんですよ」

「うん、それは良い心掛けだ。着衣の乱れは心の乱れに繋がるからな。まして女からの意見を素直に聞ける心構えは学究の徒が集う学園に相応しい。その調子で頑張れよ、そうだ!今度飯を奢ってやろう。奥間は言わば俺の唯一の職場の後輩だからな」

「そんな、用務員が教師に飯を奢って貰うなんて」

「まあ、そんな遠慮をするな。それに女学校という男の肩身が狭い職場で働く男同志、少々の愚痴もこぼし合おうじゃないか」

「ははは、なるほど。それはいいですね」

「なら決まりだ。近いうちに声を掛けるからそのつもりでな。じゃあ頑張れよ」

「はい、ありがとうございます」

 厳つい猿みたいな男だけど味方と分かれば実に気安く話しかけて来てくれる中々の好漢だ。僕がこの学園で働き始めた時から、それこそ小汚い着物を着ていた時から何かと気に掛けてくれて親しくしてくれるし面倒見のいい先輩だ。それに今言われた女学校という男が働くには肩身が狭い職場と言うのも同感だ。こういう職場の先輩に恵まれたのも幸運の一つなんだろう。一日の始まりがいい感じだったので、ついつい笑顔をこぼしながら正門付近の掃除を続けていると次々と女学生達が登校してくる。すると女学生達は僕に向かって今迄してこなかった挨拶をしてきた。

「おはようございます」

「お疲れ様です。頑張って下さいね」

 そんな言葉が数多く僕に掛けられ、僕の横を通り抜けて学内に入って行く女学生達はヒソヒソと控えめな黄色い声を上げているのに気がついた。服が変わっただけなのに・・・正直ちょっと面白くない気持ちにもなりかけたが今やっと学園の一員として認めて貰えた様な喜びも一緒に感じてしまい僕は笑顔のまま登校してくる女学生達に挨拶をしながら掃除を続けた。

「あら狸吉さん、その格好。」

 そう声を掛けて来たのはアンナ・錦ノ宮だった。

「あ、アンナさん。おはようございます」

「あ!失礼、挨拶を忘れてましたわ。おはようございます狸吉さん、その服どうされたんですか?」

「ああ、これは華城さんの紹介で借りて来たカフェの制服なんですよ。華城さんが身なりに気を使った方がいいと助言をしてくれたもので」

「そうだったんですか。さすがは綾女さんだわ。とてもお似合いですわよ」

「ありがとうございます。正直まだ洋服には慣れてないので少々照れ臭いんですけど」

「それは、その内に慣れますわ。しかし・・・用務員さんがキチンと洋服を着るなんて綾女さんも面白い事を考えましたわね」

「よその学校では違うんでしょうか?」

「そうですわね。この間、対策会議でお邪魔した学校の用務員さんは着物姿でしたわ」

「やっぱり用務員なんて、そんなもんですよね」

「・・・けど、こうやってキチンと洋服を着て用務員の仕事をしている様子は新しい教育機関である我が学園に相応しい物ですわ。これはお母様に進言してみる価値があるかもしれませんわね」

「進言。何を言うつもりなんですか?」

「先程、狸吉さんはその制服は綾女さんの紹介でカフェから借りて来たと仰ってましたわよね。少なくとも学園の仕事をしていただくのによそから借りて来た制服を着ているなんて変ですもの。お母様に用務員の制服として洋服を支給する様に提案してみますわ」

「そんな事を言っていいんですか」

「はい、お母様も学園の発展に繋がる事なら言ってくる様にいつも私に言ってますもの」

「へ~、さすがソフィア・錦ノ宮。懐がデカイですね」

「あら、つい長話をしてしまいましたわね。ではこの後もお仕事頑張って下さいね」

「はい、アンナさんも勉強頑張って下さい」

 いつもなら軽く会釈をされるだけのアンナさんと朝からこんなに話せるなんて。しかも「とてもお似合いですわよ」なんて言われちゃったら仕事を張りきらざるを得ないよね。つい浮かれて手に持っていた箒を大きく振る様に掃き掃除をしていると

