【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎

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【子蜘蛛編】
No.016/蜘蛛とダンディ


 

 

 その後、シロノは数度の仕事に同行し、その働きを見た結果、クロロと団員たちは、補佐、補欠、二軍のような存在として、本当に正式にシロノを『蜘蛛』の一員とする事に決めた。

 

「差し詰め、子蜘蛛ってとこかね」

 ノブナガが笑みとともにそう言うと、ウボォーギンが「子蜘蛛か、ああなるほど、上手いこと言うな」と頷いた。

 

「これからお前は、蜘蛛を助け、支えるために動くんだ。わかったか?」

「うん、わかった」

 クロロが言うと、シロノは真剣な顔でこくこくと頷く。

 こうして、幻影旅団には、幽霊付きの小さな『子蜘蛛』が、正式に団員として存在するようになったのであった。

 

 

 

 そしてそれから、さらに約一年が経過。

 すっかり『子蜘蛛』として幻影旅団に存在しているシロノは、団長であるクロロにいつもくっついているせいもあり、どの仕事にも必ず同行していた。

 

 そしてクロロによる英才教育と団員たちとの毎日の遊びや手合わせにより、シロノはこの歳の子供の能力者としては段違いの実力を持つようになった。

 実際、だいぶ甘めの総合点を付ければ、ナンバーを与えてもいいくらいの実力がある、と言えなくもない。

 

 だが、シロノはずっと『子蜘蛛』のままだった。

 それはナンバーを与えるに足りないというよりも、『子蜘蛛』というサポート要員としての立場と役割が、クロロや団員たちにとって思った以上に使い勝手がよく、そしてシロノに合っていたからだ。

『レンガのおうち』はコンピュータ制御による鬱陶しい仕掛けを防ぐにはもってこいだったし、『ままごと』も、複数人の拘束技として便利だ。さらにシロノを連れていれば、街中に出ての尾行や情報収集に置いて怪しまれる確率が驚くほど下がるし、アジトの留守番役に使えば、現場に連れて行ける団員の人数が増やせる。

 一人での交戦には頼りないが、シロノは団員の誰かに同行し、サポート的な役割を果たすのには十分、というよりもぴったりな存在だった。

 

 しかし、シロノは今回、初めて単独での役目を任されることになった。

 

 というのも、今回の獲物を得る為に潜入した場所が、とある資産家邸での集まりだったからだ。

 他の場所ならいざ知らず、このような場所に子供がうろうろしているのは逆に目だち、保護者はどこだ、ということになってしまう。

 だからシロノの今回の役目は、“絶”をしながら、天井裏から、ターゲットや警備の動きを逐一クロロ達に知らせる事だった。実はシロノは、“絶”だけならもしかしたら旅団いちかもしれないとクロロからお墨付きを貰っているのである。

 

「あんまり背が伸びなくてよかったなあ、シロ」

 笑いながら言う旅団いちの巨漢・ウボォーギンのそんな台詞に、シロノはむっとするどころか、むしろ役目が果たせるという嬉しさのほうが大きかった。屋敷の天井裏は、シロノの体格でしか身を潜ませる事が出来ないほど狭いのだ。

 

 成長期まっただ中であるはずのシロノは、この一年間でちっとも背が伸びていない。身体能力は訓練を積むごとにちゃんと上がっているので、本人を含め、誰もほとんど気にしないのであるが。

 

(“東棟のはしっこ、椿の間、『雪と虎』はっけん”……っと)

 すっかり愛用となったシャルナーク特製のピンクのウサギ型携帯電話で、シロノは何度目かのメールを打ち終えると、幅広の帯にその小さな携帯電話と天井に孔を開ける道具を挟み、次の部屋の天井裏に向かった。

 シロノでさえかなり身を屈めなければならない狭い天井裏はひどく埃っぽかったが、同時に誰の足跡も残っていない、つまり誰も潜入場所として選ばない穴場だという事も確信できた。

 

 因に今日の衣装は、「ニンジャっぽい仕事だから」「屋敷がニホン家屋だから」という理由で、マチとお揃いのミニ丈のキモノとスパッツである。

 

 小さなくのいちは、すっかり徹底的に仕込まれた音のない猫足で次の部屋の上の天井裏に辿り着くと、用心深く、床、下の人間からすれば天井に、特製の錐で、三ミリもないほどの、本当に小さな孔を開けた。

