Fate/Grand Mesopotamia 作:時計仕掛けのニャルラトホテプ
あと、カツムっていうのはアッカド語で『手』を意味するqatumからです。王の手を引き導くように、という意味を込めて。
目を開けたとき、初めて見たのは淀んだ空だった。
まるで汚れた
そしてそれだけではない。他に目に写るモノは、疲れきった人々に天へと伸びる金属の森。鈍色の感情渦巻くおよそ人の物とは思えない瞳だった。
――――なんて、汚い世界だろう――――
私はこんなところに産まれるのかと絶望しかけたが、しかし私の体に神経の通っている感覚は無い。それどころか、私の体の存在すら感じられない。
目は見えるのに体は無い。一瞬で矛盾していると察せる。そして気づいた。これは私が直に視ている光景ではないのだと。そも、私は外界へと産まれ落ちてはいないのだと。
だとしたら、今私が見ているこの景色は何だ?一体私は何をこの目に映している?
持ちうる全ての知識を使え。
――――ああそうか。
記憶を洗って引き出した結論に、私はそう嘆息した。きっと他人が見れば『神の眼だ』だとか囃し立てるのだろう。それほどまでに、私の目は貴重で異常で異端だったのだ。
〝千里眼〟
私の目はそう呼ばれていた。
なんてことだ。まさか、全てを見通してしまう目を持ってしまうなんて。しかも、
これで私は、生きる楽しみ全てを奪われた。未来が見える、それはつまり、生きる道のり全てがわかってしまうということ。
人は、未来に未知があるから生きていられるのであり、未来に未知があるから希望を持てるのである。
未知があるから学びを求める。未知があるから先を求める。
〝導き手〟なんて役割を背負わされた私には、王を正しく導くための知識をありったけ詰め込まれ、王に未来を歩ませるための目を問答無用で植え付けられた。その代償が私の人生、私の未来。
でも、運命からは逃げられない。私が役目を投げ出そうとすれば周りが全力で邪魔をするだろうし、万に一つも逃げられたとして、連れ戻されるのがオチだ。だって私はわかっているから。
なんとまあ、清々しいほどに私は導きのための機能そのものとして造られているのだろう。最早これ以上〝犠牲〟という言葉が似合うものも無いのではなかろうか。光輝く舞台に立つ王のために、誰にも気づかれることなく影でその生に絶望する導き手。道化の書いた物語ならば
とにかく、私はもう生への期待をすることが出来なくなった。未来視のせいでこれから起こることも全て予見できてしまったし、
――――ああ……これからどうしよう
死ぬことが確定し、王の中でただ声をかけるだけの存在になることが決定し、数十年経って生き返ることが約束された。それまで、どうやって過ごそうか。
…………とりあえず、未来にどんな娯楽があるのか見るのも……いいよね?
◇◆◇
「兄上ー!?エルキドゥ様ー!?どこですかー!?」
金と宝石で彩られた豪奢な宮殿の中、鮮やかな髪をユラユラと揺らしながら、カツムはギルガメッシュとエルキドゥを探していた。
というのも、ギルガメッシュの誕生に携わった臣下から王に話したいことがあると言われ、玉座の間に行ってみたらエルキドゥ共々どっかに行ってしまっていたのだ。自由奔放で一ヶ所に留まることが出来ないのかあの兄は、と半ば諦めを含んだ息を吐き、ペタペタと裸足で二人を探して歩き回る。
……ちなみに、今ギルガメッシュとエルキドゥの二人は宮殿から少し離れた草原にいるので、カツムがどれだけ探そうとも見つかるはずもないのだが、彼女はそんなこと知る由もない。
(あ~~もう!何処行ってるんだあの馬鹿兄貴!)
カツムは心の中でそう叫び、神官服とドレスを混ぜたような服のスカートをヒラリと翻してまた別の部屋を見て回る。
こうして宮殿の中全てを歩いているうちに日は頭上を過ぎ段々と傾いて、遂には黄昏時に差し掛かろうとしているとき、ひょっこりと帰ってきたギルガメッシュとエルキドゥに向かって思わず怒鳴り付けてしまった彼女を咎めることは、その場にいる誰にも出来なかった。
◇◆◇
「はぁ……、疲れたぁ……」
夜、自らに割り振られた部屋のベッドで寝転がりながら、カツムはそう呟いた。
ギルガメッシュとエルキドゥの帰宅後、何をしていたのか事情を聞いた彼女。しかし、返ってきたのはまるで子供のような笑みと子供のような回答だけだった。
(全く、本当に何やってんだあの兄貴は……『ちょっとエルキドゥと遊んできただけだ』だぁ?ちょっとの遊びでクレーター作ってきてんじゃねえよアホか!)
