下ネタという概念が存在しない退屈な文明開化   作:Z-Laugh

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第六話

 最悪の目覚めであっても水曜日の朝はやって来る。僕は演技と言うより寝不足でフラフラして周囲を気にしている余裕がなく結果的に、いつも通りの僕を演じる事が出来た。そうして、遅刻寸前に走って門をくぐる女学生達がいなくなると僕は一路、職員室へ向かう。職員室前には轟力先生が既に待機しており更に何故か理事長の姿まであった。

「狸吉君、期待してるわよ」

「奥間、理事長が直々にお前に喝を入れに来て下さったんだ。頼んだぞ」

「なんか、たかが持ち物検査に大袈裟すぎません?」

「いいえ、狸吉君。この取り締まりが効果を発揮してくれたら、少なくとも生徒達は学園にそういう物を持って来ようとしなくなるわ。」

「理事長の仰る通りだ。上手く行けば生徒達が学園内で卑猥について話をしなくなる筈だ」

「学園はそういう場所じゃありませんよって強く印象付ける良い機会なんですね」

「そういう事、じゃあ頑張ってね」

「よし、行くぞ奥間」

 理事長に見送られながら僕と轟力先生はまずアンナさんと華城さんがいる二年生の教室に向かった。廊下は既に朝の教室での朝礼が始まっているせいで人っ気が無いが、不意に教室から大勢の女性が一斉に声を上げるのが聞こえてきた。どうやた担任から持ち物検査の話があった様だ。三階にある六つの教室全てから同様の大きな声が聞こえて来てから轟力先生がアンナさんと華城さんのいる教室のドアをノックしてドアを空ける。勿論、教室の女学生達は轟力先生を恐がりながらも恨めしそうに見ていたし、僕の事は何でこいつ、こんな所にまで来ているの?という感じで睨み付けていた。そして学級の担任である女性の教師にアンナさんの華城さんの鞄と机を確認して貰い、不審なモノが無い事が教室のみんなの前で明らかになると、アンナさんと華城さんは端の席から順に持ち物検査を開始した。

 

 

 一学級およそ二十人、アンナさんと華城さんで手分けして持ち物や机の中を確認するとおよそ半分の生徒が不審なモノを持っていた。本当は華城さんなら僕に確認しなくても卑猥の何たるかなんて分かっている筈なのだが今は学園議会・副議長なのだから、そんな様子は全く見せず卑猥なモノを見つけては不思議そうな表情をして僕を呼び付けていた。そうして最初の教室の検査が終わった時点で十三の卑猥な絵や本が見つかった。

「鮮やかなモノだな奥間。あれほどの短時間でこれだけの物を見つけるなんて」

「それって褒められても、あんまり素直に喜べませんよ」

「そんな事はないですわ狸吉さん。あれだけ迷いなく卑猥な物か否かを判別して下さったおかげで生徒達も反抗するのを忘れて唖然としてましたもの」

「まあ奥間君が没収した物は後で理事会の面々に確認して貰うから、その時までは安心出来ないけどね。何しろ卑猥じゃない物を没収したとあっては学園議会の不手際と言う事になってしまうもの」

「華城の言う通りだ。手早く判別するのはいいが、くれぐれも慎重にな」

「狸吉さん、よろしくお願いしますわ」

 華城さんの演技も中々堂に入っていて凄く自然に見える。それにアンナさんも轟力先生も本当に卑猥なモノと言うのがピンと来ない様だ。男女が下半身裸で重なり合っている浮世絵などを見ても裸の男女の絵があるという事を認識しただけで、それが卑猥に繋がらない。ポカンとしてコレの何が悪いんだ?と言う顔をしている。華城さんが演技で解からない振りをしているせいもあって、ひょっとしたらアンナさんと轟力先生も僕をからかっているんじゃないかと思う程に違和感を感じつつも次々と教室を回って行く。

 

 

 そして一年生の教室では不破さんの鞄から七点もの浮世絵や艶話の本が見つかった。これだけでも一人の生徒が保有していた卑猥な創造物の数としては飛び抜けているのだが、そんな取り締まりを受けた不破さんは決して慌てもしなければガッカリする様子も無かったので少し変だと思い

