【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎
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【すくすく英才教育&初仕事編】
No.010/おばけやしきでかくれんぼ


 

 

「おばけやしき!」

 

 目の前にドンと建つ廃墟を見上げてそう言ったシロノに、もう何年もここに住んでいる団員全員が苦笑した。

 おそらく以前はホテルだったのだろうその建物こそが彼らの本拠地ホームであるのだが、シロノの感想がごくまっとうと言える有様でもあった。幽霊のひとりやふたり、いやホテルであるだけに満室御礼であってもおかしくない位の雰囲気を漂わせている。

 

 しかしシロノは、どこかきらきらした目で廃墟を見上げていた。

 何の期待を抱いているのかは、その口から小さく「まっくろくろすけが……」と呟いていることから丸分かりである。

 その台詞から、まだウボォーギンがトトロだって信じてるのだろうか、と、昨日の話を聞いたノブナガは、些かの不安を抱きつつ言った。

「ここが本拠地(ホーム)だ、シロ」

「ホーム?」

「えー……、……家だ、俺たちの」

「おうち? おばけやしきがノブ兄たちのおうち?」

「……ああ、そう。お化け屋敷が俺らのおウチ」

 お化け屋敷、と断言された事にノブナガは乾いた笑みを浮かべたが、シロノは不安がっているわけではなく、むしろ興奮している。

 シロノはもう一度廃墟を見上げ、「おうち……」と、感動が篭った声で呟いた。

 

「オラさっさと入れ入れ。今日からお前もここに住むんだよ」

 フィンクスがそう言いながら中に入って行き、他の者たちもそれに続く。シロノはぼけっとした表情でそれを眺めた後、少し赤くなった頬をして、小走りに建物の中に駆け込んだ。

 

 

 

 

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「……誠意ってものが大事だよ団長」

 盗賊団らしからぬ台詞とともに、シャルナークはクロロにそう言った。

「団長は、シロノに嘘つきだって思われてるからね。まあ正直者と思わせるのはムリだと思うし意味ないだろうからいいとして、もっとこう、それを越えた信頼を生む要素をさあ」

「ああ、物で釣るとか」

「誠意イコール物品!? なにこの汚れた大人!」

 結局クロロは自然に念が解けるまで念を解いてもらえず、団員数人から「ダメだこの人」という視線をたっぷり貰ったのだが、見ての通り本拠地(ホーム)に着き、暮らし始めた現在もそれは継続中である。

 

 こちらに戻って来て既に一週間が過ぎているが、シロノはこの「おばけやしき」な本拠地(ホーム)をひどく気に入り、毎日一室一室探検して回っている。

 また同行して来た一日目はクロロのベッドで彼と寝ていたが、こちらに来てからはマチやパクかどちらかを中心に団員たちの部屋を尋ねたりしていて、クロロと会う機会がごっそり減った。口をきかない日すらある。

 

 そして、シロノはやはり、“纏”を使えないままだった。

 自然体イコール“絶”という不自然な体勢が解消されないことには、本格的な修行は始められない。仕方なく念とは関係なく基礎体力の向上訓練をさせてみたり、“円”の範囲を広げる訓練をさせてみたりしているが、限度がある。

 

 しかし余談だが、“絶”状態で身体能力の強化訓練、というやり方が意外に団員たちにも効果的であった。

 念を使っていないので見た目はあくまで“普通の達人”の訓練に見えるこのやり方は、念での強化に頼った動きに慣れていると尚更きつい。しかし、なまじある程度まで強さを極めた者たちに「きつい」と思わせるこの訓練は皆に流行りだし、いつもの基本メニューに取り入れ始めた者も居るようだ。

 

 ──閑話休題。

 

「言わせてもらうけど、皆本拠地(ホーム)に留まってシロノの面倒見てるのにさ、拾った本人が一番何もしてないじゃん。何もしないなら何もしなくていいだけの信用と威厳を保つべきだと思うよ、俺はさ」

「む」

 幻影旅団の活動上の命令系統以外で、彼らに基本的に上下関係というものはない。言いたいことがあれば言うし、もちろん敬称や敬語も使わない。

 だがそれにしても、シャルナークの今回の言葉はなかなか辛辣である。しかしそれは団員全員の意見でもあり、しかも事実かつ正論で、クロロは珍しく反論できないまま黙り込んだのだった。

 

 

 

(と、言ってもな)

 シャルナークの口から団員全員の意思を告げられたクロロは、ぼんやりと思考した。

(だいたい、面倒を見ていると言っても、見慣れない新しい玩具が珍しいだけだろう)