「バッカみたい」

 背中に冷水を掛けられたような声がしたので声のした方を向いてみると普段の学園議会・副議長の表情をした華城さんが立っていた。

「お、おはようございます」

「浮かれ過ぎて、正体を悟られない様にね」

「はい、すみません」

「服が変わっただけで態度を変える女なんかに浮かれていると、とんでもない失敗をして学園をクビになるわよ。もっとシャンとしなさい」

「・・・けど、華城さんだって昨日・・・」

 

キッ!

 

「何でもありません。勉強頑張って下さい」

無言の視線の鋭さに思わず視線を外す様に頭を下げ遠回しに許しを請うた。

「・・・余計な事を言うと茶箱の事をバラすからそのつもりでね」

「はい」

「仕事、頑張りなさい」

 そう言い残すと華城さんは学内へと歩を進め、その場を去って行った。どうにか社会的に命拾いをした僕は正門の掃除を済ませると用務員としての他の仕事に取り掛かった。学内を掃除や小間使いで歩きまわる都度、用事で声を掛けてくる職員、生徒達が僕の洋服姿をシゲシゲと見ては笑顔で褒めてくれる。浮かれちゃいけないと思いながら学内の人間の大半が女性であることから、やはりと言うかどうしようもなくと言うか顔がニヤけてしまうし仕事もより一生懸命やってしまう。男ってつくづく馬鹿な生き物だよな~と自分で自分に言い聞かせながら昼飯の後、学内の芝生の手入れをしていると