「不破さん、ちょっと立ってみてくれる」

「は、はい・・・立てばいいんですか?」

「華城さん、不破さんの着物や袴の内側に絵や本を隠してないか確認してください」

「「「「え!」」」」

 不破さん、アンナさん、轟力先生、更には華城さんまでもが驚きの声を上げた。しかし僕は動ずる事なく不破さんをにらみ続け彼女がその場から逃げ出さない様にした。華城さんは疑心暗鬼になりながらも僕の指示通りに不破さんの着物の内側を確認すると、そこからは四点の絵と本が見つかる。もちろん卑猥なモノだ。更に僕は不破さんの持ってきた鞄に注目した。他の生徒の物とは少し違う・・・鞄の底が厚過ぎる。今度はアンナさんに不破さんの鞄が二重底になってないかを確認して貰う。不破さんは慌てて鞄を奪い取ろうとするが華城さんに羽交い締めにされ手も足も出ない状態でアンナさんの検査を見せつけられる。もちろん僕の見立てに間違いはなく、四点の卑猥な本が見つかる。

「た、狸吉さん、何故分かりましたの・・・」

 アンナさんも僕の洞察力に驚いている。そして僕は最後に不破さんが使っている机の裏側に手を伸ばして・・・やっぱり有った。机の裏に封筒が貼りつけてあり、その中からは卑猥な絵が五枚見つかった。ここまでするとさすがの不破さんも抵抗する意思が無くなったのか、驚きそして羽交い締めされたまま力無く項垂れていたので僕は彼女に

「不破さん、甘い甘い♪」

 僕は故郷の家で父さんがコッソリくれた絵や本を僕の部屋に隠してはその全てを母さんに見つけられてしまい、父さんの部屋に戻されてしまうという父さんのアメと母さんのムチを何度となく経験していた。僕が絵や本を隠す知恵を絞れば母さんが野生の勘とも言える鋭さで一つ残らず見つけてしまう。そんな経験をしている僕にとっては不破さんがやる様な事は全て経験済みなのだから見逃す筈が無い。

「さすが奥間さん。それ程までに的確に卑猥なモノを見つけ出すなんて。敵に回すには恐ろし過ぎます」

「奥間君、あなた視覚じゃなくて嗅覚で卑猥なモノを探してない?」

 そんな戯言を言いながら不破さんは轟力先生に教室から引っ張り出され職員室まで連行され、華城さんは学園議会・副議長の立場を忘れかけた様に僕が不破さんの仕掛けを次々と見抜くのを見て呆れに近い驚きを感じていた様だ。そうして没収した絵や本は実に八十点を越えた。これは取り締まりを強化しないとマズイなと思う気持ちが半分、これは《S○X》の活動を頑張らないといけないなと思う気持ちが半分のまま没収した絵や本を僕ら三人で一階の会議室まで運び込んだ。そこにはソフィア理事長を始めとする数人の高齢の理事がおり、すぐさま僕が没収した絵や本を検閲、余分なモノが一つも混ざって無い事を確認してくれた。当たり前だ、卑猥とそうじゃないモノなんて間違える訳が無い。

