田舎青春物語   作:目覚まし楽器

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第二話・お兄ちゃん!

アタシの名前は清唯 苺児(きよい いちこ)、ピカピカの中学1年生だ。つい最近田舎田中学校に引っ越してきたバリバリの新入りなんだぜ。転校初日に喧嘩はするわパンがウマイわで早速暴れまわっちまったぜ。そんな初日で、一番嬉しかった事は友達とライバルが同時に出来た事だ。友達のシロに、ライバルのシシオときて…さあて、次はどんな奴に巡り会えるんだろうな~、楽しみ楽しみ!

 

 

第二話 お兄ちゃん!

 

 

イチコ『んじゃ父ちゃん、行ってきま~す!』

父ちゃん「おう、気をつけて行ってきな!さあて、ワシももうひと仕事行ってくっか!」

 

玄関で父ちゃんと別れたアタシは勿論学校に向かった。天気良し、風良し、車良し!同じ制服を着た生徒達が徐々に増えてって、最後に向かう先はみいんな一緒。田舎田中学校だ。到着ーっと思ったら、校門の傍で見慣れた後ろ姿を発見。アタシは駆け寄ってソイツの背中をどーんと叩いてやった。あ、勿論手加減はしてるぞ。

 

イチコ『おーすっ!おはようシロ~』

シロ「ツッ!?び、吃驚した…お早う、昨日も思ったけど本当に元気だね」

 

力の加減以前に、こういう挨拶には慣れてないみたいだな。シロはちゃちゃっと身なりを整える仕草をしながら、相変わらず元気がなさそうな視線でアタシをみている。奴に元気って言われれば、アタシは胸をそらした。

 

イチコ『そりゃあそうよ、まだ転校して2日目だかんな!今日はどんな真新しい出来事があるか、考えるだけでワクワクするじゃん』

シロ「ふうん…多分、あまり昨日と変わらないんじゃないかな。あなたも、私も通常運転ならね」

イチコ『テンション低いなあ』

シロ「普通、あなたが高過ぎるだけ」

 

そう言ったが最後、シロはアタシを無視するように校舎に入ってく。まあ、そいつは言えてらあと思いながらも、アタシも後に続くように歩く。だけど下駄箱の所でシロの奴はぼーっと突っ立ってた。

 

イチコ『おろろ?シロ、何ぼーっとしてんだ』

シロ「べ…別に、何でもない」

 

いかにも何でもありそうにシロは視線をさ迷わせてる。アタシはその肩越しから前方を伺ってみると、そこには数人の生徒がわらわらいる。が…その中に一際目立つ奴が一人いた。スポーツマンか?シシオには負けるが、なかなかいいガタイした奴だ。

 

イチコ『へえ、いい身体つきしてんなぁあの男!』

シロ「!」

 

アタシの発言を聞いたシロはぎくっとした顔をし、アタシを押し退けるように前に立ちはだかった。どうやらシロの奴はあの男となんかあるっぽい。だけど、シロの肩越しに見えた例の男はアタシらの存在に気付いたらしく、こっちに歩いてきやがったんだ。

 

シロ「は…早く教室に行かないと、遅刻するから行こう…」

「おい、代」

シロ「!」

 

ギクッてしたシロは慌てて奴の方へ向き、項垂れる。この反応…なんだか穏やかじゃないね。てっきり女の子だから恋だの愛だのだと浮かれてんだと思ったら…そんな可愛いモンじゃあなさそうだ。男は偉そうに胸を張りながら、シロを威圧する。

 

「お前、こんな所で何をしている」

シロ「あ…その、転校したばかりの苺児さんを…教室に案内しようと思ってて…」

「転校生?こんな時期にまた珍しいもんだな」

 

いかにも値踏みするような偉そうな目でアタシを見ていやがる。いけ好かねえな、初っ端から敵視の眼差しを向けるタイプかよ。だけど、まあシロの知り合いだし…な。

 

イチコ『昨日転校したばっかの清唯苺児っつーもんだ、宜しく。アンタは?』

刻「…、まあいい。3年の侭田 刻(ままだ こく)だ。」

イチコ『タメにしちゃ偉そうだと思ったら先輩だったんだ!アハハ、まあアタシ敬語とか苦手だから何時もこんな感じだけど宜しく~…って、あれ?』

 