「なるほど、これは良いかもしれないわね」

背後から声がしたので振り返ってみると、そこには理事長のソフィア・錦ノ宮が女性の秘書を連れて立っていた。僕は慌てて立ち上がり、腰を折って挨拶をすると

「アンナから聞かせて貰ったけど洋服姿の用務員と言うのは学園に相応しいかもしれないわね」

 ソフィア・錦ノ宮が感心しきりの表情で僕の洋服姿を見ていると、横に立っている女性秘書までもがウンウンと言った感じで笑顔で頷いていた。

「え、アンナさん本当に理事長に進言したんですか」

「ええ、私が学校に来るなり理事長室に飛び込んできたわ」

「そうだったんですか」

「最初話を聞いた時はアンナの言う事が信じられなかったけど実際に見てみれば分かるからと言われて様子を見に来たのよ」

「・・・理事長の目から見て、どうでしょうか?」

「ええ、凄く気に入ったわ。今度の理事会で提案してみるから、そこで可決されたら狸吉君に学園から制服として洋服を支給させて貰うわ」

「ホントですか」

「ええ、この様子なら誰が見ても反対しない筈よ。しかしよく洋服を着て用務員の仕事をしようなんて思い付いたわね」

「これは、学園議会・副議長の華城さんの助言のおかげなんですよ。それにこの服も彼女の知り合いのカフェから借りた物ですから」

「そうだったの。彼女大したものだわ。理事会は明後日に開かれるから、早ければ今週中にも狸吉君にはテーラーに足を運んで貰うから、そのつもりでね」

「ありがとうございます」

「いいのよ、これで爛子さんにも良い報告が出来るわ」

「え?どういう事ですか」

「ふふ、近い内にお母さんからお手紙が届くと思うから、ちゃんと返事を書きなさいね」

「は、はぁ・・・」

 そうして僕の仕事中の洋服姿は学内で知らぬ者無しと言う状態になり、二日後の水曜日の理事会でソフィア・錦ノ宮理事長による提案→理事全員一致で可決という議論抜きの決定が下され、僕はその日の夕方の内にソフィア理事長お勧めのテーラーへ行かされ仕事用の三つ揃いの背広を二着も作って貰う事となった。テーラーの店員さん曰く、着物と同様に同じ物を着続けていると痛みが早くなるから3日置き位で代わる代わる二着の背広を交代で着た方がいいと言われ、更に僕がカフェから借りて来た黒や紺などの濃過ぎる色は若い僕には似合わないからと言って水色に近い青の背広と学園の学舎や壁のレンガの色に近い茶色の背広を仕立てて貰った。その上、替えのシャツを十枚、ソックスも十足、革靴も黒と茶色の物を一足ずつ、そして赤と紺の蝶ネクタイまで用意をして貰えた。本来なら二着の背広を仕立てるのには一月ほどの時間が掛かるそうなのだがお得意様の錦ノ宮家からの口添えもありテーラーの店長以下店員全員で作業にあたりわずか十日ほどでそれを完成させてくれた。 背広が完成するとテーラーの店長は僕ではなくソフィア理事長に連絡、それを聞いた彼女が臨時の理事会を招集し、僕はソフィア理事長を始めとする理事全員の前で新たな背広姿のお披露目までさせられてしまった。

「あの~理事長・・・」

「なに狸吉君?」

「これ程までに洋服をご用意いただけたのは本当に有り難いのですが・・・その、本当に用務員風情にこの様な待遇を与えてよろしかったのでしょうか」

「ふふ、随分、謙虚な事を言うわね。確かに狸吉君の言う通り用務員の制服にしては贅沢な品物だわ。お値段もそれなりだったしね」

「だったら、やっぱり・・・」

「けど狸吉君、この投資は決してあなたの見た目が良くなるからとか用務員の待遇だけに限った話ではないのよ」

「と申しますと」

「先々週、あなたがカフェの制服で仕事をした姿を理事のみなさんを始めとする学園の関係者そして生徒や教師達が見て思った事は、もちろん格好良いという単純なモノだったわ。しかし実はあの時にお出でになったお客様方から用務員の服装にまで拘るとはさすが時岡学園とお褒めの言葉を沢山いただいたのよ」

「そうだったんですか」

「他の学校とは一味違う、細かい所にまで先端意識を持つ学園として名が上がった位なのよ」

「たかが服、されど服ですね」

「そう言う事。それに狸吉君は朝、正門前の辺りを掃き掃除してくれているでしょ。ならば学園においでになるお客様方以外にも近所にお住まいの方々にも見られる事になるわ。それらを考慮したら、あなたにその服を用意するのは学園にとって必要な事なのよ」

「そうだったんですか、では、その考えに恥じない様にこれからも仕事を頑張ります」

「ええ、ヨロシクね。それとお母さんにもよろしく言っておいてね」

「あ!そういえば理事長、僕が着物姿で女学生達に非難されてる事を手紙で母さんに密告しましたね。初めて貰った給金の一部を母さんに仕送りしたのに身なりを整えろって倍の金を送り返されちゃいましたよ」

「あら、私は学園で起こった事をいつも通りに手紙に書いただけよ。これからも学園内で起こった事は爛子さんには包み隠さずに話すつもりだから覚悟しておきなさい」

「・・・心しておきます」

 参ったな。理事長のせいで僕の学園での行動が母さんに筒抜けになっちゃってるよ。まあ理事長にとっては母さんへの手紙を書くのに、これ以上ないと言うネタなのだろうから書かずにはいられないんだろうけど少し加減してくれないかな。そんな事を思いながら僕は理事会でのお披露目を終え会議室を出ると丁度、その日の授業が全て終了した事を知らせる鐘が鳴ったので洋服を支給してくれるきっかけを作ってくれた二人の女学生、華城さんとアンナさんに背広をお披露目しようと二階の一番奥の部屋を目指した。しかしさすがに鐘の鳴った直後に学園議会本部を尋ねても二人はおろか誰もおらず、僕は部屋の前でドアにもたれて二人を待つ事にした。すると

