気になるあの子は吸血殺し   作:セキレイ

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プロローグ

「――――待ちやがれ、クソガキがァァァああああああああああああああ!」

 

 誰が待つか、この大馬鹿野郎。紅月(こうづき)輝一(きいち)は内心でそう毒づきながら、決して速度を緩めずに路地裏を走り続けていた。

 追いかけてきているのは、本当に学生なのかと疑いたくなるようなごつい男とその他数人。彼らはここら一帯を占める武装無能力者集団(スキルアウト)で、現在進行形で紅月を追い回しているのだ。

 真夏の日に当てられて、フラフラと涼し気な路地裏に入ってしまったのが間違いだった。彼らにとって紅月なぞ獣の縄張りに入ってしまった哀れな餌でしかなく、瞬く間にこの状況だ。

 捕まればどうなるかなど、言うまでもない。

 

「うっ……」

 

 途中でグジュリという、何か柔らかいものを踏んだ感触が足に伝わった。ついでにその潰れた物から汁でも飛び散ったのか、何やら私服のズボンの裾に濡れた感触がしている。

 何を踏んだのか、ズボンに何がついているのか、それを見る余裕も勇気もない。というか考えたくない。ただ間違いないのは、ただですら少ない低能力者の生活費がズボンのクリーニング代に取られるということである。

 そしてそれ以前に後ろの連中に捕まってしまえば、財布どころか携帯電話にキャッシュカードまでとられて、最後には縛らてたまま下手すりゃ都会の凶暴なカラスの餌になってしまうだろう。

 最悪だ、と小さく呻く。

 いったい今日はなんて日なんだろうか。もしかすると、とあるクラスメイトの不幸体質が伝染ったのかもしれない。

 

「あの野郎……、まるでゴ○ブリみてぇな逃げ足だな」

 

 走ったまま武装無能力者集団の一人がそう叫ぶ。紅月にとっては嫌な蔑称だ。

 正直色々冗談抜きでやめてほしいと思っているのだ。ただですら紅月は、学校では馬鹿みたいにそびえ立つ二本の長いアホ毛と、謎の打たれ強さのせいでG扱いされているのだ。それ以上言われると本当に自分がGに見えてくる。

 そうして走り続けて数分、とうとう道がなくなった。

 

「しまった!?」

 

 目の前にそびえ立つ薄汚れた壁。これでは袋の鼠でしかない。

 後ろを振り向けば、武装無能力者集団がすぐそこにまで追いついていた。

 

「観念しろよ、クソガキィ……」

 

 ジリジリと無能力者集団が猛獣の群れのように近づいてくる。いざ飛び掛かられれば、秒もいらずに到達するほど近い距離。

 ふと壁を見上げれば足がかりになりそうなところは3メーターは上にある通気口ぐらいしかなく、当然のことながら後ろに不良が控えている状況で這い上っている余裕はない。

 本当に今日は最悪の日だった。朝は下の階からの騒音で無理やり起こされ、宿題のわからないところを聞こうとクラスメイトに電話をすれば全くの音信不通。挙げ句の果てにはこの状況。もはや悪夢とも言えるような日だ。

 こうなれば何の害もなしに逃げ切ることを諦めるしかない。

 

(あーもう、なんて日だ)

 

 そんな言葉にひときわ体のゴツイリーダー格の男が笑いながら言う。

 

「やぁっと諦めたようだな。今なら財布とカードと携帯を置いていけば許してやってもいいんだぜ」

 

 果たして渡したら、許してくれるのだろうか。いや、多分それは絶対に嘘だ。渡したら「うっそぴょーん」なんて言いながら大暴露からの半殺しもあり得る。

 漫画ならばこういう時に『ヒーロー』なんて人種が出てくるだろう。だけど生憎、そんなものは都合よく来てくれないし、そもそも存在しない。ならば、どうするかなど決まっているのだ。

 

「そうするしかない、か」

 

「なぁら、さっさと」

 

 勝ち誇ったように笑うリーダーに僕は笑った。汗はだくだく、きっと今頃渡しても逃がしてくれるわけがないだろう。

 だからこそ紅月輝一はヘラヘラ笑って――――“投げた”。財布を。

 