「狸吉さん、凄いですわ」

「狸吉君、これ程の成果を上げてくれるなんて期待以上よ。さすがあの二人の息子ね」

「奥間君、ちょっと見直したわ」

 アンナさん、ソフィア理事長、華城さんの三人がそれぞれに僕の仕事を称賛してくれた。まあ華城さんの言葉には「これで明日の活動が楽しみになったわ」という意味を含んでいるんだろう。そうして僕はそれらの卑猥な絵や本を全て学園の裏にある焼却炉に運んで燃やしてしまう様に理事長から指示された。僕は絵と本を持って一人焼却炉へ、アンナさんと華城さんは一時間目の授業を受けに教室に戻り、理事長達も仕事に戻って行った。一人、焼却炉に向かって到着すると運んでいた絵や本の中から今後の《S○X》の活動に使えそうな物を吟味して懐に入れると残りは理事長の指示通りに燃やしてしまった。そして、その日の仕事が終わった後は忙しかった。まずは街に出てオスとメスの野良犬を確保。余り体の大きさが違わない雌雄一体ずつの犬を探すというのは中々、骨の折れる作業であったが暗くなる前のそれらを見つける事が出来たので学園に程近い神社の林の中に紐で繋いでおいてから十分に餌をやっておいた。さらに夜、職員用宿舎の僕と寄宿舎の女学生以外が学園の敷地内から消えると僕は明日の朝、学園朝礼が行われる講堂の壇上の中央の床に犬の餌である肉を擦り付けて匂いを付けておく。これで準備は万端、後は華城さんが作ってくれた段取り通りに事を進めるだけだ。いつの間にか非合法な活動を楽しく思いながら僕は興奮しながらも宿舎に戻って床についた。

 

 

 そしていよいよ、僕と早乙女さんにとって初めての卑猥の広報活動の日がやってきた。まず神社に繋いでおいた犬二頭に餌を十分にやる。これをしておかないと女学生や教職員に噛みつきかねない。そしてメス犬だけをコッソリと学園内に連れ込み僕の宿舎の中に入れておいた。そして、その後は、いつも通りに変わらず登校して来る女学生達と通勤して来る職員・教員達。何食わぬ顔で正門前の掃除をしながら皆に挨拶をしていると教職員の人達からは「昨日は御苦労さま」と言った感の言葉を掛けられ、女学生達からは「どうしてあんな事が出来るんですか?」「次はもう少しお手柔らかにお願いします」といった質問やお願いを小声でされてしまった。無論その中には不破さんもいて

「私の絵と本は返して貰えるのでしょうか」

「いや理事長命令で問答無用で焼却処分しちゃったよ」

「ええ!そんな・・・あれを集めるのにどれ程の時間と手間を掛けたと思っているのですか」

「授業に関係ない物を学園に持って来るのが悪いんでしょ」

「けど、私にとって子作りは探究すべき事柄です。その資料を学び舎に持ってくるのは

当然ではないですか」

「その理屈はこの学園の教育要綱に子作りがあったらの話だね」

「それを言われると返す言葉もありません。しかし奥間さんは本当に子作りがどういうものか解かっていらっしゃるようですね。この学園の教育要綱にそれが無いと判断が付く位なのですから。やはり私に子作りを教えて貰えませんか。そうすれば学園内に卑猥な物を

持ち込まない様にしにますから」

「それは交換条件になってないよ。それを教えなくても学内に卑猥な物の持ち込みは禁止だよ」

「・・・どうやったら奥間さんを味方に出来るのでしょうか・・・」

 不破さんは一人、なにやら危ない人の様にブツブツと独り言をつぶやきながら正門をくぐって行った。あれだけ卑猥を望むなら、あれだけの行動力があるなら、アレはアレで僕達《S○X》に必要な人材なのではないだろうか?そんな事を感じつつも僕は門をくぐる人がいなくなったのを見計らって学舎横の行動の様子を見に行くと、そこには既に女学生が集まり学級ごとに列を成していて、教職員が全てそこに集まっているのを確認した。まだ生徒達がザワついてはいたものの、もう間もなく学園朝礼が行われると言った感じだった。僕は周囲に人の気配が無いかを確認しつつ宿舎に戻りメス犬を講堂まで連れて行った。餌を与えてあるせいで無駄吠えもせずに素直に僕が引く手綱に従って付いて来たので講堂まで来ると僕は手綱をほどいて朝礼が始まっている講堂の出入口の戸をゆっくり音も無く開けて、その中にメス犬を入れた。しばらく様子を見てるとメス犬は昨夜の内に付けておいた講堂の壇上の肉の匂いに反応して壇上目指して歩き出した。数人の生徒が気が付きはしたが朝礼中と言う事もあり声を上げずに驚いていた。僕はその様子を確認すると大急ぎで神社に行ってオス犬を連れてくる。すると講堂内からはざわざわと何やら落ち着きのないざわめきが聞こえていた。僕は講堂前でオス犬の手綱をほどくとオス犬はスンスンと周囲の匂いを嗅ぎ始め、ハッとした様に講堂の方を見た。うん!メス犬の匂いに気がついたな。それを見て僕は講堂の戸を思い切り開けてからこう叫んだ。

