田舎青春物語   作:目覚まし楽器

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第五話・バレンタインデー!

学校では元気なアタシだが、日曜日は意外と落ち着いて過ごしている事が多い。学校の連中とも顔を合わさない事が多くて、大抵は家庭の雑用をこなしたらいつの間にやら夕方になっちまうんだ。という訳で本日のメインイベント、商店街でのお買い物開始~っ!夕暮れ時の人の多さにもめげずに突き進むのだ。

 

イチコ『よーし!先ずは八百屋。…こんばんはオッチャン!』

「おう、こんばんはイチコちゃん!日曜日も買い物たぁ相変わらず偉いねぇ。ウチのドラ息子なんざ、店の手伝いは恥かしいだなんて一丁前の事言ってやがる。見習わせてーもんだぜ」

イチコ『そう褒められちゃうとどんな野菜も欲しくなっちゃうんだから不思議だよなぁ。んじゃ…これとこれとこれ包んで!』

「へっへっへ、まいどっ!!」

 

と、まあ…アタシの方が乗せられて買い過ぎちゃう事もあったりするんだよなあ。流石は本職、敵わねぇや。改まって頬を掻き、オッチャンが手際良く野菜を袋に入れていくのを待っていると…おや?白菜が。アタシ白菜は欲しいって言わなかったぞ。って事は…まさかこいつは。

 

「あいよっ、こいつはオマケだ!これで美味しい料理作ってさあ、親父さんと二人でこれからも頑張っていくんだぜっ」

イチコ『こんなに?ありがとう!絶対に美味しいのつくるわ~、それじゃあまた買いに来るから!』

「またな!」

 

乗せられちまったけど乗せてくれたって事かあ…嬉しいなあ。しっかし流石は夕方だぜ、アタシの後直ぐに新しい主婦が目聡く値引きやオマケ狙いでやって来る。いやあ逞しいよなぁ、主婦って。と、まあ今日もそんな感じで、安売りの買い物の纏め買いをして帰宅。商店街からおよそ10分か、我が家の玄関に辿り着き、荷物を持たない方の手でよいせっと硝子戸を開けた。

 

イチコ『ただいまー』

 

入って間もない茶の間には、ちゃぶ台に乗せたビール瓶とつまみを相棒にテレビを観ている壱基父ちゃんがいる。この曜日この時間と言えば、定番の野球中継だな。外までよーく聞こえてるぜえ。

 

壱基「おう、ご苦労さん。ついさっき、お前にお友達が尋ねてきたぜ。もう帰っちまったけどなぁ」

イチコ『へ?誰だろ』

壱基「侭田…って言ってやがったなぁ。随分と身なりのいい子だったが…知ってる子だろ?」

イチコ『うん、友達だ。…うーん…まあいいや。明日学校で聞いてみる。そんな事より父ちゃん!今日は八百屋さんがね…』

 

今日も小さいながらも楽しい我が家だった。父ちゃんはアタシの友達の事が気になってるらしい。転校してまだ日も浅いのに友達が出来るってのは嬉しい事じゃねえか、だなんて言いながらビールをぐいっと飲んでたな。そんなこんなで、次の日がやって来る。2月14日、月曜日だ。

 

イチコ『行ってきまーす』

壱基「おうっ、…と。忘れモンはねーんかイチコ?」

イチコ『へ?ないない。それじゃ改めて行ってきま~す』

壱基「お、おう。……いってこいや!」

 

父ちゃんは片手を握り締めて拳を突き出す仕草をした。何だ?昨日から父ちゃんの様子がちょっとおかしいぞ。通学路を歩きながら理由を探れば直ぐに解った。要するにバレンタインデーだからチョコレートが欲しい、そういう事に違いない。へぇー、あのお父さんが娘にねぇ…うふふふふ。

 

シロ「…苺児?」

イチコ『うわっ!な、なんだシロかぁ…おはよ』

 

