【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎
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No.014/はじめてのどろぼう(2)



 ──ぴょっこぴょっこぴょっこぴょっこぴょっ、 ピッ。

 たすき掛けにしたストラップの先に下がる、ピンクのウサギデザインの携帯電話が鳴る。
 シロノはもたもたとそれを手に取り、通話ボタンを押した。

「あい、もしもしシロノです」
《うん、知ってる》
「シャル兄だ」
《シャル兄ですよー。どうですかプチ団長、そっちは》
「かんむり取った! おじさんたちは全部お魚が食べちゃった。あたしもおてつだいしたよ」
《おお、偉い偉い。団長は?》
「パパ、まだ欲しいのあるからって、今待ってるの」

 死体が絨毯の上にこれでもかと転がる血と臓物の海と化した展示室で、シロノは濃厚なにおいにかなり顔を顰めながら、辺りを見回した。
 そして展示ブースの奥からやってくる、大きな荷物を軽々抱えた黒い長身の人影に気付き、「あ」と声を上げる。
「シャル兄、パパ帰って来たよ」
《そっか。代わってくれる?》
「あい。パパー、シャル兄が代わってってー」
 シロノはたすき掛けのストラップを身体から外し、クロロに渡した。
 シロノの手にあわせて作られたのだから仕方が無いが、クロロの手にすっぽり収まってまだ指が余る、玩具にしか見えない小さなピンクの物体は扱いにくく、クロロは親指と人差し指で摘むようにして、それを耳に当てた。

「もしもし。なんでわざわざシロノのほうに電話するんだ」
《ん? ちゃんと団長が面倒見てるか、パクが確かめろって言うからさ》
「俺はそんなに信用がないのか?」
 ないわよ、と、パクノダの声が僅かに聞こえた。
《あっはっは、ないみたいだねオトーサン。で、どお?》
「とりあえず、もう用はない。そっちは?」
《ウボォーたちが機動隊やら追加の警備やらなぎ倒しながら人目引きつけてくれてるトコ。俺は用意した車にパクと獲物詰め込んでる。終わったら人気少ないほうから撤収するよ》
「わかった。三分後に合流する」
 了解、というシャルナークの声とともに、電話が切れる。シロノは返してもらった携帯電話を、再度たすき掛けにした。

「さて、帰るぞシロノ。急ぐから掴まってろ」
「だっこ?」
「抱っこだ」
 クロロはシロノを片手で抱え上げた。子供の抱き方も既に手慣れたものである。そして、宝冠と他の荷物をシロノに持たせ、自分の片手を自由にする。

「俺から落ちるな、それを落とすな」
「あい」
 シロノが小さな手に念を込め、しっかりと美術品を抱えるのを確認すると、クロロは風のように走り出した。



「あー、雑魚ばっかになってきたな。あと何分だァ? ノブナガ」
「ちょっと待てウボー、電話」
 追加で現れた警備隊を蹴散らしながら、ノブナガは後ろをウボォーギンに任せ、片手間で銃弾をいなしながら、袂で鳴る携帯電話を取り出した。

「シャルか?」
《うん、こっちはもう車出した。もーすぐ団長と合流》
「そーか。チビは無事か?」
《無事も無事、っていうかちゃんと“お手伝い”してるらしいよ》
「マジか」
 げらげらと楽しげに笑いながら、ノブナガは三人同時に襲い掛かってきた警備員を横薙ぎにした。
 後ろで銃撃を生身で跳ね返しているウボォーギンに「シロの奴、ちゃんと手伝ってるってよ」と教えてやると、彼も「そうか、帰ったら褒めてやんなきゃなア」と言って豪快に笑う。その笑顔に影を作っているのは、彼が先程吹き飛ばした装甲車が燃える炎だ。

《そっちどお?》
「雑魚ばっかで飽きてきた。もうそろそろいいか?」
《うん、オッケ。やっちゃって》
「了解」
 ノブナガは電話を切り、そしてそれと同時に、自分の“円”の範囲である半径四メートル内に居た警備員を全て斬り払った。ヒュウ、と、ウボォーギンが口笛を吹く。