「すみません。学園内に野良犬が紛れ込んだ様なんですが!」

 僕の大声に講堂内の人間が一斉に振り返る。大勢の視線を一方的に浴びながらも壇上を見ると中央付近の床を熱心に舐めているメス犬がいて、それを取り囲む様に困り果ててるソフィア理事長や理事数人の姿があった。ソフィア理事長が僕に気付いて犬をどかす様に命令をしようとした矢先のことだった。先程手綱をほどいたオス犬が講堂内に飛び込んで来て講堂内は一気に騒然とした。しかし、ここでも打ち合わせ通りに動く人間が一人。生徒の列の中にいた華城さんが

「みんな離れて!犬に近づくと噛みつかれるかもしれないわ」

 その声で野良犬に慣れてない上流階級のお嬢様である女学生達は講堂内に飛び込んで来たオス犬に道を空けてしまう。逃げ惑う女学生を無視しながらも壇上のメス犬に向かって一直線に走って行ったオス犬は案の定、その後ろからメス犬に圧し掛かり腰を振り始めた。学園の全生徒が見守る中、犬の交尾が始まったものだから教職員は皆、驚きに自失して言葉が出ない。女学生達も最初こそ驚いていたが日頃からの《雪原の青》の活動のせいで卑猥に興味を持ち始めていたものだから卑猥な浮世絵と壇上の交尾する犬が頭の中で繋がってしまったのだろう。頬を赤らめて息を呑んで壇上を見つめていた。しかし、この状況下で二人の女学生はニヤついていた。一人は早乙女さん。彼女は壇上の犬を見つめる女学生達の表情を見て何やら感じ取った様で小さく何度も頷いていた。そしてもう一人は当然華城さん。彼女は犬の交尾を目の当たりにして、それを食い入るように見ている女学生や教職員を見て満足気だが、ちゃんと計画通りに動き出す。

「みんな、急いで教室に避難して。このままでは犬が暴れ出すわ」

 大声でそう言い放つと率先して講堂の出入口まで走り、それを全開にして女学生達にここから逃げろと行動で示す。それに反応した教職員達も同様の声を女学生達に掛け始め女学生達が軽く自失しつつも、その場から逃げだそうとして講堂の出入口は人で溢れかえる。その時には既に華城さんの姿はそこになかった。うん、これも打ち合わせ通りだな。僕は講堂の壇上に向かって懐に入れておいた手綱を出して二頭の犬に結びつける。それを見ていたソフィア理事長が

「狸吉君、早くこの野良犬を学園の外に出して頂戴」

「わかりました。全く・・・やっと捕まえたぞ」

 我ながらワザとらしいなと思いながら繋がったままヒョコヒョコと歩く二頭の犬を連れて壇上から降りて女学生達がいなくなりつつあった、出入口に向かうとまだ逃げてなったアンナさんが近づいて来た。

「まだ逃げてなかったんですが。近づくと危ないですよ」

「生徒が全員避難するまでは学園議会・議長としてこの場を離れる訳には参りませんわ」

「なら、もう大丈夫ですからアンナさんも避難して下さい」

 アンナさんは僕の言葉に頷くと講堂の出入口に向かった。しかしその時

「おま●こおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 講堂の外から例によって例のごとく卑猥な雄叫びが聞こえてきた。