突然隣に並んで顔を覗かせるモンだから驚いたけど、シロはアタシの様子を見ていぶかしむような視線を向けてくる。そういや、昨日家に態々来た理由を聞かなきゃな。と、思った時、シロが突然笑い出した。

 

シロ「ふふっ…」

イチコ『な、なに?』

シロ「ううん、苺児も女の子なんだなぁって思ったらね、何だかほっこりした。今日がバレンタインデーだから上の空だったんでしょう?誰に渡すかは聞かないでいてあげる、頑張ってね」

イチコ『はあ?いや、アタシは…おい!』

 

反論しようにもシロは嬉しそうな顔をして先を走り出してしまう。アタシは慌てて後を追い駆けた。なんかそーいう誤解されんのって恥かしいだろ?だけど間が悪かった。アタシは下駄箱から階段を昇り、シロを追い駆けるようにして教室に入った。

 

「ああら清唯さんおはよう、今日は何の日かご存知ぃ?」

イチコ「お、おはよ。バレンタインデーでしょ」

「そう!そうよ、チョコレートはちゃんと用意したのかしら!?手作りのハート形チョコ、それ以外の妥協はなしよ!」

 

例のバレンタインデームードに熱くほだされたクラスメイトの女子達が、目をハートにしながらアタシの傍にまで歩み寄る。その恋する乙女オーラにやられたアタシは、胸いっぱいになりながら自分の席に腰を下ろすのが精一杯だった。

 

 

きーんこーん…

 

 

そしてこのムードを引き摺ったままやがては昼食の時間になった。2月14日恐るべし、だな。やけにプロレスをやりたがりな男子生徒や、声のトーンが高くなった女子生徒も、少しずつ冷静さを取り戻して昼食の用意を始めている。アタシは息を付いて立ち上がろうと椅子を引いた。そんな時だった。

 

「き…清唯さん…あの…ちょっといいかな…」

 

背後から消え入りそうな声が聞こえる。彼女は…クラスメイトの黒河柳美さん、だったかな。キレーな長い黒髪の、まるでお人形さんのような可愛らしい容姿をした女の子である。そんな彼女が、アタシの前で桜色に頬を染めて俯いていた。

 

イチコ『ん?なあに黒河ちゃん』

黒河「あの…実は……」

 

清楚なラッピングながらも可愛らしいピンク色のリボンが目立つその小さな箱を、アタシへと差し出す。続く言葉をなかなか口に出せない彼女は、只黙ってそれを差し出し続けていた。ま、まさかおい…アタシにか!?

 

イチコ『いや、う、嬉しいけどね…アタシは一応女の子なんだ。確かに黒河ちゃんは可愛いけどね、そういう世界はやはりよくない…』

黒河「…え?え、ええと…そうじゃないの。このチョコレート…どうしても手渡す勇気がなくて…」

イチコ『あ、あー…そういう事ね。いいよ、アタシそういうの全然平気だから、任せて。んで、黒河ちゃんが恋焦がれた幸せモノのお名前は~』

 

黒河ちゃんは嬉し恥かしそーに身を捩る。しかし清楚な彼女がこんな行事に参加して、恋焦がれていましたとはね。人は見かけに寄らず、心の中に火の鳥が舞っているのですなあと思いながらアタシは彼女の返事を待っていた。

 

黒河「サッカー部の侭田刻先輩…侭田さんのお兄様…」

イチコ『げ』

黒河「げ?」

イチコ『あっ、いや、ごめんごめん!そういう意味じゃなくて、なる程…年上だと手渡すの難しいから解るなぁ。いいよ、任せて~』

黒河「あ、ありがとう…!…本当に…ありがとう…」

イチコ『おうよ!』

 