 そして着けているゴーグルの横から細いコードを引っぱり出し、先端についた小型スコープを、その孔にギリギリまで差し込む。

 

(んー、ない)

 全方向を確認し、獲物がない事を確認すると、シロノはまた次の部屋に向かった。

 今回の獲物は、とある連作の掛け軸と大屏風だった。

 しかし当主の方針により、この家では、デジタル機器を一切使わない。

 このご時世にかなり珍しい事ではあるが、パソコンはもちろん皆無、携帯電話も持ち込み禁止、家の電話は壁に木製の箱型筐体と送話器が固定されラッパ型の受話器を耳に当てるタイプの、骨董かというような代物である。これでは盗聴など逆にしにくい。

 それは事前調査が仕事であるシャルナークの出番を大幅に減らし、おかげで今回シャルナークは珍しいほど機嫌が悪かった。

 

 ともかく、そういった事情と、当主が掛け軸を飾る部屋を気まぐれに変えるということ、そして屋敷が世界一広い平屋としてギネス記録に載るスポーツドーム並に広い平屋ということもあり、事前に獲物の居場所を特定する事は不可能だった。

 使用人かなにかとして事前に屋敷に入り込むという手も考えたが、用心深い老当主は、雇う使用人の身元を、偽造が通用しないレベルで徹底的に調べる。流星街出身で戸籍のない彼らには致命的だった。

 

 そこで起用されたのがシロノと、そしてシロノの初仕事の日にスカウトした、八番の男である。

 彼は流星街出身ではない上に、凄腕の警備としての頼れる職歴はあるものの、どう上手くやったものだか、前科がなかった。だからこの八番が一ヶ月前に使用人として潜入して間取りの見取り図を作成し、そして決行三日前に屋根裏に潜入したシロノが、彼から渡されたその見取り図を片手に獲物が現在飾られている部屋を調べ、携帯電話でその情報をクロロ達に送信するのである。

 屋根裏でたった一人で三日も過ごすのは少し辛かったが、初めて一人で任された仕事に、シロノは張り切っていた。

 

 

 

 そして、シロノが潜入して三日後。

 

 年に一度、この家は、多くの部外者を迎え入れる。

 分家が沢山居るこの家では、年に一度、大仰な家族会議が開かれるのだ。

 お世辞にもクリーンとはいえない商売を裏で行なっている彼らは、黒スーツの軍団をそれぞれぞろぞろと引き連れてやってくる。その中に入るのもいくらかの身分証明が必要だったが、これには少し気合の入った偽造証明書を用意すれば問題なかった。

 

 分家のひとつのボディーガードの一人として潜入したクロロは、長めに伸ばした前髪の分け目を変えて降ろすことで額の十字を隠し、さらに制服でもあるニンジャにも似た服を着込んで、指定された位置に立っていた。

 場所はあらかじめ、シロノに携帯で連絡済みである。そして時間を確認すると、クロロはツーマンセルで組まされた同僚に言った。

「すいません、トイレ行ってきます」

 早く行って来い、と同僚は返し、クロロは廊下突き当たりのトイレに入った。

 そして木製の引き戸を閉めて鍵をかけると、天井を見上げる。

 

「シロノ」

「……あーい」

 小さな声で返事が聞こえ、すっと天井の板がずれた。その隙間から、透明な目が覗く。

 こうして現れても全く気配がないというシロノの“絶”の見事さに、クロロは一人満足した。

「見取り図は」

「あい」

 シロノは天井の隙間から細く丸めた紙をポトリと落とし、クロロはそれを受け取った。広げると、八番の男が作成した見取り図に、シロノの子供らしい字で獲物の位置が書き込まれている。

 獲物の位置は既に携帯のメールで逐一連絡を受けてはいたが、書き込んであった方が見やすいのは確かだ。

 クロロは満足げにそれを見遣ると、再び細く丸め、袖に隠した。懐でなく袖に隠した方が、すぐ取り出せ、そして素早く隠しやすい。

 