「時岡学園の女学生の皆さん、朝から捗っているかしら。犬のあっはんうっふんを見た後はこれでも見てモヤモヤムラムラして楽しんでちょうだい」

 僕とアンナさんが大急ぎで行動の外に出ると、学園内に吹き乱れる卑猥な浮世絵、そしてその向こうに学舎の屋上にいる白装束の《雪原の青》の姿があった。学舎への避難途中だった生徒達は昨日の持ち物検査のせいもあってバラまかれた浮世絵を夢中になって拾い集めている。結果として、昨日の持ち物検査は学園内の女学生全員に世の中にはこんな卑猥なモノがあるよ、と言う広報活動にしかなってないのだ。人の心に芽生えた好奇心は取り締まりなんかじゃ失くせない。それこそ取り締まりなんてしようものなら逆に燃え上がるってもんだ。華城さんは持ち物検査の翌日に《S●X》の活動をする事で学園側に卑猥な知識の流布を手伝わせた形にしてしまったのだ。良くここまで考えたよな。軽く呆れつつも痛快に思っていると僕の横にいたアンナさんが

「まさか・・・この二頭の犬は陽動?くっ、許しませんわよ《雪原の青》」

 そういうと地面に穴が開くのではないかと思う程の蹴り出しで走り出した。その速度たるやまさしく目にもとまらぬ速さだ。華城さんが言っていたアンナさんの運動能力の高さとはこれ程だったのか。そんな感心をしている間にアンナさんは学舎の外側にある各教室のひさしを利用して本当に忍者の様に一直線に屋上に向かっていた。なんなんだあの人、男勝りで知られた僕の母さんにも勝るとも劣らない『鋼鉄の鬼女』ぶりだ。屋上の華城さんは計画が上手く行った事に気を良くしていたのか油断してアンナさんに気付いていない。まずい!このままでは華城さんがアンナさんに捕まってしまう。

「アンナさん、そんな事をしたら危ないです!」

 アンナさんの名前を叫びながらも僕は華城さんに気付いて貰う為に大声を出すと華城さんがそれに気付いてくれたようで学舎の外側を昇って来るアンナさんにも気付いてくれた。大急ぎで撤退する華城さん。それを見て一段と学舎を昇る速度を上げるアンナさん。僕は犬二頭を放り出して華城さんが行く予定の場所に向かった。そこは・・・僕の宿舎、ここなら学園内で誰にも怪しまれずに《雪原の青》の恰好に着替えられるし、すぐさま学園議会・副議長の顔に戻ることも出来る。僕は周囲を伺いながら宿舎のドアを開けようとした時だった。

「あ、狸吉さん。こちらに《雪原の青》が逃げて来ませんでしたか?」

「い、いえ。見ませんでしたね」

 アンナさんが息を弾ませながら宿舎の前までやってきた。さっきまで学舎の外側を昇っていた筈だったのに、もうここまで来ちゃったのかよ。

「逃げ足の速い賊ですわね。この私から逃げ切るとは・・・」

 普段のアンナさんからは想像もつかない様な険しい表情をしている。しかしそんな様子すら絵になってしまう美しさ。まるで戦女神だ。ひょっとしたら早乙女さんが感じ取ったアンナさんの中にある物ってコレなのかもしれない。

「しかし、凄いですね。学舎の壁を昇って追いかけるなんて思いもしませんでしたよ」

「た、狸吉さん。そういう事はあからさまに言うものではありませんわ。私としては恥を忍んでやった事なのですから」

 ホントかな?何かノリノリだったんだけど。

「とにかく《雪原の青》はいませんから他を探してみたらどうですか」

「そうですわね。いえ・・・まだ探す所がありますわ」

「どこです?」

「狸吉さんの部屋です。この辺りで見失ったのですから、もしかしたら狸吉さんの部屋に隠れているのかもしれませんわ。申し訳ございませんが中を検めさせていただけませんか」

 そう言うが早いか、アンナさんは僕の宿舎のドアを開けて中に入ると

「綾女さん!こんな所で何をしてらっしゃるの?」

「え、ええと・・・」

 辛うじてと言うか、ギリギリと言うか、華城さんは学園の制服である矢羽柄の着物と袴を着てはいたものの靴を脱いで座敷に上がっていた。華城さんは当然、ここが安全地帯だと思っていたにも拘らず、突然アンナさんが部屋に飛び込んで来たものだから彼女らしくなく、アタフタしていた。僕は華城さんを落ち着かせる為にアンナさんの背後で両腕を直角に曲げてから腕を走る様に大袈裟に動かしてからアンナさんを指差した。それを見た華城さんは、どうやら僕の考えを察してくれた様で咳払いをしてから

