きっとかのじょは、   作:みずい

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プロローグ〜初日

 

「――では、以上で手続きは完了です。出発は明日から3日間。期間中の事についてはそちらの書類を」

 

椅子と机と、中身の詰まった少し背の高い本棚以外は何も置かれていない殺風景な部屋。そこで、2人の人物が向かい合って話をしていた。

 

「わかりました」

答えたのはまだ幼く見える少女。見た目だけで判断すると13,4歳ほどだろうか。白藍の髪に蜂蜜色の目を持つ可憐な少女だ。

しかしその見た目に反して所作は大人も顔負けのそれであり、てきぱきと目の前の書類を整理し、目を通していく。

 

「特に質問が無ければこれで終了とさせていただきます」

目の前に座る黒服の男が、事務的な口調で話す。大丈夫です、ありがとうございました、と少女が答えた。

 

 

「………びっくりするかな、伊織」

 

部屋を出て、口元に緩やかな弧を描く。その足取りは少し軽く。

少女は廊下の奥へと消えていった。

 

 

......................................................

 

 

「あとは敵将だけか」

 

申し訳程度にぽつりぽつりと雑草が生えた荒地。そこが今日の出陣場所だった。

「主、このまま行軍で宜しいですよね?」

後ろから声が掛かる。部隊長のへし切長谷部だった。

 

「ああ、構わん。無茶だけはするなよ」

主と呼ばれた者―伊織が答える。行くぞ、と言って先陣を切って歩いていき、ついに敵将の居る場所までたどり着くことが出来た。

 

「では主は後ろへ。あとは俺達が」

長谷部が伊織の前に出て、伊織を庇うようにしてそっと後ろへ下げる。それに他の刀剣達も続いた。

伊織は言われた通りに後ろへと下がり、ただ一言。

 

「敵将を討ち取れ。だがあくまでもお前達の命が第一だ。良いな」

 

横一列に並んだ刀剣達がこくりと頷き、了承の意を表す。合図と共に地を蹴り、敵に向かっていった。

 

 

✱

 

「…主の知り合い?」

玄関先。そこには怪訝そうな顔で来客の顔を覗き込む加州清光の姿があった。

 

「そうよ。伊織に聞いてもらえばわかると思うんだけど…伊織は留守?」

そこにいたのはあの少女だった。透き通る蜂蜜色が加州の目を真っ直ぐに捉えている。

 

「主は留守だよ。っていうか、本当に知り合いなの…?…いや、別に疑ってるとかじゃなくてさ、主あんまり出歩かないし、そんな知り合いとか居るのかなって」

伊織はあまり外へ出ない。と言っても引き篭りの類ではなく、書類整理や政府とのやり取りばかりをしているために、どうしても本丸に篭りがちになってしまうのだ。本人は時々気晴らしにと散歩に行く程度なので誰かと交流することは少ない。偶に、演練で出会った審神者と手紙のやり取りをする事くらいはあるようだが。

「相変わらず働き詰めなのね…適度に休めっていつも言ってるのに。困った人…」

少女は困ったように眉間に皺を寄せ、はぁ、と溜息をつく。しかしその様子からは、呆れながらも伊織の事を本当に心配しているのが読み取れた。

 

「……じゃあ主に連絡取ってみるしさ、名前教えてよ」

加州が端末を手に尋ねると、少女が答える。

 

「私の名前は――――翡翠。翡翠よ、宜しくね」

翡翠の笑みは、どことなくあたたかく、柔らかかった。

 

 

✱

 

 

勝った。特に大事もなく勝利を収められた。主、俺はやりましたよ!と、誉を取った長谷部が嬉しそうにこちらを見ている。他の者も多少刀装が剥がされた程度で、本人達はほとんど無傷だった。

疲れたから帰って茶でも飲もうか、と、まるで先程まで斬り合いをしていたとは思えない穏やかさで三日月宗近が言うと、そりゃいい、と他の一軍隊員も乗っていた。

 

「相変わらず切り替えが早いというか…………ん?」

懐に振動を感じて手を入れてみると、端末が震えていた。…加州からか。何だろうか、本丸で何かあったか?

