さあ学校だ、玄関から何時ものように飛び出そうか。今日もピーカン相変わらずいい天気だぜ。父ちゃんが言うには夜中はバケツを引っ繰り返す程の大雨だったらしい。雨上がりに昇る太陽、降り注ぐ陽射しの心地良さよ~!清唯苺児は中学1年生、今日もサンサンいっぱいに浴びて身も心もビックに成長してやんぜっ!
第3話
熱血硬派!
登校、朝礼、授業開始ときてまってましたの昼食。そんでまた午後に頑張って授業、ホームルームやらクラブ活動やら全てが過ぎる頃にはもう夕暮れが迫っていた。生徒は殆ど帰っちまったらしい。普段より珍しく帰りが遅くなりそうだと、アタシは校舎にある時計を見上げた。ん?下駄の音がカラカラと近づいてくるぞ。
獅子男「おう、お前か。随分と遅い下校時間だな!」
誰かと思ったら、転校初日に喧嘩でアタシに勝ったシシオ先輩だぜ。見事に鍛え抜いた肉体は、制服の上でもはっきりと解る。何となく本能で身構えちまったけど、先輩はそんなアタシの前で無防備に立ち止まり、面白そうに笑っている。
イチコ『む。…まあね、アタシもこれで色々と忙しい身なんだ』
獅子男「どーせ居残りか喧嘩でもしてたんだろ?」
イチコ『違うっての!…まあ、普段はそういった理由で居残るけどな』
後ろ頭を掻きながらアタシは面白くなさそうに口元をひん曲げる。しっかしシシオ先輩、相変わらず気さくだよなあ。アタシが一方的に喧嘩吹っかけた後でも、みんなと訳隔てなく接してくる。先輩が少し動いたら、肩に引っ掛けた胴着が揺れ見えた。
イチコ『なる程、シシオ先輩は部活の帰りかあ…って、汗臭っ!?』
獅子男「ハッハハ、ご名答。お前も身体を持て余してんなら空手部に来いよ、その時は俺が直々にみっちりと鍛え直してやるぜ。それじゃあな」
イチコ『お!っとと…』
バンッとアタシの背中を掌で強く叩いた後、先輩の後ろ姿は颯爽と校舎から消えた。カランコロンて下駄の音がまぁた風流じゃねーか…真っ赤な夕日に溶けていったみたいな所もなんか正義のヒーローみたいでカッコいい、チクショウ負けてたまるかってんだ。さあてアタシも帰るかって思った矢先、校舎側から名前を呼ばれた。
「おい、清唯苺児ってのはお前か」
振り向いたアタシの目の前に見知らぬ男が突っ立ってる。中肉中背って所か?着崩した学ラン姿でアンダーの真っ赤がやけに眩しいぜ。でもこいつ…声といい険しい表情といい、お友達気分でアタシに近寄った訳じゃなさそうだな。
イチコ『いかにも、アタシが清唯苺児だ。アンタは?』
鰯「俺様は2年の舟木 鰯(ふなき いわし)、空手部で男を磨いている」
イチコ『空手部?あー、シシオ先輩の後輩ね』
さっき空手部主将のシシオ先輩と遭遇したばっかだからな。すんなりと相手の立場が理解出来たんだが、奴はアタシのこの発言が気に障ったらしい。目を吊り上げて威圧をかけてきやがったんだ。
鰯「お前、今も獅子男先輩と話してやがったよな。先輩は部活でお疲れなのに、女の無駄話で引き止めるんじゃねえぞ」
イチコ『はぁ?ありゃあアッチが先に話し掛けて来たんだぜえ』
あまりに的外れな発言をして来るもんだからつい即答しちまったが、それがいけなかったらしい。奴はワナワナと怒りを露にし、アタシを指差して更なる威圧をかけてくる。こいつ、何をそんなに怒ってやがるんだ?