「もーいいってよ、ウボー」
「おうよ」
 サイレンと銃声、怒号と悲鳴が響く中、ウボォーギンがノブナガとの間にあった大きな袋を担いだ。途端、「撃つな! 美術品だ!」という指示が警備員連中に渡される。
 二人はその様を見てにやりと笑い、ノブナガが袋の上のほうを手で破ると、中に見えたのは手のひら大のパネルとボタン類だった。
 ノブナガがいくつかボタンを操作すると、ピッ、という、小さな電子音が全員の耳に届き、そして誰かが、パネルに赤い文字で表示されたカウントダウンに顔色を変える。

「美術品じゃない! 爆弾だ──ッ!」

 誰かがそう叫ぶや否や、まさに蜘蛛の子のように人々が散っていく。
 ウボォーギンとノブナガはその様にげらげらと愉快そうに大笑いをすると、その袋を持ったまま走り出した。今までは二人を追い回していた警備員たちは、今度は立場が逆になり、必死で二人から逃げ惑う。

 そしてたっぷり一分ほど走り、彼らは見通しの良い路地の真ん中に袋を置く。周囲に人は誰もいない。
 パネルがあと二秒のカウントを刻んだ時、彼らはそれぞれ逆方向に走り出す。

 ──ピッ、

 最後のカウントを告げる小さな電子音とともに、凄まじい爆音が町中に轟いた。



「おォ、見ろよマチ。見事なもんだ」
「風流だね」
 死体の山の上で未だ警備員に囲まれながら、フランクリンとマチは、空に広がる見事な大輪の花火を見上げて言った。
 ウボォーギンとノブナガが予定通り打ち上げたそれは数度轟音を響かせ、まだ寒い夜空を彩っている。
「打ち上げ花火は、寒い時のほうがキレイらしいよ」
「なんでだ?」
「空気が澄んでるからとかなんとか」
「ウロ覚えかよ」
 機嫌良さげにフランクリンは笑い、ウボォーギンたちと同じ大きな袋を担ぐと、同じようにパネルを操作した。
 方々から「あれも爆弾か!?」という声が上がる。
 ウボォーギンたちを相手にしていたのだろう部隊と、トランシーバーで必死に連絡を取っている気配もした。
「じゃ、俺らもやるか」
「東のほうがいいね、ごちゃごちゃしてる」
 マチの言葉に頷くと、フランクリンは走り出した。



「C部隊も花火だとォ!? ではやはりこちらが本物のっ……!」
 ウボォーギンとノブナガ、続いてマチとフランクリンが持っていた荷物までもが花火であったと発覚した今、警備員たちはシャルナークたちが車に美術品を積んで既に逃走しているとは知らず、目の前のフィンクスとフェイタンが持つ袋が本物の美術品だと思い込み、全員が二人の元へ集まろうとしていた。
「おー、もうお開きみたいだぜ、フェイタン」
「そろそろ雑魚ばかりになてきたところよ、丁度いいね」
「だな」
 ま、結構楽しかったじゃねえか、とフィンクスは満足げに笑う。フェイタンもまた目を細め、無言ながら彼に同意した。
「俺らが大トリだぜ。派手に決めようや」



「きゃー! きゃははは」
 高い建物の上を飛び越えながらビュンビュン走っていくクロロに抱えられ楽しげに笑うシロノに、クロロは苦笑した。ウボォーギンの『高い高い』にしろ、この子供はどうやら絶叫マシン系の刺激が大好きであるらしい。

 そしてその時、ドォン! と大きな音が轟いて、真っ暗な空に、大輪の光の花が広がった。

「わあ! 花火!」
「ウボーとノブナガだな。上手くやってるようだ」
「すごーい! きれいー」
「まだまだ上がるぞ、獲物を落とさないようにしろ」
 クロロの言う通り、その後、別の所からマチとフランクリンのぶん、そしてフィンクスとフェイタンのぶんの花火があがる。
 作戦終了のタイミングをあわせるカウントダウン、撹乱、轟音による情報伝達妨害。獲物を運ぶシャルナークとパクノダから注意をそらし、そして何より「派手に」という目的を兼ね、タイマー制御付きでめいっぱい詰め込んだ、三つの花火装置。

「わー」
 クロロの腕の中で、シロノは未だ打ち上げられ続ける、冷たい夜空を星よりも鮮やかに彩っている花火をうっとりと眺めた。
 色とりどりの炎は、いまシロノが抱く宝冠や宝石たちに勝るとも劣らない。
 しかも、建物の上を走るクロロに抱えられ、頬に心地よい強めの風を受けながら眺める花火は、シロノが生まれて初めて見る花火としては上等も上等、最高の絶景だった。

