そして
挑戦
生きることは闘い
それは大学の後期に入ってすぐのことだった
彼の物言いに腹が立って
カッとなって大通りを横断
何が起こったのか瞬間わからなかった
気がつくと救急車の中
救急隊員さんに
「ヨード過敏症なんです」
そう伝えるあたしの声が聞こえる。。。
後でわかったことだが
あたしはバイクと衝突した
あたしの不注意もあったが
相手もかなりのスピードを出していたようで
示談となった。。。
示談に少々手間取ったのは
「あれは自殺だ」
と彼が言ったからだったようだ
自殺するならとっくにしてる
骨盤骨折と頭部裂傷により随分と縫ったようだ
そのあと、リハビリをしたりして退院したはずなのだが
不思議なことに入院中の記憶はさっぱりない
松葉杖をついて帰宅したことだけは覚えている
自宅に戻ってからさらに1週間療養していた
そろそろ心配になってきたのは大学だ
単位取得に厳しい学校ゆえ、行かないと留年してしまう
ちょうど骨折した友人が松葉杖で登校していると
聞いて焦りが出たというのもある
父に話したのは何故かわからないが
リビングではなくて和室だった
「これまで通り、送り迎えなどはいりませんし、そろそろ学校に行きます」
「ふざけるな、お前は大学は辞めるんだ」
あたしは松葉杖を床に置いて
土下座をしてさらに懇願した
「お願いします、大学に行かせてください」
そのあと、意味のわからない怒号が降り続ける
あたしは「お願いします」と言いながら頭を下げ続ける
「お前なんか死ねばよかったんだ」
何かが心で頭で身体全身ではじけ飛ぶ音がした・・・・
過去がまるで映画のように脳内を駆け巡り
理性という名の鎧が音をたてて崩れ落ちた
「じゃぁ、てめぇを殺してあたしも死んでやる」
瞬時に松葉杖を持ってすごい勢いであたしは殴りかかった
ふと我にかえると父は頭を必死で腕でかばっていた
その姿がおかしくておかしくて
こんな奴殺してもなんの得にもならない
そんな価値もない
あたしは杖をおろした
そしてそのまま腕をおろして
ホッとする父を眺めていた
「出て行け!この家から出ていけ!」
杖をおろした瞬間から心は決まっていた
「お世話になりました」
母は謝ればまだ許してもらえると何度もあたしに言ったが
そんな気にはなれなかった
死ねばよかったと言ったのだ
そこまで言うやつに養ってもらうだけのために
家にいる必要があるか
ない
1週間後あたしは家を出た
ほとんど使い道のなかったバイト代は蓄えてあったから
新居の契約特に問題はなかった
取手からは遠く離れ、古巣である埼玉に戻った
生きるための闘いが違う形になった