「あたし、どうすればいい?」

「獲物の位置が変えられないか見張ってろ。万がいち隠されたら面倒だ」

「りょーかーい」

「疲れたか?」

「んー」

 いちいち間延びしているシロノの返事に、クロロは叱るようにため息をついた。

 自分たちが鍛えているのだから、たかだか三日の潜入でヘタレるなどということはあり得ない。疲労も多少はしているだろうが、何しろ子供だ、疲れよりも飽きのほうが大きいのだろう。

「もう少しだ、我慢しろ。ホラ、シャルから餞別」

 クロロは今度は胸ポケットを探り、小さな包みをシロノに渡した。開けると、シロノが好きなキャンディがひとつかみ入っている。

「わ」

「それ食べながら頑張れ。じゃあな」

「あい」

 シロノはキャンディをひとつ口に放り込んでから、板を戻して天井裏に消えた。

 

 

 

(──でも、おへや変えたの昨日だもんね)

 事前の調査によれば、当主が掛け軸を飾る部屋を変えるのは、だいたい一週間に一度だ。

 もしかしたら今日に備えて直前に部屋を変えたのかもしれなかったが、シロノにとってはそのほうが好都合だ。

 それでもシロノは、一応、掛け軸を置いてある部屋を順に回って確認することにした。三日も歩き回っているので、見取り図がなくても位置はわかる。天井裏を回り、三日の間に空けた穴をスコープで覗いて回る。

 

 そしていくらもしないうち、クロロと同じくボディーガードの一人として潜入したパクノダ、マチ、ノブナガ、フランクリン、そして八番の男の五人が、それぞれ獲物のある部屋に入る。

 

 ──ドォン!

 

 予定通りの時間に、シロノが仕掛けた小型の爆弾が、獲物のどれからも遠い離れで爆発した。

 そして家の中の人間が全員そちらを警戒している間に、団員達はシロノがあらかじめ調べた部屋からまんまと獲物を盗み出す。

 

 こんなやり方は、怪盗や泥棒というよりは強盗の性質が極めて強い旅団としては、スマートすぎる。

 しかし今回の獲物の持ち主である当主は、このような徹底した警備体制からもわかるように、盗まれるくらいなら己とともに自爆でもしかねない性格なのである。殺しも好きだが獲物に傷は絶対に付けたくないクロロは、僅かに妥協して、今回の様なやり方をとった。

 

 シロノは、最終確認として獲物のある部屋をひとつひとつもう一度確認した。

 既に盗み終わって誰もいない部屋もあれば、ちょうど掛け軸が外されている瞬間でもあった。シロノは椿の絵が描かれた掛け軸をパクノダが素早く外し、華やかに結んだキモノの帯に手際よく隠すのを確認してから、次の部屋に向かった。

 

(──!)

 

 しかし、最後の部屋であるそこに辿り着いた時、シロノは凄まじい殺気とオーラを感じ取り、ざわりと背中の毛を逆立たせた。

 そして深く深く集中し、空けた穴からそっと部屋の中を覗き込む。

 

 そこに居たのは、おそらく当主である男の死体、そして既にかなりの傷を負っている八番の男と、シロノからは後ろ姿しか見えないが、かなり大柄の、波打つ長い銀髪を持つ男だった。

 

(……あのひと)

 

 強い、とも軽々しく言えない様な圧倒的なオーラに、シロノはごくりと唾を飲み込みそうになるのを堪える。

 極限まで“絶”を行なってはいるが、シロノの細い喉が鳴るだけでも気付かれてしまいそうな凄まじい緊張感が、板一枚を隔てて痛いほどに感じられる。

「く、そ……っ!」

 八番の男が、銀髪の男がほんの一瞬だけ身体を動かした瞬間に突進する。

 なかなか見事な動きだったが、結局八番の男は、銀髪の男が手のひらに集中させた恐ろしく高密度なオーラの塊に、腹の殆どを吹き飛ばされ、絶命した。

 

 獲物である掛け軸は、壁にかかったままだ。盗っていないのは、おそらくこの一本だけ。

 シロノは呼吸の仕方も忘れそうになる緊張感の中、屋敷の前に停めたバンの中で待機しているシャルナークに、このことを携帯で連絡しなければいけない、となんとか仕事を思い出す。