『へ?』

 

 不良たち全員の言葉が満場一致で重なる。そう投げたのは財布だ。どこにでもあるようなガマ口財布。

 もちろん目の前で何かを投げられたら、誰だってそっちの方に視線が行く。だからこそ、紅月輝一の狙い目はそこだった。

 

「えっ……――――ハアッ!?」

 

 視線が戻った瞬間には、紅月はアスファルトの地面を思い切り蹴って、3メーターの高さへ飛び上がっていた。そのまま通気口の淵に足を書けると、ロッククライミングの如く這い上がっていく。

 やがて、紅月が屋上にたどり着いた時、思考の追いついた一人が呟いた。

 

「やっぱり、ゴキ○リみたいだ」

 

「ゴキブ○って言うなぁあああああああああ!!」

 

 カッコよく決めたのに、なんか色々台無しだった。

 それでも脱兎のごとく走り出していたのは、追いかけられる前に逃げようという冷静さが残っていたから、かもしれない。

 

 

○ ○

 

 

――――やっぱり最悪だ。

 

 ガマ口財布と千四百二十一円を犠牲に払い、なんとか武装無能力者集団を撒いた紅月輝一は、フラフラになりながら、大手ジャンクフード店のテーブルに入店した。

 不良に絡まれることから始まり、追いかけられ、追い詰められ、千四百二十一円を犠牲にし、かっこつけてみたらゴキブリ発言。

 そして、ここに来て店内はごった返す客達と来たもんだ。正直、外と変わらないのは気のせいか。

 考えてみれば、この炎天下に外を長いこと歩き回る人間なんてそうそういない。そんなのどこぞの不幸少年とそのお友達くらいだ。

 だから体良く開店しているこのジャンクフード店が非常に混んでしまうのは当たり前で、外と気温が変わらなくなるのも道理だ。

 けれで、わかっていても毒は吐きたくなるのも確かだ。今朝の血液占いで五位という微妙な順位をとっても、運命的な出会いがありますといっても結局は変わらない。

 

(とりあえず席を探さないと)

 

 クーポンで安めに買ったバニラシェイクとハンバーガーを盆に載せ、店内を歩き回る。

 やはりどこの席もいっぱいで、座れる余裕のあるところは一切無い。

 

(……持ち帰りにした方が良かったかな)

 

 いや、この炎天下だ。今の体力で出歩いたら、病院のお世話になる可能性もありそうだ。それにこの暑さだと食べ物がダメになる可能性だってある。

 結局は店内で食べるしかないのが現実だった。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつくと、建物の2階に足を運ぶ。もしかすると、空いてる席があるかもしれない。

 

(でも、このパターンだとまず空いてないんだよね)

 

 一階はすでにいっぱいだ。そうなると、まず間違いなく二階も席は埋まってる可能性が高いだろう。そもそも今日は色々と微妙な紅月が、そうやすやすと座れると思えない。

 

(ほんと、何が『今日は運命の出会いがあるでしょう』だよ……)

 

 朝のニュースの占いのお姉さんは悪くないはずなのだが、そう毒づかずにはいられない。

 もう一度、大きなため息をついて紅月は最後の段を登り切る。

 やっぱり全部埋まってる――――そう思いかけて、何故か一人だけしか座っていないテーブルがあった。

 

(あっ、あそこなら相席できるかもしれない)

 

 思わず近づいていって、やっとそこに座っている者の全容がわかる。

 簡潔に述べれば巫女服を着て、日本人形のような黒く長い髪の女が突っぷくしていた。ついでに大量に積み上げられたハンバーガーの包み紙の山も。

 

「…………」

 

 思わず絶句。どうリアクションを取ればいいか迷っていると、もぞりと女が動く。

 まるでホラーシーンの一歩手前のような挙動で女が頭を持ち上げて、呆ける紅月と目が合った。

 

「…………誰?」

 

 表情筋に乏しそうな少女の気怠そうな黒い目と、戸惑う紅月の少し赤みのある目が交錯した。




ちょっと最近忙しいので続きはかなり遅くなるかもしれません。
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