「悪いな小林。送り迎えまで……今日は休みじゃ無かったか?」
「これぐらいさせて下さいよ。リハビリ中なんですから……」
黒塗りの車の運転手、小林はそう返した。車より走って行った方が早いって言ったのにな……。従者達は俺が右腕をしばらく使えないのをいいことにいろいろ世話を焼いてくる。そんなことしたって何にも出ないってのに、「好きでやってることだから構わない」とのことだ。二年も家を開けておいて罵声を浴びせるどころか、温かい声で迎えてくれたのは嬉しいものだ。本当に俺は良い部下を持ったな。
「それで右腕の調子はどうなんですか?」
「まあ、成果は確実に出て来たな。ダンベルも五十キロまでならいける。器用さはまだまだ先が長そうだ」
「無茶は止めてくださいよ……。毎日ジムに通い詰めるのも結構ですが、倒れてしまっては本末転倒ですからね」
「分かってはいる。だが、いつまでも刀奈に当主の座を預けっぱなしって訳にもいかないからな……」
あの戦闘の後、刀奈に「完全にリハビリが終わるまでは復帰するのは許さないから!」と宣言されてしまったため、大人しくトレーニングを積む日々が続いている。あの騒動からもう数か月が経ち、もう季節は春の一歩手前とも言えるところまで迫っていた。
束は世界中にISが抱えていた暴走の危険性を発表し、残りのISを回収、ダウングレードをすることに成功した。その後はIS学園に教師として在籍しているようで、千冬曰く、仲違いしていた妹と仲直りするために奮闘しているらしい。最近の飲み会では、「過激なアピールはやめろと言っているんだが……」と心労が絶えない千冬が愚痴るのがもはや定番となりつつある。真耶やクロエ共々あの天災に精一杯抗って欲しい。
真耶と言えば、来年度からはとうとう担任に就任するようで戸惑っていた。千冬の様に尊敬を集めるとまでは行かずとも、生徒に慕われている先生なのだからもう少し自信を持ってもらいたいものだ。
クロエは来年度から学園の制服に袖を通し、整備課の二年生として転入する。束を超える開発者を目指すそうだ。もしかしたら近い将来彼女が学会を衝撃に包むかもしれない。元居候仲間として見守っていきたい。
そして、俺の妹達はまた一つ学年を上げて夢へと近づいている。二人ともIS操縦者を目指すそうだ。刀奈に関してはほぼロシア代表で決まり、簪は日本で代表の椅子を一夏君と争う事となるが、負ける気は一切ないとのことだ。
あまり積極的に行動を起こさない事が多かった簪がまた一歩成長している。そう思うと嬉しいと思うと同時に少し寂しさを感じた。何でかって? 好きな人に構ってもらえなかったら誰だってそう思うだろ?
「着きましたよ当主」
車が停車する。小林は運転席から降りて俺に一番近いドアを開けた。目の前には自宅の門が見えていた。
「今日はありがとう。今日はもう帰って休め。俺にサービスしてないで家族にしてこい。愛想つかされるぞ」
「……そうですね。娘が待っていますので、私はこれで」
「ああ」
小林は頭を下げて挨拶すると、車に乗り込み自宅へ帰っていった。俺は車が見えなくなるまで見つめて、門をくぐる。慣れ親しんだ屋敷は暗く明かりは一切付いていない。今日は休日なので従者もおらず、親父達も寝てしまったからなのだろう。
玄関で靴を脱ぎ、音を立てないように長廊下をそっと歩いて自室の襖を開ける。すると突然、部屋が閃光弾の様に発光したかと思うと破裂音が響いた。俺は思わず飛び退いて尻餅をついてしまった。
「「誕生日おめでとうお兄ちゃん!!」」
姉妹の声を合図に更に大量のクラッカーが鳴らされて紙吹雪が飛び出した。顔を上げると俺の殺風景な部屋は見事に飾り付けを終えてパーティー会場へと姿を変えていた。そうか……俺の誕生日今日だったか……すっかり忘れてた。
「お兄ちゃんびっくりした?」
「あれだけ面白可笑しく飛び退いたんだからびっくりしてるわよね? 兄さん、みんな待ってるから行くわよ」
クスクスと笑いながら手を差し伸べてくる妹達。俺は両手を伸ばしてそれぞれの手を取った。温かく柔らかい感触が手の平から伝わった。
「……敵わないな」
いつまで続くかは分からない幸せの時間。
俺は二年もの日々を犠牲にして元凶を倒しこの時間を手に入れた。
長く辛いものではあったが、この経験は俺の誇り。
いつまでも輝き続けるだろう。
「全く……俺の妹は最高だぜ」
更識家長男はシスコンである。 完