待て、待てよ待てよ。今、侭田って言ったよな?まさかこいつ、シロの兄貴!?似てねーなあ!いやー今日は珍しくいい所に気付いたな!アタシがそう思うのも束の間、奴はアタシを早速無視してシロの方を見ていた。ぐぬぬ、失礼な奴だけど我慢だ、我慢…っ。

 

刻「シロ…お前まさかこんな奴と仲良くしているんじゃないだろうな」

シロ「そ、それは…」

刻「馬鹿!付き合う人間は選べと何時も言っているだろう。こんな野蛮な奴と一緒に居たらお前は益々馬鹿になるぞ」

イチコ『お、おいおい…ご本人様が前に居るっつーのに随分な物言いだな。お前、シロの兄貴だろ?少しは妹のメンツやら気持ちを思い遣ってやれよ』

 

言葉数が少ないシロを庇うように前に出ると、アタシは真っ向から野郎の前に立ちはだかった。背丈といい幅といい奴は恵まれたガタイをしていやがるし、顔付きも甘ったれ坊主とは一味も二味も違う。だけどこいつには一番重要な人の心が足りないみたいだ。奴と暫くにらみ合うも、シロの兄貴は視線を逸らしクラスメイトの元へと歩き去って行く。

 

刻「代、二度は同じ事は言わん。解ったな」

シロ「……は…はい…」

 

完全に奴の姿が見えなくなったら、アタシはそいつに幾度か拳を繰り出すようにしてグルルルーと獣のように唸った。あんないけ好かない奴は、本気で殴り倒したかった。んだが…シロの態度見てっとそうはいかねぇと拳を収めた。兄弟、親、家庭の事情…そう易々と他人様が足を踏み入れちゃなんねーエリアだからな。

 

シロ「ごめんね…私の所為で嫌な思いさせてしまって…」

イチコ『い、いやあぁ全然気になんねぇよ?あんな台詞。それに、お前の兄ちゃんとアタシじゃ住んでる世界が違うからさ、まあ仕方ねーやな。うんうん!』

シロ「…、ありがとう…」

 

一時間目からお昼休みと、…それからもシロはあんまり喋らない。あんまお喋りな奴じゃないが、兄貴とアタシの間で思い悩んでいるのかも知れないな。だからこそ、アタシは尚更気にしてねぇよって態度でシロと一緒に居るしかなかった。

 

イチコ『腹減ったー、早く飯食おうぜシロ!またお前の好きなプレミアムクリームパン買ってきてやるよ』

シロ「うん、…色々とありがとう」

 

だけど学食でバッタリとまた野郎に出くわしちまった。シロの兄貴は数多くの生徒からアタシ達を見つけると、露骨に嫌な視線を向けた。言葉じゃない威圧が一番苦しい時だってあるもんだ。シロは俯いてその視線を受けるのが精一杯で、正直見ちゃいられなかった。

 

イチコ『兄貴と仲悪いのか?』

シロ「…小学生の頃からこうなんだ。お兄ちゃん勉強も出来るしスポーツも万能の完璧主義だから、何時も私の存在を目の上のタンコブみたいに思ってる…と思う」

 

騒がしい食堂の中なのに、やけにシロの声が耳に届いちまうのは会話の濃さからだな。いつも馬鹿みたいな話で盛り上がって楽しそうに飯を食う仲間達に混じる会話にしちゃ、ちょいとヘビーな感じだ。シロの手に握られたプレミアムクリームパン代の小銭は未だアタシの方へと差し出されない。アタシはただ、それを待つ。

 

シロ「…私いつも邪魔にならないように大人しくしてるんだけど、やっぱり上手く行かなくて怒られてばかりで。兄妹なのに、どうして私はこんなにもお兄ちゃんに似てないんだろ……あっ、お金だったね」

 

はっとした様子でシロはアタシに小銭を差し出す。その時だ。背後から兄貴が迫っていた。混雑した食堂内じゃあ奴の気配にそうそう気付けない。シロの兄貴はアタシへとお金を差し出したシロの手首を力強く掴むと、掌の小銭を確認しアタシを睨みやがったんだ。

 

刻「…来い」

シロ「…!」

 

