Phantom×BLACK LAGOON   作:いんふぇるの

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第一話 「死人」

ロアナプラ。

 

タイの港に面した片田舎にある都市。経済特区でもなく、人口密集地でもない。一般人から見ればただのありふれた街。だがそこには裏の顔がある。

 

悪徳の街。

 

金と銃。力が全てを支配する世界。密輸、麻薬、売春、殺し。ここにはこの世のありとあらゆる犯罪が混在し、その全てが見逃され、正当化される。無秩序こそがロアナプラにとっての秩序であり法。

 

そんな街中を一人の男が歩いている。その風貌は明らかにこの街で浮いている。ボサボサの金髪に眼鏡、アロハシャツのような恰好をした見るからに理系の白人。どうみても荒事には向かないと自他共に認める彼の名はベニー。まだ眠気が残っているのか、大きなあくびとともにその頭をかきながら気だるげにベニーはある建物の前で歩みを止める。

 

ラグーン商会。

 

それがその建物を所有している会社の名称でありベニーにとっての勤務先。会社と言っても雇用主を含めての現在四名しかいない小さなもの。運び屋と呼ばれる仕事を主とする運送会社。またには法に触れることもする……という本当の意味でのブラック会社なのだが、むしろここロアナプラでブラックでない会社の方が珍しいのは間違いない。ベニーもまた機会やコンピューター関連の類稀な才能の持ち主、所謂ハッカーと呼ばれる人種でありその腕を見込まれてここラグーン商会で働いているのだった――

 

「おはようダッチ。済まない、昨日徹夜でプログラムを組んでたら寝坊しちゃって……」

 

階段を上り、事務所のドアを開けながら視界に一番に飛び込んできたのは雇用主ではなく、同僚の姿。だが徹夜明けのせいではなく、ただ純粋に驚きでその場に立ち止まってしまう。何故なら

 

「どうしたんだレヴィ、今日はオフだったはずじゃ……」

 

そこにはソファに寝ころんだまま雑誌を読んでいる同僚、レヴィがいた。二挺拳銃(トゥーハンド)の異名を持つガンマンであり、ラグーン商会においては主に荒事専門の用心棒のような役割を受け持っている女性。ある意味自分とは対極に位置する存在。だが確かレヴィは今日は休みのはず。なのに何故事務所にこんな時間からいるのか。

 

「………」

 

しかし、そんな自分に気づいているのかいないのか。レヴィは完全に無視するような形で雑誌を読みふけっている。ラフな格好にホットパンツで足を組みながら横になっているその光景は男なら目を奪われてしかるべき。だが悲しいかな、そんな色気も何も今のレヴィには欠片もない。もしそんな目で見ようものなら二度とタイピンクができない体にされかねない。仕方なくそのままふと、窓際に立っている雇用主である黒人の大男、ダッチと目が合うも、ダッチは一言も発せず、首を横に振るだけ。

 

「そういえばロックは一緒じゃないのかい?」

 

沈黙に耐え兼ね、この場にはいない四人目の従業員の名前を出す。ロック。日本人であり、荒事に向かないのは自分と同じだが違う意味で普通ではない男。レヴィは認めてはいないが、実質恋人関係にある存在。自分としてはいつも一緒に行動しているロックがいないことを尋ねただけだったのだがすぐに悟る。自分が掛け値なしのドデカ地雷を踏んでしまったことに。

 

「……知るか。あたしはあいつの保母さんでも保護観察官でもねえ。どうせ海でも眺めてんのさ」

 

雑誌の裏からでもその表情が伺えるような空気とともに冷たい声が響き渡る。できるならすぐにこの場を離れたかったが逃げ場はない。藪蛇だったと後悔しながらも、ロックがどこにいるか見当がついている時点でお察しだと考えるが恐ろしくてとても口にはできない。

 

「あの年で海を眺めるのが趣味とはいやはや……仙人にでもなるつもりかね」

「彼が何を目指しているかはともかく、やっぱりアレが尾を引いてるのかな」

「……フン」

 

ダッチの助け舟に乗る形で地雷から足を離しながら、ロックの現状を振り返る。何もロックは最初から海を眺めるのが好きなほど悟りを開いているわけではない。ロックの様子がおかしくなっているのはここ最近。その原因にも心当たりがある。

 

ロベルタ。

 