 あれだ、前に深夜の通販でやっていた奇妙奇天烈な形の筋トレマシンを注文して、皆でキャッキャ言いながらやっていた、あれと同じだろうとクロロは思う。

 そして新しいものを手に入れた時、団員の殆どはまず触って使ってみるのだが、クロロはいくら簡単そうであれど、まず取扱説明書を熟読するタイプである。

 そのため読んでいる間に他の団員が使いこなせるようになってしまっているという場合もあるが、クロロはこの癖を直すつもりはない。取扱説明書はわざわざ説明すべき点があるから付属しているのだ。

 しかし、今回ばかりはその持論が崩壊しつつあった。

 

「まさかあそこで「やだ」とくるとはな……。俺もまだまだということか……」

 五分で相手を唆せる、というのは伊達ではない。

 条件が厳しく、そしていかに相手を騙くらかし“盗む”かが重要な彼の能力のせいもあり、クロロは嘘やハッタリ、そして相手の心の機微を読む事には自信がある。

 しかしあの子供は、必殺の笑顔の前にも、きっぱりと「やだ」と言ってのけた。あれなら力づくでもない限り、アメをもらっても知らない人間についていくようなことはないだろう。

 

「子供か……」

 シロノを手元に置くにあたっていくつかの育児書とデータを漁ってはみたが、それらを熟読してわかったこととは、子供というものは個体差が激しく、きまった取り扱い説明およびトラブルシューティングなど存在しないという事だった。育児書というものはそれを延々と書き連ねてあるだけのもので、あまり大した役にはたたない気がする。こんなにも役に立たない取扱説明書を読んだのは、クロロも初めてだ。

 女のほうがまだ似たり寄ったりで扱いやすい、と、彼は女の敵な台詞を小さく呟く。

 しかし考えてもみれば、子供というものは人間の雛なのだから、個体差が激しくても当たり前だ。同じく流星街で育った九人しか居ない蜘蛛のメンバーだけでも、これだけキャラが違うのだから。しかも濃い。

 クロロ自身にだって子供時代がいちおうあって、その頃自分と同じ歳の子供が全て自分と同じようだった、という記憶はない。逆の感想なら抱いたことはあるが。

 

「……“子育ては実践あるのみです。考えるよりまず触れ合って信頼関係を築きましょう”……か」

 クロロはひとり頷くと、あの子供を探しに歩き出した。

 

 

 

 捜し“者”はてっきり建物の前、つまり誰かしらがいつも居る場所の一つに居るだろうと思っていたクロロだったが、その予想は外れた。

 

「シロ? さっきまでここにいたぜ?」

 

 ノブナガはそう言って、何故か散乱している瓦礫や空き缶屑を蹴飛ばして脇に寄せた。

 近くには同じく瓦礫を片付けているマチがいて、何をしているのかと問えば、ノブナガがシロノに『居合』を見せていたのだ、という答えが返って来た。

「シロノが凄い凄いって手ェ叩いて褒めるもんだからさ、調子こいて斬りまくってこの有様」

「うるっせーなマチ」

 お前だって必殺仕事人ゴッコしてみせてやってただろーがよ、と言いながらノブナガが拾い上げた空き缶は、どちらがやったのかはわからないが、綺麗な切り口でまっ二つになっていた。

 

「……そうか。で、どこに行った?」

「ん? フランクリンが呼びに来て、それについてったぜ。パクが買って来た菓子があるとか何とか。中に居るんじゃねえ?」

「わかった」

 くるりと踵を返したクロロだが、「団長」とマチに呼び止められて振り返る。マチはいつも通りの猫のような無表情でまっすぐクロロを見ながら、「シロノ、今日キモノ着てるから」と静かに言った。

「キモノ? ……ああ、お前が縫った服か」

「そう。柄はノブナガが選んだやつ。にしては趣味いいよ」

「うっせー」

 照れ隠しか、ノブナガは滑らかな切り口の瓦礫を蹴り飛ばした。

 

「濃い紫地に椿と鞠の柄。帯は銀色に車輪模様の刺繍したやつで、大きめの蝶々結び」

「…………へえ、」

「まだ寒いから冬っぽい感じの色と柄合わせで」

「……………………あー」

「似合ってた」

「……マチ」

「似合って」

「……わかった。見るから」

 どうやら自信作であるらしい。

 無表情でなおも繰り返すマチに、クロロはやや気圧された。

 ノブナガが「コイツ、キモノ五枚と帯六本、足袋まで縫いやがったんだぜ」と呆れたように言い、マチから脇腹に肘鉄を食らっているのを尻目に、クロロは再度本拠地ホームの中に入った。