「降りるぞ」
 クロロは突然そう言うと、次のビルからビルへは渡らず、その間にある細い路地へ飛び降りた。数十メートルもある高さから、子供と財宝を抱えたクロロは垂直に落ちていく。
 そして、ドン! と音をたてて彼が着地するのと、花火が再び打ち上げられる轟音と、クロロ達の目の前に大きなワゴンが停まるのはほぼ同時だった。

「や、団長ズ」
 シャルナークが、ひょいと手を上げながら運転席から顔を出し、後部座席のロックを解除した。
 クロロは獲物とシロノをそこに放り込み、自分も乗り込む。
 助手席に座ったパクノダが、「お疲れ様」と二人に微笑みかけた。後ろにこれでもかと積んであるトランクやスポーツバッグの中身は、全て今回の獲物である。

「計画通りこのままアジトを経由して、本拠地にのんびり帰るよ」
「あいっ」
「いい返事だねーシロノ。どうだった?」
「楽しかったー!」
 満面の笑顔に、シャルナークとパクノダがつられて笑った。
「全部きらきらしてた!」
「良かったねえ」
 ほっぺたを赤くして笑うシロノを見ていると、街中を騒がせて数百億Jジェニー相当の強盗殺人をしてきたのを忘れそうだ。
 乗っているのがファミリー用ワゴンである事もあり、何だか子連れで遊園地にでも行ってきた帰りのような錯覚に陥る。

「ノブナガやウボーじゃないけど、シロノは肝の据わった子だなあ」
「ま、変わってるのは確かね。私、死体とか戦闘にビビって泣いて帰ってくるのが妥当だと思ってたのに」
「でもクルタの生首とか平気で見てたじゃん」
「『ままごと』使ってトドメ刺すの手伝わせてみたが、ケロっとしてたぞ」
「ええ、マジで?」
「あと『レンガの家』で、マシンガンの一斉射撃を全部防いだ」
「……すごいわね。ウボーとどっちが耐久力あるのかしら」
 大人三人が会話を交わすが、本人は座席に膝立ちになり、撃ち上がる花火を眺めていて聞いては居ない。

「へえ、じゃあ結局、見学どころか結構手伝ったんだ。このぶんだと、蜘蛛の一員として仕事に出るのもそう先の話じゃないかもね」
「そうね。基礎さえもうちょっと頼りなくなくなれば──あら」
「げっ」
 シャルナークとパクノダが声を上げ、後部座席のクロロが「どうした?」と顔を出すと、先にあるのは渋滞した道路だった。しかもその渋滞の原因は、予定にはなかった検問である。
「あー、仕事のできる奴が居るみたいだなあ。どうする団長。強行突破?」
「……いや、せっかく綺麗に終わらせた所だ。スマートにいこう」
 クロロは、口元に笑みを浮かべた。

 コートを脱いで剥き出しのままの宝冠をそれに包み、髪型を誤摩化し額の十字の刺青を隠すために、目の上ギリギリまでバンダナを巻く。
 そしてシロノのカチューシャを取り、髪をいつものように降ろさせると、そのまま自分の膝に座らせた。
 それを見た二人も適当に変装をし、四人が乗ったワゴンは、何の不自然な動きもなく、検問の列に並ぶ。

「検問です。ご協力を」
「ああ、お疲れさまです」
 窓から覗き込んできた警備の男に、前髪を上げて上着を脱いだ運転席のシャルナークは、にこやかにそう返す。人当たりのいいその態度に、警備の男もほんの僅かに表情を和らげた。
「どちらまで?」
「ここから国境を越えて、リナ国まで」
「車で?」
「飛行船代の節約ですよ。貧乏なもんで」
 数百億Jジェニー相当の美術品を乗せた車で、シャルナークはいけしゃあしゃあとそう言った。
「失礼ですが、どういったご用件で」
「うちの奥さんの実家まで」
 シャルナークは、助手席に座っているパクノダを指し、「妻です。後ろは義兄とその子供」とにっこり笑った。シャルナークのジャケットを羽織り、シロノのカチューシャをつけたパクノダがそれに応えて微笑む。

 警備員の頬が、ほんのりと赤くなる。彼はゴホンと咳払いをし、後部座席に座るクロロたちを覗き込んだ。
「で、あなたがお義兄さん? あなたの奥さんの実家に向かうと」
「ええ。娘を妻に早く会わせてやりたくてね」
「そうですか。後ろの荷物は? えらく多いですが……」
「もう向こうに定住するつもりなんですよ。これでも大方は先に送ったんですけど」