鰯「お前っ…年下の癖に先輩に口答えすんな!」
イチコ『いやいや。的外れな事を言われりゃあ誰でも反論するだろ。つーか先輩、何をそんなに怒ってるのさ…』
鰯「てめーの態度が先輩を舐めてるからだろが!そういう生意気な態度が通用する、小学生の頃とは違うって事を教えてやる!」
やけに怒りっぽい先輩はアタシ目掛けて間合いを詰めるように駆け出す。やれやれ、口で言っても解らないから暴力で押し通そうってか。面白い。そういう野郎と渡り合う為にもこの拳は鍛え上げられてるんだからなっ。アタシは身構えてカウンターの体制に入る。
「苺児ーっ!!」
鰯「げっ」
シロがアタシと先輩の様子を見て、大声を出し駆け出すのが見えた。その声に驚いたのか先輩の動きが鈍り、拳を振り上げる速度が下がった。だが、アタシの方はそう簡単にゃ止まれない。相手の呼吸に合わせて拳を避けると、タイミングを合わせて一気に踏み込む。結果…先輩の右頬にアタシの拳はそれはまぁ、見事にめり込んでしまっていた。
鰯「うぐおおぉ!」
シロはまるで自分が拳を顔面に食らったみたいに、両手で顔を覆うようにしていた。鰯先輩はたまらず尻餅を付いて崩れ落ち、片手で痛む頬を押さえ込んでいる。
イチコ『お、おいおい…大丈夫かよ先輩』
鰯「お、…女のパンチなんて屁でもねえんだよ」
その割には手が震えてるし、目尻には涙がたまってやがるぞ。鰯先輩はやけに強がって痛みを堪えているようだ。しかもさっきみてーにアタシに無闇に突っ掛からねー。どうしたもんかと眺めていると、シロが後ろから冷たい視線を向けて来ているのが解る。
シロ「今日は久し振りに一人で心穏やかに帰れると思ったのに、目が離せない…」
イチコ『これは健全な喧嘩なんだから、そう言うなよ…なっ先輩?』
鰯「…いいかお前っ、これ以上獅子男先輩の傍に近付くなよ!」
やけに居辛そうに鰯先輩はサッサとその場から離れる。ははあ、要するにこれはシロがお嬢様だから、彼女の前で野蛮な行いは出来ませんって事か。硬派気取ってるが、喧嘩のルールは心得てるじゃねえか。少し見直したぜ。
シロ「さ、行こう…」
気付けば随分な時間が経過していたようだ。壁時計見たらもう7時じゃねーか!そういや風も冷たいし、空も黒が随分と増えて星がくっきり見え始めてきたみたいだ。アタシ達は帰路を足早に歩き始めた。
シロ「…さっきの舟木先輩の発言……獅子男先輩とまた何かあったの?」
イチコ『んーん。さっき偶然シシオ先輩とここで会ってね、立ち話して直ぐに別れたんだけどな。そしたらあのイワシ先輩がいきなり喧嘩吹っかけてきやがったんだ』
シロ「あの人は空手部の人だよ。以前、お兄ちゃんとも問題あったから覚えてる…」
へえ、あのスーパーマンとね。アタシは以前奴とのPK戦で敗北した時の事を思い出し、苦笑いしていた。まああいつが気に食わないってのはアタシも同意だな、うんうん。そんなアタシだが、シロは少し憂鬱そうに語り続けている。
シロ「俺は獅子男先輩の一番弟子だって言って、お兄ちゃんを皆の前で殴った事があったの」
イチコ『おっ、喧嘩か!?』
シロ「苺児は知ってるでしょ、お兄ちゃんは絶対に喧嘩しないって」
イチコ『ならどうやって相手のやる気を削いだんだ?野郎も火が付いちまったらそう易々とは止まれねーだろ普通』
アタシ達は分かれ道で立ち止まる。シロは手に持った鞄を揺らしながらその時の出来事を思い浮かべているようだ。
シロ「それは…解らないけど。でもあの舟木先輩って人は危険な人だから、だから苺児は絶対にあの人と喧嘩したら駄目だよ」
イチコ『まあ、取り敢えずは解った。あんまり刺激しないようにするぜ』
シロ「貴女は女の子でしょう。いつか大怪我してからじゃ遅いんだからね。それじゃあ私は……あっ」
別れる前のお決まり台詞を飲んだシロが家の方角を見て時を止めている。何事かと其方に視線を向ければ、そこには私服姿の刻兄貴の姿があった。ラフなトレーナー姿だが、明らかに違う世界の人間オーラが漂っていやがる。野郎はアタシらに近づいてきた。
刻「舟木鰯に絡まれたのか」
イチコ『いやー、実はそうなんだよお兄ちゃん』