カツアゲでもしてるって勘違いでもされたか?兄貴はシロを引っ張って二人だけで話があるとその場を離れようとする。弾みで小銭が散らばっちまったのをアタシが慌ててキャッチする。が、その時既に二人の姿は人ごみの中に消えちまっていた。

 

イチコ『あーあ、こいつはマズイかもな。シロが泣かされる前にアタシが説明してやっか…でもアタシが言ってもあの石頭、ぜってー信用しねえだろうけど』

 

ポケットに小銭を捻じ込んで二人を探す為にアタシは席を立ち、食堂を出る。侭田兄妹は学食コーナーから少し離れた裏庭にいた。すぐに見付かったのはこの校舎、てんで広くないからだ。狭いと探し物にゃ苦労しないって訳だな!アタシは二人に駆け寄る。

 

イチコ『おーい兄ちゃ…』

 

駆け寄っている途中の出来事だ。刻がシロの頬を平手で殴る音が呑気な空に小さく響き渡る。シロは反動で地面に尻餅をつき、頬を押さえながら相変わらず項垂れて黙っていた。堪忍袋の緒が切れるに相応しいシチュエーションの到来に、アタシは駆け寄る足にバネを利かせて野郎目掛けてフル突進する。そして、油断した奴の横っ腹にショルダータックルをぶちかましてやった。

 

刻「ぐあっ!」

イチコ『てんめええ!幾ら兄貴でもあの程度で妹を、シロを殴るのかああ!』

 

反動でアタシと野郎は地面に雪崩れ落ちる。その光景に気付いたシロはアタシの身体を背後から取り押さえようと覆い被さってきた。何でだよシロ…お前、殴られたのに何でアタシを止めようとするっ。

 

シロ「止めて苺児っ!」

刻「つ…暴力的な女め。やはりお前のような奴と妹を接触させる訳にはいかん!」

 

奴は不死身か!?アタシの全速力のショルダータックルを食らって平然と立ち上がりやがった。アタシもシロの拘束を解きながら負けじと立ち上がる。もう我慢ならねえ。こちとらこの野郎のツラに一発でも食らわさなきゃ腹の煮え滾りが治まんねえんだ!

 

イチコ『シロが誰と付き合い、どんな風に学校生活を楽しむかってのは全てシロが決める事だ。お前みたいなアホ兄貴のいいなりになる為にこいつは生まれた訳じゃねえ!お前、アタシと勝負しろっ』

刻「…勝負?お前らが言う勝負って言えば喧嘩の事か。ふん、下らん。俺は極力野蛮な事はしない主義なんだ。お前のような奴、手を上げる価値もない」

イチコ『言うじゃねーか、それならサンドバックにでもなって貰う…ぜっ!』

 

リミッター削除したアタシは一気に加速し、野郎との距離を縮めて拳を振り上げた。だけど、野郎の眉間にヒットする筈の拳が宙を虚しく切り裂く。なんだと!?やっぱり只者じゃなかったか!奴はアタシの背後に回り込むと、フンと鼻を鳴らした。まだまだ、やってやるぜ!そう思ったアタシに対し、奴は片手を差し延べて動きを制した。

 

刻「サッカーのPK戦で勝負をするならば受けてやる。やるか?」

イチコ『サッカーか…いいぜ。アタシが勝ったらシロに詫びろよ』

刻「いいだろう。ならば、俺が勝ったらお前は二度と俺の妹に付き纏うな。」

シロ「………苺児…お兄ちゃん…」

 

そういう訳でPK戦が始まろうとしている。なあに、アタシはサッカーなら小学生の頃からやってんだ。そんじょそこらの男にだって、そうそう負けたりはしないぜ。傍にはすっかり意気消沈したシロがアタシを心配するように見つめている。

 

イチコ『そう落ち込むなよシロ、一発で決めてやるからサ!』

 

しかし、シロの兄貴がなかなか来ないので、アタシの気合は少しずつ漏れ始めていた。奴はアタシを小次郎扱いでもしてんのかなと思ったその時、大きな円陣を組むようにして集う生徒達からこんな話が聞こえてきたんだ。

 

「まあた転校生の清唯苺児が問題を起こしたらしいぜ」

「獅子男さんの次は侭田とサッカーでPK戦だとよ!随分とまあ、無謀な勝負を挑んだもんだよなぁ」

イチコ『そいつはどーいう意味だ、んん?』

「ど、どういうもこういうもねーよ、侭田さんつったらお前…」

刻「始めようぜ」

 