「《雪原の青》を追ってきたのよ。この辺りで消えたから、もしやと思って奥間君の部屋を探していたの。押し入れも天袋も見たけど誰もいなかったわ」

「そうだったのですか。さすが綾女さんですわね。じゃあまだこの近くに居るかもしれない」

 そうして外に居る筈のない《雪原の青》を探しにきびすを返して外に飛び出そうとするが、ついさっきまで彼女の後ろで華城さんの為に走るしぐさをしていた僕に駆け出した途端ぶつかってしまった。アンナさんのどこもかしこも柔らかい体が僕にぶつかる・・・普段からするいい匂いが直接、鼻に飛び込んでくるのではないかと言うほどに、その美しい顔が間近にある。ああ!こんな体験二度と出来ないかもしれない。地面に倒れるまでの刹那の間にそれだけの事を考えると、ドン!バン!ガツン!と僕はお尻と背中と後頭部を地面に打ち付け、更に仰向けに倒れた僕の上にアンナさんが倒れ込んで来て僕の体の前面にアンナさんの体の重みがポヨン!フニャン!ムッチリ!と圧し掛かってきた。思わず体がに余計な反応をしてしまいそうになった瞬間、ピト!と言う感じでアンナさんの唇が僕の唇に触れた・・・と言うか、ぶつかった。ほんの一瞬だったけど確かにお互いの唇が触れた事が解かるとアンナさんは慌てて身を逸らして僕から顔を離してくれたが何故か僕の上からどこうとはしなかった。赤い顔をして僕を見下ろすアンナさん、心なしか息が荒い、さっきまで、あれだけ動いたのだからしょうがないと思っていたのだが何やら様子が変だ。僕はアンナさんに上からどいて貰おうと声を掛けようとしたら僕に先んじて華城さんが

「ア、 アンナ・・・大丈夫?」

「・・・」

「アンナさん?どうしたんですか」

「アンナってば!」

「え・・・あ!ごめんなさい狸吉さん。」

 やっと我に返ってくれたアンナさんは、それこそ飛び退く様に僕の上からどいてくれて、そのまま外へと駆け出して行ってしまった。僕はやっと体を起こすと華城さんが

「狸吉、あなたドサクサに紛れてアンナのオッパイ揉んだでしょ」

「揉んでませんよ」

「なら、つねったの」

「つねっても無い」

「はぁ・・・股間を押し付けたのね。最初にそれはやり過ぎよ」

「押しつけてねえ!」

「なら、なんでアンナが茫然としてたのよ」

「そんなの僕だって知りませんよ」

 僕は悪くないのに華城さんが卑猥な言葉と共に犯人扱いしてきたので、二人にらみ合う様な状況になった時、部屋の天袋が開いて中から早乙女さんが出て来て、

「・・・狸吉よ。これからしばらく、ここで厄介になるから、よろしく頼むぞ」

「え、いきなり何ですか早乙女さん?」

「先程のアンナの様子・・・これは一時たりと目を離せん」

「アンナさんの様子?」

「これは・・・この間の答えが解かるかも知れんぞ」

 僕は華城さんと顔を見合わせてお互い不思議がりながらも、部屋を出て大急ぎで講堂前に駆け付けた。そこには生徒も教師も職員も誰一人おらず・・・二匹の犬が・・・満足気に寝ていただけだった。なんだよ、すっかり事後って事か?