 

 

 

「おお団長、あのチビなかなか肝が据ってるよな!」

 広間、とかリビング、と自分たちが呼ぶ一階の広い部屋に入った途端、クロロは機嫌の良さそうなウボォーギンにそう言われた。

 他には、ノブナガの情報通りに、フランクリンとパクノダもいる。パクノダはおそらくケーキがワンホール載っていたのだろう皿を片付けているが、おそらく最低でも半分はウボォーギンの腹の中に収まったに違いない。

 

「何の話だ?」

「いやー、食った後、遊んでやろうと思ってよ、なんだっけ、『高い高い』ってあるだろ。あれやってやったんだが、力加減がわかんねーからつい」

 

 ──天井ギリギリぐらいまで投げちまって。

 

 ウボォーギンのその台詞に、クロロは思わず天井を見上げた。

 もとはホテルであるらしいこの本拠地(ホーム)は、広間、本来はおそらくロビー、が構造上でだけ言えば吹き抜けになっていて、大昔はおそらくシャンデリアがかかっていたかもしれない天井までは、ゆうに二十メートル以上はある。

「俺も最初はヤベーと思ったんだけどよ、でも受け止めた後、キャーキャー笑ってやがんだぜ」

 キャーキャー泣き叫んでいたの間違いではないのか、とクロロでさえ思ったが、どうやら本当に笑っていたらしい。

 しかもシロノは「もう一回!」と何度もねだり、しまいにはシロノをボールにしてウボォーギンとフランクリンとでキャッチボールを始め、それは席を外していたパクノダが止めるまで続いたという。

 

「そうなのよ、聞いてよ団長。信じられないわ、フランクリンまで一緒になって」

 パクノダが呆れと怒りが八対二くらいの割合で言うと、フランクリンは「いや、喜ぶものだからついな……」と、ごにょごにょ言い訳をした。

「“つい”で子供をボールにしないでちょうだい」

「いやでも別に、豪速球で投げたわけじゃねーし、ホラ、弧を描くようにポーンと」

「まさか落としたりしねえって」

 旅団いちの巨漢二人はそう言うが、それはつまり人力&生身のフリーフォールのようなものだ。それを遊びとして捉えキャーキャー笑っていたというシロノに対し、ウボォーギンの評価は妥当だろう。

 そしてあまりにも非力で小さな子供に対し、彼はつい昨日まで、邪険にはしないが相手にもしない、というような態度をとっていたのだが、こうして「肝が据わっている」と言うのはすなわちシロノを気に入ったということだ。

 ノブナガと並び、彼はそういう点を大きく評価するし、フランクリンも二人ほどではないが、どちらかといえば同じ系統の性格だ。

 

「もう、せっかくのキモノが崩れちゃって。マチに着付け教わっておいてよかったわ」

「……で、本人はどこに行ったんだ?」

「逃げた」

 答えたのは、フランクリンだった。

 彼は、テーブルの上に置いてあった一冊の本を、クロロに示した。やや大判のハードカバーのそれはどうやら子供向けの物語の本だが、フランクリンの手で持つとまるでメモ帳のようだ。

「あまり読み書きが達者でないようだったんで、パクが調達して来たんだが……」

「キモノ直した途端にネズミみてーに逃げちまったぜ、ピューっと」

 勉強嫌いみてえだな! と、ウボォーギンがげらげら笑った。

 

「では、どこに行ったかは」

「わからないわね。あ、シロノを探してるんなら、ついでにこれを渡しておいてちょうだい」

 パクノダが、子供向けのハードカバーをクロロに手渡した。タイトルを確認するが、クロロの知らないものだった。少々でなく常軌を逸した本好きを自他ともに認めるクロロだが、まだ児童文学にまで造詣は深くない。

 こちらのジャンルを漁ってみるのもいいかもしれないな、とクロロが自分の趣味に入りかけていると、ウボォーギンが言った。

 

「そういや、団長」

「何だウボー」

「俺、シロに“ウボーはトトロじゃないの?” って言われてよ、意味わかんねーって返したらものすげえガッカリした顔されたんだが、なんか心当たりねえ?」

 

 クロロはとりあえずウボォーギンに謝っておいたが、彼は未だわけがわからない、という顔をしていた。

 

 

 