 ──嘘つきが泥棒の始まりなら、泥棒の基本は嘘をつく事だ。

「パパ、なーに?」
「検問だよ。お前が危ないもの持ってないかどうか調べるんだ」
 クロロは今さっき数人の人間を魚の餌にしてきたとは思えない、子煩悩な若い父親、好青年以外の何者でもない爽やかな笑みを浮かべ、膝の上から自分を見上げる子供をに、穏やかな声で言った。
 シロノが、ちょこんと首を傾げる。
「あたし、危ないものなんか持ってないよ」
「そうだな。せいぜいお菓子が目いっぱい入ってるぐらいだ」
「ははは」
 ほのぼのしたやり取りに、警備員がとうとう笑った。
「可愛い娘さんだ」
「どうも」
 おとなしくクロロの膝に座っているシロノに、警備員はにこにこ笑って窓越しに手を振った。

「行っていいですよ」



 二時間ほど走り続け、彼らはこの国でアジトとして使っている、外から見ると朽ちかけているとしか見えない山の中の小さなログハウスに車を停める。
 既にそこには車が一台停めてあり、ボンネットと屋根に腰掛けているのは、フィンクスとフェイタンだった。
「遅い」
「ゴメンゴメン。検問に引っかかっちゃって」
「はァ? よくバレなかったな」
「シロノのお陰でね。びっくりするほどちょろかったよ」
 やっぱり子供がいると無害に見えるんだなあ、とシャルナークは感心したように言った。
「というか、爽やかな団長がかなり胡散臭かったわ」
「失礼だなパク。どこからどう見ても優しい父親だったろう」
「そうね。吹きそうなのを堪えなきゃいけないほどお見事なパパっぷり」
 軽く毒を吐きつつも、パクノダの顔には笑みが浮かんでいる。

「みんな嘘がじょうずだね」
 シロノが感心したように突然そう言い、三人は今度こそ笑い出した。
「そりゃ、泥棒だからね」
「泥棒じゃない、盗賊だシャル」
「こだわるね団長」

 その後、走ってやって来たノブナガとウボォーギン、そして同じく徒歩だが、さすが気の効くことに食料と酒を調達してきたマチとフランクリンが集まり、今回の仕事の大成功を祝って宴会となった。

「へーえ、じゃあシロは大活躍だったわけだ。偉いぞシロ!」
 クロロからシロノの手伝いっぷりを聞かされた面々であったが、ウボォーギンは特に格好を崩し、ビール片手にシロノの頭をぐりぐりと撫でた。
 仕事の後で、テンションが高まっている上にアルコールが入ったウボォーギンである。やや乱暴なその手つきにパクノダはシロノの頭が取れはしないかとハラハラしたが、なんとかそのくらいの手加減はしているようだ。
 シロノはぐしゃぐしゃになった髪を直しながら、嬉しそうにえへへと笑った。

「しかし、何度も言うがマジで変なガキだな。死体とか何ともねえのかよお前」
「んー、くさかったからあんまり好きじゃない」
「いやそういう事じゃなくてだな………………あー、まあいい」
 ビビってねえのに越した事はねえわな、とフィンクスはビールを飲み干した。
「血を怖がらないのは良い事ね。実戦で使えるようになるの早いよ」
「フェイ兄、今日どのくらいやっつけた?」
「五十人くらいだたかな」
「すごーい!」
「たいしたことないね。雑魚ばかりだた」
 そう言いつつ、素直な尊敬の目を向けられ、フェイタンもまんざらではないらしい。

「あとね、花火きれいだったね!」
「ああ、あれはなかなか良かったよな。派手で」
 俺も気に入った、と数人が同意する。
「あたし、あんなおっきい花火初めて見た」
「そうだったのか? 良かったなシロ」
 フランクリンがシロノに水を渡しながら言い、そしてふと尋ねる。
「そういえば、今回シロは、団長が戦うのを間近でじっくり見たんだったな。どうだった」
「パパ、強くてかっこよかったよ。そんでお魚がかわいかった」
「おい、人食い魚をかわいいとか抜かしやがったぞこのチビは」
 そう言ってげらげら笑いながら、ノブナガもシロノの頭を撫でる。
「あら、一応かっこいいっていう評価なのね。良かったわね団長……って団長?」
 パクノダが辺りを見回すが、クロロの姿はそこになかった。