へえ。感情が揺さぶられていると女の子ってこんな表情するものなんだ。では早速とアタシは2、3年の教室がある2Fへと歩き出した。下級生のアタシが廊下を歩く度に、見慣れぬ生徒って事でチクチク視線がくる。特に女子生徒の視線は鋭いなぁ、下級生が、先輩狙ってチョコ渡しに来たーって思っているに違いない。ま、ご名答だけどね。

 

獅子男「おーい清唯」

 

そんな最中、気さくにアタシを呼び止めたのは獅子男先輩だ。なんだ、舟木先輩も一緒じゃん。二人は両手に食堂から買ってきたパンを持ってアタシの傍に歩み寄ってきた。

 

イチコ『おっすシシオ先輩、舟木先輩!』

舟木「おっす、じゃねーよ。こんな日に限って上級生のエリアを堂々と歩いてんじゃねえよ。…女に殺されっぞ」

イチコ『あ、いや。アタシのチョコレートじゃないんで…』

舟木「んな事がいちいち解るか!…ったく、特攻娘だなコイツは」

 

ぶつぶつと小言を言いながらチラチラと廊下を擦れ違う女子生徒に視線を向けている舟木先輩。ははっ、先輩こそチョコが欲しいって顔に描いてあるよーなモンだぜ。アタシが笑っていると、シシオ先輩がずいずいと手を差し延べてきた。

 

イチコ『なんだよシシオ先輩…その手は』

獅子男「チョコレートくれんだろ?照れんでもいいぞ」

イチコ『ぶっ…アタシはそーいうの無縁なんで…』

獅子男「やはりな、お前ならそう言うと思ってたぜ。という訳だ舟木、俺達は他を当たらんといかんなあ、はははっ!」

舟木「いいっ!?…獅子男先輩っ、勘弁してくださいよーっ!」

 

ありゃりゃ、舟木先輩ってば顔が真っ赤だぜ。意外と恥かしがりやなんだなあ、可愛い所あるう。舟木先輩は逃げるように獅子男先輩を押してアタシから離れて行った。さあ、アタシは気を取り直して侭田刻の教室に…おお、本人が教室から出てきたぞ。丁度いい!アタシは誰よりも先に刻先輩の前に飛び出した。

 

イチコ『よう、色男!』

刻「お前は…」

 

その時、殺気がアタシを取り囲んだ。周囲の女子生徒が異様なまでの意気込みでアタシの事を威圧してくる。面白い…、こんなに真剣な女の祭典があっただなんて燃えるじゃねえか!アタシは自信満々に野郎の前にチョコレートの箱を差し出した。まるで時代劇のお控えなすって、のようにだ。その箱を見た時、刻先輩は珍しく驚いていた。

 

イチコ『受け取ってくれ』

刻「…いいだろう、貰ってやる」

 

やったぜ!他人事ながら達成感半端ねえや。周囲の女子生徒の先を越されたー的な痺れ具合に内心優越感でエヘンとしながら、忘れない内にアタシは奴の傍に顔を寄せて小さい声で言ってやる。またも女子生徒達がざわついた。

 

イチコ『1年の黒河柳美ちゃんからだぞ。ちゃんとお礼してやんなよ』

刻「何だと?お前は態々人の物を…」

 

途中まで耳にした言葉だが、アタシは踵を返しその場を去ろうとした。だけどその時、教室の方から刻先輩を呼びかける生徒が現れた。

 

「おい、刻…お前の机の上にこんな物が…」

刻「なんだ佐々木。…これは…」

 

アタシは何となく気になり、教室の中に入る。そんなアタシの様子を見た女子生徒の一人がカッとなり怒鳴りつけた。

 

「こらぁ!下級生が勝手に3年生の教室に入んな!!」

イチコ『まあまあ、いいじゃん…何があったのさ先輩方』

 

怒鳴る女子生徒を他所に人の群れに問い掛けると、刻の傍に居た佐々木という生徒がアタシを鋭い目で睨んできた。だけど直ぐにハァと溜め息ついて、説明してくれたんだ。

 