『メイド』『フローレンシアの猟犬』などの異名を持つ女性を巡る騒動。ロアナプラ全てとNSAの指揮する特殊部隊をも巻き込んだ大事件にラグーン商会も巻き込まれることとなった。正確には、巻き込んだと言った方が正しいのかもしれない。ロックはそれに挑み、勝負した。その結果、ロベルタもその主であるガルシア、女中であるファビオラは無事に南米へと戻っていった。傍目から見ればハッピーエンド。しかしロックにとってはそうではなかったらしい。バッドエンドだったのか、ベターエンドだったのか。自分には分からない。ただそれによってロックが何か壁にぶちあたっているのは間違いない。そのせいでレヴィの機嫌が悪くなるのは勘弁してほしいのが正直なところではあったのだが。

 

「何の電話だったんだい、ダッチ?」

 

いつの間にか一人だけ電話の応対でレヴィの相手から逃れていたダッチに嫌味半分で話題を振る。しかし、それが通じていないのかダッチはどこか頭を悩ませているように大きな溜息を吐いている。それだけで事情はおおよそ理解できた。

 

「……どうにも良くない流れだぜ。今日で三件目だ。しかも全てハンコみたいにクリソツの内容だ」

 

クイっとサングラスを上げながらもダッチは淡々としゃべり始める。だが嫌な予感しかしない。同時に凄まじいデジャヴを感じる。それはレヴィも同じなのか、雑誌を投げ捨てたまま聞き入っている。

 

「『妙な客を扱ってないか』だと。だが問題はそこじゃねえ。つい最近、同じようなことがあった気がするんだがどう思う、ベニーボーイ?」

「奇遇だね。僕も今、タイムスリップしてきた気分だよ」

 

間違いなく今、自分とダッチの心は一つになっている。思い浮かぶのはかつての出来事。奇しくも先ほど脳裏に浮かんだ出来事の発端ともいえる流れ。

 

「ハ、またみんなが大好き婦長様が坊ちゃん救いに馳せ参じたってか? それともアンクル・サムと素手喧嘩(ステゴロ)してもまだヤリ足りないって?」

 

それを代弁するようにレヴィが心底可笑しいとばかりに捲し立ててくる。メイドはこの街では禁句であり、トラウマともいえるもの。それをここまで茶化すことができるのはレヴィくらいのものだろう。しかしそんなレヴィのジョークもダッチには通用しない。いや、そのジョークですら吹き飛ばすことができないレベルの厄介ごとなのだろう。

 

「誠に残念ながら今回、この街の住人のハートを掴んで離さねえのはメイドじゃねえ。何でも仮面をつけた亡霊らしい」

 

仮面をつけた亡霊。それが何を意味するのか、頭が理解する前に体が反応してしまう。この暑さの中で寒気を覚えてしまうほどに。

 

「なんだ、みんなで仮面舞踏会を踊ろうってのかい? それともオペラ座の怪人でも始まるのか? ならちゃんとポップコーンとコーラを買っていかなきゃな」

 

ダッチの言わんとしているところを察していないのか、傑作だとばかりにレヴィは笑い転げている。ちょっと前なら自分もそんな風に笑い飛ばすことができただろう。

 

「その冗談は洒落にならねえぜ、レヴィ。少なくとも、今のロアナプラではな」

 

ここ数週間のロアナプラの変化がなかったのなら。

 

「……やっぱりあの噂は本当なのかい、ダッチ?」

「ああ、表の連中(NSA)にようやくお帰り願えたかと思えば、今度は裏から地獄(インフェルノ)のお出ましだ。審判の日が来る前にジョン・コナーが死んじまった気分だぜ、全く」

 

知らず祈りを捧げているのかように振る舞いながらダッチは洒落にもならない冗談を口にしている。

 

『インフェルノ』

 

マフィアの中でその名を知らぬ者はいないほど巨大な組織。北アメリカ全土に勢力を持ち、裏の組織の国連などという俄かには信じられない話を実現しつつある勢力。それが今、ここロアナプラに進出してくるとの噂がまことしやかに囁かれている。ただでさえ様々な勢力が入り組み、綱渡りのようなバランス感覚で成り立っているところにそんな爆弾が破裂したらどうなるか。その不安と緊張により、今ロアナプラはかつてホテル・モスクワと三合会が全面抗争した時以来の緊張状態に陥っているのだった。そしてもう一つ、インフェルノを語る上で欠かすことができない存在、象徴がある。

 

「それでどいつもこいつも亡霊(ファントム)に怯えてるってわけか。流石は伝説のファントム様。もしいるなら是非お目にかかりたいもんだな」

 

『ファントム』

 

インフェルノのトップスナイパー、最高の暗殺者に与えられる称号。その力は凄まじく、ファントムに狙われれば逃れることはできないとされるほどの存在。今のインフェルノの台頭があるのもファントムによるものと言っても過言ではない。そんな存在がロアナプラにやってくるかもしれない。それがラグーン商会の電話が引っ切り無しに鳴り続ける理由。