 

「もしもし?」

『あー、もしもし、主?今ね、主の知り合いーって言う女が来てるんだけどさあ』

「……私の知り合い?」

 

演練で知り合った者だろうか。いや、それなら加州が顔を知っている者が大半のはずだ。態々確認の連絡を寄越すということは……知り合いを騙った誰かか、偶々加州が顔を合わせてない誰かか。

 

「名前は聞いたか?それか特徴など」

「名前は聞いたよ、翡翠って言うんだってさ。主に聞けば誰かわかるって言ってたけど…知ってる?」

「………………は?」

 

翡翠?翡翠とはあの………否、そんな訳がない。私の知り合いに「翡翠」と名のつく者は1人しかいない。私の"仕事"での相棒である。私は現世とこちらとで兼業をしており、翡翠は現世での仕事の相棒だ。確かに彼女なら加州達が知らなくても無理はないだろう。会ったことがないのだから。

…が、当然の事ながら彼女は現世にいる。此処に居るはずがない。

無いのだけれど、万が一ということがある。疑問を払拭するために私は加州に訊いてみる。

 

「…その、翡翠という子は、白藍の…薄緑っぽい髪に、蜂蜜色の目をしている……か?」

『え?…うん。』

確信に変わった。翡翠の髪や目の色はそうありふれたものでもない。名前に見た目まで同じとなると、あの翡翠だと信じざるを得ないだろう。――どういう訳か知らないが、彼女は今こちらにいる。

 

「加州、その子は確かに私の知り合いだ。先程敵将も討ち取ったし、今からそちらに帰る。応接間に通しておいてくれ」

『りょーかあーい』

 

電話を切る。翡翠がこちらに……別に、私が現世に向かった時にはよく会いに行くし、向こうでの仕事もまだ続けているのだから、久しぶりの再会、なんていう訳ではないが、…刀剣達と彼女は初対面だ。

 

 

何も無いといいんだがな。

 

 

考え込む私を見て、岩融が、どうかしたのか?とこちらを振り返りながら尋ねてくる。何となくだが、少しびっくりさせてみたくて、秘密だ、と答えた。

 

 

......................................................

 

 

「来てみちゃった」

 

帰りついてから応接間に向かうと、確かにそこには自分の相棒が居た。座布団の上にちょこんと座って、炊事場の者に出されたであろう和菓子と茶を堪能していた。悪戯っぽく笑いながらひらひらと手を振っている。

 

「来てみちゃったって…どうやって此処に」

「前に伊織を勧誘しにきた人と偶々会ってね。立ち話ついでにこっちに行く方法無いか聞いたら、なんとびっくり、手続きをすれば数日限定で来れるんですって」

翡翠は政府で手続きをした上で、3日間だけの滞在を許された。何故来たかったか。理由は単純だった。

 

「伊織の今の仲間を見たかったの。電話とか、仕事の時にちょっとは話してくれるけど、挨拶出来てないし、そもそも会えてないし」

翡翠は育ちの良さを感じさせられる手つきで和菓子を食べ切ると、さっき加州さんとはお話したんだけどね、可愛い人ね、と微笑んだ。

 

「…そうか…。…ああ、そういえば3日間ということは此処に泊まるんだろう?私の部屋で寝るか…客間もあることにはあるんだが、どうする?」

「んん…、じゃあ伊織の部屋にお邪魔するわ。話したいことも沢山あるしね」

「わかった」

 

「じゃあ晩御飯までは部屋に―――」

そこまで言って、伊織は気づいた。隣の部屋から、何か気配がする。隣は伊織の執務室だから、部屋の主がいない今、そこから人の気配などするわけが無いのだけれど――――――

 

がらり、と襖を開けると、聞き耳を立てている刀剣達と伊織の目が合う。

「………何をしている」

「いやあ、ちょっと、気になっちゃって…」

見つかってしまった加州達が、きまりが悪そうな顔をする。だって主が女の子連れてきたんだもん、気になるじゃん、と言ってにへら、と笑う。反省の色があまり見られない。

 