佐々木「僕が今何気なく視線を向けたら、刻の席にカードが置かれててね。気になったから手に取って眺めてみたら…」

イチコ『…なになに?君に宛てたチョコレートの中に毒が入ったチョコレートがひとつ混入されています…君にソレが探せるかな。…なんだこれ…』

刻「要するに、俺宛のチョコレートの中に毒物が混入しているかも知れない、という事だ」

 

そう言い終えると刻先輩は席を立ち、机の上に置かれたチョコレートを見つめる。その時の奴の視線は、何というか様々な感情が入り混じっていた。手にしたカードを読んでいた筈の佐々木は、再び声を出す。

 

佐々木「ヒントは桃色のリボン、か。どうする…刻?」

イチコ『桃色って…』

 

さっきアタシが持って来たチョコレート…黒河柳美から差し出されたそれはラッピングの色が白、リボンは…桃色だ。アタシは嫌な予感しかしなくて刻を見る。奴とアタシは一瞬視線が合わさった。

 

刻「…」

 

奴は視線を落とし、チョコの山を見た。その中のひとつ…きっきアタシが差し出したチョコレートの箱を手に取ると、それを躊躇いなく握り締めてしまう。驚いた周囲だが、野郎は周囲を一瞥し直ぐに声を張り上げた。

 

刻「疑わしきは全て処分だ、大きな箱を持って来い!一時的にせよ全て隔離をし、その後は担任に通告し指示を待つぞ」

イチコ『…お、おまえ…なんて事を…!』

刻「文句があるのか、清唯」

イチコ『この大馬鹿野郎ーっ!!』

 

アタシは不意打ちで刻の頬を思いきり殴る。正直言って我慢が出来なかった。確かに他の子の想いが詰まったチョコレートをアタシは差し出しただけ、だけど感情とはそんな単純ではない。渡したという記憶だけはアタシのものだった。だから、それを裏切った刻が許せなかったんだ。

 

刻「つっ…!」

 

力強く殴った筈が、奴は僅かによろける程度で立ち直り、アタシに鋭い視線を向けてきた。奴はアタシを殴り返す気はないらしく、生徒達に手際を速めるように指示を続けた。そうだったな、お前は喧嘩が嫌いなんだよな。

 

イチコ『お前は鬼だ!』

 

そんな奴を恨みがましく見ていたアタシの傍で、女子生徒達がくすくすと残酷に囀っていた。アタシは流石に意気消沈してしまい、この状況を誰にも説明も出来ず、昼ご飯の時間をただ憂鬱に過ごしてしまった。

 

 

 

 

シロ「…苺児、帰ろう」

 

放課後になり、皆が帰宅する頃。何人かの生徒がアタシみたいな様子になっているのが解る。そうかあ…アタシはそんな風に見えているんだ。シロもそう思っているんだろう、何だか普段より優しい声だ。

 

イチコ『いや、アタシまだ用事が…』

黒河「清唯さんっ!…三年の、侭田先輩のチョコレートだけ没収されたって本当なの!?」

 

まるで大きな事件にでも遭遇したかのように、黒河ちゃんが廊下から走ってきて教室に姿を現したのだ。綺麗な黒髪もこう忙しないとエレガントなイメージが損なわれてしまう…なんて、そんな事を考えている場合ではない。

 

シロ「お兄ちゃんだけ?この学校はチョコレートを渡しても多少は先生達も見て見ぬ素振りしてくれるってお兄ちゃんから聞いてた。それが何で今回だけ…」

黒河「…解らないわ、だけど私のチョコレートはちゃんと先輩に届いていたんだよね。先生に没収される前に……それだけで私は嬉しいの。ありがとう、清唯さん」

 

アタシはこの優しい声に震えた。このまま何事も知らない素振りで彼女の笑顔を見続ける事、それは学校に行く事がやがて苦痛になる前触れに過ぎない。嘘ひとつでアタシはアタシが嫌いになるだろう。だからアタシは黒河ちゃんの肩を掴む。

