【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎
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No.015/子蜘蛛、誕生

 

 

 “ママ”もとい“アケミ”は、あれ以来、クロロの夢枕に立ってはいない。

 

 しかしあの後シロノに色々と質問してみた所、“ママ”はセミロングの赤い髪に青い目をした女である事が明らかになった。

 そう、クロロは“証拠”を手に入れてしまったのだ。クロロの知っている“アケミ”の特徴と、シロノの言う“ママ”の特徴の合致。

 

(いや、だが、しかしだな……)

「……何ブツブツ言ってんの団長」

 険しい顔で空を見つめて何やらぼそぼそ行っているクロロに、マチが訝しげな声で言う。

 クロロは「いや……」と生返事を返し、マチから目を逸らした。

 

 あの大きな仕事から既に一ヶ月半が経っているが、クロロは、このことを未だ団員たちに話しては居ない。

 得た情報、そしてマチの勘からして、“ママ”はクロロたちに利益を与えこそすれ、害になる存在ではないからだ。つまり、わざわざ言う必要がない。

「……マチ」

「何?」

「お前、幽霊とか信じてるか?」

「………………………………団長」

「……いや、いい。大丈夫だから。そんな目で見るな」

 そう、そして何より、クロロは基本的にオカルト的な存在を信じていなかった。

 

 百歩譲って霊感というものが存在するとしても、自分や団員たちにその要素はないだろう、とクロロは確信している。

 なぜなら、といっても、理由は簡単だ、彼らはそういったものを目撃したり体験した事が、一度もないからだ。

 シロノ曰く『おばけやしき』、殺人現場に事故現場、果ては実際に死体がゴロゴロしている場所に住む彼らである。もし霊感があるなら、幽霊の一匹や二匹、見ていないほうがおかしい。

 

「何、今度はオカルト関係にまで興味が広がったわけ?」

「あー……いや……」

「じゃあぱぱっと専門家に話でも聞いてくれば? ほら、なんて言ったっけ、ちょっと有名な……、『銀河の祖母』だっけ」

「彼女は死後の世界否定派だ。しかも去年詐欺罪で捕まっている」

「……あっそう。詳しいね」

 マチは呆れたように溜め息をつき、付き合ってられない、とばかりにその場を去った。

 

 

 

「──そうか。それは……大変なことだったと思う」

 気分転換にと外に出たクロロは、ふと聞こえてきた会話に、顔を上げた。

 

「なかなかできることじゃない」

「ボノおじちゃん、ママすごいよね」

「ああ」

 夜のホームの前、瓦礫の上で座り込んで話をしているのは、ボノレノフとシロノだった。

 

 彼は半月ほど前に団員になった男で、開発によって住み処を追われた少数部族ギュドンド族の生き残りだという。

 特に前科もない潔癖な経歴の男だが、しかし偶然出会った団員とどういう流れだか一戦交えていたく気に入られ、意気投合してそのまま団員になった。あまり犯罪者らしくない生い立ちと経歴を持ち、基本的に静かな男だがノリは良いし、団員たちからの受けもいい。

 

 そして初対面のシロノが「ボノお兄さん」と呼んだのだが、彼は少し笑いながら「お兄さんという歳でもないのだが」と返した。実際の歳など誰も知らないが、以来彼はシロノから「おじちゃん」と呼ばれている。

 

「お母さんを大切にしなさい」

「うん! ママだいすき!」

「良い子だ」

 ボノレノフは、満面の笑みのシロノの頭を、グローブを嵌めた手で、ポンポンと叩いた。

「私も団員になったからには、出来る限りのことはしよう。なに、村では子供の面倒は大人全員で見るものだった。……礼を言われることではない」

 

 どこか、変だ。

 

 見る限り、ボノレノフはシロノと会話をしているはずだ。

 しかし彼は、シロノが何も言っていないのに、何か受け答えをする様な発言をしている。それに気付いたクロロは、訝しげに片眉を上げた。

 