正にアホらしくて実にバカらしい理由。それだけで地形を変えるほどの力がある以上あの二人(正確にはギルガメッシュ一人)には大人しくしてほしいのだが、いくら制止しても聞く耳を持ってくれない。おかげでカツムの胃には既に穴が空きそうなほど強いキリキリとした痛みが襲っており、最近痛み止めと粘膜保護の薬草の消費量が一気に増えてしまった。
(こういうときは……)
カツムはそっと目を閉じ、思考する。
――――映すは千里の彼方。視るは遥か先の未来――――
目を開く。ユラリと、移り変わる視界。見上げていた天井から、淀んだ空へ。数多の悲愴と娯楽渦巻く、
(よし、うまく視えた!)
ここだけの話、カツムは生まれつき宿っていた千里眼を完全に別のベクトルに無駄遣いしていた。あまりにもその力が強すぎる故に未来まで視えてしまうその目を以て、遥か未来の娯楽を見て回っていた。
(うんうん、やっぱりこの街はいいねえ。確か……〝あきはばら〟って言ったっけ?)
初めて視たその世界、最初は汚いとしか思えなかったその世界が、退屈なんてものを感じさせない素晴らしきユートピアであることに気づいたのは、それこそ一番最初。未来の娯楽はどんなものかな、と思い少し目に街の様子を映してみたとき。
――――なんて――――
――――なんて面白い世界だろう――――
与えられた知識にも無い、未来の娯楽。淀んだ空と濁った空気を感じたときは未来の変わり様を憂いたものだが、どうやらこの街の人間は、皆楽しそうに笑うようだ。
――――ふふっ。なるほど…いいな、ここは――――
実は、カツムの喋り方が時代にそぐわないほどに砕けているのは、未来を覗き見たせいだ。〝知識〟は成熟しすぎているが、〝意識〟は一欠片も成長していなかったのだ。刷り込み……ではないが、人は他人の喋り方を真似して言葉を覚えるという。ならば未来を視たカツムが未来の喋り方に染まるのは、何らおかしいことではない。
(ああ、やっぱり楽しい)
〝げぇむ〟も〝かぁど〟も〝てれび〟も、この時代には存在しない。一度作ろうとも試みたが、その材料となるものが現時点で存在しないことに気づいて諦めた。
(……いつか……)
視るだけでは物足りない。この手に触れて、感じて、その全てをやってみたい。
そう正直に思って、一人願う。
(心行くまで遊んでみたい)
その願いは、果たして――――。
◇◆◇
「断る。我が貴様一人に靡くわけがなかろう」
後日、漸くクレーターの後処理と事務仕事を終えたカツムは、その報告のために玉座の間に向かった先でその声を聞いた。この無駄に尊大で無駄に偉そうな声は間違いなくギルガメッシュの物。しかし今何と言った?
(靡く?誰かが告白しに来たのかな?)
チラリと扉の隙間から中を覗くと、そこにいたのは――――
(うっわ、綺麗な
「疾く失せよ、
(おお、煽る煽る)
カツムは内心で腹を抱えて大笑いしていた。何故なら、ギルガメッシュが何か言うたびに女神と呼ばれた女性の額にピクリと青筋が一瞬浮かび、それを気合いで押し込んでるのを垣間見たからだ。そうまでしてあの兄貴を誘惑したいのかと思うとまた別の笑いが込み上げてくる。
と、その時顔を上げたギルガメッシュと目が合った。合ってしまった。
(あ、やべ逃げ「カツム、出てこい」――られないですよねー!)