背後から女子生徒のキャーッつう黄色い歓声が響いた。どうやら王子様のお出ましらしい。ああん?あの野郎、態々サッカー選手みたいな格好で現れやがったぜ。へえ、形から入るタイプなんだな…と、思って野郎の傍に歩み寄るアタシの背後で、先程の生徒がボソッと言いかけた言葉の続きを言いやがった。

 

「サッカー部の主将だぜ…しかも全国区の」

イチコ『ヘ…そういう事かよ。やっこさん、負けるつもりはハナからなさそうだな』

 

大勢の人間がわらわらと集う校庭のど真ん中、アタシはユニフォーム姿の侭田刻と向き合う。負けたらシロとはお別れかぁ…こいつは意地でも負けられないな。縁とか色々とあったにせよ、自分で探した友達だ。誰よりも相性が良いって思って肩を並べてんだからっ。

 

刻「制服で勝負とは…とことん見下げた奴だなお前は」

イチコ『下にハーフパンツ穿いてんだ。ボール蹴る邪魔にはなんねえし、負けた理由にもする気はないから安心しろよお兄ちゃん』

刻「まあいい。先に蹴るか後に蹴るか…選択権はお前にやろう」

イチコ『決まってんだろ、先行だ!』

 

昼下がりの空にピーと笛の音が鳴り響く。ボールが置かれた位置に付いたアタシは、どの方面にキックするかと短めに思案していた。が…ゴールポストにはシロの兄貴が構える気配もなく突っ立っていやがる。その余裕かました態度にイラッとしない奴なんかいないだろ!アタシは容赦せずボールに渾身蹴りをぶちかました。

 

イチコ『うりゃーっ!』

刻「フッ、何処を狙っている」

 

まるで剃刀のように鋭く風を切ったボールは、右真ん中付近のゴールポストにガイーンと当たって勢い良く跳ね返る。周囲の人間からはガッカリと喜びの声が響いた。…だがアタシはその場から走り出し、弾かれたボールを再び横っ飛びで蹴る!刻の野郎の右手を弾いて見事ゴールを貫いたんだ。周囲の人物はあまりの出来事に驚いている。へっ、いい気味だ。

 

イチコ『やったぜ!』

「いやいや、やってねーよ!PK戦のルールも知らないのかお前はっ」

イチコ『え?これ駄目なの?前の学校じゃこんな感じで楽しく遊べてたんだけどな、あーゴメンゴメン』

 

照れ臭くて謝ったアタシに対し、地面を転がるボールを拾い上げて不敵に微笑む刻。どうやらアタシの蹴りが繰り出すボールを受けて解ったみたいだな。ごく普通の女の子がお遊びでサッカーやってんじゃないって事を。

 

イチコ『アタシは球技全般大得意なんだよ、サッカー部の主将だろうが、全然負ける気はしないね!』

刻「貴様、我がサッカー部を侮辱したな」

イチコ『テメーはシロを侮辱してんだろが!さあ、来やが…』

 

笛が鳴り響くと同時に奴の蹴りがサッカーボールを月型に歪ませる。鍛え上げた足から放つ奴の一閃はまさに流星だった。アタシが身構えていた両手をそれは容易くすり抜けて、顎にぶち当たる。

 

イチコ『ぐあっ!?』

 

アタシはなす術もなく背後にあったゴールポストに身を沈めてしまった。ボールは顎から上に弾け跳んだがネットを容易く抉る。くそっ、決められたか。女の子達の歓声がやけに耳障りだぜ。それに、なんか耳鳴りがくわんくわんする。

 

「キャーッ、刻様カッコイイー!!」

「やべえ…やっぱり侭田の野郎半端ねー強さだ…大穴狙い買っちまって損したぜ。とほほ…」

刻「勝負あったな」

イチコ『なーに言ってやがる。次にアタシが決めりゃ同点だろ?』

 

こんな所でハンモックに抱かれて眠る程、身体が冷たくなっちゃいねーんだ!アタシは起き上がると顎を撫でて奴の傍まで歩み寄る。その時、野郎の気障ったらしい顔がちょっと面白くなさそうに歪んでいるのが解ったんだ。くっくっく、面白くなってきたぜ!