照れ臭そうにアタシは言い返したが、刻はアタシを無視してシロの方に歩み寄る。なんだなんだ、アタシには最初から聞く気はないし完全に無視っつー訳かい。相変わらずな兄貴の反応にシロも恐縮そうに言葉を詰まらせ、ちらりとアタシを済まなそうに見ていた。
シロ「あ、ううん。私じゃなくて、苺児が喧嘩を…」
刻「ならいい。帰るぞ」
イチコ『いいのかよ!…まっ、いーや。そんじゃまたな~』
手をヒラヒラとさせながら踵を返すと、アタシは先ず片足を進めて歩き始める。そろそろ親父が帰宅する頃だから、飯の支度しねーとだ。仕事から帰って来て飯が出来てないってのは結構嫌なもんだろうぜ。鼻歌を歌って曲がり角を曲がった所で、後ろから足音が聞こえたからなんだなんだと振り向いてみたら。
刻「…」
なんだあ?シロが何か言い忘れたとかで追っ駆けてきたのかと思ったが、兄貴の方じゃねえか。奴は相変わらず気難しそうな顔をしながら、アタシの事を見下ろすような態度で立ちはだかっていた。シロの姿はない所を見ると、先に帰らせたに違いない。
イチコ『またシロ関連のお説教か?だったらアタシは聞かないぜ』
刻「舟木鰯には関わらない方がいい」
イチコ『ん?なになに~?お兄ちゃんアタシの事も心配してくれてんだあ』
ニッコリ笑顔で茶化してはみたが、兄貴の表情は変わらねぇ。いや、寧ろさっきよりアタシを射抜く視線だけが冷たくは感じるな。へへへと苦笑しながらアタシが視線を逸らしていると、兄貴は改めて思い出すように語り始める。やべえ、顔が真剣だ…。
刻「いいから、良く聞け…。舟木鰯は一匹狼の問題児だ、奴と関わるとろくな事にならんぞ」
イチコ『へえ、なんか狼だなんてカッコイイね』
刻「初歩的な社交術すら得ていない問題児を獣に例えて言ったまでだ。…お前が奴とどうなろうと俺は一向に構わない。だが、お前達が関われば一般人に飛び火が散る」
イチコ『へいへい、…要するに問題児同士はヘタに触れ合わず、首輪でも付けて大人しく領主様に尻尾ふってろって事ね。あんたの言いたい事はようく解ったよ』
流石にむっとした。コイツの発言は本当に一方的で、自分だけが正しいと常に考えていやがる。アタシは低い声を出して野郎を睨むと、奴は反論したそうに口を開く…が、結局は何も言わずにアタシから背を向けた。
刻「忠告はした、後はお前の好きにしろ」
去っていった奴の後ろ姿を見ていたら、むしょーに苛立ちが募って地団駄を踏んでやった。じたんだじたんだ!アタシはフンと鼻を鳴らして空を見上げる。そこには満天の星空が……あっ、飯の支度まだじゃねーか!アタシは全速力で家まで走ったのであった。
…
朝が来た。昨日はちゃんと飯の支度も間に合い、父ちゃんとは学校での出来事や大工仕事関連の談笑も出来た。普段通りの一日を終えて新たな一日のスタート!だってのに、見上げた空はどんよりな曇り空である。アタシがまさに家から出たその時、前を疾風が駆けた。
イチコ『おおおっ!な、なんだあ今の風は…これが噂に聞くカマイタチか!?チェックチェック…よし、新品の制服は切り刻まれてないみたい』
等とふざけた事をしていないで迅速に登校しよう。さあ、この坂道を登り終えたらもう直ぐで学校が見えるよー…という時に、前方からカランコロンと忙しない下駄の音がどんどん近づいてくる。アタシには直ぐ解った、これは獅子男先輩の下駄の音だ!おお、来た来た、先輩は焦ってるのかかなりがに股だ。
シシオ「ほっほっほっ……おお、清唯か!」
イチコ『シシオ先輩おっはよー!どうしたのさ、そんなに慌てて忘れ物でもしたの?』
シシオ「俺ん所のクラスの男子生徒が他校生にカツアゲされてだな…ああ!説明している場合じゃねえか、兎に角行って来るぜ!」
イチコ『へえ、アタシも行こうかなぁ』
シシオ「お前は今回の件にゃ関係ないんだ、あんま授業サボってばっかいんなよ。じゃあな!ほっほっ…」
言い終えるや否やって感じでシシオ先輩は相変わらずのがに股で頑張って走って行った。シシオ先輩つえーから問題ねえやな、そんな風に涼しげに見送るとアタシは校門を潜り抜け…おや?門前に挙動不審な男子生徒が。アタシは気になって話し掛けてみた。