厄介事に巻き込まれるというのを察知したカツムが逃げようとしたのを、ギルガメッシュが制止する。別にここで気づかなかったフリをして走り去ってもいいのだが、ギルガメッシュから漂う『逃がさぬぞ?』的なオーラがひしひしと感じられたので、きっと行かないと後で殺されるなと察した。
(行きたくねー、めっちゃ行きたくねー。あの女の人ずっとこっち睨んでんじゃん。効果音付けるとしたら『ギンッ!』だよ『ギンッ!』。ラスボスかよ。異界王と対話した後のダンさんかよ)
しかし行かねばならない。もう嫌だと心の中で咽び泣きながら、カツムは扉を潜った。
「……で、何の用です?」
歩きながらカツムは問う。それに対し、ギルガメッシュの返答は
「まあ寄れ。我の横だ」
「……?」
頭にハテナを浮かべ、言われた通りの場所まで行く。その途中女神(仮称)の視線が突き刺さって蜂の巣にされたが、キリキリと痛み出す胃を何とか抑え込みそれを耐える。
すると――――
「きゃっ……」
ギルガメッシュが突然肩を抱いてきた。思わず素っ頓狂な声が出てしまい、羞恥で顔を染める。そして女神(仮称)の視線がよりものすごいものとなる。
と、ギルガメッシュが女神に見せつけるように、
「わかったか
フフンと、してやったりとでも言いたそうに誇らしげに鼻を鳴らすと、
(ああもう……なんでこんな……)
カツムの使う薬草が、また増えた。
◇◆◇
「一体どういうつもりですか!バカですか、バカなんですか?!なんであんな、……だ、抱き寄せる……なんて……」
イシュタルが帰った後、漸く解放されたカツムはギルガメッシュに真っ赤な顔で抗議していた。
カツムは知識は豊富だが経験というものがない。この世に受肉してから日が経っていないというのが主だった理由だが、なまじ未来視を使ってあのような光景がどういうことを意味するか知ってしまったがために、余計に恥ずかしい。
抱き寄せて、我にはこいつがいると宣言。中身がまだまだ生娘同然なために狼狽えるのは至極当然で、今逃げ出さずにこうしていられるのはそれらが単に親愛の情であることがなんとなく察せていたからである。
「まあまあ、カツムもそう怒らないでよ。ああでもしないと、あのイシュタルって
「それは……そうですけど……」
ちなみにあの後エルキドゥも帰ってきた。宮殿を歩いていたらイシュタルとすれ違ったらしいが、彼曰く『あれで女神?あの顔じゃあ、女神というより獣だよ』らしい。普段温厚な彼にこう言わせるのだ、どんな顔をしていたのかは想像に難くない。
「よいではないか、カツムよ。それとも、そんなに我の隣が嫌か?」
「別に嫌ってわけじゃないですし、兄上が私の事をよく思ってくれているのは嬉しいです。でも限度ってものがありますよ……」
もう駄目だこのバカ兄貴、と最早手遅れのギルガメッシュの自己中頭を憂いて、カツムはまたため溜め息を吐いた。
◇◆◇
「カツムよ!我とエルキドゥはちょっとそこの森まで害獣退治に行ってくるぞ!卓の上にあったサン=ドゥーイッチというものは昼餉に持っていく!ではな!」
「ああそうですか行ってら……ってちょっと待ってください今何て言いました?!まさか遠足気分でフンババを退治しに行くつもりですか?!あれは後日討伐隊を編成すると行ったでしょう!というか私のサンドイッチ勝手に持っていこうとしないでください!それ私が楽しみにしてたんですからっ……て、いないし……」
イシュタルの訪問から数日後、ギルガメッシュが突然そんなことを言い出したと思ったらエルキドゥと共に森へ駆けていった。確かに森に棲む魔獣フンババに困っていなかったと言えば嘘になるが、しかし余りにも唐突すぎる。しかもあの二人のことだ。きっと森一面を更地にしてくることだろう。
「……後始末に追われるのは誰だと思っとるんじゃバカ兄貴ィィィィィィィィィィィィ!!!!!!」
また仕事が増えるな、と軽い絶望感に打ちひしがれる。ここ最近は彼らが本来受け持つ分の仕事までこれ幸いとカツムに押し付けられているので、そろそろ精神的にキツいものがある。だがエルキドゥの泥とギルガメッシュの血から造られた超オーバースペックのせいで身体的限界が来ないため、どんな無理難題を吹っ掛けられても大体こなせてしまう。それが更に仕事を増やし、こなすという一種の悪循環に陥ってしまっているのだ。
「もうやだよぉ……」
ぐでー、と机に倒れ伏す。いつもならここで未来視を使い〝あきはばら〟を見るのだが、今はそんな余裕さえ無かった。
と、そこへ、
「あの……」
一人の女性が現れる。目深にフードを被っているせいで顔は見えないが、スラリとした線の細い人だということは見て取れた。
「あー……なんですか?生憎今私仕事大量なので出来れば後にしてほしいなーって思うんですけど……」
「あ、いえそんな大したことではないので……あの、ギルガメッシュ様は何処へ?」
「あのバカ兄……失礼、王は最近農作物に影響を及ぼしているという魔獣の討伐に向かいました。多分夕方くらいまで帰ってこないと思います。ああ、また地図の書き直しだ……」
ハア、というここ最近で何回目ともわからぬ溜め息を吐く。それを見ていた女性は、おもむろに手を伸ばすと
「大丈夫、大丈夫ですよ。貴女はやがて、
それだけ言い残すと、女性は背を向けて去っていった。
カツムは顔を上げ、撫でられたところに触れる。
(束縛から逃れられます、ねえ。流石、
カツムは既に、訪ねてきた女性の正体を見抜いていた。
女神イシュタル。恐らく本当の目的はギルガメッシュに会うことではなく、カツムに会うこと。そして、その真意は――――
(未来はわかっていても変えられない、か。全く……嫌になる)
カツムちゃん、まさかの千里眼持ちでした。千里眼はランクが高くなると平行世界や未来まで見えるらしいですから、きっと彼女のは途轍もなくランク高いんでしょう。