 

シロ「お…お兄ちゃん、もう止めてあげてっ!」

 

面白くなってきた所で、シロの奴が突然ゴールポスト前で身構える兄貴に縋りついていた。刻は僅かに驚いた様子でシロを見下ろしていたけど、シロの事をすんなりと引き剥がし再びアタシを妨害する盾となる。

 

刻「邪魔だ、退いてろ」

シロ「いやだ…苺児は私の友達だもん…友達が鼻血出してこんな事してるの、私はただ見ているだけなんて出来ない!」

イチコ『…シロ…ってか、鼻血出てたのかよ!カッコ悪い所見られちゃったなーっ』

 

袖で鼻血をゴシゴシ拭うと、アタシは石灰で描かれたライン際から片手を挙げてシロに呼びかける事にした。兄貴はシロを引き剥がしはしたが、この試合を続行する気が希薄だったからだ。

 

イチコ『シロ!さっさと離れろよ。アタシのボールが飛んできて怪我するぜーっ』

シロ「な…!お兄ちゃん相手にまだやる気なの!?信じられない…」

イチコ『一度始めた勝負ってのは、そう簡単に止められないの!』

シロ「……知らないから…っ」

 

少し怒った様子でシロはその場から離れる。その時アタシは気付いてしまった。シロの後ろ姿を見守る兄貴の穏やかな視線に。多分これは観客もシロも気付けない程、プレミアムショットだったに違いない。くそ、気が散るなー。

 

イチコ『続き、始めようぜ』

 

ピーッとホイッスルが青い空に鳴り響く。今日もいい天気だ…こんな日はスポーツをしてると全身がとても喜んでいるのが解る。え?試合結果を教えろって?はは、結局アタシは負けちまった。勿論全力で戦った、悔いはない。でも…シロの兄貴のあんなツラ見ちまったから、やっぱ気持ちが緩んじまったのかも知れない。

 

刻「お前の負けだ、清唯苺児」

 

サッカーボールを両手で持ち、兄貴がアタシの傍に歩み寄る。相変わらず可愛げなくて偉そうな態度だ。結局アタシのボールは得点ゴールを貫けなかった、それは悔しい。だが…アタシはそれなりに満足している。何故なら、シロの兄貴にも人の心があると解ったからだ。

 

イチコ『いやー流石はサッカー部主将なだけはあるなぁ!アンタ強いぜ、見直したよ』

刻「…。約束は覚えているだろうな、貴様が負けた時は…」

 

勝負は勝負だし、約束は約束だ。シロもアタシも観念するように俯いて奴の言葉を飲もうとする。周囲の生徒達も何を賭けていたんだろうかと固唾を呑んで見守っていた。だけど奴はここで予想外の台詞を口にしやがった。

 

刻「お前が俺の分のプレミアムクリームパンを1週間買って来る…だったか」

イチコ『お…おい…お前それって…』

刻「違うか?」

イチコ『いや、…違わない。……違わねぇよ…』

 

それは初めて奴が先輩だと感じる瞬間だった。周囲の生徒達はなあんだ的反応だけど、アタシは申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。隣に立っていたシロは驚いた表情で兄貴の発言を耳にし、あまりの出来事に硬直してしまったようだ。どうやら相当のショックだったようだなぁ、ははっ。

 

刻「おい何をボーッとしている、今日の分はどうした?」

イチコ『お、おいおい…学食はとっくに閉まってるんだぜ~。どうやってパン買えってんだよ』

刻「そんな事は知らん。俺はお前との下らないPK戦で腹が減ってるんだ、早くしろ」

 

やれやれ、理想の先輩像も束の間だったぜ。野郎は相変わらず性格が偉そうで根性もひん曲がってる。あんまりコイツに期待するのは止めておこう。そう心に決めたアタシの傍に立つシロが少し嬉しそうに提案を出してきた。

 

シロ「取り敢えず食堂に行ってみよう、そうしたら何か解るから」

イチコ『そうだな、アタシもお腹ペッコペコだ!よーし、行っくぜーっ♪』

 

こうしてアタシ達はシロの兄貴のパシリとして食堂に向かって走り出した。さあて、大人気のプレミアムクリームパンはこの時間帯に残っているのかな?結果はどうであれ、今はただ、楽しみ楽しみ。

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