 

「レヴィはファントムを信じてないのかい?」

「悪いがピーターパンを信じる年頃はとうの昔に卒業してるよ」

 

恐らくはレヴィの性格からすれば気にせずにはいられないはずの話題。にも関わらずレヴィは全く気にするそぶりを見せない。どうやらファントムを架空の存在だと思っているらしい。だが無理もない。端から聞けば作り話だと馬鹿にされてもおかしくない内容。だからこそ恐ろしい。その名のとおり、亡霊だと思いたくなるような所業をファントムは成し遂げていることを意味するのだから。

 

「本当ならレヴィに同意したいところだが、今回ばかりはベニーに一票だ。ファントムは実在する。亡霊じゃなく、もっとも恐ろしいのは本当に存在するということなんだぜ、レヴィ」

「でもファントムが何者なのかは全く分かってないんだ。容姿はおろか、男か女なのかも。何人もいるって説や美少女だって噂もあるくらいで」

「あー分かった分かった。とりあえず、もしそのファントム様に会ったらサインをもらっておいてやるよ。ついでに地獄に帰れって助言もな」

「どこに行くんだい、レヴィ?」

「ただの散歩さ。心配しなくても面倒は起こさねえ」

 

もう話に飽きたのか、レヴィはそのまま気だるげに首を鳴らしながら片手を上げて事務所を後にしてしまう。その行先はどこかは口するだけ野暮というものだろう。

 

「……素直じゃないね。最初からそうしていればいいのに」

「アレが素直になった日には核戦争が始まりかねん……さあ、休憩はここまでだベニー。仕事の時間だ。労働は尊いぜ?」

「そうだね。それとこれはちょっとした予言なんだが……明日からはしばらく、静かに仕事をする時間はなさそう気がするよ」

 

この世界に馴染んできたが故の第六感。確信めいた予言を口にしながら、今日も今日とて自分の仕事に埋没する。これでいい。僕はまだ、ロックのように自分を試すことはできない。少なくとも、今はまだ――――

 

 

 

『あんたは、自分の愉しみのために――若様に命を張らせたんだ』

 

少女は口にする。俺に対する答え。その眼が、侮蔑の視線がこの胸に突き刺さる。

 

『――――でも、もうわかった。あんたはこの街一番の――くそ野郎だ』

 

一瞬、何を言われたのか分からなかった。今まで何度も言われてきた。俺はこの街の住人ではないようだ、と。違う世界の住人のようだと。それと真逆の言葉。ようやく俺がこの世界の住人になれた証。なのに、俺の胸には何も響かなかった。

 

 

『――空砲弾。こけ脅しの魔法で、紛い物の真鍮だ』

 

少女はその手の中にある、空砲の残骸を晒してくる。それが俺だと突き付けるように。直前までの命を張ったギャンブルに勝った興奮と熱はとっくに消え去ってしまっている。あるのは空虚感だけ。

 

あの時の俺はガルシア君達を助けることができたことに喜んでいたのか、それとも賭けに勝ったことに喜んでいたのか。もし――だったとしたら俺は――――

 

 

 

「そんなところで突っ立ってるとまたガキに財布をすられるぜ、ロック」

 

突然後ろから声をかけられ振り返る。そこにはいつも見慣れた同僚であり、相棒でもあるレヴィの姿がある。いつからそこにいたのか、呆れた表情、指で車のキーを回しながらこちらを見つめている。

 

「……レヴィ? どうしてこんなところに」

「買い物の途中でその嫌でも目立つホワイトカラーを目にしたからな。ここでお前ほど探すのが簡単な奴はいねえだろうよ」

 

ホワイトカラーという自分のあだ名になりつつある、特徴を挙げられて思わず納得してしまう。ここロアナプラでこんな格好をしているのは自分ぐらいの物だろう。買い物の途中でたまたま、というのが嘘であるのは語るに落ちているが言わないことにする。

 

「……いつにも増してシケた面してるな。まだあの小娘(ジャリ)に言われたことを気にしてんのか」

 

やはりそれまでの自分の放心っぷりを見られていたのか。そのままズバリの話題を振られ、返す言葉がすぐに出てこない。

 

 

「俺は……変わったか、レヴィ?」

「……さあな。鏡でも見てみりゃいい。今、そのクソみてえな顔に変わってるのは分かるだろうさ」

 

ようやく絞り出した俺の言葉に、レヴィは容赦なくそう返してくる。なるほど、確かにそうだろう。鏡はないが、今の自分が顔がどうにもならないみっともないものだということは分かる。ならやはり、俺は変わったのだろう。

 