イチコ『どもー、どうかした?』
「どうもこうもないよ。僕の所為で獅子男君が隣町の不良と喧嘩する事になっちゃって…ああ大変だあ…」
イチコ『あんたが隣町の生徒にカツアゲされたって奴か!別に大変じゃねーと思うけどな。そう簡単にゃあの人は倒せねーよ、なんせこのアタシが見込んだ腕っ節の男だからさっ』
「僕も其処は全然問題ないの解ってるんです。ああっ、僕が一緒に行けば良かった。でも優等生の僕には授業を抜けてあんな問題児を助けるだなんて馬鹿な真似は出来ないし…ああ心配だ…」
イチコ『問題児?』
「あっ、そろそろ授業が始まる!さあ、君もさっさと校舎に入るっ。僕は美化委員だけど転校生である君を放置したりはしないぞ」
アタシはずるずると奴に引っ張られながらも、野郎の発言に対してざわつく胸騒ぎが止まらなかった。校門から校庭に入り校舎は既に目前だが、アタシはひつこく質問を繰り返す。
イチコ『おい、眼鏡の美化委員さん。助けなきゃならない問題児ってのはまさか舟木鰯の事か?』
「ああ、そうだよ。あいつある所に事件ありだよ、君。あいつは穏便に物事を運ぶ事を全く知らない、僕らもいい加減迷惑なのさ」
イチコ『やっぱりそうか…でさ、あんたは何をそんなに心配していたの?』
「うん、獅子男君の方向オンチを心配していたのさ。彼は極度の方向オンチでね…喧嘩は強いけど、遊園地でも迷路だけは勘弁って言っていたよ。そんな彼が広い隣町の土井中中学に迷わず辿り着けるのか…」
嫌な予感が的中した。先輩が汗だくになりながらもがに股で一生懸命に隣町を走り回る姿が目に浮かぶようだった。アタシも転校して間もないから隣町の地理には詳しくない。だからアタシは逆に美化委員の手首を掴んで引っ張る。
「なっ、なんだというんだ君ィ!」
イチコ『あんたの額ツルツルしてて眩しいね。そのオツムは色々と詳しそうだからさ、アタシの参謀になって道案内とかしてよ』
「この僕に授業を抜け出して不良なんかの手助けをしろと!?君、冗談も程ほどにしないと流石の僕もおこだよ」
もめても埒があかないので力ずくでと思ったその時だった。シロの奴が校舎内からアタシ達の姿を見掛けて駆け寄ってくる。なんか少し怒ってるみたいだけど、まぁこのデコッパチ美化委員よりは断然いいっ。
「た、たた助けてくれたまえっ。彼女は無防備な僕を殴る気だ…あわわわ」
シロ「苺児!今度は美化委員と喧嘩する気?」
イチコ『…いや、一緒に来てくれシロ!』
シロ「え?ちょっと、授業がっ…い、苺児っ…!?」
校舎からこの光景を眺めている生徒達はざわざわしていた。シロの兄貴に見つかったら間違いなく終いだ。だからアタシは半ば強引にシロの手を引いて校庭から飛び出す。最初は混乱して抵抗したシロも、最終的には諦めたのかアタシと一緒に走ってくれている。
イチコ『はあ、はあ、…ごめんっ、急な事件なんだ!隣町の土井中中学までアタシを案内してくれっ』
こんな滅茶苦茶なお願いを訳も言わずに、だ。アタシはただシロに懇願し真剣な眼差しで助けを請う。お嬢様に授業を抜け出して道案内をさせるってのはやばいってのも解ってるんだが!頼む、頼むよシロ!そんなアタシの願いが通じたか、少し考え込むような素振りでシロはアタシと共に通路を駆け続けるも、やがてアタシの袖を引っ張って先導するように駆け出した。
シロ「…こっち。後でちゃんと納得行くように説明して」
イチコ『ああ、勿論だ!』
頼もしい道案内と共にアタシは隣町に到着した。そして程なくして土井中中学校に辿り着く。既に授業中であるにも関わらず、門前には見事なリーゼントにボンタンという気合が入った中学生が待ち構えていた。アタシは静かに呟く。
イチコ『…シロは先に戻っててくれ』
シロ「な…駄目!何を考えているの苺児っ…」
イチコ『いいから』
「あーん?なんだお前ら、その制服…田舎田中学の生徒じゃねえか。へっ、獅子男の野郎…俺様を恐れて女を二人も差し向けるたぁな」
シシオ先輩がそんな事すると少しでも考えるって事は、こいつはそんな大した喧嘩の腕前じゃあないな。アタシは取り敢えず反論しねーで奴に付いて行く事にする。ってーか、シロは一緒に来なくていいのに!