「あ、先生。何かご用でしょうか」

そう言いながら腰を追って頭を下げる華城さんが現われた。

「華城さん、僕ですよ、狸吉です」

「え?狸吉・・・どうしたのその格好?」

 華城さんはただでさえ大きな瞳を一段と大きく見開きながら驚き僕に服の事を尋ねてきた。

「華城さんがカフェで制服を借りた事がきっかけになって学園から仕事用の背広を二着も支給していただいたんで、お披露目に来ました」

「そう、それは何よりだわ。しかしカフェの制服を借りる発想はアンナにも理事長にも褒められたけど、ここまで話が大袈裟になるとは思ってもいなかったわ」

「そうですよね。華城さんがカフェで制服を借りてくれて僕がそれを着て正門の掃除をしたらアンナさんが、それを理事長に提案して、この状況ですもんね。まるでわらしべ長者ですよ」

「全くその通りね。しかし・・・馬子にも衣装とはよく言ったものね。それなりに見栄えがするから不思議だし、何とも言えずに可笑しいわ」

「もうちょっと、ちゃんと褒めて下さいよ。さっきまで臨時の理事会でお披露目をさせられて本当か嘘か解からない様な褒め言葉を頂戴して似合っているかどうか自信が無いんですから」

「そうだったの、なら、ゴホン・・・ちゃんと似合っ・・」

「狸吉さん!」

「え!」

「狸吉さん、その背広どうされたんですか?って学園から支給されたのですよね。とても良くお似合いですわ」

 華城さんがわざわざ咳払いまでしてから僕の背広姿を褒めようとした矢先だった。学園議会本部にやってきたアンナさんがそれを遮る様に僕の背広姿を褒めてくれた。突然の事で僕も華城さんも驚いてアンナさんの顔を見てしまったが、その後の華城さんは何やら不機嫌になってしまいその日は一切口をきいてくれなかった。そうして学園から支給された洋服で仕事を開始した翌日は、その反響は凄い物だった。いくら上等な背広を着たからと言って僕の仕事の内容が変わる訳で無し、体を動かす仕事が中心なのだからとカフェの店員よろしくといった感じで上着だけを宿舎に置いて来て、チョッキにズボン、白シャツに蝶ネクタイと皮靴を履いて朝の正門前の掃き掃除を始めた。すると出勤して来る先生や職員は勿論、女学生達も僕に声を掛けて来て、それこそ掃除にならない程だった。その中にはアンナさんもいて正門前がいつにないお祭り騒ぎになっている中、華城さんだけは横目で僕を見てニコリともせずに学内に入って行ってしまった。別にそんな事で気を悪くした訳ではないのだが、そんな華城さんの視線で我に返った僕は正門前でたむろするアンナさんを始めとする女学生達を通行の邪魔になるからと言って皆を学内に押し込んで正門前の掃き掃除をつまらない気分で再開した。

 

僕は何を舞い上がっていたのだろう?そう思えるほどに先程までの浮足立った気分が消え、仕事に集中出来た。そのせいだろうか僕を見かける人も遠目に見るだけに留まり声を掛けて来て仕事の邪魔をする人もいなくなった。わずか半日足らずで元通りになった学園内で僕は普段通りの仕事を着々とこなしていると不意に強い視線を感じた。それこそ殺気に近い様な射抜くような視線を感じた僕は思わず辺りをキョロキョロと見回したが人影らしきものは発見できなかった。しかし仕事を続けていると時たま、その視線が復活して僕は周囲を見回すと言ういたちごっこが放課後まで続いた。女学生のほとんどが学園から帰ってしまい、学内に人っ気が少なくなってくると僕は教室の掃除をしに三階まで上がって行く。この学園では生徒の自主性を育む為に学園議会を設置したりしているが、その一方で良妻賢母を育てるべく家事に関する指導も行っており女学生達が使う教室の掃除は女学生達にやらせる決まりとなっている。しかしそこは上流階級のお城様達のするお掃除なのであちこちに汚れやごみが落ちていることもしばしばであり、そのせいもあって放課後、人が少なくなってから教室を見回るついでに掃除もしている。