「狸吉、いくら知り合いだからって学園で縁結びをするのは控えなさい」

「何で犬が知り合いなんですか。それに縁結びもしてませんから」

「大体、あなた自身に相手がいないのだから他人・・・他犬の世話を焼いている場合じゃないでしょ」

「いつになく辛辣ですね」

「これでも心配してあげてるのよ。奥間犬吉君」

「俺の相手って犬なの?」

「タヌキでもいいわよ」

「人間!絶対人間の女がいい」

「学園内でその発言・・・狸吉、あなた・・・学園をクビになりたいの」

「失言でした」

何か犬に出し抜かれたみたいで気分が悪かったが僕はとりあえず犬に結んであった手綱を持って二頭の犬を学園の外に出して離してやった。これで子犬が産まれたらやっぱり僕にも責任あるのだろうか?そんな事を考えている僕を尻目に華城さんは学舎の中に戻って行った。それから僕は華城さんがバラまいて、生徒達が拾わなかった卑猥な絵をかき集め、更に講堂の掃除をして昼前にやっと職員室に顔を出す事が出来た。

「おお、奥間。ご苦労だったな」

「はい轟力先生、敷地内に散らばった絵は全部回収しましたし講堂も掃除しておきました」

「野良犬が学園に入って来る事は、結構ある事だが講堂まで入り込んで来たのは珍しいな」

「僕も見落としてましたよ。これからは正門を閉めておいた方が良いんですかね」

「それも考えないと、いかんかもな」

「それで、生徒達が拾った絵はどうなったんですか?」

「ああ・・・出来るだけ回収や没収はしたのだが、どうも《雪原の青》がバラまいた量にしては、没収出来た量が少なくてな。紙吹雪の様にバラまいたのだから数百枚は有った筈なのに奥間が集めて来た物を合わせても・・・う~ん、程遠いな」

轟力先生が自分の机の上に置いてあった卑猥な絵の束と僕が拾い集めて来た物を重ねてみるがその量は精々百枚と言ったところだった。

「じゃあ・・・」

「ああ、残念ながら、かなりの枚数が生徒の手に渡ってしまった様だ。せっかく昨日、取り締まりをしたのに、これでは元の木阿弥だ」

「放課後にもう一度、取り締まりをしますか」

「その話も出たんだがな、理事長が奇策の多用は生徒の保護者から苦情が出る事になるから止めておこうと仰ってな」

「そうですか、残念ですね」

「全くだ」

 何とも不思議な心境だった。《S●X》の活動は最後がちょっと危なかったけど概ね成功したのだが、こうやって昨日の取り締まりが無かった事になる様な事実を目の当たりにするとガッカリした気持ちにもなる。どちらも僕自身がした事であり喜ぶなら自画自賛、辛く思うなら自業自得、そのどちらも一緒に感じる葛藤の様なものを感じてしまった。

「まあ、次の機会が無い訳じゃない。その時は奥間、また頼むぞ」

「わかりました」

「そうだ、この間言った飯の話だが今晩どうだ。昨日今日と世話を掛けたし丁度いいだろう」

「本当にいいんですか?」

「ああ、そう遠慮をするな」

「わかりました、ご馳走になります」

 そうして僕はその日の晩は轟力先生に夕飯を奢って貰い宿舎に帰ると部屋の天袋から

早乙女さんが顔を出した。

「狸吉、遅かったではないか」

「まだ、そんな所に居たんですか?轟力先生に夕飯を奢って貰ってたんです」

「なに!自分一人で夕飯を済ませたというのか」

「一人じゃないです、轟力先生と食べたって言ったでしょ」

「そうではない。《S○X》の活動が上手く行ったのだから祝杯を上げようと綾女の奴から言われたのじゃ。それでお主を待っておったのだぞ」

「え!ホントですか」

「嘘言ってもしょうがないじゃろ。それにわしも腹が減った、さっさと例のカフェに行くぞ」

 天袋から飛び降りて手に持っていた靴を履く早乙女さん。僕は部屋の玄関で靴を脱ぐ事なく学園近くのカフェへと出掛けた。カフェに到着すると店の御主人が両手の人差し指をこめかみのあたりに添える様に当てて、奥の部屋の方を見た。あちゃ~、どうやら華城さんは御立腹の様だ。なんて言い訳し様と思ってついつい奥の部屋に行く足取りが重くなるが腹をすかせた早乙女さんがそんな僕の心情を考えもせずにズカズカと奥に進み勢いよく奥の部屋のドアを開けてしまった。当然のごとく半目で怒りを露わにしている華城さんがこちらを見てくる。何か言い訳をしようと考えるが、ここでもやはり腹をすかせた早乙女さんが

