「刀奈。妥協は一切しない。目をそらすなよ」
先ほどまで戸惑っていた姿はどこにも無い。兄さんは完全に臨戦体制に入っていた。
恐怖感に逆らえず、兄さんから一歩距離を置く。他の面々も同じような動作を取っていた。
適正ランクは最低にもかかわらず、その戦闘能力は規格外であることを知っていたからだ。
「たて……間違えたッス。刀奈の兄貴はどれだけヤバイんッスか?」
同級生で唯一の専用機持ち。フォルテが耳打ちで話しかけてきた。
「うーん……そうね、イタリア代表に勝ったって言ってたわ」
「実質世界最強じゃないッスか!? ああ、私の『学食デザート一か月無料券』が遠ざかって行くッス……」
サファイアは膝まづいて、弱弱しく空に向かって手を伸ばす。
「サファイア先輩落ち着いて……。先生チームは対象外ですよ」
「そうなんっスか!? 神は私達を見放していなかったッス! さあ、頑張って二位を目指すッスよ!」
「一位はあっさり諦めちゃうのね……」
そうは言ったものの、対策のしようが無いのも事実だ。
あの教員チームのメンバーは山田先生は射撃よりの戦術を取るが、残る二人は
剣だろうと銃だろうと使いこなして見せるだろうし、素手でも
強いて弱点を挙げるとすれば、機動力だろう。
織斑先生と山田先生は量産機であるが故に、兄さんも腕までしか展開できない故に、最高速度は高速移動パッケージを付けた専用機の面々より大きく下回る。
――――まあ、機体スペックに限った話だけど。
☆
「なぁ、千冬」
刃はそう言葉を投げかけた。
「どうした刃。そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「いや、どうした? じゃねぇよ! 俺は授業参観だって聞いて来たんだぞ。何でリレーに参加する事になってんだよ!?」
その疑問は
戦闘においてこの男に右に出る者はいない。勝負した生徒にとっては良い経験になる。そう思ったので私はこの大会を機に政府と学園に申請し、許可は取ってある。後はこいつを乗せればいいだけだ。
「もう帰って――いや、写真取りに行ってもいいか?」
「ほう、妹から逃げるのか」
そう言って挑発する。刃は妹の事においては何も考えずに乗ってくるはずだ。
「俺は逃げない。正面から写真を撮る」
違う。そうじゃない。何とか軌道修正をしなくては……!
「ここでお前がリレーから欠場したら妹達はどう思うだろうな?」
「こういう父母会参加型の競技は出ないって決めているんだ。刀奈達が質問攻めに合って大変だったらしいからな」
なんだと!? 予想だにしていなかった切り返し。妹のことを第一に思うからこそ参加しないとはな……。
ポーカーフェイスを保ちつつ、頭を回す。
何とか別の条件をひねり出さなければ。どんな条件を出せば刃に首を縦に振らせることが出来るんだ? 妹の為に出場しないのなら、覆すのは至難の技。どうする?
「――そこまで俺を引きずり出したいか? だったら条件がある」
まるでこちらの都合を見透かしたようにそう言い放つ。崩せないと思っていた鉄壁を彼自ら崩したのだ。いったいどんな条件を突きつけられるのか予想が出来ない。
「条件?」
「ああ。お前は俺に試合に出て欲しい。俺は写真を撮りたい。この二つを両立する条件。それはレース中であろうと俺の撮影を妨害しないことだ。それが
「そうか、絶対に手は抜くなよ。それなら構わん」
「承った」
刃は条件を了承し、頷いた。
☆
俺は千冬との交渉の末に撮影権を入手した。普段は見ることの出来ない妹達の姿を自らの手で写真に収めることが出来るのかと思うと、自然とにやけてしまう。
俺はこの訳の分からない状況で虎視眈々とチャンスを狙っていたのだ。競技中の妹達を間近で撮影できるチャンスを。
恐らく真面目に戦わせて俺を生徒たちの見本にしようという魂胆なのだろうが、そうはいかない。
俺はもっともらしい嘘をついて条件を呑ませ、競技中だろうと写真を取れるようにした。
これでどんな状況だろうと写真を取り放題だぜ!