「あ、あたし今日ノブ兄と組み手するんだ。行かなきゃ」

「そうか。頑張れ」

「うん! ばいばい!」

 シロノはぴょんと瓦礫から飛び降りると、ノブナガがいるのだろう方へ向かって走りだした。

 

「……で、団長。何か?」

「気付いていたのか」

「まあ」

 クロロは、先程までシロノが座っていた場所に腰掛けた。

「……さっき、……シロノと話していた──のだよな?」

「ああ、それも気付いていたのか」

「気付いたというか……」

 妙だ、と思っただけだ。クロロがそう言うと、ボノレノフは「そうか」と静かに返した。

 

「団長は、幽霊とか霊魂とか、信じているか?」

 

 ボノレノフは、今さっきクロロがマチにした質問を、そのまましてきた。

 クロロは何だか妙な緊張感を感じながら、口を開く。

「……ずっと信じていなかったが、最近揺らぎつつある」

「シロノのせいで?」

「ああ。……ボノレノフ。この際だ、ちょっといいか」

 クロロは、シロノを拾ってからこっちしてきた体験を、とうとう話した。ボノレノフは、最小限の相槌を打ちながら、それを聞く。

 そしてクロロが話し終わったあと、少しの間を置いてから、ボノレノフは話しだした。

 

「既に話したが、俺はギュドンド族の戦士だ」

「ああ」

 彼はギュドンド族の舞闘士(バプ)である。

 彼らは戦士であると同時に、祭祀・祈祷においての霊媒の役目も果たす。熟練した舞闘士(バプ)は神と同格化されて敬われ、そしてボノレノフはその優秀な舞闘士(バプ)のひとりだった。

「そして舞闘士(バプ)はシャーマンでもある」

 ボノレノフは、星空を見上げたまま、言う。

 その様子は、何となく、シャーマンという肩書きにとても似合っていた。

 

「この世に残る霊魂という存在は、その姿を見たり、声を聞いたりできる者は限られる。霊感が強い、と言われる人間がそれだ。生まれつきだからどうしようもない」

「……お前はそれがある?」

「しかし、あまり強くはない。舞闘士(バプ)は戦士でありシャーマンだが、俺はどちらかというと戦士としての資質が強い舞闘士(バプ)だからな」

「しかし、さっき話していたのは」

「シロノの母だ。アケミ、という名前らしい」

 今確実にその存在を確認してしまい、クロロは思わずため息をつく。

 つまり、幽霊とは、この世に確かに存在するのだ。

 クロロは、また一つ知った世界の真実を噛み締めた。

 

「だが、アケミはかなり力の強い霊だ。俺でもあんなにはっきり声が聞こえ、姿も見えるからな」

「……赤い髪に青い目か? 少し、小柄な」

「そうだ。なんだ、団長も見えるのではないか」

「いや、見えるというか……」

 クロロは、時々アケミが夢枕に立つこと、また彼女が言ったことについて詳しく説明した。するとボノレノフは、包帯の下の丸い目を、更に見開く。

 

「それは凄い。そんなことまで出来る霊は珍しいぞ」

「そうなのか?」

「ああ、そんなことが出来るのは、よほど意思の強い霊だけだ。そしてそういう霊の強い意思、というのは大概が怨みなどだから、ああいう風に守護霊的な存在であるのにそこまで強い霊というのは、かなり凄いことだ。精霊クラスだな。本当に凄い」

 ボノレノフは、本当に感心しているらしい。クロロは続けて質問した。

「アケミの意思というのは、シロノを守ることか?」

「そのようだ。いかに娘が大切か、先程も切々と語っていた。死んでもああしてしっかりと娘を守っているなど、親の鑑だな」

「……アケミは、なぜ死んだんだ?」

「さあ」

 あっさりと返され、クロロは拍子抜けし、思わず少し間の抜けた表情をした。

「わからないのか?」

「あのな、霊は肉体がないだけで、人間と同じなのだ。込み入ったことをずかずか聞けば、怒るに決まっている。私は今日初めて彼女と話したのだぞ? そんなこと、聞けるはずもあるまい」