 

そんな風に教室一部屋一部屋を丹念に見て行く途中だった。またあの強烈な視線が僕に浴びせられた。今度は逃がすものか!そう思いながら掃除をしているふりをして徐々に教室に二つある出入り口の内の一つに近づいてから一気に教室の外に駆け出した。すると僕の動きに反応した視線の主は慌てて廊下を走り去ろうとするが制服のかかとの高い西洋ブーツを履いていたせいで全力で走る事が出来ず、敢え無く僕に捕まってしまった。

「一体何をしていたんだ」

用務員の僕が上級階級の女学生に強い口調で物を言ってしまったがそれには理由があった。それは僕が捕まえた視線の主が余りにも小さかったからだ。真っ直ぐ立ってもその背丈は僕の鳩尾辺りまでしかなく学園の女学生にしては幼い顔立ちでおかっぱ頭、制服の矢羽柄の着物と袴を着ていなければ、とてもこの学園の生徒だとは思えなかった。確かこの学園は十五歳以上の子女が通う教育機関だった筈なのに。そんな疑問が湧いて来るような、それこそ子供のような女学生だった。

「離せ、離すのじゃ。わしを誰だと思っておる」

「なんだ、その外見に似つかわしくない喋り方は?」

「貴様、用務員の分際でわしに楯突くつもりか」

「用務員だからこそ、学内の不審者を捕まえたんだ。お前こそ楯突いたり、暴れるのを止めろ」

「うるさい!折角、面白そうな題材が手に入るかと思って観察しておったのに、貴様の様な奴ではわしの絵の調子を元に戻す事など出来んわ」

「絵だって・・・君ひょっとして絵で学園の特待生になっている子かい?」

「そうじゃ、わしはこの学園の特待生にして三年の早乙女乙女じゃ。いい加減離さんか!」

 え!これが三年生?てことは十七か十八って事で僕より年上じゃないか。その部分に覆いに驚きを感じながらも、この子が華城さんの言っていた絵画の特待生なのか?いや、もしかしたら他にも絵画の特待生がいるのかもしれないと思い

「絵画の特待生って早乙女さんの他にもいるんですか?」

「おる訳なかろう。わしの様な天才が二人とおってたまるか」

「早乙女さんは天才なんですか。じゃあ別に僕を題材にしなくても絵は描けるでしょ」

「う!それは天才ゆえの悩みと言う奴じゃ。お前の様な凡人には一生かかっても理解出来んわ」

「さっき、ちょっと言ってましたけど早乙女さんはひょっとして新しい題材になる物を探しているんですか?」

「・・・」

「まあ女学校に若い背広姿の男が現れるなんて珍しいですもんね。けど僕はもっと面白い題材を知ってますよ。」

「なに!本当か?」

「うん、本当です。もし興味があるなら明日の日曜日の昼に学園近くのカフェに来ていただけますか。そうしたらもっと面白い題材について教えてあげますよ」

「うう・・・そんな事を言ってわしの事を誘拐するつもりじゃな。わしは調子さえ取り戻せば金の卵を産む鶏じゃからな」

「銭金の話じゃありません。面白いか面白くないか、それだけの話です。まあ当てにせずに待ってますから。気が向いたら遊びに来てください」

 僕は自分の言葉を言い終わると掴んでいた早乙女さんの着物の襟から手を離してその場を去った。しかし、その背中には強い視線を感じたままだった。これは案外簡単に話が進むかもしれないぞ、そんな期待をさせる視線を振り切る様に僕は階下の二階の奥の部屋を目指し、その部屋のドアをノックした。