そんな内心うっきうきな俺の横に刀奈達が並ぶ。どうやら試合前に整列するらしい。
彼女らに倣って走者順に並ぶと、最後尾の俺は刀奈と隣り合った。
丁度良いのでレースに向けての意気込みを宣言する事にする。
「刀奈。(撮影に)妥協は一切しない。(カメラから)目をそらすなよ」
そう言うと周りの生徒たちは一歩俺から遠ざかった。
▼▼▼
そうして始まった『キャノンボール・ファスト』専用機持ち部門。教員たちは手加減など知らないかのように暴れた。
真耶はスタートをあえて遅らせ、背中をガトリングガン『クアッド・ファランクス』で打ち抜くという戦術を取り、いきなりトップに躍りでると、続く千冬は爆発する刀剣を使って各個撃破。リードを更に広げた。
ここまで言えばお分かり頂けただろうか? このチームはレースではなくバトルを注視したのである。
「敵が速いからレースに勝てない? 動けないようにすればいいじゃない」という脳筋思想。
結果として出場選手の裏をかいたこの戦術は、アンカーの彼の出番が来る前にほぼ勝負を決めてしまっていた。
『さあ二番手の織斑先生がアンカー、楯無さんにバトンタッチ! このまま教員チームの優勝が決まってしまうのか――!』
実況が叫んだ通り、圧倒的大差。このまま走り出せば勝利は確定するも同然。だが彼はすぐに走り出すことは無かった。
「刃? いったい何をするつもりだ」
陸上競技でいう所のテークオーバーゾーンから少し離れたところまで歩き立ち止まる。
両手の指をL字にして指でファインダーを作った。その視線の先はもちろん味方の到着を待つ更識刀奈である。
「邪魔はするなよ千冬。撮影準備中なんだ――よし、この角度だな」
両手に光が灯る。拡張領域から物体を取り出した。右手にはデジカメ。左手には三脚が握られていた。
素早く三脚を立ててカメラを設置する。
「三…二…一」
カウントダウンを始めると同時に次の走者を目指す第二走者の面々が見えた。後続は混戦のようだ。そしてほんの数秒の間にアンカーにたどり着いた。手と手を合わせてパチンッとバトンタッチ。その瞬間をカメラが捉えた。ディスプレイに映る保存の確認画面。
「我ながら完璧の出来だぜ。控えめに言ってもミケランジェロの彫刻のように美しいって奴だな! どう思う千冬?」
「分かったからさっさと走れ! 追いつかれるぞ!」
あまり急かすなよ。俺がこいつらに負けるはずがないだろうに。
三脚に触れて収納。そして右手の白がメインカラーの腕輪に触れた。
「我が身に宿れ、『青天井』」
大海のような藍色の装甲。右腕に纏いつくようにして展開された。
「よし、これで流れ弾からは守れるな」
俺がISを展開した理由。それは手に収まったカメラを守るためだ。どんなに良い写真が取れようとも記録を消されてしまってはどうしようもない。絶対防御によってカメラごと右腕を保護。そしてISによるサポートによって走っている間の手振れを極限まで打ち消す。これで最高の撮影ができる準備は整った。
「俺を……(撮影で)満足させてくれよ!」
☆
私がサファイアからバトンタッチすると目の前には兄さんがカメラを構えていた。教員チームに付けられていた差は大きく縮まっていた。先頭の私がその真横にたどり着くと同時にサイトステップで並走し出した。
「どういうつもり兄さん」
「見ての通り写真を撮っている」
息を切らさずそう答えた。その間にも三度シャッターを切る。後ろの一夏君は苦笑い。
「貴様ッ……その態度はなんだ!? 私達に情けをかけたつもりか!」
他人からしたらふざけているようにしか聞こえなかった回答に我慢できなかったのかラウラちゃんがレールガンを兄さんに向けて発射した。兄さんは上体を逸らしバク転で難なく避けた。その隙に
「貰った!」
兄さんは動くことなくその攻撃を甘んじて受け入れた。