「狸吉の奴が轟力のヤツと飯を食ってきたせいで、とんだとばっちりじゃ」

 言い訳どころかあからさまに事実を語られてしまい、僕は思わずうつむいて上目遣いで華城さんを見ると

「・・・狸吉、あなた犬やタヌキだけじゃなくて猿もいけるクチなの?」

「違います」

「なら、なんで猿と食事をしていたのかしら?」

「昨日と今日の仕事のねぎらいと言われて」

「狸吉、あなたは今日の仕事について私をねぎらう気持ちはなかったのかしら?」

「そ、そんな事ありません」

「なら何故、轟力先生の誘いにホイホイ付いて行ってしまったのかしら?それは私へのねぎらいより夕飯をご馳走になる方が優先だったという事でしょ」

「いや、あの、その・・・つい失念してしまって」

「失念ね~。私はね、狸吉、今日の活動が物凄い成果だと思っているのよ。今日の活動で学内には卑猥なモノなど無いという学園側の主張が根底から覆す事が出来たおかげで、卑猥というモノを生徒達の間での共通認識にする事が出来たの。それこそ教師がいない所では服や食べ物の流行の話をする様に卑猥な事に対する興味の話をしっぱなしだったわ」

「そうだったんですか」

「それに私が今日ばらまいた絵だって全部で二百枚あったけど轟力先生から聞いた話では学園側は百枚も回収出来なかったそうよ。すなわち学園の全生徒百数十名のほとんどに卑猥な絵が行き渡った状態なの。それにあなたが考えた犬の作戦だって素晴らしい効果を上げたわ。生徒達は私がバラまいた絵と犬の交尾の両方を見て卑猥は知識に目覚めつつあるの。これを祝わずに何を祝うの!これをねぎらわずに何をねぎらうの!」

 下ネタを言うのも忘れて怒っている、というより拗ねている感じの華城さんが矢継ぎ早に言葉を繋いで僕を責め立てる。確かに《S○X》の活動であれだけの成果を上げたのだから、それこそ僕の方から華城さんに祝杯を上げようと言い出しても良い位だ。なのに僕はそんな事考えもしてなくて、その挙句に轟力先生に飯を奢って貰って華城さんに待ちぼうけをさせてしまったのだから反論も何も出来なかった。

「すみませんでした」

「謝っても私が待たされた事実は消えないわよ。どう責任を取るのかしら?」

「いや、責任とか言われても」

「罰として裸踊りでもして貰おうかしら、裸で街を一周走って来るのでも良いわね」

「ちょっと、華城さん落ち着いて下さい」

 

 

 バン! 

 

 

 ダイニングテーブルを叩いて立ち上がる華城さん。

「私は落ち着いているわ。あなたがタダ飯につられて浮かれているだけでしょ」

一段と声を荒げて僕を怒鳴ると、僕達の様子を眺めていた早乙女さんが

「そろそろ夫婦喧嘩は止めてくれんか。わしも早く飯が食いたいのじゃ」

「ふ!変な事言わないで。こんな猿や犬やタヌキでも構わないような男、絶対御免よ」///

「早乙女さん、華城さんをこれ以上炊き付けないで下さい・・・あ!」

 部屋のドアを見るとドアは既に開かれており店の御主人が大きなお盆に料理を乗せて呆れた様な笑顔を浮かべていた。僕と華城さんは顔を見合わせてから店の御主人に揃って頭を下げて料理をダイニングテーブルまで運んで貰った。早乙女さん、気が付いてたんなら言って下さいよ。おかげで余計な恥をかいちゃったよ。まあ華城さんの怒りが紛れたのは幸いだったけど。そうして三人して活動成功のお祝いならぬ、口喧嘩のけじめの様に静かに夕飯を食べたのだが、ラ、ラメェ~、こんなの入らない。壊れちゃう!壊れちゃうの~!僕は腹を壊す覚悟で見た事もないカフェの料理を僕の満腹の腹に押し込んだ。

 

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