 

イチコ『没収事件…その真実はアタシが掴んでみせる。だから、黒河ちゃん…暫く待ってて欲しいんだ!』

 

アタシの激しい勢いに対してただ目を丸くしている黒河ちゃんだが、快く頷いて受け入れてくれた。横に居るシロはクラスメイトが兄貴を好きだなんて事は慣れている様子で見守っていた。そして帰宅時刻が過ぎた頃、アタシとシロは並んで一緒に校舎から出て行こうとしていた。

 

シロ「何があったのか私には解らない。でも、今回の件はお兄ちゃんに任せた方がいい…」

イチコ『それじゃ駄目なんだ、アタシはどうしてもあいつが許せない』

シロ「…え…お兄ちゃんと何かあったの?…まさか苺児が今日失恋した相手ってお兄ちゃん!?」

イチコ『おいおい、勘違いするなよ。…ただ、アタシは奴と完全にソリが合わない、そーいう事だよ』

 

夕暮れの空に混じる赤が、まるで失恋した乙女の血の涙に見える。バレンタインデーってそういうもんじゃない筈だろ?気持ちを裏切られるってこんなに苦しいものなのか!?シロはアタシが苛立つ理由が兄貴との不仲だと以前から知ってはいたものの、更なる不仲説を耳にして項垂れてしまう。ああもうっ、不幸が広がって…馬鹿だアタシは…!

 

「犯人を知りたいんだろう、清唯」

 

唐突に目の前から声がしたので顔を上げる。見ればシロの兄貴が制服姿のまま立ちはだかっていた。夕日を浴びた刻先輩の姿も、なんか今日は血まみれに見えてしまう。怖ろしやバレンタインデー。そんな最中、シロは驚いた様子で兄貴の傍に歩み寄った。

 

シロ「お兄ちゃん、どういう事?犯人って…チョコレート没収の?」

 

しかし兄貴はシロの発言を無視し、アタシの前に立ちはだかる。その険しい表情はまるで昼間に殴った事を怒っているようにも見えた。相変わらず堂々としていて、奴の威厳は刺さるように痛い。刻先輩はただ黙々と真実を伝え始めたんだ。

 

刻「清唯、お前が公衆の面前で堂々と俺にチョコレートを手渡し、俺はソレを受け取った。…あの時の出来事が人に邪心を芽生えさせた」

イチコ『…お、おいおいそれって…』

刻「犯人が居るとすれば、それは俺とお前だ」

 

その発言を耳にしたシロはアタシの手渡したチョコレートが黒河ちゃんのチョコレートだと理解し、その状況を痛いほど理解出来たに違いない。アタシは呆然としながらその言葉の意味を知り、立ち尽くす。だけど次第に頬から熱い雫が流れ落ちるのを感じたんだ。

 

イチコ『…な、泣いてるのか?アタシは……くそっ』

刻「ただ無邪気に楽しんでいたお前には、他人の気持ちなど解らないだろうがな。少しは理解するよう努力する事だ」

 

そう口にした後、言葉を飲み込んで刻先輩は開いた掌を強く握り締める。シロはそんな兄貴の姿を見て驚いた様子だった。だけどアタシはそれどころじゃなくて、ただ、一人無責任に楽しんで騒いでいた事を悔やんだ。

 

シロ「黒河さんは自分でお兄ちゃんに大事なチョコレートを手渡すべきだった。それでいいんだよ…苺児、そんなに自分を責めない方がいい」

 

よしよしと頭を撫でてくるシロに申し訳ないから、アタシは悔しさと悲しさと情けなさが滲む涙を堪えようとする。流石に鬼のようなシロの兄貴も、アタシの泣き顔は見るに耐えないようで視線は逸らされていた。

 