「この程度の敵に我ら黒ウサギ隊が敗れるとは……帰国したら活を入れなくてはな」
勝利を確信し、振り返ることなく先頭に立ちそのまま進むラウラちゃん。だが、
――――――カシャッ
先程とは逆方向からひっそりとシャッター音。無論兄の仕業である。
「馬鹿な!? 私は確かに仕留めたはず!」
「フッ、残像だ」
「これがクラリッサが言っていた――ぐぁ!?」
回し蹴りが空中で炸裂する。ものすごいスピードでラウラちゃんはそのままコースアウトしていった。
「邪魔だ! 刀奈とカメラの間に立つんじゃねぇ!」
「理不尽すぎるでしょう!?」
一夏君が思わず突っ込んだ。兄さんの視線が彼に向く。だがカメラは連射機能を駆使し、私を撮影し続けていた。
「不満か? 一夏君」
「そんな理由で突っぱねるのは何でも……」
「これはバトルレースだ。俺はルールに乗っ取って上位に立った彼女を排除したにすぎん。文句があるならかかって来い」
「そうね」
「刀奈さんまで……」
「だから、こんな事をされても文句は無いわよね」
「っ!? 『荒天』!」
指を弾いて鳴らす。一夏君と兄さんを巻き込む範囲爆発。『
爆発から逃れた兄さんの腕部装甲の色は雨雲の色に変わっている。
「今のを避けるなんて流石ね。兄さん」
「一瞬湿気が増したからな。酷いじゃないか刀奈。いきなり俺に爆発物をけしかけるとは」
「だって勝ちたいもの。デザート券も欲しいし」
「そうか。いつもなら勝ちを譲ってやるところだが、今日は千冬の顔を立ててやらなきゃならん。いつぞやの勝負のやり直しと行こうじゃないか!」
「望むところよ!」
カメラを左手に持ち替えて利き手に刀を展開する。こんな時でも手放さないのね……。
槍から弾丸を挨拶代わりにばらまく。前の対決では二本のナイフに持ち替えて応戦したけど、片手にカメラがある状態でどう処理するのかしら見せて貰いましょうか。
『
刀を一振りするとその軌道に合わせて電撃が飛んだ。銃弾を消し飛ばして私に迫る。水の盾を展開しそれを防ぐ。
「中々えげつない技を使うじゃない」
「そりゃどうも。でも良いのか? 水で受け止めて」
そう言われて水の盾を見るとその総量が減っている事に気が付く。
「電気分解って言うらしいぜ、それ。純粋な水でなければ電圧をかける事によって分解できる。刀奈が操るのは
想定外の手段で私の防御を突破しかけた事も驚きだが、それよりも気になるのは
「兄さんがそんな単語を知っているなんて……」
「凄いだろ? クロエに教えて貰ったんだぜ」
「そ、そう」
兄さん勉強してたんだ。ビックリした。
そんな事よりゴールまでコースの四分の一をきった。急がなければ。
「スピード勝負か? 上等!!」
兄さんも電気を纏ってさらに走る速度を上げた。
槍と刀を交えながらゴールを目指す。最後のコーナーを曲がり直線に入ったところで違和感に気が付く。誰かいる!?
知覚したその直後、その人物はゴールテープを切った。
『ゴーーーール!! 優勝は第二チームだ!!』
一夏君いつの間に!? もしかして
この後兄さんが二位、私が三位でゴールして『キャノンボール・ファスト』は終わった。
この後、カメラに収めたデータが自分が帯びていた電気によって飛んだ事に気が付き、更衣室で泣いたシスコンがいたとか、いないとか。
という訳でお送りしましたアフター番。
今回はレインスカイさんから頂いたリクエスト「運動会にて妹達がグラウンドを走っている際、人目を気にせず、並走しながら写真をバシャバシャ撮りまくる」というものを元に書き上げました。
こういう内容になったのは私の責任だ。だが私は謝らない。
(訳:リクエストから逸脱しすぎたかもしれません。すいません m(__)m )
感想評価等お待ちしております。今度は別作品でお会いしましょう! では!