 マチが「獲物愛でてんじゃない?」と返すと、それもそうかと皆納得し、再度宴会に意識が戻る。だがシロノだけはきょろきょろと落ち着きなくしているのに気付いたパクノダは、シロノに缶ビールをひとつ渡すと、きょとんとしている子供に言った。
「ワゴンに居ると思うから、渡して来て」
 微笑みとともにそう言われたシロノは、役目を貰った事が嬉しいのか、はにかむように笑い、缶ビールを手に外へ出た。



 月光を反射して輝く財宝たちに囲まれながら、クロロはひとつの指輪を手に取り、しげしげと眺めていた。
 他のものより小さいが、数代目の王が最も愛した寵姫に贈ったものだというその指輪は、金の台座に赤と青の宝石、いや、正しくは赤であり、青でもある宝石が嵌まっていた。

 赤色を代表する宝石である紅玉(ルビー)と、濃紺あるいは青紫色を代表する青玉(サファイア)は、実は同じ鋼玉石コランダムである。結晶に組みこまれる不純物、金属イオンにより色がつき、紅玉(ルビー)青玉(サファイア)と呼び分けられるのだ。
 そしてその指輪に嵌まった宝石は、紅玉(ルビー)であり青玉(サファイア)でもあるという、とても珍しい宝石だった。
 青になるか赤になるかを決める不純物であるクロム、鉄・チタンが巧妙に混ざっているせいで、光や角度の加減によって青に見えたり赤に見えたり、はたまた同時に色が見えたりするのである。

 紅玉(ルビー)の石言葉は「熱情・純愛」。そして青玉(サファイア)は「慈愛・誠実・貞操」などだ。しかも鋼玉石コランダムはダイヤモンドの次に固い鉱物であり、不滅の愛を誓うにこれ以上ないほどの石だと言う。

 そして、見事に青と赤が同居するこの石の名前こそが、『朱の海』だった。

 赤を夕陽、青を海に例えてのネーミングだろうその石がついた指輪に、クロロはそれほど強い興味を抱いていたわけではなかった。
 珍しいのは確かだが、他と違って華奢な女の薬指に嵌まるそれは小さく、真実の愛がどうのこうのという付属エピソードもどこかむず痒く、興醒めを誘った。
 欲しいわけではないが、多少気にはなった。それはその程度の存在だった。『朱の海』が展示されている部屋は遠回りになる場所だったし、そこまでして欲しいわけでもない、そのはずだった。

(──“アケミ”)

 夢の女が名乗った名前、それが『朱の海』であったことから、クロロは当日になってどうしてもこの石が気になり、シロノを待たせて盗りに行ったのだ。

 指先で石を傾けると、透き通る月光が屈折して、水のような青から、夕陽の朱に変化する。
 青は女の目に似ていて、朱は女の髪にとてもよく似ていた。だからだろうか、これが欲しくなったのは。それとも写真でこの石を見ていたから、夢の中の女は『朱の海』という名前を名乗ったのだろうか。
(まあ、当然後者だが)
 しかし、この写真を見る前から、女の髪は朱かった。

「パパ」
 思考に耽っていると、高い声が呼んだ。パパと呼ばれて「呼ばれた」と思うほど自分でその呼び名に慣れている事に苦笑するが、特に嫌な気分ではない。いい気分でもないが。
「パク姉から、ビール」
「ああ、貰う」
 小さな手から冷えた缶を受け取り、クロロはプシュ、とプルトップを引いた。

「きれい」
 月光を反射してきらきら輝く財宝を、シロノは再度そう評した。
 素直すぎる単純な評価はどこか笑いを誘い、クロロは少し微笑む。
 そしてしばらく豪奢な財宝を眺めていたシロノだったが、ふと、クロロの手の中にある小さな石を目敏く見つけた。クロロは何故か一瞬ぎくりとするが、シロノは特に遠慮もなく、クロロの大きな手の中にある小さな石を眺めた。
「ちっちゃくてかわいい。きれいな赤色」
 見下ろすクロロからは青に見えるのだが、シロノの位置からは赤に見えるらしい。色が変わるのだと教えてやろうかなと彼が思ったその時、シロノは言った。

「ママの髪と、おんなじ色!」










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