 だが戦闘を終えたこの男は、敵が居なくなったことで周囲に注意を行き渡らせている。それは、携帯のボタンを押す音でさえ聞き逃さないほどかもしれない。

 シロノは男が部屋を出て行くのを待ってみたが、男は何かにじっと注意を傾けていた。

 ──そして、その時。

 

「──ッ!」

 

 男が、こちらをはっきりと見た。

 偶然こちらの方を見たのではなく、男は、シロノがスコープを差し込んでいる三ミリ程度の穴を、意思を持ってまっすぐに見たのだ。

 シロノは電気を浴びたように体中の毛を逆立たせ、飛び上がるように逃げようとした。しかしその瞬間、ふわりとした浮遊感がシロノを襲う。

 目の前が、明るく開けた。

 

「──驚いたな」

 

 低く、滑らかな声だった。

 シロノの位置を正確に捉え、どうやったのかその天井板を破った男は、そこから落ちてきたシロノの首根っこを空中で掴むと、自分の顔の高さまで持ち上げ、猫のようにぶら下げた。

「こんなに小さい潜入者は初めて見る」

 男はシロノの襟を掴む手首をくるりと回し、手足を縮めて身体を堅くしているシロノと顔を合わせさせた。

 

 外見的には三十代後半くらいに見えるその男は、長く波打つ豊かな銀髪を縛らずに下ろし、袖のない、キモノに似た黒い服を着ていた。彫りの深い、充分に端正と言える男性的な顔の眼窩にあるのは、灰青の目。

 

「その歳で、見事な“絶”だ。しかし全く気配がないのにものすごい視線を感じたからな。次から気をつけろ」

 ライオンなどの大型のネコ科の猛獣にどこか似たその男は、びりびりと毛を逆立たせて目を見開いているシロノを、真正面からじっと見た。

「お前、この男……というか、今入っている賊の仲間か?」

「…………………………」

「答えろ」

「…………………………お」

「何だ?」

 だらだら汗を流してブルブル震えているシロノが僅かに漏らした声を、男はもう一度、と聞き返す。そしてシロノは、ぎゅっと身体を硬直させて、言った。

「……お、おくちにチャック……!」

 男は、シロノを目の前にぶら下げたまま、無言だった。

 

「…………なるほど」

 静かにそう言うと、男は無表情のまま、またしばらく黙った。

「俺はシルバだ。おまえは?」

「…………………………」

「……そうか。それも“お口にチャック”か」

 仕方ない、とシルバは言うと、シロノをぶら下げたまま部屋を出た。

 

「……! や! ……や!」

「あそこにいつまでも居るのは都合が悪い。ターゲットはもう殺ったからな」

 シルバは凄まじい早さで走り、トン、と床を蹴ったかと思うと、既に屋敷の塀の上に居た。

 そして思わず辺りを見回し、そこがシャルナークが待機している場所と真逆の方向であることを理解したシロノは、みるみるうちに表情を歪める。

「ぅえ……っ!」

「ああこら、泣くな──、……っ!?」

 “絶”状態だったシロノから一気に広がるオーラ、それが“円”だと気付いたシルバは驚きに目を見開く。

 

「──あたしがこどもっ、シルバがパパっ!」

「何、」

 

 ズン、と念特有の感覚が身体にかかるのを感じたシルバは、僅かに眉根を寄せた。

 

「──何をした?」

 塀の外に軽やかに着地したシルバは、再度顔の前にシロノをぶら下げ、今度はやや強い口調で質問する。

 しかしやはり怯えた子猫よろしく全身の毛を立たせて硬直しているシロノは、ブルブル震えてシルバを凝視するばかりで何も言わない。

「念だけでなく、能力も使えるとは驚いた。どういう能力だ?」

「……………………」

「言え」

「……………………」

「……言わんと怒るぞ」

「……………………」

「…………………………ふう」

「……………………」

「……参ったな。よく躾けられている」

 シルバはため息を吐くと、何やら爆発音とともにもうもうと煙の上がる屋敷から少し離れ、大きな木の影に入った。

 ちなみに屋敷が燃えているのは、たいして暴れられなかったことに対する、幻影旅団からのささやかな八つ当たりである。木造であるので、それはもうよく燃えることだろう。

 