「全く……彼女と私はお前達が想像するような関係ではないぞ。純粋に、仕事上での相棒だ。…後でまたちゃんと紹介するから、内番なり今日の報告書の作成なりしててくれ」

呆れたようにそう言うと、はぁーい、と全員散り散りになる。全く、と呟き、振り返ると、翡翠の顔に赤子を見守る母親のような、柔らかな微笑みが浮かんでいた。

 

「なんだその顔は」

「んーん、仲良しなんだなあって思って。よかった、上手くやれてるみたいで」

「君は私の母親かなにかか」

「そこまで歳じゃないわ、失礼ね」

「そういう事じゃなくてだな…」

「ふふ、冗談よ」

 

でも本当によかった。みんないい人そうだし、と翡翠は笑った。彼女は心の底から伊織の事を大事に思っている。ただの仕事上の付き合い、では止まらず、まるで自分の妹のように思っている。見た目によらず伊織よりも年上なため、本当に妹のようなものなのだが。そんな伊織が新しい世界に馴染めていることを確認出来たことが、翡翠にとっては純粋に嬉しかった。

 

 

✱

 

「はじめまして、翡翠といいます。伊織とは現世での仕事仲間よ。今回は政府に許可をいただいて、3日間だけここに居させてもらう事になりました。よろしくね」

 

7時と半刻を少し過ぎた頃。

食堂には刀剣達と伊織、そして翡翠が集まっていた。

皆、珍しい客人に気が気でないようで、翡翠の近くの席は取り合われていたほどだった。結局、俗に言う「お誕生日席」に翡翠を座らせ、全員の位置から顔が見えるようにした。すぐ側に伊織が座り、他の面々は厳選なる(?)くじ引きで席を決定した。伊織の横に一期一振、その隣に今剣。伊織の正面、翡翠の隣に小狐丸、そしてその隣に次郎太刀と乱藤四郎が続いた。

 

「ほんとにあるじさんの彼女さんじゃないのー?」

目をこれでもかと言うほどきらきらと輝かせた乱が聞いてくる。そういう事に興味が強いのだろうか。傍に座る次郎太刀や今剣も気になるようで、身を乗り出して翡翠の方を見ている。当の翡翠は笑いながら、違うって、と首を振った。

周りに座るほかの者達も、各々自分の気になったことを翡翠に質問する。翡翠本人の事から伊織の事、そして現世の事。それら全てに答える翡翠の傍らで、思ったよりも彼女が刀剣達と打ち解けられていることに伊織は人知れず安堵していた。

 

いつも夕食の時間は、基本全員が揃うので騒がしいものとなるのだが、今日はそれに輪をかけて賑やかになっていた。

 

✱

 

「……俺と?」

 

そこは談話室。食事を終え、数名がそこに集まって談笑していた。中央に置かれたテーブルの周りではトランプをする刀剣達もいる。翡翠も先程までそこに混ざって大富豪をしていたようだ。あまりに強いので一時抜けることとなった彼女は、同じく談話室でテレビを見ていた長谷部に声をかけた。

 

「そう、貴方と話してみたかったの。貴方が長谷部さんで合ってる…よね?」

「ああ、俺は確かにこの本丸に長谷部は俺しかいないが…何故俺と話など」

「ちょっと気になって、ね」

「…それは主に聞かれると拙い話か?」

少し声のボリュームを下げて、長谷部が聞いてくる。

相変わらずトランプで盛り上がる面々には、トーンを落とさずとも長谷部の声など耳に入りそうにもないのだが。

「んー…伊織に聞かれるのは良いんだけど…ほかの子に聞かれると拙いのかな、きっと」

少し苦笑いをしながら翡翠が囁くと、長谷部は少しだけ考え込んで、

「そうか…なら、俺の執務室にでも」

とだけ言った。

 

二人がそっと、音もなく談話室から出る。

 

 

✱

 