シロ「いきなり殴りかかると思ってたけど、…考えているんだ」
イチコ『まあね。ってか、シロ…付いて来るなって言ったのに~。どうして危険だって解ってて来るんだよ』
シロ「苺児一人じゃ心配なの」
何だかんだ言ってもシロはアタシをちゃんと友達だと思ってくれている。それが解って胸が熱くなった。そんなしんみりも束の間、リーゼント男はアタシ達を校舎裏にあるボクシング部の一室に連れて行く。おっ、縄で縛られた舟木鰯と不良生徒3名を肉眼で発見したぞ!鰯先輩ときたら、芋虫みたいに床に転がって口まで縛られてるじゃねえか。あーあ、顔もボコボコだ。
イチコ『どうやってあいつを捕まえたんだ?』
「あん?へへへ、なんとこの大馬鹿野郎は、単身でここに乗り込んできやがったんだぜ。眼鏡からカツアゲした金を返せとか生意気言いやがって、結局は俺らにボコボコにされてこのザマよ!そんな事よか、どーよこのマッスルボディは。んん?お譲ちゃん達~。さあ、はよ部室の中に行こ、皆待ってんよお」
リーゼントはポージングしてすっかりその気みてーだな。シロは無意識に恐怖を感じたのか、アタシの制服をギュッと力強く掴んできた。安心しろよ、シロには指一本触れさせたりしないから。
イチコ『…なる程ね。舟木先輩を人質に獅子男先輩を一人で呼び出して、その後は集団でボコる予定だったんだ』
「まあな、でも女の子ちゃんが二人も来てくれたから今回は許してやるぜ♪」
イチコ『そいつはどー…もっ!』
迅速かつ激しい先制攻撃でアタシはリーゼントを沈めた。ボディブローがめり込むと、男は静かに地面に崩れ落ちる。部屋の中に居る不良達はどうしたんだ?って顔だ。そりゃあ女の子がパンチしました、って風には直ぐに飲み込めないだろう。だからアタシは素早く扉を開け放つと、入り口から近い順に不良を倒すよう動きを早める。
「まっ、まさかこの女、…ぐっふぉお!」
2人目は難なく撃沈、だが残る二人はもうアタシを敵視して身構えていやがる。さて…ここからが難しいぜ。奴等は挟撃するつもりらしく、ジリジリと間合いを詰めて襲い掛かろうとしていた。アタシは取り敢えず強そうな方に狙いを定めた。ええい、残った野郎にいいの一発貰うのは覚悟の上っ。
イチコ『フッ、…たあっ!』
ワンパターンにパンチと見せかけ、フェイントの蹴りを炸裂させる。だが身体のバランスを崩したアタシは、背後から迫る男の猛威を振り払う事が出来ない。いいぜ、一発食らってやる…と覚悟したアタシの背後でキラリと何かが鈍く光った。こ、こいつっ…弱そうに見えて手にカイザーナックル付けていやがった!えげつない野郎だぜ、このままじゃやばい!視界では芋虫のような舟木先輩が一際強く身を仰け反らせていた。
舟木「うーっ、うーっ!」
「はっはー、成仏せいや!」
ゴイィ~ン!という鈍い音が響き渡る。目から星が飛び出し、頭の上には見事なまでのたんこぶが餅のようにぶくーっと膨らむ。…と思っていたアタシだったが、ありゃりゃ、全然痛くないぞ!?!?振り向いてみたら、何故かそこにはシロが突っ立っていた。手に握り締めているのは…ボクシング部にあったゴングか!?