「俺があの時やったのは、命をチップにしたゲームだった。そして俺は勝った。ガルシア君たちも助かった。それは……間違いだったのか?」

「……下らねえな。要するにロック、お前はあの小娘(ジャリ)や坊ちゃまが眩しく見えてるのさ。今更自分がドブの底で這いまわっていることに気づいてな」

 

吐き捨てるかのように目を背けようとしていた事実を突き付けられる。言われれば取るに足らない、みっともないただの嫉妬、羨望。それがこの虚脱感の正体。彼らと同じだと思っていたのに、善意で動いていたはずなのにいつの間にか地に堕ち、悪意を振りまいていた自分への自己嫌悪。

 

「笑えるぜ、ロック。お前、本当にあの連中がお花畑を歩いている天使様にでも見えたってのか? 教えてやるよ。同じだ。あの連中も、あたし達も、この街の住民も。違いはな、気づいているかいないか。それだけだ」

 

だがレヴィはさらに先を促してくる。俺の考えではない、彼女の生き方。同時に思い出す。かつての潜水艦での、日本でのやり取り。あの時にも感じたはずの、世界の違い。

 

「あの連中はまるで自分たちがあたし達よりも清廉潔白かのように振る舞ってやがる。だが思い出してみろ。あの連中はあのクソ眼鏡をトリップから連れ戻すためにどれだけの数の人間を殺した? しかも自分の手を汚さずに、金であたしたちを雇って、だ。一体どこに差がある?」

「それは……」

 

しかし、それまでと違うのはレヴィの言葉にほとんど違和感を覚えない自分自身。

 

「挙句あのチビメイドはお前がチップを賭けていることすら気づかなかった。要するに同じだ。みんな、自分のことしか見てなかったってことだ」

 

そう。結局はその一点。俺は、俺のことしか見ていなかった。ただそれだけ。

 

「可笑しくて腹が捩れるぜ。チップを賭ける? あたし達は死人なんだぜ、ロック。そんなもん、最初からないってことに気づいてるかいないか。今回の件はたったそれだけさ」

 

いつか見た、この世のものとは思えない笑みとともにレヴィは告げる。自分たちは死人だと。だからどこまでもいける。生きようとする必要もない。自分たちが行きつく先はただの泥の棺桶だけ。それは正しい。名前を捨てて、あの時俺は死んだ。なのに、心のどこかに引っかかっている。これは何だ。

 

瞬間、思い出す。目の前の光景があの日を蘇らせる。それは

 

 

「ロビンフットがいないなら、ロビンフットになればいい……」

 

 

俺が出した、夕闇で立っている自分の答え。もしかしたらそこに、レヴィからの受け売りでもなく、ガルシア君達の在り方でもない、俺だけの答えがあるのかもしれない。

 

「覚えてるか、レヴィ。ここでお前に言った言葉だ」

「……ああ、思い出したくもない記憶だ。で? あたしはお前になんて聞けばいい? ロビンフットになれたかって? それとももう一度、悲劇のヒロイン気取りをすればいいのか?」

「いや……」

 

よくよく考えればレヴィにとっても自分にとっても苦い思い出でしかない出来事を掘り返してしまったことに気づき、どうしたものかと頭を悩ましているの束の間、少し離れた路地を子供が駆けているのが目に留まる。その先にはここの住人ではないであろう、男女のカップルの姿。容姿からしてアジア系だろうか。もしかしたら日本人かもしれない。年齢は恐らく高校生から大学生。小さな子供はカップルの内の男にぶつかり、そのまま路地裏に消えていく。特に何の変哲もない光景。ここ、ロアナプラでは日常と言ってもいいもの。

 

「やられたな。あんな観光客丸出しの格好で歩いてたら良いカモさ。明日の朝には身ぐるみ剥がされて用水路に浮かんでるのがオチだ」

 

レヴィも気づいていたのか、つまらなげに事の顛末を見つめている。あの子供がスリであることも、あの青年がスラれたことも分かった上で。自業自得。ここでは当たり前の光景。レヴィが言っているのも大袈裟ではない。こんなことをしてもまた同じ思いをするだけかもしれない。それでも

 

「……レヴィ」

「…………ちっ、とんだロビンフット様もいたもんだ。高くつくぜ、ロック?」

 

 

自分が何を言いたいのか既に察していたのか、吸っていた煙草を捨て、頭を掻きながらレヴィはそのまま路地裏に足を向ける。俺はそれに続くように、カップルの方に近づいていく。人助けという俺自身の趣味(エゴ)のために。

 

それが死人と亡霊。本来あり得ない二つの世界が交差した瞬間だった――――

 

 

 

 

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