「どうぞ」

「失礼します」

「あら狸吉さん。こんな時間にいかがされましたか」

「いえ仕事が早くすんだ物ですから何かお手伝い出来ないかと思いまして」

「左様ですか、しかし私はもう仕事は済んでしまって帰るところだったんです」

「そうですか、それは残念です」

「けど綾女さんはまだ仕事が残ってらっしゃいますから手伝って差し上げてはいかがでしょうか」

 アンナさんの言葉を合図に僕は見ない様にしていた華城さんを見た。すると予想していた通りに不機嫌そうな表情をして

「アンナ、余計な事を言わないで。これくらいの仕事はもうすぐ終わるわ」

「あら、昨日と言い今日と言い、サッパリ仕事が進んでないではありませんか。そういう時は素直に他人を頼るのも大事な事ですわ」

 笑顔で華城さんにそう言ったアンナさんはすっくと自分の席を立ち、鞄を持って学園議会本部の部屋から出ようと僕の横を通り過ぎようとした時、僕にしか聞こえない様な小声で

「綾女さんはこんな時、カフェで珈琲と甘いドーナツを食べるとすぐ機嫌が直りますのよ」

パチリと長い睫毛をなびかせる様に可愛く片眼を閉じて僕に命令をするとすたすたと廊下を歩いて行ってしまった。どーなつって何だ?しかしアンナさんはカフェでコーヒーと一緒に食べると言っていたのだがらカフェに行けば何とかなるだろうと思いつつ

「華城さん」

「なに?手伝いなら必要ないわよ」

「そうじゃなくて、明日の日曜日空いてますか?」

「明日?明日がなんだって言うの?」

「実はさっき、三階の教室で早乙女さんに会ったんです」

「え!」

「三年生の早乙女乙女、彼女が華城さんの言っていた絵画の特待生にして僕らが狙っている人物ですよね」

「その通りよ。良く分かったわね」

「新しい背広を着た姿が珍しかったらしくて絵の題材にしようと僕の事をじろじろ観察してきたんで捕まえて少し話をしたんです」

「そうだったの。こんなに早くあの幼女体型の先輩を手込めにするなんて狸吉ってばとんでもない鬼畜野郎なのね」

「だから犯罪は犯してませんって。そもそも、あんな幼児体型は僕の守備範囲外です」

「狸吉って全方位攻撃可能な回転砲台なんでしょ」

「なんですか、砲台って」

「もろち・・」

「もういいです!言わないで下さい。予想通り過ぎます」

「酷いわ、こんな焦らし方されたの初めてよ。狸吉ってば童貞のくせに意地悪なのね」

「童貞は関係ないです」

「あら、ひょっとしてヤリチン?」

「ちげ―よ!」

「とにかく早乙女乙女と接触したのね。それで狸吉の印象はどうだった?」

「それが印象と言うか早乙女さんは今、絵を描く調子を落としているみたいなんですよ」

「そうなの?」

「ええ、その不調を抜け出すきっかけ探しをしているみたいだったんで、面白い題材が知りたいなら明日の日曜日の昼に学園近くのカフェに来る様に言っておきました」

「それはお手柄だわ。それで狸吉は早乙女先輩に何を見せてあげるつもりなの?ひょっとして剥き身の狸吉」

「そこまで体を張るつもりは有りませんよ」

「ほれほれ、これが俺の絵筆だぞ!って早乙女先輩に迫るのではないの?」

「そんな事はしません」

「ああ、僕の絵筆を使って下さい!って方ね。狸吉ったら色々な攻めや受けを知っているのね」

「だから、そうじゃありません」

「しかし、そんな絵筆を使ったら絵が真っ白になってしまいそうね。念の為、今晩は赤い物を沢山食べておきなさい」

「そんな事で色が変わる訳ないでしょうが」

「え、光り物を食べると七色に輝く精液が出るんでしょ」

「アンタの妄想ぶっ飛び過ぎだ」

 会話をギリギリの線で成立させる事が出来た僕は華城さんに個室を押さえておくと話をしてから部屋を出てカフェに向かった。無論、カフェの御主人には華城さんが来たら珈琲にどーなつとやらを添える事も併せてお願いしておいた。

 

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