月明かりが差し込む、長谷部の執務室。

壁際にぽつんと置かれた文机には、本丸にいる刀剣達のデータや、出陣記録など、伊織の仕事のサポートをする上で必要な書類をまとめたファイルが積まれている。

その傍に立て掛けていたちゃぶ台を部屋の真ん中に持ってきて、盆に乗せて運んできたお茶を置く。素早い動作で座布団を敷き、翡翠に座るよう促す。

ありがとう、と一礼をして、翡翠がそこに座る。

 

「それで、話とは」

「…怒らないで聞いてね?」

「内容に依るな、それは」

「…長谷部さんは…伊織の事は女の子って知ってるのよね」

「………ああ。お前もやっぱり知っているのか」

「本人から聞いたからね」

「でも何故俺が主が女性と知っていることを…」

「前に伊織が話してくれたのよ。こっちに一人だけ自分が女の子って知ってる子が居るって。近侍をしてくれてる、長谷部さんって人が」

「主が…俺の話を…」

長谷部の頬が少しだけ緩んだ。敬愛する主である伊織が、他人に自分の話をしてくれている。たったそれだけの事と思われるかもしれないが、彼にとってはそれが何よりも嬉しかった。

 

「頼りになるいい奴だっていつも言ってるわ……それで、ね、ちょっと気になったのが」

「何だ?」

「…単刀直入に聞くわよ?…伊織のこと、どう思ってる?」

長谷部の息が詰まる。どくん、と心臓が鳴った。

「…とても、強くて、聡明な」

「そうじゃなくて……女の子として。恋愛的な…ああ、でも元が刀剣だから難しいかな、ごめんなさい」

「いや、俺も最近だがなんとなくは分かるようになった」

そういう話題にすぐ食いつく光忠と同じ部屋で過ごしているため、どうしても知識が入ってくる。乱の影響かたまに部屋に遊びに来る薬研も何かと詳しい。此処に来たばかりの頃は色恋沙汰の話題に疎かった長谷部も、今ではそこそこに話を理解できるようになった。故に、今回の翡翠の質問の意味もよく分かっている。問題はその答えだ。勿論長谷部の中で答えなどとうに出ているが、それを目の前の少女に伝えていいものか、そこに逡巡していた。

 

やや間を置いて、長谷部が結んだ口をゆっくりと開く。

「………お前の言う通りだ。…俺は、主を…好いている。主と臣下という関係ではなくて……1人の、女性として」

その声は少しだけ、でも聞いてわかるほどには震えていた。

「…やっぱり。何となくだけどそんな気がしてた。…多分、伊織も同じだと思うよ」

「…え?」

俯いていた顔を上げて、長谷部が翡翠を見る。藤色に映る彼女の目は細められていて。

「主が?俺を…」

「本人は意識してないと思う…というか、多分分かってないけど、ね」

 

「…あの子は、きっと誰よりも"愛されたい"子だから…同じくらい愛したいんだろうけど不器用だから、長谷部さんの事が好きだって分かることから難しいし、分かっても多分、伝え方が分からなくて右往左往すると思うんだよね」

「……………」

「…だから、貴方の気持ちを聞いておきたかった。下手に伊織を刺激しても、空回りじゃ良くないじゃない……でも良かった。長谷部さん、」

「……ああ」

「伊織を宜しくね。…私も伊織の事は大好き。大好きだけど、私はあの子の恋人にはなれないし、あげられる愛情の種類も違うから」

そう言うと翡翠は、今にも泣き出してしまいそうな、悲しげで、でもぞっとするような綺麗な微笑みで長谷部を見た。長谷部はただ、翡翠を真っ直ぐに見つめて、わかった、としっかりと頷く。

もし主も、自分と同じ気持ちであるのなら、自分の全力を以て彼女を幸せにしてあげたい。彼の人は自らの過去を語りたがらないが、きっと辛い思いをなさったのだろう。以前、前の主を亡くしたとも聞いたし…愛情に飢えているというのは、そこから来ているのだろうか。

 

「それじゃ、私はそろそろ向こうに戻るわ…伊織が探してたらいけないし」

「ああ、分かった。…今度また、主の話を聞かせてくれ」

「ええ、喜んで」

 

翡翠は部屋を出て、再び談話室へと向かった。

 

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