 ボノレノフの口調は、やや呆れていた。

 

「優秀なシャーマンというのは、霊感の強さも重要だが、とても聞き上手な人間である必要がある。いるだろう、精神科医やセラピストなど、初対面でもスルスルと心の内側を吐き出させる名人が。あれと同じで、初めて会う霊と如何に意気投合し、心を開かせ意思を疎通させることが出来るか。生憎、私はその方面があまり優秀というわけではない」

「……なるほど」

 あなたの知らない世界というやつだなあ、とクロロは思った。

 

「だが、霊感があまりなくても、念使いなら霊の姿を見ることが出来るぞ」

「……何?」

「簡単なことだ。“凝”を使えばいい」

 あまりにあっさりとした答えに、クロロは逆に疑わしげな表情をした。ボノレノフが苦笑する。

「霊魂──というものは、魂をコアとして構成された、オーラの集合体であるらしい。考えてみれば、人間から肉体を取ったものであるなら、もっともな理屈だろう? ならば、“凝”によって見る事が出来るのも、頷ける話だ」

「だが、俺は“凝”をしている時に幽霊を見たことなど一度もないぞ」

「それは団長の霊感が少ないからだ。霊をはっきり見たり聞いたりするには、見る側の霊感と“凝”の集中力、そして霊のオーラの強さが関係してくる」

 団長には霊感はあまりないが、極限まで集中した“凝”を使えば、アケミほどオーラの強い霊なら見ることが出来る、とボノレノフはしっかりと言った。

「嘘だと思うなら、実際に見てみるといい。ちょうど夜中で見えやすいしな。シロノはノブナガのところか」

 すぐさま立ち上がって歩いていくボノレノフに、クロロはついていった。

 そしていくらか歩き、瓦礫が少なく少し開けた場所で、ノブナガがシロノに体術の基礎を教えていた。そこそこ運動神経はいいシロノは、最初は下手でも元気のいい思い切った動きを見せるため、ノブナガも教え甲斐があるようだ。

 

「ほら、シロノを“凝”で見てみろ」

 言われて、クロロは半信半疑でシロノを“凝”で見てみた。

「もっとだ。霊感がない分、かなり集中しないと」

 そして言われた通りにして、クロロは“凝”を消してしまいそうになるほど驚いた。懸命に型を覚えようとしているシロノの背後に立つようにして、“おしおき”時に出現する“ママ”が、ゆらりと立っていたのである。

 クロロが限界まで“凝”を駆使してもそれはゆらゆらとした陽炎のようにしか見えなかったが、あれは確かに“アケミ”のシルエットだ。

 そしてもっとよく見ようと更に“凝”を強めたその時、アケミがこちらを見た。

「……!」

 目が合った……、といってもはっきりとした顔立ちなどはわからなかったが、青い目がこちらを見たこと、そして鮮やかな朱の髪が揺れたことははっきりとわかった。

 そしてアケミはクロロに僅かに笑いかけ、そして消えた。

 

「見えたか?」

「見た」

 呆然としている様なクロロの端的な返事に、ボノレノフは少し笑った。

 

 

 

 アケミの存在があきらかになった今、少し迷ったが、クロロは団員たちにアケミの事を話すことにした。

 

 ちなみにアケミの希望で、アケミが幽霊としてここに居ることを知られたくないということだったので、シロノはソファの上で、パクノダの膝を枕にぐっすり眠っている。

 

 信じ難いことであるし、話したすぐは頭がおかしくなったのかと言わんばかりの視線がクロロに集まったが、ボノレノフが説明し、そして全員に“凝”で眠るシロノを見させると、全員がかなり驚愕しながらも納得した。

 ちなみにボノレノフを除いて一番霊感があったのはマチ、次にパクノダ──ボノレノフによると、女性と子供は霊感が強いらしい──、あとは似たり寄ったりだった。

 思いがけず世界一幽霊を信じる盗賊団となった幻影旅団であったが、霊感自体はあまり強くはないらしい。

 