シロ「…」
洒落にならないだろうと思ったけど、どうやらシロは木製の板の方で殴ったらしい。男は地面に沈んでいたのだが、シロはその光景を見て呆然としている。まだ自分がやった事をきちんと理解出来ていないみたいだった。
イチコ『なーいす!シロ、喧嘩の心得解ってんじゃねーかっ』
シロ「…苺児が危ないと思って…そうしたら身体が勝手に…私…私がこの人をやっちゃったんだ…」
まだシロは呆然としているらしい。アタシは取り敢えずゴングをシロの手から取って、安全な所に置いておく。そんで芋虫みたいな先輩を救出した。
舟木「プハッ!…な、なんでテメーが来たんだっ!」
イチコ『ちょっとした都合でね。そんな事よりさっさとここ出ようぜ。アタシのパンチは軽いんだから、直ぐに奴等も目を覚ましちまう』
そういう訳でアタシ達は田舎田中学近くにある空き地に急いで移動した。血の気が多いだろう鰯先輩も、流石にこの状況じゃアタシの意見に同意して大人しく付いて来るしかなかったっぽかった。先輩は縛られた手首を擦りながら、益々アタシを強く睨む。
舟木「…獅子男先輩が来ると思ってたのに、なんでテメーらが来たんだ!」
イチコ『あんたなら知ってるんじゃねーのか?獅子男先輩が極度の方向オンチだっつう事。仕方なくアタシがシロに道案内して貰って、あんたを救出しに来たって訳』
舟木「クソッ、そうだった。…女に助けられるなんて恥もいい所だ。あのままボコられ続けた方がマシだったぜチクショウめ!」
イチコ『本気でそう思ってんなら、あんた最低だよ』
そう呟くとアタシは怒りを露にする先輩を他所にシロを見た。シロは首を緩く振る。シロは舟木先輩の事をちょっと怖がってるのか?苦手そうにおずおずと話し掛けている。
シロ「あの…どうして…一人で乗り込んだんですか?」
舟木「あ?あー……」
これは、言うか言わないか悩んでいる声だ。こういう時は黙って話を聞き、催促はしねーのが聞き上手ってなもんだぜ。シロもそれは解っているようで、ただ真っ直ぐと野郎を見つめている。そんな瞳に負けちまったのかな?奴は少し項垂れながら、ぽつり、ぽつりと漏らし始めた。
舟木「俺は一人前の男だって…ご近所や学校の奴等、そして獅子男先輩に解らせてやりたかったのよ。確かに俺は喧嘩っ早いし直ぐに手を出す…けどよう!俺は解って欲しかっただけなんだ!だけど、動けば動くほど、どんどん周囲に誤解されちまって……巻き返し狙ってカツアゲされた生徒のゼニを取り返そうとしたら今回もこのザマだ…畜生!どうしてこう俺って奴は…」
アタシもシロも不器用な男の本音をただ聞く事しか出来なかったが、それだけで奴は充分だったらしい。言いたくても誰にも言えなかったんだろう。もしかしたらアタシ達が女だから言えたのかな?そんな事を考えていると、不意に下駄の音が聞こえてきた。
舟木「…お!この下駄の音は獅子男先輩だ!」
元気に響く下駄の音が遠ざかっていくのが良く解る。だからアタシ達は鰯先輩がこの場を去る事は引き止めなかったんだが…鰯先輩はピタリと足を止める。そして背中を向けながらアタシ達にこう言いやがった…。
舟木「ありがとよ」
あいつは再び駆け出す。そりゃあもう素っ気無い声だったさ。だけどこの言葉が喉から出たんだぜ?もう野郎は初歩的な社交術すら得ていない狼なんかじゃないって事だ。アタシはシロと顔を見合わせる。
シロ「…あれが…ちょっと怖いけど、皆が避け続けた舟木鰯先輩なんだ…」
イチコ『案外人って素直になれないけど、…それだけじゃ擦れ違ったまま大人になって変に固まっちまう。そういうのは悲しいよな…だから、少しでも先輩が前に踏み出せて良かった。これから少しずつ皆と仲良くなれるよ、先輩も』
アタシ達は談笑しながら学校に戻る。すると、担任の乍枝先生が校門で仁王立ちしてお出迎えしてくれたぜ。とほほ…勿論コッテリと説教で搾られ、定番のバケツ両手に反省文コースだ。アタシ達は二人で廊下に立っているけど、不思議と悪い気はしなかった。寧ろ良くやったなって、自然に微笑んでしまう。
今日はいつもと違って宿題+反省文のコンボに頭を悩まされたけど、いつもと違う嫌な事があるって事は、勿論いつもと違ういい出来事だって転がっているって事なんだ。だから辛い出来事だって笑って越えられる。それってやっぱりシロや皆と一緒だからなんだなって…まっ、そー思った訳だ。さって、そろそろ寝ようかね。明日はどんな日になんのかなー、楽しみ楽しみっとー。