イチコ『…でも、何故あの時チョコレートを握り締めた?』

刻「お前の気持ちを公衆の面前で俺が踏み躙らなければ、収まるものも収まらない。黒河という女子生徒には悪いがな」

イチコ『ちっ…やっぱりあんたは鬼兄貴だ。でも…あんたの気持ちを考えたら殴ったのはやり過ぎだった。気晴らしにアタシの顔も殴ってくれよ』

 

刻先輩は呆れた様子でアタシの事を見下ろすと、溜め息を付いて口をへの字に曲げた。どうやら完全に馬鹿にされたようだった。まあ、そうだよな。刻先輩は喧嘩が嫌いなんだよなー、はあ…。

 

刻「じゃあな。暫くは校内で俺に話しかけるなよ」

 

そう言い残し、刻先輩は自宅へと戻ったのだろう。完全にこの場からいなくなった。相変わらずこいつは一言、いや二言は多い性格をしていやがる。この苛立ちはどうやって解消すればいいのやらだ。残ったアタシとシロは向き直る。

 

シロ「取り敢えずは一件落着だね」

イチコ『黒河ちゃんにはちゃんと責任持って一部始終包み隠さず言うよ。しっかし調子狂うなー、シロの兄貴。…あ、そうだ。シロ、昨日家に来ただろ?ごめん、丁度買い物に行ってたからさあ…』

 

そんなアタシの発言にシロは首を傾げた。

 

シロ「え?私は行ってないよ。人違いだね」

イチコ『え?いや、でも父ちゃんがちゃんと「侭田」って聞いてて…何なんだ、今日はちょっと色々とおかしいぞ!うーん…』

 

暫く考えているとシロと別れる道に到着した。こんがり焼けた夕焼けも少しずつ黒に染まり、今は涼しく見える。誰だよ、こんなに綺麗な夕日を血の涙とか言ってた奴は。脳内一人遊びをしていた矢先、シロが別れ間際にぽそっと言った。

 

シロ「苺児の知ってる侭田さん、一人は私、もう一人は?」

イチコ『そりゃあシロん所の鬼兄貴…へ?え?えええっ!マジかよ…』

 

まあ、難しく考えなければ速攻で解る答えだよな。だけど、あの兄貴がアタシの家に一体何用だったんだ!?アタシは帰り道でうんうん唸りながら思い当たることを色々と考えてみる。そして…野郎の事なんかアタシに解る筈がないと最終的に諦めた。だが…ひとつやる事が出来たんだ。

 

イチコ『ただいま、父ちゃん!さあて、夕飯前にちょっくらチョコレートでも作ってみるかなぁ~』

壱基「ほう、手作りか。やってみな。少しは飯の支度が遅くなっても構わねぇよ、なんせ特別な日なんだ。お前もたまには楽しめ!」

 

なんつーか、今更女の子みたいなのは照れ臭いよな。しかも食事とは違う初めてのお菓子作りだぜ?さてはて…どんな風に出来上がるのか、楽しみ楽しみ~♪

 

 

 

 

 

後日談。

 

 

…その後、アタシは黒河ちゃんに事件の全てを教えた。そしたら彼女、14日過ぎてもまたチョコレート作って今度はちゃんと自分で手渡すって言ったんだぜ。握り潰されても尚、燃え上がる恋心は本当に火の鳥みたいに復活を遂げたのさ。否、一回り大きくなったか?不滅っつー言葉が相応しいな、恋って凄いぜ。

 

で、意外と上手く出来たチョコレートの行方なんだが、初回は鬼兄貴とシロと父ちゃんにあげた。夜の20時頃に侭田家自宅まで行って玄関で手渡しだぞ。何故か兄貴しか玄関に出てこないから、柄にもなく照れちまったぜ。そんで次の日に獅子男先輩、舟木先輩、黒河ちゃんにも差し上げた。アタシのチョコレートは全てがライクだけど、いやー楽しかった。

 

 

ハッピーバレンタイン!イエイ!

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