「幽霊て……マジかよ」

 フィンクスが、ぽかんとした顔で言う。

 

 シロノの“ママ”である“アケミ”は、幽霊だった。

 

 その事実は驚愕ものだが、同時に、それ以上の事はわからなかった。

 アケミがいつどうやって死んだのか、どうして今のような状況になっているのか。そのことをシロノは何一つ覚えては居ないし、パクノダが記憶を調べてもわからないし、アケミも何も語ろうとはしない。

 

 だが彼女は言った。

「シロノを守ってくれる者には、出来る限りの礼を尽くす」こと、逆に「シロノを害する者には容赦はしない」こと。そして「シロノが生きていて幸せであれば、善悪にはこだわらない」ということ。

 

 一番最初の事については、アケミがある程度の予知ができるということから、大いにクロロたちの助けになる事だろう。未来の情報というものは、滅多に得られず、そして最も貴重で重要なものだ。

 二番目に関してはこちらとしてもシロノを守る手間がある程度省けて有り難いだけだし、三番目に関しても面倒がなくていい。

 

 要するに、特に何も問題はなかった。

 

 クロロたちは、“アケミ”を放置することにした。理論的にも、そしてマチの勘に置いても、蜘蛛にとって助けになりこそすれ、害にならない存在をこれ以上疑ってかかるのも無駄だと判断したからだ。

 

「まあ、シロノの守護霊のような存在だと思えばいい。悪く言うと祟られる……というか悪意のオーラを返されるから、普通の人間と同じように礼を尽くすように」

 呆然とする団員達に、ボノレノフが言った。だがその言葉に全員が“そういうもの”として、首を傾げながらも納得する。

 

「んー……」

 その時、シロノが目を覚まし、目を擦りながらパクノダの膝から起き上がった。寝起きともなるとやはりまだまだ赤ん坊じみたシロノの仕草に、パクノダが、団員の誰もが見たこともないような優しい顔をする。

「お前にも母性本能なんてものがあったのか」

「うるさいわねフィンクス。かわいいものをかわいいと思って悪い?」

「いや、悪くはねえけどよ」

 フィンクスがからかうように笑うが、パクノダはフンと顎を上げて開き直った。

 

「でも、クルタの連中、シロノの面倒見てて仲間に入れようっていう気が本当に起こらなかったのかしら」

 私たちでも思うのに、と、パクノダが皮肉る。

 出逢ったときのシロノは、クルタとは違う、という明確な意思表示を込めた服を着せられていた。そしてそのことを最大の理由として、シロノはクルタから蜘蛛へ、自分の意思でついてきたのである。

 

「そういや、シロノってクルタにどれぐらい居たのかな?」

 覚えてる? とシャルナークが聞くと、シロノは、きょとん、と彼を見上げた。

「クルタ?」

「うん。半年くらい?」

「──クルタってなに?」

 その言葉に、全員が目を丸くする。シロノは子猫のように首を傾げ、そんな彼らを見返している。

 

「何言ってんの、クルタ族だよ。まだ寝ぼけてる?」

「起きてるよ。あたし、そんなの知らない」

「知らないって……」

 シャルナークは困ったように眉を潜め、クロロに視線を遣った。するとクロロもまた似た様な顔をしていたが、少し間を置いてから言った。

「シロノ、本当に覚えていないのか?」

「なにが?」

「クルタ族だぞ? 俺たちに会う前、お前が一緒に居た連中だ。緋の目と言って、目が赤くなる──」

「ヒノメ?」

 シロノは懸命に思い出す様な仕草をしたが、やがてふるふると首を振った。

「……知らないよ、あたし、そんなの」

「──ちょっと」

 パクノダが驚いた様な顔で言い、全員の視線が彼女に集まった。

「……この子、ほんとに覚えてない。クルタのこと、全部」

 その言葉に、クロロたちが驚愕する。シロノは不思議そうな顔で、平然と言った。

 

「だって、知らないもん」

 

 








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