とあるマンション、零士の部屋。
零士は、ベッドの上で寝転がり、漫画を読んでいた。
ピンポーン。
「はーい。」
インターホンがなり、零士が扉を開くと、
一人の少女がいた。
つばのついた帽子を眼深にかぶり、サングラスをかけ、口にはマスクを着用している。
そして何よりも特徴的だったのは、見覚えよある長く、美しい金色の髪であった。
「ヘイダーリン!遊びに来まシター!」
目の前の少女は、間違いなく、九条カレンであった。
零士は、反射的にカレンの腕を掴んで部屋の中に引きずりこんだ。
そして扉の鍵を締めると叫ぶ。
「何やってんだお前!!」
「遊びにきまシタ!」
「それは分かったよ!
いやまだ認めたくない現実だけど!
どうしてお前が俺の家知ってんだよ!」
「マサトさんに聞いたら教えてくれました。」
カレンがそう言うと、零士はスマホで雅人に電話をかける。
『はいもしもし、桐谷です。』
「雅人、お前殺すぞ。」
『いきなりご挨拶だね零士。
何かあったの?』
「何かあったの?じゃねぇよ!
てめぇ何勝手に俺の家の住所教えてんだよ!
しかも一番教えちゃまずい相手に。」
『あー、カレン無事に着いたんだね。
よかったよかった。』
「よかねぇよ!何勝手なことしてくれてんだゴラァ!」
『いやぁ、「みんなが知ってるのに私だけ知らないのは不公平デス!」って言われちゃってさ、教えないわけには行かないでしょ。』
「建前はいい、本音を言え。」
『面白いからに決まってるじゃん。』
「ぶっ殺す!」
『あ、ごめん、俺今からすちゃんとデート中だから。
じゃあね。』
「あ、おい待て!」
電話はそこで切られた。
「あの野郎・・・。」
「ねぇねぇダーリン!」
「なんだ、九条。」
カレンは頬を膨らませる。
「また名前で呼んでくれませんでシタ。」
「当たり前だろ、お前は生徒で俺は教師なんだから。」
「それならヨーコ達だって生徒デスよ?」
「だから学校では苗字で呼んでるだろ。」
「でもここは学校じゃないデスよね?」
「うっ・・・。」
カレンはニコニコと笑いながら零士を見ている。
「なんだ・・・カレン。」
「そうデス!それでいいんデス!
それでダーリン、実はこんなものがあるんデス!」
カレンはポケットからチケットを二枚取り出した。
「なんだそれ。」
「遊園地の無料入場券デス!
ダーリンのところに行くって言ったらマムがくれまシタ!」
「なんでお前の母親俺とお前のことそんなに応援してんの!?
普通は止めるところだろ!。」
「親の了解がある以上!
もし学校の関係者に見つかってもいくらでも言い訳は聞きます!
だがら問題ありません!」
「なんでそんな所だけ流暢な日本語になるんだよ!」
「エレンとヨーコ、それとアヤとケンはデートに行ったらしいデス!
私たちも行きまショウよ!ダーリン!」
「そいつらは付き合ってんだから当たり前だろうが!
ていうかダーリンっていうな!」
「・・・ダーリン。」
カレンは涙目上目遣いで零士を見て言った。
「ダメですか?」
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(どうして・・・どうして俺は。)
レールを登っていくジェットコースターの上で零士は自分に問うていた。
隣では楽しそうな笑顔を浮かべるカレンがいる。
(どうして俺は、生徒と遊園地にいるんだろう・・・)
そう思った瞬間、ジェットコースターが坂道を急降下する。
「いやっほおおおおお!」
「・・・」
楽しそうに声を上げるカレンの横で、零士は終始無表情だった。
#####
「ジェットコースター最高でしたね!ダーリン!」
「・・・ああ。」
「次は何に乗りまショウか!」
「・・・ああ。」
「さっきからどうしたんでデスか?
何だかとっても暗いデスよ?」
「いや、ごめん、今自己嫌悪中だから。」
「来ちゃったものは仕方ないんデスから、
一緒に楽しみましょうよ。」
零士はため息を吐く。
(確かにカレンの言う通りだ、なんで俺がこんなに落ち込まなけりゃあいけないんだ。
もとはと言えばこれは全部・・・。)
零士が顔を上げると、カレンの後ろに見覚えのある顔を見つけた。
こちらと目が合って固まっているその男は、正しく今回の元凶、雅人であった。
隣には、一緒に来ていたのか、さくらもいる。
「まぁぁぁぁさぁぁぁぁとぉぉぉぉ!」
零士は雅人に向かって全力で駆け出した。
雅人も零士から逃げようと駆け出すが、
タックルで押し倒され無理やり立たされたと思えば、足を掴まれドラゴンスクリューで地面に叩きつけられる。
その後、倒れている雅人に零士は4の字固めをキメた。
「痛い痛い痛い痛い痛い!!