 やはり育児書などというものは役に立たないな、とクロロは思いながら、ほとんど廃墟状態の我が本拠地ホームを歩く。

 子育て本のベストセラーとして名高いらしい、『はじめてのすくすく子育て☆ハッピーアドバイス』第三章、“幼児が喜ぶ、健やかな発育を促す遊びの数々”をはじめ色々な文献その他にも、子供をボールにしてキャッチボールをするなどという遊びは載っていなかったはずだ。

 

「……どこにいるんだ」

 シロノは意識しない限り、常に“絶”の状態だ。

 だからこうして探すのにはひどく骨が折れ、飛行船に乗る前に迷子になった時も、クロロたちはこの苦労を味わった。

 パクノダに渡された子供向けの本を片手にクロロは小さな人影を探しまわるものの、あの子供が行きそうな所など思い浮かばない。

 だがここに来て日が浅いのだから、団員の誰かの所に居るだろう、と目星を付け、彼は残る団員たちの気配がする場所をしらみつぶしに当たる事にした。

 

 ──だが。

 

「さきまで居たよ。拷問具の使い方教えて、あとはどこ行たか知らないね」

 拷問具図鑑を広げて二人で眺める姿をよく見るフェイタンのところにも居らず、

「あ? 俺の帽子被ってどっか行っちまったよ。まっくろくろすけ探しに行くとか言って」

 ……フィンクスの所にも居なかった。

 

 当てが全て外れたクロロはため息を吐き、最後の当てだったフィンクスの部屋にて、片手で顔を覆った。

「さっぱり気配がない……。どこにいるんだあいつは」

「何だ団長、かくれんぼか」

 幻影旅団の団員の口から、しかもフィンクスの口から普通に「かくれんぼ」という単語が出ている現状に、クロロは子供がもたらす生活への多大な影響を実感した。

 こちらは調べ尽くした資料にも多く載っている事で、あながち出鱈目ばかりではないのだな、と頭の隅で感心する。

 

「探しているだけだ」

「あー、“絶”してっから見つけにくいんだよなあ。こっちのほうが修行になるぜ、あいつ探すの」

 その通りだった。常駐してはいないとはいえ長年暮らしている場所であるにも関わらず、シロノの気配はまったく掴む事が出来なかった。

 すばらしい“絶”は尾行や監視に使うのに最適だろうし、子供なら警戒されにくいのでさらに使える、とクロロは団長モードの頭で考える。

「ま、腹減ったら出てくるだろ」

 フィンクスは何でもないようにそう言うが、クロロとしては既にそれでは済まされない心理状況に陥っていた。

 クルタに二度逃げられた事で、あれほどムキになった彼である。自分の家で子供一人見つけられないという状況は、大人げがほぼ皆無な彼のプライドを傷つけた。

 

「……フィンクス」

「なんだよ」

「あれは“まっくろくろすけを探しに行く”と言ったんだな?」

 かなり真剣な顔つきで聞いてくるクロロに、フィンクスは微妙な表情になったまま「……ああ」と温い返事を返した。

 

「まっくろくろすけ……まっくろくろすけか……確か奴らは別名ススワタリとも言われ明るい場所から暗い場所に入ると現れるのだとサツキとメイの父親が」

「……おう」

「誰もいない古い家屋等に湧き周囲を煤と埃まみれに」

「……大丈夫か団長」

 口に手を当てたポーズで斜め下の空間を見つめ、ぶつぶつと“まっくろくろすけ”についての情報を確認し始めたクロロにフィンクスは恐る恐る聞いたが、彼は既に自分の世界に入ってしまっていて、聞いては居なかった。

「ここの天井裏には行けないだろう、これは確かだ」

「……なあ」

「ならば階段か!」

 どうしよう、と、フィンクスはまるで謎を解き明かした名探偵のようなリアクションをひとりで取っているクロロを目前に、遠い気持ちで思った。

 

「情報助かったフィンクス。ホシは階段にいると見た」

「昼ドラの刑事かよ」

「今日から団長でなくデカ長と呼ばせるか」

「呼ばねーから! ていうか何そのノリ!?」

「じゃあな眉なし刑事、俺は行く」

「誰が眉なし刑事だ!」

「ではジャージ刑事」と本当に人が嫌がる的確なツボを突くのが神業的に上手いクロロは言い、子供向けの本を片手に颯爽と部屋から出て行ってしまった。

 

 フィンクスは、ものすごく微妙な気持ちで、クロロが出て行った後のドアを見つめた。

 彼は既に「幻影旅団って何する集団だっけ」という気持ちになりかけていたが、団員のプライドを総動員させ、何とかその思いを打ち消したのだった。

 

 








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