 木陰で、シルバはそっとシロノを地面に下ろし、そして同時に目線をあわせるようにしてしゃがんだ。

 さっきから、シルバは常に小さなシロノと目線をあわせるようにしている。子供は動物と同じで、性質的に、目を合わせるとなかなか逸らすことが出来ない者が多いからだ。

「……ふむ」

 シルバはシロノをまじまじと観察した。

 

「歳はウチの末っ子カルトより少し下くらいだが、外見は──三男キルアによく似ているな」

 三男キルアが女の子だったらこんな感じだろうか、とシルバは思い、また同時に自分には五人も子供は居ても女の子は一人も居ないことを思い出し、もしや同じように扱ってはいけないものなのだろうか、と一瞬悩んだ。

「……しかし、泣かん子だ」

 相変わらず瞬きもしない様な勢いで目を見開いているシロノは、全く涙を浮かべていない。極度の緊張もあるだろうが、それでも緊張を保っていられるだけ子供としてはいいほうである。

 シルバは、密かに感心した。次男ミルキがこのくらいの歳の頃は、すぐびーびー泣いていたのにな、と思いながら。

 

「さて、もう一度だ。名前は?」

「……………………」

「…………ダメか。……おじさんが嫌いかな?」

「……………………」

「……いや、今のはナシだ。柄じゃなかった」

「……………………」

「ふむ……うちにも娘が居れば良かったんだが……どうにも扱いがわからん」

「……………………」

 いつまでたっても貝のように黙りこくったままのシロノに、ふう、とシルバはため息をつき、ばりばりと銀髪の頭を掻いた。

 

 対してシロノは、ほんの少しずつではあるが、警戒を和らげはじめていた。

 シルバはすっかり殺気をしまっているし、力づくでどうこうしようという様子がまったくなかったからだ。

 シロノはここでシルバに名前や所在を言うほど蜘蛛として馬鹿ではなかったが、しかしここでシルバにどういう“約束”をさせれば効果的か、ということにまで頭が回るほど賢くもなかった。

 

 シルバはシロノに暴力を振るってくる様子は全くないし、これではペナルティをとることもできない。

 どうしたものか、とシロノはぐるぐると混乱していたが、その時、ふっと思い出した。

 

 ──“絶”っていうのしてなかったら、パパ、あたしがどこにいるか分かる?

 ──そりゃあな

 

 ──お前がオーラを出していれば、お前がどこにいるか分かる

 

 それを思い出した瞬間、シロノは思い切り“練”を行なっていた。

 

 いきなりオーラを増幅させたシロノにシルバは驚きつつも警戒したが、ただただ“練”を行なうばかりだということがわかると、今度は訝しげに眉を顰める。

 

「おい、何──」

 そしてその時、シルバはハッと顔を上げた。

 ストレートの黒髪を短く切った若い男が、分家の一つである家のボディーガードの制服を着て、やや遠くに佇んでいた。──クロロである。

 

「……パパ!」

 

 シロノが思わずそう言った途端、シルバにかかっていた念が解除されてしまう。シルバを『パパ』と設定していたのにクロロをそう呼んでしまったことが、ペナルティとなってしまったのだ。

 

「お前がこの子の父親か? あまり似てないな」

 黒髪に黒い目、しかも髪を下ろしているせいもあってどう見ても十代にしか見えないクロロは、シルバの言う通り、シロノと親子というには無理があった。せいぜい兄妹がいいところだろう。親子というなら、同じ銀髪で年齢的にも貫禄があるシルバの方がよほど父親に見える。

「パパ!」

 シロノがそう言って、クロロに駆け寄る。

 シルバは特に止めようとはせず、クロロのほうへ一目散に走って行く、シロノの小さな背中を見送った。

 

「パパ、」

「行け」

 クロロはシロノと一切目を合わせないまま、短くそう言った。その声はいつもの平淡とした妙な余裕の様なものがなく、シロノはびくりと身を震わせる。

 

「行け。何度も言わせるな」

 

 言われて、シロノはきゅっと唇を噛むと、シャルナークが待機しているバンに向かって全速力で走った。

「……何だ、褒めてやらんのか? 俺に欠片も情報を渡さなかったぞ」

「アンタが聞かなかったからだろう。……うちの八番を殺したのはアンタだな?」

「八番?」

 シルバは立ち上がった。

 

「──もしやお前達、幻影旅団か」

 

 


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