雅人、折れる!折れるって!!」
「むしろ折れろこの野郎!」
その様子をさくらは微笑みながら見ていた。
「フフフ、男の子はいくつになっても元気ですねぇ。」
「烏丸先生もデートデスか?」
「私達も・・・ってことはカレンさん達もですか?」
「はい!ダーリンとデート中デス。」
「あらあら、それは良かったですね、カレンさん。」
「はい!」
「カラスちゃん!和んでないでたすけてええええ!」
雅人の悲鳴が遊園地に響いていた。
#####
零士は雅人と2人で観覧車に乗っていた。
「なんで野郎と観覧車乗らなきゃいけないのよ。
そんなにカレンと一緒に乗るのいや?」
「うるせぇ。」
雅人は零士の態度にため息を吐く。
「何を怖がる必要があるの?
アチラさんの両親はOK出してるんでしょ?」
「親がなんて言っても世間が許さねぇだろうが。
それに・・・まだハッキリしねぇんだよ。」
「そんなふうに言うってことは、気になってはいるんだね。」
「・・・」
「あっはっは。
いいねぇ、女っ気なかった奴が悩んでる姿っていうのは。
まぁ、あそこまで真っ直ぐ来られたら揺らいでも仕方ないか。」
「お前、まだ殴られたりねぇか?」
「ごめんごめん・・・でも、いつかは決めなきゃいけないよ?
教師としてじゃない、零士として、決断しないと。」
「・・・決断・・・か。」
「実は、もう決まってたりする?」
その問に、零士は答えることは無かった。
#####
「迷惑じゃないか・・・ですか?」
「・・・ハイ。」
さくらは、観覧車のゴンドラの中で、カレンから相談を受けていた。
「私は、ダーリン・・・レイジさんが大好きデス。
だからいつもストレートにアプローチをかけてマス。
私は、こんな方法しか知らないし・・・出来ないから。
でも・・・それがレイジさんの迷惑になってるんじゃないかって。」
「・・・カレンさん、少し昔話をしましょうか。」
さくらはカレンに優しく語りかける。
「私には、好きな人がいます。
その人のことは高校の頃から好きです。
でも、なかなか勇気が出なくて、素直に想いを口に出来ませんでした。
そのまま・・・気がついたらたくさん時間が経ってしまいました。」
さくらはカレンの手を握る。
「カレンさん、気持ちを正直に伝えるのは悪い事じゃありません。
むしろ、伝えられるだけ伝えればいいんです。
少しくらい迷惑でも、
想いを形に出来るのは素晴らしいことですよ。」
「烏丸先生・・・ありがとうございマス。」
さくらはカレンに優しく微笑んだ。
「ところで、先生が好きな人ってマサトさんデスか?」
「フフ、そうですね。
そして自惚れていなければ、雅人さんが私の事をどう思っているかも知っていますよ。
あちらは・・・私の気持ちには気づいていないようですけど。
お互いに言い出せずにここまで来ちゃいました。」
「先生、私たちより青春してマスね。」
そう言ったカレンに、さくらは微笑む。
「カレンさん、楽しめればいつだって青春ですよ。」
#####
零士はカレンを家まで送っていた。
「遊園地、楽しかったデスね、ダーリン!」
「・・・そうだな。」
目の前を楽しそうに歩くカレンを見ながら、零士考えていた。
(決断・・・か。)
零士は足を止めると、カレンを呼び止める。
「カレン。」
「なんデスか?」
零士は、深呼吸をすると、カレンに近寄る。
「カレン、お前が俺に特別な感情を抱いてるのは充分分かった。
それは男として嬉しいと思う。
でも、俺は教師でお前は生徒だ、付き合うことは出来ない。」
何時だったか、保健室で言われた事と同じようなセリフに、カレンは俯く。
今ここでそれを自分に言ったということは・・・きっとそういう事なのだろう。
それなら今回こそ、キッパリ諦めよう、そう思った。
「だから・・・。」
零士はもう一度深呼吸をする。
「もしお前の気持ちが、学校を卒業した時も変わってなけりゃあ、
その時はお前の気持ちに答えたいと思ってる。」
「・・・え?」
まさかの言葉に、カレンは顔を上げる。
「それってどういう」
カレンが言葉を言い終える前に、零士はカレンの額に口付けをする。
「・・・」
「今はそれで勘弁な?」
零士は固まってしまったカレンの横を通り過ぎる。
「はっ!ちょ・・・ちょっと待ってくだサイ!
流石にそれはズルイデスよ!
ちょっと!ダーリン!」
「ズルイもなんもねぇ、
今言ったことがすべてだ。」
「あれだけじゃ分かりませんよ!
もっと具体的に気持ちを言ってくだサイ!」
「言えるかそんなもん、卒業するまで我慢しろ。」
「じゃあせめて!せめてもう1回だけ!
次はほっぺに!」
「駄目だ、卒業までおあずけ。」
「そ・・・そんなセッショウなー!」
零士は顔を赤くしながらも、とても満足気だった。