Black sheep,s fable 作:ししゃもじ
ダンジョンと呼ばれる地下迷宮の上に拓かれた都市、その名をオラリオ。
幾重もの階層が地下深くへ向けて連なっているダンジョンからは照明、暖熱、浄水、あらゆる設備の核として人々の生活を支える魔石を初めとして地上世界ではそうそうお目にかかることも出来ない稀少な資源が数多く産出している。
それらを目当てに迷宮都市には多くの人々が集まり、お互いの利益を補完するための共同体を築き上げていた。
そしてダンジョンへ潜り、魔石を活動源とする魔物を駆逐し財を地上へと持ち帰る、集った人々の中でも花形と目されているのが冒険者と呼ばれる者達だった。
ダンジョン探索により得られる富や名声を求めオラリオ内外からその道を求める人間が数多く集まっている。
その冒険者達を支援し、ダンジョンを管理する団体としてオラリオの都市運営にも深く携わっている機関、『ギルド』。
オラリオ北西メインストリートに面したその本部施設に足を踏み入れようとする一人の少年が居た。
赤い瞳に真白い頭髪、どこか小動物――兎を連想させる邪気のない顔立ちを輝かせている。
前庭を抜け神殿のように荘厳な雰囲気を醸し出している本部の門をくぐった少年はその先の光景に目を奪われた。
ギルド職員と思しき黒白のユニフォームに身を包んだ人間も居れば、厳めしい鎧を纏い剣を腰につるした一目で冒険者と分かる身なりの者も見える。
少年と同じヒューマン、小柄だが筋骨隆々としたドワーフ、子供と見紛いそうになる
視線を巡らせ受付と見られるカウンターを見つけるも、何らかの手続きに訪れた冒険者達が列をつくっている様にがっくりうなだれた後キョロキョロと首を回し受付が空くまでの間落ち着ける場を探そうとしているのだろう少年の背に、声がかかった。
「君、こんなところに立ってたら危ないよ」
「うわっ! す……すみません」
ホールの中央で棒立ちになっていたことに気づきビクリと身を竦ませた少年が振り返った先には白い長衣に身を包んだ年若いヒューマンの女性が柔和な表情を浮かべ立っていた。
自分の慌てた様子に女性がクスリと微笑むのを見て少年は顔を赤くしてしまう。
「ごめんね、急に声掛けちゃって、冒険者――志望の子かな?」
ギルドという場所に居るもののナイフ一本持たない少年の格好からの推測を口にする女性に少年は首を大きく縦に振りながら肯定した。
「は、はい! 僕冒険者になりたくてオラリオには今日着いたんですけど……」
「うん、この時間受付混んじゃってるもんね。空くの待つならあそこ、隅のソファーは誰でも自由に使っていいからあの辺りでゆっくりしてるといいよ」
「あ……ありがとうございます」
ホールの片隅に設けられたスペースを指して教えてくれた女性に少年は礼を言うとそちらの方へ緊張した固い歩き方で向かっていく。
その様子が微笑ましいように見守っていた女性はふと思い立ったように受付が空くのを今か今かと待ち構えている少年の元へ歩き声を掛けた。
「ね、少しいいかな?」
パチリとウインクしながらそう告げる女性に少年は異性に慣れていないのかドキりとした様子で顔を赤くして目を逸らす。
そうして落とした目線の先、対面するソファーに女性は白衣の下のベルトに吊るしていた剣、というには短いダガーナイフを外し脇に立て掛け腰掛ける。
「あ……その、お姉さんも冒険者なんですか?」
「うん、ダンジョン探索は控え目な方だけど、そうだね」
これといった装飾も無い無骨な武器に目を引かれた少年はつい漏らした質問に答える女性がよく見ればまだあどけなさの残る顔立ちをしていることに気づいた。
落ち着きぶりから年上という先入観を持ちそうになっていた相手が自分とそう離れていなさそうな年齢であるということにハッとする少年に今度は女性から質問が投げかけられる。
「一つ聞いてもいいかな、君はどうして冒険者になろうと思ったの? 危ないこともたくさんあるよ」
モンスターが数多く潜むダンジョンが主な活動地となる冒険者というのは多かれ少なかれ、危険がつきまとう職業だ。
女性の目の前の控え目に見ても荒事に適正の無さそうな線の細い少年が目指すには物騒に過ぎると不安視されてもおかしくはない。
そんな問いかけに少年は照れ臭そうに頭を掻きながら答える。
「その……オラリオと冒険者の話は小さいころからおじいちゃんに聞かされてて。本で読んだ英雄譚なんかが大好きで……」
そこで少年ははにかむように目線を落として口ごもってしまったが少しの間を置いて、小さな声で言葉を紡いだ。
「僕もそんな英雄になりたいな……なんて」
まるで幼い子供のような願望。
それを聞いた女性は目をしばたかせると、ややしてクスクスと笑みを漏らし出してしまう。
口にした言葉の幼稚さを自覚してはいるらしく、笑われてしまったことに怒るでもなくただ恥じ入り顔を真っ赤にして顔を伏せるようにしてしまった少年に、女性の方が手をふりながら口にしたのは謝罪の言葉だった。
「ごめんごめん、馬鹿にしたわけじゃないんだ。冒険者には色んな人がいるけど、君みたいな人は珍しくてつい、ね」
富や栄誉を求めオラリオにやってくる者は数多いが、この少年のようにただ英雄になりたいなどという、純粋な動機を持つものは珍しい事だった。
けれど種族にしろ思想にしろ、多様な人種が集まるこの街ではその純粋さは危うさにも繋がるということも知る女性は僅かな逡巡を挟み、少年へ水を向ける。
「英雄譚が好き、って言ってたよね」
「……はい?」
「そういうお話とはちょっと違うけど、戒めも込めて――君にこの街のちょっとした都市伝説みたいなもの、聞かせてあげる」
興味を引かれ顔を上げた少年は思わず目を奪われてしまう。
悪戯めかした口調とは裏腹に、女性の顔に浮いていた寂しげな色に。
「夜のオラリオに飛び出てきた、怖い、怖い、モンスターの話を、ね」